ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十話 いもうとたち

 学校の授業というのは往々にして退屈であることが多い。というのは全国の中高生、果ては大学生までの学生全員が一様に感じるいわゆる不変の真理というべきものだ。当然の事ながら俺もその例に漏れない一般学生である訳で。

 

 本来補習があるハズの午後四時過ぎ。俺は自分の部屋で優雅にティータイムと洒落込んでいた。もちろん毎回サボってる訳じゃないぞ!たまにはやる気の出ない日だってあるじゃんか。そういう日は自分の気持ちに正直になった方が勉強の効率だっていい。

 ……お、おかんには内緒だけどね。

 

 ミルクと砂糖を少量ずつ入れたコーヒーを時折小さく音をたててすすりながら今日も今日とて受験勉強を進めていた。

 うぅ、この問題分かんないなあ。確か少し前、ノートに解法をまとめていたような。

 

「えっと、数学のノートは……あれ?」

 

 ない、……ない。

 どこに置いたかなぁ?などと呟きつつ参考書やらプリント類やらでごった返している机の上を引っ掻き回す。しかし目当てのものは中々見つからない。こういう時きちんと机の上を整理しておけば良かったな、などと反省するのだけれど。結局やらずに放置してしまっていたおかげで、後悔する羽目になっていた。

 

 いやいや、反省は後で良い。とりあえずどこに置いたか記憶を遡らないと。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……あ。思い出した。

 そういえばこの間家に来て一緒に勉強してた絵里に貸したんだっけ。借りたノートをしばらく返さないなんてあの超が付く真面目な彼女にしては珍しい。

 生徒会の方も忙しそうだったようなので、それが理由で返しそびれたのだろう。

 

「仕方ない取りに行くか」

 

 そう言って俺は立ち上がった。

 

 

***

 

 

 ピーンポーン

 

 絵里宅のインターホンの音がドアの外にいる俺のところまでかすかに届く。そういえば絵里の家に来るのは久しぶりだな。基本的に絵里がウチに来て勉強したり飯食ったりすることが多いのでこのような逆パターンは少し珍しい。

 この時間だと絵里はまだ学校だろう。亜里沙ちゃんなら多分帰ってると思うんだけど……。出来るだけ早いところ疑問は解決しておきたいので誰か居てくれたら嬉しいな。

 そんな俺の願いが通じたのかパタパタと階段を駆け下りる軽快な足音が聞こえてきた。

 

『どなたですかー?』

 

 聞き慣れたどこかくすぐったい鼻にかかる可愛らしい声がドアの横に備え付けられたスピーカーを通して耳に届く。やっぱり居てくれたみたいだな。

 

「よ、海菜だよ」

『!すぐ開けるね!』

 

 ガチャリ

 

 俺がそう答えてすぐ内側から鍵の外れる音がした。うんうん、ちゃんと防犯対策出来ているのはいいことだ。物騒な世の中だし本当用心するに越したことはない。

 そんなことを考えながらドアノブに手をかけ、開いた。

 

「おにいちゃんっ!!」

 

 瞬間、響く可憐な声と胸あたりに感じる軽い衝撃。

 俺はいつものように彼女を抱きとめる。

 

「亜里沙ちゃん久しぶり」

「うん!久しぶり!アリサ待ってたんだよ?おにいちゃんが遊びに来てくれるの」

 

 しっかりと俺の腰に手を回し、ぎゅっと抱き付きながらも顔だけ上げてこちらを少し不満のこもった目で見てくる亜里沙ちゃん。姉の絵里と違ってまだまだ子供らしさの残った幼い顔立ちをしている。相変わらず可愛い子だなぁ!!

 ……もちろん守備範囲外ではあるけどな。まだ中学生だし、俺ロリコンじゃないし。おっきいおっぱい好きだし。

 

 姉譲りの白い肌に整った目鼻立ち。それでいてまるで子犬のような愛くるしさ。

 絵里のように噛みついてくることもないいわゆる正真正銘無害な小動物。

 思わずその白銀色の美しい髪の毛に手を伸ばし、こしこしと撫でてしまった俺の気持ちも汲み取って欲しい。

 

「♪」

 

 亜里沙ちゃんも気持ちよさそうに目を細め、胸に顔をうずめて来た。もっと、もっと。とでも言うように額をすりすりと胸元にこすりつけてくる。

 か、母さん!この子うちで飼ってもいいかな!?

