ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十九話 九人の女神が揃うまで3

「ここよ」

 

 にこは隣を歩く古雪を手で制し、目の前にあるマンションを指さした。……はぁ、本当にコイツを家に連れてくることになるとはね。別にやましい気持ちなどはないケド、いかんせん同年代の男の子を自分の家に呼ぶなんて初めてで少しだけ緊張する。

 少しだけよ、少しだけ。

 

 

「へぇ~。……なんか、すごく……いいマンションだね」

「別に無理して褒めようとしなくていいわよ……」

「いや、さすがの俺もマンション丸ごと罵倒するだけの度胸はないわ」

 

 古雪も緊張しているのかいつもより物腰が柔らかくなっていた。いや、常にこういう態度でいるのが正解だとは思うんだけどね。

 でも少し意外。顔もそれなりにカッコイイし話し方も女の子慣れしてそうな感じだからこういうのにも慣れっこだと思っていたんだけど、案外そうでもないらしいわね。

 

 

「こっちが階段だから着いてきなさい」

「えぇ?エレベーターないの?」

「ないこともないけど……男なら歩きなさい!」

 

 い……言えない。

 エレベーター等が付いてないお陰で他のマンションよりも安く済んでる格安物件だなんて……。だって嫌じゃない!貧乏だとか思われるの!

 

 古雪は歩きたくね~、などとぼやきながらも大人しく私の後に付いて来た。

 

「いい運動になっていいでしょ?」

「別にこんな所で運動不足解消してもなぁ……あ、一つだけ忠告しとくわ」

「なによ」

「階段ではスカート、気を付けた方がいいぞ」

「なっ!」

 

 本当に何食わぬ顔で階段を登る古雪の口から飛び出したのは驚愕の一言。

 自分の頬が一気に熱を帯びるのを感じた。

 

 慌ててスカートを抑え、後ろを振り向いて古雪を睨み付ける。

 こ、この変態よくもまぁそれだけ平然とデリカシーの無い台詞をはけるわね!

 

「に、睨まれても困るんだけど……」

「み……みたの?」

「見たっていうか……見えた。確かピンク……」

「報告しなくていいのよこの変態!」

「あっぶね!階段で暴れんな、落ちるだろ!?

 そんなに言うならお返しに俺のパンツ見せて……ごめんなさい冗談です、冗談だって!!!」

 

 

 

***

 

 

 ガチャリ

 

 きちんと施錠されていた鍵を開け、古雪を我が家に招き入れる。

 こころ達は言いつけを守ってちゃんと家にいる時も入口のカギをしめているみたいね。なにかと物騒だから防犯対策は厳しくしておかないと。

 

「ただいま~」

「おじゃましまーす……」

 

 二人分の挨拶が玄関から響き渡った。

 

 するとすぐにトタトタというせわしない足音と共に三女のここあがにこの所まで走って来る。そのままにこの体にしがみついて、おかえりなさいお姉さま!と一言。相変わらず元気な子ね。どうやらにこの方に走って来るのに夢中で古雪に気が付いていなかったらしく、顔を上げた先にいた彼の姿を確認し、驚きの表情を浮かべた。

 

 一応紹介はしておこうと声をだそうとしたその瞬間、遅れて次女のこころがリビングからこちらへゆっくりと歩いて来た。そして古雪の姿を確認して、ここあ同様驚いた顔をした後、なぜか目を輝かせ始める。

 一方、虎太郎は一言も言葉を発することなく、扉の陰からじぃ~っと古雪の様子を伺っていた。

 

 

 ほんと三者三様のリアクションね……。

 みんな同じ家で育ってきたのにこうまで違うものかしら。

 

「お姉さま、おかえりなさい!

 えっと、そちらの方は……?」

「ただいま、えっとこいつは……」

「お邪魔します、古雪海菜っていう名前だよ。よろしくね」

「あ、はい!よろしくお願いします。わたしはこころ。この子がここあで……あそこにいる弟が虎太郎です!」

 

 姉そっちのけで爛々と目を輝かせて言葉を交わしあう同級生と次女。

 ここあも警戒を解いて今度は興味津々、といった様子で古雪を眺めている。

 

 私が口を出すまでもなく古雪と妹たちのファーストコンタクトは上手くいったようね。まぁこいつは年下にはかなり優しい傾向にあるし、多分なにも問題はなさそうかな?

