カリカリカリ……
静寂に包まれた俺の部屋にシャープペンシルがノートを擦る音のみが響いていた。家の前を通る車のエンジン音や家族が見ているバラエティ番組の音声が少しだけ耳に入り、通り抜けていく。
土曜日の昼前11時、机に向かい真剣に勉学に励む俺。いやいや、意外だななんて思わないでもらいたい。そもそも俺たちは受験生なのだ。志望校合格のため全国の高校3年生達は昼夜問わず必死に勉強している。俺もその例に漏れず、早起きしてノートを数字やアルファベットで埋め続けているって訳だ。
よし。手こずっていた整数問題を片づけ終わり、安堵のため息を吐く。そのまま背もたれにもたれかかり、精一杯背伸びをしてから腕を机の上に戻した。が、戻す途中腕が、隣に座る絵里の肘に当たってしまう。
「もう、ずれちゃったじゃない……」
「ああ、すまん」
不満そうに唇を尖らせながら、問題を解くのを中断し、俺をかるく睨み付けてくる。それほど大きくない机を前に隣同士で座っているためか必然的に体と体の距離は近くなってしまっていた。
若干の非難が込められた瞳が、少しはにかんだような上目づかいに変化してゆく。
「そうはいったって狭いんだから仕方ないだろ。嫌なら自分の家で勉強しなさい」
かういう俺も少し恥ずかしくなってしまい、目を逸らす。ああもう、なんでコイツの肌こんなに白いんだよ!
「だってここでやるほうがはかどるんだもの」
「そうか?一人でやった方が効率いいだろ」
お互い目の前の問題を解くのに集中し直しつつ軽く会話を続ける
「だって海菜勉強中はふざけないでしょ。分からないところがあればすぐに教え合えるし」
「俺の方が圧倒的に賢いから供給オンリーなんだけどな」
「理系科目はそうだけど英語なら私の方ができるじゃない、あなたが素直に聞いてこないだけで」
「はっ、別に聞きたいこととかねえし!いっつも自分で解決してるし」
「……私の解答横目でチラチラみているのばれてるわよ」
ば、ばれてるぅぅぅぅぅぅ!
ぐぬぬ、どうしても英語は苦手なんだよなあ……。まあその点帰国子女の絵里が横にいてくれているのは役に立っているっちゃ立ってるのだが。なにも休日の朝から押しかけてこなくてもいいだろうと思う。何より問題なのは幼馴染が部屋着同然の恰好でやってくることだ。
本人曰く「楽な恰好のほうが集中しやすい」とのことだが、いかんせん横にいる俺の集中力をがっつり減らしていく。ゆったりとしたTシャツからのぞく白々とすべやかな首筋やうなじが彼女の方を向くたび目に入るのだ。少し無防備すぎやしないかとも思い、心配になってしまう。
それに絵里が少し身じろぎをするたび押し花のような淡くわずかな香りが鼻腔をくすぐり、その度に終わりかけていた計算をし直す羽目になってしまっていた。
「そろそろ昼だし終わりにしないか?」
時計の時刻を確認し再び話しかける。
「そうね、今日はここまでにしましょうか。海菜は午後は何か予定でもあるの?」
「特にないかな。勉強するか少し遊びにでるかするわ」
そう答えつつ筆記用具やノート、参考書を手際よくしまっていく。なんだかんだ言いつつ、有意義な勉強会が出来ているので文句は言うまい。
「絵里は、午後から新入生歓迎会の企画作りか?」
「ええ。そのために今日の分の勉強を早くに終わらせたのだし」
「なんかてつだうことある?」
何の気なしに聞く。
「特に何もないわよ。今日は朝から付き合わせちゃってごめんなさい。午後は楽しく過ごしてね、それじゃまた」
絵里は少し嬉しそうにくすりと微笑み、持ってきた荷物をまとめ足早に部屋を出ていった。
うーん。楽しく……ねぇ。なにしよっかな?そんなことを考えながらスマホを取り出し、何の気なしにツイッターをいじくっていると、気になる呟きが目に留まった。
【今日A-RISEがUTX前でライブやるってよ!】
A-RISEのライブ……
よし。午後の予定は決まったな。
