ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十九話 変わった日常 その2

 終礼のチャイムが鳴り響き、周りのクラスメイトが慌ただしく、あるいはゆっくりと談笑しながら立ち上がった。俺も友達と二言三言交わした後にカバンを背負う。ずっしりと重い荷物のせいでしばらく運動してない身体が悲鳴を上げた。運動しなきゃな……元バスケットボールプレーヤーの名が泣く。

 

――塾まで時間があるし練習参加するか。

 

 現在時刻は夕方の四時。

 今年の夏まではすぐさま自習室に篭っていたのだが、μ’sに全面的に協力すると決めてからは二回に一回は音ノ木坂しかり神田明神に向かうようにしていた。流石に全参加は難しいけれど、お陰で少しは彼女たちの力になれているはずだ。

 

 道中すれ違う同じ塾の知り合いを避けながら靴箱に向かう。

 これでも知り合いは多い方なので一緒に行かないかって声をかけられることがよくあるのだ。……流石にμ’sと密接に関わり合って居ることは仲の良い友達にも隠していた。ウチは都内でも有数の進学校とはいえ、スクールアイドル好きもちらほらいる。

 同じ中学から来た友達に、絵里が幼馴染だとバラされた時はちょっと面倒なことになってしまった事もあるし……。余計なことは口にしないのが得策だろう。

 

 昇降口に出て、いそいそと通学靴を履き早足でグラウンドに出た。

 見慣れた制服が思い思いのスピードで進み、揺れている。

 

「…………」

 

 ふと、二つの影が目に入る。

 男子制服のブレザーと、隣に寄り添うように並列する紺のスカート。

 

――カップルか。

 

 何の気なしに眺めてしまった。何故か今日は彼等が気になる。別に羨ましくも何とも無かったその背中に不思議と目が行ってしまった。

 

 ずっと人事だと思ってたんだ。

 もちろん、この三年間で浮いた話が無かったわけでは無い。何度か俺に興味を示しかけてくれた女の子はいたけれど、そういう子からの接触を意図的に避けてきたわけで……。

 

 恋人が出来るってどんな感じなのかなぁ。

 

 多分、楽しいのだとは思う。

 好きな人と一緒にいて、話をして。

 それは何となく分かる。

 

 でもな。

 

 ぼぅ、と絵里の顔を思い浮かべた。

 

 今までだって楽しかっただろ。

 身も蓋もないかもしれないが、素直にそう感じてしまった。そのままの俺達であり続けることに、何一つ文句はない。楽しさなんて、恋人っていう関係に成らなくちゃいけない理由にはならないだろう。

 

 続いて希と二人並んで歩く姿をシュミレーションしてみた。

 

 悪くない。……ちょっとだけ、こっ恥ずかしいけれど。

 

 でも、カップルである意味は? そう聞かれると明確な答えは返せない。 

 あの娘の側にいて、自分を犠牲にしがちな彼女を守りたいとは思う。だけど、それは恋人じゃなきゃ出来ないことなのだろうか?

 

 そもそも、楽しさを求めて付き合うわけでは無いだろう。きっと、二人はお互いに惹かれ合って、いつの間にか時間を共有してて、その流れで恋人になっていくはず。

 違うかな? もしかしたらあまりにも子供っぽい意見かもしれないけれど、少なくとも俺はそう信じていた。

 

 ツバサに至っては想像も出来ない。

 あの天才と付き合うとどうなってしまうのだろう?

 

 こんなことなら――恋愛の一つでもしておくべきだったかな。

 

 少しだけ反省してみる。

 

 俺のことを好きだと言ってくれた後輩と付き合っていても……と、そこまで考えた瞬間言いようのない不快感に襲われた。希達を相手に妄想していた時とは明らかに違う、驚くほど明確な心の拒絶。これほどまで素直に自分の中の何かが反応するとは思わなかった。

 

「……むぅ」

 

 周りに聞こえないように小さく唸る。

 

 そしてふと気がついた。

 

 

 

――どうして俺は彼女たちを拒絶しなかったのだろう?

