25万記念のデートの続きはまた後日。今回は季節イベントです。
時間軸等はあまり考えないでいただけると助かります。
訳題は『七夕祭り』
では、どうぞ。
シャラシャラと担いだ笹の葉が音を立てて揺れる。
俺は葉が落ちてしまわないよう細心の注意を払いながら、海未の知り合いのおじさんの家から一メートルちょい位の小さな笹を穂乃果の家まで運んでいた。時折さらさらと首筋を撫でられてしまい、一人僅かに震える。
「すみません、結局ずっと持って頂いて……」
隣を歩く海未が申し訳なさそうに言う。別段重たいものでもないので気にする必要ないのだが、真面目な彼女はどうしても気にしてしまうのだろう。俺はできる限りの優しさを込めた笑顔を作った。
こういう時は先輩らしく振舞わなければ。
「海菜さん……、こういう時はちゃんと優しくして下さるんですね」
少しだけ頬を赤らめ、微笑む海未。
俺は、隣を歩く彼女の首筋にそっと笹の先端を当てた。
「えい」
「ひゃあっ!」
大げさにビクンと体を揺らして悲鳴を上げる。まぁ、実際笹の葉って体に触れたらかなりくすぐったいんだけどな。だが、特にやめる理由もないので攻撃を続けた。むろん、やる理由も特にないのだけれど。
海未の悲鳴と抗議の声をすべて無視ながら俺は空を見上げる。
なぜ俺がそんなことをしているか。
今日は七月七日。TNBT。つまり七夕だ。
「笹持ってきたぞ!」
「海菜さん、海未ちゃん! お疲れ様です!」
「可愛いサイズの笹だにゃー!」
「もう二度と海菜さんと一緒に笹を取りには行きません……」
穂むらの入り口から看板娘が顔を覗かせて嬉しそうに笑う。凛も俺の声を聞いて飛び出してきたかと思えば、相変わらず元気そうに俺の周りを飛び跳ね始めた。
去年や一昨年は絵里と希と一緒に賑わう商店街へ遊びに行っただけだったのだが、今年はμ’sみんなで七夕を楽しむとのことらしい。まぁ、実際は七夕だから、というよりただ遊ぶ理由が欲しかっただけなのだろうが……全員そろって遊ぶ機会などあまりないため、俺も顔を出すことにした次第である。
折角なので短冊に願い事を。とのことなので、小さめの笹を用意してきた訳だ。
「いやー、ハッピー七夕」
「ハッピーハロウィンの感じで言うんじゃないわよ。語呂悪いし」
「あ、丁度一緒のタイミングやったね」
「海菜さんお疲れ様です。短冊買ってきましたよ!」
「花陽ちゃんたちも!」
穂乃果の声につられて後ろを見ると、短冊や紐などの買い出しに行ってくれていたにこ、希、花陽の三人が同じく穂むらに到着していた。花陽の右手には何色かの短冊と可愛らしい色ペンの入った袋が握られている。
きっちり俺の一言を拾うあたりにこは相変わらず優秀だ。
「みんな揃ったわね」
「おにいちゃんお疲れ様!」
「ニコさんたちもお疲れ様です」
絵里が新たに扉の陰から顔を覗かせた。その下からひょっこりと亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんも顔を出す。今日は亜里沙ちゃんたっての希望で彼女たちも七夕祭りに参加することになったのだ。絵里とは日本に来るタイミングが違ったせいで日本文化に疎い彼女はたしか短冊などを書くのは初めてだった気がする。
もともと天真爛漫な子ではあるが、今日は特別楽しそうに瞳を輝かせながら笹や短冊を見つめていた。
「海菜さん。とりあえず笹は玄関先にでも置いてください」
「了解」
俺は穂乃果に言われた通り先ほどまで海未をくすぐり続けていた笹を置いた。さらりと青々しい葉が揺れて、心地の良い香りが広がる。しかし、そんな香りを吹き飛ばさんかというほどの勢いで海未が俺の横を走り抜けた。
「絵里ー!」
「海未、どうしたの? また海菜にいじめられた?」
「うぅ……はいぃ」
「よしよし、後で私から怒っておくから」
仲の良い姉妹よろしく二人して店の中へ戻っていく。
なんだか俺が悪者みたいなんだけど……。
スキンシップだよ、海未とはもっと仲良くなりたいからね!
