TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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敵からの要求

 雑貨店の一件で出てきた敵はほぼ全員を確保した。

 狙撃手や外の護衛を襲った奴ら、門の襲撃犯なども含めてだ。気絶で済ませられなかった者もいるが、尋問するには十分な人数。

 時間がないためかなり強引に吐かせた結果、やはり純血派だったらしい。彼らが街を訪れた時期や手段はバラバラ。一、二週間以内に来た旅人や商人が多いものの、公爵邸行きが決まった頃には来ていた者や街に年単位で住んでいた者、親の代からの住人もいた。

 明らかに計画的な行動だ。

 関所の検問も怪しげな一団なら止められるが、旅人や商人を一人一人深く疑ってはいられない。それに思想的な危険度は身体検査や軽い質疑応答では見分けられないだろう。

 オーレリアの魔道具探知や騎士団による捜索は王都周辺から順に行われているため末端まではまだ行き届いていない。

 王都以外の街に常駐する騎士はせいぜい数名なので、彼らでは通常業務と並行して一日数件程度の家宅捜索をするのがせいぜいだ。

 今回の作戦はその隙を突かれた格好になる。

 

「リディアーヌの婚約解消とは……。マティアス様、やはり他派閥からの横やりと見るべきでしょうか」

「……ああ。学園襲撃の件で恨みを買った可能性もあるが、他派閥の支援はあると考えるべきだろうな」

 

 婚約解消によって得をする人間というのは実際たくさんいる。

 例えばベアトリスを筆頭とするリオネル狙いの令嬢たち。第一王子派や第二王子派だって公爵家の威光が邪魔だろうし、処刑されたバルト伯爵夫妻の縁者やオーレリアを嫌う人間という線もある。

 状況だけではとても絞り切れない。

 尋問を続けても支援者の名前はおそらく出ないだろう。貴族当人がのこのこやってきて「やあ、頑張ってくれたまえ」なんて言うわけがない。普通は人を使ってこっそり金や物資を送る。

 

「婚約解消ね。そんなことで済むなら別に構わないけど、今回はお断りだわ。だって、時間がかかりすぎるもの!」

 

 おおよその状況を把握したうえで、俺は敵の要求を切って捨てた。

 王都に戻って面会依頼を出して状況を話して、なんてやっていたら何日もかかる。その間、シャルロットを敵に預けたままにはできない。令嬢として大事に扱ってもらえる保証はどこにもないのだ。

 本当は返す気がないのではと憤ったところで、祖父が厳かに口を開いた。

 

「落ち着け、リディアーヌ。手続きの煩雑さは敵も理解していよう。だからこそ『破談が確実だと判断した時点』などと付け加えたのだ」

「……どういう事ですか、お祖父様?」

 

 アランが尋ねた。彼の表情も決して平静ではない。シャルロットを取り戻すためなら平民の十人や二十人、平気で斬り捨てそうな顔をしている。

 そんなアランを見て、祖父は一瞬躊躇うような表情を浮かべてから言った。

 

「早く済ませたいのならば、リディアーヌに決定的な傷がつけばよい。……王子の婚約者に相応しくないとなれば婚約解消は確実だ」

「……それは」

 

 祖父の言いたいことは理解できた。

 治癒魔法は万能ではない。しかし俺ならかなりの怪我も治せる。オーレリアを頼れば腕の一本や二本再生してくれるだろう。その上で言う「決定的な傷」には、物理的な損傷以上の意味が要る。再生できようが「傷ついた」という事実だけでお釣りの来る傷。

 目的が婚約解消であるならば答えは一つ。

 

「妹にそのような事をしろと仰るのですか……!?」

 

 非常時だ。兄を含む男性貴族は全員、帯剣している。だから、アランが声と共に剣へ手をかけると全員に緊張が走った。下手をすれば一族同士での殺し合いになる。次期当主と前当主が争った場合にどちらへ付くか、瞬時に意思統一ができるわけがない。

 が、

 

