ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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オリジナル設定を一つ。
ARISEメンバーの学年が分からなかったため
ツバサを二年生。他二人を三年生としました。

口調等違和感あればご意見下さいね。
では、どうぞ


アニメ版二期
第一話 第一印象


 ガチャリ。

 

 ダンスレッスンを行う、私たちの為だけに与えられた部屋の扉が開く。影から、明らかにそこらを歩いている女子高生とは異なる気配を纏った人物。……ツバサが姿を現した。

 瞬間。

 部屋の中の空気がぴりりと引き締まる。

 

 プレッシャー。

 とでもいうのだろうか。その場にいる人間全員を威圧するような気配。いつまでたってもこれには慣れない。本人は至って普通に練習へ参加しようとしているだけなのだろうけど……彼女の持って生まれた才能がそうさせないのだろう。

 

「英玲奈。その、μ’sと知り合いだっていう友達に連絡はついた?」

 

 開口一番、ツバサは私に質問を投げかけてくる。

 

「いや、まだ折り返しの電話はかかってきていない。おそらく立て込んでいるのだろう。勉強など忙しいと聞いていたから」

 

 ARISEのダンスレッスンは長時間に及ぶのだが、今は休憩開け。後半の練習が始まる直前の段階だ。実は、休憩に入る前に少し気になることがあったため、先日知り合った古雪君に連絡を取ってみたのだが残念ながら電話に出てはくれなかった。

 急に電話を入れたのは私の方なので彼に非はない。

 ツバサも少し残念そうにしながらも、そう、と返事をした。

 

「えれなちゃんの電話をすぐにとらないオトコの子がいるなんてね~」

「あんじゅ。茶化さないでくれ……」

「あらあら、でも、どんな人なのかしら。気になるわ」

 

 傍で聞いていたあんじゅがうふふ、と楽しそうに笑い声をあげた。

 別に彼女が期待しているような関係ではないのだけどな。私は特に慌てることなく言葉を返し、ストレッチを続ける。すぐ傍にやって来たツバサも同じく休憩時間中に少し硬くなった体をほぐし始めた。

 

 ドクン。

 

 わずかに心臓が跳ねた。体が感じ取るのだ。横で屈伸をするツバサ方から伝わるプレッシャーが次第に強くなっていくのを。おそらく、これから始まる練習に集中し始めたのだろう。

 普段は少し抜けた所もある、もちろん威圧感など一切ない可愛らしい後輩ではあるのだが、一度スクールアイドルに関連する何かに触れた彼女は明らかに変化するのだ。

 

 私とあんじゅもそれを敏感に感じ取って、集中力をみなぎらせる。

 

「さ、はじめよっか」

 

 今よりももっと上手く、そして魅力的に。

 私たちは立ち上がった。

 

 

 

***

 

「よし、今日はこれで終わりにしよっか!」

 

 ツバサのその一言が聞こえると同時に、私たちは荒い息を吐きながらしゃがみこんだ。もともと体力のあまりないあんじゅはへたり込んでちびちびとスポーツドリンクを補給している。汗でぬれたTシャツが体へ張り付いて、彼女の見事なプロポーションをあらわにしていた。

 少しだけ羨ましい。

 

「も~、ツバサちゃん気合入り過ぎよぉ」

「えー?そうかなぁ……でも、まぁ次の大会の為にもね」

「ま、そうだな」

 

 私たちと同じ……いや、センターで踊る分少し多めに動いているハズのツバサは、大粒の汗をかきながらも楽しそうに笑いながら整理運動をこなしている。

 先ほどまでこれでもかと放っていたプレッシャーも、今はなりを潜めていた。

 

「それじゃ、シャワー浴びに行くか」

「うん。ちょっとまって、着替えを~」

「あっ、私も行くよ」

 

 置いてあったカバンから着替えを取り出して、残りの二人に声をかける。すると、あんじゅはすぐに目当ての着換えをそろえて私の隣にたつ。

 あとはツバサだけれど……。

 

「あれ?……あれー?」

「どうした?忘れ物か?」

「替えの靴下が……」

 

 何とも悲しそうな表情で、着替え一式が入っている袋を抱えてこちらを見上げてくるツバサ。はぁ。さっきまでの威圧感は一体どこに行ってしまったのだろうか。

 私は世話のかかる後輩にため息交じりに声をかけた。

 

「私が余分に持ってきているよ。それでいいなら……」

「ありがとう!助かるわ、英玲奈!」

「全く、忘れ物には気を付けろと何回も……」

「下着は忘れてない~?私の貸してあげるわよ?」

「今回は大丈夫……ってあんじゅのはサイズが合わないって言ったでしょ!」

  

 ぴょんっと立ち上がって嬉しそうにこちらへ駆けよって来た。

 早速いつものようにツバサをいじり始めるあんじゅ。

 

 真面目にダンスをしている時間も充実しているけれど、こんな瞬間も悪くない。

 

 私はそんなことを思いながら、前を歩く二人の後を追った。

 

 

***

 

