ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十五話 勧誘

 

 にっこにっこに~!

 

 あなたのハートににこにこに~!

 笑顔届ける矢澤にこニコ!

 

 

 

 

 ぜぇぜぇと上がる息

 

 現状……こんな事言ってる場合ではないのだけど、記憶に残る自己紹介はアイドルの必須スキルだもの。どんな状況であれきちんとこなせなければ一人前のアイドルとは言えない!

 

 

 はぁはぁ

 

 

 順調にあがり続ける息。

 

 にこはただいま本日二度目の……全力疾走中だった。

 

「ぜぇ……なんだってこう一日に何回も誰かに追っかけられなきゃなんないのよ~!」

「こらー!待つにゃー!」

 

 小雨の中、にこの事を追いかけてきているのは確か……一年生の『星空凛』。ダンススキルはある程度のレベルを持っているのかもしれないが、にこから言わせるとアイドルらしさが全くない『μ’s』のメンバーのうちの一人だ。

 キャラが全く立ってないのよ!動画を見る限り自己アピールもかなり少な目だし。草食系アイドルなんて今時流行らないっての!

 

 半ば現実逃避気味に下級生のアイドル的評価を行う。

 

 

 にこが今彼女。いや、彼女達に追いかけられている理由は……実はにこ自信よく分かっていない。多分あの『高坂穂乃果』って子が希の入れ知恵で部室まで来たんだろうけど……あの子達からにこに話があったとしてもにこからは別に話したいことなんてない!

 

 それに今朝、流れでメンバー全員に「解散しなさい!」なんていっちゃったし……さすがに少しだけ罪悪感もあって、ついあの子達の顔を見た瞬間逃げ出してしまった。

 

「あぁ、もう!あれもこれも全部あのバカが悪いのよ!」

 

 脳裏に浮かぶのは以前知り合った同級生の男子、古雪の生意気なあの顔。朝っぱらから本気で追いかけてくるわ押し倒してくるわ、挙句の果てにはあの子達の前に引っ張って行かれるわ……ほんとアイツが絡むとろくな事がない。

 ほんと何なのよあのバカは……。今度会ったらただじゃすまさないわよ!

 

 

……まぁ、いずれにせよ今は追っ手を撒くのが先決だ。幸い追いかけてきているのは一年生一人だけ。入学してせいぜい一か月ちょっとの彼女が、3年間この学校で生活していたにこに鬼ごっこで勝てる訳ないでしょ。

 

 にこは校舎の端を曲がった近くにあった備品室に飛び込んだ。

 すぐに軽やかな足音が聞こえてきて……通り過ぎていく。

 

「ふぅ……なんとか撒いたわね」

 

 安堵のため息をつき、あがった息を深呼吸で整える。

 

 

 ……あの頃と比べて体力、落ちちゃったなぁ。

 

 

 不意に思い出してしまった昔の出来事。ダメダメ、今更何を思ったって辛くなるだけだもん。にこは少しだけ濡れてしまった髪の毛に付いていた水滴を払うように大きく首を振った。同時に頭に浮かんだ考えを必死で振り払う。

 

 

「なにがμ’sよ……仲良さそうにして」

 

 小さくこぼしたその言葉は誰聞かれることもなく、薄暗く静かな教室に溶けていった。

 

 

 

***

 

 

「お姉さま、晩ご飯は何ですか?」

「え?カレーよカレー。虎太郎が昨日食べたいって言ってたから」

「やった!よかったね虎太郎」

 

 いつも通り晩ご飯の準備をしながら、とことこと台所へ歩いて来たココロに返事を返す。よし、あとは煮込んで最後にルーを入れるだけね。

 弟の虎太郎と一緒に嬉しそうに笑うココロを見てにこの方も知らず知らずのうちに笑顔になってしまった。ホントまだまだ子供なんだから……。

 

 そんな事を考えながら少し休憩しようと身に着けていたエプロンを外した。その時。

 

「お姉さま、スマホ鳴ってましたよ」

「ありがと、見てみるね」

 

