そんな訳で、今回はにこ回です。
では、どうぞ。
世の中には様々な性格の女性が居る事くらい周知の事実であるし、今更わざわざそれを話題にあげて議論などしようとは思っていない。しかし、多種多様な人間がいるとはいえ、大別すればさほど多くないグループに分けることが出来る。
例えば、個性的な面子の集まるμ’sを例に挙げても、明るい子という枠には穂乃果、凛、ことりあたりが。真面目な子という枠組みを作ったなら絵里、海未、真姫、花陽と言うように、割と少ないジャンル分けで女の子を分けることが出来るはずだ。
しかし、当然そういう枠に囚われない稀有な人間も確かに存在するわけで……。
「古雪! 明日の十一時ににこの家集合ね! 遅れたら許さないから」
そう。例えば『矢澤にこ』のような。
俺は相変わらず嵐のような勢いで爆弾を投下していった彼女の後姿をため息交じりに見送る。
おそらく拒否権は無いのだろう。いやだ、行かないなどと言おうものならやけに通るあの声で根限り罵倒されるはずだ。生来サディスト寄りの俺にとってそれはイラつきにしかならないが、たまにはアイツに付き合っても良いかなどと考えて、特に言葉を返すことなく帰路についた。
「それって夜……?」
「朝に決まってるでしょ!」
「おお……」
相変わらずの地獄耳……超小声でボケただけなんだけどなぁ。
***
次の日の朝、十一時二十分。
俺は清々しい気分で目を覚まし、部屋のカーテンを開いた。
夏の正午前。少し強めの日差しが降り注ぎ、僅かに残っていた眠気を飛ばしていく。天気は快晴。風も大して強くなく、暑くなりそうな事を除けば申し分のない天気だ。
うーん、と心地よく胸を反らして伸びをする。
「海菜!」
「……何?」
軽く振り返ってから一階から聞こえて来たおかんの声に返事を返した。
「矢澤さんって子が来てるわよー。今、あんたの部屋に行って貰ってるから」
「は?」
ちょっとまて。今なんつった?
俺は慌てておかんの台詞を反芻する。そして、思い出す。完璧に今日遊ぶ約束をした……いや、されたことを忘れてしまっていた。昨日夜遅くまで机に向かっていたせいか、完全に頭からにこの事が吹っ飛んでしまった訳で。
やべぇ。とにかく、やべぇ!
いい天気だなー、などとへらへらしている場合では無い。現在進行形で嵐が迫ってる! しかも目前に!
ガタンッ
慌てて部屋の中央で正座をした直後、自室の扉が開く。
赤みがかった瞳を怪しく光らせながら、頬をひくつかせてこちらを睨む同級生の姿がそこにあった。いつもと違ってこちらに罪悪感があるだけ受ける印象も違い、素直に恐い。普段だとまた怒ってる(笑)程度の感想だが、さすがの俺も軽口を叩くことなく項垂れる。
「アンタねぇ……」
「謝ったら許してくれる?」
「許すと思う?」
「スーパーアイドルにこちゃんなら、あるいは」
「残念。にこは今、プライベートなの。だから……」
俺は観念して目を瞑った。
強引な誘いであり、今日遊ぶ予定だったせいか夜遅くまで勉強していてうっかりしていたとはいえ、悪いのは全面的に俺の方だ。多少のビンタなら甘んじて受けねばなるまい。
しかし、意外な事に俺を襲ったのは軽いデコピンだけだった。
「ほら。さっさと準備しなさい。でかけるわよ」
「……意外に優しいな」
「まぁ、にこが強引に誘った訳だし、多少はね。一応三十分前に連絡して帰ってこなかったら迎えに来るつもりでいたし。アンタが寝坊しそうなことくらい予想済みなのよ」
「へぇ」
ちょっとだけ違和感を感じる。
どうしてそこまでしてくれるのだろう? 柄じゃないよな。
俺はそんな事をぼんやりと考えながらも急かされるままに準備を始めた。