***
「うおおおおおお、でっけーーー!!」
思い立ったら即行動がモットー。早速俺はUTX学院前にやってきていた。相変わらずの近未来的ビルである。これ本当に学校かよ……
ちなみにライブの告知はまさかの当日発表だったらしく朝11時に情報公開、1時に開演というすさまじいゲリラっぷり。これだけ急だと人なんか集まらないんじゃないの?などと来る前は思っていたのだが、人は想像以上の人数が集まっている。これがスクールアイドルの頂点かぁ。素直にすごいと思う。
ステージの開始まであと五分ほど。UTX前の広場は満員……とはいかないものの八割方埋まっている。折角なので前の方で見ようと思い、少し前方へ歩きはじめた。
「イタッ!」
右足を前に踏み出した途端鳩尾上くらいの位置に衝撃が走り、何やら声が聞こえてくる。不思議に思い下を見てみるとコートで全身を覆い、帽子を目深にかぶり、挙句の果てにはサングラスも装備した謎の人物がいた。……なんだコイツ。その不審者は何とも言えない表情でジロジロと自分の顔を眺めていた俺をキッと睨み付けてきた。
「ちょっとアンタ!人にぶつかったんなら謝りなさいよ!」
「……はあ、すんません」
さわらぬ神に祟りなし。とりあえず謝ってそそくさとその場を立ち去ろうとした、その瞬間。ライブが始まった。ああ!もちょい前行こうと思ってたのに!
ステージの上に以前動画で見た3人が登場する。おお~、アイドルとか全然興味ないからライブとかほとんどいかないけど、やっぱり本物は違うんだなぁ。画面の中で踊る彼女たちも勿論すごかったが、いざ目の前に見るとまとってるオーラが違う。事実、あれほどざわめいていた会場が一気に静まり返ったほどだ。直後大歓声へと変わった訳だが。
一気に上がっていく会場のボルテージに予備知識のない俺は戸惑ってしまう。やべ!そういやメンバーの名前すら知らねえわ!どうやら周りの話を聞いていると、今回は2、3曲歌ってすぐ帰ってしまうらしい。まあ気になったから来てみただけだし別に構わないんだけど……。折角だから俺も全力でライブを楽しみたい。
うーむ、背に腹はかえられんな。
そう思ってちっちゃい背丈で懸命につま先立ちする先ほどの不審人物に声をかけた。
「なあ、そこのアンタ」
「……何よ」
えらく鬱陶しそうにこちらを振り向くグラサン女。鬱陶しいのはお前のコートだボケ。などと心の中で思いつつ、めげずに話を続ける。
「なあ、あの3人名前なんていうんだ?教えてほしいんだけど……」
名前さえ分かれば声援も飛ばせるし楽しさだってかわってくると思い、素直に教えを乞う。
「ハア!?あんたそんなことも知らずにこのライブに参加してるっていうの!?」
「ご、ごめんなさい……」
なぜかえらい剣幕でキレられてしまった。そんな怒らなくてもいいじゃん。思わず素直に謝ってしまった。今日コイツに謝罪してばっかだわ!なんか腹立ってきた。
「いい?左から順に優木あんじゅ、綺羅ツバサ、統堂英玲奈よ!ちゃんと覚えておきなさい。分かったらライブに集中する!もう始まるわよ!!」
へいへい。
よしゃ、俺も盛り上がってくぞー!!
***
全ての曲目が終了し、A-RISEのみんなが観客全員に手を振る。
「ぜぇぜぇ」
「はぁはぁ」
つ、疲れた!!最初は周りに合わせるように控えめに声援なり合いの手なり入れていたのだが最終的に周りの誰よりも激しく体を動かすようになっていた。いや、これが性格でして……つい。
いや、誰よりもというのは少し語弊がある。
目の前のコート女と同じくらいと言った方がよいかもしれない。
「アンタ……ぜぇ、なかなかやるじゃない……」
「ふうっふうっ、そりゃどうも……」
なんか褒められているみたいだが、生憎とお礼を返せるほど体力は戻っていない。部活を引退してからほとんど運動していないせいか体力が著しく減少していた。ライブしんどっ!