 言われた通りスマホを操作し、画面を見ると着信履歴が一件。『古雪海菜(アホ)』の文字。そういえばこの名前で登録してたわね……思わず吹き出してしまいそうになった。数週間前の自分に思わず拍手を送りたくなる。

 それにしてもアイツの方から電話なんて初めてじゃないの?一体何の用だろうか。おそらく朝の事に関してだろうけど……。

 希の知り合いである以上無視し通せる相手ではないので、一応折り返しの電話をかける。着信履歴はほんの一分前とかなのでおそらくすぐに出るはずだ。

 

 

 プルルルル

 

 

 ワンコール、ツーコール……

 

 繰り返す電子音。

 しかし、なかなか相手は電話をとらない。

 

 数十秒後やっと繋がった。

 

『えっと……もしもし、古雪だけど』

「あんたねぇ、かけてきたんならさっさと電話出なさいよ!」

『いや、電話かかってきて誰かなーって画面見たら《アホ》としか表示されてなくて……誰だったか思い出すのにちょっと時間かかったんよね』

「アンタ人をなんて名前で登録してんのよ……にこの要素ゼロじゃない」

 

 どうやらアイツも全く同じことをしていたようだ。いや、にこのそれより悪質かもしれない。相変わらず想像の上を行く失礼さね……。もはや感心すらしてしまう。

 

『むしろ二文字でよくもまぁ見事に君を表現できたと思ったんだけどね。二個のカタカナでにこを表す!なんつって!HAHAHA……』

「切るわよ?」

『ちょ、ちょ!待って!』

 

 イラッと来たので親指を通話終了ボタンにかけ、押してしまおうかとした途端慌てたような声が返って来た。

 

「用があるなら早く言いなさいよ!こっちはこっちで晩ご飯の準備とか忙しいの」

『わかったって!……じゃあ単刀直入に。

明日放課後駅前のカフェ集合な。じゃ、そゆことで』

「え?ちょっと待ちなさいよ!」

『チッ、なんだよ。こちとら晩ご飯前にお風呂掃除終わらせとかないとおかんに怒られるんだけど』

「意外に素直に家の手伝いするタイプなのねアンタ……。って、そうじゃなくて!なんで私がアンタと会わなきゃなんないのよ。こっちは用なんてないのに」

『君に無くても俺にはあんの。いいから黙って来る!おーけー?』

 

 清々しいまでの身勝手な要求ね……。確かにあしたは放課後予定なんてないけど……ここで大人しく行くのはなんとなく癪だわ。

 

『てか、そもそも君は俺に貸しがあるでしょ?A-RISEのサインボールやらなんやらと』

「うぐっ、……確かにそうだけど」

『それに、もし明日来なかったら……希に君を思う存分WASHIWASHIして良いって伝えるからな』

「やっ!それだけはやめて!分かったわよ、行けばいいんでしょ!行けば!」

 

 なんて卑怯な手を!!

 後ろから希に胸を鷲掴みにされて揉みしだかれたかつての消し去りたい記憶を思わず思い出してしまう。にこの返事を聞いて古雪は呆れたような口調で再び声を発した。

 

『アレそんなに嫌なんだな』

「当り前!どこの世界に好きこのんで同性に胸揉まれたがる女の子がいるのよ」 

『個人的には目の保養になるし好きなんだけどなぁ……』

「誰もアンタの趣味に興味ないっての」

『でも確かに希と君とのバストサイズの格差を目の当たりにしてしまうと流石の俺も涙を堪えきれないかもしれん。

あ、やば、なにこれ。目じりに溜まってるこれ何?汗?想像しただけで目頭が……』

「このバカ!明日覚えておきなさいよ!!!」

 

 

 ブチッ

 

 

 電話の向こうで三文芝居を続ける古雪に叫んですぐに今度は確実に通話終了ボタンを押す。

 

 それにしてもアイツから呼び出しなんて……一体何の用だろう。古雪がμ’sとどう関わっているのかもよく分からないし。明日行って確かめるしかなさそうね。

 にこは無意識のうちによってしまっていた眉間の皺を伸ばしながら夕食の準備へ戻った。アイドルたるもの笑顔を忘れちゃだめだからねっ!にこっ!

