ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第五十六話 団欒と予兆

「遅いのよ!!!!!」

『ごめんなさい!』

 

 開口一番響き渡るにこの怒声。

 この時ばかりは俺と穂乃果は同時に謝罪の言葉を叫んだ。ひとしきり抱き合ってオイオイと人目も憚らず号泣し終わった俺達は、流石に目を泣き腫らしたまま穂乃果の家に戻る事も出来ずしばらく時間を浪費していた。

 わざと遠回りをして、寒いのに立ち止まり真昼間のさほど面白くもない街並みを眺めたり。

 

「ちょっと話しこんじゃって……えへへ~」

「アンタたちねぇ……」

 

 穂乃果はようやく元に戻った目尻を掻きながら笑う。

 それにしても、我ながら恥ずかしい程泣いてしまった。

 

 いや、でも流石に誰でも感動はするだろう。

 俺が見てきた中だけでも、彼女がμ’sを辞めてもおかしくないタイミングは沢山あった。講堂に人が集まらなかった時も、自身のミスで第一回大会を辞退してしまった時も、ことりが居なくなってしまいそうになった時も……A-RISEに威圧され格の違いを見せつけられた時も。

 普通なら折れていても仕方ない。

 だが、その度に己を奮い立たせ、進み続けたのが穂乃果という女の子だ。

 

 

――彼女は私と同類。当然の結果よ。

 

 

 きっと、ツバサはそう言うだろう。

 しかし、才能がある事と努力を続けられることは必ずしも繋がらない。

 

 俺は素直に穂乃果の頑張りに感動し。

 μ'sの皆の努力に敬意を抱いてる。

 

 だから、この子を前にしてしてしまった時点で感情が揺さぶられて仕方がなかったのだ。遅かれ早かれ涙腺のダムは決壊してしまっていただろうから、九人の前でみっともない姿を晒さなかっただけマシとしておこう。

 

 

***

 

 

「それでは改めて……」

 

 こほん。と、絵里が咳ばらい。

 

「ラブライブ、祝勝会を開催します!」

 

 パチパチパチ。

 わーわーわーわー!

 よっ!エリーチカ、エリーチカ!

 

 拍手とメンバーの歓声、俺のヤジが巻きあがる。

 

 穂むらの営業は既に午前中だけで終了しており、お母さんとお父さんの配慮のお陰で貸し切らせて貰っている。普段人の多い座敷に全員上がってくつろいでいた。ちゃぶ台の上には沢山のジュースとお菓子、特製のほむら饅頭などが置かれている。お昼時だからか、簡単なオードブルなども置かれており至れり尽くせりとはこの事だろう。

 相変わらずリーダーシップの取れる絵里が、開催の宣言を行った。

 

「皆、遠慮なく食べてってね!」

「やったにゃー!」

「白米、白米はありますか!?」

 

 老舗和菓子屋の看板娘の言葉に沸き立つメンバー。

 全員が目の前の贅沢に手を伸ばしかけた――その時。

 

「こらこら、皆待ちなさい? やらなきゃならない事があるでしょう?」

 

 絵里の一言に各々クエスチョンマークを浮かべ。

 

「それでは、開催にあたりまして……部長の矢澤さんから一言!」

「に、ニコッ!?!?」

 

 一瞬で理解した。

 夏の合宿ぶりの無茶振りを思い出し、にこが全身を震わせ悲鳴をあげる。

 

――あぁ、なんかそんなことあったなぁ。

 

 しゅっぱーつ! と、なんとも平平凡凡で面白みのない一言を残した伝説を持つ、現部長を眺めた。あの時はアドリブに対応しきれていなかったが、幾つもの危機を乗り越えてきた彼女ならきっとウィットに富んだ返しを……

 

「そ、それでは皆さん、手を合わせて……」

 

 パッチン。

 

「いただきます!」

『いただきます!!!!』

 

 全然成長してないやないか。

 

 

 

***

 

 

「相変わらずアドリブ弱いな」

「うっさいわねー!」

 

 俺は女の子が食べるのにちょうどよい位に作られた、小さめのおにぎりを齧りながらにこの隣に座った。彼女はムスッとした様子でから揚げを摘まんでいる。

 

「お、それも美味そう」

「から揚げのこと? 美味しいわよ、聞いたけど作ってくれたのは穂乃果のお母さんらしいし」

「へー! 凄いな、それは」

 

