ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十四話 あっぷろーど

 土曜日の朝十時。

 俺は前日夜遅くまで勉強していたため、この時間までぐっすりと眠っていた。

 

 ……賢くて可愛い例の幼馴染に起こされるまでは。

 あぁ、憎たらしい。

 

 

 トントンッ

 

 

 「ん……」

 

 誰かに肩を叩かれているようだ。

 ……。うぅ、眠い。

 

「海菜、海菜!ねぇ、起きて」

「……」

 

 一体誰だよこんな朝から。土曜日は好きなだけ寝るって決めてるんだよ!かなり不機嫌になりながらもなんとか目を開けてみた……が。ぼーっとして焦点が定まらず、自らの脳細胞が起きていない事を実感する。

 こりゃダメだ。寝よう

 

「おーきーなーさーいー!」

 

 今度は両肩を掴まれ、ゆっさゆっさと揺らされている。

 頑張ってくれているところ悪いが、なにをされようとも意地でも起きないからな……。こちとら生半可な覚悟で休日の昼前まで眠り込んでるわけじゃないんだぞ。たとえ世界が滅びようとも俺はこのベットの上で眠り続ける!

 はっきりしない意識の片隅で訳の分からないことを思い浮かべながら二度目の眠りに落ちていく。

 

 

「仕方ないわね」

 

 すぅっ

 

 揺れが収まったと思った途端、耳元で誰かが大きく息を吸う音がした。しかし、まったく働いていない俺の脳ミソは感覚を認識するだけで作業を停止してしまう。

 

 

「海菜ぁ!起きなさい!!」

 

 

「うわぁ!はい!」

 

 突然の大声に、まるでスイッチを入れられたように瞬時に飛び起きた。

 うわっ、耳が……。

 

 満足そうにベットの横で腕組みしている絵里を、精一杯の非難の気持ちを込めて睨み付ける。してやったりという生意気な表情にも、どこか人を惹きつけるかわいらしさがあった。あくまで客観的に見て、だ。もっとも、見慣れていてなおかつ快眠を断ち切られた俺にとっては腹が立つだけなんだけど。

 

「……で、何」

 

 半眼で問う。まだ目うまく開かないんだよ、眠たすぎて。

 

「手伝って欲しいことがあるの」

「……」

 

 あっはっはっは。……あ?

 何言ってんだこのおばかさんは。気持ちよく、心地よく眠り込んでいた俺の数少ない至福の時を邪魔したあげく、頼み事があるだと?

 これは……説教が必要みたいだな。さすがの俺も激おこですよ。

 

 ゆっくりと布団の中から手を出していく。そして……

 

 

 そっと絵里の片腕を掴み、ベットに引きずりこんだ。

 

「へ……、きゃああああ!!」

 

 一瞬何が起こったのか分からずきょとんとしていたが状況を理解したのか、顔を真っ赤にしてじたばたともがき始める絵里。だがしかし、そんなことは関係ない。くらえっ!!

 

「やっ、ちょっ、やめ!!……お腹はくすぐった。くすぐったいから!!きゃははは、ほんとに!!」

 

 何年幼馴染やってきてると思ってるんだ。幼少期、徹底的に絵里をいじめ抜いてきたかいあってか弱点は熟知している。無論、同じだけいじめられてもきたのだが。

 最近はお互い成長したせいで恥じらいが生まれ出来ていなかったけど……。あまりの眠気とむかつきから俺は半ばヤケクソになっていた。

 今日こそ日頃の恨み!全て晴らさせてもらうぞ!

 

 おらおらおらおらおらぁ!

 休日の朝っぱらから、騒がしい物音が家中に響き渡る。

 

 

 

 

 あ、言っておくが、お腹以外は触ってないからな。

 

 

 

***

 

「ふう、スッキリした」

 

 ベットから起き上がってゆっくりと伸びをする。絵里を徹底的に攻撃しているうちに気持ちよく目も覚めたみたいだ。ここまで心地いい目覚めは久しぶりだと思う。

 ……もっとも、幼馴染の方はそうではなさそうだが。

 

「……」

 

 笑い疲れたのか解放された途端、絵里は糸を切られたあやつり人形のようにぐにゃりとベットに倒れ込んでしまった。そして近くにあった俺の布団を被り、体を丸めて防御態勢に移行する。彼女の、少し荒い呼吸にあわせて布団が上下に揺れていた。

 

 えっと……、すこしやりすぎたかもしれない。

 全然反省はしてないけど

 

「ばか海菜……。鬼、ドS……」

 

 さすがにそこまで言われるのは心外だ。

 ……でもなんだろう、弱った絵里を見ると少しゾクゾクする。

 