ザワザワ
急に会場がざわつき始める、どうやら帰り際に彼女たちがサインボールを投げるようだ。面白いサプライズだなぁ、せっかくだから貰っておこう。
一つ目、あんじゅがボールを投げる。俺たちがいる位置とは全く別の方向へ飛んでいった。二つ目、英玲奈がボールを投げる。同じく遠くの方に飛んで行ってしまった。三つ目、ツバサがボールを投げる。
向きはドンピシャで俺たちのいる方向、ただ少し距離が伸びていく。頭の上を通過するかと思われた瞬間、俺は限界まで膝を落とし一気に飛び上がった。
いよっしゃ!!サインボールげっと!!!
きっちりとその手にボールを収め、少しバランスを崩しながらも着地する。
周りからのうらやましそうな視線を受け止めつつさっさと帰ろうと踵を返したその瞬間。
「ちょっと待ちなさい!!」
どうやらただでは帰れそうにないようだ。
***
「なんだよ」
相変わらずの胡散臭い恰好で俺の前に立ちふさがるコート女。
「そのサインボール、私に譲って。」
「え?嫌」
残念ながらすぐにお断りさせて頂いた。いや、そういわれてはいどうぞ、って差し出す奴なんかいないだろ!
「お願い、タダとは言わないから!」
「……うーん」
お金かあ……、確かに別段A-RISEのファンでもない以上売っ払うのも一つの手段ではあるけども。なんか違う気がするんだよなあ、うまくいえないけど。少し考え込んでいると、押せばいけるとでも踏んだのか捲し立てるように言葉を続けるグラサン女。
「私、アイドルが本当に好きでいろんなグッズ集めているの!人助けだと思って売ってちょうだい!アンタ見たところアイドルに興味ある感じでもないし、もちろんお金も払うし。悪くない条件だと思うんだけど?」
へえ、アイドル好きかぁ……。今後のために知り合っておくのも悪くないか?ふと絵里や穂乃果達の顔が脳裏に浮かぶ。絵里が希の思惑通り、スクールアイドルへの道を選ぶとすれば必然的にその協力を俺がすることになるだろう。知識はあるに越したことはない。
ここで一つコイツと知り合っておいたらファンならではのアドバイスとかも貰えるだろう。よし、決めた。ここではとりあえず恩を売っておこう。
「しょうがないな、ホラ、やるよ。お金はいらない」
そういってサインボールを差し出す。嬉しそうにそれを受け取りつつも少し不思議そうな表情をして質問してきた。
「あ、ありがと!でも、何?嫌に素直ね、なにか裏でもあるの?」
「もちろん、タダでやるわけないだろ」
「まあ、そうでしょうね、じゃあ何?なにか頼み事でもあるなら出来る範囲でしてあげるわ」
大事そうにボールをポケットにしまいつつ腕を腰のあたりに置き、俺の言葉を待つ。
音ノ木坂のやっかいな事情やスクールアイドルにそもそも俺の幼馴染がなるのかといった不確定事項を説明するのが面倒くさかったので、考えうる限りもっともシンプルな言葉で俺の要望を伝えてやることにした。
「そうだな。アンタが……欲しい!」
一瞬、二人の間の時が止まる。
「……はぁ? アンタいきなり何いってるの?」
清々しいくらい露骨に不快な表情を浮かべるグラサン女。いや、だから。不快なのはあんたのファッションセンスだっての。初夏の服装とは思えない。見ているこっちが暑苦しくなってきそうだ。
「何って、言葉通りの意味だけど」
「言葉通りの意味って……、それただの変態じゃない!初対面の女の子に向かって!」
