TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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束の間の平穏

 シャルロット誘拐事件を受け、公爵領では警戒体制が敷かれることになった。

 街の門番や見回りを行う衛兵を増員、見回り自体の頻度も増やす。人はとりあえず屋敷の警備から賄う。俺たちの連れてきた兵が穴埋めできるし、王都からも騎士が増員予定なので当面はなんとかなるだろう。

 可能な限りの警戒を続けつつ、大規模な兵の新規募集を行い、領内にある他の村や街の人員も増やしていくらしい。

 

「街を歩く兵が増えれば抑止力になろう」

 

 何かあった際、迅速に駆けつけやすくもなる。

 あの時、俺たちの護衛が仕事をしていなかったわけじゃない。むしろ護衛がいなかったらクロエやアニエス、アンナは攻撃を受けていた。俺とノエルだけではみんなを守るのに精いっぱいでシャルロットを追いかけることもできなかった。

 ただ、人数や練度において十分だったとは言い難い。

 

「平和な時代が気の緩みを齎していたのだろう」

 

 とは、祖父の言葉である。

 常識で言えば、貴族に反旗を翻す平民の()()自体がおかしいのだ。

 俺とノエルの二人を相手にほいほいダース単位でやられていたように、貴族と平民には大きな力の差がある。そして貴族が政治的な権力を握っている以上、組織的なテロなんて起こした日には反乱と見做されて圧政を敷かれてもおかしくない。

 家宅捜索や尋問を順次実施、程度で留め置かれていること自体が温情と言っていい。

 敵は、そうした貴族側の油断を突いてきた。

 事件はまだ起きるだろう。少しでも被害を減らすためにも可能な限りの備えはしないといけない。

 

「本当は騎士団を増員して欲しいところだが……」

「貴族の数は急に増えない。当面は平民の兵を募るしかない」

 

 クロードやアランも険しい顔をしていた。

 敵を懐に入れてしまう危険は面接や心の魔法を使って削減していくしかない。王都でも衛兵を増やす動きは始まっているという。

 

「戦争でも始まるのではないか、という物々しさですね」

 

 誰かの呟きがまるで冗談になっていなかった。

 

 

 

 

 

 俺、アラン、シャルロットにノエルを加えた四人はジェラールの執務室に呼ばれた。

 室内にいるのは俺たちの他にジェラールと祖父。ジェラールは盗聴防止効果のある魔道具を起動すると、使用人や護衛を効果範囲外へと下がらせた。

 こういう場になれていない義妹が緊張からか唇をきゅっと結ぶ。

 

「わざわざここまで来てもらったのは他でもない。敵の正体や真の目的について何か思い当たる事がないか確認するためだ」

 

 俺、ノエル、シャルロットは敵との接触が多かった。アランが呼ばれたのはついでだろうが、俺やシャルロットの精神安定的にも居てもらった方が心強い。

 次期宰相として教育されているアランは普通に頭も回る。彼は表情を硬くして大人たちに尋ねた。

 

「敵は純血派ではない、と、お考えなのですか?」

「可能性の一つとして考えておくべきだと思っている」

「少なくとも支援者の存在はほぼ間違いなかろう」

 

 これについてはシャルロットが証言してくれた。

 シャルロットを直接攫った女暗殺者──彼女が雇用主の存在を仄めかしていたこと、そしてその雇用主が実行犯と別の立場にあると思われることが誘拐中に聞いた会話内容からわかる。

 雇用主は前バルト伯爵夫妻(オーレリアの祖父母)とは別の誰かだろう。夫妻は学園襲撃直後に捕らえられ、既に処刑されている。今回の件について詳細な命令を下せたとは考えづらいし、死んだ人間に忠誠を尽くすタイプには見えなかった。

 

「捕らえた魔法使いの証言は?」

「市井で育った魔力持ちだと本人は証言している。記憶を探りたいところだが、魔力持ちには効果が薄いため難航中だ」

 

 多少尋問されたくらいで本当のことを言うとは思えない。

 貴族として養育されていれば身元を追うことも可能かもしれないが、隠して育てられていた場合や裏社会出身であれば調査は難しい。

 ここでノエルが軽く手を挙げて、

 

「私としてはシャルロット様を連れた馬車が辺境伯領方面を目指したのが気になります」

「ふむ……。単に国境に近づくほど警戒が薄いから、とも考えられるが」

「あるいは辺境伯に疑惑の目を向けさせるためか」

 

 なんとも言えないが手がかりの一つにはなるかもしれない。もちろん、敵にとって頼れる者があの方向にいる可能性も捨てきれない。例えば()()()()()()()()

 祖父に「言ってもいいか」と視線で尋ねると「黙っていろ」と目を伏せられた。

 

「今から言う事は一切他言無用とする。守れない者、守る自信のない者は退室を許す」

 

 続けて祖父はなんとも物騒な宣言をする。

 もちろん、俺とアランは動かない。ノエルは俺が聞く以上はそれに従う。シャルロットが不安そうにこっちを見てきたので「先に休んでもいいのよ」と告げる。

 義妹は表情を引き締め、ふるふると首を振った。

 

