TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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公爵邸での療養 2

「アデライド様が早逝なさったのはとても残念です。あの方さえご健在であれば社交界もより賑わっていたでしょうに」

 

 基調色はワインレッド。アクセントとして用いられる装飾は煌びやかな金色。

 領主補佐夫人・ブリジットの私室は公爵邸の共有スペースとは異なり高級な雰囲気が強い。口に出して褒めれば、「王都の貴族街にも劣らぬ内装を目指したのです」と誇らしげな返答。

 二人きりのお茶会。ブリジットは「シャルロット様への失礼な言動、誠に申し訳ございませんでした」と謝罪から入った。クロードに少しでも良い嫁を付けてやりたいあまり神経質になってしまっていた、と。

 終わった話だからと流せば、話題は変わって俺の使っている母の部屋の話に。セレスティーヌが部屋の移動を辞退したことからアデライドの部屋を残すことになり、ブリジットの主導で部屋を綺麗に保ってきたのだいう。これには素直に感謝を述べた俺だったが、話はまた別の方向へと転がっていく。

 

「成長したリディアーヌ様がアデライド様と並ぶ姿を是非見たかったものです」

「ええ。……せめて学園を卒業するまでは見守って欲しかったと思います」

 

 オーレリアの母王妃もそれを夢見ていた。感傷的な気持ちになりながら目を細めていると、

 

「幼くてお母様を亡くされ、新しいお母様が来られたのはさぞかしお辛かったでしょう?」

「当時は随分と恨みました。セレスティーヌさまのことはもちろん、結婚を決めた父のことも」

「当然ですわ。血の繋がらない他人同士なのですから、あれこれと指図されたくはないでしょう」

 

 痛ましい、といった表情で瞳を覗き込まれる。苦笑しつつ首を縦に振った。

 

「今のお母さまとは社交のやり方も性格も合わないです。気の合わない方に作法をうるさく指摘されて苛立ったこともありました」

「まあ。子供は褒めて伸ばすもの。厳しく指摘するばかりでは成長の芽をむしろ潰してしまいます。セレスティーヌ様は子供の育て方がわかっていらっしゃらなかったのですね」

「クロードさまは伸び伸び育てられたからか、とても大らかで優しい方でいらっしゃいますね」

「そうでしょう? クロードは自慢の息子なのです」

 

 実際、勤勉で真面目なあの青年なら領地を盛り立てていってくれるだろう。できる限りの協力をしてやりたいとも思う。

 

「セレスティーヌさまは突然割り振られた『公爵の妻』という立場を必死に果たしていらっしゃいます。わたしも、少しでも家の役に立てるよう励んでいきたいものです」

「……リディアーヌ様は少し頑張りすぎなのではありませんか? もっと肩の力を抜いて、ご自分のお気持ちに向き合ってもよろしいかと」

「自分の気持ち、ですか」

 

 難しいことを言うものだ。人は誰しもしがらみの中で生きている。やりたくてもできないことは多く、やりたいことを優先すればどうしても排他的になる。

 つまり、ブリジットの狙いはそれだ。

 母のことを思い出させたうえでセレスティーヌとの心の距離を強調。養母との不仲を演出し、協力者として俺にすり寄ろうとしている。

 どうしてそんなことをするのか?

 シャルロットにしてやられたまま終われないからだ。うまく俺を乗せられれば姉妹の仲を引き裂けるかもしれない。そうなったら一石二鳥である。

 

「ブリジットさまの故郷である辺境伯領はとても重要な土地ですね」

 

 俺は紅茶に口をつけることで間を置くと微笑んで言った。

 

「隣国に睨みを利かせ、戦争を抑止する役割。辺境伯さまはとても御立派な方だと思います。……ブリジットさまも、辺境伯領へ貢献するために公爵家へ嫁がれたのですか?」

 

 有事の際、公爵領は辺境伯領への支援を行い、敵を守ぎきれなかった場合には第二の防衛線となる。持ちつ持たれつ。両領地の関係は良好であることが望まれる。

 ブリジットは困惑気味の表情を浮かべつつもこれに頷いた。

 

「ええ。私が公爵領へ嫁ぐことで意思疎通が容易になる。国防の要である辺境伯領の娘として務めを果たせ、と父に言われて嫁いでまいりました」

 

