訳題は『生まれて来てくれてありがとう』です。
誕生日。
それは世界中誰にでも平等に訪れる大事な記念日。
でも、その日がどれくらい楽しくて、幸せかどうかは人によって違うしその差はとても大きいものになってしまう。そればっかりは神さんに頼んでもどうにもならないみたいで、私の今まで過ごした十七回の誕生日はお世辞にも最高の記念日、とは言えないものだった。
もちろん、両親は祝ってくれる。
でも、それだけ。
親の都合で引っ越すことが多かったせいか、六月九日という少し早目の誕生日を祝ってくれるような友達はいなかった。何年も同じ学校にいられれば覚えてくれる子だっていただろう。でも、二・三年持たずに引っ越ししなくてはいけない私にそんな友人はいなかった。
ちょっと仲良くなった友達と、誕生日の話をする頃にはもう私の記念日は過ぎていて……いつも私は困った顔で笑いながら、いいんだよ。また来年祝ってよ。なんて。
「あ、でも、去年は嬉しかったな」
私は自分の部屋で、窓をうつ雨の音を聞きながら呟いた。
そして、そっとお風呂上がりの髪の毛を結えていたシュシュを撫でる。
使い込んだせいで色が抜け落ちて、ゴムの伸びきってしまった髪留め。それでも私はずっと大切にこのプレゼントを使っていた。二人が一生懸命選んでくれたちょっと高級なシュシュ。
去年、私の親友と片思いの相手が選んでくれたプレゼントだ。
一年目を祝ってあげられなかったからって、古雪くんの家で焼肉パーティーを開いてくれたんだ。エリチの家族や、古雪くんの家族も総出になって私の誕生日を祝ってくれた。
何もそこまで、と言ったんだけど二人とも聞いてくれなくて。
気付けば私は一番真ん中の席で心の底から笑ってた。
途中からは大人たちの酒盛りが始まってしまったせいで古雪くんの部屋に避難していたんだけどね。
そこで二人にこれを手渡されて……。
去年のそんな一日は、私の人生で一番楽しい誕生日だった。
「今年は、寂しくなりそうだな……」
小さく零す。
それは仕方の無い事だよね。私は自分に言い聞かせるように頷いた。
廃校の危機が目前まで迫っていて、エリチは他の事に気をかける余裕なんてない。それに、μ’sのサポートを人知れずしてくれてる古雪くんも今年は受験生だし……好きでもない女の子の誕生日をわざわざ祝ってなんてくれないよね?
去年は優しい二人に私の事を気にしてくれる時間と状況があったから。
何事も高望みするのは良くない。
いま、私が一番優先すべきことは九人とあと一人を加えたμ’sの完成。
そっちにスピリチュアルパワーをかけなきゃね!
時刻はもう夜の十一時を回っていた。
私は部屋の電気を消して、ベットに横になる。
次目が覚めたら私の誕生日か。
そんな事を思いながら目を閉じて、梅雨のせいか鳴りやまない雨音を聞く。
「おやすみなさい」
当然、返事は返ってこなかった。
***
「それじゃ、エリチ。私はバイトがあるから……」
「えぇ。そろそろ下校時間だし、今日は終わりにしましょうか」
「エリチはもう少し残るん?」
「そのつもりよ」
手元の書類から目を離さずに、親友はそう返す。
やっぱり、今日という記念日は、いつもと変わらない一日だった。
エリチも生徒会の仕事で手いっぱいで私の誕生日なんて忘れてしまっていたみたいだし、クラスの子はそもそも私の誕生日を知らない。新しいクラスになってたった二か月じゃ、お互いの記念日を祝い合えるような関係にはなれないよね。
少なくとも根が人見知りの私には無理だった。
軽く他の生徒会役員たちにも挨拶を残してバイトに向かう。
やまない雨がビニール傘を叩き、地面に当たって跳ね返る雨粒がソックスを濡らす。雨は嫌いじゃないけれど、ただでさえ落ち込んでいる気分がもっと暗くなっていくようで……今日はあまり降って欲しくなかったかな。
