ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十二話 ちいさな嵐

 

 柱の向こうにこちらを伺う怪しい影を発見したその瞬間、俺はすぐに走り出した。逃げられたら面倒だしな。ただ一つ心配事があるとすれば不意に原因不明の、やけに見事なスタートダッシュを切った先輩の事を彼女達がどう思うかだが……。

 

 海未、ことり頼んだぞ!

 いや、ホント。

 

 

 頭の端でそのような事を考えながら対象物との距離を一気に詰めると、次第に相手の姿があらわになって来た。小柄な体躯を覆い隠すような大きな季節外れのコート、顔全体を覆い隠さんばかりの大きなサングラス。その服装に記憶の一部を刺激されるものの、かなりの速度で走る俺には記憶をさかのぼる暇はない。

 あやしい影は俺が近づいてきたのに気付き、ツインテールを揺らしながら慌てた様子で背を向けて走り出す。くっそ、逃げんな鬱陶しい!こちとら部活やめて一年たって体力落ちるところまで落ちてるんだよ……。

 

 大声で呼びかけるほどの余裕もなく、若干もつれそうになる足を必死に動かして後を追う。背格好と聞いてた話からやっぱり女の子みたいだけど、かなり機敏な動きするなぁ。

 出来れば早めにつかまって欲しいのだが。

 

 

 朝っぱらからグラサン女と仲良くお寺の境内で鬼ごっこする趣味は無いので、ボールスティ-ル後の速攻よろしく一気にスピードを上げて距離を詰める。

 

 そのまま懸命に重そうなコートをはためかせながら逃げようとする彼女の腕をつかみ、引き寄せた。

 

「ちょっと、なによ!なんなの!」

「うっさい!いいから大人しくしろっつの!」

 

 お互いにぜぇぜぇと息を切らしながら揉み合う。

 

 

 ヒイッ!このやろっ!どこ蹴ろうとしてやがる!!お前は女だからわかんないかもしれないけどち○こは男にとっちゃ最重要部位だぞ!!!

 

 なんならどさくさに紛れて胸でも触ってやろうか。

 

 そんなアイデアが浮かび、少し気が緩んだその瞬間。緊張感をはらんだ短距離ダッシュで疲れ切った俺の足に彼女の足が絡まった。

 

 

 ……え?ちょ!これはヤバい

 

 

 これ、転ぶな。なぜか他人事のように思いつつ相手の様子を伺う。

 彼女の方もスタミナに限界が来ていたのだろう。バランスを崩し始めた自らの体を、もとに戻すことが出来ないでいた。

 このままじゃこの子の方が背中で着地することになるな。

 

「きゃっ」

 

 小さな悲鳴。

 

 流石にこの体勢からでは大人しく転ぶしかないので下手に動かず彼女を抱き寄せ、その後ろ頭に手をあてる。変な所打たれて怪我でもされたら厄介だし……。

 

 ドサッ

 

 砂利の上に二人まとめて転がる。しかし、ある程度綺麗にこけたので怪我などはお互いしていないだろう。成り行き上、下敷きにしてしまったストーカー(女)をせっかくのチャンスなのでそのまま押さえつけ、驚いた様子で縮こまっていた彼女のサングラスを取り払った。

 

 

「……」

「……」

 

 

 たっぷりと時間をかけて見つめあう。俺の目に映るのは、赤みがかった大きな瞳によく手入れされた長いまつ毛。……記憶に新しい気の強そうな、いや。むしろ生意気そうな表情。

 

「お前……にこか?」

「あんた……古雪?」

 

 互いに無言の肯定。

 

 いやー、道理でこの服装に見覚えがあった訳だ。にこのほうもおそらく、あの場に来たばかりで遠目からは俺が一体誰だったのか分からなかったのだろう。

 

「……」

「……」

 

 お互いに続ける言葉がなく、沈黙だけが二人の間を支配した。

 転んでしまった時の体勢のまま鼻と鼻とがくっつきそうなほどの至近距離で見つめ合う。まるでキスでもするのかといった距離感だが、俺もにこも絶賛混乱中で照れる暇も怒る暇もなかった。

 

 

 ストーカーの正体は矢澤にこ。……でもなんで?

