ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

7 / 141
第十&十一話 ファーストコンタクト3

 時刻は夜11時、一応勉強が一区切りついたので休憩がてら夜風に当たるべく、スマホ片手に外に出る。相も変わらず一階の居間ではおかんが爆笑しているようだ。息子が必死こいて勉強しているのに薄情な親である。

 

 夜空を何の気なしに見上げると雲が多く、月はその背後に隠れていた。

 

「そういえばあの子達、明日が本番か……」

 

 ライブを見に行く約束をしてしまったので何とか方法を考えなければならない。……困った時のスピリチュアルや。とりあえず電話をかけてみよう。

 

 受話器を耳に当て、コール音のくぐもった音を数える。意外と早く電話に出てくれた。

 

『はい、もしも……』

「ぃよいしょ!!」

 

 

 ブチッ

 

 

 希が電話に出た途端とりあえず通話終了ボタンを押してみた。

 

 

 ……

 

 

 ルルルルル

 すぐさま折り返しの電話がかかってくる。通話ボタン……っと。

 

「はい、もしもし」

『あの、古雪くん?なんでうち通話切られたの?』

「普通に電話かけるのもどうかと思って」

『……それで、何か用なん?』

 

 ツッコむ気力もないのか続きをうながす希。ぶっちゃけ俺も自分が何をしたかったのかは分からない!強いて言えばこの子を困らせたかったってのはあるかな。なぜかいつも余裕ある表情をしているのでどうにかして焦らせたい。あたふたした顔にさせてみたい。これ俺の当面の目標ね。いやー、あわてる希絶対可愛いと思う。

 

「実は明日の新入生歓迎会でやる予定の穂乃果達のライブ見に行く約束しちゃって。なんとかできないかな?」

『約束って……いつのまにそんなに仲良くなったん?』

「仲良くというか、成り行きで断れなくなって……」

『ふぅん、成り行きねぇ。相変わらず押しに弱いんやから』

 

 なぜか少し不機嫌そうな声色に変わってしまった。押しに弱い自覚はないんだけど……、というよか、ことりの懇願はもはや不可抗力だろう。

 

『いいよ、生徒会の許可を出してあげる。ウチと一緒にいてくれたら周りも怪しまないやろうし』

「おお!ありがと希!助かる」

 

 良かった!本当この子は頼りになるな。これで約束守れそうだ。

 

『それにしてもウチが思った以上にあの子達に入れ込んでるようやね?』

「別に入れ込んでるわけじゃないよ。まあほっとけない感じはするけど」

『エリチの面倒も見てあげんとダメよ?』

「うーん、絵里はまだ迷走中みたいだしなぁ。まだ俺が口を出す段階じゃないと思う」

 

 もちろん毎朝絵里と一緒に登校しているけれど、出来るだけ音ノ木坂の話題は出さないようにしている。俺が出来るアドバイスなんかたかが知れている上、なにより絵里がそれを望んでいない。迷い、苦しむことはやっぱり大事だと思うし、仮に俺が手を差し伸べて救い上げたその場所が彼女にとっての最善の場所だとは限らない。

 

『そうやね。でもエリチ少しスクールアイドルに対して意地になってるみたいやし、あんまりあの子たちの肩持ちすぎると拗ねちゃうかもよ?古雪くんはエリチの一番の味方でいてあげんと』

「もちろん分かってるよ」

 

 それにあの子たちのライブを見るためだけに音ノ木坂に行くつもりはないしな。別に予定があったんで行けませんでした、などと言い訳つくって行かないという手もあった。にもかかわらずわざわざ女子高まで行くのには理由がある。

 

 まず一つは、生徒の反応がみたいというものだ。あの子たちの熱意が本物であることは再三確認したし、踊りもダンスも必ず仕上げてくるだろう。あとは【その熱意を感じ取れる生徒】が同じ学校にいるかどうかだ。そういう子がいなければあの子たちの活動は広がりなく終わってしまう。人間の意志の輪、というものは発信されたものを誰かが受け取り、受け取った人が今度は発信する役目を担う。こういった繰り返しで大きくなるものだ。人一人が出す声が届く範囲なんてたかが知れているのだから。

 

 もう一つは、絵里が一体どう動くのか見ておきたいというものである。恥ずかしながら幼馴染とはいえ、やっぱり分からないことだらけだ。あの子が今何を考えているのかを知るチャンスだと思う。

 

『ふふっ、ご苦労様』

 

 なにを思ったのかクスクスと笑いながら労いの言葉をくれる希。

 

