TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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王子、襲来 3

「リディアーヌ。本日はリオネル殿下のお相手、ご苦労でした」

「……はい。ありがとうございます、お養母様」

 

 悪ガキ王子ことリオネルが意気揚々と帰って行ってほっとしたのも束の間、その日の夕食にてセレスティーヌから『お褒めの言葉』をいただいた。

 本日のメインは鮭のムニエル。バターのうま味たっぷりのそれを味わってからパンを口に放り込むとたまらない。肉に比べたらヘルシーだろうし、なかなか好きなメニューなのだが、プレッシャーのせいで料理の味に集中しきれない。

 こほん。

 わざとらしく咳ばらいをした父も、助け舟を出してくれるのかと思えば妙に神妙な面持ちを浮かべて、

 

「殿下と王妃は満足して帰られた。今回の成果はアラン、シャルロットも含め、皆が励んでくれたお陰だ。だが」

 

 暗褐色の瞳が俺を射貫く。

 

「今回の件で殿下はリディアーヌを気に入られた。陛下が承認なさればリオネル殿下とリディアーヌの婚約が決定するだろう」

「当家の忠誠を示すと共に、王家との縁を深めるまたとない機会です。これ以上ない縁談と言っていいでしょう」

 

 両親に揃って褒められているはずなのに、何故か全くそんな気がしない。その証拠に、使用人たちも「おめでとうございます」と言っていいのかわからず黙ったままだ。

 これは、やっぱりあの王子のせいだろうか。

 あの野郎、もといリオネルは姉妹のどちらでも良かった、という趣旨の発言をした。つまり、向こうは最初から王子の婚約相手を品定めするつもりだった。そして我が家としてはあいつにシャルロットを宛がうつもりだったらしい。

 王子が婚約に乗り気になり縁談がまとまりそうだというのは大成果だが、所望された相手が俺だというのは想定外、というわけである。

 

「わたしとしても驚きました。まさか突然、婚約の話が持ち上がるなんて」

 

 狙ったわけじゃないとさりげなく主張しておく。嘘ではない。別に友人になるだけでも何ら問題はなかった。王子の婚約者なんて望んでも手に入らない最上級のステータスだが、相応のリスクもつきまとう。

 

「婚約とはどの程度、結婚に結び付くものなのでしょう? 解消される可能性はあるのですか?」

「やむを得ない事情で解消されることはある。しかし、王族の婚約は広く周知が行われる。軽々しく解消されることはないと思っていいだろう」

 

 気が乗らなくなったからやっぱやーめた、などとはそうそう言えないわけだ。婚約者に不適格だった、などと噂が流れれば俺の将来に関わるし、あまり適当な理由で解消すれば「女の気持ちを考えない馬鹿王子」などとリオネルの風評が流れることもありうる。

 そしてもちろん、王家が乗り気である以上、こちらからは迂闊に断れない。

 

「まさか、こんなに早くリディアーヌの婚約が決まってしまうとは……!」

「あの、お父さま。まだ確定したわけでは」

「決まったようなものだ! くそ、リディはまだ八歳だというのに!」

 

 ああ、父は単純に娘を手放したくないのか。婚約しても嫁入りは年頃になってからだろうに。

 

「リディアーヌはそれでいいのかい?」

 

 ここでアランが口を開き、隣にいる俺を窺ってくる。

 俺は微笑を浮かべた後、こてんと首を傾げて答えた。

 

「わたし、特別好きな男性はいないの。殿下にも懸想しているわけではないけれど、気持ちは後からついてくると言うでしょう?」

 

 (前世で)男性(だった)経験のある俺にまともな恋愛ができるかは怪しい。

 今の自分が(少なくとも肉体的には)女だということも理解している。公爵令嬢としての務めを考えれば結婚は避けられないので、政略結婚は自然な流れだ。

 

「それに、第三王子さまならば公務の負担も重くはないでしょうし」

「え?」

「……え?」

 

 アランの上げた疑問の声に思わず硬直。

 第三王子ということは上に二人、兄がいるということ。王位継承権は男子優先の年齢順なのでリオネルは第三位。王位は兄のどちらかが継ぐだろうし、俺に回ってくるのはお手伝いをするリオネルをさらにお手伝いする程度の仕事と思っていたのだが、

 

「リディアーヌ。我が国における継承権の扱いは『緊急時の優先順位』です。存命中の譲位は現王による指名制。……そして、第一王子殿下と第二王子殿下はいずれも側室の子です」

 

 セレスティーヌの説明に「あっ!?」と思った。

 正室とは王家にとって最も大事な妃。王からの篤い寵愛を受けることも多い。国王とて人の子である以上、最も愛する女の子を後継者に、と考えても不思議はない。

 あのお気楽王子が次期国王有力候補……?

