「~♪」
練習終わりのんびりとした空間に、ツバサの軽やかな鼻歌が響く。つられて横を見ると、彼女が楽しそうにスマホをいじっているのが目に入った。
ラインなど面倒くさがって好まない彼女がスマホに夢中になるとは珍しい。私は少し不思議に思って声をかけることにした。
「ツバサ。どうしたんだ? なんだか楽しそうだが」
「英玲奈! 今、カイナとラインしててね」
「あぁ、なるほど。結局予定は合いそうなのか?」
「うーん。いま話しているところ」
そう言ってツバサは顔をしかめた。
先日勢いよく会いに行く宣言をしたものの、彼の方もかなり忙しいらしく予定が合わないのだ。当然私たちにもスケジュールと言うものがあるので、なかなか難しい。
「はやく会ってみたいんだけど」
「なんだか目的が変わってきてないか」
私は少し呆れた視線をツバサへ送る。
気のせいかもしれないが、ツバサの興味がμ’sの辞退理由から古雪海菜君に移っているような。そんな気がしていた。どうやらあんじゅも同じことを思っていたらしい。にこにこしながら問いかける。
「ツバサちゃん、海菜くんの事よっぽど気に入ったみたいね~」
「えぇ。面白い人だと思うの」
彼女はそう答えて、スマホの画面を私たちに見せてくれた。
そこにはおおよそアイドルと一般生徒の会話とは思えないやり取りが続いている。
結構だらだらとメッセージの送受信が行われているみたいだったが、終始古雪君からはちょっとしたネタのような台詞。もしくはツバサへの煽り文句を送り続けているらしい。
「こんなに雑に扱われるのなんて初めてよ」
普通の男子生徒なら、今をときめくアイドル本人に『でこっぱち』呼ばわりしたりしないだろう。
あはは、となぜか嬉しそうに笑うツバサ。
「腹は立たないのか?」
「うん! 全然! 不思議と悪意が全く伝わってこないもの。むしろ気を使う必要がなくて気が楽かも」
「うふふ。なんだか羨ましいわ」
「いや、羨ましくはないと思うが……」
まぁ、本人が楽しそうだから良いのだろう。
実際古雪君が誠実な人間だという事は理解しているし。
「あ。返信が来たわ」
揃って画面をのぞき込むと新着メッセージが届いていた。
《あ、そういえばA-RISEのエレナでもあんじゅでもない人! 明日の放課後なら空いてるよ》
「明日の放課後か……、特に予定は入って無かったな」
「うん。たしかそうだったわよー?」
「やった! それじゃ早速……」
《アイコンの横に名前書いてあるでしょ! それじゃ、どこに行けば会える?》
《アイコンのおでこから出る反射光で視界が……。文字が読めない》
《そんなに眩しくないって!》
《相変わらず敬語使わないな、君。ま、いいや。さすがに君ら三人にまとめて出歩かれても困るから俺が会いに行くよ》
「だって。どうする?」
ツバサは首を傾げて聞いてきた。
この間の一件では『礼儀知らずが。でなおしやがれ!』と怒られてしまった手前、簡単によろしくと返すことが出来ないのだろう。
とは言っても、顔の売れている私たちが全員出払うとなるとどうしても注目を集めてしまうし……。ツバサだけ行かせるのも不安だ。あんじゅも純粋に海菜君に会ってみたいようだし一人だけ、というのは現実的な案ではない。
出来ればお言葉に甘えさせて貰いたいのだが。
そんな内心を読み取ったように追加の返信が届いた。
《別に遠慮しなくてもいいよ。流石に多少のことはわきまえてるし。その代り美味しいもの奢って。よろしく》
「あぁ。それじゃ、UTXに来て貰おうか」
「うん! そう伝えておく」
あんじゅはふわりと微笑んで、ツバサはこくりと頷いた。
明日か。会うのは数か月ぶりだな。とりあえず、何事もなく他の二人とも打ち解けてくれると良いのだが。
《UTXで待ってる。来たら受付に伝えて頂戴》
《だから敬語! 首洗って……間違えた。おでこ洗って待ってろよ》
《言い直す必要ないよ!》
少し……不安だ。
***
翌日の午後六時。