 

 あまりの幸福感からちょっと泣きそうになりながら亜里沙ちゃんを愛でていると、ふと耳に入る足音。どうやら誰かが階段を下りてきているようだ。一体誰だろう。

 

「海菜さん、亜里沙!なにしてるの!?」

 

 一階にたどり着くと同時に俺たちの姿を確認。驚きの声を上げるその人影。

 

「雪穂ちゃん来てたんだ」

「あ、雪穂。何って、撫でて貰ってるだけだよ?」

「はぁ……少し慣れてきましたけど……。見てるこっちが恥ずかしいので早く離れてください!」

 

 どうやら遊びに来ていたらしい雪穂ちゃんは顔を朱に染めながら俺達に早く離れるよう指示をする。なんだよー、折角気持ちよく愛でてたのに……。

 

「会った瞬間抱き付いたり撫でたりなんて普通じゃないですよ!?」

「いや、普通に妹を愛でてるだけなんだが」

「私も普通におにいちゃんに甘えてるだけだけど」

「うぅ……」

 

 まるで常識であるかのように言う俺達二人の様子に二の句が継げず、少し恨めしげに俺の方をジトッと見つめてくる雪穂。亜里沙ちゃんはそんな親友の様子に心底不思議そうな顔をして、言われた通り俺から離れ雪穂ちゃんの方へ近づいた。

 

「?雪穂、交代して欲しかったの?」

「っ!!ち、違うよ!!」

 

 そりゃまぁ違うだろうなぁ。彼女の自由な発想に少し苦笑してしまう。

 亜里沙ちゃんの突拍子のない一言に、驚きからか再び顔を真っ赤にしながら懸命に否定する雪穂。俺もあくまで長い付き合いのこの子だからこそ気兼ねなく今みたいなことができる訳で、さすがに雪穂ちゃんに同じことする度胸はない。

 

「と、ところで。海菜さんはどうして亜里沙の家に?」

「えっと、絵里に貸してたノートの回収に来ただけだよ」

 

 慌てた様子で話をそらす彼女の質問。そういえばなにも説明していなかったな。

 

「えー?アリサ達と遊んでくれるんじゃないの?」

「遊んでって、亜里沙。今日は勉強するんでしょ……」

 

 この子達も今年は受験生。来年には受験を控える身だからな。どうやら二人で勉強会か何かを開いていたのだろう。……この様子だと雪穂ちゃん苦労してそうだけど。

 

「じゃあおにいちゃん、すぐ帰っちゃうの?」

 

 そんなことを言いながら瞳を潤ませ、すがりつくような視線を送ってくる亜里沙ちゃん。ぐぬぬ……。ここ最近はお互い忙しくて会う機会が無かったのでもちろん俺もゆっくり話でもしたいとは思ってはいるのだけれど。

 ああ、でも彼女たちの邪魔するわけにもいかないし。……そんなことを考えていると、様子を見かねた雪穂ちゃんが助け舟を出してくれた。

 

「私、穂むらのまんじゅうお土産に持ってきたので海菜さんも一緒にどうですか?少しくらいなら休憩しても大丈夫ですし。あ、海菜さんがよければですけど……」

「それじゃ、お言葉に甘えてごちそうになろうかな」

 

 まったく、出来た子だ。俺なんか絢瀬家にお土産なんてほとんど持って行ったことなんかないのに。この10年間で持って行ったお土産といえば、新しく仕入れたホラー映画やら心霊写真くらいだ。

 

 

 

 ……基本的に絵里の部屋にそっと置いて帰るだけなんだけどね。

 

 

 

***

 

「本当に仲良しですね、二人とも……」

 

 雪穂ちゃんは感嘆とも呆れともとれるような微妙な表情で俺と、嬉しそうににこにこと笑いながら体を俺にあずける亜里沙ちゃんを眺めながら口を開いた。

 

「えへへ、まあね」

「付き合いも長いしな」

 

 そもそもの彼女の性格が人懐っこいものだったことや、姉の絵里と仲良くしていたこともあり亜里沙ちゃんとはまるで本当の兄妹のように仲が良い。もっとも本当の兄妹がどんなものなのか知りはしないのだが、俺としてはおにいちゃんおにいちゃんと慕ってくれる妹分が出来たのはとてつもなく嬉しいことでありまして。

 なんというか……こうしているだけで全身の疲れがとれていくようだ。

 

「お姉ちゃんがいる時におにいちゃんにあんまりくっつきすぎると少し怒られちゃうんだけど……今はいないから気にしなくていいし。アリサ幸せだよ~」

 

 そんなことを言いながら雪穂ちゃんのもってきてくれたまんじゅうを頬張り、ハラショーとこぼす彼女。絵里もこの子の事をかなり可愛がっているため、俺があんまり亜里沙ちゃんと仲良くし過ぎると少し不機嫌になってしまうのだ。

 

