TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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十一歳の誕生パーティーと王族の接近 2

「こんばんは、シャルル殿下。このような席にわざわざお越しいただけるとは光栄の極みでございます」

 

 俺は、その人物に対していつも以上にかしこまった礼を返した。

 美しいプラチナブロンドに黄緑色の瞳。

 すらりとした長身にきっちりした礼服を纏い、この国ではまだまだ高級品である眼鏡をかけた男性。どことなくリオネルに似ているような気もする彼とは初対面ではない。挨拶を交わした程度ではあるが面識がある。知識によれば御年二十歳。

 

 シャルル・ラ・リヴィエール。

 

 彼はこのリヴィエール王国の第一王子。第二王子と第三王子(リオネル)の上に立つ王位継承権第一位、現国王が不測の事態により亡くなった場合は自動的に王となる高貴な身分。

 俺のことを本当の娘のようにかわいがってくれ、二人きりの時は気の良いおっちゃんくらいにしか思えない現国王よりもある意味取り扱いに困る重要人物(VIP)である。

 それは周りも同じのようで、彼の存在に気づいた貴族たちは「シャルル殿下……!?」とざわついている。

 リオネルも「兄上……!」と目を丸くして驚いている。

 

「挨拶に顔を出すかもしれない、と仰っていましたが……随分と目立つご登場ですね」

「言った通り挨拶に来たつもりだよ。目立つのは立場上仕方のない事じゃないかな」

 

 ふっと笑った彼はお付きの騎士や世話役に視線を送る。彼らはシャルルと俺たちへ向けて軽く目礼を送ってくるだけで何も言わない。この場において下手に口を挟めば不敬になると理解しているからだ。アンナも「絶対に何も言いません!」と決意に身を硬くしながら固唾を飲んで状況を見守っている。

 閑話休題。

 継承権においてはトップにありながら、実際の継承レースにおいては二番手あるいは三番手と論じられることも多い王子さまは、俺に柔らかな微笑みを向けて「おめでとう」と口にする。

 

「時が経つのは早いものだ。リオネルと婚約した時にはまだ幼い女の子だったが、今ではもう立派な小さいレディだ。君が学園でその才を発揮する日も近いかもしれないね」

「身に余る光栄でございます。……入学までにあと三度、このようなお言葉を頂戴するかもしれないと思うと、緊張で震えてまいりますね」

「身構える必要はない。歳を取るほど月日が経つのは早くなるものでね。君は君らしく自分の早さで成長してくれればいいさ」

「ありがとうございます」

 

 深く一礼しながら「怖いな」と思う。

 第一王子シャルルは知的かつ温厚な王子として知られている。実際会っての印象もそこから外れたものではないものの、俺は人というものが第一印象と周りからの評価だけで測れるものではないと知っている。他でもない俺の養母セレスティーヌが良い例だ。

 彼がなんらかの目的で他者から「そう見えるように」振る舞っている可能性も十分にある。それが考え過ぎだったとしても、俺たちと彼とは利害が一致()()()()()のだから、ある程度の策略やいざこざは覚悟してしかるべきだ。

 何しろ、国王の椅子は一つしかない。

 現国王もまだまだ現役であるとはいえ、後継者争いは現時点で既に熾烈を極めている。貴族たちはそれぞれの理由でそれぞれに「この人に王になって欲しい」という相手を見定め、それを支援している。目に見えるもの見えないもの合わせればその動きはもう理解不能な域にあるだろう。

 そして、このシャルル自身もおそらく王になることを望んでいる。

 少なくとも「そういう噂」は広く貴族社会に流れている。

 

「兄上。リディアーヌは私の婚約者です。あまり親しげに話すのは止めてください」

 

 期せずして見つめ合う格好になっていると、リオネルがこほん、と咳ばらいをして間に入ってくれる。

 弟の抗議を受けたシャルルは「すまない」と身を引いた。

 

「弟の婚約者を奪うつもりはないよ。ただ、リディアーヌ嬢とは仲良くしたいと思っている」

「兄上……」

 

 胡乱げな目をするリオネル。王族ともなると一挙手一投足に意味を求められる。なんの気なしに発した言葉が邪推されて拡散される、なんてよくあること。お子様王子も普段セルジュや俺から口酸っぱく言われているせいか、出会った当初よりはその辺をわかっている。

 要するに、弟の婚約者と仲良くするというのも邪推を受けやすい行為なわけだが、

 

「不安ならば君も同席すればいい。何も二人きりの場が欲しいと言っているわけではない」

「兄上は一体何をされたいのですか?」

 

 前にリオネルから、第一王子や第二王子とはそこまで仲が良くない、と聞いたことがある。

 

『兄上達は正直苦手だ。何を考えているのかわからない事が多い。……姉上達も似たようなものだが、そちらはまだマシだな』

 

