ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十八話 物語の行方 後編

 

「……でも、それでいいのかな」

 

 絵里の一声で収まりかけていた波紋。

 俺が違和感を抱きながらも口を噤んだその時、口を開いたのは花陽だった。いつも優しく、柔らかく微笑みながら先輩や同級生を見守って来てくれた彼女が初めて反論を言葉に変えた。それは見慣れない光景で。凛でさえ、一瞬戸惑ったように幼馴染を見る。

 

 当然、その異変に気が付かない絵里ではなくて。

 

「花陽……?」

 

 驚きを含んだ吐息。

 

 花陽は一瞬その目を伏せ、そしてゆっくりと顔を上げた。

 その瞳に宿るのは暖かくも――強い、光。

 

「だって、亜里沙ちゃんも雪穂ちゃんも、μ'sに入るつもりで居るんでしょう? ……ちゃんと、答えてあげなくて良いのかな」

「…………」

「もし、私が同じ立場なら……辛いと思う」

 

 絵里はそっと目を伏せた。

 きっと彼女は理解していたはずだ。答えを先延ばしにするという決断が、実の妹を傷つける結果になるかもしれない。それでも、絵里は大会が終わるまでその話はするべきではないと結論づけた。あの娘なりに一生懸命に考えて出した結論で。花陽の言葉に素直に頷くことはない。

 

 でも、絵里は花陽が真摯に自分の意見を口にしてくれたことも分かっている。だからこそ、その言葉を否定すること無く白い息を僅かに零した。

 

「かよちんは、どう思ってるの?」

「えっ?」

 

 凛の問いかけ。

 

「μ's、続けていきたいの?」

「それは…………」

 

 花陽はすぐに答えられない。

 きっと彼女の中でまだ答えが出ていないのだ。そして、同時に花陽は確固たる意思を表現するのが苦手な娘でもある。それが、三年生――仲間の関わることなら尚更。シンプルで核心を突く問いだからこそ言葉を濁した。

 

 

 

「何遠慮してるの、続けなさいよ」

 

 

 

 凛と張った声。

 

 

 

「全員入れ替わるならともかく、貴方達六人が残るんだから」

 

 

 

 一方、にこの答えは単純だった。

 そして、きっと彼女はそれを口にするべきだと考えて居るのだろう。絵里とは違った判断、そしてそれはとても俺に近い基準。俺も彼女の様に先輩が……先輩だからこそ、自身の思いを言葉に変える必要がある、そう思っていた。

 

 

「遠慮してる訳じゃないよ?」

 

 

 優しい柔らかな声。

 

 

「でも、私にとってμ'sはこの九人で。……一人欠けても違うんじゃ無いかって」

「私も花陽と同じ」

 

 

 続いて話し始めたのは真姫だった。

 感情が揺れ、迷いの色濃く現れる花陽とは少し異なり、滔々と語る。

 

 

「でも、にこちゃんの言うことも分かる。μ'sという名前を消すのは辛い……だったら、続けていったほうが良いんじゃないかって」

 

 

 相反する二つの思い。

 そのどちらも、きっと彼女……彼女たちにとっては大切なもので。

 

 

――その気持ちは痛いほど分かった。

 

 

「でしょう。それでいいのよ」

 

 淡々と返すにこ。

 でも、彼女は下級生に背を向けたまま何かを振り払うように髪を右手で弾き、目を閉じた。今の言葉が本心なのかそうじゃないのか、俺にそれを見極める力はない。

 

 

「エリチは?」

 

 

 希は振り返り、彼女に声をかけた。

 そう。絵里の言葉が必要だ。

 

 もうだんまりは許されない。花陽が勇気を出したんだから。

 

 

 

「私は……」

 

 

 

 全員の注目が集まる。

 そして、彼女は言い切った。

 

 

 

「私は、決められない。それを決めるのは穂乃果達じゃ無いかって」

 

 

 

 絵里は真っ直ぐに下級生たちの目を見て話し始める。

 

 