 

 

 

 かつて俺に想いを寄せてくれた女の子、その言葉。不器用なりに、経験が無いなりに受け止めたつもりではあったけど……ここまで前向きに考えることなど無かった。どうやって断ろうか、どう避ければいいのだろう? そんなことばかり考えていた気がする。

 だからこそ不必要にふざけたり、雑にイジったり。

 

 でも今の俺は違う。

 

 未来を想像していた。

 彼女たちと一緒に歩く未来を。

 

「なんだよ、これ」

 

 胸を差すチクリとした痛み。

 原因不明。

 自分のことなのに。

 自分の事だからか?

 

 高校に入ってから誰よりも自分と対話してきたつもりだ。バスケを止める時も勉強するって決めた時も。中学の頃よりも格段に一人の時間が増えて友達と遊ぶ機会も減って。……それなのに俺の中に生まれた自分でも理解できない感情。

 

 まだ少し、その解明には時間がかかりそうだ。

 

 

***

 

 

 神田明神のバカみたいに長く急な階段をのぼる。

 十一月も終わりかけ。日増しに寒くなってはいたものの上がり切る頃には息が切れ、僅かに身体が火照っているのを感じた。一息つきながら最上段に立って辺りを見回す。聞き慣れた手拍子の音と、いつの間にか長袖へと変わった練習着が目に入った。

 

「海菜さん。こんにちは」

「よっ!」

 

 階段の方向へ身体を向けて両手を鳴らしていた海未が俺の姿に気が付いて軽く会釈をしてくれる。相変わらず礼儀正しい娘だ。……だからこそ弄り甲斐がある訳だけど。

 

「海菜さん! お疲れ様です!」

「ん。穂乃果もお疲れさん。頑張ってるじゃん」

「えへへ~、もっと褒めてください!」

 

 定型文だっての、おバカ! 別にそんなに褒めてないって。

 

 相変わらず元気の良い穂乃果と凛が一番に走り寄って矢継ぎ早に話しかけてくる。俺はいつもの様に軽口を交えながらあしらっていた。まぁ、でも、こういうふうに後輩に懐かれるのも悪く無い。何というか、俺も脳みそ空っぽにして喋れるし。

 

「穂乃果ちゃん褒められたの~? ずるいにゃ」

「お。凛も褒めてやろうか」

 

 俺はニヤリと笑う。

 

「ふふふ。カイナ先輩如きに凛を褒めることが出来ますかにゃ?」

「凛ちゃん、先輩に如きなんてつけちゃダメだよ……」

 

 ありがとう花陽。君はいつだってμ’sの良心だわ。

 俺はちらりと凛を眺めて、彼女に仕返しできそうな台詞を思いついた。

 

「凛。……そのスカート、似合ってるぞ?」

 

 ファッションショーを経験してから、自身のコンプレックスを克服した彼女。いつの間にか着てくるようになった可愛らしい――女の子っぽい練習着を見つめながら俺は言う。

 隣に立つ花陽がとびきり嬉しそうに頬を緩ませたのが凄く印象的だった。

 

 ぴくん。

 一瞬だけ凛は恥ずかしげに身体を揺らす。そして満面の笑顔をコンマ秒だけ浮かべた後、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「にゃは~。九十五点にゃ!」

「おっ! 高得点じゃん」

「でも、カイナ先輩が言ったって事でマイナス五十点。不合格です! 凛、同じ台詞をもっと大人っぽくてカッコいい先輩に言って欲しかったにゃ」

「君、古雪先輩をなんだと思ってんの」

「凛の中でニコちゃんとカイナ先輩はセンパイって枠じゃないですよ?」

 

 じゃあ俺らはどの枠なんだよ!

