ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十三話 祝勝会

 壇上には九人の女の子。彼女達はまだ、自分たちの置かれている状況がうまく理解出来て居ないようだった。

 向けられるスポットライトに目を眩ませ、声援や称賛の声に戸惑う。一曲踊りきり、力を使い果たしたせいか両腕は力なく垂れ下がり髪型は乱れていた。しかし、観客は皆口々に祝福の言葉を投げかける。彼女たちが成し遂げた偉業は、リアルタイムで電波に乗り全国へと広がっていた。

 歓声、歓声、歓声。歴史が変わる瞬間を目にした人々の、心からの賛辞が音と成って街中に響き渡る。

 

 

 舞う花吹雪の向こう側にμ's――第二回ラブライブ東京地区予選大会優勝グループμ'sが居た。

 

 

「おーめでとうございます!!!! それではリーダーの高坂さん!!!! 今の気持ちをどうぞ!!!!!!」

 

 本人達の軽く一〇倍はテンションの高いアナウンサーが、本日一番のトーンで優勝グループのリーダーにマイクを向けた。ハウリングを気にせず感情の赴くままに会場を取り仕切る姿は普段なら笑いを誘うのだが、今回ばかりは観客の興味は高坂穂乃果だけに集中した。

 

 絶対王者――A-RISE。

 

 前回大会ラブライブ本戦優勝グループにして、今大会の優勝候補筆頭。

 そんなグループが僅か半年と少し前に結成されたμ'sに超えられたのだ。それも、会場全体が穂乃果達に対して手放しで称賛を送るほどに正々堂々と。今この時、この場にいる全ての人間が彼女の言葉を待ち、そして楽しみにしていた。

 

「え、えっと……」

 

 マイクを向けられた穂乃果は困った表情を浮かべる。

 

――こ、こんな時何を言えばいいんだろう……?

 

 計算や予測に疎い彼女が、卒の無い優勝コメントを予め考えてなど居た訳もなく。

 

「んーー!? さすがの高坂さんも喜びのあまり言葉が出ないですか!?!?」

「えへへ。……ちょっとビックリして」

 

 いつもの天然からくるマイクパフォーマンスはナリを潜め、自分たちのしでかした偉業のあまりの大きさに穂乃果は普段の飄々とした楽観的な振る舞いが出来ずに居た。時間が立てば立つほどに出した結果は実感を伴って感情に訴えかけてくる。

 実際に、結果発表から数分経った今。正しく状況を理解したにこや絵里は大粒の涙を零し始めている。

 

 穂乃果はそっと振り返り、仲間の様子を伺った。

 

 三年生組に加え、花陽は泣き顔を。海未やことり、凛は目尻に涙を浮かべながらも本当に嬉しそうに笑っていた。普段中々素直に喜びを表現することの無い真姫は、そっと身体の向きをステージ正面からずらして表情を見られないよう顔を背けている。

 

――そっか、私達勝ったんだ。

 

 穂乃果は実感する。

 自分たちは目標を一つ突破したのだと、仲間たちの姿を見て理解した。

 

 そして、自分が今、皆の代表としてマイクを向けられているという事も。

 

 

 

「凄く……、凄く嬉しいです! ファンの皆さん、学校の皆、協力してくれた人達皆さん! 本当にありがとうございました!」

 

 

 

 再び正面に向き直った彼女の表情に迷いは一切無くなっていた。

 リーダーとして、代表として。穂乃果は前を向く。

 

 それは彼女が持って生まれた資質であり才能だった。人を導き引っ張る力は後天的なものではなく先天的な部分が大きい。綺羅ツバサが穂乃果を『天才』だと言い切ったように、彼女は確かに天賦の才を身に宿していた。

 しかし、同時に彼女がしてきた努力の賜物でもある。

 第一回ラブライブ予選において自身がしでかした過ちを悔い、自分がμ'sのリーダーであると自覚して相応しい姿になろうと懸命に考え抜いてきたのだ。時には失敗して、時には仲間に助けられ。しかし、彼女は諦めずに自分の出来ることを探して実行してきた。そして、その過程が今の穂乃果に繋がっている。

 

 堂々とスポットライトを浴び、泰然たる態度で観衆に向かう。

 なるほど、これがμ'sの……綺羅ツバサを破ったリーダーか。

 会場の誰もがそう考えるほどに、彼女は無形の迫力を放っていた。

 

「うんうん!! 本当に凄かったねーー!!」

 

 穂乃果の答えに呼応して、観客が歓声を上げた。

 特に、音ノ木坂から応援に駆けつけていたグループから悲鳴にも似た喜びの声が上がる。μ'sが必死の努力や準備をしてきたのも事実だが、程度の違いこそあれ同じ学校の仲間たちも全力で彼女たちをサポートしてきたのだ。中には号泣するクラスメイトも伺えた。

 

「それじゃ、最後に本戦への意気込みを聞かせて下さい!!!」

 

――本戦への意気込み?