「いいえ、私もお兄様、お姉様と一緒に聞きます」

 

 誰も退室しない事を確認した祖父は深いため息をついた後、厳かな声で告げた。

 

「純血派の裏にいる組織として推測される相手がある。とてつもなく厄介かつ、一国の王とて容易には介入できない組織──『教会』だ」

 

 

 

 

 

 事件から一週間が経った頃、俺たち兄妹三人はクロエの誘いでとある牧場を訪れた。

 あんなことがあったばかりなので護衛はこれでもかと大人数。街からそこまで離れていない場所とはいえ今は大人しくしているべきじゃないか、という話もあるのだが、どうしても見て欲しいものがあるらしい。その詳細を聞いたら俺たちとしても「どうしても」と言いたくなった。

 祖父やジェラールにもお願いしたところ「仕方ない」と苦笑気味に許可が出た。

 代わりにアランはもちろん、同行の予定がなかったクロードにも「女性陣を守るように」と指示が出され、男性陣は動きやすい服装に帯剣して万全の態勢を取ってくれた。

 

「今度こそ傍を離れたりしないから安心してくれ」

「ああ。その場に居合わせさえすれば悪党に遅れは取らない」

 

 若くも凛々しいナイトの姿に感動を覚えつつ、俺たちも念のため乗馬服を纏って牧場へと向かった。

 加えて俺は装飾剣も携帯。メイドも護衛の一員として参加を表明し、俺にはアンナとエマとソフィが付いた。

 

 さて。

 ここまでしてまで見たかったものが何かと言えば、

 

「よ、ようこそお越しくださった……お越しくださいました。どうぞこちらへ」

 

 牧場から出された案内役は、奇しくもその牧場に引き取られたらしい兵士の息子のやんちゃ坊主だった。監督役ということか大人が一人ついていたが、そのせいなのか口調はだいぶマシになっている。

 つい「久しぶりね」と言いかけてから『わたしが話しかけるとまたダメなんじゃない?』と口を噤んだ。代わりにアランが目を細めて。

 

「君か。まさか、こんなところで会うとはな」

「……はい。その節はすみませんでした。俺が考えなしだったと思います」

 

 しゅん、となった彼はぽつぽつと引き取られてからのことを語ってくれた。

 牧場での生活は両親の元で暮らしていた時の「平民としては比較的裕福な」それとは全く違った。朝は早く起きて仕事があるし、夜はさっさと寝ないと体力が回復しない。反抗的な態度を取ればすぐにどやされ、物理的な暴力が発生することも珍しくない。

 他でもない腕っぷしによって上下関係を教え込まれた彼は牧場のスタッフが領主を褒めているのを聞き、食ってかかってまた殴られた。

 腐って逃げ出そうとしたこともあったが、そんな彼を踏みとどまらせたのは意外にも羊たちだった。

 

「羊を見ていると俺の悩みが馬鹿らしくなってくるんだ……です。先輩達が言う『人は自分にできることをするしかないんだ』っていうのも本当なのかな、って」

「ご立派ですね」

 

 素直で優しいシャルロットに言われるのは満更でもないのか、少年は照れながら俺たちを案内してくれた。

 

「めー」

 

 そして、出会った「それ」を見た瞬間、思考が内なる自分に乗っ取られた。

 

「小さい!」

「可愛いです!」

 

 シャルロットと一緒に歓声を上げ、その白くて小さな生き物に釘付けになる。

 そう。

 どうしても見たかった、会いたかったものとは羊の子供だった。まだ生後一週間だそうで、母親羊と比べると何分の一かのサイズしかない。それでも羊は羊。むしろあまり外界に触れていない分、毛は白くてもこもこしており、どうしようもなく愛らしい。

 動物を愛でる気持ちに男女は関係ない。俺としてもこれは素直に可愛いと言うしかなかった。

 念のため触らないようにと柵越しなのが残念だったが、それがこっちを見たりそっぽを向いたり、とてとて歩いたりするだけで十分過ぎるほど楽しい。ついついしばらくの間、視線を外せないままにきゃあきゃあと声を上げてしまった。

 なお、一緒に来たメイドたちは冷静だったかと言うと、

 

「ああ……っ!」

「可愛いです……!」

 

 主人の手前、大きく声を上げるのは我慢していたものの、その分、恍惚としたため息がいくつも重なる。

 余裕があったのはソフィやクロエなど公爵邸に住んでいる面々だけ。そんな彼女たちでさえ「可愛いですよね!」とテンションが上がっているのだから、その可愛らしさや推して知るべし、である。

 こほん。

 我に返ったらしいクロエはわざとらしくも可愛い咳ばらいをすると「喜んでいただけて何よりです」と微笑んだ。

 

「この子は事件の夜に生まれた子なのです」

 

