ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第九話 転機

 A-RISEと共にUTXでライブを行うと決心してからというもの、μ’sの面々の練習に対する集中力は目に見えて上がっていた。何度かその様子を見たものの、実力の伸びには目を見張る物がある。

 つい数カ月前まではダンスも揃わず、歌声も震える。

 そんな様子であったのに今はどうだろうか。

 

 もちろん完璧とは言い難いが、素人目には素晴らしい完成度の歌と踊りが完成しつつあるように見える。それに、体調管理にも余念がない。明らかに、今までの彼女達とは纏う雰囲気が異なっていた。

 

 

『楽しそうだから』

 

 穂乃果が挙げた、A-RISEと戦う理由。

 

 俺は歩きながら、自身の足元を見つめ小さく唸る。

 楽しい、のだろうか?

 

 自分には理解できない感覚であるせいか、考えても考えても共感出来ない。

 

 もし仮に俺が穂乃果の立場だとすれば、持ち前の負けず嫌いから必死に勝ちにこだわって遮二無に練習をこなすだろう。そして、あまりこういうことは言いたくないが、負けてしまい、その悔しさを糧に再び立ち上がる。

 それが古雪海菜のあり方だし、変えるつもりもない。

 

 勉強だって全く同じことで、勉強が楽しいなどと一度だって思ったことは無かった。やらなくてはいけないから。やらなきゃ俺は、才能を理由にして逃げてしまうだけの人間になってしまいそうだから。

 無意味に踵を引きずりながら歩く。

 靴底に押された砂利が少し不快な音を立てた。

 

 羨ましい。

 素直にそう思う。

 

 前へと進むエネルギーがポジティブな感情から生まれてくる彼女が。

 

 ツバサは恐らく俺と同じタイプだろう。負けたくないから、一番になりたいから、自身の才能を証明したいから。そんな、自分に向かう理由を燃料に変えて突き進む。

 穂乃果は違う。彼女がラブライブを目指すのは自分の為でもあり、他のメンバーの為でもあり……俺の為でもある。そして、負けたくないからではなく、楽しいからという言葉を紡げる女の子だ。

 

 

 恐らく、勝敗を分けるのはそこの差。

 俺には分からない。

 一体どちらが正しいのか、そして、どちらが勝つのか。

 

 

 まぁ、だからこそ信じるしかないのだろう。

 

 穂乃果たちが俺にくれた笑顔を想う事しか出来ない。

 

 

「カイナ、難しい顔をしてるわね?」

 

 喫茶店を出て、大通りに入る曲がり角を左へと進んだその時、ぴょこんとツバサが姿を現した。いきなりの出来事に、一瞬身体を強ばらせた後、大きく溜息をつく。コイツは一体どこから湧いてくるのだろうか?

 

 仮にも現時点におけるトップアイドルだぞ? ほいほいと一般男子高校生の前に現れて良いはずがない。君を探してるファンが一体何人居ると思ってる。

 俺は、未だに鈍痛が続く首筋を撫でながらにこの顔を思い出していた。

 アイツはいつかしばく。

 

「嫌そうな顔をしてるんだよ。君が来たから」

「またまた~、嬉しいくせにぃ☆」

「ムカつく♪」

 

 いたずらっぽく、見事なウィンクを決めてみせるツバサ。

 俺は視線を外しながら適当にあしらうフリをした。

 

 くそっ。どうしても思い出してしまう。

 

 フラッシュバックしたのは、先日の、ツバサに抱きつかれた事件。

 女の子と抱き合った経験は、それこそ夏合宿で絵里を寝かしつけた時だけだし……アレは色んな意味でノーカウントなので最早眼前の彼女とのそれは俺の初体験だ。

 別に、彼女のことを意識しているわけではないのだが、俺だって立派な一八歳男子なので、女の子特有の甘い香りや、年下とは思えないツバサの色香、触れ合う肌の感覚が嫌でも思い起こされて道の真ん中にもかかわらず悲鳴をあげながら頭を掻きむしってしまいそうだ。

 

「今日は何の用? くだらない用事ならそのデコに一生消えない『肉』の選別を……」

「カイナに会いたくて」

「うぐっ」

 

 ダメだ! ペースが握れない!

