ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第九話 彼女たちのミリョク

 どこか暖かい夕日の一片が隠れているような春の長い黄昏。穂乃果から連絡を受けた俺は例の希の働く神社へと足を運んでいた。今週末に新入生歓迎会があり、その放課後ライブを行うらしい。クラスのメンバーも協力してくれるらしく、あとは彼女達μ’sの完成度にかかっていると聞いた。

 

 今日は初めて自分たちのダンスと歌を見る人の感想が聞きたくて俺が招集されたみたいだ。ここ最近は絵里も希も事務仕事で忙しいらしく、あまり相手をしてくれなくて寂しかったのでちょうどいい。毎日楽しみもなく勉強ばかりだと気も滅入ってくるというものだ。

 

「この階段さえなければなぁ……」

 

 相変わらずの急こう配の参拝道を見上げながらそう呟く。これを毎日あの子たちは何往復もしているらしい。若さってすごい!

 

「海菜さーーーーーーん!!!」

 

 

 階段の上から穂乃果がぶんぶん手を振りながら、俺の名前を呼んでくれているようだ。隣に立っている海未はかるく会釈を、その隣のことりはすこし控えめにこちらに向けて手を振ってくれている。全くもって三者三様で、幼年時代からの親友と聞いて驚いたことを思い出した。

 意外に性格が似すぎていない方がうまくバランスが取れるのかもしれない。実際俺と絵里、そして希も性格かなり違うしな。そういえば亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんも違ったタイプ同士で仲が良かったと思う。

 

「ふぅ、おまたせ」

「わざわざ来てくださってありがとうございます」

「いいよ、学校帰りに来れる位置だし」

 

 律儀にも丁寧にお礼をいってくれる海未。なんだか視線が泳ぎ気味なのは……気のせいか?彼女の様子が気がかりではあったが、すぐに穂乃果が元気よく話しかけてくれたのでそちらを向く。

 

「早速ですけど、一通り完成したので見ていただけますか!?」

「いいよ。楽しみだな」

「よぉーっし!準備はいい?ことりちゃん、海未ちゃん!」

「うん!大丈夫だよ~」

 

 あいかわらず癒される笑顔で小さくガッツポーズをして見せることり。この子ほんとに女子高でよかったな……共学だったら男共は絶対放っておかないし、そんなことになればこの子のお父さんも気が気じゃないだろう。俺も知り合って間もないが、もし仮にことりに『わたし、彼氏ができたんです』などといわれれば、わら人形2,3体くらいは作ったかもしれない。

 

「……」

「あれ?海未ちゃん、どうかしたの?」

 

 やる気満々な二人とは対照的に見るからに元気のない海未。……なんか涙目で顔を真っ赤に染めながらこっち見てきてるんだけど何?え、俺なんか悪いことしたかな!?

 

「やっぱり無理です!男の人の前で踊るなんて!」

 

 衝撃的な一言が飛び出してきた。……いやいや。仮にもスクールアイドルを目指す女の子が男の前で踊れないって!かなり致命的な欠陥だと思うのだが。海未は頭を抱えて座り込んでしまった。

 

 確かに3人の中でもとびきり真面目そうな印象をうけてはいたけど……。というかむしろ普通の女子高生ならこの反応が普通なのか?あまり緊張していない穂乃果やことりが特別性なのかもしれない。

 

「海未ちゃん、さっきはちゃんとチラシ配り出来るようになってたし!大丈夫だよ」

「だって配る相手は女の子ばかりですし……」

「だけど折角海菜さん来てくれたんだし頑張ってみよう?」

 

 親友二人に励まされ、うつむきながらもこちらをチラチラ見てくるアイドル候補生。なんだこの罪悪感。なんか声かけてあげた方がいいのかな?