 そう言われるとなんとなく感慨めいたものがある。

 いい日ではなかったので記念というのもアレなのだが、大変だったあの日にまた別の形で頑張っていた命があったのだ。

 子羊をつかず離れずで見守っている母羊も含めて「無事でよかった」と思わずにはいられない。

 羊といえば、敵に占拠されていた牧場主やスタッフも無事だったらしい。殴られてボロボロになった者はいたものの、全員拘束されただけで殺されてはいなかった。羊もちゃんと小屋の中で大人しくしていてくれたので、大変なのは怪我の治療と穴だらけになった地面の埋め直しくらいだったとか。

 

「クロエさまはこの子の誕生を知ってらっしゃったのですか?」

 

 尋ねると、少女は少し恥ずかしそうにしながら「ええ」と頷いた。

 

「あんな日でなければ近くで待機したいくらいだったのですが、残念ながら自室で無事を祈るのが精いっぱいでした。……あ、もちろん、リディアーヌ様やシャルロット様の無事もお祈りしたのですよ?」

「疑ってはおりませんのでご心配なく」

 

 羊の怪我や病気、出産などに関してはできる限り情報を入れており、手の空いている時には様子を見に行ったりしているのだと言う。本当に羊が好きなのだとほっこりしてしまう。もしかすると母親に会いに行く口実も含まれているのかもしれないが、それはそれで構わないと思う。

 クロードはそんなクロエを微笑ましそうに見守っている。悪くない雰囲気にも見えるが……?

 

「赤ちゃんって、本当に可愛いんですね……」

「シャルロット」

 

 義妹の呟きには深い実感が籠っていた。『いや、人間の赤ん坊は羊ほど可愛くないと思うけど……』なんて本音はさすがに言えない。

 母性本能をくすぐられればそう思うのも当然だ。俺としてはクロエから羊の出産がどういったものなのかを詳しく聞いて「うわぁ、苦しそう」という感情が先に来てしまうが。

 セレスティーヌもシャルロットを文字通りお腹を痛めて産んだのだと考えると、義妹が無事で本当に良かったとあらためて思った。

 

「あ、あの、クロード様!」

 

 羊を愛でたり出産話を聞くのが一段落したところで、次期領主代行の青年を呼び留める声。

 

「大事なお話があるのですが、聞いていただけないでしょうか」

 

 わかりやすく頬を赤くした少女は、想い人である青年だけをじっと見つめている。

 くいくいと俺の袖を引いた義妹が「私達、ここにいていいのでしょうか?」と訴えてくるので「静かに見守りましょう」と答える。見られて困るのならこのタイミングで話を持ち掛けたりはしない。むしろ、この場所なら他の貴族にみられる心配はほぼ絶対にない。

 大事な話というのが何かはもちろんクロードにもわかったのだろう。彼は真剣な表情で「ああ」と頷くとクロエの前に立った。

 

「……ずっとお慕い申し上げておりました。どうか、私を貴方の妻にしていただけないでしょうか?」

『言った……!? 言ったわよ、ねえ、クロエさまったらついに告白したわ……!』

 

 自分に関係ない愛の告白を聞いたのはこれが初めてだ。

 内心でテンションがものすごいことになりつつ、変な声を上げないように我慢しながらなおも見守る。

 クロードも告白の準備はしていた。二人が両想いなら何の問題もないが、果たして。

 

「すまない、クロエ。俺には他に想っている人がいるんだ」

「……っ」

 

 青年からの断り文句を聞いた直後、少女は複数の感情を一瞬で表した。

 衝撃。怒り。悲しみ。理解。そして、諦め。

 いくつもの感情を呑み込み、制御し、瞳に涙を浮かべながらも微笑んでみせる。

 

「薄々は感じておりました。貴方の気持ちが私に向いていらっしゃらない事は」

「クロエ。……本当にすまない」

 

 同じところに住む親戚を振るなんて相当勇気がいるだろうに、きっぱり断ったクロードも偉い。

 ここまででも十分に格好いい男だと思うが、彼は意を決したように顔を上げて宣言した。

 

「本当は俺の誕生日に告白するつもりだった。だけど、こうなったら今、俺の想い人を告げさせてもらう」

 

 まさか、この場にその人物がいるのか。

 本当にシャルロットだったりするのだろうか。俺はそうなった時に妹の背中を押しだせるよう、彼女の手を握って逃げられないようにした。

 そして、青年がゆっくりと「想い人」のところまで歩いていく。

 彼が歩き出した方向は、こちら。目が合いそうになって『え? まさか、そんなはずないわよね?』と思っていると、彼は俺のすぐ横を通り過ぎて、傍に控えていた一人の女性の前で止まった。

 服のポケットから腕輪が取り出される。

 表面に施された精緻な装飾は、綿毛と羊を意匠化したもの。嵌まっている石は彼と彼女の瞳の色を表す二種類。

 

「ソフィ。君の事を愛している。どうか、俺の妻になってくれないか」

 

 どうにかソフィを引きぬいて家に連れて帰れないか密かに考えていた俺は『なんですって……!?』と内心で大きく悲鳴を上げた。

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