「急にどうしたよ、なんか知らんけど……ありがとさん」

『んーん!どうせまた小難しいこと考えてるんやろうなーって思って。自分には関係ないことなのにね』

「別にそういうわけじゃ……」

『でもうち、古雪くんのそういうとこ嫌いじゃないよ』

「うっせ」

 

 俺の心のうちを全て見透かしているかのように言葉をかけてくる希。まったくもって厄介極まりない女の子だ。全部わかった上で好きにやらせてくれて、大事なところでフォロー入れようとしてくれる。俺も君のそういうとこ嫌いじゃないよ。癪だから言わんけどね。

 

『くすっ、それじゃあまた明日ね』

「ん。おやすみ」

 

 

 

 電話を切り、再び空を見上げる。

 

 相変わらず雲に隠れて月は姿を見せていなかった。

 

 

***

 

 

 放課後、穂乃果達のライブが始まる約30分ほど前に俺は音ノ木坂学院の正門前まで来ていた。幸い新入生歓迎会の後で部活などの勧誘が盛んに行われているお蔭か、校門から外に出ていく生徒はほとんどいない。そのため好奇の視線に晒されることなく希がやってくるのを待つことが出来た。

 

 「こう見ると立派な学校だよなぁ」

 

 校舎全体を見渡して思わず感嘆の声をあげる。上手く言えないが、風格のある学校だ。歴史が長いだけある。こんな学校がいまや新しくできた学校に圧倒され廃校寸前まで追い込まれているとはにわかには信じがたいが、たしかに生徒の絶対数が少ないせいか、活気に溢れているとはいい難い雰囲気ではある。

 

「古雪くん!おまたせ」

 

 ゆっくりとこちらに歩いてくる希。走ってきてくれたらバストの確認ができるのに、残念。

 

「よ、わざわざすまん」

「ほんとだよ~、うちが面倒な手続きの方はすませといたし。この腕章をつけてれば大丈夫」

 

 ニコニコと笑いながら『入校許可』と書かれた腕章を差し出してくる。さすがに女子高はセキュリティ厳しいな。そんなことを考えながら手を伸ばしてそれを受け取ろうとした瞬間、パッとその腕章を自分の背中に隠す副会長。

 

「え?くれないの?」

「え~、どうしよっかな」

 

 いたずらっぽく微笑みながら唇に人差し指を当て、楽しそうに俺の反応をうかがっている。こ、ここにきて遊ばれてる!キイィ!悔しいけど太刀打ちできそうにない。アレがなきゃ敷地内に入れないし。

 

「昨日電話切ったおかえしか?だったら謝るから……」

「んーん。そうやないよ~。でも、タダであげちゃうのも少しもったいないかな、なんて」

 

 ぐぬぬ。まぁ確かに手続きとかかなり面倒だったハズだし、最近希にお世話になってばっかりな感は否めない。うーむ、多少の要求なら呑んでやるか……。この子がわがまま言うのも珍しいし。

 

「そうですか。で、俺はなにをすればいいの?」

「なら……今日ライブ終わった後、晩ご飯ごちそうしてくれへん?」

「ごちそうねぇ……」

 

 それくらいなら全然してやるぞ?最近は勉強忙しくてお金使うことほとんどしてないから多少は潤ってるし。別にお願いじゃなくても普通に言ってくれればいいのに。

 すると、希は俺がこのように考えてる様子を悪い意味に解釈したのか、あわてた様子で口を開いた。

 

「あ、嫌なら別にいいんやけどね!もし暇があるならって話で!」

 

 さっきまでの余裕はどこへやら。わたわたと捲し立てながらこちらの様子を少し潤んだ瞳でうかがってくる。やった、なんか知らんが希の慌て顔げっと!

 

 

 

 ……

 

 全く、人に甘えるのがとことん下手な女の子だなぁ。もうそろそろ気を許してくれたっていいと思うんだけど。仲良くなってもう2年以上たつのに、絵里に対しても俺に対しても、希は必要以上に気を遣いすぎだと思う。

 

「ばーか、それくらいのことならいつでもしてやるって」

 

 そういいながらおでこに一撃お見舞いしてやる。おら、くらえ!

 

「きゃっ」

「まぁ、割り勘の可能性は常に残されてるけどな!」

「……ふふっ、折角かっこよかったのに台無しやで?」

「うぐっ。だって俺お金そんな持ってないし……」

 

 希は花が咲くように次第に唇をほころばせると、背中に隠していた腕章を取り出した。今度こそ、と思い受け取ろうと手を伸ばすとぺしっと手のひらをはたかれてしまった。え?なんでまた拒否られたん?2つ目のお願いとかは聞かんぞ!