 

 

「あれ?お母さんはいらっしゃらないの?」

 

 こころ達の後からリビングへ入った古雪はあたりをキョロキョロと見渡すと疑問の声をあげる。

 

「ママ……じゃなかったお母さんは仕事でいつも遅くなるの。

 そうだ。言い忘れてたわね。妹たちのごはん作らなきゃいけないから少しだけ時間くれる?お母さんが帰ってくるの早くても八時や九時になっちゃうから……。

 なんならアンタも食べていく?」

「へっ?あぁ……ならごちそうになろうかな。

 ってか君毎日晩ご飯の準備を?」

 

 驚いた様子でこちらを見つめる古雪に頷き返し、エプロンを着て準備に取り掛かる。カレーでいいかなぁ?分量とか適当に作れるしこころ達も喜ぶし。

 それに古雪にも食べてもらうんだから出来るだけ失敗しない料理を……って何考えてるのよにこは!別にコイツは関係ないじゃない!あくまでおまけよおまけ。ついでなんだから……。

 

 にこの内心の動揺を知ってか知らずか相変わらずのお気楽そうな顔で、エプロン似あってんじゃんか馬子にも衣装だな、などとこちらを指さしながら笑う。無視よ無視。

 

 努めて冷静に普段通りの様子でまな板やら具材やらを取り出して作業に取り掛かった。

 

 

 トンットンッ

 

 リズミカルに野菜を切る音が響き渡る中、うしろで何やらこころと古雪が会話している声が聞こえてきた。ここあはどうやら彼の事が気に入ったのか膝の上に座らせてもらってちょっかいばかりかけている。虎太郎は相変わらずマイペースに自分一人で遊んでいるようだが。

 

 一体どんな話をしているのかしら?

 

 思わず気になってしまい、こっそりと聞き耳をたててみた。

 

「ところで海菜さん、お姉さまのどんなところに惹かれたんですか?」

 

 な!あの子なんて事聞いてるのよ!?

 

 思わずジャガイモを一口サイズに切り分ける手が狂い、危うく指を切りそうになってしまう。まぁどうせそういう勘違いされているだろうなとは思ったけど……こころも最近ではそういうものに興味が出てきたらしく今も目を輝かせて古雪を見つめている。

 

 私が口を挟まなくてもアイツが誤解を解いてくれるでしょ。

 

「そうだなぁ……」

 

 え?

 

 いたって普通に返事を考えている様子の古雪。

 まさか実はにこに気があったりするの?それはちょっと嬉しい……訳ないじゃない!

 

 

「こころちゃんのお姉ちゃんがやる『にっこにっこに~』ってあるじゃん?

 それを初めて見た時に思ったんだけど、あれっていろんな人に引かれてるよね。俺もその一人」

 

 そっちの引かれてるじゃないわよ!!!!

 

 思わず全力でツッコんでしまいそうになり、慌てて口を塞ぐ。

 こころは古雪のボケを真に受けて嬉しそうに立ち上がった。

 

「そうなんですか!お姉さまのあれ、すっごく可愛いですよね!

 こころも今練習してるんですよ。見てください、にっこにっこにぃ~」

「おぉー、こころちゃんのにっこにっこに~は可愛いねっ」

 

 『は』じゃないわよ『は』じゃ!

 

 ニコニコしながら嬉しそうに拍手をする古雪の横顔を睨み付け、荒っぽく切った野菜を火にかけた。ある程度火が通ったのを確認して水を注いで煮立たせる。よし、これでしばらく置いて、食べる前にルーをいれれば大丈夫ね。

 

 

「古雪、さっさと勉強するわよ」

「いってぇ!なんでおたまで叩かれなきゃなんないんだよ!」

 

 

 

***

 

 カリカリ

 

 にこの部屋に彼女自身の動かすシャーペンの奏でる音が鳴り響く。

 

 うんうん。やっと集中し始めたな。

 ベットに腰かけて持参した単語帳をぺらぺらとめくりつつ同級生の横顔を確認して一息ついた。全く、やればできるじゃん。二人きりになって追い詰めるまで出来ないのがたまにきずだけど。

 

「やった!出来たわよ!」

 

 唐突に叫んだと思うと椅子から立ち上がり、どーよっとでも言いたげな顔で問題用紙を俺の眼前につきつけてくるにこ。無言でそれを受け取り、答えを確認していく。

 

「おぉ、合ってる合ってる」

「にっこにっこに~!にこに出来ないものなんてないにこよー!」

 

 よっぽど嬉しかったのかぴょんぴょんと飛び跳ねながらお得意のポーズをとって台詞を決める。

 いや、出来た問題は初歩中の初歩で例題レベルなんだけどな……ま、いいか。ここらへんがまともに解けるようならあとは気を抜かずに頑張りさえすれば赤点は免れるだろうし。

 

「さすがにこ!才能がとどまることをしらないわね~!

