「ストーカー!?」
ことりの口から飛び出した物騒なワードに思わず大きな声が出てしまう。ま、マジか……それは割とシャレにならない話だな。たしかにアイドルグループを結成しているだけあって、この子達皆可愛いからありえないことではない。
ただ知名度は正直まだそんなにないから悪質なファン……という訳ではないと思うけれど。
「それはまた……深刻な話だな。いつごろからそう思い始めたの?」
「はい。なんとなく私が視線を感じ始めたのは……ここ最近の事です」
神妙な顔で言葉を返すことり。
最近ね……。
まさかとは思うけど。
「えっと、真姫の事じゃないよな?」
「真姫?なぜ彼女の話が出てくるのです?」
俺の素朴な疑問に対し、きょとんとした様子で海未が答える。あの子ここ最近までストーカー紛いの事やってたからなぁ。もしかしてそれが原因だったりしないだろうかと思ったんだけど……。
「真姫ちゃんが加入した頃くらいからなのでそれはないと思うんですけど……」
どうやら違ったらしい。まあアレはストーカーというよりへったくそな覗き魔だったけどな。修学旅行で女子風呂覗きに行く中学生でもあれよりもっと上手くやるだろう。
うーん、彼女じゃないとしたらより厄介な話になるなぁ。
「こういう相談できる男の人が海菜さんしかいなくて……」
ことりは申し訳なさそうに上目づかいで俺の方を見る。まぁ、確かに女子高だとなかなか男の知り合いは出来ないだろうけど……。だからこそ俺に白羽の矢がたったのだろう。
「いや、でも。相談ならそれこそ学校の先生とか親とかにした方がいいんじゃないの?やっぱり事件が起きてからじゃ遅いし……」
「そうなんですけど、一度だけ姿を見かけたことがあって……どうやら女の子みたいなんです」
「女の子??」
それはまた予想外だ。てっきり可愛い子狙いのキモオタクソファッ○ン男がはた迷惑なストーキング行為を行っているのかと思っていたのに、まさか犯人が女だとは。
無論女だからと言って安心できる訳ではないけれど。
「はい。かなり小柄な感じの人で、サングラスをかけていたので顔は分からないんですけど」
「そっか……でも、同性でも危険なことは危険だからなぁ」
ここまで話を聞く限り正体不明の女が何かしらの目的で彼女たちに近づいているのは間違いないようだ。だとしたら何か事が起こる前に、警察かなにかにでもお世話になる方がいい気がする。
「たしかにそうなんですけど、少し気になることがあるんです」
「気になること?」
「はい。ストーカーとは言ったんですけど。視線を感じるのは朝の練習中だけで、例えば皆で帰ったりご飯食べたりしている時は全く変な感じはしないんです」
ことりは少しいぶかしげにその形の良い眉をひそめ、不思議そうにこぼす。それに賛同するように海未も再び話し始めた。
「常に視線を感じるようなら流石に警察に連絡をしようと思ってたんですが、なんとなくただの変質者……といった感じがしなくて」
朝の練習にだけ出没するストーカーかぁ……。まぁ確かにメンバーのうちの誰かを狙ってるならわざわざそんな妙な動き方はしないだろうな。だとしたら一体どんな目的を持った人間の仕業なのだろうか。
おそらくそれが彼女達にも分からなくて俺に相談を持ち掛けてきたのだろう。……と、言っても俺にも皆目見当がつかないのだが。残念ながら助言のしようがない。
「へぇ。それはたしかに妙な話だな」
「はい、そこでお願いがあるんです」
「お願い?」
あれ?もしかしてアドバイスが欲しかったりしてただけじゃないの?
少しずつ俺の中の面倒事察知システムのエンジンがかかり始める。
若干の警戒心を抱きつつ、ことりの様子をうかがうと彼女は神妙な面持ちで顔を伏せ、唇を引き結びながら胸の前で手を合わせて握りこんだ。一体何を言うつもりだろうか。この予備動作はどこかで見たことがあるような気がするけど……嫌な予感が全身を駆け巡る。
ことりはまるでシスターのように拳を握ったままの体勢で顔を上げた。たっぷりと湿り気を帯びた艶やかな瞳、ほのかに紅潮する頬。その世の男誰もが見ただけでノックアウトされてしまうような表情のまま、ことりは口を開いた。
「明日、朝の練習見に来てくれませんか?」
だあぁ!!嫌だっつの!!!