 俺は目の前の女の子に背を向けて一時撤退の姿勢を示した。

 このままだと彼女のやりたいようにやられてしまいそう。

 

 恐らく、ツバサが俺の前に顔を出した理由。それは先日の件に関係しているはずだ。彼女のことなので、ライブ前の大事な時間を無駄なことに当てるなどありえない。だから、彼女にとって『古雪海菜に会う』という行為は大きな意味を持つ。その事は間違いない。

 

 一応、μ’sとA-RISEの邂逅のあった後、色々と考えてみたのだ。

 あらゆる可能性を考慮して、頭を巡らせて……。

 

 振り返って、ツバサの顔を見る。

 彼女はいつもの様に楽しげに、そして興味深げに俺の瞳を覗きこんでいた。思考の奥底まで見透かされるようなその視線。同時に、俺も彼女の瞳を覗きこむ。エメラルド色の目、無数に散らばる星屑のような輝き。気を抜けば吸い込まれてしまいそうなほど美しく蠱惑的な魅力を宿していた。

 

 俺の予想が正しければ。

 

 再び記憶が俺の意思とは別に蘇る。

 伝わる体温、触れる吐息。かけられる言葉。

 

 嫌いな男にあそこまで出来ないだろう。

 俺はほとんど確信があった。

 

 

 

 目の前に居るこの子は。綺羅ツバサは……。

 古雪海菜に好意を持っている。

 

 

 

 演技かもしれない、俺を勘違いさせることで何かを企んでいるのかもしれない。もちろん、その可能性もゼロではないが、彼女の性格上俺はどうしてもそのようには考えられないのだ。

 

 そもそも、俺を誑かして意味があるとは思えない。

 そして、何より『誰かに媚びて目的を達成する』という手段を彼女は取らないだろう。思わせぶりな態度をとるような周りくどい事をするくらいなら、強引に全てを蹴散らしてでも目標への最短ルートを辿る。それが綺羅ツバサだ。

 

 

「本当は、分かってるわよね? カイナ」

「……」

「二人で話しましょう? 付いてきて」

 

 

 たしなめるような口調で俺の顔を覗き込む。

 そして、俺を先導して歩き始めた。

 

 彼女は、『俺が気付いてる事』に『気付いてる』。

 自身の予想が事実へと変わるのを、人事のように思いながら頷いた。

 

 今まで、こういう事が無かったわけではない。よくあるアニメや漫画の主人公ほど俺は鈍感ではなく、自身に向けられる好意には敏感だった。だからこそ、申し訳ないけど俺にその気が無い事を匂わせたりしたこともあった。

 

 しかし、今回ばかりは訳が違う。

 そう簡単にあしらえる相手ではないのだ。

 

 

 もっと言うと、あしらうべき相手なのか。それすら分からない。

 もしかしたら、彼女は俺が好きになる対象になるのかも……。

 

 

 俺はそこまで考えて大きく首を振った。

 

 

***

 

 

「流石に、そう落ち込まれるとショックなんだけど……」

「う。ごめん。そういう訳じゃ」

 

 いい按配に人の少ないカフェの、奥まった席で二人机を挟んで向かい合う。

 元々コーヒーは好きなのだが、今日は全くその味を楽しむことが出来ない。我ながら、こういう恋愛絡みの話はいつまでたっても成長しないんだなぁ、と自嘲気味に微笑んだ。恥ずかしいことに、どう振る舞っていいのか分からないのだ。

 演技が通じる相手ならまだしも、ツバサはそれを許さない。

 

「一つ言っておくけれど、今日、カイナに何かを告げよう、そんな事を考えている訳ではないわ」

「……」

「きっと、言葉にしなくても分かっているだろうし、なによりそうでなくては私は貴方のことを好きにならなかった」

「……言っちゃってるんですけど」

「ツッコミにいつもの覇気がないわよ?」

「この状況でノリノリでツッコめる訳ないだろ!」

「あはは。怒った!」

 

 もう! なんなんだこの娘!

 なんとも嬉しそうに笑うツバサを見て、妙に思い悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えてしまう。

 

「君なぁ。ふざけてるんなら俺帰るぞっ」

「もう。ジョークじゃない。カイナが難しい顔してるから」

「大体君のせいなんだよ!」

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。

 一応怒ってみるものの、当然のごとく効果は無かった。

 

 本当に、一体ツバサは何を考えてるのだろうか?

