ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第五十話  μ's+おまけが行く夏合宿!その5

「……」

 

 滲む視界の中むくりとベッドの上で体を起こし、枕元に置いてあったスマホの電源を入れる。時刻は朝の五時三十分。結局四時間ほど浅い眠りを繰り返したものの、ついに目が覚めてしまった。

 うわー、くらくらする。

 

「すぅ……、すぅ……」

「……」

 

 何とも心地の良さそうな呼吸音。

 俺はじろりと寝起き特有の不機嫌そうな目で二つ隣のベッドで眠る絵里を見た。いろいろと頭の中がごちゃごちゃして眠れなかった俺とは対照的に規則正しい寝息を立てて熟睡している。

 このやろう、誰のせいで寝不足かと……。

 

 このまま強引に目を閉じたって眠れそうにないため、ベッドから立ち上がる。

 そして何の気なしに絵里の寝顔を伺った。ふだんキリリとした表情を見せることが多い彼女の貴重なふやけた顔。桜色の唇に真っ白い肌。大人びた容姿とは真逆のあどけない表情を浮かべている。

 本来なら『か、かわいい!』とでも思うのかもしれないが。残念ながら今の俺は大層機嫌が悪かった。

 

「一人だけすやすや寝やがって……」

 

 とりあえず机の上に置いてあった水性ペンを手に取って彼女の枕元に立つ。

 油性ペンじゃないだけ感謝しやがれ!

 

 むにゅ。

 さらさら。

 

「ぶふっ」

 

 いかんいかん。思わず吹き出してしまった!

 なんだか心晴れやかになった俺は自室を後にする。

 

 さすがに勉強する気にはなれないし、朝焼けが綺麗な海辺を散歩……というのもなかなか風流で良いかもしれない。春はあけぼの、なんて清少納言は言ったらしいけど明け方ってどの季節でも気持ちいいし綺麗だと思う。個人的にはね。

 

 別に女の子の寝顔を覗く趣味がある訳ではないので寝ているμ’sメンバーたちには目もくれず、静かに別荘の外に出た。ふと、寝顔をカメラに収めてどこかで使う……という案も頭をよぎったがさすがに却下。普通に怒られるかもしれないし。

 

 玄関先で一度立ち止まる。

 

 まだ六時前なのにあたりは既に白んできていた。

 しかし夏特有の暑さはまだ顔を覗かせておらず、潮風が薄着の体をなぞり気持ちがいい。

 

 少しの間目を閉じて深呼吸したあと、俺は靴を脱いでゆっくりとビーチに降りる。

 

 

 すると先客がいた。

 彼女は俺に気が付かないまま静かに水平線を見つめている。

 

 

「……希?」

 

 

 そう呼ぶと希はわずかにびくっと体を揺らして振り向いた。

 

「古雪くん!?……もう、びっくりするやん」

「あ、ごめん」

「どうかしたの?古雪くんって朝が凄く弱いって聞いてたけど」

「あぁ……ウチの幼馴染のせいでちょっと」

 

 たしかに、俺がこんなに早起きすることは珍しい。世の中には朝起きて勉強するという猛者もいるらしいけど、俺には到底真似できないルーティーンだ。……今日は少しイレギュラーが多すぎただけで。

 

「エリチが夜中いなくなってたのは……やっぱり古雪くんのところに行ってたんやね」

「そうだけど、知ってたの?」

「うん。夜中ふと目が覚めたら横にエリチが居なくなってたから。……どうかしたの?」

 

 希は少し心配そうに聞いてきた。

 別に隠す事ではないので絵里の暗所恐怖症の事や、仕方ないから常夜灯のある俺の部屋で寝かせたことを伝える。すると、へぇ、そうなんやと素直に頷いてくれた。

 なんというか、にこあたりだと『アンタ……よくこの状況で絵里に手出せたわね』などと余計な勘繰りをしてくる可能性が百二十パーセントだし、この子は理解が早くて助かる。

 まぁ、俺が絵里にそういう事をしない事くらい分かってくれてるのかな?

