TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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十一歳の誕生パーティーと王族の接近 3

「よう。久しぶりだな、リディアーヌ・シルヴェストル」

「……アルベール殿下。お会いできるとは思いがけない幸運です」

 

 アルベール・ド・リヴィエール。

 少しくすんだ金髪に褐色の瞳。身長はシャルルより高く、体格もごつくはないもののしっかりとしている。身に纏う衣装は十分な品格を備えつつも極力動きやすく作られているのがわかる。その目的は腰にさした剣を見れば明らかだ。

 『あんたが来るとは思ってなかったわ』。

 現在十八歳の第二王子は含意を察したらしく、にやりと笑って答えてくれる。

 

「パーティーは面倒だから兄上に任せた。だけど、せっかくだから挨拶くらいしておこうと思ってな」

「なるほど。この部屋は君の手引きだったのか」

 

 直接俺たちを部屋に戻すのではなく、休憩室を用意する。アルベールはそこを訪問すれば会いたい人間にだけ会えるという寸法だ。

 納得するような兄の呟きに第二王子は片手を持ち上げて、

 

「俺は兄上達が『こういうところ』へ引っ込むようなら教えろと命じただけだ」

「まあ、余裕のある時はよくこうして内々の話をしているからね」

 

 だからシャルルも疑問に思わなかった。とはいえ、アルベールの命令も暗に「こういう状況を作れ」と言っているに等しい。

 さらに言えば、内々の話をするための場に部外者を巻き込まないで欲しいのだが。

 愛用の装飾剣を持ってくればよかったと手持ち無沙汰に思いつつ、手にしていたティーカップを置いて、

 

「もし兄弟喧嘩をなさるおつもりでしたら先に仰ってください。お邪魔はいたしませんので」

「しないから安心しろよ。あったとしてもせいぜい言いあい程度だ」

『いや、あのね? 口喧嘩だって喧嘩よ?』

 

 俺はこっちの王子様とも挨拶くらいはしたことがある。その時もシャルルよりだいぶフランクというかラフな話し方だった。

 第二王子アルベールは兄とは毛色が違い武闘派として知られている。なんでもしょっちゅう騎士と稽古しているとか、遠乗りに行ったついでに狩りをして帰ってくるのが趣味だとか。実際、彼の手は手袋に覆われていてもなお太くしっかりしているのがわかる。

 そんなやんちゃ王子様は俺たちともシャルルとも別のソファへ腰かけるとメイドから赤ワインのグラスを受け取った。ちなみにシャルルが飲んでいるのは白である。

 

「実はそのワインは生き血……などということはありませんよね?」

「はははっ! ないない。肉を食っていれば血は足りる。わざわざ直に飲まないって」

 

 愉快そうに笑うアルベールを見てリオネルが顔をしかめる。ちなみに彼は俺と同じく紅茶だ。

 

「兄上は必要なら本当に飲みそうだから困ります」

「ん? まあ、どうしても飲むとしたら処女の生き血だろうな」

「リディアーヌ。兄上に迫られたら燃やしていいぞ。俺が許可する」

「怒るなよ。冗談だって」

『冗談じゃないわよ!?』

 

 燃やすのはまずいとしても軽く火傷させるくらいなら構わないだろう。もしもの時はそうしようと心に決めた。

 愛想笑いが若干引きつるのを感じつつ俺は口を開いて、

 

「殿下はどうしてこちらに? 夜も遅いですし普段はお休みになられている時間でしょう?」

「だからお前と話をしに来たんだよ。聞いたぞ。チェスで兄上に負けたんだって? 不公平だから今度は俺の相手もしてくれよ」

「アルベール殿下のお相手……念のためにお伺いしますが、チェスですか?」

「いや。もちろんこっちだ。お前もいける口だろう?」

 

 ぽん、と、腰を剣が叩かれる。うん、そうだと思った。そりゃあ確かに俺も多少は剣を齧っているが、

 

「わたしでは殿下には敵いませんよ」

「リオネルと二人がかりでもいいぞ」

 

 やんわりとした断り文句をあっさり無視する王子様。むっとした弟君が俺に視線を向けてきて、

 

「リディアーヌ。今度、ノエルと一緒に城へ来い。連携の練習をするぞ」

「いえ。試合を行う方向で話を進めないでくださいませ」

 

 軽いノリに騙されているのか、あるいは相性が良い(悪い?)のか、リオネルは口車に乗せられすぎである。

 

 

 

 

 

 と、まあ、ここからしばらく、口数の多いアルベールがあることないこと喋って俺とリオネルが振り回される展開が続いた。

 第二王子様は食べる方も好きらしく、用意された軽食を酒のつまみ代わりにどんどん消費していく。減った分はさりげなく補充されているが、給仕をするメイドも大変そうである。ついでに言うと男三人──しかも王位継承権上位者が集まった空間にアンナは立っているだけで辛そうである。

 いっそのこと「眠いから」で席を立ってしまおうかと思ったところで、主導権を握る王子様が「で、だ」と本題に入った。

 

