いつもこの作品を呼んでいただきありがとうございます^^
今回は本編の方であまり語られていない絵里と海菜の過去のお話を少々。
それでは、どうぞ
季節は初夏。窓の外を見ると、しとしとと絹糸のように雨が降りつづけている。
私、絢瀬絵里は希と二人で生徒会室で事務仕事をこなしていた。学校存続の件もあるし、まだ予定の詰まってない今、面倒な仕事は終わらせてしまっておかないと。
「ふぅ、エリチ。休憩せーへん?ウチもう疲れたわ~」
希は斜め前の席で大きく伸びをしながら、いつも通りのふわふわとした口調で話しかけてきた。まだ期限が残されている書類の処理を一度にまとめてやってしまおうというのだ、疲れるのも無理もないけれど……。
しかし、今は学校がなくなるかどうかの緊急事態。大変なのは事実だけれど、出来ることは出来るうちにやっておきたい。
「そうね、希は休んでていいわよ。お疲れ様。ごめんね?付き合わせちゃって」
進んで手伝いを買って出てくれた彼女に労いの言葉をかけ、休憩を促す。
私が生徒会長、彼女が副会長になってからいつも迷惑ばかりかけている気がして本当に申し訳ない。もっと私が器用にいろんなこと出来たらいいのだけれど……。
「ええんよ、ウチは副会長やからね」
そういっていつもの笑顔を見せる。
……本当にお人好しというかなんというか。
希は書類の整理を再開しながら唐突に、一つのアイデアを提示してきた。
「でも、せっかくやからおしゃべりしながらやってみーひん?」
「おしゃべり?」
「うん!お互い無言で仕事ばっかりしてたら気も滅入ってくるやん?今日の書類はほとんど作業で終わるものばかりやし、ちょっとぐらいお話しても大丈夫やろ」
「えぇ、別に構わないけど……」
「やった!」
まるで子供のように嬉しそうな笑顔をみせる希。普段飄々として大人びた態度をとっていることが多い分、この子のこういう幼げな表情は少し貴重だ。
「あのね、エリチ。聞きたいことがあるんやけど……」
「なに?改まってどうしたのよ」
「古雪くんのこと教えてほしいなって」
「海菜のこと?別にいいけれど……」
古雪海菜は私の幼馴染の男の子。ちっちゃいころからの付き合いで、いわゆる腐れ縁ってやつなのだろう。高校生になって別々の学校に進学した今も、仲良くさせてもらっている。
でも一体何が知りたいのだろう?
「といっても希、あなたも高校一年生のころからの付き合いなんだから今更聞きたいことなんてあるかしら」
「あるよ~、古雪くん自分のことはあんまり話したがらないから」
たしかに希のいうことは一理あるかもしれない。うちの幼馴染はあまり自分を誰かに伝えようとしない傾向にある。本人曰く『俺の話をしたって別におもしろくないじゃん』とのことらしい。
別に常に会話に笑いを求め続ける必要もないと思うのだけど……。
折角なので彼女の疑問に答えようと質問を続ける。
「たとえばどんなことが聞きたいの?」
「んー、エリチと古雪くんの馴れ初めとかかな~」
「な……な!」
なっ、馴れ初めって!別に私はあいつとそんな関係じゃないわよ!
希の不意打ちに動揺が走る。
「ふふっ、エリチ顔真っ赤だよ~」
「希……怒るわよ」
「も~、怒らんといて。冗談だよ。二人して強情なんだから……」
「強情ってなによ、何度も言うように私たちは希が思ってるような関係じゃないわ!」
全く。言われ慣れている言葉であるとはいえ、毎度のことながら慌ててしまう。別に私は彼のことをその……好き、とかでは無いはずだ。あくまでただの幼馴染で。ええ、そうよそうに違いない!
もちろん、彼のことは尊敬しているし信頼しているし。
……それに一緒にいてすごく楽しいしずっと一緒にいれたら、なんて思うときもあるけれど。別に恋人の関係を望んだことは一度もない。これは本当。
「でも実際どうして二人が知り合って、今でも仲がいいのか不思議なの。二人とも趣味も性格も全く違うやん。古雪くんって別に誰とでも仲良く……みたいなタイプでもないでしょ?」
「それは……」
心底不思議そうな様子の希。
確かに彼女の疑問はいつも私自身不思議に思っていることだ。どうして海菜はいつも私のそばにいてくれるのだろう?逆に私はなぜそれをいつも受け入れているのだろうか。
「二人が出会った時の話とか、中学校の頃の話とか聞いてみたいなぁ」
「出会った時……別に知ったところでって感じかもしれないわよ?」
「ええやんええやん!教えて~」
わざわざプリント整理の手を止めてぱんぱんと机を両手で叩きながら話を促す希。
はぁ、希がそんなに聞きたいって言うなら話したっていいかな?
