ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第三十一話 変わった日常 その4

 無心でシャーペンを走らせる。

 

 喫茶店内に流れるピアノの音さえ俺の耳には入らず、自信の奏でる黒鉛と計算用紙の摩擦のみが鼓膜を通過して脳が音として判断した。――悪くない。一つの大問を最後まで解き切って小さく頷く。

 二日前この場所で色々と悩んでいた時よりとは雲泥の差だ。

 次の大問の一番。ほぼ計算問題ともいえる序盤の簡単な段階で数式処理をしているせいか、まだ余裕がある。そういえばこの場所でいつもツバサと会うんだよな。俺は溜息を吐いた。

 

 別に、アイツと会うのが嫌って言う訳じゃない。ただ、ツバサと話をすると必ず真面目な話になってしまうのだ。冷静にあった回数も少ないし、彼女は俺のペースを毎度毎度持って行ってしまうせいかのんびりと話した試しがない。

 

 せめて次会う時くらいは……。

 

 と、そこまで考えて俺は思考を打ち切った。

 とりあえずはこの過去問を解き切ろう。

 

 そして、俺は数字の渦に沈んでく。

 

 

***

 

「よし」

 

 俺は自信の作り出した解答と、赤本を照らし合わせながら頷く。まだまだ改善点はあるものの、おそらくこれが今の俺の限界だろう。当日でもこれだけ取れたら御の字だ。今日はそれだけの成果を練習で出せたことに意味があったと思おう。

 本番にベストなパフォーマンスが出来るとは限らないため、失敗しても受かる……その状態にするためまだ研鑽は必要だけど。

 

「ふあぁ」

 

 取り敢えずは全身のちからを抜いて椅子にもたれかかった。

 ちょっと古いアンティークが軋む。

 目立たないようマスターに頼んで確保してもらってる端っこの席。お陰でど真ん中よりは随分とリラックス出来ていた。

 

 片腕だけをピンと伸ばして洒落たコーヒーカップを掴む。いつの間にか冷たくなってしまったお気に入りのコーヒーを一気に流し込んだ。頭を酷使してしまった時特有の、何やら靄々のかかった脳内が僅かながら晴れていった。

 

 俺はそっと目を閉じる。

 先程まで解いていた問題がぼんやりと浮かんできた。

 

 んー。受験生やってんなぁ。

 

 ぼーっとそんな事を考えていた。

 時間は午後十時過ぎ。今日は希を迎えに行く必要が無いため、閉店まで二時間近くあるが、軽く単語などを覚えながら久しぶりにゆっくりマスター自慢のスペシャリティコーヒーを堪能するのも悪くな……。

 

 

 

「だーれだっ☆」

 

 

 

 決めた。

 今すぐ帰ろう。

 

 俺は目を閉じていたせいで視界は変化しなかったものの、なんの躊躇いもなく異性の顔に細く滑らかな指を這わせた犯人の正体を見破って立ち上がろうとした。疲れ果て、これからくつろごうって時に会いたい奴じゃない。

 

 要らないこと考えなきゃ良かった……。

 ウワサをすればなんとやらだ。

 

 俺は背後に回っているであろう前髪パッツン超絶美少女天才スクールアイドルの顔を思い浮かべて逃げ出そうと試みる。

 

「ぐっ」

「カイナ。質問に答えなさい」

 

 容赦なく顔を背もたれ側に引っ張られ、立ち上がることが出来ない。完全に体の重心を彼女に支配されているせいか立ち上がることはもちろん、腰を浮かすことすらままならなかった。

 つか、コイツあんまり隠す気ないだろ。耳元で盛大に喋りやがって。

 

「絶対嫌だ……」

 

 言いなりになるのが取り敢えず嫌で、拒絶の意を示し……。

 

「えい」

「いってぇ!」

 

 このやろう!

 

 ツバサのやつ、目ぇ突きやがった!

 もうツバサだって確定しちゃったけど!

