ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第六話 顔合わせ

「地区大会予選のルール?」

 

 いつもの練習場所へと顔を出すと、休憩中だったらしい花陽がトコトコと駆けつけて、そんな話を切り出してきた。だいぶん暑さは引いてきたとはいえ、流石に練習はきつくなってきているのか柔らかな髪が汗で濡れて頬に張り付いている。

 そんな様子が少しだけ色っぽくて、俺は若干視線を横へとズラした。

 

「はい! 昨日、エントリーしたグループに向けて細かい日程や大会の取り決めに関する連絡が届いたんです」

「あぁ、今朝PDFで送られてきた資料の事?」

「はい。目を通していただけましたか?」

「うん。一応は理解したつもり」

 

 俺は授業中さらりと流し読みしたルールブックらしきものの内容を思い出していた。

 本選出場は地区別の優勝者が果たすことはすでに通達があったが、今回はその地区別優勝組を決める大会の内容に関するものだ。かいつまんで言うと、まず予選を行い、勝ち残った四組で再び別の形式で優勝組を決めるといったものである。

 

「ホントに参加する学校が増えてるみたいだね」

「はい、前回のラブライブの反響が大きかったみたいで……倍率もかなりのものになりそうです」

「ま、でも全部勝つ予定なんだし関係ないよ」

「うぅ、口で言うのは簡単ですよぅ。 ……頑張りますけど」

 

 俺は静かな決意を滲ませた花陽に微笑みかけて、肩にかけていたスクールバックを地面へと下ろした。

 

「そういえば、今回はライブの開催場所も自分たちで決められるんだってな」

「はい、そうなんです! 場所の都合や、参加人数の問題を解決するために作られた案らしいんですけど……その調子だと全部読んでるみたいですね」

「そだね。確か、ライブ中継で人気を競うんだっけ?」

「はい! 大勢の人から平等に投票が行われるシステムなので、前回大会に出場できなかった私たちには好都合なルールなんです。でも、少し問題があって……」

「海菜、お疲れ様。……その、肝心のライブ場所が決まらないのよ」

 

 花陽のセリフを途中から引き継いで絵里が傍へ歩いてくる。

 ぴたりと張り付いたTシャツが体のラインを浮き彫りにして、これまた視線のやり場に困ってしまった。ホント、いつの間にやらこんなに見事に成長してしまって……悩ましいことこの上ない。いくら幼馴染とはいえ、異性。しかも美人ときている。

 流石に俺もここ数年ほどは彼女を意識せざるをえなくなっていた。昔は何も考えずボディータッチでもなんでも出来たんだけどなぁ。

 

「ライブを中継するとなると色々面倒くさそうだもんな」

「ええ。学校の施設はすでにPVの撮影で使ってしまっているし……目新しさも大事だから色々と悩んでいるのよ。何かいい案はないかしら?」

「アンタが役に立つのはこういう時位なんだから、しっかり案出しなさいよ」

 

 横から、にこが会話へと入ってきた。

 

「ぴたりと張り付いたTシャツが体のラインを浮き彫りにするが、別段目のやり場に困ることはない」

「なんですって!?」

「おっと、ナレーションが声に」

「……『お前たち、本当にA-RISEに勝てるのか?』キリッ」

「な! にこ、君なぁ!!」

「ふんっ。いじられるようなことを言うのが悪いのよ!」

 

 いつものようにキャンキャンと怒りながらツッコミを返してくるかと思っていたら、想定外な事に先日晒してしまった俺の恥ずかしい様子を真似されてしまった。ぐぬぬ、今考えると迷いのないμ’sの皆と比べたら滑稽だったかもしれないけど……こちとら真剣だったんだからな!

