ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

80 / 141
第十一話 揺らし揺らされ

 ユメノトビラ。

 

 ついにμ’sのダンスが始まった。

 儚げながらも、どこか強い決意を感じさせる曲調。

 

 私達A-RISEは額の汗を拭いながらも、静かにライブを見守る。

 

 

 彼女たちのライブは私達の直後にセッティングされていた。

 

 これは故意にA-RISEの後にμ’sを持ってこようなどと考えてプログラムが組まれたわけではなく、運営側から抽選で為されたライブ中継の順番を守って行ったに過ぎない

 

 だが、私や、特にツバサはこの順に決まってよかったと考えていた。

 

 理由は二つ。

 

 一つ目が、私が、統堂英玲奈としてどうしても譲れなかった部分だ。

 

 今回のライブはネット中継で全国に配信されるものであり、失敗は許されない。だからこそ各校、準備を万全にして自己責任でライブを行うのだ。例えば、音声データが途切れたり、中継映像が途中で映らなくなったりしてもそれはそのグループの責任となる。

 もちろん、運営側もそういうことを考慮してライブ会場は自由としたものの、機材を揃えた公式の会場自体は押さえていた。小さな学校の趣味程度に活動していたグループはそこで予選映像を配信している。

 

 しかし、今回、A-RISEはμ’sの面々を自ら招待し、彼女たちはそれを受け入れた。

 UTX学院が準備する会場で、音ノ木坂学院のアイドルグループにライブをして貰うのだ。

 

 絶対に不備があってはならない。

 このことに関しては、ツバサも厳しくスタッフや教員の方々に話をしていた。

 

 そんな働きかけもあってか、万全の環境を整えられたと思う。

 しかし、何が起こるかはやってみないと分からない。

 

 だからこそ、私達が先陣を切る必要があったのだ。

 

 配信に失敗する可能性はゼロに近いものの、例え安全とはいえ私達の作った橋を彼女たちから渡らせる訳にはいかない。私達が原因で、彼女たちが自分たちの努力の成果を発揮できなくなるような事態が起こる、なんて事があってはならないのだ。

 

 まぁ、その心配は杞憂だったようだが。

 今も無事映像は配信されているし、私達のライブも無事公開を終えた。

 

「彼女たち、持ち直したようね」

「あぁ、そうだな」

 

 ツバサは口の端に僅かな笑みを浮かべ、ステージから目を離さないまま呟いた。

 私は簡単な相槌を返して同じく彼女たちの姿を見守る。

 

 二つ目の理由。

 

 それは、私達の後にライブを行う彼女たちの姿が見たかったという点に尽きる。

 

 直接言葉にしてぶつけるつもりは毛頭ないものの、事実。A-RISEはμ’sの格上のスクールアイドルだ。ダンスの技術、歌唱力、表現力。全てにおいて負けてはいない。そして、そのことは彼女たちも気がついている。

 しかし、お互いの姿を直接見る機会は今まで無かった。

 

 

 同じ会場で、同じ空間を共有しそして、同じ結果を求める。

 

 

 私達の存在は、彼女たちにとって大きなプレッシャーになるだろう。

 もしかしたら、戦意や夢を根こそぎ刈り取ってしまうかもしれない。

 来なければよかった。安易に申し出を受けるんじゃ無かった。そう思わせてしまうかもしれない。

 

 でも、私たちはそれを乗り越えてくるμ’sが見たかったのだ。

 

 前回のラブライブから私たちは高坂さんたちに注目していた。明らかに他のグループとは一線を画した思いの強さ。団結力。色々なものが伝わってきたから。この子達なら、私達のライバルになり得る。

 そんな淡い期待。

 そして、前回も、ツバサのプレッシャーに負けずに立ち上がって、勝負を挑んできた。

 

『μ’sはA-RISEに勝つ』

 

 そう、自信を持って言い切った男の子だって居る。

 だったら、彼女達には今日この時、私達がいる土俵にまず辿り着いて貰わなくてはならない。

 

 重圧を、劣等感を。全てを振り払ってライブをやり切るμ’sの姿を私たちは待っていた。

 

 

 しかし。

 

 

 A-RISEのライブが終わった直後。

 私達の目には戦意を失った彼女たちの姿が写っていた。

 

 落ちた視線、情けなく開いた拳。

 