 抗議の声をあげようとした途端グイッと体ごと腕が引っ張られる。

 

「ウチがお礼に腕章、つけてあげるね」

 

 気付くと希に右腕を抱きしめられていた。豊満な双丘が俺の腕を刺激する。

 当の本人はテンションが上がっているのか全く気付いていない。なんとも幸せそうに表情を緩ませながら俺の制服の二の腕あたりに手を伸ばしてきた。

 

「な、な……」

 

 急な出来事に俺もテンパってしまい上手く喋れない。こ、このっ!なんてことしやがる!客観的に見れば羨ましいシチュエーションであるのだが、いかんせんやられている本人としては恥ずかしさやら戸惑いやらでそれどころではない。

 

「の、希!あたってるって!あたってるから!」

 

 我ながら女々しい声が出た。

 

「え?ぁ……!!!!」

 

 ようやく自分のやっていることに気が付いたのか顔が首の付け根まで朱を注いだように真っ赤になってしまう希。照れるなら初めからやるなよ……。らしくないな。希のこんなにも子供っぽい面は久しぶりに見た気がする。

 

 もっとも体の方は全く子供じゃないけど……

 

 あまりの恥ずかしさからか、付けかけていた腕章を思いっきり引っ張る副会長。自分の学校前で何やってんだよ……。すると引っ張られた拍子に安全ピンが俺の二の腕に刺さってしまった。

 

 

 

「いっっっってえええええぇ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 春の空に俺の悲鳴がこだました。

 

 あ、どうせなら希の胸、もっと堪能しておけばよかったな。

 

 

 

***

 

 

 よく掃除された廊下を二人で歩いていくと、通りすがる生徒がもの珍しそうにこちらを見てくる。しかし隣を希が歩いてくれているお蔭で、すぐに納得したような顔で各々の会話に戻って行った。そりゃ女子高の廊下を男が歩いてたら見てしまうよな。

 階段を登り、曲がり角を何の気なしにまがった途端腹部に衝撃が走る。

 

「イタッ」

 

 ……。なんだこの既視感は。この鈍い痛みもこの鼻にかかる特徴的な声もどこかで聞いたことがあるような……。

 

「お前は……」

「アンタは……」

 

 たっぷり見つめあうこと十数秒。見覚えのあるツインテールに、赤みがかかった濡れた瞳。腹が立つことに、かなり整った顔立ち。ついでに、容赦のないジト目。

 

「古雪海菜!」

「YAZAWA!!」

「だからにこって呼んでっていてるでしょ!!」

 

 おぉ、このくだり懐かしいな。まさかこんなところで出会えるとは。まあでもぶっちゃけ別に会いたかったわけじゃないんだけどな。はっはっは。

 

「アンタとまたこんなとこで会うとはねぇ……。別に会いたかったわけじゃないけど」

 

「あぁ?」

「何よ、なんか文句でもあるの?」

 

 また同じこと考えていたらしい。いちいち癇に障る女である。

 バチバチと火花を散らしていると希が間にはいって来てくれた。

 

「なになに、にこっちと古雪くん知り合いなん?」

 

 かなり驚いた表情の希。まぁそりゃびっくりするか。普通知り合わんしな、共学の生徒と女子高の生徒なんて。

 

「そりゃこっちの台詞よ。希、なんで古雪が音ノ木坂校内を歩き回ってるの?」

「いろいろ事情があんだよ。てか永吉がここの生徒だってことに驚きだわ。おっと違えた矢澤が」

「相変わらず癇に障るわねアンタ……一言ごとになにか挟まないと気が済まないわけ?」

「イエス、ロッケンロール」

「希、今すぐコイツ不法侵入でつまみ出しなさい!」

「見事に相性悪そうやね……。いや、むしろいいのかも」

 

 我らが副会長は、苦笑いを浮かべながら俺たちを眺めて軽くため息をついた。

 

 俺と睨み合っていたにこだが、ふと何かを思い出したように手を叩く。

 

「そうだ!アンタなんかに構ってる暇はないのよ。それじゃ私はいくわね」

 

 そう言ってにこはどこかへ早足で去って行ってしまった。あいかわらず自由なやつだ。小さくなっていく背中をしばらく見つめていると希にポンポンと肩を叩かれた。

 