「私達は必ず卒業するの。スクールアイドルを続けることは出来ない。だから、その後の事を言ってはいけない。私はそう思ってる。決めるのは穂乃果達。――それが私の考え」

 

 

 ひゅう。と、切なげな木枯らしが吹き抜けた。

 葉の無くなった木が不安げに揺れる。

 

 

――その通りだ。

 

 

 素直に思った。

 決断すべきは他でもない穂乃果達。

 

 

 でも――。

 

 

 

「アンタは? ……どう思うの?」

 

 

 

 突然の白羽の矢にたじろぐと、鋭い目つきで俺を見つめるにこが居た。

 

「どう思うの」

「にこ?」

「…………」

「…………」

 

 言い淀む。

 どこまで話すべきなのか。どこまで口にすべきなのか。

 

「言いたいことあるんでしょ。分かってきたわ、アンタの表情」

 

 鋭い指摘。もちろん言いたいことはある。

 でも、言うべきなのかが分からない。

 

 なぜなら、俺は――。

 

 

 

「μ'sの正式なメンバーじゃ無いから言えない……なんて言わないやんな?」

 

 

 

 的確に俺の心理を読み取った指摘に俺はハッと顔を上げた。視線の先には希が居て、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。まるで全て見通していたかのように少し険しい表情をしていた。参ったな、バレてたか。

 そして、きっと彼女は怒ってる。だけど――。

 

 

 

「いや……言わせて貰う」

 

 

 

 ざわ。

 漣のように動揺がメンバー間を走った。

 

「ちょっとアンタ、まだそんな事言ってるの!?」

「そうだよ。古雪くん、それは無いんやない!?」

 

 にこと希が同時に吠える。

 しかし、俺にはちゃんとした意見があった。

 

「そんな怒るなって。ちゃんと解ってるよ、君らが俺を仲間だって想ってくれてることも。俺の言葉、俺の意見を待ってくれてる事も。だけど、それを理解した上で俺は『古雪海菜』はμ'sの一員じゃないって言わなきゃいけない」

 

 九人は静かに俺の言葉に耳を傾けてくれる。

 

「どれだけ君らが俺のことを信頼してくれても、大切に想ってくれても、やっぱりμ'sは九人なんだよ。穂乃果が作って、八人が集まった。九人一人一人の光が織り成すグループがμ's。俺はその九つの光を少しだけ強く輝かせて上げることは出来るかも知れないけど、一〇個目の光にはなれない」

 

 きっと、それが古雪海菜の役割なのだ。

 きっと、それが俺の本質。

 

――だからこそ、俺の取るべき態度は九人とは違う。

 

 

 

「俺は、どんな決断も受け入れるよ。ありのままのμ'sの意見を……支えたい」

 

 

 

 こう、あるべきなのだ。

 言いたいことはたくさんある。して欲しいことは……おこがましいけどある。μ'sを続けていって欲しいのか、それともここで終わりにして欲しいのか。俺なりの答えは出てはいる。でも、それを口にする権利は俺には無い。本当に無いのだ。遠慮や謙遜ではない。ただ純然とそこにあるだけの真理。

 

 絵里や希は先輩としてどうして欲しいのか穂乃果達に言うべきだと俺は思う。でも、古雪海菜には先輩として自分の意見を押し付ける権利は無いだろう。きっと意見が別れる難しい問題だとは思うけど、俺はそう考えていた。

 だからこそ、残す言葉は一つだけ――。

 

 

 

 

「だから、俺は、君らの。……絵里達も含めて、穂乃果達全員が選んだ答えを聞きたい……かな」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 それから二週間ほど。

 センター試験当日。

 

 特に俺にとっては普段と変わらない日だった。

 

 別に、余裕だったとかそういう話ではなく、二次試験が合否を決める以上緊張のしようが無いのだ。もちろん傾斜配点とは言え加算はされるので気合を入れて受けはしたが、センター試験は余程のことが無い限り失敗はしない。