聞いた感じ別に彼女らに害はあんまりなさそうだし、なにより早起きしてあのアホほど長い階段を登るなんて面倒くさすぎる。ただでさえ毎日絵里やおかんに叩き起こされるまでベットで初代ポ○モンのカビ○ンよろしく爆睡こき続ける俺なのに……。
笛じゃなくて鉄拳制裁くらう部分はゲームと現実の差を感じるが。
……。
「わかりました」
めまぐるしく拒否の言葉が飛び交う脳内とは別に、俺の口が無意識のうちに紡ぎ出したのはこれ以上ない許可を表す一言であった。
要注意人物だな、南ことり。
***
翌朝。結局流されるままに彼女たちの練習を見に行く羽目になった俺は息を切らしながら神田明神への階段を登っていた。あんまり団体でこの坂を上り続けてしまうと、あまりの辛さから解団してしまうのではないだろうか。
……階段だけに。
ゲホッゲホッ。
うぅ、つらい。
彼女たちの頼み事は、練習を見るという名目で来てもらい、ストーカーが現れた所を捕まえるか話をつけて欲しいというものだった。まぁ相手は女らしいし多分大丈夫だろう。
一応他のメンバーには秘密にしておいて欲しいとのことだ。あまり不安を煽りすぎるのはよくないし知らずに済むならそれに越したことはないしな。
そんなことを考えながら階段を登り終えるとそこにはすでにμ’sの六人が勢ぞろいして準備体操を始めていた。おそらく俺が来ることは知らされてなかったのだろう、ことりと海未を覗く四人は呆気にとられた様子でこちらを見ていた。
「か、海菜さん!?」
いち早く俺の姿を確認して大きな声を上げる穂乃果。相変わらず元気そうで何よりだ。
「かいな先輩だにゃー!」
「海菜先輩ぃ!?」
語尾だけで区別がつく一回生達。
「古雪!?『あぁ?』……さん」
西木野真姫……今日も今日とて失礼な奴である。
四人それぞれが個性的なリアクションを示す中軽く手をあげて挨拶をしていると、海未が一歩前に出て全員に注目を促した。ことりは俺の方をむいて笑顔で会釈をしてくれる。
「今日は一度六人に増えた私たちのコンビネーションを海菜さんに見てもらおうと思って来ていただきました!朝はあまり時間が無いので集中していきましょう」
「みんな久しぶり、感謝しろよ後輩ども、おら」
「海菜さんそのためにわざわざ来てくれたんですか!?ありがとうございます!」
海未の言葉に対し、素直に感謝の言葉を送ってくれる穂乃果。底抜けに明るくて少しぬけているところはあるけど、意外に上下関係等しっかりしてる礼儀正しい子だと思う。
「よーっし、気合入れていっくにゃー!」
寝起きの俺の鼓膜を語尾に特徴のある女子高生の放つ高周期の波が大きく揺らす。
凛、朝っぱらからよくそのテンションで跳ね回れるよね。
「か、海菜さんに見られるなんて……恥ずかしいですぅ」
そういえば海未も似たようなこと言ってた頃があったなぁ。
初々しくて可愛らしい。スクールアイドルとしてはどうかと思うが。
「あんまりジロジロ見ないでよね……」
(#^ω^)
***
♪♪♪
日本古来の面影を残す朝の境内にいかにも現代風のキャッチ-な音楽が鳴り響く。もっとも近隣の迷惑を考えて出来るだけ音量は絞っているみたいではあるが。音楽に関しては本当にドが付く素人なので偉そうなことは言えないけれど、すごくいい曲だと思う。
肝心のダンスだが……
「真姫!腕まくりはダンス前に終わらせてろよ、腕あげるのサボってるのバレバレだぞ!巻くのはその左右のクルクルだけで十分だっつの!」
「ぜぇっ……うるさいわね!分かってるわよ!」
「口開く暇があったら手の平開け!指先まで意識しろやぼけぇ!ばーか、ばーか!」
ダンスにおいても、勿論知識など持ち合わせていないので特にすることもなくそれっぽい表情で見守ってお茶を濁そうと思っていたのだが。意外に見ていれば気になる点は見つかるものらしい。
六人全員で踊っているおかげで一人がミスをするとそのメンバーが幸か不幸かかなり目立つ。それに加えて俺自身バスケで鍛えた観察眼があるので、自然に稼働してない体の部位やスタミナの状態は正確に見抜けるのだ。