 

 一瞬、穂乃果は考えこんだ。

 

 掲げてきた目標は『ラブライブ優勝』であり、その過程として『打倒A-RISE』を目指していた。普通ならそれを堂々と宣言すればいいのだ。いつものように、少し天然の入ったキャラ通り。勢いに任せて『絶対に優勝します!!!』と叫びさえすれば終わる。

 

 しかし、彼女は止まった。

 

 それは――高坂穂乃果だけの思考。

 μ'sを作り、導いてきた主人公――彼女だけが辿る事のできる思考回路。

 

 

 

 優勝したい。でも、勝つことだけが目標じゃない。

 

 

 

 ふと、そんな考えが脳裏を過ぎる。

 それは今までには無かった現象。A-RISEに勝ちたくて、必死になってただひたすら努力を重ねていた時には浮かばなかったアイデア。しかし、ツバサ達を超えた――一歩高みへと登った場所から見えたのは今までとはまた違った景色だった。

 綺羅ツバサですら辿り着けなかった考え方でもある。

 

 

 何の為に勝ちたいんだろう?

 

 

 勝ちたい理由。自分がそう願ったから。それしか無かった。最初は廃校を阻止することを目標に始めたスクールアイドル、その魅力ややり甲斐に触れていつの間にか頂点を目指したくなっていた。そこに複雑な想いなど無くただただ、そうありたいと思っただけ。

 それで構わない。何の問題もない。

 何かをする原動力に自分の感情以外の理由なんて普通無いのだから。

 

 

――自分の為? 勝ちたいって思ったから、優勝を目指す。本当にそうなのかな、それで、良いのかな?

 

 

 全員が彼女を見守っていた。

 μ'sのリーダーが紡ぐ台詞を待っていた。

 

 穂乃果は悩む。

 

 自覚なき才、ツバサとは違うのだ。

 自身を天才と知り、その才能を自由自在に操る彼女なら穂乃果のように悩むことはしなかっただろう。確固たる答えを、巧みな言葉に乗せて他者に伝えることが出来る。論理的思考を自分の中に綺麗に組み上げて必ず一つの答えを出すに違いない。

 

 しかし、穂乃果は揺れていた。

 確かな迷いや戸惑いの中、手探りで答えを探す。

 

 もう、私だけの問題じゃない。いや、ずっと前から……もしかしたら初めから。私達だけの問題じゃなかったのかも知れない。お客さんが花陽ちゃんしか居なかったファーストライブの時から、クラスの友達はμ'sの為に協力してくれた。希ちゃんはそれとなくフォローしてくれて、九人揃ったのは他でもない海菜さんのお陰。

 海未ちゃんは歌詞を、ことりちゃんは衣装を。真姫ちゃんは曲を作って絵里ちゃんはダンスを見てくれる。にこちゃんはいつだって私達後輩を気にかけてムードメーカーになってくれていたし、花陽ちゃんや凛ちゃんは精一杯自分たちに出来る事を探して手伝ってくれた。

 

 それだけじゃない。

 

 今、自分たちがここに立てて居るのはA-RISEのお陰でもある。彼女たちの背中を追いかけてきたから。あの人達が前を走る姿を見せてくれたからより高みへと飛ぶことが出来た。それはMidnight Catsもイーストハートも同じ。

 ファンが居て、手伝ってくれる人が居て、仲間が居て。そしてライバルたちが居てくれたからこそ私たちはここに……だから、だから。

 

 言葉たちは滔々と溢れ出る。

 冷静な分析とは言えないものの、普通の人間ならスルーしかねない些細な事にまで考えは行き渡り、素直な感謝の気持ちとともに様々なことを思い出して行った。半年前のこと、一週間前のこと、そして昨日のこと。

 

 しかし。今の彼女では自身の悩みや葛藤の種、そして解答は見つけ出すことが出来ず。

 

 

 否――出来なくとも。

 

 

 

「は、はい! 優勝を目指して今まで頑張ってきました! だから、その夢を叶えたいです。皆で……っ!」

 

 

 

 懸命に。現状の自分に出来る、最大限の表現で宣言してみせた。

 穂乃果がμ'sの誰もが認めるリーダーである所以。

 彼女にしか紡げない言葉がそこにあった。

 

 

 

 