 彼によるとシャルルや第二王子に比べればオーレリアの方が心の距離は近かったらしい。年に一度会うか会わないかでそこまで好かれているわが師はやはり只者ではない。いや、単に「魔法以外に興味のないただの変人」だとわかりやすいので警戒がいらなかっただけかもしれないが。

 弟の視線にシャルルはにっこりと微笑み、軽く膝を折ると俺に手を差しのべてきた。

 

「リディアーヌ嬢。一局、お相手いただけませんか?」

「……まあ」

 

 一局、と来たか。

 この言い回しが指すのは基本的に「あれ」だ。今回のパーティーは舞踏会ではないし、まさかここで「ダンスのお誘いですよ」などとは言わないだろう。

 どうしたものか。一瞬迷いながらも俺は、むしろ曖昧な言い回しがされているうちに用件を確定させてしまうことにした。

 軽く手を取りながら、困ったように首を傾げて言う。

 

「盤と駒がございませんが、目隠しでいたしますか?」

 

 シャルルは予想していたように微笑んで答えてきた。

 

「こちらに用意がございます。腰を落ち着けられる椅子も併せてご用意いたしましょう」

 

 彼が軽く目配せをすると、さっと二人掛けのテーブル、そして二脚の椅子が準備される。その上にはいかにも高級そうなチェス盤が置かれた。駒は木製。精緻な彫りが施された上で白と黒に塗り分けられ、向かい合うようにして並べられる。

 チェス駒の素材が石だったりすると指している間に手が疲れてきたりするのでありがたい。

 

「おい。まさかやる気か?」

「挑まれた以上、逃げるわけにもいかないでしょう?」

 

 パーティーでチェスが行われるのは珍しくない。普通は端っこの邪魔にならないところを使って、こんな目立つところではやらないが。

 椅子の片方に腰を下ろし、駒に手を伸ばす俺とシャルル。

 かつん、かつん、と駒音を響かせ手を披露しあううちにわかったのは、相手が俺よりもかなり格上である、ということだった。

 噂によると彼は見た目通りの勉強家で知識も豊富。「知」の第一王子との異名まで持っている。勉強のできる奴がチェスも得意とは限らないが、頭の回転が早い奴はだいたいこの手のゲームに強い。

 プレイスタイルは堅実かつ安定型。

 セオリーに従って進めながら、攻めにも守りにも堅い手を打ってくる。今まで戦った相手の中だと父に近い。特に目立った強みがないとも言えるが、こういう手合いはこちらがちょっと気を抜いただけであっという間に有利を取ってくる。

 俺は『これ、どうしようもないんじゃない?』と思いつつも、強い駒をばんばん動かして萎縮を誘う。

 

「私相手の時と随分動きが違うな」

「リオネルさまは攻めるのがお好きでしょう? わたしまで応じていては疲れてしまいます」

 

 攻めっ気の強い者同士がぶつかると紙一重の攻防を読み切った方が勝つ。あるいは小細工無用と割り切って真っすぐ突っ込める者。俺にはどちらも少々荷が重い。

 今回は相手が強気に来ないのでむしろ攻めに出たわけだ。

 

「ふむ。リディアーヌ嬢は意外と柔軟なのだね。もっと攻め好きかと思っていたよ」

「指し手に性格が出るとは言いますけれど、殿下から見てわたしはどのようにお見えですか?」

 

 ほんの少し顔を上げた第一王子が黄緑色の瞳で俺を見据えてくる。

 

「思ったよりも思慮深い。その反面、自らの思考力を信じきれていない。少々勿体ないな」

 

 微笑みを浮かべて内心を隠し、視線を盤へと向ける。

 彼の指摘はおそらく正しい。今回、いちかばちかで攻めたのも守って勝てないと思ったから。慎重な読み合いの勝負に持ち込むのを恐れたのだ。

 チェスは互いの持ち駒と配置が全く同じ。TCGのように自分だけの持ち札を用意できるわけではない。基本的に腕の良い方が勝つこのゲームにおいて実力で勝ち切るだけの自信が俺には持てない。

 そんな俺が『紅蓮の魔女』などと呼ばれて恐れられている所以が公爵令嬢という立場、そして高い魔力にあるのだということを、おそらくシャルルは既に読み切っている。

 

『高くついたわね。……まあ、隠しきれるものでもないでしょうけど』

 

 奇策は看破されてしまえば弱い。俺の攻め手はしっかりと守り切られ、気づくと逆に俺のキングの退路が断たれていた。

 

「チェックメイト」

「……参りました。さすがはシャルル殿下。噂通りお強いのですね」

「私などまだまだだよ。国王陛下やジャン宰相には及ばない」

 

 うちの父は本気を出すとこいつより上らしい。さすがだと頷きながら、もしかすると彼の指し方には父の影響もあるのかと思う。

 アランはもう少し守備寄りの指し方だが、やはりシャルルに似通ったところがある。二人は意外と馬が合うかもしれない。

 

