ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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少し時間が出来たので手早く更新を。
今回の話は蛇足だと思われる方もいるかもしれませんが、いわゆる受験というものを経験してきた私としてはどうしてもスルーして進めることが出来なかった部分でありまして^^;
暖かく見守って頂けると幸いです。

では、どうぞ


第十九話 葛藤

 私、西木野真姫のパパとママは共に医者だ。両親だけでなくおじいちゃん達もそうだったらしい。おじいちゃんの代に作られた西木野病院を今はパパとママが力を合わせて守っている。

 大病院、というほどではないが地域に根差した信頼の厚い医療機関だ。パパ、ママ、そして私自身の意志で私も医者を目指して日々努力している。

 

 小さいころからたくさん勉強させられてきたし、もちろんそのことが嫌だった時もあったがなにより彼らを尊敬しているし、私もそうなりたいと思っていたので別に苦ではなかった。

 

 ただ。ただ一つ後悔があるとすればあまり【遊び】という経験をしなかったせいで、気付いた時には友達付き合いがとても下手になってしまっていたことくらいかな?

 まぁ、別に気になんてしていないんだけど。

 ほ、本当よ!負け惜しみなんかじゃないわ!

 

 

 こんな私だから別に男の子には対して興味など持っていなかった。同級生はみんな子供だし、変に格好つけたり私の勉強の邪魔をしてくる人たちばかりだったから。

 だからこそ特に高校にこだわりのなかった私は、勉強に集中できそうな由緒正しい女子高。音ノ木坂学院に進学したのだ。まさか廃校の危機に瀕していたとは思いもしなかったけれど。

 

 

 そんな私が唯一興味を持った男の子。それが『古雪海菜』だった。

 

 誤解の無いように言っておくと、同年代の女の子がいう《興味のある男の子》。つまり恋愛感情云々の話ではないことは断っておくわ。

 

 

 私が彼を知ったのは中学校に入学して少し経った位の事。通っていた塾の三年生の全国模試の成績優秀者一覧の張り出しに名前が載っているのを見たのが初めだったと思う。少し珍しい名前だったのと、それからも時折名前が張り出されているのを見て覚えてしまったのだろう。

 

 かなり大手の塾だったのでそういった類に名前が出る、というのはかなり凄いことだったのよ。

 私自身そこに自分の名前が載ることを目標に頑張っていたし、純粋にすごい先輩もいるもんだなぁと中学一年生ながら感じていた。心のどこかで尊敬の念のようなものも抱いていたのかもしれない。実際目指していた先輩だった。

 

 

 

 もっとも学年も学校も違ったので当然会うこともないだろうと思っていたのだけど。

 世間というものは思った以上に狭いものだったらしい。

 

 

 たしかそれは中学校二年生の夏休みごろだったかしら。

 私はよく両親の経営する病院に学校帰り通っていた。というのも病院に行けばママの個室で勉強だって出来るし、なにより自分の夢である医者というものを肌で感じることが出来たからだ。

 整形外科をやっていたママが担当している病棟の方なら風邪とか移されちゃうしんぱいもないしね。

 

 ある日、いつものように病院へ行くと見慣れない高校生くらいの男の人が待合室で待っていた。まぁ病院だし見慣れないのは当たり前なんだけど……。

 自分で言うのもなんだが、西木野病院の評判はかなり良く基本的に順番を待たないと診察してもらうことは出来ない。そのため本やら子供用の遊び道具やらを一応準備していたの。基本的にトランプ等は退屈して仕方がない小学生の子達用に置いていたんだけど……。

 

 

 その男子高校生はそのトランプを使って全力で遊んでいた。

 

 そのあまりの一生懸命さから、もはや見世物みたいになっていたわね。

 待合室で待つ親子連れや中年の男性、おばあさんが固唾をのんで見守る中。それはもう見事なトランプタワーを真ん中の机の上に組み上げていたのだ。

 

「落ち着け……落ち着け海菜……」

 などと呟きながら。

 

 わずかな振動で大きく揺れる紙の塔。その頂上に最後のカードを置き終えた時、待合室全体に大きな拍手が鳴り響いた。

 

 いやいや!病院で何してんのよ!?

 

 彼は、ありがとー!ありがとー!と応援してくれていた数名の観客に笑顔で手を振る。そのまま順番が来たのか、呆れ顔の看護婦さんに引っ張って行かれてしまった。少し足を引きずっていたので捻挫でもしていたのかもしれない。

 

 少し引きつった表情の私の横を彼と看護婦さんが通り過ぎる時、意図せず彼らの会話の重要な部分をピンポイントで聞き取ってしまった。

 

「古雪さん、全く何してるんですが……」

「すみません、暇だったもので……」

 

 唖然としてまじまじと遠ざかっていく背中を見つめる

 あ……あの『古雪海菜』?