 

【皆で叶える物語】

 

 

 

 

 

 穂乃果が迷いながら出した言葉はμ'sそのものを表わす何よりも的確で大事な――かけがえのない台詞となった。しかし、彼女が、μ'sのメンバーが。そして古雪海菜がその本当の意味を自覚するのはもう少し後になる。

 

 奇しくも、その言葉を唯一正しく理解したのは敗者――綺羅ツバサその人で。

 

 

 彼女は穂乃果の言葉を聞いて、小さく微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

「せーのっ!」

 

 サイドテールの女の娘の、疲れを感じさせない明るい声が響く。

 

『予選突破、おめでとーー!!』

 

 西木野家のリビング。そこには豪勢な料理や飲み物が準備されていた。大きなテーブルを囲んでμ'sのメンバーが座っている。加えて、大きなコーラの瓶の前には高坂雪穂と絢瀬亜里沙、古雪海菜の姿があった。

 

「にこ! このコーラ一気飲みした後にゲップせずにスノハレ歌ってみて」

「開口一番なんて無茶ブリさせようとしてるのよ! どこのハイキングウォーキング……」

「凄い、μ'sの小悪魔さんにはそんな特技があるんですね……っ」

「ないわよっ!」

「にこ、私の妹にあんまり変な知識を植え付けないでくれるかしら」

「にこが悪いの!?」

「じゃ、海菜さんと一緒にやったらどうですか?」

「雪穂ちゃん!? 俺と会うの久しぶりなんだから優しくしてよ!」

 

 優勝が決定して無事、閉会式の終わった午後九時。

 祝勝会が西木野家で催されていた。真姫いわく『別に要らないって言ったのに……』との事だが、母親はすこぶるやる気を出し、使用人たちに混じってせっせと料理をしたり食器を並べたりしている。多忙から使用人を雇って入るものの、彼女も一母として娘の快挙をその手で祝ってやりたいと思っていた。

 一応それが分かるのか、真姫は諦めたように大人しく席に座っている。

 

「いやー。まさかホントに勝つとはなー!」

 

 海菜のあっけらかんとした感想。

 先程から軽口を叩いてばかりだが、その目尻に僅かな泣き跡が残っていることを誰もが知っていた。彼はμ'sと同じくらい今回の快挙を喜んで居たから。もちろん、西木野家で合流した時には既にいつもの飄々とした態度に戻っていたけれど。

 

「ふふん。ニコ達にかかれば楽勝よ!」

「とか言いつつ、本番前震えてたやん」

「うぐ。武者震いよ、武者震い……」

「かいな先輩も、本当は嬉しかったんでしょ? 素直じゃないにゃ~」

 

 海菜は凛のからかうような口調にデコピンを返す。

 

――そりゃ、嬉しかったさ。

 

 彼は小さく笑った。

 自分が踊るわけでもなく歌うわけでも無く、見ているだけしか出来ないというのは存外辛いものだ。子供の目標の達成を本人より親が喜ぶように、μ'sの奇跡を側で見守って来た彼にとって今回の結果は嬉しさしか無い。

 

 九人それぞれと深く関わった彼だからこそ感じる喜びがあった。

 

「……ちゃんと、声は届いてたわよ?」

 

 喧騒の中、そっと海菜の隣にやってきた絵里が囁く。

 

「そっか。……おめでと、絵里」

「ふふ。ありがと」

 

 短い会話。

 しかしそこには何処までも深い感動があった。

 

 彼は幼馴染の全てを見て来たのだ。μ'sの歴史の何倍も、何十倍も長い間絵里と一緒に居た。バレエの大会で必死に努力して努力して……そしてそれが報われず泣く姿を見て来た。その度感じる胸を締め付けるような痛み。

 あれだけ頑張ってたのに、どうして。

 幼い海菜が感じ続けていた辛さ、無力感。忘れたい思い出。

 

 だからこそ、彼は喜んでいた。

 

「言ったでしょう? 今度は結果を出す私を見せるって」

「まぁ、半信半疑だったけどな」

「ウソ、信じてくれてた癖に。あんまり素直じゃないと泣き顔イジるわよ?」

「泣いてないって!!」

「はいはい」

 

 ふわり、溢れるような笑顔を残して絵里は他のメンバーの元へ行ってしまった。

 海菜はわざとらしく不服そうな表情を浮かべ、目の前に置かれたオードブルをつつく。

 

「ふふふ。味はどうかしら?」

「ん……、美味しいです。西木野先生、お久しぶりですね」

 

 そっと彼に声をかけたのは真姫の母。

 

「貴方が高一の時にケガを見て以来ね」

「その節はお世話になりました。まさかまたお会いするとは思ってもみませんでしたけど」

「そうね。真姫から貴方の話を聞くなんて」

「どうせロクな話じゃないでしょ」

「どうでしょう? 困った先輩がいる話はよく聞くけれど」

 

 やっぱりか……海菜は頭を抱えてうずくまる。

 せめて母親にくらい良いウワサを吹き込んでくれたって良いだろう!