 

「十秒毎にペナルティーです」

「このやろっ……!」

 

 俺はなんとか彼女の手から逃れようと藻掻いてみたものの、ツバサは戯れに中指をまぶた越しにグリグリして来る。鬼か、ドSか。俺は手の平にでも噛み付いてやろうかと手の位置を探るが、残念ながら探し当てられなかった。

 ツバサの何処が性質悪いかって、俺がコーヒーカップを持っている時にこのイタズラを仕掛けてきたってことだ。これじゃ抵抗力も半減してしまう。どこからか様子を伺っていたのだろう。

 

 俺が一番くつろいでるタイミングで。

 俺が一番隙を作っている瞬間に。

 俺が一番抵抗できない状況にいると知って。

 

「よーん、さーん、にーぃ」

「~~~~~~~~!!」

 

 屈辱過ぎる!!

 俺はやられる側じゃない、やる側だ!!

 つーか、俺センパイだぞ!!

 

 当然ながら声は出せないので無音の悲鳴をあげた。

 馴染みの店で騒げないのも織り込み済みなのがまた腹立つ。

 

 あー!!

 ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつ……。

 

――ぞくり。

 

 唐突に全身余すところ無く電流が走った。

 

 

 

「はむっ」

 

 

 

 柔らかな唇と、犬歯の感覚。

 

 

 

「ほあ、はあくひなひと……次はキスしちゃうわよ」

 

 

 

 言葉は出てこない。

 つか、何て言えばいい?

 

 

――耳をかじ……齧られたことなんて初めてだっつの!!

 

 

「うわ。耳まで真っ赤よ?」

「~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

 

 本日二度目の無言の悲鳴。

 俺はたまらず暴れ始めた。このままだと本格的にヤバイ! かといって、正直に負けを認めるのは本当に嫌で、俺は構わずバタつく。こちとら男だぞ! 女の子如きに押さえつけられなんて……。

 

「もう、暴れないの……オトすわよ?」

 

 俺がもがき始めた瞬間、するりと彼女の手が俺の首に回され……ぎゅうと締め上げ始めた。はー、ヤバイ。これはヤバイ!

 暖かな吐息が耳元にかかるのを感じたが、こちとら命の危機に瀕しているわけで。

 

 

「うぅ……、ツ、ツバ」

「ふふん。最初からそう言ってれば良いのに」

 

 やっと締め付けが緩む。

 俺は彼女の腕を急いで振り払うと吐き捨てるように言った。

 

「つば九郎!」

「誰がヤクルト・スワロ◯ズのマスコットキャラクターよ!」

 

 よしゃ。

 強制相打ちで試合終了。

 

 

***

 

 

「で、何……?」

「私と会ってそこまで嫌そうな顔するのカイナくらいよ。あ、コーヒーご馳走様」

「マジで感謝しろよ。そしてそれを形にしてそろそろ返せ」

「ちゅーしてあげましょうか。センパイ?」

 

 妖艶に唇を舐めながらツバサは言った。艶やかに光る口元に、そっと添えられた人差し指。そんなありふれた、それでいてモデル以外取る人間など居無さそうなポーズを決めて文句なしの魅力を振りまく彼女を睨みつけた。

 幾らか冷やかな輪郭の線の中に柔らかい肉感をとじこめているというような、近づき難い高雅な美を目の前にして俺は溜息を吐いた。相も変わらずなんの文句の付けようもない美人だ。

 

 μ'sという美少女集団と仲良くしているせいか、そんじょそこらの女の子に目を奪われることは無いが、コイツは別次元。やることなすこと全てが完成されており、一つの美術作品のような美しさを醸し出していた。

 そっとマグカップを持ち上げ、香りを楽しむ姿がもう絵画の中のそれだ。

 

 見つめていても、褒める言葉しか出てこない自分に嫌気が差して、俺は目を逸らした。

 

「どうして目を逸らすの? あ、分かった! 私が可愛いからでしょう」

 

 そしてこの観察力、洞察力。

 才色兼備、天賦の才。

 あぁ、ムカつく羨ましい。

 

 俺は再び睨み直すことにした。

 

「もう、そんな怖い顔しないで。今日はホントに何の特別な用は無いんだから」

「ホントか?」

「えぇ。もうあと二週間後までは予定がないわ。覚えてます? カイナ」

 

 二週間後か……。

 忘れるはずもない。

 