 

 初対面の人の名前を知ってガッカリしたのはそれが最初で最後の経験だった。

 この人が本当に私の尊敬していた先輩なの!?

 

 

 

***

 

「ママ!今日診察に来てた高校生の男の人の名前教えて!」

 

 その日の診察時間が終わり、閉院したのを見計らい仕事終わりのママに問いただす。ママは驚きからかぽかんと口を開けて私の方を見ていた。それはそうよね、こんなこと聞いたの初めてだもの。

 

「高校生?……えっと、古雪くんの事?」

「うぇえ、やっぱり聞き間違えじゃなかったのね……どこの高校かとか言ってた!?」

「たしか……○×高校のバスケ部だって言ってたかしら」

 

 ○×高校……間違いない。先月の模試の名前の横に書いてあった学校名と同じだ。

 じゃ、あんな人が私が目標にしていた人なの?

 

「どうしたの?まさか……一目惚れでもしたの?真姫?」

 

 ママは何とも言えない表情をしながらおそるおそるといった感じで聞いてくる。

 

 

「違うわよ!そんなわけないでしょ!」

 

 

***

 

 後日、どうやら古雪……さん。いや、古雪でいいわ。彼の足のけがはあまり良くなかったらしく再びここ、西木野病院にやって来ていた。

 あれから何度か通院してきているのだけれど……その度に余計な事をして帰っていく。

 

 二回目にやって来た時は待合室にいた子供に一体どこで練習してきたのか、トランプを使ったマジックを見せてあげていた。三回目に来た時観察していると、同じく待合室で人の良さそうな笑顔を浮かべる老夫婦の前で何やら落語のようなものを披露中。

 流石に皿回しをソファ前でやっていた時には看護婦さんに怒られてシュンとしていたけれど。たしか、金髪の可愛い彼女らしい女の人と一緒に来ていた時は少し大人しかったかしら?

 

 私はそんな彼の様子を見るたびに内心叫んでいた。

 

 

 あぁ!もう!なんなのよ!!

 

 

 当時の私はなぜか彼のそんな様子に腹が立ってたの。

 

 と、いうのも多分今思えばその時、勉強の方が上手くいってなかったからなのかもしれない。頭は悪い方ではないのだけれど、あまり満足のいく結果を出せていなかったのだ。

 もちろん一般の中学生から見たら十分すぎるくらい成績は良い方だったけれど。

 

 頭のいい人は私みたいに真面目で、不器用な人ばかりのハズ……そんな希望的な思い込みが私の中にあったのかもしれない。

 だからこそ楽しそうに初対面であるはずの誰かを巻き込んで楽しい空気を作り出している彼に嫉妬していたのかもしれない。『こういう人が天才って呼ばれるのね』なんてひがみ交じりに思ったり。

 

 

 新学期が始まったころ位からはどうやら怪我の方も完治したらしく彼を見かけることもなくなった。顔を少し忘れてしまうくらい時間がたったにも関わらず、相変わらず模試の成績優秀者の欄ではいつもその名前を見かけていたけれど。

 

 

 

 そして、本当に偶然私は高校入学直後、彼と再び出会うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

######

 

 

「……ということよ」

 

 真姫は一通りかいつまんで彼女が俺の事を知っていた理由を話してくれた。

 塾で名前だけ知っていたことと、病院での一部始終を見られていたこと。以上二点。

 

「古雪くん……病院でなにしてるの」

 

 希の呆れたような視線が痛い。

 

 

 ……。

 

 

 ぐああああああああ!!!!恥ずかしいぃい!!!!!

 

 こちとら一度きりの出会いって事で暇な時間楽しそうな事をやっていた訳で。まさかそれを見ていた子と再びあいまみえることになろうとは。若気の至りというかなんというか。道理でたまに誰かに睨み付けられてるような気はしてたんだよなぁ。ずっと看護婦さんだと思ってたけど。

 

 それにしてもまさか真姫があの病院の跡取り娘だったとは。

 世間って狭いな。もっとも、俺はもうバスケをやめてしまったので不慮の事故にでも合わない限り西木野先生の世話になることはないだろうけど。

 

「それで、君は俺に何を相談したいの?」

 

 まぁ、この子との出会い云々はひとまず置いておこう。二度と掘り返されないように、置いておくというよりかはどこか遠い場所に埋めてきた方がいいかもしれない。

 

 まぁ、おそらく勉強関連のことだろうな。

 俺自身は情けないことに血がダメだから医者になる気は毛頭ないのだが、知識として国立大学医学部の壁の大きさは熟知している。

 

