ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第四十九話 μ's+おまけが行く夏合宿!その4

「海菜ぁ……」

 

 なんというか。

 今の自分を客観的に見ればラッキーこの上ない体勢なんだろうなぁ、と他人事のように思う。つまりスタイル抜群おまけに美少女の絵里にお互い薄着のまま抱き付かれている状況にいる訳なんだけど。

 

 誰か、説明してくれないかな?

 

 基本的に勉強をし終わった後の俺は、到底冷静な思考が出来ないほどに脳みそを酷使している訳でありまして。おまけに今日は夜まで全力で遊んだときている。この幸運としか思えない出来事に対して無感動なのは……許してほしい。

 

 絵里の方はぎゅっと俺の体を抱いたまま小刻みに震えるだけなので声をかけるだけ無駄だろう。これからどうしようかと途方に暮れていると、御辻さんが助け舟を出してくれた。

 

「先ほど、不審な物音がするので確認しに行ったところ。絢瀬さんが酷くおびえた様子で階段をのぼってこられていまして……」

「なるほど……」

「とにかく古雪さんのもとへ……といったご要望でしたから」

「分かりました。すみません、お騒がせして」

「いえいえ、私に出来ることがあるなら致しますが」

「大丈夫です!こっちでなんとかしますので」

「そうですか、では失礼いたします」

 

 御辻さんはそう言うと静かに扉の外へと姿を消した。

 

 なるほど。

 なんとなく状況は理解した。

 

 一体絵里の身に何が起きたのか説明するためには、まずこの子のまだ説明していない一面を紹介しなければならないだろう。

 

 実はコイツ……いわゆる暗所恐怖症なのだ。

 

 暗所恐怖症。

 重度の患者は息切れ、過度の発汗、吐き気などと言った症状まで引き起こす割とシャレにならない精神的な病気の一種。そもそも、人間という生き物自体、夜生活するものではないので本能的に暗闇に対して恐怖を覚える人は多いらしい。

 たしかに、真っ暗闇の中だと個人差はあれど多少は不安を感じるものだしな。

 

 幸いなことに絵里のそれは今述べた症状が発症するレベルではなく、簡単にいうと一般人よりもかなり暗闇が苦手……といった程度だ。そういえば久しくこうなった彼女を見ていなかった気もする。

 

「絵里、もう大丈夫だから……」

「ぐすっ……」

「そんなに掴んだら痛いって」

 

 ぽんぽんと背中を叩くと、涙目になりながらも少しだけ腕の力を緩めてくれた。

 

「やっぱり常夜灯なかったのか」

「……」

 

 こつんと絵里の額が俺の胸に当たった。

 どうやら無言で頷いたらしい。

 

「先に言って据え置きのランプでも用意して貰うか、別に部屋を用意して貰ったりすれば良かったのに」

「……」

 

 今度はすりすりと頭を擦りつけて来た。

 多分首を振って否定の意を表したのかな?

 

 まぁ、この幼馴染が考えそうなことくらい容易に想像できる。

 別荘まで用意して貰ったんだから、これ以上わがままをいう事は出来ない。それに、折角の合宿なのに自分だけ別の部屋で寝るなんていう雰囲気を台無しにしてしまう行動は出来ない。なんてことを考えたんだろう。

 だからこそ恐いのを堪えて、みんなが寝静まるのを必死で待っていたに違いない。

 

 ホント、損な性格してるよなコイツは。

 

「よく我慢したな……」

「……」

 

 こんこんっと今度は二回胸元に軽い衝撃が加わる。

 こくこくと頷いたのだろう。

 

 俺はさすがにいたたまれなくなって静かに彼女の頭を撫でる。すると絹糸のように滑らかな金色の髪がさらさらと揺れた。絵里もだいぶまいっているのか、大人しくされるがままになっている。

 

 

 同じ体勢のまま五分くらい経過しただろうか。

 やっと、絵里が顔をあげた。

 

 

「もう大丈夫そう?」

「えぇ……多分」

「お茶でも入れようか?」

「お願い……」

 

 ポットとお茶の葉はこの部屋に常備されてあったため、落ち着くのに良いかなと提案してみた訳だけど……どうやら正解だったらしい。絵里は不安そうに上目づかいでこちらを見上げながらも小さく頷いた。

