この場を借りてお礼をば。
では、本編をどうぞ――
「…………」
A-RISEの送迎を担うリムジンの中、私は時々刻々と集中力を高めていた。今日は本番。いまだかつて無い高みへと自分を誘う準備が必要だ。車内の空気はどんどんと透明感と鋭さを帯びた物へと変わっていく。
私にとっては、その刺すような気配が心地よかった。
「…………」
「…………」
私と同様に沈黙を守るのは統堂英玲奈と優木あんじゅ。
信頼するチームメイトは私の創りだすプレッシャーの中、変わらぬ様子で座っていた。それだけでも彼女たちが並大抵の精神力では無いことが分かる。間違いない。真に戦う覚悟を持った者の出で立ちだ。
だからこそ、私は声をかけなかった。
信頼するのは今まで積み上げてきた練習と、培ってきた実力だけ。それ以外に信じられるものなんてないの。勝つための根拠はその二つのみに裏付けされるもの。
もちろん、彼女たちを信じてはいる。でも、それは英玲奈やあんじゅの内面を見ての感情ではない。私とともに過ごした練習時間、共有した思い。それを指して紡ぐ言葉が『信頼』だ。
本当に自分を信じられるのは自分だけ。私たちはグループであり、同時に個でもあるの。
その事を忘れてしまっては勝てない。
――慣れ合うために共に居るのではなく、勝つために一つのグループに成ったのよ。
だから、この期に及んで声を掛け合う必要はない。
互いが互いのベストを尽くし、そして勝つ。
私達A-RISEの進む道はそれだけ。
A――始まりの音。頂きに立つ文字。
RISE――舞い上がる。
A-RISE――頂点へと舞い上がる者達。
必ず、掴んで見せる。
勝利を――この手に。
***
「ふぅ。流石に騒がしいわね」
「まぁ、なんにせ最終予選だからな」
「緊張するわ~」
リムジンから降りて、観客が居るステージ前を急いで駆け抜け、一息ついた後に軽く談笑する。もうコンディションは完璧に整っており後は本番を待つだけだ。
英玲奈もあんじゅも喋っている内容とは裏腹に、余裕そうな表情を浮かべている。
「えっと、この後は順番を決めるくじ引きだったわよね?」
「あぁ、そうだな。もう後十分後だ」
私の問いかけに、相変わらず大会の進行やらなんやらに詳しい英玲奈が答えてくれた。自分で覚えなくても良いから便利ね。……そんな事言ったら怒られそうだけど。
どうやら今回は演技の順番をくじで決めるらしい。
前回ラブライブの本戦も同様の方法で行っていたのでそれに準じているのだろう。もちろん、口ではいつ踊ることになっても変わらず公平……とはいっても、実際は順番によって観客に与える印象が変わってくるため演技自体と同じくらい重要な要素だ。
「今回もツバサちゃんが引いてくるんでしょう?」
「えぇ。もちろんよ」
自信満々に頷く。
前回のラブライブ本戦では、トリを引き当てて優勝を果たした。
もちろん、偶然ではなく――必然。
「今回も狙った所を引いてくれるのか?」
「別に引こうと思って引いてるわけじゃないわ。私が望む形が運命として決まってるだけで」
「……いや、全く何を行ってるかは分からないが」
「ツバサちゃん、そういうオカルトちっくな所あるわよね~」
「むぅ。別にオカルトじゃないわよ」
唇を尖らせて、信じられないとでも言いたげな表情で首を振る二人に不服を申し立てる。別にオカルトでも何でも無い、ただ単に決まりきった未来なのだ。
それは余すこと無く現実になる。
予想、確率、全てを超越した先にある運命。
その歯車を回すのが私――ただそれだけのことよ。
「はぁ。それで?」
「それでってどうしたの?」
「いや、今回は何番目を引くつもりなんだ?」
英玲奈は半信半疑の表情で私を見ながらもそう問いかけてくる。信じられない気持ちも分かるけれど、実際前回大会のくじ引きでは宣言通りトリを引き当てているのだ。もう少し信用してくれても良いと思うんだけど……。
「今回はトップバッターを狙うわ」
私は宣言した。
「ほう。どうしてだ?」
「当然じゃない」
ニヤリ。犬歯を光らせて獰猛な笑みを浮かべた。
わずかにあんじゅと英玲奈の二人が身体を強張らせたのが分かる。