にこには一応下に降りて貰い、適当に服を見繕う。どうやら出かけるみたいなので多少は見てくれを気にした方が良いだろう。俺は着替え終わると急いでリビングに降りる。そこではおかんとにこが妙に意気投合した様子でおしゃべりに興じていた。
特にかける言葉もないので、洗面所に入り、顔を洗った後ワックスを手に取って十分伸ばす。
「ウチの海菜が迷惑かけてない?」
「そんなぁ~。迷惑かけてるのはむしろ私の方ですよぉ~☆」
「あらあら。にこちゃんは可愛いのにいい子ねぇ」
「そんなことないですぅ~☆」
あぁ。やっぱりそういう感じか。
俺は適当に髪型を整え終わり、カシャカシャと歯磨きをしながら半眼でにこを見る。彼女は演技をするのに一生懸命なのか俺の視線には気付いていない。俺からするとあざとくてウザいだけのあの態度も、歳のいった同性から見ると一周回って可愛く思えるのかもしれないな。
まぁ、にこはそこら辺のぶりっこと違って確かに性格は良いため、一応勘の鋭いおかんも楽しそうに彼女と絡んでいるのだろう。
「海菜もやるわねぇ。こんなに可愛い子とデートなんて」
「そんなぁ。古雪クンとはただのお友達ですよ~☆」
「あらあら、だって。残念だったわね、海菜」
「一つも残念じゃねぇよ」
何が『古雪クン』だ気色が悪い。
俺は調子に乗って愛想を振りまいていたにこの頭を鷲掴みにして左右に揺らした。
「痛い痛い! やめなさいよ! 今日はちゃんと髪型だってセットしてるんだから!」
「ツインテールにセットも何もないだろ」
「はぁ。これだからアンタは……いい? ツインテールって一口に言ってもね、結ぶ位置やまとめる髪の量で見る人の受ける印象って言うのは……」
「長い。時間おしてるんだから早く出るぞ」
「誰のせいでおしてると思ってるのよ!」
おかんが横に居るのはもう関係ないのか、にこは少し乱れた髪を抑えて上目づかいになりながら抗議してくる。俺は確かにこういう状況に陥った原因は俺にもあるな、と冷静に思い直して素直に謝った。
「ごめんなさぁ~い☆」
「ムカつく!」
全く、一体何が不満なのだろうか。
***
「ところで今日は何しに行くの?」
俺達は軽く雑談をしながら駅の手前まで来ていた。
そういえば、何も聞かされてないよな。俺は隣をあるくにこに問いかけた。にこはその白い肌にうっすらとかいた汗を拭いながら俺の顔を見上げて答える。身長差のせいか、日光が眩しいらしく、その大きくて丸い目を細めていた。
「秋葉原よ。当り前じゃない」
「君の常識は俺にとっての非常識だって何回言わせれば気が済むんだよ」
「うるさいわねー。いいから今日一日は黙ってにこについてきなさい!」
「君、俺が一日中黙っとける男だって思ってるの?」
「うぐ……絶対無理ね」
まぁ、なんにせよ。遊びに行く場所や目的は何となく決まっているらしい。聞いても教えてくれないあたりが気になるが、別段俺が付いて行くという事実に変わりはないのでひとまずは問題ないだろう。
「なんだかんだで、にこと二人って珍しいよな」
「そう? 結構話はする方だと思うけど」
「まぁ、会話の頻度は多いけど。大体他のメンバーが傍に居るからさ」
「確かにそうね。……あ、もしかして緊張してる? 仕方ないわねぇ、こんな可愛いアイドルにこにーとデートなんだもんねっ。ちょっと、恋愛経験に乏しい古雪には刺激が強すぎるかな!」
「うおぇ」
「なに嘔吐いてるのよっ!」
「おろろろろろ」
「そして吐きすぎ!!」
この調子で一日、お互いのボケ(にこの場合は若干天然)の応酬をするとなるとかなりハードな休日になりそうだ。俺はこれからのツッコミやリアクションに備え、もっとも省エネな返しを選択する。
