ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十六話 物語の行方 前編

 

――時の流れとは残酷なもの。

 

 最早、定型文と化した台詞ではあるけれどそれを実感することが最近になってすこしずつ増えてきた気がする。中学生までは時間の流れを自覚することなんて殆どなかったし、幼い頃は時間がもっと早く進めば大人になれるのに――そんなことも考えていた。

 でも、十七……いや十八になってなんとなくその意味を理解し始めた気がする。

 二年前、勉強に専念すると決めたから今日まで。いつのまにか目標としていた受験は目と鼻の先まで迫っていた。もうあと二週間足らずでセンター試験が行われる。俺は得点圧縮がかかるものの、合否に関わるのも事実なので必死になってマークの対策をしていた。

 

 しかし、まあ。

 三ヶ日の夜くらいは美味しいもの食べて温まるのも良いだろう。

 

「ハラショー! お雑煮って美味しいね、おにいちゃん」

「ん。こたつでお雑煮って良いよなぁ」

 

 俺は亜里沙ちゃんの感嘆に軽く相槌を返しながらみょーんと伸びる餅を口元へと運んでいた。足元はこたつ、体内は優しいお出汁が染みてぽかぽかと温まる。好物、とまではいかないけれどやっぱり季節にあったモノを適切なシチュエーションで食べるのはいとをかし。

 かの有名な清少納言は冬はつとめて――つまり冬は早朝が良いと言ったらしいけど、何言ってんだ。飯が美味いのは常に夜。こたつ、みかん、年越しそば、お餅に正月特番。俺の楽しみのほぼ全ては晩に詰まっていた。

 

「う~、でも食べ辛い……」

「そもそも、亜里沙は箸がまだ苦手だものね」

 

 俺の隣に座っていた絵里が器用に餅を箸でつまみながら言う。妹と違ってかなり早い段階から日本に来ていた彼女に取って餅という文化は慣れたものらしい。おせちとかの豆知識は多分俺よりあるんじゃないかな。

 

 と、言うわけで。

 古雪家と絢瀬家のお子様たちは例年通り揃ってこたつを囲んでいた。

 

 ちなみに、親たちは向こうのテーブルで酒を片手に少ない休みを満喫している。

 

「この時期はテレビが面白いよな」

「そうね。色々とお金が掛かってそうな番組ばかりだし」

「普段からこれだけ面白ければテレビ離れなんて起きないのに」

「へ? 亜里沙は普段からテレビたくさん見るよ?」

「君らはそうだろうけど、俺は最近見るとしてもユーチューブとかかな。寝る前にちょっと……みたいな」

「それは、私達が受験生だからってのもあるんじゃない?」

 

 それもそうか。

 塾から帰ってきて、ご飯を食べる頃にはほとんどゴールデンのバラエティは終わっておりニュースの時間に変わっている。ぶっちゃけ時事問題などは出ないので、最近の楽しみといえばスポーツニュース位だった。

 

「おにいちゃん、おねえちゃん。勉強は大丈夫?」

 

 かぷり、と箸を使うことを諦めて餅に直接噛み付いていた亜里沙ちゃんが訊く。

 

「俺は結構順調かな。センターなら失敗はないだろうし」

「私も。勉強はいままでもしてきたし、私は海菜と違って絶対入れるレベルの所を目指してるから」

 

 優等生コンビは淀み無く答えた。

 

 俺が勉強できるのは当然だし(他に何もやってないので出来なかったら逆にマズイ)、絵里も根が生真面目なためスクールアイドル活動と両立してコツコツと勉強を進めてきている。俺から見ても彼女は問題なく志望校に受かるだろう。

 俺も、このまま頑張ったら第一志望に手が届く……と思いたい。

 

 絵里は一瞬こちらをちらりと見たものの、ふわりと笑って視線を亜里沙ちゃんに戻した。

 どうやら信頼はしてくれているらしい。

 

「亜里沙ちゃんはどうなの? 今年受験でしょ」

「そうよ、音ノ木坂も一応由緒正しい高校だし、今年は定員割れしなさそうだからサボってると落ちちゃうわよ」

「えへへ~、大丈夫だよ! 雪穂と一緒に勉強してるから!」

 

 元気よくピースを魅せてくれる。

 確かに、あの娘と一緒なら安心だろう。穂乃果と違って真面目で頭も良さそうな妹を思い出して薄っすらと笑う。絢瀬家は姉がしっかり、妹が天然と逆パターンだけどどうしてこう姉妹や兄弟は同じ環境で育ってるはずなのに違いが出てくるんだろうな。

 

 正月の空気に当てられてか、俺達はふわふわとした気持ちで談笑を続ける。

 

 

 

――しかし。その時は唐突に訪れた。

 

 

 

 今となってはどんな話の繋がり方をしたのかは覚えていない。確か、高校に入ったらやりたいこと……なんてくだらない話題を振って居た時だ。亜里沙ちゃんの零した一言が俺たちを一瞬で凍りつかせる。

 

 

 

「亜里沙、音ノ木坂学院に合格したらμ'sに入りたい!!」

 

 

 

 冷水を頭の上からぶっかけられたような気分。

 

 それは、俺も絵里も。――いや、μ's全員が自覚していたことだった。

 そして、μ's全員が言葉にして来なかった問題だった。

 

 俺たち三年生は今年、卒業する。絵里、希、そしてにこ。九人いるメンバーの内三人が学校を巣立っていくのだ。当然、スクールアイドルの活動は出来ない。それは確定した帰結であって解決策がある訳もなく。残されたのはその事実に対してどんなリアクションをとるのか……それだけの事。

 