 

 今日告白する気が無いのなら、わざわざ俺と会う必要は無いだろう。とすれば、他に伝えるべきことがあるのか。それとも、何かを確かめに来たのだろうか? 表情からは全く読めない彼女の胸の内を予測しては、内心で頭を抱える。

 

 分からないのだ。本当に。

 

 基本的に、俺は人の表情を読むのが得意だ。

 雰囲気や、本人の性格から察してかなり正しい推察を行う自信もある。

 

 しかし、今回ばかりはお手上げだ。

 何より、苦手な恋愛分野という部分もあるのかもしれない。

 

「カイナに幾つか聞きたいことがあって」

 

 構わないという意図を込めて頷く。

 話を聞かないことには何も始まらないし。

 

「彼女はいるの?」

「……いないよ」

 

 シンプルな問答。

 よくある光景。

 

 普通なら、すぐに女の子の方がもじもじしながら心の内を打ち明けたりするのだろう。もしくは、心から安心した顔で胸を撫で下ろして世間話を始めるのだろう。しかし、残念ながら俺達は『普通』ではない。

 どこまでも、感情だけでは動けない面倒な人種。

 

 ツバサが続けた言葉はやはりというべきか、流石というべきか、痛いほどに核心を突く問いかけだった。

 

 

 

「なら、カイナが恋愛することから目を背けているのはなぜ?」

 

 

 

 図星。俺は一瞬言葉を失い、強がって口の端に笑みを浮かべた。

 

「なんでそう思った?」

 

 先程、ツバサが恋愛対象であるか否か考えようとした最中に思考を切った理由。それは、まさしく今彼女が言葉にした通りの理由からだ。俺は、少なくとも今の段階で恋愛をしようとは思わないし、そんな余裕もない。

 だけど、彼女はどうしてそんな俺の心境を見抜いたのだろうか?

 

 そんな疑問と、見透かされた事の悔しさから質問を質問で返す。

 

「だって、私から好意を持たれてそんな顔するのはカイナくらいよ」

 

 じとっとした目でコチラを睨みながら言い切る。

 うぐ……確かにそうかも。

 

 誰がなんと言おうと、ツバサは類稀な美少女だ。

 そして、俺自身彼女の性格は決して嫌いではない。それでも……。

 

「ゴメンナサイ」

「まぁ、それは流石に冗談だけど、でもカイナの表情を見てたらなんとなく伝わるわ。貴方くらいの人間なら、とことんまで考えて少なくとも一つの答えを出すはずなの。それが、私を振る選択でも付き合う選択でも、迷いなく決断するでしょう?」

「……」

「でも、今のカイナはその決断をする手前で思考を止めてる。そんな印象がある。だから、そんな難しい顔になるの」

 

 なるほど、確かにその通りだ。

 俺は何枚も上手だった彼女の言葉に素直に頷いた。

 

 

 俺は、肝心なことに対して悩むことすらせずにいたのだ。

 『悩む』行為というのは凄く大事なことで、人間は誰しもああじゃないこうじゃないと思考を巡らせるうちに一つの答えへと辿り着く。そして、一度答えを出せば迷うことなど無いのだ。しかし、俺は肝心の自分の回答を出さぬままこの場所にいた。

 

 

 ツバサが俺に好意を持っていることを理解して尚、付き合うか付き合わないか、その答えを持っていない。

 

 俺は、考えられずにいたのだ。

 なぜなら恋愛について考えることを俺自身が拒絶していたから。

 

「それは……」

「教えて欲しいの」

 

 気づけば、ツバサは真剣な表情で俺の顔を見つめていた。

 

「お願い……」

 

 少しだけ、弱々しい声。

 俺は一瞬間をおいて……話し始めた。

 

 好きになった方となって貰った方。きっと、俺にわざわざ質問に答えてあげる義務なんて無いのだろう。しかし、本当に珍しく弱気な様子を見せる彼女を見ていると、勝手に口が開いていた。

 これから紡ぐ言葉が、自分自身を強く抉るモノだとしても、ここで黙る人間には成りたくない。

 

 

 

「余裕が、無いんだよ」

 

 

 