 

「でも、あの娘の顔を見たらすぐに分かったわ。真姫ちゃんの面倒を見てくれてありがとう」

「そんな……」

「わたくしからもお礼を言わせて頂きたい」

 

 二人の会話に自然に混ざって来たのは男性の低く、わずかに掠れの入った声。海菜が顔を上げると、白いひげを上品に切りそろえた熟年の執事が使い終わった料理皿を左手に乗せて立っていた。

 

「御辻さん! 合宿ぶりですね!」

「はい。ご無沙汰しております」

 

 老齢の紳士は、数カ月前μ'sの夏合宿の際別荘で世話をしてくれた執事。変わらぬ落ち着いた出で立ちと上品な雰囲気を纏った御辻。彼に海菜はぺこりと頭を下げた。老紳士はにこりと微笑むと二回り近く年の離れた彼に対して深々としたお辞儀を返す。

 

「この度のライブは大変素晴らしいものでした。使用人一同、会場へは迎えなかったもののインターネットの方で楽しませて頂きましたので」

「本当に。夏の頃とは比べ物にならなかったでしょう」

「えぇ。真姫お嬢様の表情も大変魅力的に……」

 

 目尻を下げ、まるで実の孫の話をするかのように表情を緩ませる。

 

「きっと、貴方のお陰もあったのでしょう。古雪様、ありがとうございます」

「い、いえ、そんな……」

「なんとなく、古雪様の表情も……心なしか夏の時とは違うような。そんな風にお見受けしました」

「そうですか……?」

 

 古雪海菜の変化は穂乃果の体調不良に寄る第一回ラブライブ欠場をきっかけとしていたのは確かで、夏はそれ以前の話。幾多の人間を見て来た老紳士はすぐに若者の変化を見抜き、それが結果的に今回の快挙に結びついたのだと判断していた。

 

「えぇ。μ'sの皆様と同じくらい、誇りに思って良いと思いますよ。……おめでとうございます」

 

 御辻は居心地悪そうに照れる海菜を見つめて微笑んだ。

 生まれた時から見守ってきた雇い主の娘。実の孫と変わらないくらい目を掛けて来た真姫の、大きく変化するきっかけとなった男の子。それは、年老いた自分には到底果たせない役割であり、だからこそ彼は海菜に心からの感謝の念を抱いていた。

 

 あわよくば、西木野家の跡取りに……そんなことも考えるけれど。

 

「御辻、どうしたの?」

「いえ、真姫お嬢様。なんでもありませんよ」

「そう……。ちょっと、古雪アンタ。どうして顔赤いのよ」

「う。何でもないっつの! あと、アンタって言うな、先輩だぞ先輩」

 

 叶わない願いでしょうなぁ……。

 

 そっと顎髭に手をやって彼は笑った。

 お嬢様が彼に心を許しているのは確か。でも、それは男と女のそれではないのだろう。彼が与えてくれる優しさを不器用ながらも受け取って、なんとか少しずつ返そうとしている。尊敬や憧れの想いを抱きながら。

 御辻は兄妹のように気を許した様子で口論する二人を見つめて頬を緩ませた。

 

「お嬢様も、早く古雪様のような恋人をお作りになられた方がよいのでは?」

「なっ! いきなり何よ! 今はそういうことに現をぬかしてる場合じゃ無いし……」

 

 頬を赤らめて必死に反論する真姫と『何言ってんすか、御辻さん。こんな生意気な小娘に恋人なんてw』と鼻をほじりながら平然と抜かす海菜。直ぐ様右足の小指を踏み抜かれて悶絶する事になるが、同情の余地は無いだろう。

 

「二人共ケンカしないで下さい~」

 

 人が良いのか優しすぎるのか、火花を散らし始めた二人を止めたのは両手におにぎりを持った花陽だった。

 

「だって、この娘が先に……」

「花陽。これは古雪、さんが……」

「だって、じゃないです! 祝勝会なんですから仲良くしなきゃダメですよ。はい、このおにぎりを食べてみてください! お米は平和の象徴です。ラブ・アンド・ピースならぬ、らいす・あんど・ぴーすです!」

『……はい』

 

 強引に白米を握らされた二人は同時に頷いた。双方呆れを浮かべ、何かしら言いたげに眉を潜めたものの大人しく引き下がった。ツッコミ気質の海菜と真姫にしてみれば指摘すべき点はいくつかあるのだが、両者とも勢いに乗った花陽に勝てた試しが無い。

 

「にゃー! かいな先輩ー!」

 

 痛っ!

