ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十五話 真姫ちゃんの執事

「とうちゃーく!!」

「海が見えるにゃー!」

「こらこら、恥ずかしいからやめなさい?」

 

 電車を降りた途端、μ’sの賑やか担当の穂乃果と凜が両手をあげて叫んだ。間髪入れず、絵里の注意も入ったけどね。横を見ると、なぜか海未が『やっとまともに注意してくれる人がμ’sに……』と涙を浮かべていた。

 なんとなく彼女の苦労を垣間見た気がする……。

 俺は腕を広げて、潮風を肌で感じながら周りを見渡した。

俺たちと一緒の駅で降りた人はほとんどいなかったのだが、乗り込む人はちらほらいるようだ。あらあら若いっていいわねぇ、と言わんばかりの優しい笑みを向けてくるご婦人。少し恥ずかしい。

 

 

 しかし、残念ながら俺も先の二人同様テンションをあげていた。

 

 

 

「海菜がぁー、海にィー!キターーーーーーー!!!!」

 

 

 

 とりあえず感情の赴くまま陸上のボルトみたいなポーズをとる。

 きーもちいいっ!だって海だぞ海!めったに来るもんじゃないし、名前に海を持つ男として黙っている訳にはいかねぇ。

 

 フー!フー!

 と俺を囃し立ててくれる穂乃果と凛。花陽とことりは近所の子供を見るかのような目で俺を見ながら微笑んでいた。

 

「ちょっと、アレ止めなくていいの?」

 

 真姫が失礼なことにこちらを指さす。

 先輩を捕まえてアレとはなんだこのやろう。

 

「言って聞くような幼馴染なら苦労してないわ」

「アイツ、やっぱりアホよね」

「勉強のし過ぎでストレス溜まっとったんと違う?大目にみてあげようやん」

 

 三年生組はなぜか諦めモード。

 ま、ノリの悪い奴らは放っておけばいい!

 

 とりあえず俺は近くにいた海未を呼ぶ。うわぁ、露骨に嫌そうな顔してる。

 関係ないけどな!

 

「海未!こっち来いこっち!」

「い、嫌です!絵里せんぱ……じゃなくて絵里!あの人達止めて下さい……って、あぁ。顔を背けられてしまいました……」

「海未ちゃん、はやくはやく!」

「穂乃果まで!私たちはもう高校生ですよ!恥ずかしいのでやめてください!」

「あのな。青春ってのはいつだって恥ずかしいものなんだぞ?ってな訳で、海に向かってラブアローシュートいってみよー!!!!」

「もう、この先輩嫌いですーーー!!」

 

 

***

 

 俺たちはひとしきり海の見えるホームではしゃいだ後、ぞろぞろと大所帯で駅を後にした。いつにもまして元気の良い太陽がこれでもかとアスファルトを照らす。うー、さすがにあっついなぁ。風は気持ち良いけどやっぱり日差しは辛いものがある。

 女子組は熱さもそうだが、日焼けが気になるようで不安げに自分の手首などをさすっていた。大変そうだな、女の子って。

 

 健康的に日焼けした子も魅力的だと思うけどなぁ……。

 日焼けの跡に興奮することはないことはない。むしろ……いや、やめておこう。

 

「海未、なにぐったりしてるんだよ。置いてくぞ?」

「誰のせいですか誰の!!」

 

 肩を落として最後尾を歩いていた海未が俺の声に反応してガバっと顔をあげた。

 

「ねー、真姫ちゃん。別荘はどっちなの?」

「ここから徒歩で一〇分程よ。……あ、皆とまって」

 

 あたりをキョロキョロと見回しながら穂乃果は隣を歩く真姫に話しかけていた。

 すると彼女は額の汗を鬱陶しそうに拭いながら指示を出す。

 

 彼女の視線の先にはなんというか……高そうな車が止まっていた。クラスの車好きの友達に言うと喜んで解説してくれるだろうが、残念ながら俺には目の前の車の名を言い当てることは出来ない。

 ただ、これだけは分かる。

 

 

 傷つけたら向こう一〇年は小遣いなしだ。

 

 

「もう、迎えはいらないって言ったのに……」

 

 真姫が小さくこぼす。ってことはやっぱり……。

 俺たちが答えを出すその前に、車の中から男性が現れた。

 

「真姫お嬢様、お迎えにあがりました」

「もう、歩いていくから良いって言ったでしょ?」

 

 こ、これが執事とやらか!?

 当たり前のようにそういう職業を生業としている人に会ったことのない俺たちは、目を真ん丸にして目の前の人の良さそうな笑顔を浮かべる初老の男性を見つめた。年齢は……見たところ五〇歳くらいだろうか?