 隣国は竜を象徴する武力に優れた国。過去には何度も戦争になっており、その度に大きな打撃を受けてきた。国境を有する辺境伯領にとっては平和なこの時代であっても変わらず「警戒するべき敵」なのだ。

 

「外なる敵に立ち向かうためには内でいがみあうべきではない。わたしも辺境伯さまのお考えに賛成いたします」

「……っ」

 

 個人的感情と家の存続は分けて考えるべきもの。セレスティーヌのことが嫌いだとしても敵対する気はない、と遠回しに伝えれば、ブリジットは諦めるように息を吐いた。

 

「クロードの相手に相応しいご令嬢をどなたかご存じありませんか、リディアーヌ様?」

「国と領地への貢献を第一に考えれば自ずと良い方が見つかるのではないでしょうか」

 

 領地に不利益を齎さず、家格も能力も十二分なシャルロットを門前払いしておいて何を言っているのか、とはさすがに言わないでおく。

 

 

 

 

 

「ブリジットさまは意外と放任主義よね。可愛い息子なら勝手に縁談をまとめて来ても良さそうなのに」

 

 夜。

 寝る前の時間、のんびりと魔石作りに勤しみつつ、ブリジットとのお茶会を振り返って呟く。

 公爵邸側から付けられたメイド──素朴で真面目なところが良かったのか、アンナや俺ともかなり打ち解けたソフィがこれに答えてくれる。

 

「奥様はクロード様に好いた方と添い遂げて欲しいのだと思います。昔から殊の外可愛がっていらっしゃるものの、過保護にするのではなくクロード様ご自身の意思を尊重していた、と」

「ならシャルロットを目の敵にしなくてもいいのに」

「それはその、奥様は力関係に敏感な方でもいらっしゃるので……」

 

 要するにセレスティーヌに対抗意識を燃やすのと同様、自分を脅かすような令嬢は受け入れたくないわけだ。

 我が儘だなとは思うものの、大事なことでもある。この屋敷を牛耳って我が儘放題、贅沢三昧するような嫁では事業にも影響が出てしまう。

 その点、ブリジットは派手な内装を自室だけに留めているし、きちんと自制できている方だ。都会の暮らしに憧れながらも自由恋愛には踏み切れなかった女性。騒がせたお詫びに何か装飾品でも贈ってやろうかと思う。

 

「後継者の嫁は使用人にとっても重要だものね。下手をしたら仕事の仕方ががらりと変わってしまうもの」

 

 当主夫人として嫁いできた場合なんかだと来て早々に今までいた使用人をほぼ総とっかえするようなケースも割とある。そこまで行かなくとも料理の味が気に入らないだのこのドレスは特別な方法で洗えだの、この時間に掃除はするなだの口うるさく言う者も多い。

 これにソフィはこくんと頷いた上で、

 

「私共使用人は主人に精一杯お仕えするだけです。たとえどのような方であっても、クロード様が好いた方と結ばれるのであればそれが何よりかと」

「ソフィは主人想いなのね」

「いえ、そのようなことは」

 

 照れるように視線を逸らされてしまったが、ソフィの考えは立派だと思う。アンナも感心したように息を吐いている。

 

「凄いです。……私はもう、リディアーヌ様以外の方にお仕えできる気がしません」

「あら。アンナならどこの職場でも十分やっていけるんじゃない?」

「そんなこと……。今から王宮へ仕えるのが怖くて仕方ないんですよ?」

「正式に輿入れするまでにはエマがしっかり鍛えてくれるわ」

 

 傍らで聞きに徹していたエマが嫌そうな顔をした。律儀な彼女のことだ、嫌がってはいても仕事はきっちりやってくれるはずである。

 

 

 

 

 

「さあ。遂に馬に乗れるのね……!」

「馬に乗りたがるだなんて、リディアーヌ様は本当に変わっていますね」

 

 晴れ渡った空の下。剣術着ではなく乗馬服に身を包んだ俺は待ちに待った機会に歓声を上げた。

 愛馬であるギーと一緒に立つ少女騎士ノエルがラベンダー色の瞳に若干呆れの色を宿すも、その口元はアクティブに動ける喜びからどこか緩んでいる。

 場所は丘の上、屋敷から少し離れた厩舎前である。教師役兼護衛を務めるのはノエルと、それから公爵邸側の警備兵複数名である。

 