 

「エリチ、暗所恐怖症だったんやね」

「……」

「ウチ、全然知らなかったな」

「そりゃ嬉しがって話す事でもないし」

「んーん。ウチ……やっぱりまだみんなの事良く知らないんだなって」

 

 彼女はそう呟くようにこぼして、足元の砂に目を落とす。

 俺は何となくそっと近づいて隣に立った。

 

「……」

「……」

 

 お互い特に話すこともなく波の音だけを聴く。

 規則的であるようで実は全く異なったリズムで訪れる波、流れそして運ばれてくる砂。

 なんつーか、こういうのも悪くないな。

 

「……」

「……」

 

 引き続き流れる沈黙。

 

 人と人の間に流れる沈黙。それにたいして抱く感情や思いというのは様々だ。

 例えば初対面の人との間にそれが訪れた時、人は何とか間を持たせようと口を開くし焦りもする。少し仲良くなった人との会話が途切れた時、俺たちはそっと相手の表情を伺ってその心を読もうとする。

 そして、本当に心が通じ合った相手と沈黙か続くとき、人は沈黙を苦と感じなくなり時には認識すらしなくなる。家族、恋人、親友。彼らと共有する時間の中で『会話を続けなきゃ』という焦燥感に駆られることはないはずだ。

 なぜならお互いに分かっているから。

 その沈黙が決して心の距離を表しているものではないと。

 

「……」

「……」

 

 そして俺は気が付いた。

 希との間に流れる沈黙を苦もなく受け入れてしまっている事に。

 

「……」

「……」

「そういえば……希はなんで起きてるの?」

 

 沈黙が楽だといっても、そろそろ退屈になってきたのでそう問いかけてみた。

 

「んー、ちょっと考え事しててね?」

「最上級生はやっぱり悩み事が多いですか?」

「ふふっ。ま、色々あるやん?」

 

 どうやら相変わらず気苦労はたえないらしい。

 特に希のようにあらゆることに気が付いてしまう人間は大きなグループの中で人一倍苦労する。彼女の気持ちは……良く分かった。

 

「真姫ちゃんに色々おせっかい妬いてたんやけど……あれで良かったのかな?って思ったりもするの」

 

 そういって顔をあげる希。

 こちらを見つめる訳でなく眼前の青に目を向ける。

 なるほど。確かに積極的に真姫に絡んであげてたもんな。

 

「別に良かったんじゃない?昨日は楽しそうだったじゃん」

「うん……だったらええんやけど」

「もっと自信持っても良いと思うけどなぁ」

「でも……人の本当の気持ちって分からへんやん?本当は真姫ちゃんには真姫ちゃんのペースがあるのかもしれへんし」

 

 希は少し不安げに言葉を続ける。

 人の気持ちか……。

 俺は、『すべては分かりっこない』と割り切ってしまうタイプだ。たとえ親友であろうとも。結局のところどんなに頑張ったって近似解しかえられない、だからこそ、その精度を少しでも上げようと対人スキルや人を見る目を磨いている……つもりだ。

 でもこの子は違う。

 きっと、分かってあげたいと思ってしまうのだろう。

 自分が大切に思う仲間たちの気持ちを全て。

 

「まぁ……難しいよな。お互いに理解し合うのって」

「せやね……ウチ、もっと知りたいよ、皆の事」

 

 そうポツリとこぼす。

 

 そして今日初めて、彼女はこちらを向いた。朝日に照らされる紫がかった髪の毛が光を反射してキラキラと光る。そして少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべながら首を傾げた。

 

 

 

「古雪くんの事も、もっと知りたいな?」

 

 

 

 意図せず心臓が跳ねて視界が一瞬揺らぐ。

 

 

 どう言葉を返してよいのか分からず……曖昧に頷いた。

 すると、そこに第三者の声がかかる。

 

「希……それに古雪、さん?」

「あっ、真姫ちゃん」

 

 二人して振り返るとそこにはいぶかしげな表情を浮かべてこちらを見つめる真姫の姿があった。彼女は腰に手を当てたままてくてくとこちらへ近づいてくる。

 

「一体どうしたの?」

「散歩に来たら偶然希と会ってさ」

「ふぅん」

 

 さほど俺がここに居る理由に興味はないのか。そうなの、と軽く頷いた。

 そして彼女は相変わらずニコニコとした笑顔を浮かべる希に声をかける。

 

「どういうつもり?」

「……なんのこと?」

「昨日の夜の事よ」

 

 一体何があったのかは分からないけれど……おそらく先ほど希が言っていた『おせっかい』の事に違いない。真姫はその行動の中にある彼女の真意を知りたがっているのだろう。でもこの子がきちんと答えてあげたりすることってあるのかなぁ?

