TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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シャルロットと初めての魔法授業

「師匠。人へ魔法を教える際に大事なことはなんでしょう?」

 

 一日が終わり寝る前の時間は師と語らえる貴重な時間だ。

 オーレリアは他に人がいるところでは魔法の話をしたがらない。最近はアンナとエマ、ノエルまでなら許してくれるのでこれでも丸くなった方である。

 お互いに寝間着姿でテーブル越しに向かい合った状態。

 暖かさと可愛さ優先の俺に対して、オーレリアの寝間着は布地が少なく妙に煽情的なデザインである。男の気を引くのに効果が高そうな勝負下着風。しかし、チョイスの理由はひとえに「布が少ない方が楽だから」。なんというか、そんなことだから魔女と呼ばれるのである。

 

 前世の記憶を取り戻してから一年半。なんだかんだで自分以外の柔肌も見慣れた。

 女の身体を前に平然としているようになったらやばいと危機感を持っていたものの、毎日のようにアンナと風呂へ入り、週に二度は服装のだらしない美女(オーレリア)を世話していたのだ。さすがに慣れも出てくるというものである。

 今までは頑なに大浴場を避けて部屋風呂で通していたが、エマからは「他のメイドがリディアーヌ様のお世話を覚えられません」と苦言を呈されている。そろそろ大浴場に移動するか、風呂の世話役を増やした方がよさそうだ。アンナの裸は見慣れても他のメイドに囲まれたらまた緊張するかもしれないし。

 

 と、それはともかく。

 仕事中はアップで纏めている髪を無造作に下ろした師は「そうね」と宙へ視線を泳がせて、

 

「とっておきの魔法を教え子に盗まれない事かしら」

「確かに大事ですが、わたしは教える際のコツが聞きたいのです」

「我が儘な子ね」

 

 などと言いつつも今度はもう少しまともなアドバイスをくれた。

 

「私は結局、貴女以外へまともに教えた事がないわけだけど」

「はい。まともな教師の経験がないわけですね。それで?」

「最近私の扱いが雑じゃないかしら。まあいいけれど……私なら、教え子を可能な限り短期間で『魔力制御できるように』育てるわ」

「制御、ですか」

 

 自分の時はどうだったかと思い返してみると、俺は荒療治で訓練課程をすっ飛ばしたので、オーレリアと会った時にはもう魔力制御ができていた。『わたし自身の経験はまったく参考にならないわね、相変わらず』。

 ぴっ、と、オーレリアの指が一本こちらへ突きつけられて、

 

「ある意味、貴女の学習法は最良よ。魔力というのは中途半端に制御できる時が二番目に危ないのだから」

「一番は目覚めた瞬間ですか?」

「そういう事」

 

 なるほど。目覚めた時は全く制御がきかない。俺やオーレリア、それからシャルロットの例からして何らかの感情が強く動いた時に発現しやすいようなので、心の赴くまま魔法を使ってしまい非常に危ない。

 魔力制御を覚え始めて中途半端に操られるようになった頃はこれに次ぐ危険度というわけだ。制御が未熟なのでこれまた暴走しやすい。落ち着いてやれば問題ないだろうが、これまた感情が昂った時が危ない。

 

「私は何年もかけて訓練しましたが……」

 

 こまごました仕事をしてくれているアンナが呟くように言うと、オーレリアがふっと笑って、

 

「アンナの魔力じゃ暴走しても大した被害にならないでしょう」

「その通りですけど、もう少し言い方がありませんか……!?」

 

 うん、アンナもだいぶオーレリアに慣れてきた。同僚になったうえ向こうはもう王族ではないので、多少失礼な口を利こうと叱責されないし。

 

「上位の貴族になるほど、魔力が高ければ高いほど危険だって事。だから通常、魔法に目覚めたばかりの子供は『教師のいない所で魔法を使うな』と徹底的に叩き込まれる」

「授業の時以外は使わない、と徹底する事で心理的な枷を作るわけですね」

 

 しかし、これも絶対ではない。だからこそ魔力制御をなるべく早く終わらせるというわけだ。

 