私たちは面会室で彼が到着するのを待っていた。
「そろそろだろうか」
「楽しみね~。ね? ツバサちゃん」
「えぇ。すっごく楽しみ!」
平常運転の私とは対照的に、他の二人はソワソワと落ち着かない。
それも無理はないか。仕事の関係で色んな人と会わされることはあっても、自分から会いたいと思って実際に面会する機会などほとんどないのだから。
コンコン
少し広めの部屋にノック音が響く。
「はい。どうぞ」
私がそう返事をするのと同時に、入口の扉が開いた。
「ども……」
姿を現したのは件の古雪海菜君、その人だった。
一八〇センチあるかないかくらいのすらりとした長身に、適度に整えられた黒髪。前髪越しに見える双眸は黒曜石のように黒く澄み切っていた。
久しぶりに会ったが、どうやらほとんど変わりはないらしい。
少しだけ目元のクマが気になるくらいだ。
「久しぶり、古雪君」
「あぁ、エレナ。久しぶり。ちゃんと勉強してる?」
「ふふっ。ぼちぼちな。キミに選んでもらった参考書のおかげだ」
「それは良かった」
相変わらず気さくな受け答えに心地の良い笑顔。
「そちらさん方も初めまして。古雪海菜です。高三ね。よろしく」
あんじゅとツバサに対しても特に感動することもなく軽く頭を下げながらそう言った。本当に興味ないのだろう。彼の中ではツバサとあんじゅは友達の友達で『どうやらアイドルをやっているらしい人』に過ぎない様だ。
そんな彼の飾らない態度は、実は男性がそれほど得意でないあんじゅにとっても好感触だったらしい。彼女はこちらこそーと笑顔で会釈を返した。
一方ツバサは……。
彼女のリアクションが気になって様子を伺う。
ツバサは真剣な眼差しで古雪君を見つめていた。
「……」
「……」
二人は静かに見つめ合う。
ふと、ツバサの体から例のプレッシャーが膨れ上がるのを感じた。
「……へぇ」
彼はそんなツバサの様子に小さく感嘆の声を漏らす。目を細めて目の前に立つ小柄な少女を観察していた。どうやら彼は何かしらツバサから感じ取るものがあったらしい。
普通の異性なら『純粋な魅力』として彼女のオーラを受け取るはずなのだが……μ’sと深く関わる彼はどうやら私と同じプレッシャーの感じ取り方をしているようだ。
「エレナと会った時も凄いって思ったけど、さすがだね」
チラリとこちらを見て、古雪君はそう零した。
それは感嘆というよりかは羨望に近い。そう感じる声色だった。
持たざる者が、持てるものを羨むそれに近いような……いや。気のせいか。
「古雪海菜……さん。ね。綺羅ツバサよ」
「ん。顔を合わせるのは初めてだね」
「えぇ……」
ツバサは真剣な表情を崩さない。
先ほどまでのわくわくした子供のような無邪気な笑顔は影をひそめ、ライブ前のようなオーラを纏っている。一体なぜか。私はその答えが分からぬまま、静かに二人を見守った。
あんじゅも不安げにツバサと古雪君をちらちらと眺めている。
再びツバサが口を開いた。
「良い目をしてる」
「俺が?……割と視力は低いんだけど。授業中は眼鏡だし」
「そういう意味じゃないわ」
「……」
古雪君は少し居心地辛そうに身を捩った。
「それに重厚な完成度を感じる。カイナみたいな人を見たのは初めて」
「そりゃどうも……。でも、きっと他にもたくさんいるよ? それこそ、そこの二人とか」
「そうだけど。何か違うの」
彼はこちらに手の平を向けて言う。
一体ツバサは何が言いたいのだろうか? 確かに古雪君は同年代の男の子よりも人を見る目に長けているし、大人びている。でも、仕事上、彼より年上ではあるが同じような雰囲気を持っている、優秀な男性を見た事くらいあるはずなのに。
そんな人を見ても彼女は特に興味を示すことは無かった。
しかし、彼女は確かに今『古雪海菜』という男の子に大きな興味を持っている。古雪君本人もその理由が分からないのだろう。戸惑った様子でツバサを見つめ返していた。
ツバサは少しの間黙り込んだ後、再び顔をあげる。
