私の書いたラブライブサンシャインの短編の告知があります。
四十六話
「ふぅ……」
暖かい缶コーヒーに口を付けて、普段より白い息を吐き出した。雪は降っていないもののやはりこの季節の風は冷たく肌に染みる。俺は制服の上に着込んだコートの襟を寄せながらきゅっと缶を握りしめた。いくらか寒さは軽減されて、可もなく不可もない缶コーヒーの香りを嗅いでなんとも言えない表情を浮かべる。
――やっぱり、コーヒーは淹れたてが良いよなぁ。
日付は既に十二月の最終週に入り、年始に向かって次第に慌ただしくなる神社。
俺はそれに比例して忙しくなっている希を待っていた。
「……はぁっ、はぁっ……」
妙に急いた足音。
何度も何度も聞いたせいか、顔を上げなくても判別できる。
「よ。お疲れ」
俺は足早に階段を駆け下りてきた彼女に声をかけた。
希は一瞬表情を輝かせて――
「古雪くん。今日も寒いのに、ごめんなさ……」
じろり、無言の圧力を視線に交える。
すると希は慌てた表情を浮かべた後、困ったように微笑んでみせた。
「ううん……ありがとね」
「ん」
軽く頷き返して俺たちは並んで歩き始めた。
手と手は間違っても触れないように、ちょっとだけ離れて進む。これくらいしないと、俺も動揺してしまう。まぁ、アクシデントさえなければ日常会話に支障は来さない。きっと彼女も色んな事を考えているんだろうけど、俺の方は前よりは今の状況に慣れてきたと思う。希が俺を、その……好きで居てくれる事を必要以上に意識することは無くなってきた。
……気がする。
というのも、今は恋愛関連の他にも大事な案件が浮上しているからで。
「それで、一応LINEでは聞いたけど……『キャッチフレーズ』だっけ?」
「そうなんよ」
俺たちはお互いを意識するのを止めて、真剣なトーンで話し始めた。
他でもない、μ'sの話だから私情はひとまず置いておかないと。
「本戦は来年の三月なんやけど、それまでにしておく準備の中で大切な項目っていうのが、そのキャッチフレーズらしくて。花陽ちゃんが今日皆に教えてくれたんよ」
どうやら、本戦ではグループ名と共にそれぞれの個性を示したテーマが付随されて公表されるらしいのだ。よくある話ではあるけれど、今回の大会では最も重要な事前準備の一つらしい。あの筋金入りのアイドルオタクが言うなら間違いないだろう。
「普通なら、そんなに気にする必要は無いのにな」
「せやねー。でも、ラブライブは結構独特な大会やから……」
俺は賛同の意を込めて頷いた。
ラブライブが他の部活動の全国大会などと比べて変わっているのは、審査が観客にも委ねられるという点だ。普通なら揺るぎない基準に基づく数値や評価によって勝敗が決まるはず。しかし、いかんせんスクールアイドル。その評価は一概にはいかない。もちろん、地域格差を是正するために審査員も加えるという話だが、やはりネット配信による観客投票が大きく結果を左右することになる。
しかも、大事なのは全国の五十近いグループが参戦するという事実。
たしかに一演技は五分程度の物だが、数が増えると一気に見るというのは難しくなる。コアなファンならまだしも、大多数の観客の殆どが最初から最後までライブを見切ると言うことは無いだろう。応援しているグループだけを見る人、一時間だけ見る人、時間を空けて何度か配信に顔を出す人……様々な可能性が考えられる。
だからこそ。
「大事なのは『話題性』なんよ」
何とかして本戦前に『このグループの演技を見たい』と思わせなければならない訳で。その中の有力な戦法の一つがキャッチフレーズを工夫するということらしい。公式が発表する情報の中で出場グループ側が自由に出来る要素というのは数少ない。
出来るだけ目を引くフレーズを差し込むのが大切だろう。
そして、今彼女らは
「どんなキャッチフレーズがええんやろ?」
絶賛お悩み中だった。
確かに、いざ例を出せと言われても難しい案件ではある。
俺も考えてはみたけど、なんとなくこの娘達が決めるべきだとも思うし……。
「そうだなぁ。あんまり奇をてらう必要は無さそうだから……」
「え? どうして? まぁ、変なのにする必要は無いやろけど、目を引く必要はあるやん」
「いや、出場グループを流し見してる時にパッと視線を止めるようなモノにする必要は無いと思う。それをしちゃうとイロモノ臭が強く成り過ぎるし……」