 少なくともそのレベルには達していたため無事乗り切って待ち合わせ場所に立っていた。

 

 肩を落として歩く人、友達と談笑しながら歩く人。

 色んな同級生の背中を見つめて、ぼうっと白い息を吐いた。

 

――ま、でも。流石に疲れたな。

 

 二日連続試験。

 模試などで慣れはしていたけど、本番はやっぱり疲れる。

 

――明日くらいは息抜きするか。

 

 それ以降は二次対策で勉強漬けになるだろうから。

 

「海菜、おつかれ」

「古雪くん。早かったんやね」

 

 振り返ると見慣れた顔があった。

 いつも通りの表情。どうやら絵里も希も問題なかったらしい。この感じなら二人共間違いなく志望校に行けるだろう。普段から真面目に勉強していた彼女たちのような生徒が堅実に良いスコアを取れるのがセンターの良い所ではあるし。

 

「何よ、平気そうじゃない。取り敢えずは大丈夫だったみたいね。……ふん、余裕そうでなんか腹立つわ。こっちは死ぬ気で解いてきたって言うのに」

 

 試験明けだと言うのによく回る口だな。

 俺は別ベクトルで感心しながら手を振った。

 

「二人共、お疲れ!」

「にこも居るんですけど!!」

 

 試験明けだと言うのによくツッコめるな。

 俺は別ベクトルで呆れながら歩き始める。

 

 四人で軽く試験問題の話などをして、雑談を続けていた。

 

 

 すると――。

 

 

「皆ー! あ、海菜さんも!」

 

 

 遠くで聞き慣れた……穂乃果の声がする。

 顔を右斜め前へと向けると、ブンブンと両手を振りながらこちらへとかけてくる後輩の姿が目に入った。相変わらず元気な奴だ。どうやらこの感じだと俺達の帰りを待っていてくれたらしい。飼い主をみつけた子犬のように駆けつけてくれた彼女を俺達は四人で迎える。

 

「お疲れ様です!」

「ありがとう。ところで穂乃果、どうしたの? ジョギングでもしてた?」

「いや、ちょっとお願いがあって!」

 

 絵里の問いかけに、穂乃果は笑顔を返した。

 

「明日、一日私達に時間をくれませんか? 海菜さんも……無理は言わないですけど、出来たら来て頂きたいです」

 

 ただの遊びの誘いなんかじゃない。

 俺達は同時に頷いた。

 

 

 

***

 

 

「よーっし、遊ぶぞ~~!!」

 

 

 駅前の集合場所、練習着ばかりの普段とは違い休日の休みらしくオシャレをして集まった高校生集団。その中心で穂乃果は元気よく白い息を吐き出しながら拳を突き上げた。

 うむうむ。元気なのは良いことだ……じゃ、無くて!

 

 怪訝そうな表情を三年生組が一斉に浮かべた。

 

「遊ぶ?」

「いきなり呼び出してきたから、何かと思えば……」

 

 にこが小首をかしげ、絵里が呆れたように零す。

 俺と希はイマイチ現状を把握できないまま視線を交わした。

 

「だって、気分転換も大事でしょ? 絵里ちゃん達はテストひとまずお疲れ様~、だし私達も楽しいって気持ちをいっぱい補給してステージに立ちたいし!」

「そ、そうですよ!」

「海未ちゃんの言う通り! 今日、暖かいし!」

 

 穂乃果に引き続き、珍しく海未も同意を示す。続いてしっかりもののことりも、どこか焦った様子で付け加えてきた。なんだか様子はおかしいが、言ってることが間違っているわけでもないので様子を見ることにする。

 久しぶりに整えた前髪をつまみながら視線を移すと花陽が丁度口を開く所だった。

 

「遊ぶのは精神的な休養だって本で読んだことあるし!」

 

 妙に早口な様子にたじろいでいると続いて真姫。

 

「そうそう! 家に篭ってたってしょうがないでしょ?」

 

 まぁ、確かに外で遊ぶのは悪いことでは無いけど。

 