「私達の実力を見せつけるのよ。そして、会場を支配する」
最後に全てを持っていく展開も悪くはないけど、それは大会でやればいい。この予選は、全身全霊を持って他のライバルを叩き落とさなければいけない戦い。だからこそ、先手必勝。初めの演技で観客のハートを全て掴んで見せるわ。
私の宣言に、二人はすぐに頷いてくれた。
「確かに。それで問題はないな」
「うん。ちょっと緊張しちゃうけどね~」
「ふふっ。私達の後に演技するグループよりはマシでしょう」
王者のプレッシャー。
それがどれほどのものか、ライバル達に思い知らせてあげる。
「まぁ、本当に引けたらの話だがな」
「そうよね~。これで三番目だったりしたら恥ずかしすぎるわよ?」
「もぅ。だからちゃんと引いてくるってー」
軽口を挟みつつ、私たちは衣装の最終チェックを始めた。もうすぐしたら壇上に上がってくじ引き。そして予定通り事が運べば直後に演技だ。英玲奈とあんじゅは口では色々と言うものの、既に柔軟を始めていた。
きっと、私がトップを引き当てることを信じているのだろう。
ところで、唐突に英玲奈が問う。
「古雪くんイチオシのμ'sはどうなんだ?」
「あ、それ私も気になるわ。ツバサ的にはどうなの?」
「もちろん、私達の勝ちは揺るがないが」
あぁ。μ'sの事ね。
そういえば、意図的に相手チームの話はしないようにしていたから……。私が海菜が好きってことを公言しているのもあって、二人はかなり気になっていたらしい。念入りに筋肉を伸ばしながらも視線をこちらにやってきた。
素直に彼女たちの評価を下す。
「そうね。一番の強敵はμ'sだわ」
私の言葉に、英玲奈は少し目を丸くしていた。
「珍しいな。そんなに素直に褒めるなんて」
「普段は正直にこき下ろすのにね?」
「別に、他のグループの人達もライバルとして尊敬してるわよ? ただ純粋に私達と比べたら実力が劣るから、素直に『あの人達は私たちに及びません』って評価してるだけで」
「本当に歯に衣着せないな、ツバサは」
事実だから仕方ないじゃない。
だから、私がμ'sに一目置いているのも本当。
「英玲奈もあんじゅも何となく分かってるでしょう?」
私は確認した。
「高坂穂乃果さん……彼女は――天才よ」
ごくり。
一瞬に静まり返った部屋の中、英玲奈とあんじゅが凍りつく。
「ツバサの目から見ても、やはり……。厄介だな」
「まぁ。そうよね~」
「えぇ。間違いないわ。……海菜が自信を持って宣戦布告してくるだけはある。無論、海菜が彼女の才能を本当に正しく理解しているかは別にしてだけど。少なくとも彼女からは他の誰からも受けたことのないエネルギー……大きな力を感じたわ」
思い出すのは太陽のような笑顔を浮かべるμ'sのリーダーの顔。
人混みの中でも一際明るい輝きを放っているのが良く分かった。だからUTXに招待したの。そして、そこでもその能力の片鱗を表していた。押さえつけるようにして放ったプレッシャーを跳ね除けて私に向かってくる強さ、決意の炎。
共にライブをした時だってそう。折れたはずのμ'sが、彼女の言葉で一斉に空へと視線を向けていた。間違いなく、彼女はあのグループの要。あの娘が作り、そして導いてきたに違いない。
「グループ結成からたった八ヶ月。その間に部員を集め、曲を作り、ダンスを組み上げ、衣装を完成させた。そして、実力でこの最終予選という『ラブライブ』への切符を手に入れた。……才能無くしては決して達成できない偉業よ」
これは本心。
「だからこそ、私たちは彼女らに興味を持ったし。その過程で海菜と知り合った」
強敵――ライバル。
私達と戦うに相応しい相手。
「じゃあ、古雪くんは関係ないのか? μ'sの実力に」
英玲奈の問い。
私は、そこで初めて言い淀んだ。
「…………」
「ツバサ?」
「…………えぇ、そうね」
私は思い出していた、以前のライブ直前の光景を。
高坂穂乃果の一言でその顔をあげ、前へと踏み出す力を得たμ's。彼女が導き、輝かせたグループだ。それは間違いない。もちろんメンバーそれぞれの光も並大抵のものではないが、その裏にはやはり高坂穂乃果の才能があった。
しかし――古雪海菜は?