 しかし、俺が知ってるそこらを歩いているオッサンとは格が違う。

 白髪頭は上品に整えられ、背筋はピンと伸びている。なんというか、気品さを纏った人だ。俺も四〇年後はこういうカッコいいオッサンになりたい。

 

「えぇ、ですからお荷物だけこの車でお運びしようと……重い旅道具を抱えての移動は大変でしょう。折角お友達もはるばるいらっしゃった訳ですから」

 

 服装は予想と違ってずいぶんとラフな格好だった。

 少しだぼっとしたベージュのズボンに白い清潔そうなポロシャツ。どうやら漫画の世界のように燕尾服に白手袋!という訳ではないらしい。ま、そりゃそうだよな。肩っ苦しい礼服なんて作業の邪魔にしかならないだろうし。

 

「そうね……なら荷物はよろしく頼むわ。あ、こちらはうちの使用人の御辻(みつじ)よ」

「初めまして。御辻と申します。なにかお困りのことがあればなんなりとお申し付け下さい」

 

 そう言って深々と礼をされた。

 真姫を除き、俺たちは大人にそんなかしこまった挨拶をされたことが無いのであたふたと返事を返す。こ、こちらこそよろしくおねがいします!

 

 俺たちは言われるがまま、自分の荷物を御辻さんの車に乗せていった。

 運転席には別に運転手の兄さんらしき人が乗っていて軽くこちらに会釈をよこす。な、なんか申し訳ない……。そもそもこの車、荷物運搬用に使う代物じゃねぇぞ。俺だったら乗り込んだ時、遠慮してケツを座席につけられないかもしれない。

 

「一応、御辻にはずっと居て貰うけど基本的には何もするなって言ってあるわ。それに呼び出さないと私たちの前には現れないから必要があれば私に声をかけて」

「普通の高校生らしい合宿がしたい……というのが真姫お嬢様のご要望ですから」

「ちょ、ちょっと!余計な事言わなくていいのよ!」

「おっと、これは失礼」

 

 孫をあやすかのような口ぶりで御辻さんは真姫と会話する。

 口調は畏まっているものの、彼の口元には朗らかな笑みが浮かんでいた。

 へぇ、もっと上下関係がぎちぎちとした関係かと思ったら……そうでもないんだな。多分長年西木野家に使えてるんだろうし、家族のようなものなのかもしれない。

 

「またゆっくり執事さんのお仕事の話とか聞いてみたいなぁ」

「アンタそういうの好きそうだもんね……さすが秋葉のカリスマメイド」

 

 ことりは彼を憧れのまなざしで見つめていた。

 現役メイドは何か思う所があるのかもしれない。

 

「それじゃ、私についてきて」

「はーい!」

「穂乃果ちゃん、あんまり走ったら危ないよ?」

「りょーかいだにゃー!れっつごー!」

「わわ、待ってよ凜ちゃん!」

「ほら、エリチも早くいくよ」

「うぅ、もうちょっと厚めに日焼け止め塗っていれば良かったわ……」

「たしかに、エリは肌があんまり強くなさそうですね」

「しょーがないわねー、ホラ、私の日傘貸してあげるわよ」

 

 真姫を先頭にメンバーは目的地に向けて歩き出した。

 むむ、なんとなく疎外感。そりゃ日焼け止めの話とかには入っていけないもんなぁ。早くも性別の壁が!

 

 とりあえず俺は彼女たちに追いつく前にもう一度御辻さんと運転手さんにお礼を言っておこうと振り返った。

 

 すると。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

 

 すぐ後ろに件の執事が立っていた。

 そのまた後ろでは車が動き出し、ウィンカーをちかちかと点滅させて車道へ合流しようとしている。あれ?この人も一足先に別荘へ行くんじゃないの?

 

「一応、私には皆様を安全に別荘まで送る義務がありますので……」

 

 俺の疑問を汲み取ったのか、困ったように笑いながら彼はそう言った。

 なるほど、あくまで俺達には高校生らしい合宿をおくらせながらも自分自身の職務も全うしなければいけない。だからこそわざわざ後ろからついてきて、俺たちが安全に目的地までたどり着けているかどうか確認するのだろう。

 御辻さんもいろいろと気苦労がたえなさそうだ。

 

「すみません、いろいろとご迷惑をおかけします……」

「いえ、これも仕事ですから」

「あ、ありがとうございます……」

「それに、正直な所、私は凄く嬉しいのです」

 

 俺の横を歩きながら、御辻さんはかなり前を歩く真姫の姿をみつめてにっこりと微笑む。ほんとうに孫を見守るおじいさんの顔みたいだ。

 

「お嬢様がお友達をつれてくるなんて……夢にも思っていませんでしたので」

「そ、そうですか?そんなことはないですよ~、あはは」

 

 たしかに!人とコミュニケーションとるの苦手そうだもんなあの子!

