TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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王子、襲来

「リディアーヌ。本日は屋敷に来客があります」

 

 朝食の席にて。俺がラム肉のワイン煮込み(昨夜も出た品だが一晩寝かせたことで味が染みてまた美味い)を楽しんでいると、セレスティーヌが告げてきた。

 

「大事なお客様ですので私が対応するつもりですが、念のため、日中は庭に出ないようにしてください」

「かしこまりました、お養母さま」

 

 意訳すると『邪魔だから顔を出すな』といったところか。

 名指しでの指示に、俺は笑顔で頷いた。屋敷に客が来るのは珍しくない。逆にセレスティーヌが誰かに会いに出ることも多くある。そういう時も俺は呼ばれないし連れて行かれたりもしていない。

 勉強の入っていない休日とかち合うのは珍しいと言えば珍しいが、別に構わない。

 

「では、部屋で本でも読んでいようと思います」

「ええ。とても良いと思います」

 

 穏やかに頷く養母をよそに、父はなんだかそわそわしていた。

 なんだろう。よくわからないので首を傾げて、

 

「お父さま? もしかして、わたしと遊んでくださるのですか?」

「む? ああ、いや。そうしたいのは山々なのだが、私も来客の相手をしなければならないのだ」

「そうなのですね。残念ですが仕方ありません」

 

 両親揃って対応する相手か。どうやらかなりの大物らしい。下手をしたら仕事の邪魔になりかねないし、不肖の我が儘娘は大人しくしていることにしよう。

 準備があるらしい両親が食堂を後にする中、俺は食後のお茶をのんびりといただく。紅茶もだいぶ飲みなれてきた。たまには緑茶が飲みたくなるが、

 

「たしか、同じ茶葉から作れるんじゃなかったっけ……?」

「何の話だい、リディアーヌ?」

 

 残っていたアランとシャルロットが俺を見て不思議そうにしていた。「ああ、いえ」と微笑んで答える。

 

「同じ茶葉でも、摘む時期や製法を変えたら違う味が出るんじゃないかと思ったの」

「そう、なのですか?」

 

 きょとんと首を傾げるシャルロット。そこへ「よくご存じですね、リディアーヌお嬢様」と意外なところから声がかかった。

 年かさのメイド。微笑む表情を見た途端、名前が頭に浮かんでくる。

 

「マリー?」

「覚えていてくださいましたか。このところお話する機会がございませんでしたので」

「忘れるわけないわ。昔良くしてもらったもの」

 

 母・アデライドが亡くなったのはたったの三年前。彼女が存命だった頃から仕えてくれているメイドも当然いる。セレスティーヌが嫁入りしてくる際に人員整理があり、その際に辞めてしまった者もいるが、マリーは当時からいるメイドの一人だ。

 俺が荒れていた時期は顔を合わせることがほぼなかったはずだが──まあ、遠ざけられていたのかもしれない。

 

「同じ植物を使った別のお茶でしたよね? 他国から入ってきた製法で、この国でも少量生産されていたはずです。おそらく取り寄せられるかと思いますが」

「是非お願い!」

 

 言ってみるものである。金と権力というのはこう使うものなのかもしれない。いや、まだ緑茶が手に入るとは限らないのだが。この際、烏龍茶でもいっそ麦茶でも構わない。懐かしい味を口にするだけで元気が湧いてくるはずだ。

 口元に笑みが浮かんでしまう。アランはそんな俺をぽかんと見つめた後、思い出したように口を開いて、

 

「……リディ。僕とシャルロットは今日、お客様への挨拶に呼ばれると思うから」

「そうなの。頑張ってね、お兄さま。シャルロットも」

 

 まあ、そんなことだろうと思った。

 軽く頷いて二人を激励すれば、兄妹は揃って変な顔をした。

 

「お姉様。その、よろしいのですか……?」

「いいも何も、保護者の決めたことなら仕方ないわ。お父さまやお養母さまにも戦略というものがあるだろうし。読みたい本もあるもの」

 

 兄のアランは次期領主として顔をつなぐ必要があるし、セレスティーヌとしては実子のシャルロットを良い家に嫁がせたいはず。そのためには年単位で反抗期だった我が儘娘が邪魔なのだ。部屋から出るなと言われなかっただけマシというもの。

 要求通りにするのは癪だが、養母の機嫌をただ損ねてもムダ。今は自分を高めることに専念した方がいいだろう。

 紅茶も飲み終わったので、席を立ってアランたちに会釈。アンナを伴って退室したら、家の書庫へ寄って本を借りてから部屋へと戻った。

 

 

 

 

 勉強を始めて数日が経ったある日、俺は一つのアイデアを閃いた。

 辞書がないなら作ればいい。

 忘れやすい単語を日本語訳と合わせて記録し、必要になったら見返す。これは別の言語を修得している者の特権だ。手間はかかるが、ある程度の量がまとまれば人に聞かなくても難しい本が読めるようになる。

