桜の雲 ミッドナイトの超常   作:十二の子

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知らずに出づるな櫻の雲よ

ー1921年ー

 

 その男は、暑い中汗も拭かず、ぴしりと立っていた。

 

 「お前は確か…造船所に出入りしていた業者か?」

 

 「その節はごひいきに。

 

 聞くところによれば貴方様は、近頃、どこからか手に入れた資金を持て余してらっしゃるとか?」

 

 もとは軍の暗い金、小太りの男がたじろぐ。

 

 「いえ、問い詰めようというわけではありません。」

 

 とはいえ小太りの男に選択肢はない、ないが、それでも彼は応えた。

 

 「わしは慈善家ではない、貧乏人にやる金は...」

 

 「いえ、話を聞けばお気持ちが変わるかもしれませんよ?

 

 実は当方、神に仕える神職でもありまして。このたび、魔人加藤大尉にならい、鬼神超常の力を以て、傲慢に、真摯に、敬虔に、新たな技術を追い求めてみよう、そう思うのです。」

 

 男は、鞄を開けた拍子に転がり落ちた幣をしまい、あらためて取り出した書類を並べた。

 

 「成田様、我々の新たな計画に、投資なさいませんか?

 

ー1923年ー

 

 今上陛下暗殺未遂事件、裏に要注意団体の影

  

 1923年12月27日、時実新報記者三枝マイ女史のスクープにより逮捕された、要注意団体「懐中銃教会」の構成員難波大助氏の銃弾が、要注意団体「オネイロイ・コレクティブ」により密かに改造されていたことを、このたび本誌が突き止めた。

 

 仮に三枝氏による通報が存在しなければ、銃弾が今上陛下を貫く末期の瞬間、陛下の脳内を中心に世界が再構築された可能性すらも想定されている。関係筋は「理論通りの機能を銃弾が発揮していたならば、今上陛下が生き続ける超常社会としての夢に世界が取り込まれてしまっただろう」と本紙に語った

 

 信濃中央新聞1923年12月29日号より抜粋

 

ー1924年ー

 

 成田権蔵によって解体された”魔人”加藤大尉の組織。

 

 だが、完全に解体されたわけではなかった。成金の彼では「国家に奉仕し、帝国を繁栄させよう」という志のある軍部の人間を崩しきれなかったのである。

 

 加藤大尉は「震災による時間軸と帝国の再構築」を目指しており、天皇陛下のおわす帝都の破壊をも手段とするあまりに急進的なその方針を受け継ぐ一派は、後ろ盾の大日本帝国異常事例調査局にしても受け入れがたかったのである。

 

 どこにも行かれず閑職にくすぶる彼ら、そこに、歩み寄る影があった。

 

 「何奴だ!?」

 

 醜い容貌なのに、目を離せないオーラ。

 

 「我が名は、葦船龍臣。

 

 諸君らが果たせなかった時間の行き来と支配、それをもう一度行う方法を知る者である。

 

 時間を負に進まんとする部隊よ、私とともに来るつもりはないか?」

 

ー1930年ー

 

 「中森館長、館長は、あのアンティキティラ島の機械を収めた写真をお持ちだとか。」

 

 「はい。お見せしましょうか?」

 

 「よろしく頼む。」

 

 「ふむ…この写真に写っている彼は?」

 

 「ああ、風見さんですね。懐かしい…」

 

 「風見…?するとやはり…この写真には…」

 

 「何かおっしゃいましたか?」

 

 「いや、なんでもない。

 

 館長、この写真をいただけないだろうか?」

 

 「…駄目ではありませんが、機械は、見切れてはいませんが綺麗に写ってはいませんよ?もっと鮮明な」

 

 「これが、欲しいのだ。」

 

 珍しい時空遡行者にして、並行世界遡行者にして、この時代にはまだ出現していないと戦い機械の腕を持つ者、彼とともに神の模造品が写る、この一枚が。

 

 「わかりました、ブマロさん」

 

ー1937年ー

 

 迫る名古屋汎太平洋平和博覧会。その開催予定地である名古屋市熱田で、リーメイは、搬入中の一枚の絵に目を止めた。

 

 「なんだそれ?」

 

 日本画の大家である彼女に逆らおうという者はここにはいない。芸術界での女性の地位はまだまだ高いとは言えないが、彼女は実力で性別や生まれ育ちといった逆風を払いのけてきたからだ。

 

 そんなリーメイの審美眼には、その絵は、どうにも気になる違和感があった。

 

 「これは何処から?」

 

 「仏国からです、リーメイ様。かの国で3年前に開かれた展覧会の最優秀絵画だとか…

 

 確か展覧会の名前は...」

 

 ”Sommes-Nous Devenus Magnifiques?