 軽く眩暈に襲われる。いや、もちろん、まだ八歳なのだからこれからいくらでも立派になれるだろう。特に()()()()()()なんかは効果絶大だろう。

 俺は遠い目になった後、義妹へと視線を向ける。

 

「シャルロットはどう思う? あなたが殿下のことを思っているのなら、身を引く理由になると思うの」

「……私は」

 

 シャルロットはテーブル越しに俺を見つめ、ふるふると首を振った。

 

「リオネル様はとても素敵な方でした。……ですが、お茶会から突然いなくなり、お姉様を連れて戻ってきたあの方を見ていると、私ではとてもお相手ができないと思います」

「それは、男性側がもう少し気を遣うべきだと思うけれど」

「いいえ。リオネル様にはお姉様がお似合いだと思います。どうか私の事はお気になさらず」

 

 はしごが外されてしまった。シャルロットの本当の想いはわからない。しかし、おそらくこれ以上問いただしても良い返事はもらえないだろう。

 父が深いため息をついて、

 

「女性に気を配れないような男はたとえ王子でも信用できん。リディ、私から断りを入れてもいいのだぞ?」

「いいえ、お父さま」

 

 さすがにこれは娘をやりたくないから言っているのではなく、好きでもない相手に嫁ぐことになる(かもしれない)俺への配慮だろう。それはとても嬉しく思いつつも、首を振って答える。

 

「王家との仲を拗らせるべきではありません。もし、リオネル殿下がわたしをご所望だというのなら喜んでお受けしましょう」

「わかりました」

 

 父と視線を交わした上で深く頷くセレスティーヌ。

 

「では、当家からの意向としてはそのように伝えます。そして、婚約が成った場合、王家へ嫁ぐに相応しい淑女となれるよう、これまで以上に励んで貰います」

「かしこまりました。シルヴェストル公爵家の名に泥を塗ることのないよう、精一杯努力いたします」

 

 単にチェスをしただけにしては破格だが、これ以上ない成果が上がった。

 先行き不安だが、王子の婚約者ともなれば養母も俺を軽く扱えなくなるだろう。リオネルという名の荒波を上手く乗りこなして、戦いのための武器に変えるしかない。

 これからの意気込みも込めて、俺は令嬢としての笑みをしっかりと浮かべてみせた。

 

 

 

 

「あの、お姉様。少しだけお話をよろしいでしょうか?」

 

 シャルロットに呼び止められたのは夕食を終え、部屋へ戻ろうとした時だった。

 義妹が話しかけてくるのは珍しい。しかも、どうやら改まった話のようだ。俺は「ええ」と頷いた上で彼女を自分の部屋へと誘った。

 アンナにお茶を淹れてもらい、ティーカップに軽く口をつける。リラックス効果のある紅茶の香りに安心したのか、シャルロットはゆっくりと口を開いた。

 

「……お姉様は凄いです」

「凄い?」

「はい。リオネル様にチェスで勝ったって。私にはそんなことできません」

 

 どんな話なのかと身構えていた俺は、少し肩の力を抜きながら苦笑を浮かべた。

 

「そんなことないわ。すごいのはシャルロットの方。わたしなんて、あなたと座学を一緒に受けたらどうか? なんて言われるような有様だったのよ?」

「でも、今は違いますよね? 先生もお姉様は見違えたと仰っていました」

「元が悪かったから良く見えるんでしょうね。今は、これまでの分を取り戻すために頑張っているようなものよ」

「昔のお姉様、ですか」

 

 思い返そうとするように視線を宙へ向けるシャルロット。

 俺としてはあまり思い出して欲しくない我が儘だった自分の姿が、彼女の脳裏にははっきりと焼き付いているのだろう。

 

「本当にごめんなさい。シャルロットにもたくさん迷惑をかけたでしょう?」

 

 考えてみると、シャルロットにはきちんと謝っていなかった。

 俺の素行による直接の被害者は第一にアンナたちメイド、第二がシャルロットだ。接触の機会が多くないので直接的ないじめはほぼなかったが、会話の度に邪険にされるのは堪えたに違いない。もっと早く謝っておくべきだった。

 姿勢を正して頭を下げれば、義妹は「やめてください」と慌てた。

 