 

 

「まあまあ、初めてのリハーサルだし仕方ないよな。しかもそのチェックがカッコイイ他校の先輩だなんてそりゃ緊張するよね」

「カッコよくはないです……」

「そうかぁ……」

 

 

 

 へへっ、つらい。

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん、海菜さんまでふさぎ込んじゃったよぉ~!」

「もう!二人ともしっかりしてーーーー!!」

 

 

 

 

***

 

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました……」

 

 いくぶんか落ち着いたのか体操座りで待っていた俺のもとにとことこと歩いてきた。申し訳なさそうにうなだれているが、目を見る限りやっと覚悟はできたようだ。まぁ上を目指すならこんなところで立ち止まってる場合ではない。いやはや、本番前に克服できてよかった。

 

「別にいいよ、少しずつ慣れてけばいいし」

「あ、あと、その……海菜さんはカッコイイ方だとは思います。私の好みではないだけで」

 

 

「うるせぇよ!全くフォローになってないからな、それ!」

 

 

 悪いと思ったのか逆に心をえぐるだけの台詞を吐いて戻っていく海未。逆効果だから!心に刺さった矢をぐりぐりこねくり回して帰っただけだから!くっそー、いつか仕返ししてやる……。ぐうの音も出ないほど執拗にボケ倒してやる。

 

「よし、それじゃ始めますね!」

 

 穂乃果の掛け声とともに観客一人を前にした彼女たちにとって初めてのライブが……始まった。

 

 

 

 

 

♪♪♪

 

 

 

 

 声を合わせて歌い始めた3人。本番はマイクを通すはずだが今はそんなものあるはずもなく、懸命に声を出しているにもかかわらず俺の耳にはわずかな音しか届かない。歌詞は聞き取りようもなく断片的にしか理解できなかった。

 

 ダンスもお世辞にも上手いとは言えない。キレはそれほどよくないし、3人のコンビネーションだってわずかずつズレてしまっていることが素人目にも分かる。もっとも、わずか一か月ほどで一応見れるレベルにまで持ってこれたこと自体がすごいのかもしれないが……。

 いや、それは褒めるところではないな。『短時間でここまできたんです!』などと観客に言い訳など出来るはずないのだから。

 

 

 

 

 

 俺の正直な感想を言おうか。

 

 

 

 酷いな、見れたもんじゃない。

 

 

 

 

 

 なまじA-RISEのライブなどを生で見てしまったせいか、どうしても彼女らと比べてしまう自分がいる。無論頂点と比べたところでどうしようもないことくらい分かっているのだが。

 

 

 穂乃果、何度もダンス間違えているし前出過ぎだ。

 ことり、声が出てないしポジションを気にしすぎて顔が上がってないぞ。

 海未、笑顔が固い。もっと楽しそうに踊らなきゃ人を惹きつけることは出来ないって。

 

 

 文句ならいくらでも言える。修正すべきところなら何個でも指摘できる。

 

  

 

 

 そんな、あまりにもつたない、不格好なライブだった。

 だったけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議と彼女達から視線を逸らすことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

「はぁはぁ……どうでしたか!?」

 

 息を切らせながら穂乃果が聞いてくる。他の二人もしんどそうに肩で息をしながらも、まっすぐにこちらを見て俺の言葉を待っているようだ。

 

「正直ヘタクソだったな」

 

 ガクーッと3人とも地べたにへたり込んでしまった。いや、正直な感想をくださいとのことだから言ったまでだし、そもそも俺がこの子達に気を使ってあげる義務もなければ義理もないだろう。

 

「うわーん!海菜さん容赦ないよー!」

「正直な感想を……とお願いしたのはこちらですし。残念ですが……」

「緊張してかなりミスしちゃってたしね~」

「ううう、本番はもっと人来るだろうし大丈夫かなぁ」

 

 

「でも!!」

 

 少し大きめの声を上げて注意を促す。まだ言いたいことは残ってるんだから、こっちを向いてくれ。

 

 

 

「でも、もっと見ていたいって思ったよ」

 

 

 

 別に気を使ってる訳ではない。本当にそう感じたんだ。

 

 

「ダンスはお世辞にも上手いとはいえないし、歌だって完成されてるわけじゃない。悪いところなんて挙げていけばいくらでもあるけど、……それでも君たちのライブは魅力的だった」

 

 