「愚か者が! 誰がそのような手段を許すか!」

 

 祖父が更なる大声で吼えた。窓の硝子をびりびり震わせる大声に多くの者が身を竦ませる。

 怒鳴りつけられたアランは怯えるよりむしろ呆けたような表情で祖父の顔を見上げた。

 皺の多い祖父の顔には苦い表情が浮かんでいる。

 

「お祖父さま?」

「大事な孫に『女としての傷』を付けさせるなど絶対にあってはならん。……それならばまだ、私が兵を率いて王都へ侵攻する方がマシだ」

「マティアス様!? そのような行為、陛下の忠実なる臣として止めぬわけには参りません!」

「わかっている。要は敵の要求など呑めんということだ」

 

 ジェラールの忠言に祖父が苛立たしげに返したことで、一同にはひとまずの安堵が生まれた。

 アンナとエマがそっと寄り添うように立って俺を支えてくれる。彼女たちの体温が温かく、なんとも有難い。

 

「安心してください、リディアーヌ様。もしもの時は命を賭けてでもお守りいたします」

「ありがとう、アンナ。大丈夫よ。そんなことにはならないわ」

 

 むしろアンナを安心させるように笑って答えた。

 別に、俺としてはシャルロットが帰ってくるなら応じても構わないのだが──傷自体はともかく(現物でなくとも適当な棒でも突っ込めばいい)、傷が生まれたと証明する作業にはさすがに抵抗がある。しないで済むならそうしたいし、敵の悪辣さに「従ってたまるか」という想いもある。

 ジェラールが深いため息を吐いて、

 

「そもそも、公爵家側に一方的な非のある婚約解消などあってはならぬ」

 

 例えばこれが病気や事故による大怪我なら周りの反応も「仕方ないね」で済むだろう。

 しかし、婚約がなくなる程の罪が生まれたのであれば我が家は窮地に立たされる。周囲からの白眼視や王家への賠償で済めばいい方、下手をすれば一族郎党処刑でもおかしくない。

 シャルロットが生きて帰ってきてくれても家がどうにかなったのでは意味がない。

 

「それなら猶更、シャルロットを取り返さなくちゃ」

 

 俺が言うと、祖父がこちらをじっと見つめてきた。

 冷たい瞳。

 

「公爵家の前当主として言うのであれば、優先すべきは敵の捕縛・殲滅だ。シャルロットの生存は二の次で良い」

「なっ……!?」

「助けるなと言っているわけではない。ただ、慎重に動くあまり敵に逃げられては元も子もなかろう」

 

 理屈としてはわかる。

 血統の上で言うとシャルロットは分家筋。現時点では政略結婚も決まっていない。()()()()()()()()()()()()()

 俺の無事や敵を片付けることに比べれば義妹の生死は些末に過ぎない。

 ……なんて、そんな理屈。

 

「納得できるわけないじゃない!」

 

 大きな声で宣言すると、一同の視線がこちらを向いた。

 

「お祖父さま。家の利益や敵への反抗を考えるならむしろシャルロットを助けるべきだわ」

 

 助けなかった場合、我が家は「血族を見殺しにした」という汚名を被る可能性がある。

 王族好みの金髪であるシャルロットは結婚相手としても引く手あまたになるはず。結婚によって得られるはずだった繋がりをみすみす手放すことになる。

 何より、娘を溺愛しているセレスティーヌ・シルヴェストルの反感を買う。一族への怒りから彼女が敵に回れば、たかが悪党数名の行方などよりよほど大きな損失だ。

 と、いったことを主張し、俺はシャルロットの救出を訴えた。

 祖父にしても助けられるなら助けたいのだろう。瞳に理解を示した上で反論してくる。

 

「ならばどうする? 敵の居場所を特定し、掃討、シャルロットの救出までを少数で行うのは無理があるぞ」

「ええ、普通なら不可能ね。だから、シャルロットはわたしが助ける」

 