 

「じゃあニコ達は何枠なのよっ!」

 

 意図せずツッコミが丸被ってしまった相手へと視線を向ける。俺としたことが、痛恨のミスだ。お笑い好きとして紡ぐ言葉が被るのは恥ずかしい事この上ない。声に出す前で助かった。本当、油断のならない奴……。

 

「何度も言ってるけど、ニコは部長よ!? もっと敬意を持ちなさい……って、なんで古雪がこっち睨んでるのよ」

「にこ如きと被るなんて……」

「何が!? というか、敬意!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ部長(笑)を軽くあしらう。先輩禁止とはいえ、凛にここまで雑に扱われるなんてある意味コイツも凄いよな。……あの娘の中で俺も同じ扱いなのが気になるけど。

 

 いつものようにくだらない会話を続けてからかい、からかわれ。

 

 ふと、視線を感じた。

 

 

「よ、希」

 

 

 我ながら上出来。いつも通りの挨拶ができたと思う。

 

 わいわいとした輪から少し離れた位置で、俺の方を見てくれていた希。まさかこのタイミングで俺から声がかかるとは思わなかったのだろう。僅かに動揺を見せ、視線を揺らしたものの、はにかみがちに笑顔を返してくれた。

 小さく手も振ってくれる。

 

 本当、ズルい表情。そして仕草だ。

 意識してしまうに決まってるだろ。

 

 俺はにこと話をしている最中にも関わらず言葉を失ってしまった。

 

「古雪……?」

「あ……えっと、ごめん。何だっけ?」

「……別に何でもないわ」

 

 にこは一瞬寂しげに俯いた後、歯を見せて笑った。

 そして腕組みをしてのたまう。

 

「にこの言葉を聞き逃すなんていい度胸してるじゃない」

「君と俺の耳までの距離があまりにも……ちっちゃいから」

「ぬぁんですってー!!」

「あー!! うるさい!!」

 

 余計なこと言わなきゃ良かった!!

 キィン。盛大な耳鳴りに襲われて、俺は堪らず逃げ出した。

 

 何が宇宙一アイドルにこにーにこちゃんだよ! 俺も一応男なんだから、もっと可愛い一面を見せてくれたって良いだろ!

 

「何よ。なんか文句あるの?」

 

 若干距離をとり彼女を不躾に見つめていると、折角の可憐な大きくて丸い目を細めて睨み返してきた。

 ホント勿体ない。黙ってりゃ人形みたいで可愛いのに。

 

 俺はメンチ切って来るにこと火花を散らす。こいつとは何処まで行っても悪友らしい。――まぁ、俺は割とこの関係を気に入ってはいるけど。

 

 

 くいくいっ。

 

 

 左腕に軽い重みが加わる。

 ん、何だ? 袖口を引かれるのを感じて振り返った。

 

「海菜さん、こんにちはっ」

 

 斜め後ろに居たのはμ's随一の女子力を誇る二年生。まったく、同級生の生意気ツインテールに彼女の爪の垢を飲ませてやりたい……などと下らない思考を組み立てていたところ。

 

「よ、こと……りっ!?」

 

 不意打ちをくらってしまった。

 

 甘く柔らかな、若草のような香りが鼻腔をくすぐる。気付いたときには目と鼻の先にことりの亜麻色の髪の毛があった。絹糸のように滑らかで艶やか。少し立った癖毛が僅かに顎に触れる。

 

 彼女は俺の胸元に手を伸ばして、慣れた様子でネクタイを整えてくれていた。

 

「……はいっ。着崩れてましたよ」

 

 最後に優しく胸元を押して離れていく。

 な、何という女子力……。

 俺は未来の彼女の旦那さんに嫉妬してしまった。

 

「さ、さんきゅ」

「はいっ!」

 

 ことりはにこっと笑うと話を続けてくれる。

 

「今日はちゃんとネクタイ着けてるんですね?」

「あぁ。たまには……というか、服装点検があるって聞いたからさ」

「道理で。内申点とか大丈夫なんですか?」

「難関大はそんなに内申見ないんだよ。それに高校側も実績欲しいせいか無茶苦茶悪い点はつけないし」

「そうなんですね。うーん、やんちゃな格好も好きですけど、海菜さんはぴしっと決めた方が良いかもです」

 

 まじまじと俺の姿を観察した後、ことりは人差し指をぴんと立ててウィンクをくれた。

 