 

 

 

 ま、そんなことより。

 

「絵里、少し太った?」

「太ってないわよ!」

 

 被っていた布団をのけると、はじかれたように起き上がり抗議の声をあげる絵里。

 

「女の子をベットに引き込んでくすぐったり、挙句の果てには太ったなんて聞いたり!デリカシーってものが無いの!?」

 

 いやいや、心地よく寝ている幼馴染の部屋に勝手にはいりこんで叩き起こす君の方がよっぽどデリカシーないと思うんだけど……。まぁそんなこといったらまた怒りだすだろうし、黙っておこうか。

 

「すまんすまん。で、頼みって?」

 

 じろり、と俺の顔を軽く睨み付けながらも絵里は本題に入る。

 

「海菜、パソコンとか使うの得意だったわよね?」

「んー、得意って程でもないけど人よりは出来る方かな。それがどうかした?」

「私の代わりにやって欲しいことがあるの」

 

 何かと思えばパソコン関連か。珍しいな、一体なんだろう?

 絵里はポケットから黒っぽい何かを取り出した。あれは……USBメモリか。

 

「俺は何をしてやればいいの?」

「このUSBに入ってる動画をあるサイトに上げて欲しいの。一度やってみようとしたんだけど上手くいかなくて……」

「動画?」

 

 これまた予想外。今まで一度もサブカルチャー的なものに興味を持ったことのない絵里が、ネットに動画上げる理由なんて全然思いつかない。

 すこし面食らいながらも質問を続けた。

 

「動画って、何の動画?」

 

 絵里は緩んでいた表情を真剣なものに変え、答えた。

 

 

 

「【μ’s】のファーストライブの様子を撮影したものよ」

 

 

 

 

***

 

 

 【μ’s】のライブ動画ね……。まったくいつの間に用意していたんだ?

 

 

「なるほど……別に構わんけど」

「ありがとう。じゃあ早速サイトのURLを……」

「待て待て、その前に動画をあげる理由を教えてくれ」

 

 いろんな結果の予測候補は立つが、動画をあげる行為によってどんなことが起こるかなんてものはやってみないと分からない。人気が出るかもしれないし、逆に批判が相次ぐかもしれない。

 この子は一体何を目的にそんなことをしようとしているんだろう。

 

「……世間の、客観的な評価が知りたいの」

「評価を知って、何するつもり?」

「低かったら、やめさせるわ」

 

 絵里はためらいなく言い切った。

 

「なら、高かったらどうするつもり?」

「……」

 

 答えは沈黙。

 なにがなんでもあの子たちのアイドル活動を認めたくないらしい。これは本格的になにか裏に理由があるな。気にくわないから、嫌いだから、などというしょうもない理由で彼女がここまで意地になるとは考えづらい。

 

「はぁ……いいよ、動画あげる手伝いはする。でも最後に一つだけ教えてほしい。なんでそこまであの子達を嫌うんだ?」

 

 俺の問いに、すこし俯きがちに答える。

 

「別に……嫌ってはいないわ。あの子達が本気なのは分かっているつもり。それでも私は、彼女達がいうように、自分のやりたいことをやれば結果がついてくるなんて思わない」

「だからって邪魔することはないだろ?君は君で行動を起こせばいいだけで……」

「それが出来たら苦労はしないわよ」

 

 

 絵里は少しだけ語気を強め、話を続けた。

 

 

「……あのね、理事長に生徒会は廃校阻止のために動いてはダメって言われたの」

「へぇ……」

「高坂さん達のスクールアイドルが認められて、生徒会の活動が認められないなんて納得できない!私がなんとかしなきゃいけないのに!」

 

 少し興奮気味に内情を吐き出す。

 

 

 ……なるほど。学校でそんなことがあったのか。ようやく合点がいった。

 

 絵里の立場からすると気分のいい話ではないわな。だれよりも廃校を阻止したいと願っているのにも関わらず、満足な活動をさせてもらえない。挙句の果てには、『やりたいから』なんていう安易といえば安易な理由で活動を始めた下級生は認められる。

 

 しかし、その理事長の判断は教育者としては当たり前の判断なのかもしれない。そもそも廃校阻止なんて生徒が背負う責任ではないしな。『やりたい!』と高らかに叫ぶ生徒を応援するのは学校の仕事だが、『やらなきゃ』と義務感に追われている生徒を止めるのも学校の仕事……だと思う。

 あくまで個人的な意見に過ぎないけれど。

 

 

「おっけおっけ、君の言いたいことはよくわかるよ」

 

 

 色々と渦巻く感情があるのだろう、少し目に涙浮かべて俯く絵里の頭を軽く撫でる。

 