「貴方に付き合ってくださいってお願いする予定があるの」

 

 ハッキリと口にすると、ツバサは完璧なウィンクを飛ばした。

 前髪が無いせいかよく見える。

 

「だからか……」

 

 どうやらあの子供みたいな髪型にも意味があるらしい。

 

「俺の好みじゃないけどな」

「絶対いま失礼なこと考えてるわよね?」

「よく見抜いたな! さすが天才……」

「誰でも分かるわよ!」

 

 ふぅ。

 俺は多少溜飲が下がったので、新しく入れて貰ったコーヒーを一口含んで舌先で転がせた。程よい酸味と苦み、同時に感じる上品な甘さを感じて一人悦に入っていた。

 

「じゃ、今日はふつーに暇つぶしに来ただけか?」

「えぇ。練習終わった後、ついでにアピールでもしようかと思って」

「ついでかよ」

「アピールしなきゃ私の魅力に気が付かないような男には惚れないから。ほんと、気晴らしに来たようなものよ。だからそんなに警戒しないでくださいっ」

 

 いや、君はそうさらって言うけどさ。

 相変わらずのビックマウスに舌を巻いた。

 

 ま、でも。なんか、ここまで来たら気を使うのも馬鹿らしくなってくる。ニコニコと底抜けに楽しそうなツバサを見て俺はちょっとだけ笑みを零した。

 

「雑談しましょう? 雑談」

「んー、雑談かぁ」

 

 ぐいっと身体を机に乗り出して彼女は言う。

 そこで、俺は気がついた。

 

 

――今日、コイツやけにリラックスしてるな。

 

 

 ぼぅ、と眺めてみる。さっきまでは俺自身がかなり緊張しており、同時に警戒心に満ち満ちていたせいで彼女を正確に捉えきれていなかったのだ。コイツは何を考えているのだろう? そんなことばかり考えて、いつも他の人に向けているのと同じ目線を飛ばせていなかったらしい。

 ツバサはキラキラと瞳を輝かせながら俺を見つめていた。いつもの、全てを見透かすような目ではなく、今この瞬間を心から楽しむような。

 

 そっか。なら……。

 

 俺はニヤリ、と笑ってみせた。

 

「カイナ?」

「いや、しょーがないな。ちょっとだけだぞ」

「ふふ。やった! ありがとうございます」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべ、小さく呟く。

 

「……良かった」

 

 何が良かったのだろうか?

 ……きっと、俺が警戒心を解いたことが嬉しかったのだろう。

 俺は思い直す。この娘も希や絵里と同じく俺に対して真っ直ぐな心をくれた女の子で。だとしたらこちらも誠意を返さなきゃいけないだろう。

 今はコイツの才能とか、俺のコンプレックスは関係ない。

 

 ただの生意気な後輩を相手にするつもりで話しかけた。

 

「じゃ、髪切る時のことだけど、美容師さんになんていうの?」

「いきなりその話題!?」

 

 おぉ。相変わらずの反応に心躍る。

 ツバサはボケもツッコミも出来るから優秀。にこには及ばないものの俺との相性は良いだろう。にこの場合はツッコミ寄りのオールラウンダー、俺はボケ寄り。だからかなり噛みあうワケで。この子は多分ボケよりのせいか、多少俺と被るのが玉に瑕。

 いや、我ながら意味が分かんない分析だけど。

 

 ツバサは完全に余計な思考を始めた俺をじとっとした目で見ていた。それ、好きな男の子を見る目じゃないよな?

 

「出会った頃からずっと気になってたんだよ」

「確かに、ずっと言ってますもんね」

「なんなら俺でも切れそうな……」

「ぜっっったい、ダメ」

 

 ハサミでじょっきん。

 流石にそんな雑な手入れは許されないらしい。

 

「ま、それは流石に冗談だけど。……でも、確かに君と雑談したことって無いかも」

「そうなの! いつもいつも真面目な事ばかり」

「君のせいだけどな」

「えー?」

 

 えーじゃない、その通りだろ。

 

「なんか、ずっと前から知り合いみたいなカンジがするんだけどなぁ。考えてみたら、初めて話をしてから三ヶ月位か」

「不思議なもので」

「密度が濃すぎるんだよ」

 

 軽く睨みつけてみる。すると、可愛らしく舌を出してみせた。

 

「てへ」

 

 彼女はそのまま香りを楽しんだだけで飲んでいなかったコーヒーに口をつけ……

 

「あちゅ。……ぁ!」

 

 何?