「海菜さん、お疲れ様です」
「ことり。いや、全然重くなかったから」
「出来立てのほむまんを穂乃果ちゃんのお母さんが用意してくれているみたいですよっ」
「お。それは嬉しいな」
俺はねぎらいにわざわざ外まで出てきてくれたことりに返事を返して、入れ違いに扉をくぐろうとした。しかし、その瞬間。ざわりという感触が首筋を撫でる。俺はその悪寒にも似た感覚にたまらず反射的に飛び上がってしまった。
「うわっ! 何!?」
「ふふっ。海未ちゃんの敵討ちです!」
振り返ると嬉しそうに笑いながら両手で笹を握ることり。
「ことり、君。俺を敵に回して……うわっ!」
「何ですかっ?」
「こんなことしてただで……って、やめろー!」
ズルい! そんなの持ってる方が一方的に強いに決まってるじゃん!
「くすぐり続けるなんてズルいぞ! フェアじゃない! 卑怯だ!」
「酷いブーメラン発言を聞いたにゃー」
***
「雪穂、この紙にお願い事を書けば良いの?」
「そうだよ」
亜里沙ちゃんは興味深そうに長方形の色紙を眺めて、横の雪穂ちゃんに問いかける。全員集合した俺たちは、しばらく穂乃果のお母さんが用意してくれたお菓子などを食べながら談笑していたのだがそろそろ短冊を書こうという流れになっていた。
「亜里沙ちゃん達は何を書くの?」
俺は書くことが決まっているため、立ち上がって彼女たちに声をかけた。こういう時って結構、人のお願い事が気になったりするよね。
「海菜さん! 私は決まってますよっ」
「亜里沙も決まってるよ」
二人はそう答えると、さらさらと短冊の上でペンを走らせる。そして示し合わせたかのように同時にペンを置いた。
『これです!(だよ!)』
顔を合わせて笑った後、自分たちの書いた願い事を見せてくれた。
おそろいの緑色の短冊状に【二人で音ノ木坂学院合格!!】の文字。
「……叶うといいな」
『はいっ!』
心からの笑顔で俺はそう言った。
ま、きっと彼女たちの願いは空に届くだろう。後で笹の一番上に飾ってあげようかな。
***
「おら」
「ぴぃっ」
俺は先ほど一枚だけちぎっておいた笹の葉の先っちょを一生懸命短冊に何やら書き込んでいたことりの首筋にあてる。ちくりという感覚に驚いたのか、独特な悲鳴を上げてぴんと背筋を伸ばした。
「海菜さん!? もう、びっくりしました……」
「さっきやられたしね。君はどんなことを書いたの?」
「えっと、私はこれです」
差し出された短冊には【皆の願い事が叶いますように】
天使かよ。
俺は思わずため息をついた。
ことりはきょとんとした表情で俺を見つめる。
「君のお願いは書かないの?」
「うーん、ことりの叶えたいお願いってみんなと同じな気がするんです。だからこう書いていた方が良いかなって」
「なるほどね」
俺はそう答えて微笑んだ。おそらく、この子は今までずっとこうしてきたのだろう。穂乃果の背中を追いながら、海未を支えて。そして今はμ’sにいる。彼女の在り方はきっと変わっていないのだ。
ま、それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけどね。
「でも、君だけの願い事とか、できる日が来たらいいな」
「ふふっ。そうですね、でも今は……」
「あぁ。良い願い事だと思うよ。これで俺の『一攫千金』も叶いそう」
「もう! そんなこと書いたんですか!? ダメですよ、書き直してくださいっ」
***
「えっと、次は……」
ちらりとあたりを見回す。すると、妙に満足げに自信の短冊を見つめて頷くにこの姿が目に入った。どうやら書き終わったらしい。俺は彼女の元へと向かった。