「にゃーー!!」

 

 いや、凛。

 流石に意味が分からん。

 

 にこは眉を潜めてじゅんぐりに下級生の顔を見つめていく。

 

「何よ……今日はやけに強引ね」

「ほら、それに。μ's結成してから皆で改まって遊んだことって無いでしょ? 折角の機会に良いかなって」

 

 軽い沈黙。

 どうやら穂乃果達なりの考えもあってこの機会を設けたのは確かなようだ。まだその意図は読み切れていないけれど、今のところ彼女たちのプランに乗った方が色々とスムーズに運びそうに思える。にこも他の三年生も同じことを考えたのか、不思議そうにしながらもコクリと頷いた。

 

「でも、遊ぶってどこに行くわけ?」

 

 それもそうだ。

 俺達はただ呼ばれたから来ただけで、予定を全く知らない。

 

「遊園地にいくにゃ!」

 

 ぴしっと右手を伸ばして凛が笑う。

 

「子供ね。私は美術館」

 

 真姫はグリグリと巻き毛を弄りながら零し、

 

「えっと、私はまずアイドルショップに……」

 

 いや、花陽。君までそれ言い出したら……。

 俺はガックリ肩を落としてにこにツッコミを任せる。

 

「バラバラじゃない!」

「穂乃果ちゃん、どうするつもりなん?」

「うーん、じゃあ……」

 

 問いかけられた穂乃果は暫し逡巡してから可愛らしく人差し指を立てた。意見が纏まらない中、μ'sのリーダーである彼女が下した結論は……。

 

 

 

 

「全部行こう!!!!」

 

 

 

 

***

 

 

「うわぁ、すっげぇ」

 

 一番最初は花陽の行きたがってたアイドルショップ。

 俺は初めて踏み入れた独特のショップの雰囲気に気圧されて立ち止まった。他のメンバーは流石に慣れているのかずいずいと中へと入っていく。いわゆるファン層の厚いお店って、そうじゃない人からすれば異質に思えてしまうのはごく自然なことで。ヘビーローテーションする人気アイドルの楽曲と明るい店内に面食らう。

 

「海菜さん、こっちですこっち!」

「花陽、出来れば一緒に回って案内してくれる? ちょっと一人で回るの恥ずかしいし」

「任せて下さい! アイドルショップの真髄をお伝えしますね!」

 

 スイッチが完全に入ってしまっている後輩に促されるまま奥の方へ。

 すると、ちらほらと見覚えのある顔写真が目に入ってきた。

 

「ここが、スクールアイドルコーナーです!」

「なるほど。だからA-RISEが……って、ええっ!!!」

 

 思わず叫ぶ。

 

「こ、これ……!!」

 

 指差した先には――。

 

「はい! μ'sのコーナーですよ!!」

 

 うおおおおお!!

 俺は言葉だけじゃ飽き足らず、心の中でも大きな驚きの声を上げた。マジかよ! 今やμ'sは全国的に有名なグループ。A-RISEのコーナーがあるなら同じく地元のアイドル、μ'sのコーナーがあってもおかしくは無い……無いけど!

 いざ改めて目の前にすると違和感だらけ。

 なんだかちょっと感動だ。

 

「えー、すご。なんか買って行こ」

「そうしましょう! 自分の推しメンのうちわでも……。あ、そういえば、海菜さんのμ'sの推しメンって誰なんですか?」

 

 可愛らしく小首を傾げながら花陽が問う。

 推しメンかぁ……確かに、μ's丸ごと応援してるせいか考えた事なかったなぁ。

 

 うーん、どうせなら。

 

「せっかくだし、花陽の買っとこうかな」

「え、ホントですか? 嬉しいな、やったぁ」

 

 ふにゃっと表情を和らげて笑う愛らしい後輩。

 頑張りやな花陽を推すのも悪くない。

 

「あ、でも、気を使ってくれなくても、絵里ちゃんや希ちゃんのグッズ買って頂いても良いんですよ?」

 

 はぁ!?