 座学でも言葉を覚えているので、日に日に読める単語は増えていっている。前世の『俺』の感覚からするとここは異世界。単なる動植物の紹介などでも楽しく読める。基本的に地球と名前・形状共に同じものが多いが、たまに知らないものや名前の違うものがあったりして興味深い。

 

「でも、本当に残念ですね、リディアーヌ様」

「? なんの話?」

「お客様が来られる件です。もしかしたら良縁を得られるチャンスだったかもしれません」

「ああ、そのこと。別にいいのよ。婚約なんてまだまだ早いでしょう?」

「いえ、幼少期から婚約が行われることも意外と多いんですよ」

 

 学園での婚活が珍しいことではない一方、家同士の繋がりを重視する場合など早くから決められる婚約もまた珍しくない。極端な例だと赤ん坊の頃から決まっている場合さえあるらしい。そこまでくると何が何やら。もし、途中で死んだり大怪我でもしたら大惨事になりそうだ。

 

「リディアーヌ様でしたら容姿だけでも求婚が殺到しそうなのですが……」

「面倒だから、求婚されたら無理難題を言って逃げてやろうかしら」

「間違っても目上の方には止めてくださいね。特に王族には絶対駄目です」

「王族ね。向こうもわたしみたいな子は願い下げだと思うけど」

 

 不用意に接触しないように注意しよう。王宮に招かれる時とか、学園に入ってからとか、そういうところで気を付けていれば大丈夫なはずだ。

 と、俺はそう思っていた。まさかその王族が向こうからやってくるなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 始まりは、私室のドアがノックされたこと。

 

「お休みのところ申し訳ありません、リディアーヌお嬢様。その、少々お時間をいただけないでしょうか?」

「マリー?」

 

 アンナと揃って首を傾げる。俺を世話するメイドには含まれていない彼女が、どうしてわざわざやってきたのだろう? 今は来客対応中で忙しいはずなのだが。

 

「実は、お客様がどうしてもお嬢様にお会いしたいと仰っておりまして」

「お客様が?」

「はい。いかがでしょう。ドアを開けても問題は──」

「ああもう、面倒だな。入るぞ」

 

 マリーの声に被せるようにして知らない()()の声が響いたかと思うと、がちゃりとドアが開かれた。

 

「お前がリディアーヌ・シルヴェストルか? ジャンが家から出したがらないと言うからどんな不細工かと思えば、なんだ、まあまあ悪くない顔をしているじゃないか」

 

 燃える太陽を思わせる赤みがかった金色の髪。

 広い草原のようなグリーンの瞳が立ち上がりかけていた俺を見据え、愉しげな色をその奥に浮かべる。

 歳はアランよりも若い。おそらくというか、俺の推測が正しければ俺と同じ八歳だ。いかにも高級そうな着衣と施された紋章が高貴な身の上であることを証明している。後ろにいるマリーが「止められなかった」と悔しそうな顔をしているので、第一印象は完全に「その辺の悪ガキ」だが。

 ぽかんと呆けてしまったのも束の間、はっと我に返った俺は慌てて跪き、臣下の礼を取った。一応、練習だけはさせられていたが、実践するのはこれが初めてである。

 

「宰相ジャン・シルヴェストル公爵の長女、リディアーヌ・シルヴェストルでございます。……お目にかかることができ光栄です。御身はリオネル王子殿下とお見受けいたします」

 

 一般教養として最優先で教えられていた王族知識。

 正直、付け焼刃だ。間違っていたら後で父が怒られるんだろうな、と思いながら返答を待っていると、頭上から驚いたような「ほう」という声。

 

「なんだ、ちゃんと挨拶ができるじゃないか。ジャンの愛娘は我が儘で手がつけられないと聞いていたんだが。どんな暴言が飛び出すかと期待して損した」

 

 なんだこいつ。

 せっかく噛まずに言えたのに、あろうことか「喧嘩を売られたかった」と落胆。顔を上げろ、と言ってくれそうにないので勝手に立ち上がる。

 仏頂面にならず微笑を浮かべられたのは、チクチクと指摘が多い家庭教師から礼儀作法と外面を教わってきた成果だ。

 

「恐れながら殿下、どうしてこちらへ? 両親が歓待の準備をしていたはずですが」

「ああ。ジャンとセレスティーヌの相手は母上に任せてきた。お前の顔が見たくてここまで来たのに、部屋に引きこもっているというからわざわざ会いに来てやったんだ」

「は?」

 

 歓待を無視して単独行動するな、アホか! って、しまった、声に若干怒気が籠もった。

 幸いにも王子は悪戯が成功して上機嫌らしく、気づいた様子もなく手近な椅子に腰かけて、

 

「さあ、俺の相手をしろ、リディアーヌ・シルヴェストル。俺を楽しませられたら褒美をくれてやってもいい」

「……かしこまりました」

 

