ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十八話 困惑

 時間の流れというものは早いもので、新学期が始まってからはや一ヶ月。

 もっとも俺は特にこなすべき仕事などもない訳で。日々同級生たちと切磋琢磨し、志望校合格に向けて勉学のみに励んでいた……ハズなのだが。

 

 

「……こんな時期に神社に来ることになるなんて想像もしてなかったなぁ」

 

 合格祈願に神頼みなんてするつもりもないし、するにしても早すぎる。

 もちろん、わざわざ足を運んだのには訳があった。あ、もちろん勉強のほうも順調に進んでいる……ってか進んでないとこんなとこきちゃいないけど。

 

「まぁ、せやろね~」

 

 俺の独白とも取れる一言に律儀にも返事を返してくれたのはここ、神田明神の看板巫女、東條希。あいかわらずの見事な巫女服の着こなしにため息しか出てこない。性質上布地の多い、決して露出の高い服装ではないのだが目のやり場に困るのはなぜだろう。

 

「それで、今日俺をここに呼び出した理由をそろそろ教えて欲しいんだけど?」

 

 そう言いながらすました顔で箒を抱える希に話しかけた。

 なにか面倒な事押し付けられそうだったらその依頼は放棄させて貰おう。……箒だけに。

 

「なんだか今日は古雪くんの力が必要な気がしたんよ」

「さいですか……。出来ればもっとわかりやすく言ってくれると助かるんだけど?」

 

 希は胸元からカードを出しながら得意げな顔で、何やらよく分からないマークの描かれた紙きれをビシッとつきつけてくる。別にカード占いは詳しくないし。そもそもお前今どこからカードを……。

 

「まぁ端的に言うと真姫ちゃんのことやね」

「真姫って……あのツンデレか。あの子がどうかしたの?」

「うん。ちょっと気になっててね?」

「気になる、ねぇ……」

 

 俺が今一番気になってるのはお前のカードの収納位置だけどな。

 おっぱいか?おっぱいなのか!?なんなら俺も収納して貰いたい。

 

「私の見立てでは一番にμ’sに参入すると思ってたんだけどね。穂乃果ちゃん達もよく勧誘に行ってるみたいやし。」

「あぁ、まだ入ってなかったのか。確かにそういう話は聞いてないな……たしかライブの曲作ったのあの娘だろ?」

 

 どうやら希はまだμ’sに加われないでいる真姫が気がかりらしい。

 この子は……本当に蔭ながらではあるけど、彼女達をサポートしていくつもりらしい。動機云々はよく分からないけれど。同じ生徒会でも絵里とはまた違ったアクションを起こしているらしい。

 

「うん、そうなんよ。つい数日前、花陽ちゃんと凛ちゃんがメンバーに加わったやん?」

「あぁ、そうだな」

 

 うう、今思い出しても少し恥ずかしい。あの日の俺は少しどうかしていたのかもしれないな。自分でもあそこまで必死になるとは思わなかった。……まぁ結果あの子のためになったから良しとしようかな?

 花陽はあの一件の後、勇気を出してμ’sへの参加を決めたらしい。凛まで一緒に入った訳に関しては俺はノータッチなので詳しく知らないが……まぁ花陽も友達が一緒に入ってくれた方が何かと都合がいいだろうから、良かったんじゃないの?

 

「それもウチとしては予想外だったんよね。……誰かが後押してあげないとダメだと睨んでたんやけど」

「へ~、たしかに内気そうな子だもんね」

「うん。ホントどっかの誰かさんと会って話がしてみたいもんやね」

 

 そう言いながら分かっているからね、とでも言いたげな視線をチラチラと送ってくる希。

 ぐぬぬ、相変わらず察しのいい奴。

 

 目をそらし、離れたところで練習する穂乃果達の方を眺めると丁度休憩中だったのか、花陽が視線に気づき手を振ってきた。うん、眼鏡も外して可愛らしい笑顔!いやー、……嬉しいんだけど、今はちょっと都合が悪いかな。

 

 

 

「ところで!」

 

 このまま追及されると都合が悪いので強引に話題転換。

 

「要は、君は真姫にμ’sに参加して欲しいんだろ?それに関しては俺に出来ることなんて何もないと思うぞ?」

「んー、まぁそういうと思ってたんやけどね」

 

 実際、彼女とはそれこそ一言二言会話しただけでほとんど親交もない。

 てか、そもそも希が真姫をあのグループにいれたがる理由も不透明だ。

 

「とりあえず、これから真姫ちゃんとお話しに行くから。ついてきてくれるだけでええんよ!」

「まぁ……それぐらいなら別にいいけど。どこに行けばいいん?」

「うん、そろそろ来ると思う」

 

 まさか、わざわざ呼び出したのか?それはまた……どうみても一癖も二癖もありそうな一年生だったし、素直に話を聞くとは思えないけどなぁ。

 

「素直に指定した場所にくるの?あの子」

「指定……?別に呼び出してる訳やないよ」

 

 ???