 

 もちろん、今でも不安だけど……。

 それでも彼女たちを信じてみよう。俺は素直にそう思っていた。

 

「こらこらにこっち~。古雪くん嫌がってるよ?」

「嫌がるくらいがちょうどいいのよ、コイツには。ねっ?」

「同意を求めて俺が頷くと思ってんの?」

 

 ま、あれだけ酷いことを言ったのに、それを笑い話に変えてくれるにこの気遣い。

少しだけだが感謝しておこう。

 

 それにしても、希……。

 俺はちらりとμ’sの中でも屈指のスタイルを持った女の子へと視線を向けた。相変わらずメンバーの中では少し体力に難があるせいか、頬を上気させて口を僅かに開いている。その表情もまた、何とも言えない妖艶な雰囲気を醸し出していて。

 

 

「ぴたりと張り付いたTシャツが体のラインを浮き彫りにして、視線を捕まえて離さない」

「ふ、古雪くん!? や、やぁっ」

「じぃ~」

「え、エリチ!」

「わっ! 希。びっくりするじゃない」

「ちっ」

「アンタそれ、私以外にやったらセクハラよ」

 

 露骨に見つめていると、なぜか慌てて絵里の背後へと隠れてしまった。

 まったく、こういう時だけはちゃんと恥ずかしがるんだよな、この子。

 

 ……ところでにこは自分で言って悲しくならないのだろうか。

 

 

***

 

「なんだか、遠足みたいで楽しいにゃ~!」

「もう、遊びに来たんじゃないのよ?」

「分かってるにゃ! あ、見てみて、あのゲームセンター寄って行こうよ」

「分かって無いじゃない!」

 

 俺は横を歩く真姫と凛の会話へ耳を傾ける。

 相変わらず凛は落ち着きなく駆け回っているし、なんだかんだ言いつつ真姫も楽しそうだ。前を見ると、ほかのメンバーもきょろきょろとあたりを見回しながらも各々会話の花を咲かせている。

 

 現在時刻は夕方の六時を過ぎた頃だろうか。

 

 いつもより早めに練習を終わらせたμ’sの面々と俺は、何かいい案が浮かばないかと秋葉原に足を運んでいた。環境を変えて思考を新たにするという意味もあるし、もう一つ。一度はここでライブを開いた経験もあるらしいので、一応の候補にはなっているのだろう。

 

「ねー、かいな先輩っ。かいな先輩もゲーセン行きたいですよね?」

「中学生の頃はよく行ってたけど、そういえば最近は行ってないな」

「先輩、UFOキャチャーとか得意そうだにゃ」

「あぁ。割と得意かも。よく分かったな?」

「くだらない事が無駄に得意そうな印象が強いにゃ……にゃにゃにゃ!! はーなーしーてー!」

 

 さらっと毒を吐く凛の頭をひっつかんで揺らしながら歩く。

 通行人に若干ひかれているが、別段気にしない。

 

「もう、恥ずかしいのでやめてください」

「あ、海未。聞いたぞ。今日の午前中、ライブで目立つ方法考えてたんだって?」

「なっ!」

「チャイナ服着て『あなたのハート、打ち抜くぞ。ばーん☆』とか」

「どうしてあなたが知っているのです!?」

「希からリアルタイムでライン来てた」

「のぞみぃー!!」

 

 まぁ、映像内で何人かが目立ったところで仕方がないという結論に達したらしく、結局場所にこだわって演技はいつも通り行うことに決定したらしい。どちらかというと、その前半の会議とやらに呼んでほしかったのだが……校内での出来事だったらしく、残念でならない。

 俺はじっと前を歩く絵里を見つめる。

 

「う、なんだか寒気が……」

「絵里ちゃん、風邪?」

「いや、そうじゃないと思うけど」

 

 流石絵里。危機には敏感だな。

 

 

 ……それにしても、いい案が浮かばない。

 俺はあたりを見回してため息をつく。

 

「流石に人が多いですね~」

「ことり。……そうだな、機材とかのことを考えると難しい気もする」

「それに、アキバはA-RISEのお膝元。何を言われるかわかったもんじゃないわよ……って、古雪。アンタ『それ、挑戦的で面白そう!』みたいな顔してんじゃないわよ。絶対許されないからね!」

「分かってるって。でも、どうするんだよ」

 

 流石にA-RISEは全国区の、言ってしまえば各上の相手だ。

 今回の試合形式が不特定多数の人間に評価される平等な条件のものだとはいえ、彼女たちのレベルになると元からのファン層の力も無視できないだろう。わざわざ攻撃的な姿勢をとるのは得策とは思えない。

 まぁ、おそらく彼女たちは気にしないだろうけど、流石にファンがどう思うかは分からないし……。個人的にはケンカを売る感じが面白そうだから、アキバでのライブに興味はあるんだけどね。でも、無駄に波風立てないほうがよいのは確かだろう。

 