 

 

 

***

 

 

 翌日の放課後。

 にこは約束通り駅前のカフェに到着して周りを見渡すと、入って少しだけ奥にある窓際の席に古雪海菜は座っていた。一人でいるためか珍しく物憂げな表情を浮かべて窓の外を眺めている。んー、……顔は好みなんだけどなぁ。中身が残念すぎるにも程がある。

 

「待たせたわね」

 

 そう居ながら彼の向かい側の席に座った。

 

「あぁ、忙しいとこすまんな」

 

 憎まれ口を早速叩いて来るかと思えばこれまた珍しくにこに対するねぎらいの言葉をかける古雪。い、いや、この対応が普通なんだけどね!むしろ普段のコイツが失礼すぎるだけで。

 にこも常識はきちんとわきまえているので礼儀にのっとった答えを返す。

 

「……別に構わないわよ。用事があったわけではないし」

「あっはっは、だろうね!見るからに暇そ……いってぇ!」

 

 やはり古雪海菜は古雪海菜だったようだ。一瞬でも見直したにこが恥ずかしい。ホントにすがすがしいまでの手の平返しね……。にこは無言で、座っていた古雪の足を黒光りする使い込まれたローファーで踏み抜いた。さすがに痛かったのか軽く悲鳴をあげながらドタバタとのたうち回っている。

 

「そっちが呼び出したんだからここアンタの奢りよね?」

「このクソアマ本気で指先踏み抜きやがって……。

そのつもりだったけど、そういわれると奢りたくなくなるな。やっぱり割勘でいこう!」

「はぁ?それでも男?にこみたいな可愛い女子高生とお茶出来ることにまず感謝しなさいよ!」

「罰ゲームを喜ぶ人間がこの世にいるか?」

「ちょっとそれどういう意味よ!」

 

 先ほどから周りの人の視線が痛いので罵り合いはここまでにして、とりあえずは席に着く。もちろんお代は絶対あっちにもってもらうけどね!ここで使うお金で晩ご飯の具材が一個増えるのだから当然といえば当然だ。

 

 古雪は大きくため息をつくと財布を持って立ち上がった。

 

「じゃあ買ってくるからさっさと注文!」

「そうねぇ……じゃ、にこは一番高い奴で!」

「今度ふざけたらWASHIWASHI最大出力依頼するからな」

「キャ、キャラメルマキアートで……」

「おっけ、細かい注文とかあるなら聞くけど。キャラメル抜きとか」

「なんでよりにもよってそこ抜こうとするのよ!……ミルクを豆乳に変更でお願い」

「……ふっ」

「ちょっと待ちなさい!今鼻で笑ったわよね!こら!!!」

 

 にこが注文を古雪に伝えるや否や失礼なことににこの胸を見下ろし、何とも邪悪でデリカシーの無い目をした後鼻で笑ってレジまでさっさと歩いて行ってしまった。

 何よ!何なのよアイツ!にこだって必死にもっと胸が大きくなるよう努力してるのにぃ!牛乳より大豆のイソフラボンがたっぷり入った豆乳が効くって聞いて毎日頑張って飲む習慣つけてるのっ!

 

 

 いつか絶対見返してやるんだからっ!!