 どうやら、お子様というのはどこの世界でも変わらないらしい。

 アランは二年前でももっと落ち着いていたが……子供の癖に人間が出来過ぎている兄と比べるのは酷か。

 部屋の隅でアンナとマリーが小声で話し始めたのを認識しながら、俺は「失礼いたします」とリオネルの向かいへ腰かける。

 今日、アランとシャルロットが駆り出されたのはおそらく彼目当てだ。「会うな」と言われていた俺が相手するのは良くないが、子供といえど上位者。下手に追い払ったりはできないし、使用人に相手させられる人物ではない。

 何か手を打ってくれると信じて今はリオネルを引き付けておく。

 

「殿下のお相手ができるのでしたら喜んで。……ですが、どういった暇つぶしがお好みでしょう? 何しろ不肖の娘です。殿下の好みは詳しくないもので。お得意な遊びなど提供できればいいのですが」

「遊びか。ならば、チェスはどうだ? 父上や母上に勝てるように特訓中なのだ。お前如きで練習相手になるかわからないが」

「精一杯お相手させていただきます」

 

 アンナに指示を出すと、物凄く緊張した様子で盤と駒を運んできてくれる。

 部屋にチェス盤があって良かった。今までほぼインテリアと化していたものの、他でもないアンナがきちんと手入れしてくれていたのでぴかぴかだ。

 白を持ったリオネルがポーンを動かし、挑発的な笑みを浮かべて言う。

 

「ふっ。まあ、俺は日頃から練習しているからな。お前如きでは相手にならないだろうが」

「さあ。それはやってみなければわかりませんよ」

 

 場を盛り上げるように言い返した俺も黒い駒を動かした。

 ルールは前世のそれと変わらない。ゲームの隙をついてマリーが部屋を出ていく。きっと報告に行ってくれたのだろう。

 さて。

 これで、後は王子さまを上手く歓待すればいい。接戦を演出しつつ負けられれば一番だが、あいにく俺のチェス経験は前世のスマホアプリで数回、こっちの人生で数回程度。むしろ、ボロ負けしないために頭をフル回転させないといけないレベルだ。

 となれば話術で盛り上げるとか──?

 

『待って。これってチャンスなんじゃないかしら』

 

 なるほど、そういう考え方もあるか。

 通り一遍のやり方なんてどうせ相手も飽きている。だったら、リディアーヌ・シルヴェストルなりの方法で楽しませてやろう。上手く行けば気に入ってもらえるかもしれない。

 王族とのコネなんて欲しくてもなかなか手に入らない貴重な武器になる。

 王子を招いての会から省かれるような駄目な娘だ。失敗したところで大した問題はないだろう。そうと決まれば、俺は盤面に意識を傾けて、

 

「チェックメイト」

「っ……!?」

 

 全力で勝ちをもぎ取った。

 がたっと立ち上がって盤を凝視するリオネル。程なくして、彼は俺の方を睨みつけ、

 

「お前、手加減はどうした!?」

「申し訳ありません、殿下。チェスは得意でないもので、気づかれずに手を抜くのは難しかったのです。これも殿下がお強いせいですよ」

 

 勝てたのは前世で培った集中力のお陰だ。むしろ、思ったよりもリオネルが上手かった。本気で勝ちに行ってなおギリギリだったのだから。

 まあ、そんなことを言ったところで当人は唇を噛みしめてふるふる震えているわけだが。

 

『あらあら。もしかして、同じ年頃の女に負けたのは初めてかしら』

 

 王子様で、しかも見た目は端正な美少年。普通は接待プレイに勤しむ。というか大半の令嬢は本気でやっても勝てないかもしれない。なのでリオネルを気持ち良くさせるために「さすが殿下」とおだてたり、興味を持ってもらおうとあれこれ話しかけたりしただろう。

 だが、ぶっちゃけこの年頃の男子にそんな小細工は必要ない。

 女に興味を持つまでの男はむしろ動物に近い。甘い言葉で囁くよりも真っ向からぶつかって勝った負けたする方が有効だ。少なくとも前世の俺はそうだった。

 

「さあ、どういたしますか?」

 

 乗ってこい、と念じながら笑みを浮かべ、駒を初期位置に戻していく。

 

「ここは三戦して先に二勝した方の勝ち、というのが公平かと思いますが」

「……いいだろう。負けて後悔するなよリディアーヌ・シルヴェストル」

 

 椅子へ座り直すと再び駒を手にするリオネル。彼がかつん、と一手目を動かす中、俺たちの前に湯気の立つティーカップが置かれた。

 対局の間に戻ってきたマリーが「そのまま王子を歓待するように、とのことです」と囁いてくる。頷いた俺は全力投球するため盤面に視線を集中。

 勝負は一勝一敗で三戦目にもつれ込み、接戦の末に俺が制した。




【今回の登場人物】
・リディアーヌ:主人公。八歳の公爵令嬢。前世の記憶あり
・アラン:実兄
・父  :公爵にして王国宰相
・アンナ:専属メイド
・マリー:ベテランメイド
・セレスティーヌ:養母
・シャルロット :義妹
・リオネル:王国の第三王子。お子様な性格

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