そのころには部屋のなかに充満していたプレッシャーも綺麗さっぱりなくなっていた。どうやら彼女の中で疑問は解決されたらしい。
あとで訳を聞いてみよう。
「とりあえず、よろしくね。カイナ」
「ん。敬語は後々教え込んでいくから覚悟しろよ」
古雪君も特に追及する気は無いのか、ニヤリと笑って言葉を返した。
「てかさー。UTX集合はきついって! そりゃここが一番都合がいいのは分かるけど」
「何かダメな事でもあったのか? なら申し訳ない事を……」
「いや、エレナが気にする事じゃないよ。ただ、受付で待ってるとき超女の子達に見られて。完全に浮いてたから」
「ふふ。女子高だものね~。男の子は珍しいのよ」
「全く、アザラシのたまちゃんかっての!」
「……」
「ネタが古い! あら。……つい自分でツッコんじゃった。にこが居ないから」
いきなり一人でボケて、一人で処理した挙句満足そうな表情を浮かべる。そういえばすこしずつ思い出して来た。彼はこういう男の子だ。
古雪君はちらりと私たちの反応を伺う。
さすがにまだ彼に慣れていない私たちはぽかんとしていた。
「うわぁ。ここでも浮いてる……。鳥取に初めてできたスタバか!」
「……」
「ネタが新しい! あら。またやっちゃった。なんせ、にこがいないから」
「うふふ」
あんじゅはどうやら彼のそういう感じがツボに入ったらしい。心底楽しそうに笑いはじめる。
「立ち話もなんだし、とりあえず座ってくれ」
「その言葉を待ってた」
彼は私たちの正面のソファに腰を下ろして顔をあげる。
「あ、君らも遠慮なく座って座って」
「いや、それはカイナの台詞じゃないよ!」
「あはは。海菜くんは面白い人ね」
この調子だと打ち解けるのはすぐだろう。
私は少しだけ安心してソファに座った。
古雪君からしてみれば初対面とはいえ、電話越しに失礼な事を言って来た相手である。だから、最初から敵愾心むき出してこられても文句は言えなかったのだ。もちろん彼も忘れてはいないだろうが、気にしないように心掛けてくれている。
「それにしても、感動だなー。A-RISEと会えるなんて」
ふわぁ。と軽く欠伸をしながら言ってのける。
「本当にそう思っているのか?」
「マジだって。後でサイン頂戴」
「カイナには特別だよ?」
「や、君のはいらん」
「えぇ!? だって色紙三枚あるよ?」
古雪君が色紙を取り出してニヤリと笑う。
「優木さんに三枚貰おうと……」
「私の事は知らなかったのに、あんじゅのファンなの!?」
「あぁ。ちなみにエレナのファンでもある」
「うぅ……私はぁ?」
すげない彼の態度に、ツバサは悔しそうにぱんぱんと膝を叩いた。
ツバサのこんな様子を見るのは久々だな。私たちの前では結構な頻度でこのような感じにはなっているが、初対面でこうまで懐くとは思わなかった。つくづく不思議な男の子だと思う。
計算でやっているのか、それとも……。
「でも、やっぱりオーラが違うな。眩しいよ」
「ふふ。でしょう。そこに気付けたらファンになるのはもうすぐ……」
「あ、何が眩しいのかとおもったらおでこか」
「だから光ってないってば!」
いや、さすがに考えすぎか。
「ところで……本題だが」
いつまでも世間話をするわけにもいかないので主題に入ることにする。私の声を聞いてツバサも真面目な表情へと変わり、古雪君もコクリと頷いて姿勢を正した。
「断っておくけど個人名は出さないよ」
「あぁ。それは構わない。古雪君が話せると判断した範囲で教えてくれるなら」
「……分かった」
そこから約十分ほど。
大体のあらましを聞かされた。
一人がのトラブルによってライブが中断したこと。世間体等やむを得ない事情で辞退せざるを得なかった事。私たちは黙ってその話を聞いていた。
なるほど。
きっと無念だったに違いない。同じ目標を掲げていたライバルとして、彼女たちの気持ちは痛い程良く分かった。そして、目の前にいる古雪君自身の苦悩も。
「うん。良く分かった。ありがとう」
