ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十二話 最終予選 後編

 私は天才だ。

 

 その事に気が付いたのは小学校に入って間もない頃だった。

 相手の目を見るだけでその感情が読み取れる。どう動けば相手が自分に魅了されるのかが分かる。自身の表情、一挙手一投足を自在に操れる。相手は同い年の子供だろうと、年上の大人だろうと変わらない。私の前では皆、等しく凡人でしか無かった。

 

 私は負けない。

 

 何をやっても人よりも上手く出来た。勉強、音楽、スポーツ。きっと持って生まれた基本性能が違うのだ。頭の回転、身体のバネ、天から与えられたセンス。どれをとっても一級品。どの分野を選び取って伸ばしていくか、問題はそれだけだった。

 

「お疲れ様。ツバサ、あんじゅ」

「二人共お疲れ~」

「えぇ、お疲れ様」

 

 大喝采を背に、私達A-RISEはステージを降りた。

 上がった息を整えながらお互いの労をねぎらう。文句無しに実力の全てを出し切ったステージになった。私達の魅力を半強制的に見せつけ、そして引き込むスタイル。その真骨頂をこの最終予選において披露することが出来たと思う。

 ステージ上で舞うA-RISEはあの五分間、確かに会場を支配した。

 観客のために私達があるのではなく、私達のために観客がいる……そんな感覚。

 

――もちろん、ファンの皆を軽視しているわけではないわ。

 

 今、私達がこの場に居られるのは他でもない応援してくれている人達のおかげ。その事実は変わらないし、だからこそ感謝を忘れた日なんて一日たりとも無い。

 

 しかし、あくまで主役は(綺羅ツバサ)

 

 

 私が、私の努力で、私の精神力(こころ)で、私の実力で掴みとる結果。

 

 

 

 

――そう。綺羅ツバサの出す結果の前に、他人の力など存在しなかった。

 

 

 

 

【全ての根拠は己の中に】

 

 

 あんじゅも英玲奈もパートナーでこそあるが、A-RISEは支え合って高みを目指す様な生ぬるいチームではない。遥か高みへと登り続けていく私に、彼女たちが必死に食らいついてくる構図。私が思い描く未来予想図に付いて来たいと願った才ある二人が懸命に努力して、やっと隣に並び立ったのだ。

 だからこそ、A-RISEは魅力的なのだと思う。

 どこか危険で、どこか冷たく。それでいて膨大な熱量を含み、言葉に出来ない魅力を放つ。

 

 コツ……コツ。

 

 あれだけの運動をした直後であるにも関わらず私達三人の足取りは全くブレていなかった。悠然とステージを後にして控室へと戻る。未だ鳴り止まない拍手が心地よく耳朶を打った。

 

 キィ。

 

 四組全員が集う控室の扉を開けると、残り三組の表情がすぐに目に入って来る。

 

 歌詞カードに目を通し、振付を確認。

 ごく在り来りな行動を取りながらもどこか異なる雰囲気。

 

「終わったわよ? 皆も頑張って」

 

 私は彼女たちの緊張を知りながらもごく自然に零す。

 途端、耳鳴りのような静寂に包まれた。

 

 イーストハート――予選二位のチーム。彼女らは頑なに私達を見ようとはしていなかった。それが意味することは一つだけ。……彼女たちは既に心の何処かで負けを認めてしまっているのだ。綺羅ツバサを、統堂英玲奈を、優希あんじゅを視認してしまえばその感情が溢れだしてしまうからこそ強大な敵を直視出来ない。

 メンバー全員例外なく一重に伺えるのは……絶望。

 しかし二位のプライドとして強者に尻尾だけは振りたくないのだろう。白旗だけは上げたくないらしい。このまま必死に、自分たちに『やれば出来る』と言い聞かせてステージに登るつもりに違いない。

 

 Midnight Cats――予選三位のチーム。二人は対照的に呆けた顔で私達を見つめた。直ぐ様軽く頭を下げて挨拶を返してくれる。その目に浮かぶのは明らかな驚嘆と羨望の色。届かぬ頂きに憧れる無垢な瞳。そこには私達に歯向かう意思などもう既に無い。

 

『やるからには悔いのないように』

 

そんな甘く、何も生まない弱き意思だけがその立ち振舞から伺えた。

 

「…………」

 

 予定通りね。

 