「制御ができるようにならないと魔法の訓練は面白くならないしね。早く終わらせる理由としてはそれもあるわ」

「わたしは師匠の言う『一番面白いところ』も大して教わっていませんが」

「だって貴女の場合、こうやって話したり、時々成果を見てやるだけで十分だもの」

 

 自分と傾向が似ているので皆まで教えなくても結果がわかる。たまに結果がブレたりあさっての方向へ行くとそれはそれで楽しいのでOKという思考だ。この人はつくづく教師というものに向いていない。ごく一部の人間にはこのアバウトさがぴったりと合うというだけだ。

 

「少しは参考になったかしら?」

「ええ、ありがとうございます。ビジョンが少し明確になりました」

「妹の魔法教師ね。まあ、いいんじゃない。私よりは貴女の方が向いているでしょう」

「自分で言わないでください」

 

 ジト目で見ればさっと目を逸らされた。

 俺はため息を吐いて、

 

「それから、もうご存じかもしれませんが、しばらく公爵領の方へ旅行することになりそうな気がします」

「ああ、前シルヴェストル公爵のご機嫌取りね。……実際、こちらから出向いた方がまだマシでしょう?」

「方々への影響を考えると、そうですね」

 

 引退して久しいとはいえ、祖父は元公爵にして元宰相。知り合いはたくさんいるし、その能力を買っている者も少なくないだろう。

 純血派の件でごたごたしている王都に祖父がやってきた場合、同世代の人間たちがにわかに活気づく恐れがある。これ以上変な派閥が増えるのはごめんだし、祖父が現役時代を思い出してしばらく滞在するとか言い出したら正直面倒くさい。

 

「わたしたちが成長したら余計に時間を取れなくなりますし、おそらく今のうちにのんびり顔を見せておくことになるでしょうね」

「わかったわ。留守番……と言うほど屋敷にはいられないでしょうけど、しばらく会えないのは承知してあげる」

「ありがとうございます」

 

 オーレリアは一応俺が首輪をつけているという体なので、俺が王都を離れる際は代わりにルフォール侯爵家で監視されることになるだろう。

 騎士団の手伝いと魔道具製作もあるので連れて行くのも無理。それがなくても注目されている身なので、王都から離れたら「国外逃亡か?」とか言われかねない。

 護衛要員としても魅力的な人材だが、変な恨みを持った奴らに付け狙われないとも限らないし、プラスとマイナスで相殺だろう。

 

「ノエルはたぶんついて来てくれますし、我が家の兵はこういう時のために多めにいますから移動の心配はあまりないでしょう」

「そうね。方々への連絡だけはちゃんとしておきなさいよ。リオネルとか絶対騒ぎだすでしょうし」

「う。ええ、はい。考えただけで憂鬱ですが、きちんと対応したいと思います」

 

 それから二週間もしないうちに父がげっそりした顔で「すまないが、子供達で公爵領へ行ってきてくれ」と言ってきて、俺たちの公爵領行きが決定した。

 

 

 

 

「それじゃあシャルロット。魔法の勉強を始めましょうか」

「はい。よろしくお願いします、お姉様……!」

 

 セレスティーヌの部屋と同じく、白と金を基調に整えられたシャルロットの部屋。

 ソファの一角にぬいぐるみが並んでいたりして女の子らしい可愛らしさもたっぷり感じられる。チェス盤や盤上演習の道具が並んでいたり、本棚に本がぎっしりだったり、パーティーの時から愛用している装飾剣が保管されていたりする俺の部屋とは大違いだ。

 魔法の勉強初日となる今日は俺もシャルロットも普段着のまま。

 俺が教師になると決まってからしばらく待たされた義妹はどうやら待ちくたびれていたようで、やる気満々といった表情で俺を見つめ返してきた。

 

「やる気があるのはいいことね。魔法が使えるようになったら、シャルロットはなにを目指すのかしら?」

 

 やっぱりセレスティーヌの魔法の再現だろうか。子供にとって親の魔法というのは憧れだろう。

 と、俺が考えていると、シャルロットは「はい」としっかり頷いて、

 

「私は自分で自分の身を守れるように最低限の力を身に着けたいのです」

「……そう。シャルロットは立派ね」

 