「絵里さんだったよね?亜里沙のお姉ちゃん。一度会ってみたいなぁ」

「絵里は今ちょっと忙しそうだからなぁ。そういえば穂乃果は元気してる?」

「はい!元気すぎて困ってる位です。μ’sのメンバーがまた増えて六人になったらしくて毎日楽しそうに練習いってますよ」

 

 へえ、順調に練習進めているみたいだな。六人ってことは多分真姫も無事決心して参加したのだろう。彼女にはほんとに頑張ってほしい。

 

「みゅーず?」

 

 俺たちの会話を黙って聞いていた亜里沙ちゃんは、初めて聞いたであろう『μ’s』という単語をたどたどしくリピートし、一体それは何?とでもいいたげな表情で雪穂ちゃんを見た。一応この間投稿した動画は着々と伸びてはいるが、さすがにまだ一介の中学生に認知されるほど彼女たちの知名度は上がってないのだろう。

 

「えっとね……わたしのお姉ちゃんとその友達がスクールアイドルとして活動してるの。動画あるけど見る?」

「わぁー、すごい!見る見る!」

 

 

 ピピピピ

 

 仲良く小さなスマホの画面をのぞき込む二人を微笑ましく思っていると、唐突に俺のスマホに着信が入った。音に気が付いてこちらを見る二人にそのまま見ていていいから、と合図を送り、画面を見ると『南ことり』の文字。

 

 あの子が俺に電話をかけてくるなんて珍しい事もあるものだなぁ。何かあったのだろうか?色々と疑問も湧いてきたがとりあえず部屋を出て、通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

『あっ、もしもし。ことりです』

 

 久しぶりにきく頭の奥まで届くような甘い声。緊張しているのか少し声が震えているのが気にはなるけれど……別に恐がらなくてもいいのにね?

 

「うん、久しぶり。どうかした?」

『はい、えっと、実は少し会ってお話したくて……』

 

 一体何の用かと思えば話がしたいとは。しかも直接会って……。ますます分からなくなったぞ?別に俺この子に変な事したことないから嫌われてはないだろうとは思う。同時にそれほど話とかした訳ではないので仲良くもないだろうけど。

 

 ……。

 

 え、マジでなんだろう。

 とりあえず会うだけ会ってみようか。口ぶりから割と大事な用事みたいだし。

 

「いいよ。今時間あるしどこか行こうか?」

『はい、じゃあ駅前の喫茶店にいるのですみませんが来ていただけますか?』

「はいはい。りょーかい」

『お手数かけさせてごめんなさい……』

「全然大丈夫だよ。それじゃまた後で」

 

 そう言い残して通話を終了し、そのまま部屋に戻った。するとなにやら亜里沙ちゃんが興奮気味にすごいすごーい!と手を叩いていた。……どうやらμ’sのライブがかなりお気に召したらしいな。

どうかしましたか?と俺に聞く二人に、用事が出来たので帰る旨を伝える。

 

 もう少しくらいゆっくりしたかったけど仕方ないかな。

 

 

***

 

「かいなさーん!こっちです!」

 

 目的地に着き、キョロキョロとことりを探して店内を見渡しているとこちらに手を振る彼女が目に入り、ゆっくりとそちらに歩いていく。

 

「お久しぶりです、海菜さん」

「わざわざきてくださってありがとうございます」

 

 そう丁寧にあいさつしてくれたのは海未と、そしてことり。どうやら今日は穂乃果はいないらしいな。姿が見当たらないし、あの子なら多分居たら目立つだろうからな。

 

「久しぶり。別にいいよ、最近練習はどう?順調?」

「はい!まだまだ実力不足ですけど新しく入った真姫と一緒に六人全員で頑張っています」

「そかそか」

 

 人付き合い苦手そうなあの子も何とかうまくやれてるらしいな。まぁ、見たところ本当にいい子達ばかりだしほとんど心配はしていなかったけれど。……早速だけど世間話はやめて本題に入ろうか。

 

「それで、……俺としたい話って何?」

「えっと、それは……。詳しくはことりから聞いてください」

 

 そう言って海未は隣に座ることりの方を向いて話を促す。

 いつもにこにこと笑顔を浮かべていることりが今回は珍しく、すこしばかり困ったような表情をしていた。んー、どうやら良い話でないことは確からしい。

 

「実はですね……あの、えっと、確証はないんですけど」

 

 胸の前で手を合わせながら歯切れ悪く言葉をつないでいくことり。

 

「最近練習中よく視線を感じるんです」

「視線……?」

 

 それってまさか……。

 俺の頭の中であまり良くない予想がたってしまった。そして彼女の口から続けられるその予想を裏付ける一言。

 

 

 

「はい。私たちに……ストーカーがついているかもしれません」

 

 

 

 

 

 


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