 私は一抹の寂しさと共に作戦の成功を確信する。

 これでこそ一番手を引き当てた意味があるというものだ。圧倒的実力を観客に、そして続く演技者に魅せつけて僅かに残る望みをも叩き潰す。完膚なき勝利だけを求めて私たちはココに来た。

 

 一歩。

 

 静かにイーストハートから視線を逸らす。

 もう、彼女たちは敵ではない。

 

 二歩。

 

 Midnight Cats。貴女達も一緒。

 

 三歩。

 

 私は足を……止めた。

 口元に獰猛な笑みが宿るのを感じる。

 

 

――そうよね。

 

 

 貴女は、違うわよね。

 

 

 

「高坂、穂乃果さん」

 

 

 

 曇りなき瞳、揺るぎない決意、その小さな身体から感じる膨大なエネルギー。

 自覚なき才、故に強大で、私に比肩しうる唯一のライバル。

 

 そこまで考えて、私は軽く首を振った。

 

 違うわ、高坂さんだけじゃない。

 

 

 

「μ'sの皆さん」

 

 

 

 きっかけは高坂さんに違いない。それぞれの力は私はおろか、英玲奈やあんじゅに及ぶかどうかが怪しいところだ。確かに光る所をそれぞれ持っているけれど、それはあくまで長所であって才能では無い。

 だから、きっとμ'sというグループは『高坂穂乃果』という一人の天才を軸に生まれ、彼女が導いてきた集団だとは思う。もちろん、それは私が発揮するような半強制的なリーダーシップとは全く別種のモノ。でも、高坂さんの存在価値の大きさは計り知れない。

 

 本来なら俯く事しか出来ないハズの凡人達。

 しかし全員が欠けること無く皆揃って顔を上げ、私達A-RISEを見つめていた。

 

 その目に宿るのは意地や負けん気から来る捨て鉢の光ではなく、純粋な決意から生まれる燦々たる輝き。今まで、私達を……私を前にこの表情を浮かべることが出来た人間は居なかった。実力があればあるほど、敵の力量はよく分かる。

 予選を勝ち抜いてきた彼女たちが既に素人の域を超えているのは明らかで、それでも尚私達に牙を剥く姿にはゾクリと心地の良い悪寒が走った。

 半年前に見た動画、仄かに感じたある予感は的中し今ライバルたちは目の前に立っている。天才を前に一切の怯えも恐怖も見せず、堂々たる面持ちで。静かに湧き上がる闘志を湛えてそこに居た。

 

 

 だから、私は問いかける。高鳴る鼓動を押さえつけ、冷静に。そして冷徹に。

 

「私達の演技は……どうだった?」

 

 視線が交錯した。

 

 

「本当に凄かったです!」

 

 

 きっとその言葉は本心で。

 

 

――笑えるの? ふふ……、凄いわね。

 

 

 心からの笑顔を見せたμ'sのリーダーに感服しながらも、私は歯を見せて笑った。きっと、敵意が色濃く滲みでた表情になっていたと思う、相手のほかメンバーの目に僅かな怯えと恐れが走ったのが見えたから。

 しかし、彼女だけは怯まない。

 強く拳を握りしめ、力強く笑った。

 

 だから、私は問いかけた。

 

「私達のこの演技を見ても尚、高坂さん」

「はい! 何ですか?」

「貴女達μ'sは勝てると思う?」

 

 確認、なんて生温い問いかけではない。押さえつけるような、脅すような迫力を込めて。

 しかし――彼女は一切迷うこと無く答えた。

 

 

「はい。私たちは必ず勝ちます!」

 

 

――嘘偽り無い言葉。本心からくる台詞。

 

 

「絶対、勝ってみせます!」

「よほど、自分に自信があるのね?」

「へ? そんな、私にはツバサさんよりダンスが出来たり歌が歌えたりする自信は無いですけど……」

「……だったら、どうして」

 

 

 綺羅ツバサにとって何かに確信を持つ根拠は自分自身の努力、実力、そして結果だけだった。しかし目の前に居る、自分とは別種の天賦の才を持って生まれた少女はきっとその価値観では測れない。

 だからこそ、聞いては見たけれど。

 

 

 

「皆が居るからです! そして、応援してくれる人も……信じてくれるあの人も」

 

 

 

 やはり理解は出来なかった。

 

 

 

【全ての根拠は皆の中に】

 

 

 

 勝利の根拠は自分の中だけにあるものよ。

 他者は関係ない。自分がステージの上で何を魅せるか……ただそれだけ。

 

 彼女と私、どちらが正しいか――すぐに分かる。

 