「せっかくだから聞いておきたかったんだよ。リオネルにリディアーヌ。お前らの心づもりってやつを」

「心づもり、ですか?」

 

 問い返すリオネル。そんな弟を見てアルベールは「とぼけるなよ」と軽く目を細めて、

 

「『第三王子派』とやらを利用して玉座を狙う気があるのか。あるとしたらこの国をどう動かしたいのか。そういうことだ」

「アルベール」

 

 時折口を挟む程度だったシャルルが短く釘を刺す。しかし、その程度でやんちゃ王子は止まらなかった。

 

「こういうのはさっさとはっきりさせた方がいいだろ。こそこそ情報集めて、とか面倒臭いんだよ」

 

 できればよそでやって欲しかったが、俺も対象に入っているのではどうしようもない。

 それに、この王子たちは普段なかなか腹を割って話せない立場にある。

 第三王子リオネルは正室の子。第二王子アルベールは第二夫人の子で、第一王子シャルルは第三夫人の子。全員、産みの母親が違うからだ。

(ちなみに正室は問答無用で第一夫人だが、第二夫人以下の序列は単に妻になった順番で決まる。国王の最初の妻は現第二夫人。空席だった正室の座を若い現王妃が射止めたのはだいぶ後になってからだった)

 俺とアラン、シャルロットだって食事の時間以外はなかなか会えないのだから、別の母親がいて広い城で暮らしている彼らの場合は猶更だ。イベント事で顔を合わせる機会はあるだろうが、落ち着いて話をすることはなかなかできない。

 アルベールが率直な方法を選ぶのも頷ける。

 シャルルとしては予定が狂っただろう。それでも、彼はこの状況を利用することに決めたのか「わかった」と頷いた。

 

「だが、アルベール。ならば尋ねた張本人が先に宣言するべきではないか?」

「ああ、確かにそうだな」

 

 ふっと笑った第二王子は赤ワインをぐいっと飲み干すと、服のポケットから魔道具を取り出した。魔力の供給によって俺たちの周囲に風の結界が生まれ、外部との音を遮断する。アンナを含むメイドたちは慌てて結界の範囲外へと下がった。

 すかさず、シャルルが同様の魔道具を取り出して結界を二重にした。念には念を入れている。話が話だけに当然か。

 

「俺は次期王の座を狙っている。そして、俺が王となった暁にはこの国の軍備をもっと増強し、戦争への備えとする」

 

 こいつ、本当に言いやがった。

 武闘派らしく内容も戦いに寄ったもの。もちろん、内政を行わないという話ではない。マニフェストとして何を掲げるかという話だろうが、

 

「他国と戦を行うおつもりなのですか?」

 

 俺が問えば「そこまでは考えてないさ」と返ってくる。

 

()()()()な。必要なら戦うし、機運も無いのに戦っても仕方ない。状況次第だ」

「純血派の台頭も原因でしょうか?」

「理由の一つではあるな。父上の対応は手ぬるすぎる。貴族に弓を引いたのなら家族もまとめて処刑するのが妥当だろう。そうでなければ余計な禍根が残る」

 

 父親が加担していたのなら妻子も、子供が協力していたのなら両親も。親しい人間が同じ思想である可能性は高いし、罪の重さを示す意味でも手段の一つではある。

 これに対し、リオネルは眉をひそめて、

 

「あまりにも(こく)ではありませんか? 家族に秘密にしていた者だっているでしょうし、殺す人数が増えれば反発も大きくなります」

「秘密だったかどうか確かめる方が面倒だし、誤って見逃した場合は取り返しがつかない。人数が多いから殺さない、などと言えば舐められる」

「行使しない武力に意味はない、ということですか」

「わかっているじゃないか、リディアーヌ。さすが、自力で妹を救いだした女だな」

 

 アルベールが感心したように褒めてくれる。確かに俺も舐められっぱなしは性に合わない性格だ。彼の言い分にも納得できるところがある。俺の内心も『歯向かう奴は痛い目に遭わせればいいのよ!』と息巻いているが、平和な日本で暮らしていた感覚が「やりすぎじゃないか」とも訴えてくる。

 

「戦争や処刑はともかく、先の一件で騎士・衛兵の不足は痛感しました。アルベール殿下はその辺りも憂いていらっしゃるのでしょうか」

「ああ。騎士の増員、および練度の向上は急務だろう。人は一朝一夕で増えるものではないからな」

「増員とは具体的にどうするつもりだ?」

 

 シャルルがワイングラスを揺らしながら尋ねた。

 

「婚姻や出産、騎士団への入団を王自らが命じるのか? それこそ貴族の反発を招くだろう」

「騎士の給金や家への恩賞を増やしてやればいい。余分に子供を作っても騎士団へ入れればいいのなら勝手に励むだろう」

 

 人手を増やすにはどうしたらいいか? という問いに対する最も単純な答えは「給料を上げろ」だ。

 シャルルに比べるとふらふらして見えるアルベールだが、やはり全くの考えなしではない。彼は彼なりに自身の得意分野から国を憂いているのだ。

 

