その場所は、やけに静かだった。
いつもなら何かしらの虫が見えていて、大抵は怪鳥が盾虫をおやつに食べるのを見ることができる場所だ。
「……?」
アークは首を傾げた。飛甲虫の一匹すら見当たらない。
恐る恐る、木々の合間から出る。
すると、目に入ったのは横たわる緋色────倒れ伏した怪鳥だった。
「……これは?」
怪鳥へ寄り、しゃがみ、調べる。既に怪鳥に息はない。
これは異常事態だろう。
この辺りで仮に怪鳥を簡単に殺せるのは、泡狐竜くらいだ。
だが、泡狐竜の縄張りは川辺で、怪鳥は主に森の中。お互いの縄張りに干渉することはない。
どうしたものかとアークは思いつつも、1枚鱗を拝借していくことにした。
ナイフを使って剥ぎ取る。そうして鱗を一枚手に取った時、きらりと鱗からなにか落ちた。
それは、銀色の鱗粉のようなもの。ロイヤルハニーのあった、青熊獣の食事場兼昼寝場所であったあの場所でも見かけたものだ。
「怪鳥は
怪鳥は炎こそ吐けど、鱗粉なぞ使わないはずだ。なんだこれともうひとつの空きビンへその粉を入れ、ポーチへしまって立ち上がった。
その時だった。なにか、茂みがガサッと動く音がした。
「誰」
ボーンホルンに手をかけて、警戒する。
次の瞬間、背になにか吹き降ろすそれとは別な風が当たった。それに気がつけたアークは即座に屈む。頭上を、鋭い爪が掠めた。不審な風に気がつけなければ、きっと無惨な姿になっていたことだろう。
「誰だ!」
龍の音を孕んだアークの声に臆することも無く、爪の主は空中で身を翻した。
それは、黄昏色の翼を持つ夜鳥────ギルドでは『朧隠』ホロロホルルと呼ばれる、道化だった。
『ピュイイイイイイイ!!!』
道化は必殺の不意打ちを避けられたことが癪に障ったのか、咆哮をあげる。
途端、銀の粉を頭よりふるわせれば───その姿が、景色に溶けるように消える。
ボーンホルンを構え、襲撃に備える。が、道化は蹴撃も攻撃も行わず……その黄昏の翼の内側に詰まった、陽光の色をした鱗粉を飛ばした。
「っ?!」
思わずアークは、それを吸い込んだ。
途端、視界がぐるりと反転する。動こうとして、全く違う挙動を体が行う。そのことに、とても『混乱』した。
(これはなんだ。あの鳥がやったことだけど……ああクソ、間違いなく厄介で危険だ!)
迫る羽音に咄嗟に気が付き地面を転がる。またしても爪は、頭を掠めた。間髪入れずに来る音がする。
アークは考える。この状況はよく分からないが、少なくとも視界は使い物にならない。戦闘面もきちんも学んでいるが、それでも実戦は初めてのようなものだ。
(……視界が使い物にならない?)
その状況を、アークはよく知っていた。まだ光を得る前の時と同じ。
あの時は狂竜の鱗粉と、音とで判別していたか。
目を閉じる。羽音が1、2、と少し向こうで聞こえてから、風を切る音がする。
「────そこだ!」
最も接近する直前、ボーンホルンを思いっきり振りまわす。そしてそれは、道化の頭へとクリーンヒット。
朧隠の夜鳥が銀の鱗粉を纏えば、その姿はかの霞の古龍に匹敵するほど、完璧に近いほどに見えなくなる。そのことに、夜鳥はひとつの慢心を持っていた。「隠れている時に攻撃なぞくらうわけない」と。
道化にとって、不意打ちに匹敵する一撃だった。道化はその場に墜落する。
その隙を逃すなんてことは無い。アークはボーンホルンを振りかざし、振り下ろす。
殴る、殴る、殴る、吹く、殴る。
羽が折れ、頭飾りが欠けた。尾が折れた。
そして極めつけに、思いっきりボーンホルンへと息を吹き込む。そうすれば、高周波と共に音の衝撃波が道化を襲うことを知っていたからだ。
起き上がる頃、朧隠の夜鳥は見た目にはかなり傷を負っていた。
「ここから去れ!」
アークは今この状態ならば、声を聞くだろうと踏んでそう叫んだ。
朧隠の夜鳥は少しの間止まり、そして─────
─────青い催眠波を放った。
「な……こ、れ………は」
強烈な眠気がアークを襲った。抗うことは出来ず、力が抜ける。
眠るな。眠れば死ぬ。爆殺か、大音波か、それとも分からないが、昔、何度もそれで殺されかけてきた。
『ピィィィ……』
ジリジリと、朧隠の夜鳥がにじり寄るのが分かる。
視界がぼやけてきた。これ以上は耐えるのは難しいだろう。
朧隠の夜鳥がこちらへ蹴爪を向けた。
意識が落ちる直前。夜鳥が飛び上がったその瞬間。
「威風────堂々!!」
特徴的な青い毛皮の装備の人型が、槍のようなそれから強烈な何かを放った。
それがアークが眠りに落ちる直前に見た、最後の光景だった。