ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十一話 最終予選 中編

 

 刺すような冷気を押し返すかのような人の熱気。

 ラブライブ東京都予選。この日のためだけに設置された特設ステージにファンが大勢詰めかけていた。前回優勝校及び実力派揃いのこの地区は大きな注目を集めており、インターネットで全国に配信されるらしく大仰なカメラもちらほらと見受けられる。

 

 かく言う俺も大勢の観客に混じって、

 

「はぁあ~、緊張する……」

 

 一人ソワソワしながら会場内を歩き回っていた。

 

 屋外ステージで行われるためイスなどは応急救護場所以外には設置されておらず、壇上前の空間はそれなりに開けている。

 開演を五分後に控え、混雑してきた人波の合間をぬって落ち着かずにうろついていた。たまに肩に触れる他の客に訝しげな目で見られてしまったものの、コレばかりは仕方ない。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 心配事渦巻く脳内に強制的にその台詞をねじ込んでは

 

「いや、でも、もし踊り忘れたら……」

 

 やら、

 

「そうでなくても、この気温でステージが滑りやすくなってたら……」

 

 やら、

 

「穂乃果のヤツちゃんと起きてるんだろうな……、にこもちっちゃ過ぎて会場から見えないとか無いよな……、海未はちゃんとラブアローシュート打ってくれるかなぁ……」

 

 ボロボロ溢れる独り言。

 俺は次から次へと降っては湧いてくる良くないビジョンに頭を抱えていた。確かに俺は楽観的なタイプでは無いし、どちらかと言うと全て可能性を突き詰めて考えてしまう性格ではある。

 ただ、自分でも分かっていた。

 間違いなく今俺がしてるのは取り越し苦労だ。

 

 解ってる。

 解ってるんだけどさあ!!

 

「ううう……」

 

 自分のことでは無いせいで心配しか出来ないのも事実なのだ。彼女たちを心の底から信頼するというのは、心配をしないことと同義ではない。何となく子を見守る親の気持ちが分かった気がする。こっちが出来ることなんて一つもない……とはいえ何も考えず結果を待つことも出来ない。難儀なものだ。

 

 

 ビィィィーーー。

 

 

 サイレンに似た電子音。

 それが開場の合図だとその場に居た全員が理解してステージに目を向けた。

 

 当然俺も落ち着きなく動きまわる足を止め、食いつくように前方へ視線をやる。同時に次々に飛び出して来るファイナリスト達と湧き上がる歓声。

 

 

「…………」

 

 

 普段なら人一倍大声を張り上げて居るはずの俺は、穂乃果達がステージに現れたのを見て言葉を失ってしまった。

 応援しかできないんだから、俺には――。

 

 俺は小さく頷いて彼女らを見つめる。

 きっとあの子達には俺が見えていないだろうけど。

 

 

 

 

――戦いが、始まる。

 

 

 

 

***

 

 

「よーーーし!!!! 一番手は前回王者A-RISEだあああ!! 演技は五分後に始まるから皆応援の準備だぞぅっっ!!」

 

 相変わらずハイテンションな女性司会者の声を聞き流しながら、俺は緊張から解き放たれて深くため息を吐いた。ひゅう、と頼りない音が喉から漏れ出す。

 

 

――なんてプレッシャー……。

 

 

 たった今行われた演技順決めのイベント。

 

 ステージには化け物(綺羅ツバサ)が居た。

 

 二人で会うときは最近少し落ち着いていたのと、俺があの娘に慣れていたせいもあって改めて彼女の才に感嘆することは無かったが……。その能力の高さと訳の分からない理解の及ばない天運を魅せつけられてしまった。

 

 登場と同時に注目を一瞬で集めたあの立ち姿。

 

 元から人気があるから、元王者だから――そんな理由では説明がつかない。魅入ってしまったのか魅入らされたのか、それとも他の何かが働きかけているのか。

 

 少なくとも一人だけ桁違いの熱量を放ってることは見て取れた。

 

 

『私達は一番目がいいわね!』

 

 

 笑顔で言い放ったソレは希望ではなく確信だった筈だ。

 

 事実、彼女は引き当てた。

 望み通り。

 思い描いた通り。

 

 偶然でないことくらい解ってる。前回の本戦でも彼女はトリを言葉通りに掴みとったのだ。俺じゃ理解できない何かが働いてるとしか思えないし、事実得体のしれない力が作用してるのだろう。

 運は平等じゃないから。きっと才ある人間はソレを己の力で掴む術を知っている。羨ましいことに。

 