 

 「ちっ」

 

 その晩、16年ぶりに、かつて帝都を騒がせた伝説の怪盗ヘイストが出現したものの、博覧会会場から盗まれたものはなかったと発表された。

 

 当然誰からも被害届は出されなかったが、この怪事件について報じる時実新報の社説に担当記者の書いた覚えのない一文が記され、上司の三枝マイともども首をひねらせたという。

 

 ”真の藝術は、それを理解できる者に隠されてしまう。世間が見ている物は、本物なのだろうか?

                   Are We Cool Yet?”

 

 

 

ー1945年8月16日ー

 

 「櫻井、雪葉ですね?」 

 

 スーツの男が、焼け跡の真ん中で話しかけた。

 

 「あなた、は...?」

 

 どこかで見たことがあるようような…?雪葉はいぶかしむ。

 

 「お主が、あの”魔人”の右腕か。そうは見えんが…丸くなったものだな。」

 

 もう一人、復員服の男が、視線でなぞり、彼女を見定めようとする。

 

 「…加藤大尉のことは、もう」

 

 なぜ、そのことを知っている、そして今更引っ張り出す…と彼女はうろたえた。

 

 「だが、よもや何もかも忘れた、恩さえも…というわけではあるまい?

 

 生きる意味である魔人を失い、そして魔人の遺志である帝国もまもなく消え去る。

 

 思うところが全くなかったわけでもあるまい?」

 

 加藤大尉はタイムマシンによって現れて彼女を救い、そしてタイムマシンによって帝国に平和をもたらそうとしたーポツダム宣言が受諾された今、魔人の望みであるタイムマシンどころか、魔人の願いすらもついえたことになる。

 

 「おい」

 

 スーツの男が声を上げる。どこか涼しげな、少年を思わせる声音だった。

 

 「いい加減にしろ。女子の前で煽りすぎだぞ、道満」

 

 「それはすまなかったな、晴明」

 

 「な……」

 

 櫻井雪葉の全身から力が抜けてゆく。

 

 道満、晴明。

 

 

ー*ー

 

 内務省東京警視庁本庁舎。

 

 焼け落ちた東京がどこまでも見渡せる、帝都治安の牙城もまた、終戦とともにどこかほっとした空気に包まれていた。

 

 敗戦、そしてこのあと帝国はどうなってしまうのかという不安、そして何より、目の前に迫るさまざまな混乱の中でも、どこか、何かから解放されたような雰囲気が漂い、出征者や戦死者、殉死者がために空いているあちこちのデスクの片付けが始まっているーもちろん、進駐軍が現れる前に機密を焼き捨てなければならない、という切実な理由も存在したが。

 

 「これは、焼いていいものでしょうか?」

 

 「なんだ、その書類は...おや?柳楽君の机か…」

 

 刑事道を貫き、あの大空襲で多くの臣民を救うも先日息絶えた、伝説の刑事ー彼のことは、同僚たちの記憶に鮮烈に刻まれている。

 

 「『帝国と帝都に蔓延る百鬼夜行について』?これは...」

 

 「柳楽刑事らしくない題名ですね。調査書でしょうか…?

 

 なになに、『この手記は、余の迷い、そして、帝都の裏に巣食う魑魅魍魎についてのものである。

 

 仮に貴殿が之を読んでいる場合、余は志半ばで殉職した、ということなのだろう。

 

 余が警視庁に奉職する前、信州で出会った、不思議な少女の話から、始めたい。』」

 

 刑事たちが集まり、顔を見合わせる。

 

 「『…この世には、特別に異常なできごと、者が存在する、余は確信せり。』」

 

 「『チェリィ探偵事務所からの説明すべてに納得がいったわけではない。魔人加藤が浅草で行っていたのはなんだったのであろうか?』」

 

 「『風見司なる人物は実在しない。それでは、余の出会いし、あの慧眼の少年は何者なるや?帝都の弐〇年代の平穏はひとえに彼の…』」

 

 「『余はここに確信す。魔人の同族は今も帝都で蠢動せり。

 

 キサラギを名乗る違法建築業者、迷宮入りした食人事件販売元不明な玩具による連続事故…之等事件の裏には、公にならぬところで我が帝国の安寧を脅かす特異な事件の裏には、かの魔人を氷山の一角とする大きな闇が隠れり。

 

 なれど、余には、警視庁には、未だ力が…』」

 

 信じ難い内容、本来ならば誰も信じるはずがない…が、ここに、正義に殉じた彼を知る者たちに、疑う余地はなかった。

 