「うーん」
「多分、幾つかのグループはキャッチフレーズ欄を空白にしたり、同じ文字を続けたり、絵文字を使ったり。色々やってくるとは思うけどそれは苦肉の策過ぎる。ネタ被りも恐いし、何よりこっちが意図してないイメージが付きかねないから」
「確かにそうやね」
もちろん、そのリスクを犯さなきゃいけないグループもあるだろう。
しかし、大事なのは今ある自分たちの立場を冷静に考えて最も益ある選択をすること。だからこそ、俺はこう考えていた。
「俺は、自分たちを簡潔な言葉で表現するよう頑張るべきだと思う」
ってことは……。
と、希は小首を傾げながら訊いてきた。
「あんまり下手に工夫せんでええって事?」
「まぁ、ワードチョイスは推敲しなきゃだけど、テーマはかっちり決めてブレない方がいい」
「どうして?」
その問いの答えは簡単。
今、μ'sが置かれているのは、
「俺達には『A-RISE』を破ったって実績と話題性がある」
かなり有利な状況だからだ。
「これはかなり大きいよ。全グループの中でウチしか持ってない話題性だから。多分、μ'sの名前は誰もが注目すると思う。だからこそ、見てくれよりも内容を重視したキャッチフレーズを考えるべきじゃないかな」
「なるほど……」
希は合点が行ったように頷いた。
俺も今の話は前提にして良い内容だと思う。事実、A-RISEが敗れたという話は全国に轟いている。それほどの番狂わせをμ'sは起こしたのだ。『予選で優勝候補のA-RISEと当たる』という、本戦にすら出場できない可能性を残した圧倒的なリスクは、『本戦における一番の話題性を獲得する』リターンへと変わった。
ハイリスク、ハイリターン。
何もラッキーではない。純粋な努力が産んだ結果だ。
俺達にはそれを最大限に利用する権利がある。
「また明日その事を伝えておくね」
「あぁ。まぁ、俺もいいアイデアが浮かんだら言うし」
「とか言って、私達に任すんやろ?」
「う……」
鋭い……。
俺は苦笑いを浮かべるに留めておいた。
別に、俺が考えるのがダメとかイヤとかそういう訳ではなく。多分μ'sが一体どんなグループなのか、その答えを持っているのは他でもない彼女たちだと思うのだ。『俺が思うμ's』は確かにある。だけど、それはきっと『本当のμ's』とは違う。
俺の主観の入らない素直な姿。
きっとそれこそが観客やファン全員の心を揺らす言葉になると思うから。
***
「ところで……」
他愛のない話を五分程続けていた時だった。
希は少しだけ不安そうに視線を揺らしながら零した。
――どうしたんだろう?
僅かに雰囲気を変えた希に違和感を覚え、無言で見つめる。
薄っすらと開いた薄紅色の唇が僅かに揺れた。
「A-RISEの話で思い出したんやけど……」
恐る恐る彼女はそう切り出した。
あぁ、来たな。
俺はすぐに察して頷いてみせた。おそらく、ツバサの事が聞きたいのだろう。気になって仕方なかったに違いない。自分で言うとたまらなく恥ずかしいのだが、希は俺のことを好きで居てくれていて。……だからこそ、俺をあの夜見送ってくれた彼女は事の顛末が知りたいのだろう。
――別に、聞いてくれなくても俺から話すつもりだったんだけど。
なんとなく、タイミングを失っていた話を俺は出来るだけ重くならないように自然に告げた。
「あぁ、ツバサの事でしょ?」
「へっ? あぁ、うん……」
「それは、その」
「あっ! でも、言いたくなかったら言わんでええんやけどね! ただ、気になったというか……別に変な意味じゃなく……」
何も言っていないのにしどろもどろになっていく希。
頬を僅かに染め、俯く彼女はやっぱり魅力的で……。
「その……気になるやんか? …………友達として」
続けた言葉が嘘だって事くらい俺にはすぐに分かった。
希はそういう女の娘だ。
『照れ隠し』……安易に表現するならそれで正しい。しかし、彼女の本質はそうじゃない。本当は俺のことを好きで居てくれるのに、友達という単語を付けてしまう。どこまでも希らしい癖だと思う。
【
希はいつも、自分に嘘をつく。
だから――。
「君とは付き合えないって、言って来たよ」
俺は素直に事実を告げた。
俺も希と似たような所がある。それは相手との距離のとり方だ。