コイツ、逐一ハイテンションでツッコんでくるけど大丈夫なのかなぁ。
「つか、お前も恋愛経験無いだろ」
「うっ……。それは、アレよ。アイドルは恋愛禁止だし」
「へぇ。でも、男心を知らないと男性ファンは寄ってこないぞ」
「それは持たざる者の考えよ。にこくらいになれば生まれつきの魔性の魅力で……」
「ほう。言ったな? ならちょっと今、その魅力ってヤツ出してみろよ」
両手を腰に当て、無い胸を主張しながら持論を展開するにこ。
それを聞いて、俺は何のためらいもなく無茶振りをした。例えば海未や真姫にこういう事を言う場合は、一応嫌がらないかなーとか、大丈夫かな、などと気を使って言葉にするのだが、コイツ相手だと何の抵抗もなく台詞が出て来る。
いい言い方をすれば信頼感。悪い言い方をすれば……お互いに雑だよな。
でもさ。
「あれぇ~、出来ないのぉ~?☆」
「なっ! やってやろうじゃない! あとそのモノマネムカつくからやめなさい!」
コイツ、普通にやってくれるからな。
個人的にここまでノリノリな女の子は好きなので、なんだかんだ言いつつ俺はにことの二人きりでの外出を楽しんでいた。絵里や希と居る時とはまた違った感じで面白い。
「しっかり見ときなさい!」
「あぁ」
「いくわよ。……にっこにっこに『うえぇえ!』早いのよ!」
ここまで反応良い子、他に居ないからな。
***
『お帰りなさいっ。お嬢様、ご主人様っ!』
秋葉原について、すぐさま案内されたのは彼女の行きつけらしいメイドカフェだった。メイドカフェ自体は一度、ARISEのエレナと行ったことはあったのだが、そこはどちらかというとレストラン寄りというか。
「ご主人様っ! どうぞこちらのお席へっ」
にこによって連れてこられたこのメイドカフェのように逐一世話を焼いてくれるメイドさんはいなかった気がする。あそこは、スカート丈も長めだったし、メイド服の色合いもかなりシックな感じで落ち着いており、必要以上に絡んできたりはしなかった。
「ご注文はどーしますかっ?」
ピンク色の可愛らしいメイド服に身を包んだ同い年か少し上くらいの女の子にばちこんっ☆とウィンクを飛ばされる。スカート丈も短いし、なぜか妙に動きがあざとい。つか、メイドなら敬語くらいちゃんと使え。
こういう感じに慣れていない俺はただただ縮こまってにこに視線で助けを求めていた。
「そうね。古雪、アンタはどうする?」
「なんかいい感じで!」
「にこが決めて良いって事ね。じゃあ、コレと、コレと……」
「何かご要望はありますかっ?」
「古雪、何かある?」
「ない!」
「かしこまりましたっ!」
元気よくメイドさんはそう返事をして、厨房へととてとてと駆けていった。メイド界の常識というものを俺は全く知らないが、彼女たちはいちいち語尾を跳ねさせないと死んでしまうのだろうか?
「おい、にこ!」
「なによ。そんなに緊張しなくても良いのに」
「緊張するわっ! 初めてなんだって、こんなメイドカフェっぽいメイドカフェに行くの!」
「ことりのお店はかなり大人し目で、ターゲットにしてる客層が上だから確かに初めてはびっくりするかもね。でも、さっき行ってみたいって話をしてたじゃない」
「うぅ……、そうだけどさ」
実はさっき、昼ご飯どこで食べるって話をしていた時にふと本物のメイドカフェに行きたいと口走ってしまったのだ。その時はかなり興味もあったし、にこに大人しくついて来たんだけど。
「やっぱり、合わないかも」
ちらりと視線を泳がせた先で目が合ったメイドさんににこりと微笑まれてしまい、そっと会釈を返した後ため息をついた。なんというか、落ち着かない。後ろではなぜかじゃんけん大会が開かれてるし、右隣では妙なおまじないをオムライスにかけられている男性が居る。