 我ながら、悲痛な声が出るものだ。

 視線を落としながら続ける。

 

「……」

「俺はずっと、勉強だけ頑張ろうって決めて今までやってきた。そして、μ’sっていう同じくらい大切なモノが出来て、それも大事にしたいって心から思ってる。だからこそ……余裕が無いんだ」

 

 嘘偽り無い言葉。

 紛れも無い真実。

 

「俺は君が言うように才能が無いから、多くは望めない。勉強と、μ’sに加えて恋愛もしようだなんて、それはあまりにおこがましい」

「おこがましい?」

「あぁ。きっと君には分からないと思う。望むもの全てが手に入る人間ももちろん居るよ。でも、俺はそうじゃない。だからこそ、本当に大事なものにだけ向かっていたい。だから、少なくとも大学に入るまではそういう事を考えたくないんだよ」

 

 言い切って、俺は目を閉じた。

 今まで、一度もこんなことを人に言ったことは無かったんだけどなぁ。よりにもよって、こんな天才に愚痴をこぼすことになるとは。人生何が起こるか分かったものじゃない。

 

「なるほど、理解したわ」

「そっか」

「でも、それは叶わない幻想よ」

 

 間髪入れずに突き刺さる否定の言葉。非難めいた口調。

 俺はその意図が分からずにただただひたすら呆けた顔でツバサを見る。

 

 叶わない。

 幻想。

 

 それは一体……。

 まさか、自身の言葉が否定されるとは思いもよらなかったせいか、なかなかうまく頭が回らなかった。もちろん同情して貰いたかった訳でもなければ、理解して欲しかった訳でもない。でも、これ以上この話に触れて欲しくなかったのも事実だ。

 

 

 しかし、彼女は踏み込んでくる。

 俺の心に躊躇うことなく。

 

 

「……幻想?」

「でも、事実、私はカイナが好きよ」

「それは……」

「もちろん、今貴方は本当の事を話してくれた。だから、これ以上カイナの邪魔をするつもりは無いわ。すぐに答えを出してくれなんて言うつもりもないし、カイナが言うなら何年でも待っててあげる。だって、私にとって重要なのはカイナとの関係の中で自分が成長できるかっていう部分に尽きるから」

 

 何年でも待つ、と言い切ったツバサの顔には微塵も迷いはなく、それが彼女の本心なのだと嫌でも気付かされた。間違いない、仮にこの娘と付き合えば、俺も今よりももっと高みへ行けるはずだ。彼女の背中を一番近くで見て、追いかけることが出来る。

 きっと、彼女も同じことを考えたのだろう。

 自分と似た匂いを俺から感じ取り、そして惹かれた。

 

 自分たちを成す骨格が同じだからこそ通じ合う想い。

 一般的な恋愛とはかけ離れた、恋のカタチ。

 

 

 俺は揺れていた。

 

 

 飲み込まれそうな程に強いツバサの魅力に、思考すらも支配されそうになる。この娘と付き合って生じるデメリットが無いのだ。仮に恋人関係になっても、お互いがお互いの道をひたすらに突き進むだろう。

 勉強に支障をきたすことはまずありえないし、μ’sだって……。

 

 

 μ’s?

 

 

 混濁しかけていた思考が、急激にハッキリとしたものへと戻った。

 あらゆる言葉が、思考が、予測が、理想がぐるぐると俺の意識とは無関係に回っていた頭のなかに、突如として現れた二人の顔。絵里と希の笑顔、泣き顔、かけてくれた言葉たち。

 俺がその意味を理解する前に、ツバサは続く言葉を吐き出していた。

 

 それは相も変わらず、真っ直ぐで、鋭く、正しい指摘。

 

 

 

 

「でも、貴方の事を好きなμ’sの娘達はどうなるの?」

 

 

 

 

 彼女の台詞が空気を揺らし、俺の耳へと届く。

 そして、俺はその言葉を確かに理解した。

 

 凍りつく。

 息が止まる。

 声が出ない。

 

「貴方が必死に自分を押し殺すのは自由だけれど、きっとそれは無駄。私みたいなどうでもいい人間の好意はあしらえばいいでしょう。でも、カイナが大切に想うあの子娘達に、もし仮に好意を向けられたらどうするの? 今のように『考えられないんだ。現段階じゃ何も』なんて言うつもり? それが出来るほど、貴方は非情になれない。私はそう思うわ」

「……」

「カイナは優しい。私はそれが弱さだとも思っているけど、きっとその部分は無くなることがないカイナの本質。だからこそ、今貴方が言ったような考え方をしていると、遠くない未来、カイナは傷つくことになる。私は……それが心配なの」

 

 

 μ’sの誰かが、俺を……?