 

「ふう」

 

 

 深く深呼吸。

 

 俺は呼吸を整えてステージを見つめた。

 

 何はともあれ、演技は始まる。

 きっと、今までにないくらい素晴らしい演技をする筈だ。

 王者の名に恥じない……いや。天才の名に恥じない演技。

 

 

――少しだけ、楽しみだ。

 

 

 俺にとってA-RISEはずっと敵でしか無かった。

 そして、それは今でも変わっていない。

 

 スクールアイドルに興味が有るわけじゃ無く、可愛い女の子に興味があるとはいえ他校の知らない女生徒に熱を上げる性格でもなく。ただ単に俺の応援するμ'sの進む道に立ちはだかる強大な壁。俺の認識はそれだけだった。

 

 だけど、ツバサと深く関わりあってしまったから……。

 天才と凡人、交わるはずのない二人の道が何故か交差した。

 

 ほんの一瞬だけ。

 僅かな時間。

 

 それだけで十分過ぎるほど、俺は彼女に影響されたんだ。

 

 

「…………」

 

 

 故に俺は真っ直ぐステージを見つめていた。

 

 それは敵に向けた視線ではない。一人の友人……一人の憧れが舞う舞台への興味。俺が知った綺羅ツバサと言う女の子が見せつけてくる答えが見たかったのだ。

 

 きっと、生で彼女たちの姿を見ることが出来るのは今回が最後になると思う。A-RISEが勝とうと負けようと、きっと俺がこのグループの後を追いかけることはない。

 一瞬だけ交わった俺とツバサを分かつライブ――。

 

 

――頑張れ。

 

 

 俺は小さく呟いた。

 

 敬意を込めて。

 

 

――勝つのはμ's(俺たち)だけどな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 バチン!

 

 

 

 破裂音とともに開場全ての照明が落ちた。

 開場に波紋の様にざわめきが広がる。

 

 トラブルか?

 A-RISEの出番は?

 演出?

 

 

 観客の声。ざわめき。

 

 

 観客の声。ざわめき。

 

 

 観客の声。ざわめき。

 

 

 

 

 

――唐突な沈黙。

 

 

 

 

 

 悪寒にも似た感覚が背筋を走る。

 

 その状況の変化は広がった波が次第に減衰していく自然な沈黙への移行では無かった。もっと強引に、もっと荒っぽく。……単純な力でそれを抑えこんだ。抑えこまれた。そう表現せざるを得ないほどの一瞬の空気の変遷。

 

 俺たちは言葉も無いままステージを見つめる。

 

 照明は無い。

 僅かに彼女たちを照らすのは半月の光だけ。

 目を凝らさなければ視認すら難しい。

 

 

――三つの背中。

 

 

 ありふれた演出だろう。唐突に彼女たちを照明で照らし出してインパクトを与える。同時にツバサ達がこちらを振り向いて演技をスタートさせる。

 特にスタリッシュなA-RISEが得意とする十八番。

 

 言ってしまえば誰にだって出来る安易な演出だ。

 会場の誰もが予想できた始まり。

 俺たち全員楽に受け入れられる……。

 

 

 だけど、鼓動が収まらなかった。

 

 心臓を丸ごと鷲掴みにされたような感覚。

 背中から放たれる圧力。

 冷や汗が顎を伝って――落ちた。

 

 

 これは今から始まるA-RISEの演技に対する期待なのか、それとも畏怖なのか。得体のしれない大きな力に会場全体が静まり返って三人の姿を見守る。

 違うな、……魅せつけられていた。

 

 それは永遠にも似た時間。

 永久に続くかと思われた沈黙。

 

 しかしそれは破られる。

 沈黙を作り上げたのも彼女たち。

 当然、それを壊したのも彼女たち。

 

 

 

 綺羅ツバサが――振り返った。

 

 

 

 

 少なくとも今この時だけは、世界は彼女のモノになる。

 

 

 

***

 

 

 客観的な視線で彼女たちの演技を表現するなら至ってシンプルだろう。

 

 ダンサンブルな楽曲に乗せて、踊りで魅せる。

 恵まれた容姿を最大限に活かした構成だ。

 

 

 

「なんだ……コレ」

 

 

 

 しかし、そんな安易な言葉では俺のこの胸に去来した感情は説明しきれないだろう。

 

 体の芯に響くビート、それに乗せられた可憐で、それでいて力強い歌声が心を揺らす。息一つ切れないまま真っ直ぐな針金のようにブレないその肉声が会場全員を貫き魅了していった。