「アンタ、結構うぶよね。ノリノリであーんとかして貰うと思ったけど」
「恥ずかし過ぎるわ! 何その羞恥プレイ!」
「意外に感性はまともだったのね……。奉仕されたりするの好きそうなのに」
「俺は進んで奉仕されたいんじゃなくて、いやいや奉仕させられる女の子の悔しそうな顔が好きなの!」
「前言撤回よ! 全然まともな感性してなかったわね!」
興味本位で一人で来なくて良かった。
にこが居てくれるおかげでなんとか逃げ道が出来てるし。
「でもさ、ここって結構高いんじゃないの? 本格的なお店みたいだし」
「それは、まぁ、遊びつくそうと思ったら別だけど、ただ食事するくらいならそうでもないわよ」
「へぇ。なんとなくこういう店ってぼったくられるイメージだったけど」
「有名店だからこそ値段設定はまともなの」
「なるほど。ってことは、にこは結構来るのか?」
ふと聞いてみた。
なんとなくこなれた感じだし、俺と比べて圧倒的に落ち着き払っている。
「というより、一時ここでバイトしてたのよ」
「まじ?」
「えぇ。合わなくてやめちゃったけど」
「なんで? バイト代とかも良さそうだけど……」
「にこは憧れられたいの! 奉仕するんじゃなくて!」
何とも彼女らしい台詞が帰って来た。
これを本心で言っているあたりコイツだってまともな感性してないと思うけどな。
「でも、まぁ、君が働いてても違和感ないな」
「そう?」
「あぁ。一応君も可愛い方だし。あ、一般的に言ってな」
「何でアンタはそう一言多いのかしらね」
「一般的に言ってな!」
「聞こえてるわよ! なんで二回言ったの!?」
結局場所が変わっても俺達の会話の内容はさほど変わらない。
そんな感じで少しの間話を続けていると、先ほどのメイドさんがオムライスを二つ持って来てくれた。メイドカフェと言えばやはりこのメニューらしい。そして、どうやらケチャップで文字を書いて魔法をかけてくれるくだりはサービスらしく、俺は膝に手を当てて彼女が魔法をかけてくれるのを待っていた。
「お名前は何ですかっ?」
「人に名前を聞く前にまず自分か『コイツの名前はカイナです!』どうも、海菜です!」
危ない危ない。
初対面の人にかなり際どいボケを発動するところだった。グッジョブにこ。俺がありがとうの意味を込めてウィンクを送ると、思いっきり不機嫌そうな顔で睨み見返されてしまった。
「それでは、カイナ様に美味しく召し上がって頂けるよう魔法をかけさせていただきますねっ」
「あっ、はい。優しくお願いします」
「あ……はい。えっと?」
「コイツの台詞はもう無視してくれていいわ」
語尾を跳ねさせることも忘れてにこへとヘルプの視線を送るメイドさん。いやぁ、こういう時自分の意思と関係なくすらすらと動いてしまう口が恨めしい。結局、メイドさんは気を取り直したのか、百点満点の営業スマイルを浮かべながら魔法をかけてくれた。
器用にケチャップの容器を動かしながら、歌を口ずさむ。
可愛らしいソプラノで美味しくなーれ、と言い終えたころには俺の名前がオムライスの黄色い卵のキャンパスにキュートな丸文字で描かれていた。端っこに添えられたハートがまた小憎らしい。
「初めての方には私共が一口ご主人様に食べて頂くサービスがあるのですが、どうしますかっ?」
「それって……あーんってヤツですか?」
「はいっ!」
「それは出来れば遠慮させ『ぜひお願いします』おいコラ! にこ!?」
「いいじゃない。折角だからやって貰いなさい」
「畏まりましたっ!」
いやいや、メイドさんも俺の意見は無視ですか!?