 そんな事。

 

 無意識に強く握りこんだ拳は血の気が引いて白くなり、そして小刻みに震えだす。

 みっともない、そのみっともない姿をツバサは悲しそうにどこか悟った風に優しく見つめていた。

 

「そんな、こと……」

「ありえない。とでも言うつもり?」

「……!?」

「ありえないハズ、無いでしょう」

 

 淡々した否定。

 でも、確かにその通りだ。

 

 どこか冷静な俺が、ツバサの言葉を肯定する。

 

 彼女たちの誰かが、俺を好きになる可能性なんてゼロじゃない。だってそうだろう。音ノ木坂学院は女子校で、穂乃果たちが俺以外の男の子と接点を持ってるといった話は聞いたことがないし、もちろん彼氏がいるなどという話も知らなかった。

 だとすれば、健全な女子学生なら恋愛に興味を覚えるのは当然で……。

 

 しかし、俺もそのことを今まで全く考えなかった訳ではない。

 

「……俺は、そうならないように振る舞ってきたつもりだよ」

 

 下級生に対しては出来るだけ兄のように接してきた。時には嫌味な、そして子供っぽい先輩のような言動も挟んで、俺に頼りがいや男としての魅力を感じてしまわないよう心がけてきたつもりではある。

 練習中には野次を飛ばし、会話ではくだらないギャグを交えては恋人同士のようなものではなく、親友との間に出来るような空気を作る。

 

 

 いつからだろうか、ほとんど無意識に行っていた女の子との関わり方。

 

 

 もちろん、思わせぶりな態度もとってはいない。

 むしろ、君たちには恋愛的な興味はない。そう取られても仕方ないような関係に徹してきた。だからこそ、μ’sの面々も警戒せずに俺と打ち解けてくれた部分もあるとも考えている。

 

 同級生に関しては、理解のある子たちばかりだ。

 

 絵里に関してはお互いのあり方を正しく理解しているし、ツバサに抱きつかれた後の話し合いで『ちゃんと『演技』はしていたのかしら』と問いかけられたのはそういう意味がある。

 希もきっと、彼女なりに俺の考えを一生懸命察してくれようとしているだろう。

 にこも同じだ。それに、ラブライブにかける思いが並外れて強い彼女が、俺を好きになるはずがない。

 

 

 しかし、ツバサは俺のそんな考えを一瞬で打ち砕く。

 

「カイナがどう工夫してきたのか知らないけれど、あまり女の子をなめないほうがいいと思うわよ」

 

 不思議なことに、反論が出来なかった。

 無意識のうちに、彼女の言葉が正しいと悟っている自分がいる。

 

「一体それはどういう……」

「私が貴方に惹かれたように、たとえカイナがどんなにうまく振る舞おうと貴方の本質を見抜き、そして憧れる女の子はきっといる。私は確信を持って言えるわ」

「っ!」

 

 もしかしたら、本当にそうかもしれない。

 そう思わせるだけの何かがあった。

 

 ツバサは少し笑って立ち上がり、去り際、俺の横に立つ。

 

「でも、私はカイナが思っているほど、恋愛は煩わしいモノじゃないと思うわよ。でも、私が今日言ったことはもう一度よく考えて欲しいと思ってる」

「あぁ……。ありがとう」

「えぇ。あ、でも、次会う時からは容赦なくアピールするから覚悟してね?」

「待ってくれるんじゃなかったのかよっ」

「私は待つわよ? いつまででも」

 

 言い残すが早いか、何の未練もなく彼女は立ち去ってしまった。

 俺は一人残されたまま、大きく溜息をつく。

 

 

 考え方を変える。

 

 

 もしかしたら、その必要があるのかもしれない。

 そっと、冷め切ったコーヒーに手を伸ばし、口に含む。

 

 

 やはり、その味を楽しむことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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