 

 

 

 

 

#####

 

 

 俺がコーヒーとキャラメルマキアート(貧乳仕様)を席に持って帰ると、矢澤にこは相変わらず不機嫌そうな顔で頬杖をついて待っていた。笑えば可愛いのに、そういえばコイツのまともな笑顔って一度も見たことないかもしれないな。

 

 コトッ

 

 窓の外を見つめるにこの前にカップを置いて注意を促す。

 

「あ、ありがと」

「ん」

 

 ちゃんとお礼は言えるようだ。よしよし。

 

「それで、何の用?」

 

 短く本題を切り出すにこ。警戒心をあらわにしながらこちらを見つめている。

 別に今日俺は小難しいことをべらべらと話すつもりはない。むしろ至極単純な一言を言いに来ただけだ。だって俺の目的はにこにμ’sに入ってもらう事だから。

 

 そして希の話を聞く限り、きっとにこの中にはまだスクールアイドルへの強い気持ちが残っているはずだ。かつて『君にとってアイドルって何?』と聞いたとき迷わず『憧れ』と答えた彼女は、スクールアイドルとして歌を歌い、ダンスをするというかつての夢を忘れている訳がない。

 だとしたら、あとは煮え切らず燻っている彼女の気持ちをたきつけるだけで良い。

 

 俺は息を深く吸い込んで。そして、口を開いた。

 

 

 

「矢澤にこ、【μ’s】に入ってくれないか?」

 

 

 

 全く予想していなかったのかにこの両目と口が大きく開く。

 女の子がなんてアホ面してんだよ……口閉じろ口を。

 

「な、え?……いきなり何言ってんのよアンタ!?」

「何って、かなり分かりやすかったと思うけど……」

「内容は伝わったけど意味がわかんないの!古雪!昨日私があの子達になんて言ったか覚えてるでしょ!?」

「覚えてるけど……あれが本心である証拠なんてないじゃん。君かなり素直じゃない面倒な性格してそうだし」

 

 あくまでまるで天気の話をしているかのように軽い口調で返事を続ける。

 

 

 

「何?嫌なの?μ’sに入るのが。

 一人一人が目標を持って努力して、高め合えるグループだってこと位君ならもうとっくに分かってるでしょ?怖がる必要はないよ。俺が保証する。アイツらは夢が叶うまで、きっと歩みを止めないから」

 

 

 

 思わず、といった感じで息を飲むにこ。

 

 なんだ、やっぱりやりたいんじゃん。やればいいと思う。きっとμ’sならかつての君が目指した夢を叶えることができるハズ。あとは素直になれない自分を自分の手で、もしくは誰かの手で壊してもらうだけだ。

 その役目は……穂乃果達に任せよう。

 

 にこはポツリと言葉をこぼす。

 

「嫌じゃ……ないけど」

 

 その返事を聞いた瞬間。

 俺は机の下に隠していたトランシーバーを取り出して口に当てた。

 

 

「こちら海菜!今の言葉聞こえましたか?オーバー」

『ザザッ……こちら穂乃果!たしかに聞こえました!いまからそちらに向かいますね!オーバー!』

「え?ちょ!何!?」

 

 慌てふためくにこを尻目に俺が満面の笑みとともに通信機械を机に置くのと同時位に店内でおしゃべりに興じていたらしい何組かの女子高生グループが立ち上がり、こちらに歩いて来た。

 説明するまでもないだろう、そう。μ’sメンバーがそこに勢ぞろいしていた。

 

「それじゃ、にこ先輩!これからのアイドル研究部の活動についてお話しましょう!」

「さぁさぁこちらへどうぞ!」

「いらっしゃいませだにゃー!」

 

 そのままにこの腕を掴み、大人数用の席へ引っ張っていく。

 

「海菜さん!ご協力ありがとうございました!」

「いいってことよ!」

 

 パンッと心地よい音を鳴らしながら俺と穂乃果はハイタッチを交わした。

 あとは任せて良さそうだな。

 

 こちらにウィンクを飛ばして他のメンバーのもとへ戻る穂乃果を見送って視線をにこに戻す。

 

 

「古雪アンタ!ハメたわね!!

 ちょっと、あぁもう!分かったから!分かったから離しなさいよ~!!」

 

 

 じたばたともがきながら引きずられていくにこ。

 

 

 

 

 しかし俺は恨みがましそうにこちらを見つめながら漏らすその悲鳴にも似た声の中に、どこか嬉しそうな色が混じっていることを聞き逃しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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