コツンコツン
たった一つの足音が響く。
結局、朝両親からおめでとうの電話が届くだけだった。
古雪くんからも当然連絡はない。
もちろん、相手が私の事を好きでいてくれてるなんて思ってもいないけれど……いざ、現実としてそれを突きつけられるとちょっとだけ胸が苦しくなった。
「切り替えて、頑張らないと」
神社の巫女さんが落ち込んでたら、神さんも誰かを助けようって気にならないよね! 私はそう思い直して神社の境内に向けて、足早に石段を登り切った。
***
「お疲れ様です」
「お疲れ様。また明日もよろしくね」
神主さんに挨拶をして、スクールバックを肩にかけた。
ずっと雨が降っていたせいか、お客さんの数は少なかったし掃除を任せられることもなかった。お蔭でバイトの仕事自体は凄く楽だった。ちょっとだけ、ラッキーなのかな。
私は自嘲気味に微笑んで、ローファーの置いてある靴箱へ歩いた。
少し湿った靴を取り出して履く。
帰ってちゃんと水気をふき取ってやらないと痛んでしまいそうだ。
そんな事を考えながら傘立ての前に立って、私の傘を探した。
真っ黒い大きな傘に、可愛らしい黄色い傘。
ここに住む神主さんや、その子供さんの傘なのかな。でも、そこに私のいつも使ってるコンビニ傘は見当たらなかった。
どこに行ったんだろう……盗まれちゃったのかな。
そんな考えが頭をよぎる。
いままで何度か傘を取られることはあったから……その度に良い傘を買おうか迷うんだけど、結局値段が安いビニール傘に落ち着いてしまっていた。それに、帰るのに傘が必要だからどっちにしろコンビニによって買って、そのまま使い続けることになる。
一瞬、神主さんに一日だけ貸して貰おうかと思ったけど、この時期にそれはあまりに迷惑だろう。明日だって降水確率はかなり高いみたいだし。
よし、とりあえず急いでコンビニまで行こう。
そう思って、顔をあげた。
びしょ濡れになって帰るなんて、我ながら酷い誕生日だね。
ガラガラ
出口の戸を開けて、空を見上げた。
雨は未だにしとしとと降り続いている。
「希!」
あれ?今、誰かに名前を呼ばれたのかな。
不思議に思いながら、声のした方を見ると……。
「ジャーン! ドッキリ大成功!」
「ドッキリというより嫌がらせよ、それ。希、落ち込んでたじゃない」
満面の笑みで私のビニール傘を高らかに掲げる古雪くんと、申し訳なさそうにこちらを見ながら慣れた様子で彼に一声かけるエリチ。
「古雪くん、エリチ……。なんで?」
小さく零した。
二人は、一瞬顔を見合わせて、私の大好きな笑顔を浮かべながら口を開く。
『せーのっ』
「ハッピーバースデー、希!」
「希。誕生日おめでとう!」
古雪くんは英語で、エリチは日本語で祝福の言葉をかけてくれた。
どうやら息を合わせようとしたらしいが、上手くいかなかったらしい。せーのっ!のタイミングは驚くくらい一致してるのに、なぜそっちで外れたのだろう。相変わらず息が合ってるのか合っていないのか良く分からないコンビだね。
「なんで日本語!? 普通ハッピーバースデー! だろ!」
「な! 海菜、さっきまで誕生日おめでとうで行くって言ってたじゃない!」
「あれ? そうだっけ」
「そうよ……もう。海菜が一緒に言いたいって言うから今日一日希の誕生日に気付いていないフリしてたのに」
「だって、ズルいじゃん。俺より先に希を祝うなんて卑怯」
「寂しそうな希を見る私の罪悪感も考えてよ」
驚く私をよそに、やいのやいのと雑談を続ける二人。
私はただただきょとんと、声をかけられるのを待っていた。
「ってことで、改めておめでとう」
「ごめんね? 本当は学校でも言おうと思ってたんだけど……海菜がうるさくて」