「えっと……確か初めて会ったのは5歳ぐらいだったわね。あまりよく覚えてないけど」
「もうその頃にはエリチ、ロシアから引っ越してきてたん?」
「えぇ。亜里沙はまだ小さかったからお父さんと二人だけでやってきたの。仕事の都合で、いずれは家族みんなで日本に引っ越すつもりだったんだけどね。亜里沙の面倒を見るのにおばあ様たちがいた方が良かったらしくてお母さんと彼女はロシアに残ったのよ」
「エリチもお母さんたちと一緒に来れば良かったんじゃないの?」
希は何を思ったのかおもむろに立ち上がり、いつの間にか生徒会室に持ち込んでいた電気ケトルの電源を入れてお湯を沸かし始めた。
「どうせ引っ越すなら早くから来て慣れておいたほうがいいってのがお父さんの考えで……って希。生徒会室でお茶を沸かすのは校則違反じゃないかしら」
「まぁまぁ、そんな固いこといわんと。はい♪エリチの分」
全く悪びれる様子もなくお茶を差し出してくる。まったく、もう。
「でもお父さんと二人で生活って大変だったんじゃないん?」
「それがね、実は私のお父さんと海菜のお父さんが古くからの友人で大の仲良しだったの。それで、古雪家の近くに家を借りることになって……」
「うんうん」
「日中お父さんがいない時は海菜のおうちで面倒見てもらうことになったのよ」
「へぇー!まあ古雪くんのお母さんなら快くOKしてくれそうやね」
希はうんうんと納得したようにうなずいている。彼女が言うようにおばさんは気さくで優しいすっごくいい人なのだ。
本当に海菜のお母さんには感謝してもし足りないと思う。面倒見のいい人だったおかげで、赤の他人である私を、まるで本当の娘であるかのように可愛がってくれた。海菜いわく『うちのおかん、俺より絵里の方が好きだからな』とのことだし。……まぁ、何度も叱られたりもしたけれど。
「それで古雪くんと知り合ったんや」
「ええ」
「初めて会った時はどんな感じやったん?」
興味津々といった風に心なしかこちらに身を乗り出してくる希。……ちゃんと仕事もしなさいよ?
えっと、彼とのファーストコンタクトか。忘れもしないわね。
……今思い出してみてもアイツらしいというかなんというか
「開口一番『金髪だ!すっげぇ!!』って言われたわ」
「それは……まぁ子どもだし多少は仕方ないんとちゃう?」
希は少し苦笑いしながらフォローを入れてくれた。
ちょっと照れくさいからあまり話したくないので希には内緒だが、この話には続きがある。
日本にやってきて空港から家まで帰る道のりでさえもこの髪はすごく目立ってて。幼かった私はみんなの好奇の視線が嫌で嫌で仕方がなかった。こんなことがこれからずっと続くのかなぁなんて思うと憂鬱で……。
初めて海菜と会った時もこの髪の毛を奇妙に思われるのが嫌で、怖くて。すごく緊張していたの。それでも海菜はすっげぇ!とひとしきり騒いだ後、今も変わらない優しげな笑顔で
「でも綺麗だよ!うらやましい」
って言ってくれたの。
まだ幼かった私はその言葉が……すごく嬉しかった。
そういうところは今も昔も変わらない。
狙ってやってるのか無意識なのかは分からないけど。
うーん、多分どっちもかな?人一倍心の機微に敏感なヤツだから。
「それからはずっと一緒に遊んでたん?」
「えぇ、お父さんの仕事が忙しい時とかは朝から晩まで海菜の家でお世話になったわね。もっとも一緒に机に座らされて勉強させられたり、海菜と一緒におばさんにげんこつ貰ったりもしたわよ?……基本的に全部海菜の巻き添えだったような気もするけど。」
「へぇー、いいなぁ。バレエはその時からやってたんやろ?」
「どこがいいのよ……。そうね、バレエは一人で通ってたわ。海菜も小学校に入ってからはミニバス始めたし、授業もあったりで別行動も多くなってきたわね」
目の前の副会長は何が嬉しいのかニコニコと私の話を聞いている。
この子も海菜と同じで自分のことを話すよりも人の話を聞きたがるタイプだ。
また機会があれば希の昔話も聞いてみたいけれど。
「ふふっ、エリチの小学校時代かぁ。可愛かったんやろなー。人気者だったんじゃない?」
不意に希が何気なく口を開く。
瞬間、無意識のうちに自分の顔が強張ったのが分かった。表情に陰鬱な影が浮かぶ。
彼女は敏感にも私のその少しの変化に気付き、慌てた様子を見せた。
「え?ごめんエリチ。私なにか悪いこと言った?」
「ううん、なんにもないわ。ごめんなさい。」