 ひとつ気がかりなのはこの子が俺の事をまるで『天才』であるかのように思っている節があること位だろう。自分の一部だったバスケを捨てなきゃ結果が出せない程度の凡才しか持ち合わせていないのが現実なのだが。

 

 

 真姫は少し迷うような素振りを見せる。

 

「じゃ、ウチはそういうことで。バイトに戻るね」

「なっ!ちょ、希!?」

 

 成り行きを見守っていた希はそう言うと、箒片手にもといた場所へと帰ってしまった。

 え?本当に行っちゃったよあの子。

 

「……」

「……」

 

 急に二人取り残され、沈黙が続く。

 うぅ、別に俺から話しかける事なんてないしなぁ……。そう思いながら目の前の真姫を眺めていると、何やら決心した様子で顔を上げた。

 

 

「あの……正直に答えて欲しいんだけど。いい……ですか?」

「あぁ、俺の分かる範囲なら」

 

 うん、なんだか敬語を一生懸命捻り出してるあたり一応この子なりに気を使ってはいるのだろう。多分だけど。

 

 

「……部活と勉強の両立って、出来ますか?」

 

 

 おっと、思ったより素直な質問が来たな。

 でもシンプルながらとても重い問いだ。俺自身ずっと苦しんできた事だし。もちろん今も。

 

 まぁ、でもこの問いに対する答えは至極簡単。

 

 

「君に才能があるなら、出来るよ」

 

 

「……答えになってないわ!」

 

 俺のこの答えに睨み付けるように俺の目をまっすぐと見つめてくる。

 まぁ腹が立つのも仕方がないか。プライドの高い彼女がほとんど話したこともない男に頭を下げて質問をしたのにも関わらず、こんな答え方されたらそうなるだろうな。

 といっても実際問題その通りなんだから仕方ないだろ?

 

「だって試験なんて出来るか出来ないかの世界。つまり君に部活で時間を取られながらも勉強して結果を出せる才能があるなら両立は出来るし、もしその才能が無いなら両立は出来ない。俺は君の事よく知らないから何とも言えないわ。そもそもそんなことを人に聞く事態間違ってると思う」

「……」

 

 俺の少し厳しい言葉に唇を噛む真姫。

 言い過ぎ、ではない。おそらく真姫も今俺が言った言葉の意味をきちんと理解していると思う。態度が反発を示すものではないのが何よりの証拠だ。

 

 ここまでの話から、やっと彼女がμ’sに入る決心が出来ずにいた理由が分かった。そして何度も彼女たちの練習を見に来ていた理由も。

 

 きっと彼女の中で医学部に入りたいという夢と、μ’sの一員になりたいという想いがせめぎ合っていたのだろう。その二つの夢は両方叶えることが出来るのか。何度も練習を見て、彼女たちの本気さを確認して考え続けていたのだろう。

 

 

 すごい子だな。

 

 俺は素直に感心した。二個下の女の子がここまでいろんなことを考えているなんて。

 

 

 真姫はもう聞くことはない、とばかりに地面に置いていたスクールバックを肩にかける。

 しかし、このまま彼女を帰らせるわけにはいかない!

 

 今俺が言葉にしたのはあくまで当たり前の事実に過ぎないから。

 同じ悩みを抱えたことがあるからこそ、俺にしか紡げない言葉がある。

 

 

「俺は!」

 

 

 彼女は驚いたように再びこちらを向いた。

 

「俺は……君なら出来ると思うよ」

「……気休めならいらないわ」

 

 ばーか。そんなんじゃねぇよ。

 

 

「気休めなんかじゃない。だって俺は君と同じ悩みを抱えてた事があるから。

……でも多分俺はその問いにたどり着くのが遅すぎたんだと思う。二年生になって初めて今の君と同じことを考えてたんだからな。

 真姫はすでにその問いにたどり着いて、一生懸命答えを探そうともがいてる。

 

 

 俺は、……そうできること自体が【夢を二つ持つことの出来る才能】だと思うよ」

 

 

 別に真姫に対する同情や、μ’sには彼女の力が必要だ。などという打算的な理由でこんな事を言った訳ではない。これは本当に俺の、心からの言葉だ。

 

 真姫は真剣な表情で俺の話を聞いてくれていた。

 そして静かに目を瞑ってしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「アナタの伝えたかったことはちゃんと理解できた……と思う。おかげで、答え、出せそうな気がする。

 

 なんというか、相談して良かったわ。……ありがと」

 

 

 

 彼女は少し照れくさそうにしながらも、そう言って踵を返す。

 夕陽に照らされ、心なしかその表情は明るく輝いているかのように見えた気がした。

 

 

 

 

 

 


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