 人の想いなんてものは、たとえ形が不格好でも不思議と伝わるものだ。プロ野球選手のスーパープレイより高校球児の泥臭いヘッドスライディングに心うたれるように。オペラ歌手の歌声よりも、年端もいかない女の子の歌声に耳を傾けてしまうように。

 

 彼女たちの歌には、踊りには。人を惹きつける【想い】が確かにあった。

 

「えっと……良かった、ってことですか?」

 

 よくわからない、とでも言いたげな困った顔で聞いてくる穂乃果。どうやら言わんとしていることは上手く伝わっていないみたいだ。俺自身うまく言葉にできないから仕方ないけれど。やってる本人たちは自覚しながら踊ってるわけじゃないだろうしね。

 

 

「いや、全然ダメ!酷い!」

 

 

「うわーん、褒められてるのかけなされてるのかよく分かんないよ~!」

 

 まあ別に褒めてるわけじゃないしな。

 

「この調子で頑張れば大丈夫ってことだよ!一応形にはなってたし、細かいミスを直していけば十分人を集めて見せるだけの価値をもつものが出来上がると思う」

「ほんとですか……?」

「もちろん、嘘はつかないって」

 

 3人は顔を見合わせると安心したようにほっと溜息をついた。

 その調子で頑張って欲しい。

 

 

 

「ところで、この曲ってオリジナル?」

「はい!真姫ちゃんが曲を作って海未ちゃんが歌詞を書いてくれたんですよ!」

 

 へぇ、あの子結局、曲書いてくれたんだな。一筋縄ではいきそうにない女の子だったけど、この子達の熱意が彼女を動かしたのだろう。聞いた感じいい曲だったし作曲の才能はかなりのものらしい。

 加えて海未が作詞。少し意外な人選だ。確かに3人の中では一番書きそうではあるけど、詩なんてものは一朝一夕にかけるものでもないと思う。ポエムノートとか作ってたクチか?なんにせよ今日は正直歌詞聞き取れるレベルでは無かったので、機会があれば今度注意して聞いてみよう。

 

 

「そかそか、真姫ちゃんはヒューズに入らないの?」

「それを言うならμ’sです。これまだ続けるんですか……」

「ヒューズて、電子部品か!……ちょいちょい挟んでいこうかなとは思ってる」

「何度か誘ってるんですけど、毎回断られちゃってて。『オコトワリシマス!』なんて、海未ちゃんみたい」

「穂乃果!」

 

 

 お友達同士きゃいきゃいし始めたし、そろそろ俺は帰ろうかな。この調子なら週末のライブにはなんとか間に合うだろう。監督してくれる誰かがいれば練習ははかどるんだろうけど、いないだろうなぁ。……俺?流石に出る幕じゃないだろ。

 

「それじゃ、俺はこれで。本番頑張ってね!俺は行けないけど」

「えぇ!来ていただけないんですか!?」

 

 なぜか穂乃果に盛大に驚かれてしまった。いやいや、なんで君のなかで俺が行くこと決定してんの。女子高に一人で乗り込む勇気なんてないっつの。

 

「あの……ぜひ来ていただきたかったのですが」

 

 海未にも寂しそうな表情をされてしまった。や、ヤバい……。このままじゃ心の痛みから逃れられず、無意識のうちに行きます宣言してしまいそうだ。押し切られる前にさっさと帰ってしまおう。

 

「じゃ、じゃあバイバ……」

「海菜さん!」

 

 強引にぶっこんだお別れの言葉をことりに遮られてしまう。

 ことりは少し俯きがちにこちらを見ていた。前髪から覗く瞳が薄桃色の靄に囲まれたように潤んでくる。汗に濡れた自分のシャツのちょうど胸のあたりを掴み、ふぅと吐息を漏らしていた。な、何をするつもりだ!やめろ!俺の中の警戒心がけたたましくサイレンを鳴らす。

 ことりはおもむろに顔を上げたかと思うと、たった一言だけ俺に投げかけてきた。

 

「お願いします!!」

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

そりゃことりにあんな顔で頼まれたら誰だってこう答えるさ。

 

 

 

 

……帰ったら希に相談するかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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