「にこ、書き終わったの?」
「えぇ。ホラ、見なさい!」
手渡された短冊を見る。【一攫千金】。
俺は何のためらいもなく、その短冊を引きちぎった。
「なああああ! 何するのよっ!」
「そりゃこっちの台詞だ! びっくりするわ! ことりや亜里沙ちゃん達との差にびっくりするわ!」
「いいじゃない、シンプルで。まぁ、本当はこっちだけど」
さすがに先の一攫千金はネタだったのだろう、手元に隠し持っていたもう一枚の短冊をこちらに見せてきた。そこには実に彼女らしい願い事が書かれている。【宇宙ナンバーワンアイドルになる!】
宇宙ナンバーワンというよくわからないフレーズもさることながら。文体が言い切りの形で終わっているあたりが彼女らしい。それはもう、願い事というよりかは宣言だからな。
「どう?」
「ま、にこらしくて良いんじゃないの」
「ふふん。でしょう」
別に褒めたつもりはなかったのだが、まぁ良いだろう。
「届くといいな」
「えぇ、そうね」
「届くかなぁ……」
「届くわよ……って、いったい今何見て言った!? もしかしてにこの身長見て言ったでしょ! こらーー!!」
***
「海菜」
「お、絵里も書き終わったのか?」
「えぇ。海菜も?」
「俺はもう決まってるから。とりあえず偵察に」
「もぅ。あんまり良い趣味とは言えないわよ」
絵里は困ったように笑いながらも、そっと短冊を差し出した。【μ’sがもっと大きく羽ばたけますように】。彼女らしい少し抽象的ながらも大きな願い事だ。ことりのいう『私の願いは他の皆と同じ』というのはこういう事なのだろう。
「やっぱりこれを書くのは君だったな」
「少し王道過ぎたかしら」
「いや、だって本心でしょ、コレ」
「えぇ、もちろんよ。……それに、海菜も似たことを書くはずね」
「……」
にやりといたずらっぽく笑いながら、絵里はそう言い残して立ち上がる。
「いや、俺は……」
「ふふ。言い訳はいいのよ。それじゃ、私は亜里沙のが気になるから」
ひらひらと手を振って行ってしまった。
ぐぬぬ……。
ほんと、厄介だなぁ。幼馴染って。
***
「にゃー!」
「えへへ、叶うといいなぁ」
「あなた達、それでいいの?」
一年生たち三人がなにやら楽しそうにしているのが気になって、俺はそちらに足を運んだ。どうやら花陽と凛の二人が自分で書いた願い事が叶った際のことを想像してにやけているらしい。
常識人である真姫があきれた様子で二人を眺めていた。
呆けている様子の二人の手元を見ると【毎日おなか一杯白米が食べられますように】【毎日おなか一杯ラーメンが食べられますように】。俺はそっと顔を上げて、二人の元から離れた。ツッコむのも面倒くさい。にこか真姫あたりに任せておけばいいだろう。
ところで……。
「真姫はどんなのを書いたんだ?」
「ううぇえ!? み、見せないわよ!」
「えー、ケチ」
「う、うるさい!」
もの欲しそうに真姫の方を見たが、残念ながら後ろ手に隠されてしまった。しかし、間の悪いことに、後ろには立ち上がってこちらに来ていた穂乃果がいて……。彼女はなんの躊躇いもなく真姫の短冊をひょいと取り上げると声に出して読み始めた。
「真姫ちゃんはどんなことをかいたのー? なになに?【μ’sのみんなでラブライブ出場】……すごい! 私と一緒だよー!」
「ほ、穂乃果! なんで声に出して読むのよー!」
「え? なんでダメなの?」
「穂乃果、あなたにはデリカシーというものがないのですか」
幼馴染の横でため息をつく海未の手には【無病息災】の四文字。