 手に付いた油をウェットティッシュで拭きながら答えてくれる。

 

――大変だったろうなぁ。

 

 この量を用意するのは流石に堪えるだろう。

 女の子が多数を占め、おかしもあることから消費量は少ないとは言えそれなりに手間がかかったはずだ。二階では今、父親が疲れて爆睡しているみたいだから――どうやら午前の穂むらの営業は完全にお父さんに丸投げしてパーティーの準備をしていてくれたらしい。

 

「冷めても味がしっかりしてるし……」

「確かに。にこでも作れそうにない?」

「どうかしら」

 

 試しに一口。

 確かに、冷めてはいたがしっかりとした醤油の味と鳥の旨味が広がる。美味しくない揚げ物は表面が水分を帯びてふやけ、塩気が薄まって何とも残念なおかずに成り下がってしまうのだが。不思議と何個でも食べてしまえそうに感じてしまう。

 

「にこの家とは味付けは違うけど。作ろうと思ったらちゃんと下味とかつけなきゃダメだし、かなり手間がかかるわねー」

「へー」

 

 何故か料理に精通している同級生が評した。

 ところで、とにこはこちらに振り返る。

 

「なんか、久しぶりね」

「そうか?」

「雑談するのは二~三週間ぶりじゃない」

 

 言われて気が付いた。

 確かにそうだ。二次試験前は結局幼馴染の言葉に甘えて一週間くらい練習には来ていないし。試験が終わってからも色々とやる事があって、休んだり友達と会ったり学校や塾に挨拶に行ったり。

 μ'sのメンバーとは顔を合わせては居たが、こうして時間を共有して話をすることは無かった。

 

「確かに。その後ご容態はいかがですか?」

「何かの病気だったみたいに言わないでくれる?」

「いや、さすがにさっきの一言は本調子じゃ無かったとしか……」

「掘り返すのはやめなさい!」

 

 噛みついてくるにこを見ていると笑みが零れてくる。

 確かに、こうして下らない会話をするのは久しぶりかもしれない。

 

「でも、ひさしぶりだなー」

「ホントよ! 試験終わったら暇だったんじゃないの? 連絡よこしなさいよ」

「意外にやる事あったんだって。学校や塾に『ほうれんそう』。コレ、社会の基本だぞ」

「まぁ、出来とか報告して、学校にも連絡して……進路相談も大事よね」

「違うって。開放感から財布の中身を『放出』。『連日』遊んで、親に強制『送還』」

「うわぁ。最悪なほうれんそう。ダメ学生の基本じゃない」

 

 にこはくすりと笑いながら俺の顔を見上げてきた。

 口の端を歪めて二やつくと、鼻を鳴らす。

 

「んだよ」

 

 何かを含んだその表情が気になって問いかける。

 

「ふふん」

「何か言いたげだな」

「その様子だと、手ごたえは悪くなかったようね?」

 

――あぁ、二次試験の事か。

 

「結果はまだ分かんないけどな」

「そ。でも、辛気臭い顔されてたらどーしようかと思ってたのよ。にこ、そーゆー雰囲気苦手!」

「じゃあ、一応心配してくれてたんだ!」

「慰めるのが面倒臭くって……」

「酷い!」

 

 辛辣な言い方だが一応気には掛けてくれたのだと思う。

 その証拠になぜだか少し嬉しそうだった。

 

 

***

 

 

「かーいーなーせーんーぱーいっ!」

 

 にことの雑談を終えて、多少お腹が膨れてきたところ。

 お菓子を食べようと席を変えたその時。

 

「凛!?」

「にゃーー!」

 

 背中を勢いよく掴まれてしまった。

 振り向くと、満面の笑顔の一年生の姿がある。

 

「久しぶりですね!」

「おう。元気してた?」

「もちろんにゃ!」

 

 促されるままに座り、向かい合う。

 

――なんだか、少しイメージ変わったな。

 

 それが俺の凛に対する素直な感想だった。

 ここ半年ほどゆっくり彼女と会話をする暇が無かったからかもしれないが、改めて向かい合うと一年前の姿とは打って変わって女の子らしい見た目になっている。いつの間にか化粧は上手くなり、髪型も短いままとはいえ綺麗に手入れされている。パチリと開く大きな瞳は変わらず星のように輝いて見えた。

 何より――スカートをはいて女の子座りをしている。

 以前はジーパン姿で胡坐掻いてたりもしてたのにな。

 

「かいな先輩、テスト終わったんでしょ?」

「あぁ、やっとな!」

「なら、ちょっと、文句を言わせて欲しいにゃ!」

 

――え、俺なんかしたっけ?