「君がいうならそうかもな。善処するっ」

「はいっ! ……あ、良ければですけど」

 

 躊躇いがちに彼女は言う。

 

「海菜さんの制服に合うマフラーとか、見繕いますよ?」

「お、マジか」

「その、二人で……」

「普通に嬉しいわ! 今使ってるの絵里と二人で買ってから三年くらい経つからボロボロなんだよ。今度三人で行くか。……て、ごめんな話遮って。なんだっけ?」

「……いえ。はい、三人で行きましょうっ!」

 

 ことりはそっと目を伏せ、すぐに元気良く頷いてくれた。

 途端、何故かにこから視線が飛んでくる。

 

「……なんだよ」

「別に何もないわよ、ばーか」

「おお。失礼なヤツ。君が知り合うであろう全ての人間のなかで俺が最も頭良いというのに」

「感心するくらいビックマウスね」

「そうだろスモールボディ」

「言ったわね!!」

「あー、言ったね!!」

 

 再びにことのバトルが勃発してやいのやいのと言い合い始めた。

 一人冷静に水分補給をする真姫が汚物を見るような視線を送ってきている。やはり、下級生は俺達に対する敬意が足りないと思う。

 ……原因は俺達には無いし。多分。

 

「もう、海菜。あんまりふざけすぎないの」

 

 制止の声がかかった。

 聞き慣れた幼馴染みの台詞。

 

「……はい」

 

 いつもより大人しくその注意に従ってしまったのは……仕方ないだろ。流石にいつものペースには戻れない。

 俺はチラリと彼女を見つめ、目をあわせた。

 

――あ、目、逸らされた。

 

 視界から絵里が消える。

 

――違う、俺が逸らしたのか。

 

 ちらりと彼女を伺う。

 

――なんだ、絵里もそっぽ向いてるじゃん。

 

 遅ればせながら気が付いて、危うく赤面しそうになった。

 マジで子供かよ! お互いに!

 思春期突入直後の男子中学生のような自分が情けなくなる。いい加減慣れないと多分他のメンバーに色々とバレてしまい、厄介なことになりそうだ。

 

 でもまぁ、流石に普通を心がけていたら気付かれはしないだろう。

 絵里も事を大きくする気は無いだろうし……。よっぽど鋭いやつじゃないと分かりっこないはず。

 

 俺は辺りを見回した。穂乃果達二年生はいつもの様子で談笑している。穂乃果はちょっと落ち込んでいたらしいことりにじゃれつき、海未はそんな二人に何か言葉を掛けていた。凛達一年生も普段通り、離れた所でペットボトルを抱えていた真姫に幼馴染コンビが絡みに行っている。

 

 そして三年生は。

 

 ゲシッ。

 

 唐突に膝裏に蹴りを食らってしまった。膝かっくんの要領で俺はたたらを踏んでしまう。続いてあれよあれよという間に襟元を強引に引っ張られた。

 

「え、ちょ!」

 

 視界の端に見慣れたツインテールが写る。

 にこか! 何しやがる!

 

 グイグイと引っ張られるままに俺は皆の輪と少し離れた位置まで運ばれてしまった。一度バランスを崩してしまったせいでロクに抵抗も出来なかったし、唐突に襟首を離されて尻もちを付く。

 片手が地面につき、砂利の感触が走った。なんか、初めてコイツと会った時と似ているような……。

 

「な、なにしやがる!」

 

 見上げた先には赤みがかった瞳。

 ずいっと鼻先を俺に近づけるにこが居た。

 

「…………」

 

 そして。

 

 

 

 俺は思わず言葉を失った。

 

 

 

――彼女があまりに真面目な表情をしていたから。

 

 

 いつもの怒った顔でも、いたずらっぽく笑う顔でもない。かつてμ'sの名前をホームページから消した時のような、真に迫る顔つき。流石に軽口を叩くことは出来ず、俺は口を噤んだまま彼女が口を開くのを待った。

 

「古雪」

「な、なんだよ」

 

 俺は面食らいながら応える。

 

 

 

「アンタ、絵里と何かあったの?」

 