 思ったよりもずっとしっかりした答え。パーティー襲撃の件で思うところがあったのかもしれない。俺は目を細めて心からの賞賛を口にした。頭を撫でてやりたくなったが、テーブルの向かいにいるので手が届かない。

 

「それなら、無事に強くなるためにも最初にいくつか約束して欲しいの」

「は、はい」

 

 ここで「授業の時以外は魔法の練習をしないこと」「気持ちを一定以上に昂らせないように気を付けること」などいくつかの約束事を提示。守ってもらうようにお願いして、シャルロットがしっかり頷いてくれるのを待った。

 

「ありがとう。……それじゃあ、始めるわ。ちょっとスパルタでやるつもりだけど、オーレリアさまみたいな馬鹿な真似はしないから安心して」

 

 これはどちらかというと傍で見守っているメイドたちへの宣言。

 シャルロットもそれがわかったのかくすりと笑って「はい、お願いします」と頷いた。

 ここで俺は義妹に小さなペンダントを手渡す。チャームがロケットになっていて中に物が入れられるタイプの品だ。

 

「中を見てみて」

「はい。……あっ、薄い黄色の石。これって魔石ですよね?」

「ええ。光の魔法が籠められた魔石。触ってみて?」

「わかりました。……んっ、あっ!」

 

 義妹の小さく細い指が魔石に触れると、それだけで石がひとりでに輝きだした。

 このペンダントは俺が自作した魔道具。

 家のトイレなどと同様、触れただけで魔力が流れて発動するタイプだ。初めて作った上に魔石も小さいので大した性能はないものの、この場合はその方が好都合。

 

「身体から指へ向かって魔力が流れる感覚、わかるかしら?」

「なんとなくはわかります。でも、はっきりとは……」

 

 尋ねると、シャルロットは曖昧な表情を浮かべて首を振った。俺はそれに微笑んで頷く。

 

「初めはそれでいいの。何度も試して慣れるためにの魔道具だもの」

「何度も?」

「小さな魔石だし、魔力効率を悪くしてあるからあまり効果がもたないの。指を離してしばらく放っておくとひとりでに消えるはずよ」

 

 実際、義妹が指を離したら二、三分で光は消えた。

 

「あっ、だから何回も練習できるんですね?」

「そういうこと。光の魔法だから馴染みやすいだろうし、ロケットを閉じておけば肌に触れることもないから勝手に発動したりもしない。持ち運びにも便利だから、あんまり短時間で根を詰めず、時間が空いた時に少しずつ練習してみて」

「わかりました。ありがとうございます、お姉様……!」

 

 魔法を使う第一歩は魔力の流れを知覚すること。俺のような荒療治はもちろんできないので、シャルロットにはもう少し穏便な方法を取ってもらう。とはいえアンナのように一年間瞑想なんてやってられないので魔道具を使って時間短縮である。

 持ち運びできる魔道具があれば気軽に練習できる。身体から魔力が流れる感覚を何度も覚えれば普通の魔道具を使うくらいは問題なくできるようになるはずだ。

 

「あなたたちも、シャルロットが無理しすぎないように注意してくれるかしら? そんなに魔力は使わないはずだけど、消える端から繰り返していたらそのうち倒れかねないし」

「かしこまりました。……リディアーヌお嬢様、過分なご配慮、誠にありがとうございます」

「そんな。大事な妹のためだもの、これくらい当然よ」

 

 シャルロットの専属はセレスティーヌが前の家から連れてきた人間だ。もっと幼い頃からシャルロットを知っている彼女にとって、俺は快い存在ではなかったはずだ。下手したらジゼル以上に俺への憎しみを抱いていてもおかしくない。

 俺とシャルロットは既に和解した形だが、メイドたちの心中まではわからない。

 ただ、この時のお辞儀と感謝の言葉には心からの気持ちが籠もっているように思えた。少しでも歩み寄ることができたのなら嬉しく思う。もちろん、シャルロットへの贖罪はまだまだこんなものでは足りないし、家族としても義妹にはもっと成長して欲しい。

 俺はペンダントをぴかぴか光らせては難しい顔をしたりにこにこしたりするシャルロットをしばし、使用人たちと一緒に眺めたのだった。


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