TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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対面

 公爵邸の一族が担う役割は、ざっくり言えば「領地の管理・運営」だ。

 公爵である父も手紙等で指示を出しているし、代理人を遣わして極力領地に関わっているものの、彼は宰相職でどうしても忙しい。そこで、細かい差配は(父から見た)従兄弟夫妻に委任されている。

 役職としては領主補佐。

 実務上は公爵邸の主であるジェラールが領主であると言っていい。

 

 領主の仕事は物凄く多岐に渡っている。

 徴税やそれに伴う人口調査はもちろん、事件・事故・天災への対処。他領地等への輸出入量の調整、農作物等の生産管理や生産量向上のための施策・研究、領地の外周へ建設された壁の管理・補修その他もろもろ、やることはいくらでもある。

 だから、業務を遂行するにあたっては一族の者の手を借りている。

 

「羊関係、綿花関係など大まかな項目に分けた上で担当者を割り振り、私はそれを監督するという形を取っている」

「防壁の補修は土の魔法を用いるのが最も手っ取り早いですから、その意味でも人手があると助かります」

 

 そういった話を俺たちは食事をしながら説明された。

 実際に羊と向き合ったり綿花を育てるのはもちろん平民の仕事。貴族の仕事は平民をうまく動かすこと。各人が「牧場担当」「綿花担当」などに分かれて専門的に管理し、それらの担当を領主代行であるジェラールが統括するというわかりやすい縦割り体制。

 父はジェラールとやり取りをすれば全体像を把握することができるので色々と手間を省ける。祖父の代に宰相を我が家が担当するようになって以来、この体制で仕事が行われ、王国の服飾産業を今日まで支えてきた。

 

 現在、公爵邸に住んでいる貴族の人数は二十人と少し。

 一人一人を挙げていてはきりがないので割愛するが、彼らの関係図と担当割り振りは前もって予習していてもなおややこしいものだった。

 

「やっぱり、直系のわたしたちが詳しく知らないというのも問題がありますね」

 

 独り言のように言うと、ジェラールと妻のブリジットは笑って、

 

「ジャンは宰相として忙しいし、セレスティーヌ様にも流行発信という大事な役割があるのだから仕方ない」

「二代にわたって公爵家の人間が宰相を任されているというのはとても名誉な事です。アランにも是非宰相を継いで欲しいわ」

「父の後を継げるよう、精一杯努力するつもりです」

 

 アランが余所行きの笑顔で答える。それを見たシャルロットはかすかに頬を膨らませて不満そうな様子。

 ジェラールとブリジット夫妻は初めて会った俺たちに対して若干馴れ馴れしい。直系ではないとはいえ公爵家に属する成人貴族、親族であることを考えれば敬語は必要だが、次期宰相として頑張っているアランへさらに頑張れというのはいかがなものか。

 内心で疑問を覚えながら料理(メインは羊料理だった。肉が新鮮だからかとても美味しい)を味わっていると、ブリジットがこちらへと視線を送ってきて、

 

「リディアーヌ様には是非このままリオネル殿下と結ばれていただきたいと思います。……それから、シャルロットも良い人を見つけなければね?」

「は、はい。ブリジット様」

『は? なによこの女?』

 

 長男であるアランを差し置いて俺にだけ「様」をつけるとかどういうつもりなのか。しかも、続けてシャルロットへプレッシャーをかけた。

 光の加減によっては金髪に見えなくもない茶がかった黄色の髪を持つ、少々化粧の濃い女。俺の中でブリジットへの評価が急激に低下する。

 

「大丈夫です、ブリジットさま。シャルロットはとてもいい子ですから、心配せずともこちらから選べるくらい求婚がいただけます」

「それならばいいのですけれど」

 

 ここで祖父がふん、と鼻を鳴らして、

 

「宰相も王子の婚約者も名誉なのは間違いない。立派に勤め上げようとする志は立派だが、無理に当家から選ばれる必要はあるまい」

 

 宰相をしていた当人が言うと強烈だ。ブリジットは笑みを浮かべて穏便に受け流す(言い返せず黙ったとも言う)。

 次いで祖父の隣に座っていた青年が口を開いて、

 

「リディアーヌ様もシャルロット様もとてもお美しい方ですよ、母上。お二人を射止めた男はさぞかし名誉な事でしょう」

 

 髪色はブリジットに、瞳の色はジェラールに似ている。彼はクロード。夫妻の長男であり、現在十九歳。何事もなければいずれ領主補佐の地位を継ぐ事になる人物である。

 優しく笑いかけてくる彼を見たシャルロットが恥ずかしそうに目を伏せると、ブリジットとクロエがかすかに眉を寄せたのがわかった。

 