 

 

 二人のあいだに流れるその静寂を破ったのは聞き覚えのある声だった。

 

 

 

「古雪くん、にこっち……。こんなところでなにしてるん?」

 

 

 

***

 

 

「希?」

「なんで希がココに!?」

 

 今日この子バイトの日だったのか……朝からご苦労なことだ。

にこに覆いかぶさって彼女の頭の下に手の平を入れた体制のまま顔を上げ、彼女の顔を見上げると……なぜかすごく不機嫌そうな顔をしていた。

 希は竹箒を抱えたまま眉間に皺を寄せ、ジトッとした目線でこちらを見てきている。彼女にしては珍しい表情で俺は少し面食らってしまった。

 

 うぅ……なにか怒らせるようなことしたかな?

 

「私はここでバイトやけど……それは私の台詞や!二人とも神聖な神社で何しようとしてたん!?」

 

 そう言いながら頬を赤く染める希。

 

 何をしようとって……。一連の話の流れを伝えようと口を開こうとしたその時、やっと俺達が今どこにいるのかという事に気が付く。

 俺とにこが転がっていたのは神社の本殿の丁度裏側に当たる位置であり、いわゆる人の目には触れにくい影になった薄暗い場所であった。そのような怪しげな位置で大の男一人が、格好に違和感はあるものの女の子一人を押し倒しているのだ。

 それに加えて間の悪いことに希に見つかったのはお互い至近距離で見つめ合っていたその瞬間だったようで。

 

 つまりは……そういう勘違いをしているのだろう。

 

 いや、かなり可愛い女の子ではあるとはいえ間違ってもこんなちんちくりんを押し倒そうとは思わないからな!

 

「古雪くん、最低や!エリチだっているのに!……それに私だって」

 

 すこし興奮気味にぷんすか怒りながら口を開く希。後半急に声が小さくなったのでうまく聞き取れなかったが、……それについて聞き直すよりも誤解を早く解いてしまわなければ。

 そう思い、必死に弁明する。

 

「ちょ、希!誤解だ!別に俺達はやましいことをしてた訳じゃ……」

「そ、そうよ!……というか古雪、はやくそこからどきなさいよ!」

 

 にこも自分が置かれている状況に気が付いたのか焦った様子で思い出したように暴れはじめる。くっそ、そもそもお前が大人しく捕まってりゃこんなことにならなかったんだからな!

 

「本当に?」

 

 立ち上がってぱんぱんと服に着いた砂をはらう俺達を見ながらあまり納得のいってなさそうな顔で確認する希。

 

「ホントだっつの!誰がこんなガキンチョと×××するか!」

「誰がガキンチョよ!てか朝っぱらからなんて単語大声で叫んでるのよアンタは!」

「朝っぱらからグラサンコートで神社に現れるお前にだけは言われたくないけどな!あとガキンチョかどうかはよく胸に手を当てて考えてみろ。ちゃんと両手を両胸に当てるんだぞ。もっとも当てる胸があるかどうかは疑問だがな!」

「アンタとの会話。最初から最後まで録音すれば裁判の一つや二つ、起こせそうな気がするわ……」

「あぁそうですか。……残念ながら、君を押し倒しても俺の○○○は起きないけどね」

「……」

 

 ビュッという風切音と共に襲い来る唐突な無言の蹴り。

 こ、このやろう……狙ってやがる!

 

「なんで避けるのよ!」

「避けるに決まってるだろアホか!」

 

 この女、相変わらず無茶苦茶だわ。

 

 いつまでもギャイギャイと不毛な言い争いを続ける俺達をみかねたのか誤解は一応解けたのだろう、希が今度は呆れ顔で口を開いた。

 

「それで、二人は何してたん?ちゃんと説明してくれる?」

「説明って言われても……おい、にこ。お前一体何してたの?」

「何って……お参りよお参り。神社に来る理由なんてそれくらいしかないでしょ」

 

 露骨に視線を明後日の方向に飛ばしながらバレバレの嘘をつくストーカー(仮)。

 

「はぁ?んなわけないだろ。つくならもっとマシな嘘つけよ。……嘘をついて、加えてμ’sに朝から付いてくなんて……上手い事いったつもりかこのばか!!神社にひしめく怨霊に憑かれてしまえ!」

「何一人で言ってんのよ!」

 