 

 

***

 

 

「ツバサ、どこへ行くの?」

 

 背中にあんじゅの驚いた声がかかった。

 私は、ちらりと彼女を一瞥すると手近にあったコートを纏い、フードを目深に被りながら簡潔な返事を返す。もう始まってしまう。これだけは会場で、自分の目と耳と肌で感じなくちゃいけない。私の中の何かがそう叫んでいた。

 

「μ'sの歌は会場で聞くわ」

「え、あっ。ちょっと……」

 

 制止の声も聞かず私は歩き出す。

 丁度いま出番を終えたMidnight Catsの女の子達には目もくれず私は控室のドアを開けた。もちろん彼女たちの演技はモニター越しに見ていたし、確かな努力の伺える素晴らしいものだった。しかし、私の求めるものはそこにはなく、私達が負けることは絶対にない。

 

 ひゅう。

 

 風切り音と共に鋭い冷気が頬を撫でた。

 最終予選開始から約二時間。既に日は落ち、ステージも夜用にライトアップされている。確かにそれはイメージアップに一役買うかもしれないが、昼は昼でより踊りが映える事などを考慮すると不公平さは無い。

 ただ単に高坂さんがトリを引いたメリットがそこにあるだけ。

 

 私は観客ひしめく中、人波に揉まれながら中央へと歩みを進めていった。

 

「あと……五分ね」

 

 彼女たちの出番までもうすぐ。

 私は周りに自分の存在がバレないよう気配を殺しながらじっとステージを睨みつけた。

 

 

 ざわ。

 

 

 唐突に会場を包む空気が変わる。

 

 

――私は気がついた。

 

 

 いや、私だけではない。会場全体がとある話題で色めき立ち始める。

 

「あれ? 雪じゃないか?」

「ほんとだ~」

「今日寒かったもんな」

 

 頬に落ちた粉雪がゆっくりと溶けていくのを感じて、私は静かに空を見上げた。既に日は沈んでしまっているため空模様は分からないが、確かに僅かではあるが粉雪が待っている。それらはステージの光を乱反射して幻想的な雰囲気を作り出している。

 なるほど、持ってるわね。

 

 舌を巻く。

 

 天候すら、自分たちに有利なものへと変えるμ's。これが偶然の産物であると簡単に流すような事はしない。間違いなく彼女たちの想いの強さが、運命を引き込む力が最大限に自分たちを引き立てるシチュエーションを呼び寄せている。

 

「それでは、お待ちかね!! 最終予選最後のグループはこちら!!!」

 

 テンションが欠片も落ちないアナウンサーの台詞。

 会場が期待に震える。私はそっと息を吸い込んだ。

 

 

「μ'sの皆さんです!!!!」

 

 

 私達に向けられた程では無いけれど、大歓声と言って差し支えないほどの声援が満ちた。予選四位とは言え、他のグループと違い急速に知名度を上げ実力をつけてきたμ'sの評判は良く期待値も大きい。巷ではA-RISEを超えられる余地を残しているのはこのグループだけ。未発達だからこその期待。

 そのような評価が多く見られていた。

 そして、それは正しい。

 

 少なくとも、前回UTXでステージを共にした時は明らかな実力差があった。そして、その事をお互いに認識したはずだ。それでも尚彼女たちは私達に挑む。迷いなき瞳で高坂さんは勝利を誓った。その意味は至極単純。

 ……私達を超える算段が付いたということ。

 

 

 九人が姿を表した。

 全員が手を繋いで一列になり、一斉にステージに登る。

 

「μ's~~」

「可愛いーー!!」

「頑張れ!!」

 

 口々に応援の台詞を飛ばすファンたち。

 

――そういえば、手なんて繋いだこと無かったわね。

 

 そんな事を思い出していた。広いステージに散らばり、持って生まれたカリスマ性や鍛錬で培ったダンスの技術を駆使して会場を魅了してきた私達。小さく纏まって支え合うことなどしてこなかった。大きな大きな二つのグループの差が伺える。

 

 九人全員が一つとなっているような……素直な印象を受けた。

 私達のように大きな星が個々に三つ並んで光るわけではない。

 小さく、色の異なる九つの輝きが一つになって燦々と会場を照らしていた。

 

――それでも、私達は超えられていない。

 

 そう、心のなかで断言する。

 

 

「その輝きでは足りないわ」

 

 

 小さく零した。

 負け惜しみでも根拠なき否定でもない。客観的であり誰よりも正確な天才の判断。間違いなくこの程度の光量ならA-RISEは負けない。ブラックホールに根こそぎ吸われ、絶望の中敗退していくだろう。それだけの確信が合った。

 

――貴女達だけの光では、私達に到底及ばない!!