彼女はそっと一口分スプーンでオムライスを救うと、そっと手を添えながら持ち上げた。そして可愛らしい笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「あーんっ」
ゆっくりと近づいてくるスプーン。
俺は思わず、それが俺の口に運ばれてくる直前に声をあげた。
「うめぇーーー!!」
「まだ食べてないでしょ!!」
***
「ごちそうさまでした!」
「ありがとうございましたっ。お会計はあちらになります」
笑顔でレジの位置を指し示してくれたメイドさんに会釈を返して、俺は自然にそちらに歩き始めた。
同級生とはいえ、女の子と一緒に来た以上はさすがに奢らなきゃだからな。朝おかんに『甲斐性ない男は嫌われるよ』とガッチリ肩を組まれた以上は、割り勘して帰ろうものならボコボコにされるだろう。
しかし、なぜかにこに阻まれる。
「にこが会計済ませておくから古雪は先に出ておいて」
「はぁ? ちょっとまて、さすがにここは俺が……」
「いいから! 今日はにこが誘った訳だし!」
「関係ないっつの。俺が付いてきたのは自分の意志で……」
なぜか譲ろうとしないにこに面喰いつつも、さすがにそうですか、ラッキー! となるほど俺も落ちぶれてはいないので言葉を返した。にこはうーっと唸った後、思いついたように口を開く。
「バイトをしていたよしみで安くなるのよ。だからにこが行ってくるから」
「う……別に多少高い位なら」
「何言ってんの。お金は大事にしなさいっ!」
「……こういう時だけ正論を」
さすがにそう言われては返す言葉がないな。
後で値段を聞いて渡すしかないか……ちゃんと受け取るかな、コイツ。
「それじゃ、行ってくるわね」
そう言い残すと、反論する暇を与えないままレジへと向かって駆けていってしまった。割引となると大っぴらにして良い事ではないだろうし、俺がノコノコと付いて行くのはまずいだろう。俺はひとまずは諦めて店を後にした。
一分ほど待っているとにこが出て来た。
俺は早速本題を切り出す。
「それで、いくらだったの?」
「いいわよ、もう。凄く安くしてもらったし」
「だから……」
「良いって言ってるの!」
何とか食い下がろうとしたものの、かなり強い口調で言い返されてしまった。
怒鳴り終えた彼女はふんっと鼻を鳴らして腕を組む。
おかしい。
俺はそっぽを向いて、俺の言葉を受け入れようとしないにこに違和感を抱く。そういえば、今日の朝だっておかしかったよな? わざわざ、寝坊した俺を迎えに来た上、その事に関して全くと言って良い程怒らなかったし、思えば昼飯の場所だって俺の希望通りにしてくれた。
挙句の果てには昼飯代も彼女が持つなんて……。
いや、そもそも、俺を遊びに誘うこと自体珍し過ぎやしないか?
さっきの割引の話だって本当かどうかは分からない。
彼女はケチな子ではないけれど、理由もなく誰かにご馳走するほどお小遣いに恵まれているタイプではなかったはずだ。いつもの俺達の関係なら、素直に俺に奢られるか、もしくは対等な関係を望む彼女に割り勘に持ち込まれるくらいだろう。
俺はその違和感を素直に口にする。
「にこ、それで俺が納得すると思うか? ちょっと変だぞ」
「うっ……、それはそうだけど」
似た者同士、引っかかる部分は同じはずだ。だからこそ、彼女だって今の俺の気持ちを察することは出来るだろう。理由もなく施しを受けるなんてさすがにプライドが許さない。学生とはいえ、その程度のこだわりはある。
「だって……」
「うん」
にこは少しの間視線を彷徨わせた後、そっぽを向いて腰に手を当てた。
そして、聞こえるか聞こえないかの声で囁く。
「だって、それくらいしないと恩返しにならないじゃない……」
少し聞き取り辛くはあったが、俺は彼女の言葉を聞き逃しはしなかった。
「……恩返し?」
「そうよ! 文句ある!?」
照れ隠しのつもりか、顔を真っ赤に染めながら今度は突っ掛って来る。いやいや、俺としては一体何のことか分からないんだけど……俺、にこに何か恩を売る事したっけ?