 

「できればそろそろ離して欲しいんだけど」

 

 抱き付くのはやめてくれたのだが、未だに両手で俺の服の袖を掴んだまま話してくれない為身動きが取れない。さすがにそれを振り解くほど鬼畜な性格はしていないので丁重に頼む。

 するとやっと名残惜しそうにではあるが、両手を離してくれた。

 

「じゃ、お茶を……っと」

 

 振り向いてポットの方へ向かおうとした途端、軽く左腕が引っ張られる。

 後ろを見ると絵里が今にも泣きだしそうな顔をしながら、両手でちょこんと俺の片腕の袖を掴んでいた。

 

 

 そんな顔されたらからかいも出来ないっつの……。

 

 

***

 

 

 結局片手を彼女に預けたまま湯を沸かして、あったかい緑茶を用意した。

 それをそっと絵里の前に差し出す。

 

「さすがにコレは自分で飲めよ?」

 

 こくんと頷いて両手で湯呑を受け取ると、なぜかこちらを恨みがましそうにじとっと見ながらちびちびとお茶を飲み始めた。

 

「な、なに?」

「なんだか海菜だけ平気そうで……むかつく」

「理不尽か!」

 

 どうやらさっきよりは落ち着いてきたらしい。

 

「あんまり無理するなよ。君、本気で暗いの苦手なんだから」

「今日はみんなも一緒だったから大丈夫かと思ったのよ……」

「俺以外君が暗所恐怖症だって知らないもんな」

「えぇ……」

 

 確か、希も知らなかったような気がする。

 というのもふつうに日常生活を送る上で周りが真っ暗闇に包まれることなんてないからな。実際、俺が彼女の暗所恐怖症を知ったのも偶然だったし。

 

「昔の事を思い出したわ……」

「昔?」

「海菜にイタズラでトイレの電気消されたこと……」

「だからそれはホントに悪かったって」

 

 そう、たしか小学生の頃だっただろうか。兄弟同士でやりっこしたことがある人も多いだろうが、何の気なしに絵里が入った俺んちのトイレの電気を消してしまったことがあったのだ。

 ただ単に驚かせてやろう、と幼い俺は思っていただけなんだけど、結果本気で怒られて子供ながらに土下座で謝った思い出がある。

 そのことがきっかけで知ったって訳。

 

「……」

「……」

 

 世間話をする元気もないので沈黙に身を任せた。

 

「……」

「……」

「……勉強の邪魔しちゃった?」

「いや、丁度寝ようとしたところだよ」

「そう……」

 

 ったく。

 人の心配なんてしなくて良いのに。まずは自分の心配だろ、ばーか。

 

 その会話が最後。

 互いの息遣いと、お茶をすする音だけが寝室に響いていた。

 

「飲み終わった?」

「えぇ、……ありがと」

 

 彼女が飲み終わるのを見計らって声をかけ、空になった湯呑を受け取って机の上に静かに置く。顔色もだいぶ良くなったし、受け答えもはっきりしてきた所をみるともう大丈夫だろう。

 

 いまだに少し落ち着きなく視線を彷徨わせているが、部屋に入ってきた時と比べたら全然マシだ。そろそろお互いに寝なきゃ明日に響くよな?

 

 俺はゆっくりと端っこのベッドに腰掛ける絵里に近づいて肩あたりを両手で掴み、彼女を……押し倒した。べ、別にやましい意味でやってる訳じゃないからな!絵里の華奢な体が掛布団にふわりと押し付けられて、浴場に備え付けてあったシャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。

 

「な、なにっ!?」

 

 なぜか絵里が顔を真っ赤にしてこちらを見上げているが、本調子じゃない彼女はとりあえず無視して掛布団をその体の上に若干雑ではあるが覆い被せる。

 

「落ち着いたなら寝る!明日は早いんだろ?」

「う、うん……」

 

 そう言って布団の上からぽふぽふとお腹あたりを叩いてやると、やっと俺の意図を汲み取ったのか鼻から上だけを布団から出して、しおらしく頷いた。弱った子犬のような目でまだこちらを見つめて来てるけど……このままじゃいつまでたっても解決しない。

 