二人共少しずつしか距離を詰められないし、相手の懐に躊躇いなく飛び込んでいくことなどしない。穂乃果のような天性の愛し、そして愛される特性など無い。ただの不器用な人間。
しかし、本質的に大きな違いがあった。
希は、相手を想って距離を取る。
希は、相手を想って距離を縮めようと努力する。
俺は、相手が距離を取ろうとしてるならそれを察して距離を取るし。
相手が近づいてくるならそれに答えようと思う。
優しい彼女と身勝手な俺との違い。
もちろん、俺は俺の在り方を変えるつもりはない。
相手の気持を想いやるなんて、どうでも良い相手になんて出来やしないから。俺は相手が想いをくれるならそれを返そうと努力するし、相手にその気がないのなら俺も繋がりを断ち切ることに躊躇いはしない。そして、その判断が間違っているとも思わない。
でも。
俺は、希との距離を――自分から縮めたいと想った。
それは感じたことのない感覚。
いつも側には絵里が居て、だけどあの娘の場合は初めから側に居た。何よりも、誰よりも大切な幼馴染は今まで一度も俺の心から離れたことは無い。あの娘が遠い場所に行ってしまうなんて、想像すら出来なかった。そしてそれが、俺の中での希と絵里の違いだって考えている。
俺は初めて、最初は遠く離れてた
だからこそ、俺は一歩踏み込む。
包み隠すこと無く、俺は真実を曝け出した。
「そう……なんや」
希はそう言って俯いた。
安堵の色は確かにある。しかし、その表情には不安や後悔、申し訳無さのほうが色濃く浮かんでいた。
俺は堪らずに問いかける。
「いや、別に君が落ち込まなくても!」
「……うん」
「お互い納得出来たと思うし、後悔も残ってない……と思う。ツバサは俺なんかよりよっぽど立ち直り早いだろから」
「…………」
希は何も言ってくれなかった。
口を噤んで視線を落とすだけ。
でも、何となく考えていることは伝わってきた。
俺に告白したツバサの気持ち。
それを振った俺の気持ち。
ツバサが振られたことに安堵してしまった事への自責の念。
多分そんなところだろう。
――本当に、優しい。
俺は一体、いつ希と……そして絵里に想いを告げるべきなんだろう。
何度目か分からない問いかけ。
しかし、その答えは次第にはっきりしてきた。
――もう少し、待っててくれ。
内心で零す。
だって、俺達にはやらなければいけないことが沢山残されてるから。俺個人の勉強だけじゃなくμ'sとしてやらなくてはいけないことが、大事なことが残されてる。だからこそ、今俺が彼女たちを振り回す訳にはいけない。
確かに、絵里は俺の答えを待っているだろう。
でも、今一番大事なのはμ'sだってこともアイツは解っているハズだ。
だから、俺は全てを押し込んで前を向いた。
「やらなきゃいけないこと、沢山あるからな」
俺のその言葉に希は一瞬顔を上げて頷いた。
「せやね。μ'sの事もあるし、古雪くんも勉強があるし……」
続く言葉。
「あの……。だから、古雪くんは今、恋愛する気がないんだよね?」
恐る恐る彼女は訊いた。
――希。その解釈は間違いだよ。
恋愛する気がそもそも無かったのはツバサと出会う前の話。あの子と会って、絵里と話して、そして君の気持ちを知って。俺の考え方は変わった。たしかに、大切な目標を叶えるために少しの間は恋の話を置いておかなくちゃいけないかもしれないけれど、片時も忘れず考え続けるつもりで居る。
そして、俺はもう自分を隠さないって決めた。
君との距離を縮めたいって思うから。せめて、真実を。
「いや、俺がツバサを振ったのは勉強が理由じゃないよ」
一瞬の間。
「他に、好きな人が居るから。……俺はあの子の気持ちに答えられなかったんだ」
***
数日後。
俺は珍しく塾が休みで、自宅で勉強をしていた。暮れで忙しく、先日最終予選が終わったばかりのためμ'sもつかの間のオフとして全体練習は休み。各自体力維持のジョギングやボイストレーニングは欠かさずに、との事らしい。
俺は試験本番まで二ヶ月と少ししか残っていないことを自覚して机と向かい合っていた。
――その時。
唐突にベッドへ投げていたスマホが振動を始めた。
電話以外の通知はサイレントに設定しているため、誰かの着信であることは間違いない。俺はゆっくりと立ち上がってベッドに腰掛け、スマホを取った。明るく光る画面には『高坂穂乃果』の文字。
一体どうしたんだろう?