 

 

――μ'sを残すのか。

 

――μ'sを終わらせるのか。

 

 

 

 本当、時の流れは残酷で……。

 この問いかけの答えを出す時が時々刻々と迫っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「で、どうすんの」

 

 亜里沙ちゃんが普段通り午後十時きっちりに就寝を初めて数秒後。俺は躊躇うこと無く切り出した。別にμ's存続云々の話は今に始まったことではなく、前々から密かに考えていたことだ。流石にテスト前ということで時間を割いて話をすることが出来なかっただけで。

 俺は隣に座る絵里に視線をやる。

 可愛らしい部屋着に身を包んだ彼女は、こたつ布団を腰辺りまで引き寄せて体操座りをしたまま口元を膝辺りに押し当てていた。妙に子供っぽいその仕草が俺の瞳には魅力的に移る。金髪が静かに揺れた。

 

「そうね……」

「…………」

「今のところは本番まで、その話はしないって事で落ち着いてるわ」

 

 なるほど。

 やっぱり皆気にしては居たらしい。

 

「すぐに答えが出るような問題じゃないから、それで練習が疎かになるよりは良いでしょう?」

「……そうかな」

「……まぁ、海菜は賛同してくれないでしょうけど」

 

 俺が不服そうに眉を潜めるのをちらりと見て、幼馴染は軽くため息を吐いた。きっと、今まで俺にこの話題を振らなかったのもリアクションを正確に想像できていたからだろう。もちろん、絵里の言い分も分かるけど、大事な問題を放っておくのはどうかと思う。

 

「流石に、それを避けて本戦ってのは難しいんじゃないかな」

「……もちろん、その意見も分かるけど」

 

 絵里はゆっくりと身体を起こした。

 

「これは、μ's全員で決めるべきことでしょう? 皆が皆、海菜みたいに明確な判断基準を持って、決断に迷わない人ばかりじゃないの。悩んで、迷って、一生懸命考えてやっと一つの答えを出せる子だって居るのよ。この大事な時期に結論を急がせるべきでは無いわ……」

「うーん」

 

 言わんとしていることは分かる。

 でも、納得は出来ない。

 

「そうは言ってもな……」

「もちろん、練習に身が入らないようなら考えるわ。でも、今のところは集中出来てるから……」

「確かに。急ぎすぎる必要も無いか」

 

 俺も忙しいとはいえ、何度か練習には顔を出している。当然のことながら皆の表情や体調をチェックしているのだが、少なくとも去年の暮れまでは皆いつもどおりの練習が出来ていた。しかし、新学期に入り卒業ムードが高まってきたらそうも言っていられない……と、俺は思う。

 まぁ、でも。今のところは確かに絵里の意見が正しそうだ。

 

「じゃあ、聞き方を変えるけど」

「何?」

「絵里は、μ'sにどうなって欲しい?」

 

 俺の歯に衣着せぬ問い。

 返ってきたのは

 

 

「…………」

 

 

 沈黙だった。

 

「答え、出てないのか?」

「……そうね。出てないと言うより」

 

 絵里は再びこたつ布団に顔を埋めて呟く。その篭った声に、僅かながら動揺と迷いが含まれていることに俺は気がついた。

 

 

「私達が決めることじゃ、無いと思う」

 

 

 絵里らしい意見。

 

 

「私達三年生は必ず卒業するの。それは変えられない事実で。だとしたら、私達に言えることは何もない。穂乃果達が……学校に残る彼女たちが自分たちの進むべき道を選ぶべきだと、私は思うわ」

 

 

 それはとても正しく聞こえた。

 彼女は事実しか言ってない。卒業して、スクールアイドルを引退しなくてはいけないというのは避けられない未来だ。これから先何をどう働きかけようとその未来だけは変わらない。言い方を変えれば、俺たち三年生がμ'sに関わっていられるのはあと三ヶ月足らず。

 だとしたら、これから先のμ'sを引っ張っていかなくてはならない下級生に、結論を委ねるべきなのだろう。上級生の出来ることは、無責任なワガママを押し付けるのではなく、穂乃果達の纏めた意見をしっかりと受け止めることだ。

 

 

 でも。

 

 

「……俺は、絵里の意見が大事だと思う」

 

 

 彼女の伏せられた瞳がそっと開いた。

 僅かに濡れた瞳が艶めく。

 

 

「後輩に、正面から意見をぶつけるのも……俺たち先輩の仕事でもあるだろ」

 

 

 たとえ――。

 

 

「それが穂乃果達に迷いを生じさせたとしてもやらなきゃいけない……そんな気がする」

「……どうして?」

 

 

 不思議そうに絵里はそう問いかけた。

 無理もない。俺の話には説得力などまるで無く、根拠なんてものは存在していなかった。それでも、俺は自分の考えが間違っているとは思わない。きっとこの問題は今まで直面してきたどんな難題よりも難しい問いかけだ。九人が九人、バラバラの答えを出すことだって考えられる。意見が割れる可能性だってある。

 だからこそ、三年生が出しゃばるなんてナンセンス。

 

 でも、俺達は……。

 

 

「卒業する私達が……μ'sを旅立つ私達が余計な事を言うべきではないわ」

 

 

 μ'sからの卒業――。

 

 μ'sからの旅立ち――。

 

 

 紛れもない事実。

 当然の帰結。

 変わらない未来。

 

 

 どう考えたって納得する他無い事実だった。

 それが時を刻むということで。

 他でもない俺達が成長した証でもある。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

「……違う」

 

 

 

 

 俺は納得できなかった。

 

 

 

 

 

 俺達は、卒業しても――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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