「昔のお姉様はその、少し怖かったですけど、今のお姉様は怖くありませんから」

「本当?」

「はい。でも、私にはお姉様がどうして変わられたのか……」

 

 聞きたかったことはこれだろうか。王子に俺が選ばれて、シャルロットは選ばれなかった。その事実を『差』と感じてしまい、思い詰めてしまったのかもしれない。

 果たして、彼女に「病気で倒れたせいだ」と言って納得してもらえるかどうか。

 

「あのね、シャルロット。わたしはお養母さま──セレスティーヌさまが嫌いなの」

「……っ」

 

 義妹は目を見開いたものの、驚きの声は上げなかった。後ろに控えるシャルロットの専属メイドも大きくは表情を動かさない。昔の俺は敵意バリバリだったので、よほど鈍い人間でなければみんな知っていることだろう。

 俺はその理由としてまず嫉妬を挙げる。

 亡き母の代わりに父と結婚したセレスティーヌはある意味敵のような存在だった。それでも最初は仲良くしようとした。けれど、そんな俺に向けられたのはさりげなくも容赦のない冷遇。

 

「わたしはあの人のことを敵だと思ってる。でも、ただ睨みつけたり、暴れるのは止めたの」

「どうして、ですか?」

「意味がないから。やるなら、あの人を悔しがらせてあげなくちゃ。暴力でも、いやらしい方法でもなくて、ただ強くなったわたしを見せて『参った』と言わせたい。だからやり方を変えたの。それだけ」

「……やっぱり、お姉様は凄いです」

 

 噛みしめるように間を取ったシャルロットは、しみじみと呟くように言った。

 

「凄くないってば。わたしは理由がないと努力できない駄目な子。真面目に頑張ってるシャルロットが羨ましがることなんて何もないわ」

「そう、でしょうか」

「そうよ」

 

 浮かない顔。本人にはなかなか実感しづらいのかもしれない。しかし、そもそも歳が違う。俺ができることを今のシャルロットができる必要はない。そして、素直で純粋な義妹の性格は俺がどれだけ頑張っても手に入れることのできないものだ。

 ようやく、シャルロットは少しだけ笑顔になった。

 俯きがちだった顔を上げ、俺の顔を見て言う。

 

「私もお姉様みたいに強くなりたいです」

「止めはしないわ。けど、真似るのは勉強だけにしなさい。わたしの性格なんて真似しても何一つ良いことはないから」

「そんなことはないと思いますけど……わかりました」

 

 専属メイドに椅子を引いてもらいながらシャルロットはゆっくりと立ち上がった。

 

「今日のお話は、お母様には内緒にしておきますね」

「言ってもいいわ。どうせあの人もわかっているでしょうし」

「それでも、内緒にしておきます」

 

 くすりと笑い、シャルロットは最後に一礼した。

 

「おやすみなさい、お姉様」

「ええ。おやすみなさい、シャルロット」

 

 義妹とも少しはいい関係を築けただろうか。成り行きを見守っていたアンナが「良かったですね」と言ってくれたので、まあ悪い方向には向かっていないのだろう。俺は少しいい気分でベッドに入り、一日の疲れを癒やすためにもぐっすりと眠った。

 俺とリオネルを婚約する意向は、一週間も経たないうちに公爵家へと伝えられた。

 正式な発表、およびその後の対応についてはまだ時間がかかるということだが、この時点でほぼ内定。この件は父と養母両名によって緘口令が敷かれたものの、数日後には屋敷の使用人全員に広まっていた。

 俺は、心なしか厳しくなった授業を必死にこなしながら、空いた時間でチェスの練習をする日々。練習相手は主に近くにいるアンナだが、父もちょくちょくやりたそうな素振りを見せてくるので暇を見て対戦をお願いしている。

 ああ、セレスティーヌも一度だけ気まぐれに交ざってきた。普通に上手くて、俺は当たり前のようにボコボコにされた。父は適当に手加減してくれているのに。

 

 そして、そんなある日の朝。

 

「これは……!?」

「リディアーヌ様のドレスが!?」

 

 いつものように着替えをしようとした俺は、アンナや他のメイドと共にクローゼットを開け──その中に、ずたずたに切り裂かれたドレスを発見した。




【今回の登場人物】
◇リディアーヌ・シルヴェストル:主人公。八歳の公爵令嬢。前世の記憶あり
◇セレスティーヌ:シルヴェストル公爵の後妻
◇シャルロット :セレスティーヌの娘。リディアーヌの義妹
◇アラン:公爵家長男
◇アンナ:リディアーヌの専属メイド

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