 シャワーを浴び終わった後、私たちは腹ごしらえをしようと食堂に来ていた。

 さすがに長時間動き続けるとエネルギーを消費する。スタイル維持はもちろん大事だけれど、それと同じくらい栄養補給も大切だ。私たちは各々好きな物を注文して、あまり人の来ないスペースに席を取った。

 

 応援してくれるのはありがたいが、疲れている時くらいはあまりファンの子とはいえ絡まれたくはない。もちろん、話しかけてくれたら嬉しくなって握手位はしてしまうけれど。

 

「そういえば、えれなちゃん、例の男の子から連絡はきた?」

「あ、そうだったな。待ってくれ、今確認する」

 

 あんじゅの言葉で思い出し、私はカバンの奥からスマホを取り出した。ちなみにこの間、ツバサは割りばしをうまく割れず、代わりの箸を取りに戻っていた。

 

「あ、着信が来てる」

「良かったじゃない、脈ありかも」

「普通着信があれば返すだろう……あと、そういう方向にもっていくのはやめてくれ。周りに色恋沙汰が無いからと言って私を巻き込むな」

「あらあら、ばれちゃった」

 

 ニコニコしながらそんな事を話すあんじゅに軽く注意して、私たちはツバサが帰ってくるのを待つ。

 

「おまたせ」

 

 予備、だろうか。三本ほど割りばしを握りしめてツバサが席についた。

 

「そういえば、連絡つきそうなんだが、電話するか?」

「えっ!? ……うん。早いに越したことは無いからね。すぐ電話して」

 

 私は彼女の要望通りリダイヤルをかけた。

 

 ルルルルル

 

 ワンコール、ツーコール。

 

 思っていたよりも早く古雪君は着信に気が付いたようだ。

 

『もしもし、古雪です』

「あぁ、急にすまない。私だ、覚えてくれているか?」

『エレナ。久しぶり。つか、忘れる訳ないじゃん……ラブライブ優勝者が何言ってんの』

「ふふ、なら良かった。今話せるだろうか?」

『いいよ。色々落ち着いてまったりしてるし』

「そうか、あと、今傍に他のメンバー二人もいるのだが、スピーカーにしても差支えないかな?」

『他のARISEも? うん、ま、別に良いよ』

 

 相変わらず特に緊張感も気負いもない返答を返してくれた。

 おそらく未だに私たちARISEにさして興味は無いのだろう、彼くらいの歳の男性がよく見せる声の上擦りや、焦りは聞こえてこなかった。

 私は、軽く画面を操作して皆に彼の声が聞こえるよう通話モードを変更してスマホを机の上に置いた。これで全員で会話ができる。

 

『そう言えば、おめでとうって言えなくてごめんな。ちょっと立て込んでたし、なんつーか、気軽に電話していいとも思えなくて……って、もう全員に聞こえてんの?』

「うふふ、聞こえてるわ~。ありがとう」

「すまない、もうモード変更してしまっていた」

『いやん、恥ずかしい』

 

 おそらく、私一人に言いたかったのだろう、少しバツが悪そうな声で確認してきた彼に謝罪の言葉を返した。相変わらず礼儀正しい同級生だ。μ’sの知り合いなのだから、おめでとう、などとは言いたくないはずだ。しかしその気持ちを押し殺して、私にも友人として敬意を払ってくれているのが良く分かる。

 

 ツバサは面白そうにしながらも、黙って話の成り行きを伺っていた。

 

「ところで、本題なのだが……」

『ん』

 

 そう、私は切り出した。

 瞬間、なじみの感覚が全身を覆う。

 顔を上げると、再び纏う空気を変えたツバサの姿があった。全く……。この子はスクールアイドルの話が絡むといつもこうなってしまうのだ。

 

「少し、ツバサの方から聞きたいことがあるらしいのだが」

『答えられる範囲ならオッケーだよ』

「ありがとう、それじゃ、早速質問するわね!」

 

 古雪君の返事を聞くや否や、待ちきれないと言わんばかりの勢いでツバサが変わって口を開く。私は一息ついて、ツバサとあんじゅ。二人とアイコンタクトをとった。

 やっと、知りたかった答えが手に入る。

 

 ツバサは自身がずっと抱いていた疑問を、彼に投げかけた。

 

 

 

「μ’sがラブライブ出場を辞退したのは、何が原因なの?」

 

 

 

 ここ最近、私たち、とくにツバサが気にしていたのはこの話題だった。順位こそ私たちと比べて劣っていたものの、成長スピードや勢いは目を見張るものがあり、私たちも注目していたグループだったのだ。

 この調子なら本戦出場は確実。

 私たちの良きライバルになるのでは、と考えていた矢先。

 七日間連続ライブ終了時、ラブライブのサイトに彼女達の名前は忽然と姿を消していた。もちろん、辞退した理由として部員の体調不良、などと当たり障りの無い事は書き込まれていたがどうにも信じられない。

 彼女たちほどの気迫ならば、何が何でも本番に挑んでくるハズ。そう思っていたのだ。そもそも、それくらいの気概がなければ二〇位以内に入って私たちの目にとまることもない。

 

 その本当の答えを、私たちは純粋に知りたかったのだ。

 

 なぜなら、『次』がある。

 