「うぅ……別に慰めて欲しいわけじゃないわよ」

「別に慰めてるつもりもないっつの」

 

 少しだけ頬を染め、顔をあげた彼女の目をみて言葉を続けた。

 

「俺が思ったことは一つ。君は学校を守りたいから頑張ってるのかと思ってたけど違ったみたい」

「え……?違わないわよ?今だって……」

「守らなきゃいけないから頑張っている、そんな風に聞こえたけどな」

「それは……」

 

 これ以上は、言わないでおこう。本当のところどんな気持ちかなんてことは俺には分からないし、他人が知ったような口をきけるものでないと思う。絵里が、自分を見つめなおす小さなきっかけになれればいいけど……。

 うん、ただそれだけだ。

 

 

 

***

 

 

 少し甲高い独特な起動音とともに俺のノートパソコンが起動する。

 

 絵里は律儀にも、作業が終わるまで私もここにいるわと言って今は俺の横にちょこんと正座している。任せてくれれば後で勝手にやっておくのになぁ。

 どうやら俺だけに仕事を与えたまま自分だけ帰るのは悪いと思っているらしい。相変わらず生真面目なやつ。

 

 

「パスワードは……『エリーチカ』と」

「え、ちょ!パスワード私の名前!?」

「うん、……あれ?入れないな……そうだこないだパスワード変えたんだった。えっと、『KKE(賢い可愛いエリーチカ)』。よしおっけー」

 

 いつかいじれるときが来るだろうと思ってパスワードを絵里関連に変えといてよかった。案の定、絵里はかなり動揺している。ていうか顔真っ赤だな、どうしたんだろ。もしかして照れてる?

 

「ぅ……なんだか少し恥ずかしいわね」

「そうか?おもしろいけどなぁ、毎回パスワードを打つたび爆笑してるし」

「ちょっとそれどういう意味よ」

「冗談だって!つねるなつねるな」

 

 

 ピピっという効果音と共に本人認証のページからデスクトップへと移る。

 絵里は横から画面をのぞき込んできた。先ほど容赦なく、くすぐり倒していた俺が言うのもなんだが、狭い画面を二人でのぞき込むとなると流石に緊張する。女の子らしい雰囲気とか優しげな香りとか。

 

 なんでコイツはこんなに自然体なんだよ。なんだか気にくわんなぁ……別にいいケド。

 

 

「ハラショー!壁紙の写真懐かしいわね!」

「ん?あぁ、このころは若かった……」

「あはは、海菜は何も変わらないわよ?強いて言うなら駄洒落が多くなったわね」

「オヤジになったって意味か?失礼な。強いて言うなら大人になって、オシャレになったんじゃね?洒落だけに」

「それよそれ」

 

 お互い顔を見合わせてクスクスと笑いあう

 

 絵里がゆびさしたのは二年前の高校の入学式の日の写真。別々の学校の制服を着て家の前で二人で撮ったものだ。

 

 この時の俺は、まさか二年後の今、幼馴染の行く学校が廃校になるなんて露ほども想像していなかった。あたりまえではあるけどね。

 

 

 おっと、そうだ。思い出に浸ってる場合じゃない。

 

 俺は絵里の指定したサイトにアクセスし、動画ファイルの形式等を適当なものに変換。アップロードを始めた。……うん、この調子ならすぐ出来そうだな。

 

 

 

 どうか良い評価がつきますように!

 

 

 

 画面を最小化すると再びデスクトップに戻ってきた。

 

 作業工程をじっと見守っていた絵里は画面を見つめながら唐突に口を開く。

 

「私、きっとこの時すごく楽しくて、これからの学校生活に大きな希望を持っていたと思うの」

「ん……、そうだな」

 

 写真の中の絵里は本当に楽しそうに笑っている。

 

「三年生になった今、やっぱり私は音ノ木坂に来てよかったと思うわ。海菜とは違う学校に行くことになって少し寂しい時もあったけど、希や他のたくさんの友達や後輩にも出会えた」

「うん」

「私は……音ノ木坂が好き」

「見てればわかるよ」

 

 絵里は一呼吸おいて、小さくもしっかりとした声で続きの言葉を紡いだ。

 

 

 

「だから、わたしは私の大好きな音ノ木坂を守ってみせる」

 

 

 

 その瞳に宿るのは確かな決意。

 偶然かそれとも必然なのか、俺はその瞳の色に見覚えがあった。

 

 そう、高坂穂乃果と同じ目。

 

 出来ることなら。

 出来ることなら同じ志を持つ二人が手と手を取り合える未来が待っていますように。

 

 そんな願いが、いつのまにか俺の中に芽生え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 


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