 

 

「皆さんこんにちわ!」

 

 

 高坂さんが話し始めた。

 私のMCの様に観客がピタリと静まり返ることはない。しかし、不思議と暖かく雑談や声援の交じる会場に綺麗に溶けていくのを感じた。私とは違う、それでいて私と並び立つ別種の技術、持って生まれた才能。

 

「これから歌う曲は、この日に向けて新しく作った曲です」

 

 慣れ親しんだ曲ではなく、リスクの高い新曲の選択。

 だからこそ、恐い。今までのμ'sの楽曲全てを超えた演技を生みかねないから。……いや、きっと生み出すのだろう。A-RISEと並び立ちたいのならそれくらいしてくれなくては困る。出来ないなら私達が勝つだけ。

 

「たくさんのありがとうを込めて、歌にしました! 応援してくれた人、助けてくれた人のお陰で私達は今、ここに立っています」

 

 ありふれた言葉。

 ありきたりなフレーズ。

 聞き飽きた台詞。

 

 けれど――。

 

 

 

「だから、これは皆で作った曲です!!」

 

 

 

 私はμ'sから目が離せなくなっていた。

 錯覚ではない。気のせいではない。

 

――次第に、輝きを増していく。

 

「ありえない」

 

 そう、あり得ない。個々に出せる輝きは決まっているの。持って生まれた才能と、培ってきた努力によって決まるもの。それ以外の要因なんて無いし、あってはならない。自分自身だけがそれらを最大限に引き出す要因であるべきだって……そう思ってた。

 

 

 

『聞いて下さい』

 

 

 

 示し合わせること無く綺麗に重なった九人の声。

 そして、会場は静寂に包まれた。

 

 これから始まる最後の演技を待ち、観客達は静まり返る。

 

 

 

 

 

 そしてそれは一瞬の出来事だった。

 きっと私は生涯忘れはしない。

 目の前で起きた――奇跡としか言えない光景を。

 

 

 

 

 

 

「皆ー! 頑張れー!!」

 

 

 

 

 

 

――たった一人の青年の声。

 

 

 広い会場に細く響いた、お世辞にも力強いとは言えない声。

 たった一人が出した、マイクを通さない懸命な声援は十分に反響など出来るわけもなく。会場の殆どの人間が興味を示すことなくスルーした。しかし、私はその声を知っている。この会場で恥ずかしげもなく喉を震わせる不器用で優しい男の子の事を。

 

 そして、彼女たちもその声に気がついた。

 全員が一瞬困ったように微笑み、頬を綻ばせ……。

 

 

――一瞬の出来事だった。

 

 

 

 

「眩しい……」

 

 

 

 

 意図せず漏れだした声。

 初めて見た景色。

 

 

 

 彼の声が。

 

 響く。

 

 彼の想いが。

 

 届く。

 

 彼女たちは。

 

 受け取る。

 

 彼女たちは。

 

 

 

 

 

 

――輝く。

 

 

 

 

 

 

 今まで放っていた個々の輝きではない。彼の声援に呼応するように、限界かと思われた、私の目にはそう写っていた光量を容易く突破して際限なくその光を増幅していく。

 

 夢を見ているようだった。

 

 信じられなかった。

 

 自分以外の何かを理由に、人が輝けるなんて私は知らなかったから。

 

 私の努力が。

 私の意思が。

 私の想いが。

 

 私が私を支えるんだって。私が私を光らせるんだって。――そう思ってた。

 

 

 でも、μ'sは違った。

 

 ファンや協力してくれた人達の抱く、真っ直ぐなμ'sへの想いが。

 μ'sが抱く、真っ直ぐなファンや協力してくれた人達への想いが。

 

 古雪海菜の抱く、曇りなきμ'sへの想いが。

 μ'sが抱く、曇りなき古雪海菜への想いが。

 

 

 二つの想いが関わりあって、彼女たちはより美しく眩しく輝き始める。

 

 

 それはどうしようもなく綺麗で。

 それはどうしようもなく可憐で。

 それはどうしようもなく魅力的で。

 

 

 

 それがどうしようもなく、羨ましくて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は初めて――敗北(本当に大切な事)を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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