 結局、俺たちは結論を得られないままふらふらと彷徨っていた。

 そして、いつの間にかUTX高校の前まで辿り着く。

 

 相変わらずの近代的なビルの様相を呈した校舎。

 見れば見るほど古き良き音ノ木坂と正反対の学校だ。

 

 

『みなさーん! UTX高校へようこそ! ついに新曲が完成しました』

『今度の曲は、今までで一番盛り上がる曲だと思います』

『ぜひ聞いてくださいねっ!』

 

 

 最近よく聞く声につられて顔を上げると、校舎の壁面に設置されたバカでかいスクリーンにA-RISEの姿が映し出されていた。あたりを歩いていた通行人が足を止め、ファンらしき人たちは歓声を上げる。今日も今日とて彼女たちは人気者らしい。

 

「流石だね……」

「堂々としています」

 

 ことりが感嘆の声をあげ、海未がそれに同意を示す。

 確かに、彼女たちの言うとおりだ。

 

 厳しい練習に裏打ちされた自信、暴力的なまでの魅力。

 目指すことすら憚られるような大きな壁。

 第二回ラブライブへエントリーした高校生たちの中で、本気でA-RISEに勝とうと考えているグループは一体いくつあるのだろうか? 絶対王者の名は飾りではなく、名実ともに全国の何千の頂点に君臨する彼女たちの姿を前にして見上げることしか出来なかったμ’sのメンバーを責めることは出来ない。

 

 そっとあたりを見渡すと、全員静かにスクリーンに映し出されたライバルを見つめていた。

 

 

 しかし、ただ一人。

 高坂穂乃果だけは人知れず拳を強く握りしめる。

 

 

 

「……負けないぞ!」

 

 

 

 俺は戦慄した。

 

 それは、片鱗。

 何気ない一言、他愛のない言葉。

 

 しかし、そのセリフを迷いなく口にできる人間は一体何人いるのだろうか。場所は、いわば敵の本拠地。倒すべき相手は途方もなく大きく、勝つ覚悟を決めることすら烏滸がましく思えるほどの差を目の前にして、彼女はより覚悟を強くした。その意味を俺は理解できる。

 きっと、それは穂乃果にしかない魅力。

 リーダーの資質、天賦の才。

 

 

 そして、『彼女』はそれを見逃さなかった。

 

 

 

「初めまして! 高坂穂乃果さん」

 

 

 

 綺羅ツバサ。

 彼女もまた……。

 

 

***

 

「初めまして! μ’sのみなさん。あ、カイナも……って一昨日会ったばかりね」

「は、初めまして……、こ、高坂穂乃果です! μ’sのリーダーをやっています!」

「えぇ、知っているわよ?」

 

 一体どうしてこんな事に。

 俺は何が何だかわからないまま希の横に腰を下ろしてあたりを見回した。

 図ったかのようなタイミングでツバサが穂乃果に接触したことに関しては何も言うまい。そういう奇跡を起こすのも彼女にしたら当然の事だろう。しかし、まさかUTXに招待されてA-RISEとμ’sが顔を合わせる会合が開かれるとは思いもしなかった。

 

 もちろん、そう思ってるのは俺だけじゃないだろう。

 穂乃果を含めた全員が、戸惑いの色を正直に出してカフェスペースの上等なソファに落ち着かなそうに座っていた。にこや花陽に至っては先ほどまで動揺してツバサにサインをねだっていた程だ。一応ライバルだぞ? や、別にファンをやめろとは言わないけど。

 

 はぁ。

 小さくため息をつく。

 

 すると軽く脇腹を抓られてしまった。

 地味な痛みに身を捩り、ちらりと横を見ると希が少し不機嫌そうな顔でこちらを見ている。

 

「古雪くん、一昨日も会ったってどういうことなん? そんなにしょっちゅう会ってるの?」

「いや、向こうから会いに来ることが多くて……」

「ふぅん……」

「い、痛い」

 

 そ、そりゃ、μ’s側の俺がツバサと何度も会うのは褒められたことではないかもしれないけど、別に俺は会いたくて会ってる訳じゃない。なんなら色々とコンプレックスを刺激されるので放っておいて欲しいくらいだ。

 ファンではないなどと、余計な一言を言ってしまった事が悔やまれる。

 ムカつくから絶対ファンになったとは言わないけどな。なってないし。凄いとは思うけど。

 