 

 予期せず飛び出した爆弾発言。この子、一体何を……。慌てて様子を伺うと、今の発言に裏があったわけではなく純粋に彼女は俺があの二人推しだと思い込んでいるだけのようだった。俺は内心胸を撫で下ろして妙に鋭い花陽に頼み込んだ。

 

 

「出来れば、ちょっと大胆な写真とか欲しいんだけど……」

「……アイドルをそんな目で見る人には教えてあげません!」

 

 

 

***

 

 二軒目はにこが希望したゲームセンター。

 

「ふふん、にこの勝ちよ」

「うわぁん、負けたぁ~」

 

 にこと穂乃果、二人が対決していたのは巷で噂のダンスゲーム。足元にプリントされた幾つかの足場をタイミングよく踏むリズムゲームをかなりの難易度で遊んでいた。どうやら二人共かなりやりこんでいるらしく、スコアで負けてしまった穂乃果は柵にもたれ掛かって落ち込んでいる。

 

「やるじゃん」

「でしょー? これで、宇宙ナンバーワンアイドルはにこよっ!」

 

 ぴょこん、とツインテールを揺らしながらステージから降りて彼女はニシシと笑う。久しぶりに見たそのいたずらっぽい幼気な笑顔に微笑み返した。にこは腰に手を当てて辺りを見渡した後、俺を見つめる。

 

「さぁ、せっかくだし、勝負しましょ」

「お。ゲーセンで俺に挑むなんていい度胸だな」

「それはコッチの台詞よ」

 

 俺達は火花を散らしながら睨み合うと手頃なゲームを探す。

 

「流石に、ダンスゲームは選ばないでおいてあげるわ」

「ふん。俺もバスケのスコアマッチは止めといてやる」

 

 お互いの本職は避け、実力差が拮抗している対戦ゲームを探した。太鼓を叩く奴とか、車を走らせるやつとか色々と候補はあるんだけど……。

 

「なによ。どこも一杯じゃない」

 

 どれも人気ゲームのせいかちらほらと並んでいる人が見受けられた。この場のテンション的にはさっさと勝負を始めてしまいたいので、二人揃って仲良く列に並ぶと言うのは出来れば避けたい。

 因みに、エアーホッケーの台にはウチの幼馴染とその親友が陣取って以上にレベルの高いラリーを繰り広げていた。何だよあの異次元ホッケーは。ことりが引いてるんですけど。

 

「どうする?」

「そうねぇ。アレなんてどう?」

 

 彼女が指差した先にあったのは銃撃系のコーナーだった。

 

「アレ? でも対戦形式じゃないだろ」

「先にゲームオーバーになったら負けって事にすれば良いじゃない?」

「なるほど。よっしゃ!」

 

 俺達は顔を見合わせてニヤリ、と笑うと、同時にコインを入れて銃を構えた。小柄な彼女が大人の、それも男を想定して作られたガン系のコントローラーを持つと違和感がある。なんとなく、そのミスマッチさが少しフェチを刺激する感じではあるけれど……。

 危ない。もう少しでにこを可愛いと思う所だった。

 

「ほら、来たわ。ちょっとくらい粘って根性見せなさいよ?」

「はっ。俺の銃捌きを見てから言うんだな!」

 

 

 *

 

~一分後~

 

「ふっはははは~、よゆーよゆー!」

「にこだって負けてないわよ!」

「いつまで持つか楽しみだな」

「言ってなさい!」

 

 *

 

~三分後~

 

「おっと。あっぶねー。さんきゅー」

「あっ! 間違ってアンタ狙ってた敵撃っちゃった」

「あーもう。言ってる間に左来てるぞ」

「え? あ! やばっ…………、ありがと」

「コレで借りは無しな」

 

 *

 

~五分後~

 

「にこ! 右!! そんなんじゃすぐ死ぬぞ!」

「ああ、もう解ってるわよ! 古雪もきっちり上処理しなさい!」

「勘違いすんなよ、あんまり早く勝っても面白くないからな!」

「そっちこそ、勘違いしないでよね。アンタ死んだらこのステージのボス大変じゃない。折角百円入れたんだからせめて次の面までは行きたいの!」

 