「あ……俺もこの部屋で寝るから」

「えぇ……」

 

 残念ながら二階には二部屋しかないし、御辻さんにこれ以上迷惑をかける訳にはいかないしな。別に一つのベッドで寝る訳ではないから……セーフ。……のハズだ。

 睡魔にそろそろ負けそうなので落ちそうになる瞼をこじ開けて、絵里と一個ベッドを挟んだ反対側のベッドを整える。そして常夜灯まで蛍光灯の光量を落とそうとした、その時。

 

 絵里から声がかかった。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 眠たい目を擦りながら振り向くと、絵里が遠慮がちにゆっくりとこちらに近づいてきた。そして、なにやら言いたそうな顔でこちらの様子をちらちらと伺う。

 

「どうかした?」

「あのね……」

 

 彼女は一度言葉を切って拳を握り込んだ後、少し光量を落とした照明の中でも分かるくらい頬を赤く染めて口を開いた。

 

 

「わがまま、聞いてくれる?」

「そりゃ……内容によるけど」

 

 

 何が何やら分からないまま当たり障りのない答えを返す。

 すると、眠気が一気に吹き飛ぶ言葉をプレゼントしてくれた。

 

 

 

 

「一瞬、一瞬だけで良いから……ぎゅってして?」

 

 

 

 

 ……。

 

 

「ご、ごめん……なんて?」

「うぅ……ばか海菜」

 

 夢か?これ。

 素直にそんな発想が出てきてしまう程、彼女の発言は予想外だった。

 

「ちっちゃい頃、怖い夢を見た時はいつもお母さんにそうして貰ってたの……だからね?」

 

 あぁ、なるほど。そういう事か。

 

 プライドの高い絵里が部屋に入ってくるなり俺に抱き付いてきたことからも分かるように、この子は自分の苦手な真っ暗闇の中必死に一人で我慢していたのだろう。だからこそ自分以外の人間の暖かさを本能的に求めてしまっているのかもしれない。

 

 でもこいつは自分の弱い部分を考えなしに見せるような奴ではなくて。

 そんな彼女がまだ少し震えながら紡いだ言葉。

 

 今だって、俺に対しての『迷惑をかけてしまって申し訳ない』なんて思いが頭の中では渦巻いてるに違いない。それでも尚、抱きしめて欲しいと懇願してる訳だ。

 

「分かったよ」

 

 そんな彼女のわがままを断れる筈もなく、俺は静かに絵里に近づいた。

 別に、幼馴染なんだからどうって事ないだろ!年下だとはいえ、絵里よりも付き合いの短い妹の亜里沙ちゃんとは会うたびにハグしてる訳だし……。

 それでも。

 

 

 

 それでもなぜか、俺は絵里を抱きしめることが出来なかった。

 

 俺の中の何かが、何かを割り切って手を伸ばそうとする自分を止める。

 

 

 

 改めて見る彼女が思っていた以上に小さくて。

 そして……綺麗で。半端な気持ちで触れたら壊れてしまいそうな……そんな気すらして。

 

 

 俺は動きを止めた。

 

 

 瞬間、痺れを切らした絵里が胸元に飛び込んでくる。

 そこでやっと体の硬直が解け、片腕でちっちゃい頃おかんにやって貰ったように短く、そして優しく彼女の背中をさすった。

 

 ……うーん。今のは一体なんだったのだろうか?

 

「ありがと、海菜」

 

 名残惜しげに俺の体を離した絵里は、少しまだ不安そうではあったがいつもの笑顔を浮かべてお礼を言う。俺はというと、なにがなんだか分からないままその場に立ち尽くしていた。

 

「……海菜?」

 

 いぶかしそうに絵里が問う。

 

「……あ!あぁ。……貸しばっかり増えていくけど、大丈夫か?」

「もう、すぐそんなこと言うんだから……でもおかげで眠れそうな気がする。おやすみ」

 

 そう言って彼女はベッドに入ってしまった。

 少しもぞもぞと動いてはいるがじきに静かになるだろう。

 俺も反対側のベッドに入って目を閉じる。

 

 

 

 

 でも不思議と絵里に触れられた部分が、絵里に触れた手が妙に熱くて……。

 

 

 

 

 

 

 

 本当に今日は、眠れそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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