「そういう兄上はどうなんだ? もちろん王になりたいんだろ?」

「もちろん、私は物心ついた頃から『王になった時のために』励み続けているよ」

 

 何気ない返答。そこに含まれた重みに俺は寒気を感じた。

 物心ついてからずっと、なんてそれはもう目標なんてレベルを通り越している。義務。あるいは呪いだ。

 

「私は先祖代々続いてきたこの国の良き伝統を受け継ぎ、平和で安定した国を次代へ繋ぎたいと思っている。侵略への備えも必要だが、より優先すべきは産業の発展と食料の生産向上、民の幸福だ」

「呑気に構えている間に攻められたら終わりだろうが」

「戦争には大量の武器と食料がいる。戦線を支えられるだけの物資を用意できなければ待っているのは敗北だ」

 

 豊かな国を攻めるのは骨が折れる。盤上演習にも農地を発展させて兵站を増やし、兵の数をもって敵を蹂躙する戦法が存在する。兵士も騎士も身体を動かす関係上、たいていは人一倍食べるのだ。

 第一王子シャルルは保守派の安定志向。

 第二王子アルベールは急進派で戦への関心が高い。

 平時であればシャルルのバランス感覚がとても役立つだろうが、国が乱れつつある今、アルベールの感覚こそが必要になるかもしれない。

 騎士団員をはじめとする武闘派貴族の多くはアルベールを推すだろうし、国の重臣たちは今のやり方に近いシャルルに期待するはずだ。第一王子派、第二王子派などとグループが分かれるのもよくわかる。どちらもこの国の未来を考え、意欲に溢れているからこそ簡単にはまとまらない。

 そして。

 

「リオネル。君はどうかな?」

 

 ここ数年、急速に勢力を伸ばしているのが『第三王子派』だ。

 もともとリオネルを推していたのは臣下の中でも伝統を重んじる一派。正室の子が後を継ぐのが最も安定に繋がっていた者たちだ。

 そこに俺とリオネルの婚約が決定。

 以降、第三王子派の中核と見做されているのは我がシルヴェストル公爵家である。父は宰相という立場上贔屓はできないし、養母も表立って「リオネル殿下を王位に」などと触れ回ってはいないのだが、それでも最大級の後ろ盾には違いない。

 もともと王妃と仲の良かったセレスティーヌの派閥や俺の仲良しグループなどもやんわりとこれを支持することで無視できない勢力となっている。

 もちろん、リオネルもこの状況を全く知らないわけではない。

 セルジュたちがどこまで詳細を語っているかは不明だが、自分を王へと推す者たちがいることは当然知っている。兄たちとは歳の離れている彼がピンとこないのも当然だが、時代の機運というのは成長を待ってくれるとは限らない。

 第一王子と第二王子からの視線を受けたリオネルは膝の上に置いた手をぎゅっと握り、一呼吸置いてから顔を上げて告げた。

 

「私も王になりたい。私が望むのは皆が笑いあえる楽しい国だ」

 

 他の王子に比べれば曖昧で現実味のない望み。

 それでも、

 

『……言ったわね。我が儘王子様』

「ほう。それは兄上と同じように国内の安定を図るって事か?」

「わからない。それが一番いい方法ならそうする」

「なら、君の考える『楽しい国』とは何かな?」

「決まっている」

 

 少年の視線がちらりとこちらを向いて、

 

()()が民の暮らしを見て、その上で『良い国だ』と思えるような国だ」

「……リオネルさま」

 

 いい答えだ。

 その志を忘れず、いい臣下に恵まれればリオネルはきっといい王になるだろう。名君でも英雄でもないかもしれないが、いい王に。

 兄二人は弟の答えをしばし噛みしめるように受け止め、それから俺へと視線を向けてきた。

 

「リディアーヌ嬢。君も同じ考えかな?」

「わたしは」

 

 俺の考えは決まっている。俺にとって一番大事なことは一つだ。

 

「わたしは争いを好みません。ですから、わたしが望むのは争いのない国。それが無理ならば、せめて世界から『無益に人の死ぬ戦』がなくなることです」

「新型魔道具の件か」

 

 あの件で俺の口にした見解は一部の者には広まっている。主に父であるジャン経由なので詳しく知っているのは王族がほとんどのはずだが。

 あの時と気持ちは変わっていない。俺は深く頷いて、

 

「戦争なんてない方がいいのです。どうしても争うというのであれば、人は自らの鍛錬によって身に付けられる範囲で争うべきです。それができないというのであれば実力をもってでも排除するべきかと」

「……なんというか、物騒なのか物騒じゃないのかよくわからないが」

 

 アルベールが苦笑し、次いでシャルルが呟くように言った。

 

「リディアーヌ嬢。それは、わが国が戦争を仕掛ける側であっても同じですか」

「はい」

「そりゃあ、いっそのことお前が女王にでもなれって思想だな」

「わたしに王位継承権はありませんよ」

 

 公爵家には王族の血もたまに入っているが、その程度で継承が認められるわけがない。

 ただ、この国の王族に嫁ぐ以上、俺の望みが完全な形で叶えられることはない──その事実はもう一度、受け止め直さなければならなかった。


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