 うーん。

 流石にそろそろふざけた話はやめた方がいいかな。

 

 そう思い、一呼吸挟んでから再び口を開いた。

 

「……なんであの子達に付きまとってたのか聞いてんの」

 

 少しだけ真面目なトーンで改めて質問をする。知り合いだったからと言って野放しにする訳にもいかないからな、一応話だけはちゃんと聞いておかないと。

 にこはしばらく俯いて黙った後、顔をあげた。

 

「……別に、アンタには関係ないでしょ」

「まぁ、そりゃ関係ないっちゃないけど……俺はあの子達に相談されたの。変な奴に、ここ最近付きまとわれてるって」

「別に危害を加えようとなんてしてないわよ、それでいいでしょ」

 

 突き放つような口ぶりでこちらを一瞥しながら言い返してくる。

 まぁ、コイツが悪いやつじゃない事くらい分かってるけど……だからといって俺もこのまま、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。

 

「そういう訳にはいかないっつの。実際迷惑かけてんだから俺に対してはともかく、あの子達には謝るべきだろ」

「だからアンタには関係ないでしょって言ってるの!」

 

 そうあからさまに不愉快そうな顔をしながら言い放つ。

 ……聞く耳持たず、か。このままではいつまでたっても話は平行線だろう。

 

 

 

 

「そもそも、アンタこそあの子達の何なのよ」

 

 

 

 

 飛んできたのは予想だにしない一言。

 希が何気なく俺の方へ飛ばす視線に気が付きながらも、その問いに俺は答えることが出来なかった。

 

 俺はいったいあの子達【μ’s】の何なのだろう?

 

 ……分からない。

 

 ……。

 

 ……というかその話は別に今問題ではないだろう!

そうだ、俺の立場がどのようなものであるかなんてそれこそコイツには関係ないじゃんか。別に答えてやる義理だってないしな。

 

「別に、ただの知り合いだよ」

 

 そう答えてにこの方に近づき、右手でコートの襟を掴んだ。

 

「ちょ、な、なによ!?」

 

 驚いた様子でバタバタと暴れはじめるにこ。口で言って聞かない輩は力づくで処理するのみ!

 俺はそのまま彼女を引き寄せ、左手で腕を掴みガッチリとホールドする。

 

「ごめん希、話はまた放課後にでも!」

「え?う……うん」

「きゃっ……。ど、どこ連れてくつもりよー!」

 

 きょとんとしている希に一応一言かけつつ、俺はにこを引っ張りながら歩き始めた。どこに行くかって?……あの子達の所に決まってるだろ。

 

 俺に対してこんな所でストーカー紛いの行為を働いていた理由を説明する義務はなくとも、彼女たちにきちんと説明して謝罪する義務はあるハズだ。このまま練習場所まで引きずって行ってやろう。

 

「離しなさいよ!」

「絶対嫌だね」

「わかった、わかったから。逃げずに付いていくから離してよ!」

「なんで。納得する理由を言ってみ」

「くっつきすぎなのよアンタ!変態!」

 

 じたばたと無駄な足掻きを見せながら叫ぶほぼ羽交い絞め状態のにこを見ると、よほど怒っているのか顔を真っ赤にしていた。くっつきすぎって言われてもなぁ……逃げられたら元も子もないじゃんね。

 

「女の子ストーカーする女に変態言われたくないわ!」

「どさくさに紛れて私に抱き付こうとしてるのはアンタでしょ!」

 

 な、なにを言うかこのアマは!!

 

 心外にも程がある。

 思わず彼女を掴んでいた腕を離し、お互いに赤い顔で睨み合った。

 

「逃げたらそのツインテールむしり取ってやるからな」

「だから逃げないって言ってるでしょ!……私もあの子達に言いたいことあったから丁度いいわ」

 

 そういって彼女は歩き出す。

 ……何を言うつもりだろうか。そんなことを考えながらも大人しくにこの後を追った。

 

 俺はすぐにこいつを大人しく穂乃果達のもとへと向かわせたことを後悔することになる。

 

 

 

 

 にこは、汗を拭いながら一休みしていたメンバーの前へ躍り出て、一言も自己紹介など挟む間もなく口を開いた。

 

 

 

 

「アンタたち!……とっとと、解散しなさい!!!!」

 

 

 

 

 

 


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