 頭の中に広がる疑問符。

 呼び出してないけど話に行く?どっかあてとかあるのだろうか。真姫を探して三千里、とかは流石に遠慮したいんだが。時間がもったいないし。

 

「で、どこにいる予定なの?」

「真姫ちゃん、決まって学校の帰りがけ穂乃果ちゃん達の練習を覗いていくんよ……もちろん隠れて」

 

 希は少し苦笑いを浮かべながら情報を公開してくれた。

 その衝撃的な内容に、俺も思わずかなり大きめのため息をついてしまう。

 

 いやいや、あの子何やってんの?素直じゃないにも程があるだろう。そりゃまぁ、あんな良い曲を提供しておいて穂乃果達の活動に興味ない訳ないだろうが……。

 仲間にしてくださいと言い出す勇気がないのか、それとも他の理由があるのか。

 

「あの子、そんなことしてたのか……」

「うん、それなのに穂乃果ちゃんや同級生の花陽ちゃんが誘ってもなかなか首を縦に振らないらしくて……」

「はー、なるほど。さすが毛先が横ロールなだけあるな……色々とまっすぐじゃない」

「うん、それは全く関係ないやろけどね」

 

 基本見守って、要所要所でフォローする。みたいなスタンスでいる希が直接的な行動を起こすなんて珍しいなぁ、と思っていたらそんなことがあったのか。

 まぁ、そのまま放置していても話は進まないだろうという判断だろうが……今回ばかりは俺は役にたてないと思うぞ?もう花陽の時みたいに頑張る気もないし。背中を押すならまだしも。張ってる意地を解きほぐすのは流石に大変、てかそれほど俺もお人好しじゃないし!

 

「あ、ほらみて。あそこ」

 

 不意に希が声を上げて指を差す。

 

 

 ……ホントに来やがった。

 

 

 指先が指し示す方向を目で追うと見覚えのある赤みのかかった髪の毛が瞳に映る。一生懸命練習に励む穂乃果達を物陰からうかがっているようだ。おそるおそる覗いては隠れ、覗いては隠れを繰り返すその様子はもはや微笑ましささえ感じさせる。

 一方穂乃果達は練習に必死で周りの様子を気にする余裕はないようだ。

 

「よし、それじゃあウチについてきて?」

 

 そう言いながら意味ありげに両手を握ったり開いたりを繰り替えす希。

 

「まさか、お前またWASHIWASHIを!?」

「ふふ。せやね!」

 

 せやね!じゃねぇよ。

 

 まったく、会話の掴みがおっぱいの鷲掴みから始まるなんて前代未聞だな。

 ……ん?……ちょっとうまいこと言ったな、今。

 

「なに、ニヤけてるの?古雪くん」

 

 最大限の軽蔑を込めた眼差しをぶつけてくる同級生巫女。

 

「ち、違う!これはそれを想像してた訳じゃなくて!自分の発想が面白すぎて!」

「よく分からんけど……どっちもイメージダウンやね?」

「ぐ……」

 

 ここで二人で話していても仕方ないので、ゆっくりとばれないように背後から真姫に近づいていく。ほんと、神社で何してんだろうな俺達。てか、希。毎度のことながら思うけど働けよ、お前。

 

 そろりそろりとゆっくりと足を進めている最中。ふとあるアイデアを思い立ち、同じく横を忍び足で歩く希に小声で話しかけた。

 

「なぁ、希」

「なに?」

「WASHIWASHIさ?俺が代わりにやっちゃダメかな?」

「……エリチに言いつけるよ?」

「うん、今の忘れて」

 

 

 

 よし。おとなしくついていこう。

 

 

 

***

 

「こんなところでなにしてるの~??」

「き、きゃあああぁ!!!」

 

 