 

 

 

 

「ブリジットさまは感じの悪い人ね。お兄さまとシャルロットに失礼だと思わないのかしら」

 

 顔合わせを兼ねた夕食の後、兄妹で俺の部屋に集まった。

 飾られた母の絵を見たアランたちの反応は「リディ(お姉様)にそっくり」というものだった。母の記憶もいいかげん薄れていたであろうアランが若干涙ぐんでいたのは彼の名誉のためにも見なかったことにする。

 席につき、お茶の用意ができるまでの間に我慢できず吐き出すと、アランが苦笑を浮かべる。

 

「僕は構わないよ。……というか、ブリジット様に失礼じゃないか」

「扉からの盗聴には対策をしたからたぶん大丈夫よ」

「そういう問題じゃない。……アンナ、リディはいつもこうなのかい?」

「ええと……はい。リディアーヌ様は立場の関係上、外部に漏らせない話や悪意にさらされる機会が多くありましたので」

 

 言いづらそうに答えるアンナ。気を遣ってくれているのがよくわかる。

 

「だって、ここは知らない場所なのよ。三人の意見くらいすり合わせておかないと危険でしょう?」

「確かに、それは言う通りだ」

 

 一応、ここへは俺が誘った形だが、アランたちも息継ぎする暇が欲しかったのかすぐに乗ってきた。俺が言わなけくてもどちらかが提案していたかもしれない。

 ちなみに、俺の部屋が選ばれたのはここが一番広いからだ。

 

「お兄さまより広い部屋というのも問題だと思うのですけれど」

「僕の部屋は一から整えてくれたらしいからね。どちらが丁重かと言えば難しいところだよ」

 

 俺とシャルロットがそれぞれ母の部屋なのだからアランも父の部屋で良い気もするが、そこはむしろ父からやんわりと「ノー」が出たらしい。

 領主の部屋を使わせるとプレッシャーになると考えたのか、それとも男女における「同性の家族」との距離感の違いか。父の方はおそらく配慮の結果だが、公爵邸サイドの意図としては何か他にもありそうだ。

 家から運んできた茶葉による紅茶を一口飲んだアランはため息をついて眉をひそめる。

 

「僕としてはシャルロットの方が心配だ。……シャルロット?」

 

 部屋に来てから義妹は部屋の感想以外口にしていない。今も軽く俯いたまま浮かない表情をしている。

 

「私達はあまり歓迎されていないのでしょうか」

 

 絞りだすように紡がれた疑問は、正直、俺も抱いていた。

 

「少なくとも『わたしへの』敬意は見えたし、お祖父さまは本当に歓迎してくれていると思うけれど」

「お祖父様以外の領主一族にはそれぞれ思惑があるのかもしれないね」

 

 親族とは言っても育った環境が違う上に初対面だ。個人の損得勘定としては他家の貴族並に色々あると考えた方がいい。

 俺は入り口を見据えた位置で待機している専属騎士に目を向ける。この部屋にも専属部屋が複数付いているので、ノエルとアンナはここと直通になっているそこで寝泊まりすることになる。

 

「ねえ、ノエル? あなたはどう感じた?」

「私は……そうですね」

 

 水を向けられた少女は軽く瞬きをした後で返してくる。

 

「王都の男性貴族に比べるとかなり『動けそうだ』と」

「これだけ広い土地があれば訓練にも困らないでしょうしね」

 

 万が一、荒事になった場合は身体能力に注意しろというわけか。そもそも俺たちは子供なので最初から負けてはいるのだが、相手のスペックを見誤っていると足をすくわれる可能性がある。

 俺はブリジットとクロエの表情を思い返して、

 

「女の嫉妬って本当に醜いわよね」

「何か感じたのか、リディアーヌ?」

「今の段階ではなんとも言えないわ。それに、あまり意識しすぎても逆に刺激してしまうかもしれない」

 

 せっかく長閑な田舎に来たというのにギスギスした話はしたくないのだが。

 

 

 

 

 シャルロットが冷遇されている理由について一番ありそうなのは「嫉妬」だ。それも、もちろん恋愛絡みの。

 

 高二の時、クラスの地味めな女子がカースト上位の派手女子にいじめられていた。理由は派手な方が彼氏に振られ、地味な方がその彼氏と付き合いだしたから。

 友人の多い派手な方はあからさまに険悪なムードで地味な方を笑ったり、休み時間にその子の席を占有したり、服の上からではわからない身体的特徴を男子に吹聴したり、様々な形で嫌がらせをしていた。クラスメートでしかない俺が確認できた範囲だけでこれなので、見えない場所ではもっと酷かっただろう。