こんな反応をしておいて何もなかったわけがない。苦しい言い訳であるのは承知だが別に今話をするような内容ではないだろう。あんまり暗い話をするのもよくないし。
希もそれ以上は追及してくる気はないようだった。
実は……私は小学校入りたての頃、軽いいじめ、のようなものにあったのだ。もちろん、モノを隠されたり仲間外れにされたり。といった酷いものではなかったし、今思い返してみるとそれほど大したものではないのだけど、当時はつらかった思い出が残っている。
問題になったのはこの髪の毛や肌の色と、同年代の女の子と比べると少し高めの身長だった。やっぱり私の存在は他の子と比べて異質だったのだろう。そういったことでからかわれる事が多かったのだ。
当時の私も他のみんなが、悪意からそういう言葉をかけてきている訳ではないことくらい分かっていたけれど、幼かった分打たれ弱かったのかな?傷ついてしまうことも多かった。
たしか小学校の4年生のころ、どうしても辛くなってそのことを海菜に相談したことがあったの。やっぱり私って変なのかなっ?髪の毛とか黒くして、日焼けとかもいっぱいしたほうがいいのかなっ?
なんて。今おもえば笑っちゃうけどね。
海菜はいつも通りの、なんとも思っていないような表情で黙って私の話を聞いた後。珍しく真剣な顔つきになって、あの頃から八年たった今でも時折思い出す大切な言葉をくれた。
「俺は、絵里のその髪も肌の色も、すごく綺麗だと思う。アイツらがなんて言ったって俺はお前と会ってからいままでずっと、そう思ってきたから。なんつーか、……自信持てよ!絵里はそのままが一番いいって!絶対!」
なんて。
今と比べたら言葉もつたないし、内容だって俺が綺麗だと思うから自信持てよ!なんていう稚拙な理論だったけれど。なぜだか、私はこの言葉のお蔭で自分に自信が持てるようになった。
それはきっと、いつでも私の傍には自分を認めてくれる大切な幼馴染が居てくれてるって気が付いたからなんだと思う。
まぁ、本人には恥ずかしくてこんなこと言えないけど……すごく感謝してるわ。
「それで……中学校時代はどうやったん?」
あまり私が思い出したくなさそうな小学校の話を避け、希は話題を変えてくれたようだ。なんというか、こういうところは希と海菜はすごく似ていると思う。
初めて私の紹介で二人があった時もお互いに何か通じ合うものがあったみたいだし……。
「どうって……中学校に入っても関係は全く変わらなかったわよ?」
「そうなん?中学にあがったら疎遠になる……みたいな展開を期待してたんやけど」
なぜか不満そうに頬を膨らませる希。なんで不服そうなのよ……。
「まぁ……幼馴染というより半ば家族のようなものだし。朝は毎日二人で登校してたわよ?」
「ふーん。……周りからはだいぶ誤解されたんとちゃう?」
「それは……ええ、そうね。海菜が『っせーな!しつけぇんだよ!』ってキレ出すくらいにはしつこく聞かれたわ」
思い出しただけでもため息が出る。何度同じことを聞かれたことか。
「絵里ちゃん、ほんとに古雪と付き合ってないの?」なんて。
中学時代を思い出すとすごく楽しかった思い出ばかりなのだが、その点に関してはあまりいい思い出はない。みんながみんな思春期でそういった類の話が大好きだった頃だったから……。私と海菜はよく関係を疑われていた。
「それじゃあ、二人は彼氏とか彼女とか中学時代にはおったん?」
「え?いないわよ?海菜もたしかいなかったと思うわ」
私が当然のようにそう答えると、希はなぜか少し顔をしかめた。
何よ、その顔……。
「いなかったって……エリチ、告白とかいっぱいされたんじゃない?」
「いっぱいなんてされてないわよ!私は結構真面目な人って思われてたからあんまりそういったことはないわ」
「でもゼロじゃないやろ?……告白してきた人と付き合おうとせんかったんはなんで?」
なんでって言われても……。
そもそも恋愛への興味がそれほど大きくなかったし、好きでもない人とかっこいいからとかそんな理由で付き合うのもどうかと思うから。
「あんまり誰かとそういう関係になりたいって思わなかったし、興味だってなかったからよ。軽い気持ちで付き合ったりしても相手に失礼でしょ?」
「たしかにそうやけど……」
「それに……」
「それに?」
そうだった、彼氏を作らなかった理由はもう一つあったんだった。……これ言うと、なにか誤解されないか心配ではあるけど、希なら大丈夫よね?