というわけで、μ’sメンバー全員を絶賛しごき中である。
動機の半分は早起きさせられた八つ当たりだけどね。てへりんこ。
ちなみにもう半分は堂々と後輩の女の子をしごける快感である。特に生意気な真姫をこれだけいじれる機会は今日ぐらいしかないからな。
なんだろうこの気持ち、体の芯からゾクゾクする……。
たまには練習見てやってもいいかもしれない。
「穂乃果!今のステップ絡まりかけただろ!練習不足だぞ!絡めるのは穂むらのみたらし団子の黒蜜だけでいいからな!」
「はいっ!」
おお、いい返事だなぁ。
なんでだろう。ちょっと、つまんない。
もちろん練習を見つつもストーカー(仮)がいつ現れてもいいように神経を尖らせている。
練習中の彼女たちの方だが、一曲終わると海未と穂乃果以外はへたり込んでしまった。ことりは座り込まないものの膝に手をあててしんどそうにはぁはぁと息を吐いている。
さすがに体力面では、地道に一か月ちょい練習を続けてきた年長組に軍配が上がるようだ。技術面では……凛の動きに才能を感じる。おそらく自分の体の動かし方を感覚的に理解しているのだろう。若干柔軟性に難があるようなので、そこを改善すればもっと違和感なく体を動かせるようになるはずだ。
「凛、語尾でにゃーにゃーつけるならもっと体柔らかくした方がいいぞ」
「はい!分かりましたけど……なんか釈然としないにゃー」
一応アドバイスはしておいた。今は無理でもいつか上達速度が落ちてきたとき思い出すだろう。
対して花陽あたりはあまり運動神経がいいほうではないようだ。しかし彼女なりに一生懸命練習しているのだろう。タイミングが遅れたりするものの、動きの細部まできちんと意識して踊れている。この調子で頑張ってほしい。
「花陽は頑張れ!応援してる」
そう声をかけながら座り込んで肩で息をする花陽の頭を撫でてやる。よしよし。
花陽は返事を返す余裕もないのか疲れから頬を赤らめてコクコクと頷いた。
「ちょっと!」
「どうした?」
「私とぜんぜん態度ちがうじゃない!」
一体何が不満だったのだろう?はなはだ疑問ではあるが、真姫が額に縦皺を寄せて露骨な不機嫌顔で地面に手をついて立ち上がり、俺の方へ近づいて来た。
「いや、その……俺は花陽の事は可愛がってやろうと思ってるから。それに君に厳しいのは愛ゆえだぞ」
「なっ……。そんなの贔屓じゃない!それにとてもじゃないけどアンタの練習を見てる時の顔、愛に溢れた表情じゃなかったわよ」
「どんな表情だった?」
「えっと……一言でいうなら『邪悪』」
真姫の言葉に海未やことりがうんうんと頷く。
確かにこの子達の練習を見て言いたい放題ヤジ飛ばしまくるのすごく楽しかったけど……そんな顔してたかなぁ?ちょっと反省せねば。
なぜか穂乃果だけはそうかな?と小首をかしげている。
「穂乃果はそうは思わないんだけどなぁ……。海菜さん!よかったらこれからも私たちの練習見てくれませんか!?」
「ごめんけど、それはちょっと遠慮したいかな。勉強もあるし」
「そうですか……」
彼女は軽い感じではあるものの、少しだけ真剣な表情でそう打診する。
そう申し出てくれるのは俺を信頼してくれてる証なのでもちろん嬉しいけど……流石にそこまでする義理はないからな。たまになら別に構わないんだけどね。
パンパン
メンバー全員がある程度回復したのを確認して海未が手を叩いた。
「それでは、もう一度いきますよ!」
♪♪♪
彼女の合図と共に立ち上がり、音楽に合わせて踊り始めるμ’s一同。
その様子を確認し、ふと顔を動かさず眼球だけを動かして彼女達からは死角になっている柱の方を眺めたその時。
怪しい影が目に入った。
なるほど。アイツか!!!
瞬間。俺はその小さな人影に向かって走り出した。
事情を知らない彼女達へのフォローは……、うん。海未とことりに任せよう。