 見るに見かねたのと単に鬱陶しかったのもあって「止めてくれ」と頼んでみたが、返答は「あんたには関係ないじゃん」。以降、クラスでのいじめは減ったように見えたものの、とある女子がこっそり教えてくれたところによれば「見えないようになっただけで余計酷くなった」らしい。

 じゃあ関係ある人間が言ったらどうなのかと言うと、当の彼氏君に抗議された派手な方はよりエスカレート。結局、交際が破局するまで嫌がらせは続いた。

 なお、この話にはオチがあって、派手な方と付き合っていた頃の彼氏君に地味な方が言い寄って奪ったのは言いがかりでもなんでもない事実だったらしい。傍目から見ただけで深い事情はわからないということ。俺の女性不信はこの一件でさらに深くなった。

 

『なんていうか、世界が違っても女の行動って大差ないわよね』

 

 同じ女である俺が敵視されない理由を考えれば「婚約者がいること」ではないかと想像がつく。既に相手がいる女は基本ライバルにはなりえない。クロエがリオネルとの仲を気にしていたのも破局の可能性を探っていたからだろう。

 とはいえ、さっきも言ったように深い事情はまだわからない。

 兄妹間での結論はひとまず静観。出会って間もない頃から決めつけるのもおかしいし、こちらから歩み寄る努力もしてみようということになった。

 また、兄妹だけで会って情報交換する場を定期的に設けることでも合意。

 こうして公爵邸での生活が始まったのだが、

 

「ねえ、アンナ。もしかして今、わたしって暇なのかしら?」

 

 翌日の朝食を終えたところで、俺は今更な事実に気づいた。

 ここには魔法教師役のオーレリアはもちろん、他の家庭教師も一切ついて来ていない。自習や自主練はしておくように言われているものの、教本の暗記なんて向こうでの空き時間にやっていたことだし、自主練にしたって普段の授業より長時間にはならない。

 誰かを訪ねたり迎えたりといった予定もまだないので、要はやること、というかやらないといけないことがない。前代未聞である。

 すると、部屋の掃除やらなにやら勝手が違うせいかむしろ忙しそうなアンナはややジト目になって、

 

「魔石作りと読書を並行しながら言われても説得力がありません」

「それは、だってこれは趣味だもの」

 

 念のために暇つぶしの道具は色々持ってきた。本もそうだし、こっちで魔石を量産して魔道具造りでもしようと思っている。石を握りこんで魔力を送るだけの作業はとても退屈なので本を読みながらしようと思ったわけだ。

 

「でも、家から持ってきた本はいつでも読めるのよね。この屋敷の書庫を使わせてもらえないか、夕食にでも頼んでみなくちゃ」

「リディアーヌ様? もっと普通に身体を休めてもいいんですよ?」

「……休むってどうするんだったかしら」

 

 お菓子を食べながらベッドでごろごろ? それでいいのかアンナに尋ねたら「はしたないです」と怒られた。それにこの部屋でだらけていると母に見られているみたいで落ち着かない。

 

「ねえ、ノエル。剣の稽古でもしない?」

 

 相変わらず傍らに立ってくれている少女に水を向けると、嬉しそうな顔をしてくれる。

 

「いいんですか?」

「ええ。さすがにただ護衛しているのも退屈でしょう?」

「そうですね。正直、退屈です」

「……まあ、気分転換にはなるかもしれませんし」

 

 あまり気は進まない様子ながら、アンナは公爵邸のメイドに確認を取ってくれた。敷地内(丘の上)の空いている場所なら好きに使って構わないとのこと。

 

「私もこちらのメイドと交流がありますので、しばらくお傍を離れます。ノエル様がいれば大丈夫だと思いますが、あまり遠くへは行かないでください。もちろん、危ないこともしないでくださいね?」

「ええ、約束するわ」

 

 剣術用の稽古着は新しく仕立てた。ノエルの略式騎士装を参考にしたデザインで、スカートがお洒落かつ可愛らしい。その下も見られていいようにズボンになっていて安心である。

 着替えはノエルも手伝ってくれた。よっぽど剣を振りたかったのかもしれない。仲良くなったことを実感すると共に年上の少女を可愛く思ってしまう。

 訓練用の木剣を持ってノエルと一緒に屋敷の外へ。すれ違ったメイドは不思議なものを見るような目でこちらを見てきた。どうやらこちらでも剣を振る女性は珍しいらしい。

 そして、外でさあ始めようと思ったところで、

 

「な、なあ、今いいか?」

 

 前にも聞いた生意気な声が降りかかってきた。


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