君はもうちょっと女子高生らしいお願い事を書くべきだと思うけどな。
***
あとは……、俺はなぜか一人少しだけ離れたところで隠すようにして短冊に何やら書き込んでいる希の元へ歩いた。どうやら集中しているらしく、俺の接近には気づいていない。何を書いてるんだろう、気になるな。
俺はそう思い、そっと彼女の横から手元を覗き込もうとした。
「きゃっ! 古雪くん!?」
しかし、それに驚いたのか、びくっと体を震わせたかと思うと、慌てて希は短冊を自分の背後に隠す。心なしか頬は赤く染まり、言葉が出ないのか口をぱくぱくと動かしていた。
「そんな驚かなくても……」
「お、驚くよ! いきなり何なの! 人の短冊のぞき見なんてしちゃダメやん!」
「ご、ごめん」
別に悪気はなかったんだけど……。しかし、俺は隠される一瞬前の映像を思い出していた。彼女の持つピンク色の短冊に、黒色の鉛筆で下書きされていた文字。それは。
「もしかして、俺の名前書いてた?」
「……!!!」
「一瞬『古雪くん』みたいな字が見えたような……」
「かっ、書いてないよ!」
希はそう言うが早いか、消しゴムでごしごしと下書きを消し始めた。ご丁寧に背中で俺の視線を阻みつつ。そして、やっと消し終わったのか、安心したような顔で一息ついたかと思うとこちらを睨みつけてきた。
「古雪くん、ほんと最低や」
「えぇ!? そんな悪いことした!」
「したよ! ばか! あほ!」
う、久々に希に本気で怒られてしまった。
俺はシュンとして肩を落とす。
でも、何書いてあったんだろう。気になるなぁ。
***
「さて、じゃあ、俺も書くか」
そう誰にという訳ではないが宣言して、さらさらと短冊にペンを走らせた。すると、なぜか全員が俺の周りに集まってくる。一体どうしたというのだろう。
「なに? 皆して」
「アンタだってみんなの見たんだから、見せなさいよ」
「ああ、そういう事か」
俺は素直に短冊を差し出した。
μ’sの皆が俺
に優しくしてくれる
幸せのある
あしたをく
れませんか(懇願)
「もう。それじゃ私たちがいつも海菜さんに厳しいみたいじゃないですか」
「いや、間違いないじゃん」
「字汚いのよ!」
「うっさい! 余計なお世話!」
「しかも何ですかその願い事は」
ブーブーと文句を垂れるμ’sの面々。
しかし、俺はそれらを華麗にスルーして、堂々と笹へと飾る。
全知全能の神様なら、きっと俺の意図をくんでくれるはずだ。俺はそんなことを考えながらみんなの元へと戻った。ふと、背中を真姫に掴まれて止められる。そして耳元で囁かれた。
「今気づいたわ、縦読み」
「……何の事だか?」
「……ほんと、素直じゃない人ね」
「君にだけは言われたくないって」
俺はそっと溜息をつく。
叶えばいいな、いや……叶えて見せよう。
新たな決意の宿った。そんな七夕。
「よし、最後に皆で! ハッピー七夕ー!」
「だから語呂も悪いし、日本文化にそぐわないのよ! ハロウィンじゃないんだから!」
「ツッコみなげーよ」
「アンタのボケが雑なのよ!」
申し訳ありませんが、今日から一か月ほど更新のほうができなくなります。
すみませんがお待ちいただけると幸いです。
やまかけ synchro NO,name かんぬき Ryen バルザック SHIELD9 氷氷 めいて゛ん アリステスアテス BAR3 泉花 mos, 雪だるま カタクラ
(敬称略)
以上の方から新たに評価いただきました、
ありがとうございます^^
評価の数字のほうも付け忘れている方は適当なものへと変えてくださると幸いです!
では、これで失礼いたします。
次回お会いしましょう。