 悲鳴をあげようとするものの、肺の空気が押し出されて声にならなかった。

 

 海菜は唐突に感じた背中への衝撃に振り返ると、遠慮無くタックルをかましてじゃれつく凛の姿を確認する。彼女は完全にテンションが上がりきった状態でマタタビを与えられた猫のように先輩の背中に頬を寄せて頭突きを数度繰り返した。

 

「凛、痛いって! はーなーせー!」

「イヤにゃ! 真姫ちゃんやかよちんばっかと遊んでズルいですよ!」

「別に遊んでるわけじゃ無いって」

「凛頑張ったから褒めて欲しいにゃ」

「あー、はいはい。凄かったなー」

「出来ればその気持ちを現金で示して欲しいにゃ~……にゃああ!!」

 

 無言で生意気な後輩へと容赦なしのアイアンクロー。

 

「あー、凛ちゃんに海菜さん!」

「わーん、穂乃果ちゃん、助けて~」

「ズルいです! 遊ぶなら穂乃果も混ぜて下さい!」

 

 なんで君らにはこの光景が楽しく遊んでるように見えるんだよ……、海菜は軽くため息をつきながらも僅かに微笑みを零し、足取り軽く近づいてきた穂乃果に――同じくアイアンクローを決めた。

 

「えええ! なんで!? 穂乃果まだ何もしてないですよー!」

「ふふん。両手に花とはこの事か」

 

 右手に凛、左手に穂乃果の小顔を掴んでぐりぐりと締め上げながら歯を見せて笑う。

 少し離れた所で絵里が『亜里沙、今の海菜に近づいちゃダメよ?』と忠告を施していた。

 

「そんな、花なんて! 照れるにゃ」

 

 むぎゅ。

 

「にゃああぁ! それ鼻にゃー!!」

 

 やいのやいのと騒ぐ三人を尻目に、海未はことりと一緒に行儀よく椅子に座って紅茶をすすっていた。彼女らはつい数時間前本番をこなして来たばかりであり、疲労や安堵からくる脱力感に全身を包まれている。

 祝勝会会場を包む明るい雰囲気に心を踊らせてはいるものの、元より落ち着いた女の娘。困ったように笑いながら海菜達を見つめていた。

 

「本当、凛も穂乃果も海菜さんも元気ですね」

「そうだね……海未ちゃんは混ざらなくても良いの?」

「なっ! どうして私が……」

「ふふ。じゃあ、ことりは行ってくるね!」

「あ、ちょっと待って下さい、ことり! ……行ってしまいました」

 

 それにしても……。と、海未は小さく呟く。

 

「ことりまであんなに楽しそうに海菜さんと……。ちょっと意外です」

 

 ことりは軽い足音を立てながら近づくと、後輩二人を男子同士のじゃれ合いのように少し荒っぽく扱っていた先輩の腕に抱きついた。不意打ちを食らった彼は一瞬きょとんとした後、右手の感覚に慌てて頬を染めると抗議の声を上げる。

 

「こ、ことり?」

「女の娘を花に見立てたいなら、こうするんですよ?」

「やって貰わなくても分かってるって!」

 

 少し、穂乃果達とは雰囲気の違う接触。

 しかし、それを見ていたメンバー達は本戦出場が決定した今少しだけことりも浮かれているのだろう。その程度の認識しか抱かなかった。海菜も同様。困ったように笑いながらも凛達と同じく軽めにいなしている。

 唯一、矢澤にこだけは複雑そうな表情で視線を逸らしていたけれど。

 

「あれ?」

「どうかしました?」

「あぁ、ちょっとスマホが……」

 

 唐突にズボンの右ポケットに振動を感じる。

 マナーモードにしていた携帯が震え、持ち主に着信を伝えていた。

 

「ちょっとごめん、電話出てくるわ!」

 

 彼はそう言い残すと大広間を後にした。

 喜びに浸り、楽しい雰囲気に浮かれていたメンバーたちは軽い返事を返して彼を見送る。しかし、海菜は先ほどとは打って変わって真剣な表情を浮かべていて……。

 

 

 

 

 

 続くバイブレーション。

 振動に合わせ光る画面。

 

 そこに表示されていたのは――綺羅ツバサの文字だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古雪くん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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