 そして何十人も入るように設計された大きなステージに立つ三人はその中央で舞う。もしかしたら弱点になり得たかもしれなかった彼女たちの人数の少なさ。派手さという面では小さく纏まらざるを得ない三人というグループ構成。だが、俺はその考えが完全に的を射ていないと痛感した。

 

 一般的にステージ上に立つアイドルたちは光に例えられる。

 

 どれだけそこで輝けるかが鍵。

 大きな光を放てばそれだけ注目してくれる人が増える。

 だからこそ、輝きたくて彼女たちはそこに立つのだ。

 

 故に、人数は重要なファクター。

 

 確かに多ければ良いというわけではないが、人数に比例して華やかさや派手さが増幅するのは紛れも無い事実。大勢の光でもって観客を照らし出そうとするのは自然な流れだろう。

 

 

 だが、A-RISEは違う。

 

 

 見ているものに光を届けるのではない。

 観客の視線を強引に、際限なく、抵抗の余地なく引きこむのだ。

 

 きっとそれはブラックホール。

 

 三人という少人数、しかしその一人ひとりに秘められた圧倒的なポテンシャルとそれを活かし切る実力を持っている。密度が限界まで高められた星が光をも吸い込む性質を持つかの如く、彼女たちのそれは既に俺の想像していた境地を超えていた。

 

 

 視線が逸らせない。

 息すら出来ない。

 

 

 目の前で見せつけられる暴力的なまでの魅力は観客全員の視線を……いや、心すら掴み、引き込んだ。それは俺ですら例外ではない。

 

 伸ばされた腕、その指先。

 振り返った表情、その視線の行く先。

 激しく刻まれるビートに寸分違わず合わせられたステップと視線。

 

 

「凄い、……凄いなぁ」

 

 

 俺は知らず知らずの内に呟いていた。

 

 どれほどの練習をすれば、どれほどの才能を持って生まれたら、ここまでの演技を魅せることが出来るのだろうか? 俺と同い年の二人、一つ下の女の子。そんな三人がきっとこなして来たであろう想像すら出来ない努力、鍛錬。

 この実力に裏打ちされた自信。

 

 

 

『勝つのは私達』

 

 

 

 一切ブレること無い彼女のその言葉を思い出していた。

 なるほど、確かにその通りかもしれない。

 

 意地を張って一蹴し続けていた敵の紡ぐその宣言が、今素直に俺の心に溶け込んでいくような気がした。

 

 二年、三年?

 少なくともμ'sの何倍もの時間、頂点だけを見つめて走り続けて来た。振り向かず、下と比べること無く。ただひたすらに自分達を高みへと押し上げるためだけに邁進してきた天才と、そんな彼女に必死に食らいついてきたメンバーの軌跡。

 そんな彼女たちは。

 そんなA-RISEは。

 

 

 

 どうしようもなく――魅力的だった。

 

 

 

 時間で言えばものの五分くらいだろう。

 

 しかし、それだけあれば十分。

 演技が終わる頃には観客の心は完全にA-RISEの色に染め上げられていた。湧き上がる歓声と止むこと無い拍手。もうこれで大会が終わってしまうかのような、それくらいの盛り上がり。

 ファンの中にはあまりの衝撃に感涙に咽ぶものまで居る。

 興味だけでこの場に居た者達は皆、呆気にとられた表情でステージを見つめていた。きっと、声高に彼女たちを湛え始めるまで数秒無いだろう。

 

 

 

 

 なるほど、これがA-RISEの――綺羅ツバサの答え。

 

 

 

 

 圧倒的な実力で持って制する。

 観てもらうのではなく魅せつける。

 照らしだすのではなく染め上げる。

 

 

 何となく、彼女に問われている気がした。

 

 

『私に勝てるの?』

 

 

 これを見て。

 

 

『本当に勝てるとでも思ってるのかしら』

 

 

 俺は唇を強く噛む。

 なぜなら俺は誰よりもよく知っていたから。実力というものが如何に非常で……それでいて重要なものなのか。

 

 バスケだってそう。

 想いなど関係なく、ただ点を決められるか決められないか。

 勉強だってそう。

 努力など関係なく、ただ人より正解出来るか出来ないか。

 

 きっと、スクールアイドルだってそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――だけど、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sの出番は目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました。
やっと学業のほうが落ち着きましたので……。

次回、ラブライブ予選。完結。

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