『んー。なんでそんなことを?』

 

 少し迷った様子で古雪君は質問を返す。

 

 しかし、ここでツバサの悪い癖が出た。完全にスクールアイドルとしての彼女に変わっているツバサは、質問を質問で返されたことが気に入らなかったのか、捉え方によっては反感を持たれてもおかしくない答えを口にした。

 

「私が知りたいから。それだけよ」

 

 別に性格が悪い子ではないのだが、スクールアイドル関連の事となると遠慮や謙虚さが無くなるのは彼女の欠点だ。と言っても、ただの我儘や横暴ではなく、圧倒的な才能を持つ自負や、専門分野において自分より劣っている人間なら年上だろうが何だろうが頭を下げないという生来の気の強さからくるものであるから……正直手が付けられないときもある。

 基本的には相手が折れたり、男であれば大概の事は許してしまうのでトラブルが起きたりすることは無いのだが……。

 

『はぁ?』

 

 どうやら、電話越しの彼は大部分の男子とは違ったようだ。

 明らかな苛立ちの色を滲ませて言葉を続ける。

 

 あんじゅはあらあら、と困ったように笑い、私も頭を抱えて俯いた。

 

『そもそも、君、だれ?名乗りもせずに私が知りたいから、なんて失礼じゃねぇの』

「……!? 私の名前?」

 

 まさか普通に反撃が来るとは思ってもみなかったのか、ツバサは目を白黒させてそう聞き返した。そもそも、『綺羅ツバサ』という名を自ら名乗る必要のなくなった今、まさか改めて名前を聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「ARISEの……」

『ARISEねぇ。……そこから推測しろとでもいうつもり?』

「いや、英玲奈から聞いたりはしていないのか?」

『聞いたけど忘れた。別にファンじゃないし。エレナは友達だから個人的に応援してるけど』

 

 言葉にまんべんなくトゲを交えながら古雪君は話を続ける。

 何をそこまで、と一瞬思ってしまったが、すぐに納得のいく説明をしてくれた。

 

『例え相手が自分を知っているっていう確信があっても、初めまして、~~です。っていうのが礼儀だし、それが知り合うきっかけだろ。ましてや聞きたいことがあるんだったら尚更』

「う……、私は綺羅ツバサ」

『ん。俺は古雪海菜ね。よろしくするかはとりあえず置いておくわ』

「質問に答えてはくれないの?」

 

 一瞬、彼は言葉に詰まった。

 

『……。別に、話ちゃいけない事ではないよ。でも、話したくない事ではある。っていうのも、俺の大事な後輩の失敗を話さなくちゃいけないからね。つか、そもそも君の興味に付き合う義理もないし』

「そうか……」

『う、もしかして泣いてる?』

 

 寂しそうにそう呟くツバサ。彼は今度は申し訳なさを声に滲ませた。

 

「いや、大丈夫。でも……私は知りたかったんだ。同じスクールアイドルとしてよきライバルになれるかと思っていた彼女たちがラブライブを諦めた理由を……」

『……』

 

 しばし、両者の間に沈黙が流れた。

 私とあんじゅは静かに見守る。

 

 先に口を開いたのは古雪君だった。

 

『全部は無理でも、大体の事は教えても良い……けど』

「けど?」

『俺は君らをまだ信用してないから。少なくとも今ここで言いたくはないね』

 

 きっぱりと拒絶の言葉を放った。

 私は静かに頷く。確かに、こちらが不躾だったと思う。そもそも、サイトに取り繕ったような本文を乗せていた時点である程度訳ありであることは分かっていたはずなのに……。

 もしかしたら、私の中にも『私たちの頼みなら聞いてくれる』なんて甘い考えがあったのかもしれない。

 まだまだ、修行不足だな。思い上がりもはなはだしい。

 

「そうか、気を悪くさせてすまなかった。この非礼の詫びはいつか……」

「分かったわ。そういうことならまた後日直接カイナ、貴方に会いに行く」

 

 電話越しに頭を下げながら謝罪の言葉を口にする私を、ツバサが容赦なく遮って衝撃的な一言を古雪君に投げかけてくれた。

 

『はぁ?』

 

 さきほどと全く同じ一言ではあるが、今回は疑問だけがその二文字に詰まっていた。さすがに彼もその発想は無かったのか、無言のままツバサの続く言葉を待っている。

 

「アナタに信用されるためにはあって話すのが一番でしょう?」

『や、まぁそうかもしれないけど、君、超有名人……』

「それに、他の目的もあるわ」

 

 一呼吸。

 

「カイナ。さっき、私たちのファンじゃないって言ってたわよね?」

 

 ツバサは見る者全てが心奪われるようなウィンクを決め、わたしとあんじゅと視線を合わせた。あんじゅはうふふ、と楽しげに笑っている。私も彼女がこれから言い放つであろう一言を予想して、口の端に笑みを浮かべた。

 

 

 

「そんな言葉かけられたままじゃ引き下がれない。絶対、私たちのファンにして見せるから!!」

 

 

 

 いかにも彼女らしい宣戦布告。

 電話越しにわずかに笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 


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