ツバサがそう言って頭を下げた。
そして続ける。
「辛い事思い出させちゃってごめんなさい。あと、こういう事、不躾に電話で聞いちゃったことも謝っておくわ」
「それはもう良いよ……それにつらいのはアイツらだし」
「そう? 私にはカイナが泣いてるように見えたけど」
「なっ! 涙なんて出てないぞ?」
「見た目の話でしょう?」
「ちょっと良く分かんないな」
古雪君は複雑そうにしながらそっぽを向いた。
「でもね、海菜くん!」
少し沈んだ雰囲気を戻すようにあんじゅが明るい声をあげる。
そうだ。彼を呼んだのにはもう一つ理由があったのだった。もちろんそれは彼にとってきっと良い知らせになるであろうこと。もちろん、私たちにとってもだ。
「いい知らせがあるのよ~」
「いい知らせ?」
「うん。ツバサちゃん、英玲奈ちゃん。言っていい?」
「あぁ」
「いいよ!」
不思議そうにする古雪君にあんじゅが数日後、大々的に発表される大ニュースを彼に伝えた。それは彼に対するお礼であると同時に、μ’sの皆への宣戦布告でもある。
「第二回ラブライブの開催が正式に決定したわ」
彼の目が、大きく開く。
そして……。
「それは、楽しみだな」
不敵に笑った。
「首洗って待っておけよ。あ、間違えた。でこ洗って……」
「カイナーーー!!」
***
「また、会えると良いわね」
古雪君が部屋を出てから、楽しげにあんじゅがそう話しかけた。
結局、例のニュースを伝えると、いてもたってもいられなくなったのか足早に立ち去ってしまった。UTX特性のパフェでもご馳走しようと思っていたのだが想像以上にせっかちで猪突猛進タイプの人間なのかもしれない。
普通、私たちとのお茶やお話を優先すると思うのだが……。
それは決して思い上がりとかではなく一般論として。
だが、彼の中には明確な優先順位が出来てしまってるらしい。
私たちとの絡みはおそらく二の次三の次なのだろう。
それを理解しているのか、ツバサは悔しそうに彼が去って行った扉を見つめていた。
「もちろん。私たちのファンになりましたって言うまで逃がさないんだから」
「くれぐれも迷惑になるようなことはしてはダメだからな」
「分かってるわよ」
それにしても、とツバサが零した。
「カイナみたいな人に会ったのは初めてよ」
「そういえば初め見た時固まってたな。アレは何だったんだ?」
彼を見た瞬間彼女から溢れ出したプレッシャーと、その後の不可解な言動。古雪君が帰った後、その訳を聞こうと思っていたことを思い出した。
そういえば、私やあんじゅと初めて会った時もあんな感じだったけど……。
「最初はエレナやあんじゅと同じかなって思ったの。稀に見る完成度と、才能と……」
「違ったのか?」
自身が天賦の才を持って生まれた人間であるためか、彼女は人の内面を見抜く力に長けている。だからこそ、私やあんじゅも彼女に認められたし、逆に私たちはツバサの持つ才能に対して適わないと悟った。
彼女は私たちの事を褒めてくれるし、私たちも自分が才能のない人間だとは思っていない。だが、彼女のもつそれは別格。比べてどうにかなるシロモノではない。
そんなツバサが首を傾げる古雪君とは一体どういう人物なのだろうか?
「一応、私は頭の回転のはやそうな男性に見えたけど?」
「私もだ。聡くて周りの見える人だと思う」
「う~ん。そうだとは思うんだけどね……」
少し言葉にし辛いのか、ツバサは口ごもる。
そして適切な言葉を探すかのように宙を見つめ、なにか閃いたのか、満足げに頷いた。
「凄い完成度だよ。高校三年生とは思えない思慮深さと、人を見る目。頭の回転。でも……」
一呼吸。
そして躊躇うことなく続けた。
「才能は、無い」
わたしとあんじゅは黙り込む。
この感覚は彼女だけのものであり到底私たちには理解できない事だ。当然、彼女も私たちに理解してもらおうとは思っていないのか、自分に言い聞かせるようにつづけた。
「なのに、なんであんなに魅力的なんだろう?」