 とはさすがに言えない。

 

「えぇ、古雪さんも皆さんもお気づきでしょうけど、お嬢様は少し自分の想いを人に伝えることが苦手ですから。皆さんを困らせてしまう事もおありでしょう?」

「たしかにそうですけど……でもいい子ですよ?周りも良く見えてるし」

「はい。ですが、今まではお嬢様のそういった素晴らしい部分を見て下さる友人がいらっしゃらなかったようで……いつも寂しそうなお嬢様を見守っていた私からすると、今この瞬間は何よりも嬉しいことなのです」

 

 そう言って初老の執事は再び笑った。

 彼女の過去なんて聞いたこともないし、これからも聞くことなんてないと思うけど……なんとなく想像は出来る。きっと、あの性格ゆえに親友と呼べる友達はいなかったのだろう。ホントは熱い心を胸に秘めてる子なんだけどな。なかなかそれを見抜いてあげられる人はいなかったらしい。

 そばで見て来た御辻さんも歯がゆいおもいをしてきたのだと思う。

 この方は本当は誰よりも優しくて素晴らしい心をお持ちなのに……なんて。

 

「なんというか……よかったですね。もう、アイツはμ’sになくてはならない存在ですよ」

「そういって貰えて大変うれしいです。ありがとうございます」

「いや、俺は何もしてないですから!お礼は穂乃果達に言ってあげてください……あ、あの元気のいいサイドテールの子なんですけど」

 

 別に謙遜というわけでは無く、ただの事実。

 穂乃果たちが一生懸命はたらきかけたお蔭で真姫もそれに答えた。俺がしたのは本当に最後の最後、一押ししただけ。

 

 そう思って俺が前を歩く穂乃果を指さすと、御辻さんは静かに首を振った。

 

「いえいえ、もちろん高坂さん方への感謝はもちろんの事。お嬢様にとって、古雪さんの存在もとても大きいものなのだと思いますよ」

「そう……ですかね?」

「はい。まさかお嬢様の口から男性の名前が出てくる日が来るとは思いませんでしたから」

 

 今度はニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「う……なんて言ってますか?アイツ……」

 

 嫌な予感しかしないんだけど。

 真姫のことだからロクな事言ってないだろ。

 

「性格むちゃくちゃで調子のいい、頭だけが取り柄の男の先輩と最近よく会ってる……とお聞きしています」

「はぁ……」

 

 盛大にため息をついた。

 いやいや、せめてもう少し美化させてくれよ!

 それだけ聞いたらどこの馬の骨かもわからないバカが大事な一人娘をたぶらかしてるように聞こえるじゃん!今度からは『性格良くて空気の読める頭も顔も良いナイスガイとお会いさせていただいてる』って言わせよう。後で説教だな。

 

「ですから、私もあなたとお会いしたかったのです」

「俺そんなに無茶苦茶じゃないですからね!」

「分かっていますよ。だって、あんなに楽しそうに誰かの事を話す真姫お嬢様を、私は初めて見ましたから。お嬢様の話を聞いていると伝わってきます。あなたをお嬢様がどれだけ尊敬して、そして好いていらっしゃるか。もちろん、恋愛としてのそれかどうかは私には分かりかねますが」

「う……」

 

 ここまでハッキリと言われると照れくさい。

 ま、まぁ。相変わらず真姫は生意気だけど、そりゃ俺だって自分があの子に嫌われているとは思っていない。俺も他の一年生より強めに弄ったりするけど、一応愛ゆえだしな!ほんとほんと。

 でも、この人から真姫が俺の事良く思ってくれてるって話を聞けたのは素直に嬉しいかな。まず間違いなく恋愛感情ではないだろうけど。別に俺が鈍感とかではなく、素直に尊敬してくれているだけだ。

 

「ですから、お礼を言っておきたかったのです。古雪さん、ありがとうございます。これからも真姫お嬢様をよろしくおねがいします」

「いえいえそんな……」

 

 そういって深々と頭を下げる御辻さんを見ると、どうしてだか心が温かくなる。

 自然と笑顔になって、気付けば二人して笑っていた。

 

 

 

「ここよ」

 

 真姫の一言でみんなの足が止まる。

 いつの間にか一〇分というわずかな時間は過ぎ去っており、俺たちは彼女の別荘に到着していた。うおー、すげぇ!俺んちがまるまる五個くらいは入ってしまいそうだ。

 

 みんなは歓声をあげながら建物の中へ走っていく。

 俺も俺も!確か個室だったよな?たっのしみー!

 

「それではこれで、失礼いたします」

 

 そう言って御辻さんは恭しく一礼して去る。

 

 俺は走り出しかけていた足を止めて、慌てて一礼を返したが、顔をあげたころには既に彼の姿はなかった。さ、さすが執事。

 すると、じとっとした目でこちらを見ながら真姫が近づいてきた。

 はぁ。折角顔立ちは綺麗なのに、もっと可愛らしい表情は出来ないのだろうか。

 

「御辻となんの話してたの?」

「さぁ?」

 

 素直に教えるのも癪だし、誤魔化しておく。

 ま、御辻さんもあんまり今の話をこの子に聞かれたくはないだろうしな。

 

「なっ!?き、気になるじゃない!教えなさいよ~」

「やだね!でも、君の話であることは確かだよ」

「余計気になるわよ!」

「でも教えない!」

「もう!御辻、出てきなさい!」

 

 

 

 

 顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒る真姫。

 しかし。

 別荘に、彼女の執事でさえ聞いたことのなかった楽しげな声が……響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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