 *

 

~一〇分後~

 

「ちょっと、私の方ばっかり敵多すぎ……!」

「にこは左下見てろ! 俺が左上カバーする!」

「それ、信じるわよ!? 嘘じゃないでしょうね!?」

「ホントだって!!」

 

 

 

 

――中略。

 

 

 

 

~二〇分後~

 

 

 

『スイッチ! フォーメーションC!!』

 

 

 

 *

 

 当初の予定は全く忘れてしまっていたが、今日この瞬間。

 全国のシューティングゲーム界に革命を起こす二人組が誕生したような……予感がした。

 

 

 

***

 

 

「うわぁ~、ペンギンさん可愛い~」

「動物園、久しぶりだなぁ」

 

 俺は前を歩くことりに付いていきながら呟いた。

 下手をすれば小学校以来かもしれない。別に動物が嫌いなわけでは無いけれど、別段大好きというわけでも無いので結果的に来る機会は失われていた。ことりが言い出さなきゃ将来結婚して子供が出来るまで行くことは無かっただろう。

 

「ことりはよく来るの? 動物園」

「うーん、しょっちゅうでは無いですけど、一年に一回くらいは! ここ、ふれあいコーナーとかあってふんわりもこもこの動物さん達と遊んだり出来るんですよ~。毎回癒やされます!」

 

 ことりは件の動物さん達以上の癒やしオーラを振り撒きながら笑った。

 うん、可愛い。

 

「見て下さい! フラミンゴ!」

「そんなテンション上がることか?」

「はい! 私達、練習の体幹とバランスのトレーニングで片足立ちをやるんです、ほらっ」

 

 彼女はそう言いながら片足立ちをしてみせた。

 ぱたぱたと両手を振ってバランスを保って微笑む。

 うん、可愛い。

 

「なんだか、デートみたいですね……?」

「そうか? 皆なら後ろにいるだろ」

「……そういうことじゃ無いんですけど」

 

 

 ***

 

 

 ガタン! 

 大きな音と共にゴロゴロとそれなりに重量感有る玉が転がっていく。

 

「なんでボウリング……」

「良いじゃない。私、来たこと無くって!」

 

 満面の笑みで球投げをエンジョイする絵里が弾む口調で答える。そういえば確かにこの娘と一緒にボウリングは来たこと無いな。俺自身、このスポーツが好きでも嫌いでもないので来ることは殆ど無い。どちらかというとカラオケやゲーセンに流れがちだし。

 

 ぼうっとはしゃぐ絵里の後ろ姿を見る。

 

「やったぁ!!」

 

 年相応にはしゃぐ姿に頬を綻ばせ。

 

「四連続ストライク! ボウリングって楽しいわね!」

 

 謎の才能に戦慄していた。

 

 

***

 

 

 今までとは打って変わって静寂に満ちた空間。

 俺はさっさと走り抜けてしまいたい気持ちを抑えて美術館内を歩いていた。

 

「……あんまり美術館とか行かなそうね」

「俺か? まぁ、特には……。絵とか興味あるの?」

 

 隣をあるく真姫に返事を返す。五つ目のスポットは彼女が言い出した美術館。結構大きな施設のせいか、絵に加えて石像なども何点か展示してある。見るのが嫌いとまでは言わないけど、正直言って退屈だ。芸術がなんたるかなんて全然分かんないし。

 

「うーん、ちょっとは。パパの影響で美術関係は多少分かるから」

「なるほど。……俺はサッパリだな」

「そう? 意外に気にいるんじゃないかって思ったんだけど」

 

 真姫はそっと髪を払うと俺を見上げる。

 

「なんで? 我ながら落ち着き無いし、美術品を嗜むようなタイプでは無いと思うんだけど」

「それはそうだけど。こういう静かな雰囲気は好きそうじゃない」

「あぁ……それは確かに」

 