 「柳楽刑事の遺志を、彼ができなかったことを、新しい日本の警察で、やろうじゃないか。」

 

 「…えぇ、そうですね。

 

 柳楽刑事がはらせなかった東京の闇を、我々がはらすんです!」

 

 刑事死すとも、正義は死せずー彼らが新生日本で立ち上げた組織は、警察組織そのものの改組に巻き込まれつつ、やがてこの名を名乗ることになる。

 

 警視庁公安部特事課

 

 

ー*ー

 

 私は、加藤大尉から伝え聞いた話を思い出した。

 

 ー「この帝都には、接触こそあまりないが、我らの他にも、超常、異能を扱う者がいる。

 

 中でも、蘆屋道満と裏で手を組み、大陰陽師安倍晴明が作り上げた組織、五行結社は、きわめて危険な組織だ。

 

 彼らはすべての超常の破壊を目的としている。我らの計画するタイムマシンも、知られれば手段を択ばず攻撃するであろう。」

 

 もうタイムマシンも大尉もいない。私も、あの頃の部下はほとんど知らない。何を求めて、私に、そんな危険な組織が…

 

 「警戒なさらずとも。

 

 私は、主を亡くしてなお、自分の思うやり方で帝国に仕えた貴女に、敬意を抱いているのですよ?」

 

 釈放後に女性権利運動に従事したのは、そんな考えがあってのことでは…

 

 「我ら五行結社はただ、我らのやり方で、戦争を続けるのみ。

 

 貴女もまた、終わっていないというのなら」

 

 差し出された手を、私は。

 

 「お二人が、誰かを救いたいと、そうおっしゃるのでしたら。」

 

 超常の存在に助けてもらって生き延びたから、今度は、誰かを、生き延びさせるために、もう一度超常と戦ってみるべき、そういうことなのかもしれない。

 

ー1952年ー

 

 「お嬢様、所長…クルーガー様の言葉、聞いておられましたか?」

 

 「えぇ…

 

 メリッサが未だ見かける、『歪み』、その対応に協力してくださる、とのことですわよね?」

 

 「私たちにも、準備をしておいてほしい、ということです。」

 

 「新しい日本、新しい国際社会…

 

 わたくしたちも、新しい未来に向かって歩き出さなければいけないのですわね

 

ー2010年ー

 

karkaroff 10/09/25(土)22:28:15 #22734582

 

 戦後有数の大発展を遂げた企業の一つとして挙げられる郷堂寺グループ、その歴史は常に薄氷の上を渡ってきた、そう言われている。

 

 不知出コンツェルン系が敗戦やオイルショック、バブル崩壊で傾いた時も、郷堂寺グループは常に、信じがたいほどの先見の明で、逆境をこそ生かして見せた。

 

 都市伝説界隈ではたびたび、郷堂寺家は『超常の力により未来を予知していた』と冗談交じりに話題となる。

 

 …本当に冗談なのだろうか?

 

 7年前に大往生を遂げたことが記憶に新しい、郷堂寺グループ中興の祖、郷堂寺ちよ氏。彼女と似た姿の占い師が、大正時代の浅草で確認されている。

 

 鳳凰ヶ原ヒミコ。

 

 関東大震災にて、多くの人が避難していた陸軍本所被服廠跡地から人々を「鬼が襲ってくる」との流言を流布して逃がし火災旋風の中へひとり姿を消した彼女の正体がなんだったのか、オカルト関係者には気になる者も多いことだろう。

 

 曰く、郷堂寺の隠し子、あるいは郷堂寺は実は占術を遣う、などと。

 

 先日私は、浅草下町の旧家にて、鳳凰ヶ原氏と旧知、ともに飼い猫をかわいがる仲だったという婦人の手記を譲り受けた。

 

 今日は、大変達筆な文字で書かれていたこの手記について語り、亡き郷堂寺ちよ氏の七回忌、そして大正という時代を生きた者たちへの手向けとしたいと思う。

 

ー2019年ー

 

伝説の発明家による失われた幻のオーパーツ、「お見合いを成功させるカラクリ」を探すスレ part5

 

1 五等分の第五 5555/55/55(土) ██:██:██:██ ID:555

OK, part5get.

私はまた嫁に5歩近づいた。この旅路はまだ続いてゆく。




犀賀六巳「全ての伏線を読み飛ばし、探偵は依頼に応え、画家は絵を見極め、権力者はつなぎ………、定められた役割を果たすだけで、地味にあり続けた異変に気づきもさせなかったはずだ。結果だけがここに辿り着いた、時間遡行者たちがたどり着くことのできなかった結果に。称賛しよう、その幸運を、その奇跡を、その結末を。」
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