ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十四話 先輩と

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 私、小泉花陽はスペードの三のカードを片手に持ってこちらを見つめる海菜さんに一礼する。

 いやいや、こちらこそよろしくね、と変なテンションの私に少し驚きつつも優しく手を振ってくれた。うぅ、また失敗しちゃったよぅ。

確率は九分の一。なので、まさか先輩と当たるとは思わなかった。だからこそ焦ってしまう。緊張と恥ずかしさで顔が真っ赤になっていくのが自分でも良く分かった。

 

 別に嫌な訳ではないんだよ?むしろ、出来れば仲良くなりたいって思ってるんです。

 でも、ただでさえ男の子とお話するのが苦手なのに二つ年上の先輩だなんて……どうしても気後れしてしまう。それに、海菜さんだって、私なんかと話するより凛ちゃんや真姫ちゃんと隣同士の方が楽しいだろうから……。

 

「いいなー、かよちん!凛もかいな先輩と一緒に座りたかったにゃー。にこ先輩じゃなくてっ」

「いちいち失礼ね、アンタは!あと、ニコニーでしょ、ニコニー」

「あっ、そうだったにゃ」

「ほら、アンタたちも早く座る。後がつっかえてるんだから」

 

 矢澤先輩……じゃなくて、ニコちゃんはそう言いながら私たちの前のシートに腰かけた。そして凛ちゃんも憎まれ口を叩きながらも楽しそうにその隣に座る。

 他のメンバーもそれぞれ二人組に分かれて談笑しながら開いている席についていった。

 

「花陽。窓際とどっちがいい?」

 

 いつのまにかすぐ近くに来ていた海菜さんがそう聞いてくれる。

 身長差が結構あるので少しだけ顔をあげて……目があった瞬間思わず俯いてしまった。多分いま、私の顔はまっかっかだと思う。

 うう……こんなんで到着までもつのかなぁ。海まで行くって言ってたから二時間くらいはかかるらしいし。

 

「わ、わたしはどちらでも……」

「そっか、ならお先にどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 横に置いていた私のトランクを自然な動作で預かると、窓際の席に誘導してくれた。そこで私は自分の失敗に気が付く。普通、上座は先輩に譲らなきゃだよね?

 

「ご、ごめんなさい!やっぱり海菜さんが窓際の方が……」

「いや、俺は足少しだけ外に出して伸ばせる通路側の方がいいんだよ。なんてったって足が長いからね!ココだけの話、にこと違って」

 

 わざとらしい仕草でいたずらっぽい笑みを浮かべながら耳打ちしてきた。そんな様子がおかしくて思わず笑ってしまう。

 

「……くすっ。だめですよ、そんなこと言ったら」

「古雪、聞こえてるんだけど?」

 

 前の席の窓際で早速シートを倒してくつろいでいたニコちゃんから声がかかった。

 

「地獄耳かよ……俺は花陽と話してんの、ちょっと静かにしてくれるかな。あと背もたれもう九〇度くらいあげて、花陽の席が狭くなるから」

「どんな体勢で座れってのよ!潰れちゃうでしょ!あ、でも花陽、狭かったら遠慮なく言いなさいよ?」

 

 ニコちゃんは少しだけシートをあげてそう言った後、海菜さんとの会話に戻る。いいなぁ、あんなに仲良さそうにお話出来て。海菜さんも同い年の先輩になら遠慮なく絡めるんだろうし……。

 

 取り残された感じがして、シュンとしながら窓際の席につくとすぐに海菜さんが隣に座った。

 

「いやー、なんというか」

 

 きっと話のきっかけを作ろうとしてくれているのだろう。海菜さんは、視線を彷徨わせながら口を開いた。

 

「俺、旅行自体久しぶりだわ。花陽はどう?夏休み半分くらい過ぎたけどどっか行ったりした?」

「いえ、今年は……これが初めての旅行です」

「そっか。μ’sの練習とかも忙しかっただろうしね。くうぅ、楽しみ!」

 

 海菜さんはそう言って微笑みながら伸びをする。

 

「わ、私もです……!」

「確か海があるんだっけ?」

「はい、真姫ちゃんはそう言ってましたけど」

「君は泳げる?」

「い、一応は……」

「よし、じゃあ競争しよっか。もちろん罰ゲームありで!」

「えぇ!?無理ですよぉ」

「大丈夫、面白い奴考えるから。頑張ってな?」

「私がやるのもう決まっちゃってるんですか?」

「まあね」

 

 ひとしきり笑い合った後、再び沈黙が訪れた。

 膝の上に手を置いてぎゅっとスカートの裾を握りしめる。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「い、いえ。何でもないです……ごめんなさい」

「そっか」

 

 自分から話題をふろうとするもののなかなかうまくいかない。

 電車の車輪が線路を叩く音だけが嫌に耳に響いた。

 

「そういえば、最近一押しのスクールアイドルとかいないの?結局ARISEしか知らなくてさ」

 

 見かねたのか海菜さんが助け舟を出してくれた。

 

 

「初めてちゃんと絡んだ時、たしかARISEの初回限定版CDの売り場で会ったよね」

「あ、はい!おかげさまでコンプリート出来ました!」

「ちょくちょくラブライブの公式サイトチェックしてるけどずっと一位だもんなぁ、俺でも凄いって分かるよ」

 

 うんうん、と頷く先輩。

 そういえば、動画関連は全部海菜さんがあげてくれてるんだよね。

 私は同意の意を込めて大きく一度頷くと、堰を切ったように話し始めた。

 

「本当に凄いです!圧倒的です!もちろん他の上位ランカー達も素晴らしく統率のとれた魅力的なグループですが、女性ファンをそのクールで美しいダンスと歌声で虜にする統堂英玲奈。男たちのハートをウィンク一つで打ち抜いてしまう優木あんじゅ。そして男女問わず見る者全てを自分のファンにしてしまうと言っても過言ではないアイドルの中のアイドル、綺羅ツバサを擁するARISEを超えるスクールアイドルグループは未だ現れていません!」

「だ、だよな……」

 

 なぜか少しだけ海菜さんが私から距離を取ったような気がしましたが、それに構う余裕はありません。ぜひ先輩にはもっとスクールアイドルの事を知って貰わなければ!