 言われてみればその通りだ。

 今日は大人数で来ているせいかスイッチがその方向に入ってしまっているものの、一人で来たら意外に楽しめるかもしれない。誰かに邪魔されず、一人で楽しめる時間と言うのは家の外で見つけるのは難しいから。

 

「古雪さん。結構、根暗な所あるでしょ?」

「言い方! 陰があって色気凄い、っていう表現で頼む」

 

 相変わらず人をよく見ている娘だ。

 

「というか、君には言われたくないんだけど」

 

 根暗代表といえば西木野さんですよ。

 そう、茶化す予定だったんだけど――。

 

 

「私は……変わったもの」

 

 

 視線を移す。

 真姫は一瞬他のメンバーの方に視線をやり、照れくさそうに俯いた。

 

――ちぇっ。からかえそうにない雰囲気だな。

 

 俺は不服そうに……いや、満足げに微笑んだ。

 

 

***

 

 

「海未がアヒルボートに乗りたがるとはなぁ」

「う……自分でもキャラじゃないとは思ってるのですが」

 

 キコキコキコキコ。

 俺達は隣り合って懸命にボートを漕ぎながら会話をしていた。場所は変わって大きな池のある公園。海未たっての希望でそれに乗り込み、普段と違った景色を堪能している。

 

「どうしてこのチョイス?」

「いえ、実はよくこの場所には作詞をする際に来るのです。いい気分転換になりますから……散歩がてら池の畔に座ってアヒルボートを眺めたりして。一度乗ってみたいなって思ってたんです」

「なるほど。確かに一人じゃ乗れないもんな」

 

 流石に俺も女の娘と一緒に、って言う理由がなきゃ乗る機会は無かっただろう。

 

「なんか、アヒルボートに二人って恋人みたいだよな」

「もう、そんな事言ってると女の子は勘違いしますよ」

「海未はしないだろ」

「それもそうですね。私はもっと優しくて物静かな男性が良いです」

「ひえぇ、手厳しい!」

 

 俺達は顔を見合わせて笑いあった。

 普段からいじったりいじられたりでよく絡んでいるせいか、もしかしたら二年生の中で一番仲が良いのは海未かもしれない。加えて彼女はとても賢いので余計な気を回さなくても色んな事を察してくれるしな。残念ながら、出会ったときと同様。今でも彼女のストライクゾーンには入れていないらしい。

 

「でも、流石に寒いな」

「池の上ですし」

「上着、貸そうか?」

「下心が見え透いた優しさはむしろマイナスですよ!」

 

 ふむふむ、ツッコミもにこから学んでるようだし成長が見える。

 

「そろそろ岸につくってさ。満足した?」

「はい、とても。案外楽しいものですね」

「俺とペアだったしな!」

「ふふっ。そうかもしれません」

 

 優等生な受け答えをされると同時に軽くボートが揺れる。係員さんの誘導で無事船着き場に寄せてもらうことが出来た。際立った面白さは無かったものの、悪くないアトラクションだったな。俺はそんな軽い満足感とともに先に船から上がり、振り返る。

 そして、自然な仕草で海未へと手を伸ばした。

 

「ほら、手。足元気を付けろよ」

「…………やっぱり、優しいですね」

「なんて?」

 

 海未が零した小さな声は、船着き場に響く足音のせいで聞こえなかった。

 ま、でも嬉しそうだったし悪い言葉じゃ無いだろう。

 

 

***

 

 

「スピリチュアルやねっ」

 

 浅草。雷門前。

 俺は嬉しそうに希が呟くのを聞いていた。

 

 この娘とのデートコースはこんな感じになるのかな――そんな恥ずかしい想像をしてしまう。相変わらずペースは乱されっぱなしだけど、不思議と悪い気はしなかった。それはどうしてなのか……きっと、記念に引いたオミクジが大吉だったからだろう。

 

 

***

 

「かいな先輩! はやくはやくー!」

「り、凛……ちょっと待て」

 