俺は軽く首を傾げてから通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あ! もしもし! 海菜さん、お疲れ様です。今電話良いですか?』
「別にいいけど、何?」
電話越しの穂乃果の声は明るい。
『あの、キャッチフレーズの件なんですけど!』
「……あぁ! 決まったの?」
『決まったっていうか……海菜さんの言う通り、私達らしい言葉を考えてて』
「うんうん」
『なんとなく、答えは出たんです!』
へぇ。
俺は若干曲がりかけていた背筋を伸ばした。
「なになに? 聞かせてよ」
『えっと、それが……』
穂乃果はえへへ、と困ったような笑い声を立てる。
『わかったつもりなんですけど、イマイチ一つの言葉に纏まらなくて……だから、海菜さんならうまいこと要約してくれるかなって。穂乃果よりたくさん言葉知ってそうですから!』
「そーゆーことか」
何というか、穂乃果らしい。
元から、何かを論理建てて話をしたり考えたりするのはニガテなタイプだということは知っていた。ツバサが『無自覚の』天賦の才だと表現したように、彼女の独特の感性や感覚によって物事を捉えているんだと思う。そして、それを本人は理解しているものの、他人に伝えるのが難しいらしい。
「じゃあ、長くなってもいいから話してみ」
『はい! ありがとうございます!』
俺は静かに彼女の話に耳を傾けた。
『改めて、μ'sってなんなのか考えてたんです』
「へぇ。簡単に言うと、穂乃果の作ったグループだろ?」
『うーん。でも、始めた頃は九人に成るなんて想像もしてなくて……。いつの間にか、私達九人が一つのグループに纏まっていました。それには、希ちゃんや海菜さんの協力があって』
「……まぁ、そうだな」
『でも、海菜さんだけじゃないんです。ファーストライブでは失敗しちゃったけど、クラスの皆が一生懸命協力してくれて。九人揃ってからはお互いに励まし合ったり支えあったりして練習して、どんどんどんどん成長していって』
「…………」
『話は飛びますけど、この間はA-RISEにだって勝てたんです。でも、それは勝てて嬉しかった気持ちもありますけど、なによりこの九人であの場所で力を出しきれたことが嬉しくて。もっというと、頑張った私達を支えてくれた皆に見せてあげられたことが嬉しくって』
「……あぁ」
『海菜さんの期待に応えることが出来たのも本当に嬉しかったんです』
うー、纏まんないようー。
電話越しに穂乃果が嘆いていた。
『上手く言えないんですけど、μ'sの原動力ってそこにあるんじゃないかって思いました。勝ちたいから踊ってるわけでもない。でも、私達の夢はラブライブで優勝すること。でも、それを願ってるのはμ'sの九人だけじゃなくて、クラスの皆、雪穂や亜里沙ちゃん……そして海菜さんも同じじゃないですか?』
「……そうだな」
『だから、穂乃果が願って、海未ちゃんが願って、ことりちゃんが願って、凛ちゃんと花陽ちゃんと真姫ちゃんが。そして絵里ちゃんと希ちゃんとにこちゃんが願った……それだけじゃない、海菜さん、雪穂……応援してくれる人皆が願った夢を叶えたい! μ'sてその為のグループだと思うんです。自分たちの為だけど、自分たちの為だけじゃない……同じ夢を皆で叶えたいんです! そんな気持ちを、キャッチコピーにしたくって』
滔々と紡ぎ出される言葉達。
それは不器用で。
それは的を射ず。
それは要領を得ない。
でも、確かに俺の胸を打った。
――やっぱり、この娘はμ'sのリーダーだ。
彼女の纏まりのない話を聞きながら俺はそう考えていた。
言葉の後ろに見える膨大な熱量に圧倒されそうになる。
「そっか」
俺は小さく返事を返した。
これが、穂乃果の飾らない気持ち。答え。きっと紛れもないμ'sを示す言葉達だと思う。俺じゃ絶対に捻り出せなかった表現や言えない本質を、彼女の拙い台詞を噛み砕きながら理解した。そして、それは一見複雑そうに見えて、その実、単純明快な美しい一つのテーマになっていることに気がついた。
「ふふん。分かったよ」
『伝わりました!? 良かったぁ』
俺は提案する。
μ'sを表現出来る唯一無二の言葉。
「皆で叶える物語、……ってのはどうだ?」
さて。後書きでお会いするのは久しぶりですね。
いつも黒一点を読んでくださり、ありがとうございます。
実は本日、私の書いた『ラブライブサンシャイン』の短編小説が鍵のすけさんのアンソロジー企画の方で掲載させて頂くことが決まりました。
興味ある方は是非、下のURLから読みに行ってくださると嬉しいです。
私はこれからも今作を書き続けていくつもりなので、サンシャインキャラを動かすのは最初で最後になるかもです。楽しく書くことの出来た自信作でもありますので、シリアス続きの黒一点の口直しに是非。アニメも絶賛放映中ですので無印、サンシャイン共に楽しみましょう笑
https://novel.syosetu.org/96673/
では、失礼いたします。