「古雪くんは不思議とどんどん女の子の知り合い増えていくよね……、にこっちとはどこで知り合ったん?」

 

 なぜかジト目で聞いてくる希。別に俺、あのツインテールと知り合いたくて知り合った訳じゃないんだけどなぁ。……多分向こうも同じこと考えているだろうが。

 

「こないだA-RISEのライブ言った時、貰ったサインボールを優しい俺が譲ってあげたんよね。それがきっかけかな」

 

 希の質問に答えた途端。

 

 

 

「A-RISEのサインボール!!!!」

 

 

 

 返事は俺の全く予想していなかった所から飛んできた。

 

 

「大変失礼ですけど!その話、詳しく聞かせて頂けませんか!!」

「かよちん、急にどうしたにゃー?」

 

 

 唐突に、俺たちの横を通り過ぎようとしていた女の子から興奮気味に話しかけられた。え、ちょ、なんか少し怖いんだけど。その子の目の輝きが尋常ではない。

 落ち着いて観察してみると、肩の高さで切りそろえられた髪の毛に大きめの眼鏡をかけた、少し幼さの残る顔つきの可愛らしい女の子だ。

 

「かよちん、急にどうしたにゃー?」

「りんちゃん、少し待ってて!ちょっとこのお兄さんに聞きたいことが……」

 

 連れらしき小柄な女の子が不思議そうに“かよちん”と呼んだ女生徒に話しかける。りん?という名前だろうか、こちらの女の子からはかなり活発そうな印象を受けた。小柄な背丈に実に活発に絶え間なく動く大きな目。友人の行動に戸惑いながらも楽しげな表情にショートの髪がよく似合っている。

 制服のリボンの色が絵里や穂乃果と違うので一年生かな?

 

「その話って、サインボールのこと?」

「はい!先日のゲリラライブの最後に投げられたサインボールのことです!」

「そ、そっか……。で、どうかしたの?」

 

 謎のテンションに少し押されながらも質問を続ける。

 

「いえ、その話をされているのが耳に入ったもので。お持ちなんですか?」

「いや、残念だけど君の先輩に譲っちゃったんだよ」

「ふえぇ、そうなんですか……一目見たかったなぁ」

「んー……それなら、3年生のYAZAWAって子が持ってるから見せてもらったら?」

 

 

 先ほどまでの元気はどこへやら、シュンとしてしまう一年生。えっと、なんか申し訳なくなってきたぞ……。サインボールという単語でここまで反応するということはかなりのファンなのだろう。あんな生意気ツインテールよりこの子にあげれば良かった。

 かける言葉が見つからず、あたふたとしていると凛がこちらを向いた。

 

「ごめんなさいにゃ。かよちんアイドルのことになると性格変わっちゃうから」

「そうなんだ……」

「すすす、すみません!私、初対面の方になんて失礼なことを!」

「いや、別にいいよ。気にしてないし」

 

 女の子は落ち着いたと思った途端今度は顔を真っ赤にして慌てはじめ、しきりに謝り倒してくる。なるほど……本来は内気な女の子らしい。好きなアイドルが絡むと変にハッスルしてしまうだけで。

 

 なんなんだろうね、俺が知り合う音ノ木坂の生徒ってちょっと変なのばかりな気がしてならない。

 

「それじゃ、かよちん。りんと一緒に部活見学にいくにゃ!お兄さん、りん達はこれで失礼します!」

「ふえぇ!?りんちゃん、私行きたいところが……。って、いやぁ!だーれーかーたーすーけーてー!!」

 

 

 

 かよちん、よくわからんが頑張ってくれ。すまんがその誰かは俺ではない。

 黙祷を捧げつつ、りんに引きずられながらか細い悲鳴をあげる女の子の背中を見送るのであった。

 

 

 

***

 

 

 ライブ開始15分前。

 俺たちは講堂に到着していた。

 

「……」

 

 ライブ会場に入った途端感じる違和感。おかしい。

 

「人が、いないな」

「……そうやね」

 

 

 んー、まぁ開演まであと15分あるし、あくまで有志の発表会みたいなものだからな。おそらく皆時間ギリギリに来るつもりなのだろう。学校行事なんてそんなものだし。むしろ15分も前もってスタンバイしている方が少数な気もする。

 

「ところで絵里は?」

 

 そういえば今日音ノ木坂まで来たのに絵里とあっていないな。ふと思い出し希に聞く。

 