自ら光を放ち始めたμ's。
だが、彼の言葉でμ'sの光は僅かに――増した気がしたのだ。
僅かな……僅かな変化。
俄には信じがたい、『外的要因』で輝きを増す姿。
勝つ理由を自分にしか見出さない私には理解し難い光景だった。
「彼女たちの魅力の鍵は、間違いなく高坂穂乃果が握ってる。だとしたら海菜は……」
それは紛れも無い事実だ。
核は彼女。
でも――――。
「……やめましょう。答えはきっとステージの上にあるわ」
私達の勝利が、私の選んだ道の正しさを証明してくれる。
それだけよ。
***
大歓声。
屋外に設置されたステージにも関わらず、上げられた鬨の声は身体を心から揺らす。僅かに粉雪のちらつく空に声は溶けること無く強い波を伴って真っ直ぐに飛んでいった。
『さぁ! ラブライブ最終予選! 始まりますよーー!!』
相も変わらずハイテンションなアナウンサーが観客を煽る。
するとマイク越しのその声をかき消すかのような歓声と拍手が響き渡った。
『おおおお~~! これは凄い盛り上がりだ!! 早速、順番決めのくじ引きを、はーじめーるぞー!!』
うおおおおお!
再び地鳴りのような声が起き、ビリビリと揺れる空気が長い睫毛を揺らす。
『よーし、リーダの皆さんは前へ!!』
彼女の一声を合図に、四人のリーダーが歩み出た。
震え一つなく、涼し気な表情で前に進んだのは私。
会場の視線が私へと集まるのを感じた。
同時にMidnight Cats、イーストハートのリーダーが進み出た。二人共緊張から手足は震えていたものの、流石にここまで勝ち残るだけあってそれを表情には出さず賢明に笑顔を浮かべている。
――A-RISEと束の間とはいえ肩を並べるのだから、当然ね。
私は内心で零した。
当然、顔には百二十点の笑顔を湛えている。
後一人は――高坂穂乃果。
「…………!」
私は一瞬……ほんの一瞬だけ大きく目を見開いた。
――驚いた。緊張、してないのね。
彼女が浮かべていたのは本物の笑顔。他のリーダーのように作られた笑顔ではない、私の完成されたそれとも違う。ただ単に、ここに居られることを嬉しく思う表情がそこにはあった。
やっぱり、天然の才能ね。
私は結論づけた。――自覚なき天賦の才。
おそらく、これからも自分では気付くことは無いだろう。
むしろ、気付いたら消えてなくなる類のモノだ。
『やーやー! A-RISEのリーダーツバサちゃん! 何番目に演技したいかな~?』
「ふふ。私たちは一番目が良いわね! 皆、応援よろしく!」
途端、音の波に潰されるかと思うくらいの声が上がった。
やはり、応援して貰えるというのは嬉しいものね。
アナウンサーは似たような質問を少し聞き方を変えながら全員に問いかけていく。
「何番でもいいです! そこでベストを尽くします!」
「私も、何番になろうと精一杯頑張りたいです」
二つのグループのリーダーが紡いだありきたりの言葉――弱者の台詞。
ベストを尽くす。
精一杯頑張る。
それでは届かないところに絶対的な勝利はあるのだ。
ベストを尽くすのも、精一杯頑張るのも口にすることすら無意味なほどに当たり前。大切なのは、運命をこの手で引き寄せる事だ。だからこそ私たちは宣言しなきゃいけない。思い描いたビジョンを形に――。
「穂乃果は……トリが良いかな~~。えへへ、初めの方だと緊張しそうだし」
軽い笑い声が各地で起こった。
気の抜けた様子の彼女の言葉に暖かい声援が飛ぶ。
しかし私は、一人真剣な顔つきで高坂さんを見つめていた。
――やっぱり、彼女は知ってる。
きっと意図的では無いわ。
でも、感覚的に解ってる。私が一番手に出て、全員を叩きつぶしにかかることを。そして、万に一つでも勝ちを拾いたいのならば、最後の出番で全てをひっくり返すしか無い事を。
ふふ。
私は零れ出る笑いと、武者震いを止めることが出来なかった。
――さぁ、はじめましょう。
私たちは同時に用意された箱の中に手を入れた。
私は何も迷うこと無く、一番初めに触れた玉を握りこむ。
『よーっし、準備は良いかーー!?!?』
四人は顔を見合わせて頷いた。
恨みっこ無しの順番決め。
『よっしゃ行くぞーーー!! せーーーのっ!!!』
高らかに掲げられた腕。
その手に掴むのは勝利への道標。
燦然と輝くのは『FIRST』の文字。
――当然の結果。後は……。
二人挟んだ列の反対側。
『LAST』
――――面白い!!!!
戦いの幕が降りる。
一期第六十話『それぞれの夢2』
二期第七話 『持たざるが故の』
二期第十一話『揺らし揺らされ』
以上と繋がります。
お時間あれば是非……