「だってフェアじゃないだろ!」
「はいはい。だから今まで待ったじゃない」
やっと。
やっと、私がいま置かれている状況を頭の中で整理出来た。
「えっと、私……」
うまく言葉が出ない。
嬉しくて、嬉しくてたまらないのに。
「はい。プレゼント!」
「私たち二人からの、ね?」
目の前まで歩いてきてくれた古雪くんが、そっと私の手を取った。
どくん、と心臓が跳ねる。酷く暖かいその手の感触。
「これは?」
「今開けた方がいいぞ」
手の平に乗せられた、六十センチほどの棒状の袋。綺麗な包装紙に包まれたそれを、二人は早く早くと開けるよう急かして来た。言われるがまま、丁寧に袋を解いて中に入っていたプレゼントを取り出す。
「わぁ……」
それは、紫色の傘だった。
高級そうな木製の持ち手に、上品なパープルの布地。開かないと模様は分からないだろうが、ところどころにキラキラと光るラメが付いていて玄関先の照明を反射してキラキラと輝いている。
「開いてみていい?」
「もちろん、それはもう希のだよ」
そっと、膨らみを抑える布紐を解いて、傘を広げる。
「……綺麗」
「だろ! 俺のセンス!」
「ちょっと! 私も一緒に選んだでしょう!?」
紫色の布地に、銀色の粒で描かれた小さな星が何個も散らばっていた。上品でいて、それでいて可愛らしくて……なによりも二人が一緒になって選んでくれたという事実が心から嬉しかった。
「ありがとう……、嬉しいよ」
やっと、その言葉を口に出来た。
「ん」
「えぇ」
二人の返事は素っ気ないけれど、その目はとても優しくて……私は人知れず溢れかけた涙を拭う。あたりが暗いせいかきっと二人には気付かれていないはず。
「それじゃ、帰ろっか」
「希はその傘で帰るのよ?」
「うん! もちろん。ちょっと勿体ない気もするけど……」
「なんか、去年も同じこと言ってたぞ」
そんな話をしながら、私たちは歩き始めた。
その瞬間。
「お邪魔します!」
「それじゃ、私も失礼するわね」
「えぇ!?」
急に自分の傘を閉じた二人が、私の傘の下に入って来た。
「せ、狭いやんか!」
二人に挟まれる形になった私は抗議の声をあげる。
それに、古雪くんとこんなに近く……。急激に体温が上昇するのを感じた。冗談だって事は分かってるけど、だからって体はどうしても反応してしまう。
「海菜! あなたがやったらただのセクハラよ」
「それもそうか……」
あはは、と笑いながら古雪くんはすぐに離れていく。
直前。耳元で彼は囁いた。
男の子特有の、低い声。
軽く耳にかかる暖かな吐息。
「来年も、再来年も。期待しとけよ?」
ほんと、ズルいよね。この人は。
私はその言葉に満面の笑みで、頷き返した。
「やっぱり、この傘可愛いわね」
「うん。ありがとね、エリチ……。って、いつまで相合傘するん?」
「いいじゃない。大きい傘なんだから」
「あんまりそっちでイチャイチャすんなよ。寂しいから」
「古雪くんもありがとね?」
「あぁ。いいよ。我ながらいいプレゼント思いついたと思うわ。絵里はずっと隣で『マトリョーシカは? マトリョーシカは?』しか言ってなかったし」
「ちょっと! 嘘つくのはやめなさいよ! 海菜こそ『コスプレ衣装あげようぜ』とか言ってたくせに」
「なっ! それバラすなって言っただろ!」
「もー、ケンカはあかんよ~」
誕生日。
それは世界中誰にでも平等に訪れる大事な記念日。
そして、私の誕生日は。
世界で誰よりも一番幸せな日です。
映画。忙し過ぎて見れてません。
本気で見に行きたいのですが……。
今回は記念話です。さすがにヒロインの誕生日を祝わない手は無いので(笑)
それでは次回。本編でお会いしましょう。
ではでは。