腰を屈めて俺の顔を睨みつけながら少し鼻にかかる、特徴ある声で怒鳴りつけてくる。いやいや、なんで俺が怒られてんの?おかしいだろう。むしろモノあげたんだし感謝されるのが普通な気がするが……
「いや、だからアンタの持つアイドルの知識とかもろもろを教えてもらえるような関係を作りたいってこと。面倒だから要約したけど」
わざわざ言い直してやるとやっと自分が勘違いしていることに気づいたようだ。もしかして『お前と付き合いたい』みたいな意味にとってたりしたのかな?もしくは『お前と×××したい』みたいな。いやいや、マンガじゃあるまいしんなことあるわけないだろ。
もとい圧倒的胸囲不足の女に欲情するなど古雪海菜の名が廃る。
目の前の女ははにかみながら俯いた途端、みるみる顔を真っ赤にして燃えるように上気していく。いやー、表情変化の激しい子だなぁ。
「要約し過ぎよっ!紛らわしいじゃない!」
「まあそれはすまんかったと思ってる」
円満な人間関係を築き上げるためにもとりあえず謝っておくことにした。個人的にはコイツにも、俺に誤ったファッションセンスを見せつけている点で謝って欲しい。
「しょうがないわね。サインボール譲ってくれたし、許してあげるわよ」
「ようやく誤解がとけたか。要約だけに」
「……また少し腹が立ってきたんだけど」
なんとも面倒な女である。
***
「古雪海菜。高校3年生」
自己紹介をしないとお互いの呼び名すら分からないので、とりあえず俺から名乗る。
「矢澤にこよ、同じく高校3年生。にこって呼んでくれていいわ」
同い年かよ。まあ歳が離れすぎててもやりにくいし、良かったといえば良かったかな。同級生にこんな恰好で外を歩き回る友人がいるとなると少し嫌だけど。……それにしてもにこか。珍しい名前だと思う。
変わった名前だと性格まで変わってくるのかもしれないな。はっはっは。
「古雪海菜か……、変な名前。道理で性格も変わってるわけね」
「あぁ?なんか言ったかYAZAWA」
「にこって呼んでっていってるでしょ!」
腹が立つことに、向こうも同じことを考えていたらしい。
「とりあえずサングラスとって欲しいんだけど……」
さすがに話し辛いのでサングラスはとってもらいたい。
「あ、そうね。にこのキュートな素顔をみて、腰ぬかさないでよ」
「御託はいいから早くとれYAZAWA」
「だから名前で呼びなさい。あとなんかアンタの発音腹立つのよ!」
スッとド派手なサングラスを外す、にこ。自分の素顔に自信のほどを覗かせただけはあり、意外に整った顔立ちをしていた。大きな潤いのある赤みがかった瞳でこちらをまっすぐに見つめ返してくる。
「おぉ、背ちっちゃ!」
「サングラスとったからって身長は変わらないわよ! もっとほかにいうことあるでしょ」
さっきから思っていたが反応いいなコイツ。悪いやつではなさそうだ。
「そんなことよりコート脱げよ、見てるこっちが暑苦しい」
「そうね、さすがに暑いし。薄着になるけど変な気おこしたりしないでよ?」
「www」
いちいち癪に障るわねぇアンタ……などと呟きながら、にこはそそくさとコートを脱ぎはじめる。どうやら下にまともな服を着ている所をみると、そもそものファッションセンスが壊滅しているという訳ではないようだ。変装していたみたいだが、いったい何でだろう?