 シャルロットには魔法の練習用にペンダントを渡してある。

 ロケットの内側に入れた魔石はただぴかぴか光るだけの代物で役に立たない。ただ、俺は別途、ロケット自体にごくごく小さな魔石をこっそり埋め込んでおいた。

 オーレリアが新型魔道具に組み込んだ機能を真似たもの。つまり俺の魔力に反応し、俺だけにわかる応答を返す仕組みだ。探査範囲はせいぜい数メートルだが、ないよりはずっとマシである。

 

「わたしとノエルだけならあまり目立たないでしょう? それに、わたしが近づく分には奴らも大歓迎だと思うの」

「何?」

「わたしが要求に応じなかった場合、次善の策はわたしを殺してしまうことじゃない?」

 

 死んでしまえば婚約も何もない。家の名声を落とすことはできないが、最低限の目的は果たせる。

 

「最初からわたしが出てくることも織り込み済みなのかも。その場合、シャルロットは餌よ。わたしが死ぬまでは生かしておいてくれるでしょ」

 

 連れて行ける護衛は専属騎士のノエル一人でギリギリだろう。それ以上は隠密行動的にも敵の心証的にもおそらくアウトだ。

 この主張に祖父、ジェラール、アランが揃って首を振る。

 

「危険すぎる。どこの世界に幼い娘をみすみす死なせる保護者がいる」

「死ぬつもりなんてないわ。わたしが死んだらシャルロットが殺されるのよ?」

「そのシャルロットが人質なのだぞ。戦えるのか?」

 

 俺はふっと笑って答えた。

 

「次は躊躇わない。走ってる馬の上でもない限りは一撃で致命傷を負わせてやるわ。手を離されて擦り傷を作る程度ならシャルロットも許してくれるでしょ」

 

 俺の提案は長い黙考の後、保護者間での言いあいを経て条件付きで了承された。

 兵のうち身軽な者を斥候として放ち、敵の居場所をある程度絞り込んだ上で向かうこと。俺とノエルが突撃した後、ある程度の時間差で十分な兵に後を追わせること。

 俺たちが失敗するか、あるいは自分たちだけで処理しきれなかった場合には俺の無事が最優先、最悪の場合はシャルロットを切り捨てるという判断だ。保険としては仕方ない。要は失敗しなければいい。

 仮眠と食事で少しでも体力と魔力を回復させながら、俺は出撃の時をじりじりと待った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 気が付くと、シャルロットは薄暗い場所にいた。

 目隠しをされているせいで詳しい状況はわからない。木と藁、それに動物の匂い。連想したのは公爵邸にある厩舎や牧場の羊小屋だ。動物の気配は感じないので世話をする平民の住居かもしれない。

 壁を背に座らされており、両手首は拘束された状態で身体の前。足も縄か何かで繋がれていてろくに動かせない。

 口にも布か何かが巻かれていて悲鳴を上げることさえままならない。

 

「本当に行っちまうのかよ。ここまで手伝ってくれておいて」

 

 建物の中には何人かの人がいるらしい。三人だろうか。気配と話し声がする。

 

「雇い主からの命令は果たした。後はお前達で好きにすればいい」

「命令ね。お前だってこっち側の人間だろう。理想に殉じる覚悟はないのかよ」

「理想のために無駄死にする趣味はない」

 

 引き留めている二人が男で、引き留められている一人が女だ。

 男達の声は荒っぽい、いかにも平民といった感じのものだが、女の声は冷ややかかつ平坦で聞く者の背筋を寒くさせるような何かがある。

 雑貨店。何が起こったのかわからないうちに気を失わされたシャルロットだが、アニエスが腹部に一撃を受けて倒れ、それから女に何かされたのは覚えている。恐怖に小さく震えた後、あの女とこの声の主が同一人物だろうかと考える。

 

「作戦は上手く行っている。成功させるためにも手伝ってくれないか」

「馬鹿な事を。私は最初から反対だった。こんな作戦が上手く行くはずがない」

 