「お兄様、本当に私でも馬に乗れるでしょうか……」

「大丈夫だよ、シャルロット。馬は基本的に穏やかな動物だから」

 

 アランとシャルロットも一緒である。二人共、羊と戯れた時と同様に乗馬服に着替えている。経験者のアランはさすがに落ち着いていて、不安そうにする妹を率先して宥めてくれている。

 

「シャルロットなら馬も気を遣ってゆっくり進んでくれそうよね」

「なら、リディアーヌ様は暴走されないように気を付けてください」

「言うじゃない。……と言いたいところだけど、本当に気を付けた方がいいかもね」

 

 軽口が叩けるのは馴染んだ証拠。不安はないものの、どうも気性の荒い相手に振り回されがちな俺はいつもの展開への警戒を抱いた。俺たちがただそこに立っているだけ(専属たちがしっかり日傘でガードしてくれている)でいる間に人数分の馬が用意される。

 どの馬でもいいと言うので、シャルロットに一番に選ばせた。一番大人しそうな馬が抜けた後、アランが「じゃあ次はリディが」と言ったところで、若い女好きの雄馬ことノエルの愛馬・ギーが「俺に乗れ」とばかりに鳴き声を上げる。

 

「ちょっと。私よりリディアーヌ様に懐いてないかしら?」

「まあまあ、ノエル。でも、貴女さえよければこの子に乗ってみたいのだけれど」

「構いません。この子もリディアーヌ様相手ならさすがに無茶はしないでしょう」

 

 きっ、と自分の馬を睨みつけてから手綱を渡してくれる。当のギーは涼しい顔をしていたが、俺が手綱を握っても特に暴れる様子はない。「よろしくな」とばかりに見つめられたので「こちらこそ」と答えながら撫でてやった。

 アランが残る二頭から選び、残った一頭をギーの代わりにノエルが担当。

 

「では、まず馬に乗るところから練習いたしましょう」

 

 ここまで来るとさすがに日傘は外さざるをえない。あまり長時間浴びることのない日光にさらされながら、俺たちは熟練者によるお手本を見た。

 簡単に言うと装具に取り付けられた鐙と呼ばれる器具へ足をかけ、地面を蹴ってひらりと飛び乗るのだが……慣れた人間のそれは一見すると「ジャンプして乗った」ようにしか見えない。何度かゆっくりめに披露してもらってようやく理解できた。

 ちなみに装具無しで乗る場合は鬣を掴みつつ、それこそ飛び乗るようにして跨るらしい。

 

「毛を掴んだりして痛くないんですか?」

「馬は見た目以上に頑丈にできています。人が蹴ったり叩いたりしても大部分の衝撃は殺されてしまって馬には伝わらないのですよ」

「そ、そうなのですね……」

 

 身体が小さく大人しいシャルロットには装具ありでも難しそうだということで、念のために同行していたソフィが同乗することになった。下からアニエスが抱え上げ、上にいるソフィに受け渡す形でシャルロットを座らせる。

 

「リディは大丈夫かい?」

「ええ、たぶん」

 

 俺は鐙に足をかけた後、身体強化を加えた脚力で一気に飛び上がった。鬣を掴んで身体を支えられたお陰でどこかへ飛んでいくとこもなく跨ることに成功。

 

「いいかしら、ギー? わたしは初心者なんだからあまりはしゃがないでちょうだいね? 絶対よ?」

 

 大丈夫大丈夫、とばかりの軽い返事が来た。

 本当に大丈夫か、と思いながらゆっくり歩かせる練習に入り、どうやらちゃんと初心者に合わせてくれているようだ……と安心し始めたところで、少し早いペースで歩かせようとしたら「よし、俺の本領発揮だな!」とばかりにギーが全力疾走した。

 

「だから、はしゃぐなって言ったでしょう!」

 

 ノリノリで丘を駆け下りて行こうとする彼を怒鳴ったり、手綱を思いっきり引っ張ったりしてなんとか方向転換、元来た道を戻らせるのに大変な労力が必要になった。

 

「さすがお姉様です。私には絶対真似できません……」

 

 と、シャルロットが慰めてくれたものの、馬が気を遣って動いてくれる彼女の方が凄いと思う。やっぱり俺はそういう星の下に生まれているのだなと思いつつ、しばらく走れていなかったであろうギーができる限りストレス発散できるように付き合ってやった。


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