「ふぅ」
彼女はコートを脱ぎ終わり、額にうっすらと浮かんだ汗をハンカチでぬぐっている。メリハリのない残念な体系であるにもかかわらず不思議と子供っぽさは感じられない。からかいがいのあるお姉さんといった雰囲気だ。なかなか珍しいタイプだと思う。
「ちっちゃ!」
「だからコート脱いでも身長は変わらないわよ!」
「なるほど確かに。それにしてもちっちゃいんだけどなぁ」
「だから別に身長は……ってどこ見ていってんのよー!!」
絵里といい希といい、なまじ周りにスタイル抜群の女友達が多い分こういったタイプは新鮮で楽しい。普通に友達として仲良くなるのも悪くないかな。
***
にこと連絡先を交換した後はすぐに解散となった。どうやらこれから秋葉原に繰り出すようだ。俺も少し興味はあったのだが、流石にとっつきやすい子とはいえ初対面の女の子と楽しく遊ぶメンタルは持ち合わせていなかったので一緒に行くのは遠慮しておいた。
当初の予定よりも早くライブが終わってしまったので少し手持無沙汰だ。このまま寄り道せずにまっすぐ帰るのも少し物足りない気がする。もっとも、帰って勉強するという案もあるのだが……なかなかそう上手く自分を追い込むことができる訳もなく。
「穂むらにでもよって帰るかなぁ」
久しぶりに顔だしておくか。そもそも俺自身結構甘いものは好きな方なので純粋に和菓子が楽しみ、という理由もある。実際あんこってかなり美味しいよね?あ、そういえばアンコウの刺身持って帰り忘れたんだっけか、この前。……アレ高かったのに。鮭もおいて帰っちゃったしここ数回はかなり盛大にすべってるからな。今回は時間もないしネタは無しでいこう。
「そういえば……」
穂乃果達は順調に練習進めることができているのだろうか?たしかこの間絵里が彼女らが講堂の使用許可を求めてきたって話をしていたので、あと1,2週間で本番だろう。『作曲家』らしい真姫もこないだ会った時はまだ協力体勢じゃなかったみたいだし。うまくいっていればいいけどなぁ。
などと取り留めもないことをつらつらと頭の中に思い浮かべては消していく。そうこうしているといつのまにか穂むらに着いていた。
ガラガラガラ
昔ながらの横開きの扉を開けて中へ入ると元気の良い声が飛んできた。
「いらっしゃいませー!……あ、海菜さん」
「よ、店番お疲れ様」
いつものように雪穂ちゃんが出迎えてくれた。この子も受験生なのに家の手伝いとは出来た子だ。内心関心しながらねぎらいの言葉をかける。
「それで、今日は何しにきたんですか~?」
わざわざカウンターから出てきたと思えばニヤニヤしながら楽しそうにこちらを眺めてくる中学三年生。あれ、なんか俺なめられてるのかな。……それにしてもこの子が穂乃果の妹ねぇ。ぶっちゃけ全然似てない。
二人ともかなりの美少女であることに違いはないのだが、姉の方は天真爛漫な元気の良い印象を受ける女の子であるのに対して、妹の方はつり目が特徴的ななしっかり者の印象を受ける。実際、このように慣れてきたら親しく話しかけてくれるものの、礼儀正しい態度は崩さない真面目な女の子だ。
「何しにきたって……和菓子買いに来たに決まってるじゃん」
「ここ最近何も買わずに帰ること多いような気がしますけど。あ、アンコウ美味しかったです」
「君が食べたんかい!そりゃどうも……、あと残念だけど今日はネタ用意してる暇なかったわ」
「そうなんですかー。残念です」
本来和菓子屋に持ちネタ引っさげて登場するのがそもそも間違いなんだけどね。
「てか、雪穂ちゃん。こないだ君のお姉ちゃんと会ったけど一体どんな紹介してんの。あれじゃ俺ただのおもんない人じゃんか!」
「らしいですね、お姉ちゃんから聞いてます。すみません、先輩の魅力を丁寧に紹介したつもりだったんですケド」
いたずらっぽく笑いながらからかってくる。年上にからかわれるとイラッと来るけど不思議と下から来られるとちょっと嬉しいよね。なんなんだろうコレ。
「あ、海菜さん。連絡先交換して欲しいんですけどダメですか?」
「いいけど、なんで?」
「実はお姉ちゃんから頼まれてて。スクールアイドルの件で若い男の方の意見が欲しいらしいんです。女子高なので男の子の知り合い全然いないらしくて」
「そういうことなら全然。協力できるかは分からんけど」