 自分が誘拐されたこと、彼らが誘拐犯であることくらいはシャルロットにもわかる。だとすると、作戦というのは誘拐の事なのだろうか。だとすれば男の言う通り成功しているようにも思えるのだが、

 

「私はリディアーヌ・シルヴェストルを殺さなかった。何故だかわかるか?」

 

 姉の名前を出されてどきっとする。憧れでもある姉の身体が、彼女の髪よりも濃い赤に染まるのを想像して胸が締め付けられそうになる。

 

「? 第一目標は婚約の解消で、殺害は駄目だった時の目標だからだろ?」

「違う。リディアーヌ・シルヴェストルが目障りなら殺してしまえばいい。私はそう思っている。その上で殺さなかったのは、単に成功率が低かったからだ。だから攫いやすい妹を狙った」

 

 姉は死んでいない。その事にほっとするシャルロット。アランやクロエ、アニエスも無事なのだろうか。

 

「お前でも殺せないってのかよ。貴族と言ったってまだガキだろ?」

「だから馬鹿だと言うのだ。……あの娘は高い魔力を持ち、それを振るうことに躊躇がない。その力は高位貴族の正規騎士に匹敵する」

「騎士!? あのガキが!?」

「そうだ。高位貴族の正規騎士は訓練を積んだ戦士数十名と等価だ。……実際は数十名程度、正面から挑みかかれば返り討ちだろうがな」

 

 深く息を吐いた女は、どこかに向けて歩き出したようだった。

 

「もう一つ教えておく。リディアーヌ・シルヴェストルとオーレリア・ルフォール。どちらかを殺せと言われれば私はオーレリア・ルフォールを殺す。公爵令嬢には手を出さない。あの見習い騎士が傍に付いているのなら猶更だ」

 

 扉が開く音と、閉じる音。

 静まり返った建物内で、男のどちらかが呟くのが聞こえた。

 

「臆病者が」

 

 違う。シャルロットは思った。姉は、リディアーヌは確かに強い。

 学園の卒業パーティー襲撃時には一人で何人もの「不心得者」を倒したという。その時の様子も聞いたが、確かに凛々しい騎士のような活躍だった。だから、あの女の言う事は間違っていない。

 

「要求を呑むと思うか」

「呑まないだろう。おそらくはこのガキを助けに来る。もし公爵令嬢当人がのこのこやってきたら……」

「総出で殺す。あの女は誇張して言っただけだ。魔法が使えようとあんなガキ殺せないわけがない。十分な戦力も用意した。後は」

「ああ。正しき血を正しい場所へ還すために」

 

 姉が、助けに来る?

 ありえないと思った。強いと言っても騎士じゃない彼女がわざわざ戦いに出るなんて、令嬢の作法から激しく逸脱している。王子の婚約者でもあるリディアーヌは安全なところで守られているべきであって、最悪、血の繋がっていないシャルロットの命なんて見捨ててしまったっていいはずだ。

 だから、助けなんて来ない。

 来たとしてもシャルロットは人質として殺されるかもしれない。こうなった以上それくらいの予想はつくし、貴族として覚悟はしているつもりだ。

 それでも、願わずにはいられなかった。

 

(……助けてください、お姉様)

 

 その時、シャルロットは前方に光を感じた。

 おそらく反対側の壁に窓があるのだろう。そこから月明かりが射しこんでいるのか、少しだけ明るい。

 

(光)

 

 姉からは光の魔法を教わった。ペンダントと同じ程度の光をペンダントなしで出すのが精いっぱい、まだまだ練習中だが、窓があって、光を届けられるのなら自分にだってできることがあるかもしれない。

 助けをただ期待するだけなんて嫌だ。

 姉のようになれなくても自分なりに励むと決めた。だから。

 

(まだ駄目。あの女の人がここを離れてから)

 

 心の中で千を数え、それから必死に光を思い描いた。

 姉が見てくれるようにと。強く、長い光を。

 

 そして、生まれた輝きは、目隠しされていてもはっきりわかるほど眩く、窓から空へと高く伸びた。


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