「お時間取らせてごめんなさいね? でも、一度お話ししてみたかったの」

「同じ地区のスクールアイドル同士なのに挨拶出来ていなかったから」

 

 未だに呆気にとられた様子のμ’sに構わず、ツバサとあんじゅが話し始めた。

 おそらく、その言葉に嘘はないだろう。

 そもそも、俺に接触してきた理由も彼女たちのμ’sへの興味だった訳だからな。負ける気は一切ないとはいえ、ツバサたちは確かに穂乃果たちを今回の大会におけるライバルであると認めている。これがほかのチームを一切顧みない天狗だったならどれだけ話が簡単だったろうか……。

 

「偶然とはいえ、こうした機会を設けることが出来て嬉しく思っているよ」

「偶然? ……や、まぁ、そうか」

「古雪君も付き合わせてしまってすまないな」

 

 相変わらずエレナは礼儀正しい。

 三人グループだと、どうしてもそういうポジションがいないと弊害があるのだろう。

 

「カイナの気配がしたから出てみたら、μ’sの皆さんが一緒なんだもの。驚いたわ」

「いや、君に驚くわ。君にビックリだわ!」

 

 だから、なんでこの子俺のストーカーやってるの!?

 気配とか言い出したらもうどうしようもないって。怖っ!

 

「でも、すぐに分かったわ。高坂穂乃果さん」

「えっ?」

「人ごみの中でも、確かに光る何かを持ってるのが一目で分かった。映像で見るよりも、はるかに魅力的ね?」

「は、はぁ……」

「ふふ。『無自覚』なのね? でも、会ってみて確信したわ。貴女はホンモノよ」

「う……。あ、ありがとうございます?」

 

 しどろもどろになって返事を返す穂乃果を横目で見る。

 おそらく、彼女はツバサの言葉を一ミリも理解していないだろう。彼女が『無自覚』と評した穂乃果の才能。彼女と出会ったころからなんとなく感じ、最近やっと確信を持ちつつあった彼女の持つ他人を引き付けるカリスマ性。

 どうやらツバサはそれを一瞬で見抜いたらしい。

 エレナとあんじゅも同様だ。スクールアイドルに深くかかわる彼女たちはやはり、俺なんかよりもそういう魅力に対する反応が早いらしい。しかし、A-RISEの面々の瞳に浮かぶのは高坂穂乃果の才に対する感嘆、ではなく純粋な対抗心。

 

 

「話を戻しましょう。私たちね、あなた達にずっと注目していたの」

 

 

 ツバサの言葉に、全員が驚きの声を上げた。

 それもそうだろう、彼女たちにとってA-RISEは憧れ。よもや、自分たちが同じ土俵に立っているなどとは思ってもいなかったはずだ。ランキングの差、実力の差。方やラブライブ優勝者、方やラブライブ予選において途中棄権。むしろ、μ’sに注目していたA-RISEの方がおかしいとまで言える。

 

 しかし、事実。

 スクールアイドルとしての本能故か。ツバサ達は誰よりも早く穂乃果たちの可能性に気が付いていた。

 

「あら、その顔は疑ってる顔ね? 本当よ、ね、カイナ」

「あぁ。確かに。実際、君たちの事が知りたいって理由で俺はツバサ達と知り合ったから」

「そうよ。まぁ、今ではμ’sと同じくらい……いや、それ以上にカイナに興味があるけれど」

「俺はない」

「またまた。興味ある癖に~」

「うざっ!」

「ツバサ、話が脱線しているぞ」

 

 相変わらず人を食ったような態度で俺に接するツバサをエレナが止めて本題へと話を戻す。まぁ、実際ツバサに対して興味がないというのは嘘だ。彼女が俺にこうまでして絡む理由も知りたくもあるし……いずれまた二人きりで話す機会があるだろう。

 しかし、今は俺が出張るタイミングではない。

 

「実は、前回大会でもあなた達がライバルになるんじゃないかって考えてたのよ?」

 

 あんじゅがツバサの代わりに口を開いた。

 穂乃果たちは嫌な思い出と、A-RISEに認められていたという嬉しさがせめぎ合っているのか全員微妙な表情をしている。ま、かなりの大事件だったもんな。特に穂乃果と、エントリーを消す役を買って出たにこは悪い思い出の印象が強いだろう。

 