お互いにスマホを出して連絡先を交換した。よし、JCのメアドゲットだぜ!……あ、ごめんなさい警察は呼ばないで。
談笑しながら気になった商品を買い、いざ帰ろうと出口へ向かって歩き出したその瞬間。引き戸が勢いよく開き、見覚えのある三人が店の中に入ってきた。
「たっだいま~!」
「おじゃましま~す!」
「おじゃまします」
「あ、お姉ちゃん達。おかえりなさい」
「いやー、今日もたくさん練習したよ!」
ジョギングでもしながら帰って来たのだろうか三人の体は汗でびしょびしょに濡れていた。やっぱり本気でトレーニングしているんだなぁと再確認した。
「あ、海菜さん!こんばんは~」
一番にことりが俺の存在に気づいて、声をかけてくれた。
「!こんばんは」
「あ、ホントだ!こないだぶりです!」
「皆。練習頑張ってるみたいだね、お疲れさん」
三人ともきちんと挨拶をしてくれたので労いの言葉をかける。と、その時何かを思い出した様子の穂乃果が勢いよくこちらに近づいてきた。
「そうだ!海菜さんに頼みたいことがあったんですよ!」
分かった。分かったからそんなに顔近づけないでほしい。暑苦しいし恥ずかしいから。女の子特有の甘い匂いと、かいたばかりの汗の少し酸っぱい匂いが合わさって鼻腔をくすぐり、クラクラしてしまう。
「うん、さっき雪穂ちゃんから聞いたわ。出来る範囲なら協力するけど」
「ありがとうございます!なら早速ですが今度、私たちμ’sのダンスを見てくれませんか?」
「それくらいならいくらでも。あ、だけど俺アイドル関連全くわからんから的確なアドバイスできないよ?」
「素直な感想が欲しいだけなので大丈夫です!」
うんうん。感想を欲しがってるということは結構順調に練習できてるみたいだ。ちょっと安心。……アレ?そういえば会話の中になにやら聞き覚えのない単語が出てきたような。
「……μ’s?」
「先日決まった私たちのグループ名です」
俺の疑問の声にすぐ海未が答えてくれた。
「へぇ、おしゃんてぃな名前だね」
「うふふ、三人とも気に入っているんですよ。音ノ木坂の生徒が投票してくれた名前なんです!」
「へー、グループ名募集かけたんか。それはいいアイデアかも。……それにしてもμ’sか。あれだよね?石鹸の」
「違います!」
うおっ、ツッコミ早!普通に薬用石鹸が頭に浮かんだから口にしただけで、別にボケたつもりはなかったんだけど。まあ、そっちがその気なら受けて立とうじゃないか。
「じゃああれだよね、鼻を英語で言うやつ」
「へ?……それはノーズです!」
躊躇いながらもきちんとツッコミを返してくれた。なるほど、育てがいがある子だな。
「えぇ?違う?じゃあ……時間通りに来ない人っていう意味の」
「それはルーズです!μ’sだっていってるじゃありませんか!」
なんか言っているがとりあえずは今は無視。
「なら、靴……かな?」
「それはシューズです!」
「あつあつトロトロが美味しい」
「……チーズです!一体なんなんですかぁ」
なんだか彼女の表情に疲れが見えてきた。そろそろやめたるか。まだまだ全然続けることはできるんだけど。
「夏場活躍する虫除けに使うあれとか?」
「……え?分からないですよ」
「そりゃ虫コナーズや!つってね、付き合ってくれてありがとう」
「遠ざかりすぎです!」
いやはや、ダイヤの原石を見つけてしまったかもしれないな。磨き次第でかなり輝きそうだ。……ツッコミ方面で。アイドル活動の方は知らんけど。
なんだかすごく満足したのでもう今日のところは帰ろう!我ながら濃い一日だった。
「それじゃ、俺はこれで。それじゃまた連絡ちょうだいね」
「はい!その時はよろしくお願いします」
「おう!練習頑張って」
そう言い残して穂むらをあとにする。
無事グループ名も決まって、見た感じライブも決行するつもりらしい。うむ、結構結構。……そういえば曲はどうするんだろうか。真姫はOK出したのかな?今度会ったら聞いてみよう。
そんなことを考えながら先ほど買った穂むらまんじゅうをぱくつく。値段も申し分ないし味もかなり美味しい!!まあなにより素晴らしいのは大きさだ。コストパフォーマンスの良さはかなりのものだと思う。
たしか穂乃果たちのグループ名も『おおきさ』みたいな名前だったような……
ってそりゃμ’sじゃなくて『サイズ』やないかーい!!
……
今日調子悪いし帰ったらすぐ寝よう。