「やはり不用意な攻撃は避けるべきでしたね」

「そうだね。あるいは攻めるなら攻め切るべきだった。女王(クイーン)の用法には見るところがあったから、そちらを研究してみるのもいいかもしれない」

「貴重なご指南、感謝いたします」

 

 あっさり負けた気恥ずかしさを誤魔化すように感想戦を続けていると、シャルルは「もう一局、試してみるかい?」と誘ってきた。

 どうしようか、と迷ったところで、

 

「いや。私が代わろう。リディアーヌ、敵は取ってやる」

 

 横で見ていたリオネルが俺に「そこをどけ」と言ってきた。

 瞳には戦意が漲っており、既にやる気満々。

 

「リオネルさま。わたしと大差ない腕では勝算は低いと思いますが」

「お前は()相手の勝率がだんだん落ちているだろう。こちらの方が強いのだから勝負はわからん」

「……ええと、よろしいでしょうか、シャルル殿下?」

「構わないよ。婚約者の敵を取ろうと燃えるなんてリオネルもやっぱり『男』なのだね」

 

 許可が出たのでリオネルに場所を譲り、観戦に回る。

 すると、いつの間にか周囲に人だかりができているのに気づいた。目立つところでチェスなんてやっている上に対局者が第一王子と公爵令嬢。これは見ておきたいと思った人が結構いたらしい。

 俺はアンナから「大勢から見られてとても緊張したんですよ」と恥ずかしそうに耳打ちされた。

 と、銀髪の小柄な少女が傍に寄って来て、

 

「リディアーヌ。どっちが勝つと思う?」

「ヴァイオレット。……そうね。リオネルさまに勝って欲しいところだけれど、力量と経験を考えれば難しいんじゃないかしら」

「そこは婚約者の応援で背中を押すところじゃないの?」

「剣の試合ならともかく、思考の勝負じゃあまり意味がないと思うわ」

 

 結果、俺が応援しなかったから……かどうかは定かでないが、リオネルは兄の軍勢相手に果敢に挑みかかるも無残に蹴散らされ、プレイヤーの分身である王の駒は敵の兵士(ポーン)によって討ち取られた。

 ギャラリーから「やはりシャルル様の方が上手か」という呟きが聞こえてくる。別の誰かが「お歳が違いすぎる」と反論するも「つまり年長者である第一王子が適任ということだ」とさらに誰かが反論した。何に適任か、は言うまでもない。

 人の歳の取り方は一定。後に生まれた者が先に生まれた者を追い越すことはできない。よって、経験の差も埋まることはない。チェスに関してだけなら相手より長く勉強すればいいが、人生経験となれば話は別だ。

 

「リディアーヌ」

 

 どうする? と尋ねるように青い瞳が向けられてくる。俺は首を振って微笑んだ。

 

「リオネルさまと二人でもっと特訓が必要みたいね」

 

 特に反論する気はないが、リオネルが勝ちたいと望むなら俺は応援する。別に王になどなりたくないと言うのならそれでも構わない。……というか、将来王妃になるなんて考えると胃が痛いのでそっちの方がいいくらいだ。

 

「リオネルは思い切りがいいし勘も働くが、少し考えが足りないな。強気の手に惑わされない相手と戦うためにはもう少し搦め手も学んだ方がいい」

「くっ……兄上! もう一回です!」

「リオネルさま。今日は一局で我慢しておきましょう。……他にもシャルル殿下に挑みたい方がいらっしゃるかもしれませんし」

 

 熱くなって再戦を希望する王子様に俺はやんわりとクールダウンを促した。俺の言葉に反応し「では私が!」と名乗り出る貴族が複数名。知的遊戯を得意とする第一王子に挑みたい者は思ったよりも多かったらしい。

 

「これは面白い。せっかくだ。誰からの挑戦でも受けようじゃないか」

 

 シャルルが快く挑戦を受けたことで、人だかりはどんどん大きくなり、パーティーがお開きになるまで盤の周りから人がいなくなることはなかった。

 終わる頃には日付が変わっていたのではないかと思う。城の使用人たちの勧めで城に泊まることになった俺は別室へと案内され、ひとまずソファに腰を落ち着けた。すかさずお茶と軽食が用意され、パーティー中あまり食べられなかった俺はここぞばかりにそれにありつく。

 と。

 

「長いパーティーになってしまったな。……兄上のせいですよ」

「これは申し訳ない。弟の婚約者ともう少し交流する機会が欲しかったのだ」

 

 同じ部屋に案内されたリオネルが兄弟らしい気安さでシャルルに抗議。肩を竦めた第一王子はワイングラスを片手に笑みを浮かべる。どうやら静かなところで飲み直すつもりらしい(というか、ずっとチェスをやっていたので彼も軽食くらいしかつまんでいない)。

 いや、これ、あまり休憩にならない気がするんだが……?

 思わず目を細めた俺の元に、新たな入室者を告げるメイドの声が届いた。


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