「い、いえ、私たちはそんな……」

 

 一応、しっかり者の絵里が謙遜の言葉を紡ぐ。

 しかし、それをツバサが遮った。

 

「あなたもよ?」

「バレエコンクールでは、いつも上位だったと聞いている」

 

 ツバサの言葉を引き継いで、エレナが続けた。

 一体どうして知っているのだろう……いや、間違いない。彼女たちは調べたのだ。μ’sを倒すべき相手であると認識し、そのための分析を欠かしていない。絵里もまさか知られているとは思わなかったのか、驚きと恥じらいの両方で頬を赤く染めていた。

 

「そして、西木野真姫の作曲の才能は素晴らしく、園田海未の素直な詩ととてもマッチしている」

 

 癖なのか、髪の毛をふわふわと触りながらあんじゅがそう評した。

 

「星空凛のバネと運動神経はスクールアイドルとしては全国レベルだし、小泉花陽の歌声は個性の強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」

「牽引する穂乃果の対になる存在として、九人を包み込む包容力を持った東條希」

「それに、アキバのカリスマメイドさんまでいるしね? いや、『元』と言った方が良いかしら」

 

 本当によくウチのメンバーの事を理解しているな……。

 正直ここまで意識されているとは思わなかった。μ’sに傾倒している俺に分析材料である最新のライブ映像を平気で送り付けてくるあたり、圧倒的な実力のみで勝ちを持っていくつもりかと思っていたけど、どうやらツバサはその気ではないみたいだ。彼女たちは俺たちを決して舐めてはいない。

 だからこそ、A-RISEは強く、そして魅力的なのかもしれないな。

 

「よかったな、お母さん」

「誰がお母さんや」

「絵里が娘で」

「古雪君がタロットカードで……って、これ半年前のネタやんな」

 

 することがないのでぼそぼそと隣の希と会話をする。

 一応全員の評価は終わったんだっけ?

 

「そして、矢澤にこ……」

 

 あ、そういえば一人残ってた。

 別にいいんだけど、飛ばしても。ちらりとにこの表情を伺うと、鬼気迫る表情で身を乗り出しながらツバサの言葉を待っていた。まぁ、でも自分の憧れから自身の評価を聞けるチャンスなんて又とないし緊張する気持ちが分からないこともない。

 

 しかし、ツバサの口から飛び出したのは予想の斜め上の言葉だった。

 

 

「いつも、お花ありがとうっ」

 

 

 満面の笑みでお礼を言うA-RISEのリーダー。

 驚くμ’sのメンバー。慌てる矢澤。

 

「にこ……別にいちいちオチつけなくてもいいんだぞ」

「アンタじゃあるまいしそんなこと考えちゃいないわよっ!」

「昔から応援していてくれているよね? ありがとう、凄く嬉しいよ」

「いやぁ~、μ’s始める前からファンだったから~。……って! 私の良い所は!?」

 

 なんとも彼女らしい話だ。

 そういえば、にこと始めてあったのもゲリラライブの会場だったし、限定版のCDを変装してまで何度も並んで買っていた記憶もある。覆い返してみれば前約束なく出会うときは大概A-RISE関連の出来事の渦中で巡り会っていた気がするな。この様子だとイベントごとには必ず足を運んでいたようだし、偶然出会ったように思えるが意外とそうでないのかも。

 

「グループには欠かせない小悪魔的存在かしら?」

「はうわうわ~。にこは小悪魔~♪」

 

 ツバサ、からかってるな?

 俺は満足そうに笑う天才の横顔を見て確信した。小悪魔っていうのは君みたいな人間の事を言うんだよ……。もっとも、彼女のそれは演じることが出来る沢山ある中の一つのキャラに過ぎないんだろうけど。

 

「古雪くん、否定しなくていいの?」

「小さいのはあってるし、良いんじゃない?」

「それもそうやね」

「ちょっとそこ! 聞こえてるわよ!」

 

 できるだけ話の腰は折りたくないので特に言葉を返すことなく成り行きを見守る。

 ふと、正面を見ると絵里がちょうど質問を投げかけていた。

 

「どうしてそこまで?」

 

 至極もっともな質問だろう。

 彼女たちにとって、A-RISEは最後の壁。自分たちなど歯牙にかけられなくても仕方ないと思い込んできたのだ。ここまで入念に自分たちの事を調べ、そして理解されていたとは夢にまで思わなかったに違いない。