「私が……海菜に彼女作って欲しくないって言っちゃったから。それなのに私だけ彼氏作るのはなんというか……ルール違反じゃない?」
「はぁ??」
うっ、これは勘違いしてる顔だわ!違う、違うの!そういう意味じゃないの!
「エリチ……どういうこと?別に古雪くんとは付き合ってなかったけど、古雪くんに彼女は作って欲しくないって言ってたん?」
「あのね、一から説明すると。中学時代、海菜ってかなりモテたのね?バスケもうまいしおもしろいからやっぱり人気で。まあ、あいつ自身は勉強とバスケと遊びに全精力を注いでたから恋愛する気はなかったみたいなんだけど……
ある時、海菜から相談されたの。昨日ある女の子から告白されたんだけどどうしようか?って。あいつあれで根はすごく優しい、というかお人好しというか。いわゆる損な性格してるじゃない?どうやら勇気を出して告白してきてくれた子を振ったりしてもいいのかな?なんて言ってたの」
希は少し呆れた顔をしながら湯呑に残っていた煎茶をこくこくと飲み干して相槌をうった。
「たしかに古雪くんらしいね」
「そうなの。それでも、お情けで付き合ってもらったりされる方が女の子としては辛いじゃない?だからそういう時は不用意に傷つけないように、でも同時にきっぱりと断らなきゃダメよって教えたら……」
「教えたら?」
「なぜか急に海菜が『絵里は……俺が他の女の子と付き合っても構わない?』って聞いてきたの。本人もそんなこと聞いた自分自身に困惑してたみたいだけど、私はそれで思わずイヤって答えちゃって……」
自分でもなんであのときそんな答えを返してしまったのかは分からない。なんとなく海菜に彼女が出来ちゃったりしたら、今のこの心地よくて幸せな関係性まで壊れてしまいそうで怖かったのだと思う。二人で過ごす時間はすごく楽しかったから。
「そんなことがあったんやね」
「でも、もし海菜に本当に好きな人が出来たら私は応援するつもりよ?これは本当に!海菜にもそう言ってるし」
海菜に好きな人が出来たら……自分で言った言葉なのになぜだか少し胸に痛みが走った。なんだろう?この気持ちは。中学校の頃から、いや、もっと前から時折感じるこの痛み。もう慣れっこになったけれど。
希はやれやれ、とでもいうようにかぶりを振ると結構量の減った書類の束を片づけ始めた。時計を確認してみるともう下校時間。それなりの時間話すのに夢中になっていたらしい。もちろん会話の途中も作業は続行していたので生徒会の仕事の方の進行状況は良好だ。
「ありがとねエリチ、いろんな二人の話が聞けて楽しかったよ!」
スクールバックを肩にかけながら笑顔を見せる希。
それほど面白い話をしたつもりはなかったけれど……希が満足そうなのでよかったかな。
「結構頑張ったし、帰りにパフェでも食べていきましょう!」
「エリチ、ナイスアイデア!二人で行く?」
「そうね、私たちへのご褒美だから……奢ってもらいましょうか」
「ふふふ、せやね」
そう言って私は幼馴染へと電話をかける。
数コールの後にいつもどおりの声で返事を返す彼。
海菜と話すときのこの胸の高鳴りと、同時に感じるこの胸の痛みの理由をこの時の私はまだ知らなかった。