 気が付くと、彼女はすました顔で両手を膝に乗せて明後日の方向を見つめていた。

 

「ツバサ。今、君……あちゅって言った?」

「何のことですか?」

 

 

――ほぅ。

 

 

 俺は思い出す。

 そういえば英玲奈が一度言っていた気がする。ツバサは気を抜くとポンコツになると。割り箸を割るのが苦手だったり、靴下の替えを忘れたり。そんなウワサを聞いたことがある。

 

「言ってたな」

 

 気のせいか……なんて。そんな誤魔化され方を俺がするわけ無いだろ。

 俺はほくそ笑んだ。

 

 初めて、ツバサの表情に恐怖にも似た歪みが生じる。

 

「……今、ARISEのツバサらしき人が近くにいるんだけど、明らかに熱いって分かるコーヒーで舌火傷してました。……ついーと!」

「待って待って待って待って!!」

 

 尋常じゃなく慌てたツバサに俺はスマホを強奪されてしまった。

 

「アイドルにはキャラってものがあるの! 天然っぽいエピソードはあんじゅが……って、あれ?」

「ツイートしてないよ」

「…………」

 

 すっ、と彼女は画面を確認して俺の前に型落ちした機種を差し出してきた。 

 

「あっはっは。てへっ、したばっかりの舌でコーヒー飲んだらそりゃ熱いわな」

「う…………」

 

 ツバサは僅かに頬を染めて身じろぎする。

 どうやらイジられ慣れはしていないようだ。

 

 彼女はぐいっと身を乗り出して、強引に話を逸らそうと試みた。

 

「ところで、カイナはこのお店よく来てるわよね。そんな目立つところには無いし、どうやって知ったの?」

「塾がこの近くにあってさ。自習室が一杯だった時があって、どこかいいとこないかなって彷徨ってた時に見つけたんだよ」

「へぇ。私、結構好きよ。雰囲気もいいし」

「だろ? マスターが趣味でやってるような店だからこうして駄弁ってても許してくれるし」

 

 俺はちらりとカウンター越しに揺れる白髪を見た。一瞬だけ目が合ったので会釈を返す。本当、あの人には感謝してもし足りない。たいして売上にも貢献できない、残していくのは金じゃ無く消しカスと計算用紙だけ。毎回笑顔で、時折おかわりすらサービスしてくれる優しい人がどこに居るだろうか?

 

 俺は感謝を込めてカップを手に取る。そして静かに唇をつけた。

 

「あちゅ」

 

 かぁっと赤面して俯くツバサが居た。

 ふん。こういうところもあるんだな。小さく笑う。

 

――可愛いところあるじゃんか。

 

 まるで普通の高校二年生みたいだ。

 いつもの常に目の前の人間の内面を見通して、自身の目標の達成の為邁進を続ける彼女しか知らなかった俺は、勝手に作っていたツバサの印象を少しだけ変えた。俺にとって彼女は、大切なμ'sが超えるべきライバルで、俺が喉から手が出るほど欲しかった才能を持って生まれた人間でしかなくて。

 

 今日話せてよかったな。

 

 上手く言い返せないのか、照れ隠しにコーヒカップを両手に持って俯くツバサ。そんな彼女をぼうっと見ながら思う。

 

 この子が提示したタイムリミットまであと二週間。もう少しだけ、ツバサとこういう時間を共有したい。

 素直にそう思った。

 

 やっぱりまだ、俺の中で希と絵里の姿が大きすぎるから。

 

 

 

 せめてツバサがくれる心を……心で返せるくらいには。

 

 

 

***

 

 

「楽しかったわ、ありがとう」

 

 結局、閉店時間ギリギリまで彼女と話し込んでしまった。リラックスしきったツバサとくだらない事を言い合うのは思いの外楽しくて……今までの剥き出しの刃をその手に下げ、そのオーラで全てを威圧していた彼女と触れ合うのとは違った楽しさがあった。