 場所は都内の遊園地。俺は息を軽く切らしながら小走りで駆けていく凛の背中を追っている。

 不幸にも彼女と回る流れになってしまった為、異常なペースでアトラクションを回り続けるハメになっていた。因みに他のメンバーは温かい目で俺達二人が走り回る様を眺めている。……あいつら、そろそろ誰か変わってくれても良いだろう。

 

「次はアレに乗るにゃー!」

 

 彼女が指差したのは家を模した正方形の乗り物。

 一体なんだろう、じっとそれを観察していると唐突に空へと打ち上がった。逆バンジーの要領で紐で固定された小部屋がバインバインと揺れている。ちょ……普通に怖そうなんだけど。

 

「いや、凛。アレは……」

「どうしました? もしかして、恐いんですか?」

「ば、ばっか! 全然だいじょぶだけど!?」

「じゃー、はやく行くにゃ!」

 

 言うが早いか、俺の手を引いて抵抗する間もなく乗り込んでしまった。

 

「う……、コレ、いつ打ち上がるんだよ……」

「えへへ。ドキドキしますね」

「乗るんじゃなかった……」

「挑発に乗っちゃうからですよ! かいな先輩、意外にちょろいにゃ」

 

 このやろう!

 いつものようにアイアンクローでも決めてやろうと思ったが、シートベルトで身体が固定されているせいでそれは叶わなかった。凛は隣で一体何がそんなに嬉しいのか分からないが、満面の笑顔を浮かべて窓の外や俺の顔を交互に見ている。

 

「なんだよ、ニヤニヤして」

 

 凛に問いかける。すると……。

 

 

「にゃ~。凛、楽しいです!」

 

 

 にへらと笑って素直な感想を零した。

 

「かいな先輩ともっと遊びたいなってずっと思ってましたけど、先輩は勉強で忙しいから……。凛、今日始めて練習以外でたっぷりかいな先輩と遊べて幸せにゃ!」

 

 む……。

 

 そこまで素直に言われると照れるな。

 確かに、この娘はずっと俺のことを先輩として慕ってくれてるし、きっと俺といる時間を楽しんでくれているのだろう。何度か一緒に遊ばないかという誘いを受けて、塾とかのスケジュールと合わずに断って来たこともあって……彼女は一度も文句は言わなかったけど寂しくもあったらしい。

 

「あれ? もしかして照れてるのかにゃ?」

「普通、言う側の方が照れそうなもんだけど……」

「にゃは。ちょっぴり恥ずかしいですけど、平気です!」

 

 そうですか。

 まぁ、凛の場合深い意味は無いだろうしな。純粋に仲良しな俺ともっと遊びたいと思ってくれているのだろう。俺は小さく微笑んで一言、彼女に伝えておくことにした。

 

「受験終わったら、今までの分取り返すくらい遊ぼ……って、うわああああ!!!」

「にゃああああ!!」

 

 すみません、発射するならするって教えて下さい!!

 後輩相手に締まらないと格好つかないんで!!!

 

 

***

 

 

「後は、穂乃果の遊びに行きたいところだけど」

 

 遊園地の出口付近。

 散々遊んだ俺達は唯一案を出していなかった穂乃果に注目した。ぞもそも、全員分の行きたい所を回ると言い出したのは彼女。穂乃果自身の行きたい所もきっと有るはずなのだ。珍しく自己主張をせずにここまで来たということは何か考えがあるに違いない。

 

「私は……」

 

 穂乃果はそっと白い息を吐き出す。

 すでに夕暮れ時。紅い太陽が一〇人を照らし出した。

 

「海に行きたい!」

 

――海?

 

 同じく、絵里が不思議そうに問い返す。

 

「海……ってあの海よね?」

「うん! 誰もいない海に行って、一〇人しか居ない場所で、一〇人だけの景色が見たい!」

 

 静かに全員の顔を見渡して。

 

 

「ダメかな?」

 

 

 当然、俺達の返事は決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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