 ね!アンタもそう思うでしょ?」

「今の今まで高1レベルにとどまり続けてた君が言える台詞じゃないけどね」

「うるさいわね、なんとかなりそうなんだから素直に褒めなさいよ」

「はいはいよしよし」

 

 折角なので労をねぎらってやろうと、頭一つ小さいにこの頭を鷲掴みにしてわしわしと削り……もとい撫でてやると嬉しそうに悲鳴をあげていた。

 可愛い奴め!ゴシゴシゴシゴシ!

 

 

 

 

「あらあら~、仲が良さそうでなによりだわ~」

 

 

 

 

 ガチャリとドアが開き、その間から覗く瞳。

 ん?だれだこの声。聞き覚えないんだけど……。

 

「ま、ママ!?」

「お母さんですか?お邪魔してます、古雪です」

 

 なんとか俺の手から逃れようともがいていたにこが驚きの声を出す。

 なるほど、この人がにこのお母さんか。大人びて落ち着いた雰囲気はあるものの表情の明るさと言いこちらを興味深げに眺める視線など、たしかに娘と通じるものがある。……それにしても綺麗な方だな。

 

「ごめんね、邪魔しちゃって。そろそろご飯にしようって言いに来たの。

 なんだか楽しそうだったから一区切りついたのかと思って」

「別に邪魔なんかじゃないわよっ。もう。帰ったなら帰ったって言ってくれればいいのに」

「だって勉強中だっていうから静かにしなきゃでしょ?

 それにもし二人がラブラブしてたら空気壊しちゃうじゃない」

「しないわよ!そもそもそんな関係じゃないの!」

 

 ママのバカ!などと言いながらぽかぽかと自分を叩くにこをあやしながらケラケラと楽しそうに笑うにこママの様子を見て確信する。この人俺達が付き合ってない事を普通に知ってる、というより気付いているな。多分勘違いしたフリをして娘をからかっているだけだろう。

 

 流石親御さん、といった所か。

 ならば俺がやらなきゃいけないことは一つだけ。

 

「お義母さん!にこさんを、僕にください!」

「な、急に何言ってるのアンタは!」

「古雪くん、にこを嫁にするということはこころやここあの世話も一緒にする事になるということよ?あなたにその覚悟があるかしら?」

「あります!……むしろにこはいらないのでこころちゃん達を俺にください!」

「ちょっと、そこはにこを貰いなさいよ!」

「へ?お前俺に貰われたいの?」

「ち、違うわよ!そういう意味じゃない!あんたが変な事言いだしたからでしょ!?」

「でも確かに今古雪くんのお嫁さんになりたいという趣旨の台詞だったわね」

「ママまで!もう、全員、さっさと、リビングに戻りなさーい!」

 

 

 

***

 

「おじゃましました」

「はいはい、さっさと帰りなさいよ」

「また来てくださいね海菜さん!」

 

 結局にこお手製のカレーをごちそうになってからにこの家を後にした。なんだかんだで妹たちとも仲良くなれたしにこママも歓迎してくれたし楽しかったな。

 にこの意外な一面も見れたし。

 

 高校3年生にして未だに『ママ』呼びとはなかなか可愛い所もあるじゃんか。

 本人は必至で隠そうとしてたけどちょいちょいボロがでてたしね。

 

 無事テスト勉強の方も上手くいく兆しが見えてきたので気分よく帰路につく。

 

 

 

 

 

 うむうむ!

 順調順調!!

 

 

 

 

 

 特にμ’s関連に関してはいろんな事が軌道に乗って来て、いわば順風満帆状態だ。

 

 そういえば絵里は大丈夫かな?

 特に最近は相談もされないし大丈夫だろう!

 

 まぁ、明日の朝一緒に学校行くときにでも聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 本当に、この時の俺はなぜこんなにもお気楽だったのか。

 この時の自分を出来る事ならぶん殴って目を覚まさせてやりたい。

 

 相談してこなかったから今の所は順調に言っているハズ?なんて甘い想定を立てていたのだろう。いや、想定ではなく願望。自分の事ばかりに一生懸命で、幼馴染に十分に目を向けてやれていなかった俺の犯した取り返しのつかないミス。

 

 

 それに気が付いたのは、次の日の朝の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、いつもの待ち合わせの場所に……

 

 

 

 絵里の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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