 私は無意識のうちに海菜さんの側の肘置きに手をかけて身を乗り出してしまっていました。

 

「一押しのアイドルが知りたいんですよね!?」

「そ、そうだな。気分転換にもなるし、CDとか貸してくれたら嬉しいんだけど……いいかな?」

「任せてください!CD、ブルーレイ、メドレーにした音楽データも喜んでお貸しします!何ならこの間ついに手に入れた『伝説のアイドルの伝説』略して『でんでんでん』も特別にお貸し……は出来ませんけど私の家でなら一緒に見れますし!」

「き、機会があればお邪魔するよ」

 

 どうして海菜さんはひきつった笑顔を浮かべているんでしょうか?

 疑問に思って小首をかしげていると、トントンと肩を叩かれた。

 

「こらこら、かよちん。海菜先輩が困ってるにゃ!」

「全く、アンタたちは会話を攻守交代制でやってるの?」

「いや……、久しぶりに面白いから全然続けてくれてもいいけどな」

 

 そこまで聞いて、やっと私は自分が何を言っていたのか理解した。

 途端燃えるように頬が熱くなる。うわぁ……!またやってしまった!アイドルの事となると自分でもびっくりしちゃうくらい夢中になっちゃうんだけど……よりにもよって今。

変な子だって思われたりしてないかなぁ?

 

 凜ちゃんとニコちゃんは一言二言海菜さんと言葉を交わすとそのまま前を向いて彼女達だけの会話に戻っていった。

 

「ご、ごめんなさい!私また……」

 

 今度は逆に海菜さんから離れるように背中を窓に張り付けて頭を下げた。恥ずかしくて顔があげられない。

 

 

 

 すると、ぽんっと大きくて暖かい手が乗せられた。

 

 

 

「謝まらなくていいよ」

 

 そのまま子犬をあやすかのようによしよしと撫でられる。

 完全に子ども扱いされてます。でも、心から私の事を思ってくれていることが伝わってきて……少しだけ強張っていた体から緊張の色が抜けた。

 

「花陽は……俺と話すのは苦手?」

「そ、そんなことないです!出来ればもっとお話ししたいですけど……」

「けど?」

 

 深呼吸。

 そして一言。

 

 

 

「海菜さんこそ、私と話すの嫌じゃないですか?」

 

 

 

 今なら言えなかったことも言える気がして……思い切って聞いてみた。

 ずっと思っていた。μ’sのみんなは私より面白くて明るい人ばかりで、海菜さんは私なんかと進んではお話したくないんじゃないかって。でも優しさからこうして楽しく会話をしてくれようとしてくれるんじゃないのかな。そんな風に思っていた。そう、今だって……。

 

 

「そんなことないって。俺は花陽と話すの好きだよ」

 

 

 海菜さんは私のそんな後ろ向きな質問に対してまっすぐな答えをくれた。

 不思議と、この言葉は嘘じゃない、そう思わせる響きを持った声。

 

「でも、私自分からはあんまり話しかけられなくて……」

「いやいや、たった今俺が引いちゃうくらい話できてたじゃん」

「そ、それはアイドルの話だったから!」

「それに、俺別に常に会話に面白さを求めてるような変態じゃないぞ?そりゃたまにはボケやツッコミだって挟みたくなるけどさ。これでも君との会話はたのしんでるつもりだったんだけどなぁ。分かんないかな?」

 

 寂しそうに笑いながら海菜さんはそう言った。

 

「ずっと、気を使ってくださってるのかと思っていました……」

「そりゃ、話のネタを探してなかったって言えば嘘になるけど。俺がふった話題に対してなんとか一生懸命答えてくれようとしてる感じとか、逆にふろうとして失敗してるところとか。そういう部分を見て、やっぱり君に話しかけて良かったって、毎回思ってるよ」

 

 本心からの笑顔。

 多分心からの言葉だと思う。それくらい優しい眼差し。

 

 もしかしたら、私はまた同じ失敗をしてしまう所だったのかもしれない。

 

 数か月前、スクールアイドルになる決心がつかなくて手を伸ばせば届く、そして挑戦できる位置にある夢を掴むのを諦めそうだった。今だってそう。海菜さんは私に対して何度も仲良くなろうとアクションを起こしてくれていたのに……それなのに変な勘違いをしちゃって。

 そのせいで海菜さんはきっと、私が自分の事を苦手に思ってるのではないかと勘違いしてしまったんだと思う。

 

 

 

「俺は、君ともっと仲良くなりたいかな」

 

 

 あはは、と照れたように笑いながら海菜さんはそう言ってくれた。

 一生懸命先輩から歩み寄ってきてくれる。でも、それに甘えてちゃだめだよね?私からも一歩踏み出さなきゃ!

 

「わ、私もっ」

 

 言わなきゃ、ちゃんと。

 じゃなきゃ伝わらないから。

 

 

 

「私も、海菜さんと仲良くなりたいです!もっと……お話ししたいです!」

 

 

 

 い、言えた!

 私は汗ばんだ手でスカートの裾をギュッと握りしめて俯く。

 

「そっか」

 

 海菜さんの答えは短かったけど。その声色は凄く明るくて……。

 少しだけ、先輩との距離が縮まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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