 

 

 鋭い奴がココに居た。

 

 俺は驚きを通り越して感嘆を覚える。……あの一瞬で俺と絵里両方の表情を見たのだろう。そして、正確に俺たちの間に走った緊張感や違和感を感じ取ったらしい。

 

 大したものだ。

 

 彼女は冗談交じりに自分を部長だ、尊敬しろと言うけれど、実際にどこまでも仲間全体を見ている女の子で。俺も全体を見ようと心がけているものの、きっとその能力では彼女に敵わない。

 

 ついでに俺にとっては良くない知らせが一つ。

 

「…………」

「古雪」

 

 多分、誤魔化そうとしても無駄だろう。

 

 なんというか、俺自身彼女と似た部分があるから分かる。似た者同士通じるものがあるというのは難儀なものだ。きっとコイツが俺を引きずってまで問い正すということは、何かしらの確信があるのだろう。そうでなければこんな事しない。

 よって、何を言い繕おうと無駄だ。

 

 俺は悩む。

 かといって正直に言う訳にもいかない。これはあくまで俺達の問題だ。

 

 ふむ、どうしようか。 

 

 俺は改めてにこと真正面から向かい合った。

 意志の強そうな大きく艶めく瞳に炎を見る。

 これは……。

 

「内緒」

「……はぁ?」

 

 にやりと笑いながら俺はそう告げた。すぐさま怪訝そうににこが首を傾げる。もちろん、これで話を終わらせるつもりはない。

 

「気にしなくていいよ」

「…………」

 

 続けて彼女が一番求めているであろう言葉を届ける。

 

 

 

 

「ラブライブに影響したりはしないから」

 

 

 

 

 真紅の瞳が大きく見開かれた。

 

 今は本当に大事な時期で。きっと彼女は練習や本番に何かしら影響が出ることを恐れているのだろう。μ'sのリーダーは穂乃果だが、彼女以上に全員のことを気にしているのは他でもないにこだ。そして、それはラブライブに対する想いが人一倍大きいからでもある。

 だとしたら、俺がすべきなのは彼女の余計な心配事を取り除くこと。

 俺と絵里、そして希、ツバサの話は絶対にラブライブには影響しない。俺はそう断言できる。彼女たちはその事を重々承知しているだろう。

 

 少なくとも、三人は俺のことをよく知る、もしくは正確に見抜いた女の子たちで。

 

 俺が受験を疎かには絶対にしないのと同じく、彼女たちが追うべき最優先の目標から逃げることは絶対にない。

 

「……よく分かったわね」

 

 どうやら正解だったらしい。

 

「君こそ」

「ふんっ」

 

 にこは腕組みしなおして俺から一歩遠ざかった。肝心の話を聞いた後、深く追求してこないのも彼女らしい。

 

「じゃ、そーゆーことで良いか?」

「…………」

 

 俺はそう締めくくろうとして、にこの顔色が若干暗いことに気がついた。

 

 ムスッとした表情。

 あれ? まだ何かあるのだろうか?

 

 なんというか、にこっぽくない。あんまり引きずったりはしない奴だし、すぐに割り切るタイプだ。だからこそ思わず俺は動きを止めた。

 

「まだ何かあるの……?」

 

 交錯する視線。

 にこは思わず、といった感じで言う。

 

「どう聞いても、教えてくれない訳ね?」

「……あぁ」

 

 申し訳ないけど、にことはいえこの話は出来ない。

 俺はその意思を態度で示す。

 

 

 すると彼女は俺から視線を外して俯き、切なげに――零した。

 

 

 

 

「そう……やっぱりにこは蚊帳の外って訳ね」

 

 

 

 

 残念ながらその台詞の後半部分は聞こえなかった。

 

 いや、きっと聞かせてくれなかったのだろう。

 

 

 

「ま、いいわ。戻りましょう」

 

 

 

 再び顔を上げた彼女はいつもと同じ雰囲気で。

 俺は少し彼女の様子を気がかりに感じながらも、いつの間にかその違和感を忘れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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