「さぁ。海菜くん迎えに行くまでは生徒会室にいたけど……。海菜くん来るって言ってないし、帰ってるんやない?エリチが穂乃果ちゃん達のダンスを進んで見たがるとは思えないけど」

「いや、いるだろ」

 

 間髪いれずに断言する。

 

「自信あるみたいやね?」

「まぁ、アイツの性格からしたら堂々と観客席から見ることはないだろうけど……。ほっといて帰ることはないと思う。まだ少し時間あるしちょっと驚かせに行こうかな。この講堂、管理室みたいなとこないの?」

「あるよ、こっち」

 

 希の後をついていく。さすがに穂乃果達はステージ裏でスタンバイしてるだろうし鉢合わせすることはないだろう。だからこそ絵里もそこにいるはず。た、多分ね!

 

 

 ギィィ

 

 少し鈍い音を立てながら扉が開いた。これで生徒会長様がいらっしゃらなかったらかなり恥ずかしいな……。そんなことを考えながら中を覗くと、しかめっ面で腕を組み、目の前の画面を睨む絵里の姿があった。

 

 そしてその画面の前に、音響などを管理している女の子が緊張した面持ちで座っている。気の毒に。そりゃ先輩が、しかも生徒会長が後ろでなぜか不機嫌そうに立っているのだ。誰だって、緊張するだろう。あ、こっち向いた途端、さらに顔がこわばってしまった……副会長プラス見知らぬ他校の男子生徒が来たらそうなるよね。すまん!

 

 

 絵里は予想外の来客に、驚きからかその大きくて綺麗な目を丸くし、続いて呆れたという風に肩をすぼめた。

 

「はぁ、海菜アナタ……」

「そんな嫌そうな顔するなよ、傷つくから」

「別に来るのは構わないけれど。来る予定なら教えてくれればいいのに」

 

 なんで来たのよ。と聞かないあたり流石絵里といった所だが、まさか音ノ木坂にまで来るとは思わなかったのだろう。大きくため息をついてこめかみを手で押さえてなんともいえない表情を浮かべている。

 入口付近に立ったままの希は、俺たちの会話を静かに見守るつもりのようだ。

 

 

「なんだかんだいいつつライブは見てやるんだな?」

「当然よ。相手を知らないままに批判するのはダメだと思うから」

 

 冷たく言い放つ絵里。いかにも落ち着いて物事を考えていそうな言葉だが、実際この子のやろうとしていることはただの【アラ探し】。ここまでスクールアイドルに敵意を持っているとは想定外だが。

 ふと横を見ると、そばに座る女の子が気まずそうな顔をしている。この子は多分、穂乃果達のサポートをしてくれているのだろう。おそらく、自ら進んで。そんな子の前で今みたいな言葉を吐けること自体、周りが見えていない一番の証拠だ。

 

 今までは基本的に見守るスタンスで絵里の味方で居続けようと思っていたが、さすがにこれは放っておくわけにはいかない。もっとも今のこの子が素直に耳を貸すとは思えないけど……

 

「俺は君が言うほどあの子たちがダメだとは思わないけどなー、練習頑張ってたし」

 

 ちらりと俺を一瞥すると一言。

 

「それはアナタの自由な立場から見た話でしょう。私は生徒会長よ。学校を守る義務があるの」

「……そうかもな」

 

 これは……何を言っても無駄だろう。一度時間を空けた方がよさそうだ。ライブを見れば考えも少しは変わるかもしれない。俺としてはスクールアイドル云々はどうでもよくて、立場や状況。そして自らの考えに縛られて苦しむ幼馴染をなんとかしたいだけなんだが……。

 目の前に助けたい存在がいるのにも関わらず、何もできない自分の非力さがもどかしい。

 

 

 

「それに、あの子達のライブは失敗みたいよ」

 

 

 

 唐突に言い放つ絵里。

 

 

 ……

 

 

「どういう意味だよ?」

 

 自分の声にわずかな苛立ちがこもったのが分かる。始まってもいないのに失敗だと?それはさすがにあの子達に失礼だろう。

 希が少し心配そうに雰囲気の変わった俺の方を見ている。

 

「開演まであと5分切ったわ。会場を見て」

 

 絵里の言葉につられ、観客席を眺めると……

 

 

 

 

 息が詰まりそうなほど濃密な静寂が空間を支配していた。

 

 

 

***

 

 

「な……」

 

 

 

 あまりの状況に言葉が出てこない。観客一人もいねぇじゃねえか!