 

「凛と遊んでくださいよ! ずっと前に約束したにゃ~」

 

 なんだ、そんなことか。

 俺はぱんぱんと膝を叩いて抗議する凛に笑顔を返す。

 

 すると……。

 

「こら、凛。あんまり海菜さんを困らせてはダメですよ?」

 

 現れたのは海未。

 日本舞踊経験者らしく、なんとも美しい所作で隣に正座で座る。両手にお菓子をたくさん抱えている事に関してはこの際目を瞑ろう。彼女は丁寧に俺へ軽く頭を下げてから話に交じって来た。

 

「お久しぶりです。海菜さんも、何かと忙しかったんですよね?」

「えー、絶対かいな先輩暇にゃ」

「いや、割と忙しかったから! 失礼か!」

 

 凛の頭を掴んでアイアンクロ―。

 喜びの悲鳴が漏れた。

 

「なんだか懐かしい光景ですね」

「海未も混ざりたい?」

「お断りします」

「はい、それを真姫っぽく!」

「えっ? ……オコトワリシマス。こうですか?」

 

 チョット、ソコ何ハナシテルノヨ~。

 どこからか声が聞こえてきた気がしたがとりあえずはスルー。

 

「でも、凛の言う通り、これからは少し時間は取りやすくなるんですよね?」

「ま、そうだな」

「なら、ぜひ凛や穂乃果たちと遊んであげてください。ずっと前から楽しみにしていたようなので……」

 

 優しく微笑む後輩。

 別にそこまで丁寧に頼まなくても良いのになぁ。

 

「そうなのか? 凛」

 

 コクコク。

 と可愛らしく頷く凛の喉元を掻く。

 

「可愛い奴め~」

「ゴロゴロ」

「ホントに猫みたいだな」

「ふむふむ。撫で撫でスキルは及第点だにゃ~」

「む。舐めんなよ。本気を出せばもっと!」

「ふっふーん。かいな先輩に凛を満足させることなんて出来はしないですよ!」

「言ったな! 腹とか撫でてやるぞ~」

「あ、ソレは生理的に嫌にゃ」

「すっげぇ泣きそう」

 

 先ほどとは違った悲しみの雫が零れかけた。

 

「ま、いつでも連絡しといで。ラーメンでも食べに行こ」

「やったー!」

 

 そんな、兄妹のようなやり取りをする俺達を見て海未は満足そうな表情を浮かべていた。どうして俺より下なのに見守るようなスタンスで居るのだろうか。久しぶりにからかってやろうと、彼女に向けて話しかけようとしたその時。

 

「あ、かいな先輩」

「ん?」

 

 凛が口を開き。

 

「そういえば、海未ちゃんもかいな先輩と遊びたがってたにゃ」

 

――海未も?

 

 途端、二年生の冷静担当が頬を赤く染めて慌て始めた。

 

「ちょ、ちょっとまってください、凛! 私は別にそんな事は……」

「にゃ~?」

「言ってはいないですよ! 本当に!」

 

 いや、そこまで強く否定されると悲しいんだけど。

 

「え、言ってなかったかにゃ?」

「もう、貴女は何を聞いているのですか!」

「じゃあ、海未ちゃんはかいな先輩と遊びたくないの?」

 

 真っ直ぐな問いかけに。

 

「そ、それは……」

 

 ちらりとこちらを伺う。

 ニヤリ、笑みを返すと彼女はたじろいだ。

 

「ほう。そちも余と遊びたいというのか?」

「どの時代の人ですか!」

「ふふん。でも確かに、あんまり楽しい事一緒に出来てないもんな」

「うーーー」

 

 悔しそうにこちらを睨み付けてくる。

 なんとなく彼女の年相応な部分が見て取れた。

 