 希は人の気持ちを考えるのが得意な反面、自分の気持ちを素直に伝えることが苦手な女の子だ。

 その証拠に……。

 

「別に、真姫ちゃんの為やないよ?ただの……ウチの余計なおせっかい」

 

 案の定、つむぎ出した答えは言葉足らずだった。

 戸惑いの表情を浮かべる真姫と、寄せては返す波を見つめる希。俺は二人の様子を静かに見守る。だって……俺が口を出す場面じゃないだろ?

 

「どういう意味?」

「……あのね、真姫ちゃん。ウチな、μ’sのみんなの事本当に大好きなんよ。誰にもかけて欲しくないって思ってる」

「……」

「たしかに、μ’sを作ったのは穂乃果ちゃん達だけどウチもずっと傍で見て来た。何かあるごとに、アドバイスもしてきたつもり。それだけ、思い入れがあるの」

 

 確かに少し回りくどくて間接的な答え。

 それでも、希の中にある熱い気持ちはきちんと真姫に伝わったようだ。

 

「あ、なんだかしゃべり過ぎちゃったかも!みんなには内緒ね?」

「……ふふっ、めんどくさい人ね。希」

「あ!言われちゃったっ」

 

 その証拠に、真姫は呆れたように笑いながらも嬉しそうに頷いた。

 そして、少しだけ躊躇った後照れくさそうに片手で髪の毛をくるくると弄りながら真姫は口を開いた。

 

 

 

「でも、ありがとう……」

「っ!……」

 

 

 

 無言のまま笑顔で頷く希

 

 

 ハラショー。

 朝から良いものが見れた気がするな。

 

 

***

 

 三人揃って別荘に戻ってくると何やら中が騒がしい……というより厳密に言うと二階がうるさいのか?笑い声やら戸惑いの声やらが玄関先まで届いてきていた。

 

「なによもう……朝から騒がしいわね」

「なにかあったのかな?」

 

 不思議そうに靴を脱いで広間に上がり、周りを見渡したところ敷かれた布団の上には誰もいない。……という事は。俺は彼女たちが今どこにいてなんで騒いでいるのかおそらく正確に察知した。

 

「とりあえず上あがるか。みんなそこにいるだろうし」

 

 不思議そうにあたりを見渡す希と真姫を手招きして階段の方へ向かった。そしてこんな朝っぱらから騒いでしまって申し訳ありませんという気持ちを込めて御辻さんの部屋の前で一礼しておく。

 

「まさか……」

 

 声のする方向を見て希もある程度予想が付いたらしい。

 

 俺は無言で俺の部屋(常識的に考えて女子禁制のハズ)の扉を開け放った。一瞬止まる喧騒とすぐさま波のように押し寄せる黄色い悲鳴。……もっとも、音源は大体穂乃果と凛、あと絵里なのだが。

 

「ちっ!違うの!これはそういう事じゃなくて!」

「なんとなく分かったから……とりあえず絵里。アンタは顔洗って来なさい」

 

 あたふたと弁明しようとする幼馴染とそれを呆れ顔で諌めるにこ。

 

「あははははは。絵里ちゃんの顔おもしろいにゃー!」

「り、凛ちゃん!そんなに笑っちゃだめだよ……ぷっ!」

「海菜さん!二人で遊ぶなら穂乃果も呼んで下さいよ!」

「穂乃果、遊んでたわけでは無いと先ほど絵里が説明していたじゃないですか」

「海菜さん、ことりは海菜さんのこと、し、信じてますからね?」

 

 完全に名前呼びに慣れたらしい下級生が絵里の顔を指さしてきゃっきゃ言いながら笑う中、俺に口々に話しかけてくる二年生トリオ。頭を抱える希とジトっとした目でこちらを見た後諦めたようにため息を吐いて渦中の部屋から距離をとる真姫。

 

 

「だー、もう!うっさい!説明するから聞け!」

 

 

 とりあえず怒鳴ってみる。……けど。

 当然だれも俺の話なんか聞きそうにないな。はぁ。

 

 

 

 ……どうやら夏合宿二日目の今日も、落ち着きない一日になりそうだ。

 

 

 

 

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