 だからこそ、生じる違和感。

 他のメンバーも絵里の問いかけに頷いた。

 

「ダンスや歌を一目見れば、私にはすぐに分かったわ。あなた達が私たちのいるこの場所にまで届く可能性を持っているグループだって。それに、これだけのメンバーが揃っているチームはなかなかいない。だからこそ注目していたし、応援もしていた」

 

 口の端に笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 手放しにμ’sを褒めている風に聞こえるツバサのセリフだが、その実、彼女は毛ほども自身が勝つことを疑ってはいないのだ。あなた達はまだ、私たちの居る領域にまで達していない。暗にその事実を仄めかしながら、ツバサはちらりとこちらへ視線を向けた。

 明らかに挑戦的な目。

 宣戦布告に対する解答だろうか。俺は静かにその視線を受け止める。

 

「加えて、そこの彼がこの私を前にしてA-RISEより魅力的だと言い切った、あなた達μ’sには心の底から期待しているし、だからこそ」

 

 一呼吸。

 ツバサはぐるりと全員の顔を見回した。

 

 

 

「負けたくないと思ってる」

 

 

 

 静寂が満ちた。

 明確な意思表示。言い換えるならば宣戦布告。私たちは負けないという硬い決意。

 

 穂乃果たちはそのツバサの纏うオーラに威圧され、言葉を失った。

 

「でも、貴女方は全国一位で……私たちは」

 

 なんとか海未が言葉を絞り出す。

 至極当然の疑問。

 

 しかし、俺たちが倒さねばならない相手は……。

 

 

 

「それはもう過去の話!」

「私たちは純粋に、今この時。一番お客さんを喜ばせる存在でありたい。ただ、それだけ」

 

 

 

 そう。こういう人間たちだ。

 彼女たちは現状に満足せず、高みへと歩み続けられる。そして、それを可能にする才能を持って生まれ、同時に自身が選ばれた人間であることを正しく理解している人種。途方もなく高く、分厚い壁。常人ならば膝をつき、頭を垂れることしか許されない別次元の存在。

 

「μ’sの皆さん! お互い頑張りましょう。そして……私たちは負けません」

 

 穏やかなツバサの言葉。

 しかし、それは大きなプレッシャーを帯びてμ’sの面々に突き刺さる。

 全員が呆けた顔でA-RISEの面々を眺めた後、視線を下へと落とした。蛇に睨まれた蛙。戦う前から格付けが終わってしまったかのような情景。想像を超えるほどに強大だった敵を睨み返すことは、やさしく、まっすぐな彼女たちには出来ない芸当なのかもしれない。

 

 俺はそっとツバサの様子をうかがう。

 

 

 やはり、と言うべきか。

 彼女の眼は、急速にμ’sへの興味を失い始めていた。

 

 

 なんて目をするのだろう。

 俺は背筋が凍るのを感じた。自身を高めうる存在であると期待していた先ほどまでの表情とは打って変わった冷たい目線。これ以上関わる意味さえないとでも言いたげな様子で、彼女は立ち上がった。そして、そのまま出口へと歩みを進める。

 

 ちょっと待て。

 俺はその言葉を飲み込む。

 なぜなら、そのセリフを紡ぐのは俺の役目ではない。

 

 うちには居るのだ。こういう状況で、その拳を強く握り閉めることの出来る女の子が。うちには居るのだ。震えが走るような状況の中、拳を振り上げて皆を引っ張っていける存在が!

 

 

 俺の信じたμ’sは……。そして彼女は。

 

 

 

「待ってください!!」

 

 

 

 穂乃果が立ち上がる。

 その瞳は青く澄み、決意の炎を宿している。

 

 俺はそっと微笑んだ。

 

 いつでも、彼女がその顔を一番に上げるのだ。そして、その太陽のような光に照らされてほかのメンバーも立ち上がる。それぞれの視線は揺れることなく鋭く、そして真っ直ぐにツバサへと向けられていた。

 

 ツバサの表情に今日初めて驚きと、期待の色が混ざる。

 

 

 

 

「A-RISEの皆さん! ……私たちも負けません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほら、やっぱり。

 μ’sは魅力的だろう?

 

 俺は一人、満面の笑みで頷いた。

 

 

 

 

 

 

 


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