「仕方ないじゃないですか……」

「ん?」

「μ'sの皆で遊んでも、ごはんに行っても……海菜さんはいらっしゃらないですし」

「まぁ、今まではなー」

「お世話になってる身としては……仲間としては気になりますよ、仕方ないじゃないですか! 別に個人的にお会いしたいとかそういうのでは無いですからね!」

 

 慌てて捲し立ててくる。

 久しぶりに動揺した彼女が見れてだんだんと楽しくなってきてしまった。流石に最近は勉強の事ばかりだったし、この子たちの集中を乱すことも出来なかったから……。たまにはこういう初めの頃みたいな雰囲気も悪くない。

 

「またまた~そう言って~。ホントは俺とデートしたいんだろ?」

「いえ、それは無いです」

「かいな先輩。それだけは無いにゃ」

「すっげぇ泣きそう」

 

 

 

***

 

 

 それからしばらく。

 特に他愛もない話をしながら全員と話をしてお菓子とジュースを腹に詰め込んでいた。学校の同級生とはまだ打ち上げなど行けてないので、こんな楽しい思いをしたのは久しぶりかもしれない。

 

 花陽の口におにぎりを突っ込んで、みるみる食べ尽くしてく様子を見て笑ったり。

 真姫のモノマネで古今東西ゲームしたり。

 絵里と希のポッキーゲームを見て興奮したりした。

 

 全員羽目を外す勢いで楽しめただろう。

 改めて、優勝を嬉しく感じた。

 

 やっぱり、あの結果がなければここまで盛り上がっては居ないだろうし。これから……暫くの間、この子達と楽しく過ごすことが出来るのを嬉しく思う。

 

 

 

 

――もちろん、考えなければならない事はあるけれど。

 

 

 

 

 俺は誰にも悟られないよう……。

 絵里と希の横顔を盗み見た。

 

――本腰を入れなきゃな。

 

 拳を強く握りこむ。

 

 彼女たちの想いに応えるなら、もっと深く丁寧に。色んな思考を凝らして、全身全霊をかけて。俺自身の答えを導き出さなきゃならない。逃げてはならない、もしかしたら……ある側面では、受験よりも大切なイベントが控えている。

 

 

 絵里――。

 明るく笑い、仲間達との談笑に耽っている。

 

 大切な幼馴染。

 一番の理解者。

 最も近しい異性。

 

 

 希――。

 優しい微笑みを浮かべながら、全員を見守っている。

 

 大切な協力者。

 一番守りたい親友。

 最も放っておけない女性。

 

 

 

 

 恋愛感情抜きにして……何よりも大切な二人の――。

 

 

 

 

 

「海菜さん」

 

 

 

 

 

 そっと、袖が引っ張られるのを感じた。

 耳元で鼻にかかる女の子らしい可愛い声が鳴る。

 ふわりとお菓子ではない甘い香りが鼻孔をくすぐって。

 

 ことりが少し切なげな笑顔を浮かべて話しかけてくれた。

 

「ことり……どうしたの?」

「海菜さんこそ、ぼうっとして……どこを見ていたんですか?」

「いや、別に……ところで何か用事でもあった?」

 

――沈黙。

 

 なぜだろう。

 喧騒に包まれている筈の祝勝会会場。

 皆が皆楽しそうに笑っていて。

 

 にもかかわらず、異質な空気が一瞬だけ俺とことりの間に流れた。

 

 

 

 

 

 

「急ですけど、明日お時間ありますか?」

 

 

 

 

 

 

――明日?

 

 いや、特に用事は無かったはず。

 

「無いけど……穂乃果たちと遊びにでも行くの? もし誘ってくれてるなら――」

「いえ」

 

 不思議と、その否定の声は少しだけ尖って聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人きりで、会ってください! ……また、後で連絡しますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ緊張した面持ちで。僅かに頬を朱に染めて――

 

 どうしてだろう。

 胸騒ぎが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前話の投稿でたくさんの方に評価、感想を頂く機会に恵まれました。
最近は後書きや前書きを書いて、作品の雰囲気や流れにストップをかけることを懸念していたのですが……。大変嬉しく感じています。数年たった今もランキングに乗せて頂く事が出来るのは一重に読んでくださる皆様のお陰です。

いつも、本当にありがとうございます。

これからも感想、評価お待ちしております。
拙い作品ですが、丁寧に綴っていければと考えています……。

それでは、失礼いたします。

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