 もちろん、今までの彼女も綺羅ツバサという女性の本質ではあるし、そこに秘められた暴力的な魅力も決して忘れなど出来ない。

 

 ただ、今日のツバサと一緒に居るのは……悪くなかった。

 もし彼女と付き合ったら、俺達の距離感はどうなるんだろう。

 

 それはずっと悩んでたことだったんだ。

 

 昨日、学校の帰り道にみかけたカップルのせいで反射的にしてしまった妄想。絵里と付き合ったら、希と付き合ったら。そんな中、ツバサとのそれは想像すら出来なかったことを思い出した。

 それだけ、俺の中でツバサは……天才だってイメージが大きくて。

 結局自身のコンプレックスに縛られて彼女の姿を一方向しか見れていなかったのだろう。

 

「俺は全然楽しくなかったけどな!」

「またそーゆーこと言う~」

 

 ふん。

 俺が内心でどう思おうと、そしてコイツが何を見透かしていようと俺が紡ぐ言葉は変わらない。……とりあえず、何かしらの憎まれ口を叩いておかないと負けてるみたいで嫌なんだよ。

 

 ツバサは一足先に店の外に出る。

 

「ふわぁ。さむ……」

 

 会計を終わらせ後を追うと肩を抱くようにして彼女が呟いていた。

 

「ホントだ、さみゅ……」

「うー」

 

 案の定睨みつけられてしまった。

 しかし流石に諦めが付いたのか、なが~い溜息を吐き出して僅かに微笑んだ。

 

 

「お疲れ様ですっ」

 

 

 コツコツ。

 

 彼女はローファーを鳴らして歩き出してしまう。

 一瞬怒らせてしまったのかと思ったが、どうやら足取りを見る感じそうではないらしい。少し楽しげにステップを踏んでいるのが分かった。

 

「おい、待てって」

 

 俺は慌ててその背中を追う。

 すると彼女は意外そうに振り返った。

 

「へ? もう解散でしょう?」

「マイペースか」

「あうっ」

 

 ぴしっと手刀を一発。

 俺は彼女を追い抜いて歩き始めた。何処まで送ればいいかは分かんないけど、そんな遠くはないだろう。そんなことを考えて俺は進み――ツバサが付いて来ていないことに気が付いて振り返った。

 彼女はそっと、俺がどついた頭に右手を当てて呆けている。

 

「どーした?」

 

 ツバサははっと我に返るとこちらに駆けて来て、

 

「最後に一つ聞いても良いかしら?」

 

 どうしようもなく魅力的な笑顔を浮かべてくれた。

 どうしたというのだろうか。

 

 

 

「カイナにとって、私は何なの?」

 

 

 

 何を急に……。

 俺は怪訝な表情をしながら彼女の顔色を伺った。少しだけ、瞳に真剣な色が宿っている。だから、ちょっとだけ真面目に答えようとして……

 

 

 

 

「ただのクソ生意気な後輩だっつの」

 

 

 

 

 やっぱり無理だった。

 

 しかし、返ってきたのは作りものではない――本物の表情で。

 

「そっかー」

 

 何故か彼女は凄く嬉しそうだった。

 一体何で? 不思議には思ったが、追求はされたくないのだろう。そのままツバサは口を噤んで隣にやってきた。

 

 俺たちは並んで歩く。

 

「で、どこまで送ればいいの?」

「あ、送り狼ですか? 夜道は暗いから心配なのよねっ」

「いや、君に限っては日中貯めた太陽光が……」

「それ、私のおデコのこと馬鹿にしてるわよねっ!」

「そんなことは一旦置いといて。だから太陽光発電のリーサル・ウェポン綺羅ツバサをおれはどこまでエスコートすれば良いわけ?」

「前回、そして今回のラブライブ覇者(ほぼ確定)のARISEツバサちゃんは車で迎えがくるからUTX前までで良いですよ」

 

 舞い散る火花。

 

「あぁ?」

「なによ」

 

 ほら、やっぱり生意気な後輩じゃんか。

 

 寒空に二人分の笑い声が――響いて溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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