本当に思い当たる節が無かったため、素直に問いかける。
「いや、別に文句なんかないけどさ。一体何の事か分からないんだけど」
「だったら分からないで良いわよ。これはにこの自己満足なんだから」
「そうは言われても……」
「アンタはきっと分からないわ。だって、アンタはにこの為にそうしたんじゃないもの。でも、にこはそれで救われた。だから恩返し。だからこれは自己満足なの」
一気にそう捲し立てると、彼女はさっさと一人歩き始めてしまった。
俺は慌ててその後を追う。
「ちょっと待てって」
「うるさい! とにかく今日はにこがアンタをもてなす日なんだから大人しく従ってればいいの!」
「もてなすのか従わせるのかどっちだよ……」
この様子だと言っても聞きそうに無い為、俺は彼女を追いかけて腕をとった。
「離しなさい」
「そっちこそ、話しなさい」
「ダジャレに付き合ってる気分じゃないの!」
「俺も君の自己満足に付き合う程暇じゃないっての」
「それは……」
「で、何で俺に恩返しを?」
相手が筋の通らない話をしている以上、説得は簡単だ。
にこは悔しそうに可愛らしく唸りながらも、諦めたようにため息をついた。
「ホント、アンタって面倒くさいわよね」
「君にだけは言われたくないっつの」
「ふんっ。……分かったわ、言うわよ」
一呼吸。
観念したのか、少し頬を染めながらもこちらの目をまっすぐに見つめて来た。
「ことりの件よ。アンタが居なかったらμ’sは無くなってた」
あぁ。その件か。
俺はようやく合点が行って、頷いた。でも、それは厳密に言うと俺のおかげでは無くて。
「いや、それは穂乃果が……」
「にこは!!」
反論は許さないとでも言うように、彼女は俺の言葉を遮った。
「にこは、アンタのお陰だって思ってる。そのにこなりの結論を、古雪にだって変えさせるつもりはないわ」
「……そっか」
「そうよ。だから恩返し。にこは……まだ、夢を追いかけられるから。それも皆一緒に」
「だったら最初っから素直に言えば良かったのに。なんでひっそり恩返ししようとするんだよ。別に悪いことする訳じゃあるまいし」
「うるさいわね! だって……、にこ達らしくないじゃない」
彼女はそう言って、俺から視線を外した。
にこ達らしくない、か。まぁ確かに、普段の俺達はお互いにボケて、ツッコんで。μ’sの明るい空気を作る役目を担っていることが多い。だからこそ、こういう真面目な雰囲気になってしまうのはにことしてはくすぐったかったのだろう。
でも俺は、偶にならこんなのも良いんじゃないかって思う。
「そうかもな」
「そうよ」
もちろん、わざわざ言葉にしたりはしないけれど。
俺はそっとにこの隣に立つと、ポンポンと頭を叩いた。
「ほら。まだ恩返しは終わってないだろ? ちゃんと面白い所連れてけよ」
「……ふんっ。にこを誰だと思ってるのかしら? 秋葉原はにこの庭のようなものなんだから! はぐれず付いてきなさいよっ」
「はいはい」
俺は張り切って歩き出す素直じゃなくて、それでいて心優しい同級生の後を追う。
明るい子という枠組みには入らない。そして、真面目な子という枠組みにも入らない。簡単な形容詞で表現することが難しい、少し、いやかなり厄介な女の子ではあるけれど……それでも俺は、矢澤にこは心から魅力的な女性だと、そう思った。
「ホラ! 早く付いてきなさい!」
「あ~ん☆ 待ってぇ~☆」
「だからそれやめろって言ってるでしょー!!」
もちろん。
絶対言わねーけどな!
訳題は『恩返し』です。
遂に2525と、数字的にもラブライブ的にも記念すべき数字を突破できて感謝と喜びでいっぱいです。たまには作者の大好きな(本当ですよ?)にこメインの話も良いですね。
ユウアラウンド、ウォール@変態紳士、N.D.シノタ、vixen、大同爽、K-Matsu、海洋哺乳類、1000国、水蒼、SHIELD9、ゲゲゲ、ふー03、雅和、モッシュ、ライダー4号、harmony012、流星@睡眠不足
(敬称略)
以上の方から新しく評価いただきました。
ありがとうございます。
あと、一言だけ書いて点の方をいじるのを忘れている方が極稀にいるようなので一応お伝えしておきます。凄い褒めて下さっているのに5点。となっていてシュンとしてしまったので(笑)
次回もいつになるか確約はできませんが、出来るだけ早めにあげようと思います。
また、先日書いた短編の続きを書くかの決断についてはしばらくお時間頂けると助かります。
ではでは、お達者で。
※この話の位置は数日後『記念話』の章へと移す予定です。