 んー。相変わらずいい悲鳴あげるなぁ、ゾクゾクする。

 先ほどから物陰から頭だけ必死に動かしていた真姫は後ろから近づく俺達に気付くことなど当然出来るはずもない。あえなく希の毒牙にかけられてしまった。

 

「な、なによアンタたち!」

 

 可愛そうに、セクハラ被害者はこちらを軽く涙目になりながらキッと睨み付け、非難の声を上げる。

 それにしても、こちとら両方とも先輩なのに相変わらず礼儀知らずな後輩だな。まぁこっちは後ろからいきなり胸を揉みしだくあたり、礼儀どころか常識すらままならない先輩ではあるけれど。

 

「覗き見中すまん!」

「な、別に覗いてなんていないわよ!」

 

 取りあえずねぎらいの言葉をかけてみたのだがどうやらチョイスをミスってしまったらしく、真姫は顔を真っ赤に染めて噛みつくように言い返してくる。

 まあでも、どっからどうみてもさっきの挙動は覗き魔のそれだったぞ。

 

 希は彼女を開放してやってからすぐに切り出した。

 

「ちょっとだけ話があってね」

「……なによ?」

 

 真姫は少し警戒心をその表情に滲ませながら俺と希を交互に見やる。

 

「西木野さんはいつになったら素直になるんかな?」

「何それ、い、意味わかんない……」

 

 どう切り出すのかと思えば開口一番ストレートに本題をぶつける希。

 真姫といえば、一応言い返すもののその口調には全く勢いがなく、そのまま俯いてしまう。

 

 予想としては『別にアナタには関係ないじゃない!』などと元気よく言い返してくる様子を思い浮かべていたんだけど……。もしかしたら俺が思っている以上に本気で悩んでいるのかもしれない。

 

 変に茶化す訳にもいかず、成り行きを見守ろうと判断して希の方を見た。

 どうやら真姫のその反応も予想通りだったのだろう。目立った表情の変化はない。

 

「一人で悩んで解決しない時は、誰かに相談してみたらええんちゃう?」

「……」

 

 おぉ、なんだかすごく真っ当な事を言ってるな。しかし、真姫は希のその言葉に対しては無言を返すのみだ。少しプライドが高そうな子だし、素直に誰かに相談するようなタイプではないだろう。

 

 

 黙って目の前の一年生を見つめていた希はおもむろに再び口を開いた。

 

 

「今なら出血大サービスや!古雪くんを貸し出してええよ!」

 

 

 

 な、なんでやねん!

 

 完全に見守るモードに入っていた俺は、突然の指名にツッコむことすらできず口をパクパクさせる。い、いきなりなんだ!君さっき付いてくるだけで良いっていってたよなぁ!?

 

 一方真姫もその言葉は予想外だったのか目を丸くしている。

 

「ちょ、希!お前いきなり何を言ってんの!?」

「まぁまぁ、だって仕方無いやん?カードがそうしろって言ってるんやから」

「ああそうですか。じゃ、カードに死ねって言われたら死ぬんですね!」

「生徒から嫌われてる鬱陶しい先生みたいになっとるよ?」

 

 俺の一呼吸遅れた非難の言葉にも悪びれる様子もなくふわふわとした口調で答え、再び胸元からタロットカードを引き抜いてこちらに見せてくる。

 だからどこしまってんの、それ。

 

「実際、真姫ちゃんの相談相手としては適任やとおもうけどなぁ?ね?」

「うぅ……」

 

 希の目配せに対して真姫は予想に反し、肯定ともとれる悔しそうな声を上げた。

 

 

 な、なんでやねん!おかしいやろ!

 

 

 動揺のあまり何のひねりもないベタベタなツッコミを二度も披露することになるという痛恨のミスを犯しながらもなんとか事態を理解しようと頭をフル回転させる。

 ち、ちょっとまて。適任?俺が?そもそも俺は真姫のこと全然知らないし、それは真姫も同じじゃないのか?

 

 真姫は俯いていた頭をあげ、意を決したように俺の方を見つめ、その形の良い唇を小さく動かした。

 

 

 

「アナタは覚えてないかもしれないけれど。私、古雪……さんのこと知ってるわ」

 

 

 

 ただでさえ疑問だらけのこの状況が、続いた彼女のこの言葉でさらに混沌さを増すことになった。

 もっとも、事態が飲み込めていないのはどうやら俺だけらしいけれど。

 

 

 

 

 

 

 


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