 久しく感じたことのない、心の中を掻きむしられるような激しい焦燥が俺を襲う。なんで、どうして?……宣伝不足?それとも、そもそも生徒に関心がないのか?開始時間の伝達ミス?

 ほんの数秒の間に様々な考えが頭の中を飛び回り、考えれば考えるだけ思考の糸は身動きがとれないほど複雑に絡み合っていく。

 

 そして最後に浮かんだのは彼女達【μ’s】の顔。決意のこもった眼差し。

 

 練習だって頑張ってた。気持ちだって生半可なものじゃなかった。『学校を救いたい』という確かな目的と、それを叶えようとする覚悟があった。

 それなのに……

 

 それなのに!

 

 

 

「こんな、こんな筋の通らない話があってたまるか……!」

 

 

 

 努力は必ずしも報われる訳ではない。そんな簡単なことくらい頭では分かってる。分かってるけど!誰もが知ってるその言葉を鵜呑みにして、冷静に状況を見守れるほど俺は大人じゃない!

 ほとんど知らず知らずのうちに俺は部屋の外へ走り出そうとしていた。

 

「古雪くん!まって!」

 

 出口近くで沈黙を貫いていた希が焦った様子で俺の腕をつかむ。

 

「どこにいくつもり!?」

「どこって、今からでも遅くない!ライブがあることを宣伝して生徒連れてくればライブは出来る。……校内放送とかも使えばいい!」

「ダメだよ!落ち着いて古雪くん!穂乃果ちゃんも、そのお友達も精一杯ライブの宣伝はしてたよ?その結果が寂しいけどこれ。それに男の古雪くんがこの学校で出来ることはほとんどないよ?」

 

 希は瞳に戸惑いの色を浮かべながらも、優しく諭すように訴えかけてくる。その話し方から関西弁が消えていることに俺は気付けるほど冷静ではなかったが、彼女の真剣な表情を見て動きをとめた。

 

「っ……」

「気持ちはわかるけど、今は見守ることしかできひんやん?」

「それはそうかもしれないけど……。黙って見てるなんて事!」

 

 

 希のいうことは全面的に正しい。正しいけれど。どうしても納得できない自分がいるのも確かだ。懸命にこの一か月、努力を惜しまず邁進してきた彼女達のために何一つできないもどかしさに苛立ちだけが募る。絵里は珍しく感情をあらわにする俺をみて、驚きの表情を浮かべた後、口を真一文字にして何かを考え込み始めた。

 

 

 

 希は俺の腕を離すと、トントンとあやすように背中を叩く。

 

「よしよし、古雪くん。どうどう」

「……俺は馬か」

「んー、落ち着いたみたいやね?」

 

 まだ胸の中でなにかくすぶるものはあるが、ひとまずは冷静さを取り戻せたみたいだ。

 

「あぁ、ごめん。あのまま騒いでたらあの子達にも君にも迷惑かけてた」

「ええよ。あんな古雪くん初めてみたけど。意外に熱い所もあるんやね?」

「意外とで悪かったな」

 

 正直な感想を言うと、自分で自分にびっくりしてる。どちらかというとドライな性格だしまさかこんなに取り乱すとは……。

 

「穂乃果ちゃん達が心配?」

「……別に。努力は報われるべきだと思うけど」

「大丈夫だよ、報われる!あの子たちの努力も……古雪くんの想いもね」

 

 

 希はいつも通りの笑顔とふわふわとした声で言い切った。

 

 

「そうカードが言ってるんや!」

 

 

「はいはい、そうですか~」

「あ~、信じてへんやろ!ウチの占いはよく当たるんよ?」

 

 

 いつも通りのやり取りをしながら自分がなにをすべきか考える。……残念ながら本当に俺にできることは何もなさそうだ。こうなったら腹くくって彼女たちを見守ろう。幕が開き、誰もいない観客席を見て一体何を思いどんな決断を下すのか。

 

 

「じゃあ、ウチらだけでも観客席に行く?」

「いや、ここで見守ろう」

「……せやね」

 

 彼女たちが歌を、そしてダンスを伝える相手は俺達ではない。観客がいたらその中に紛れようと思っていたけどこの状況であの場所に居る意味は全くない。

 

 

「さぁ、始まるわよ……」

 

 絵里の声が部屋の中に響き渡る。その渋面から一体何を考えているのかを読み取ることは難しい。そして彼女は画面前で機械をカタカタと操作しているようだ。なにをしているのだろう。ふと疑問が浮かんだが、その瞬間。始まりを告げるサイレンが鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと幕が、開いた。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。