 

 残念だ。

 

 

 手渡されたタオルで汗を拭い、水分を補給しながら見守る。

 何事か、メンバーがぼそぼそと呟いていた。

 この位置では聞き取れない、おそらく、諦めの言葉。

 

 彼女たちを招いたのは失敗だったかもしれない。

 

 彼女達の決めた場所でライブが出来れば、もしかしたら気楽にベストなパフォーマンスを出せたかも。

 私はいたたまれなくなって視線を外し、ツバサを見た。彼女のことだ、既にμ’sへの関心を失っているに違いない。後に残された私の仕事は、彼女たちに追い打ちをかけないようこの子を諌めるだけだ。

 

 

 しかし、私の予想に反してツバサはμ’sから目を離していなかった。

 いや、むしろより強い光を両目に湛えている。

 

 方向は、一つ。

 視線の先には。

 

 

――高坂穂乃果。

 

 

 

「そんなこと無い!!!」

 

 

 

 凛とした声が私達の耳朶を強く打った。

 

 同時に感じる確かな力。

 

 ツバサの、冷たく、圧倒的で、そして強大なプレッシャーとは違う。

 暖かく、優しい、それでいて力強い波動。

 

 前回の対話でも感じた高坂穂乃果の類まれな才能を、改めて実感する。

 気のせいでは無かった。

 

 

 間違いない、彼女も選ばれた人間だ。

 

 

 自覚なき天賦の才。

 だからこそ生きる天然のセンス、カリスマ性。

 

「やっぱり……」

 

 隣で嬉しそうにツバサが笑った。

 新しい玩具を見つけたような無邪気な微笑み。

 彼女が出会う、初めてのライバル。

 

 しかし、私にツバサの様子を見る余裕はなくなっていた。

 

 ただただ、目の前の光景に集中する。

 

 一度は諦めたはずのメンバー全員が、高坂穂乃果の声によって頭を上げたのだ。

 そして、確かな力が彼女たちの間に満ちる。

 

 このまま成長すれば、A-RISEに届き得る!

 

 その光景を見て、紛れも無い確信が私の胸に去来した。

 

 あんじゅも同じことを考えたのか、あらあら、と呟きながらも鋭い目で好敵手の動きを見逃すまいと背筋を伸ばす。

 なんというか、新鮮な景色だ。いつもは相手に不満のあるツバサがむすりとして、あんじゅが笑顔でからかいに行く構図なのに。今回は真逆。

 かくいう私も、柄にもなく武者震いをしているのだが。

 

 そして、彼女たちはステージに向けて走りだした。

 

 なるほど。

 μ’s。

 良いグループだな。

 

 素直にそう感じる。

 

 が。このグループはそれで終わらなかった。

 

 

 

「カイナ。……やっぱり、私には貴方が理解できない」

 

 

 

 唐突にツバサが呟いた。

 古雪君?

 頭のなかで終わりかけていたμ’sの批評が、ツバサによって再びこれで終わりではないと気付かされる。

 

 条件反射気味に彼の姿を捉える。

 

 古雪くんは一言二言言い終えた後、軽くμ’sの面々に向けて手を振った。

 

 それに答えて、彼女たちが頷く。

 

 

――そして、確かにその瞬間。μ’sの放つ輝きが増した。

 

 

「どうして、外的要因で魅力を増すの? 貴方は傍観者。彼女たちを守ることは出来ても、より一層輝かせることなんて出来るはず無いのに……」

 

 

 零れ出す言葉。

 ツバサの呟きは彼女たちの歌声に呑まれて……消えた。

 

 

***

 

 素晴らしいライブだった。

 

 それが私の、A-RISEの統堂英玲奈の素直な感想。

 あんじゅはいつもの笑顔に戻って嬉しそうに拍手を送っているし、ツバサもニヤリと不敵な笑みを浮かべながらも軽く手をぱちぱちと二、三度叩いて彼女なりの敬意を示していた。

 

 もちろん、技術的な面を見れば指摘すべき点は幾つもある。

 

 過去あげていた動画のレベルよりは圧倒的な成長はしていたものの、やはり結成して半年のグループ。私達と比べたら、未だに大きな技量の差があるのは否定出来ないだろう。手応えとしても、このライブ中継を用いた予選で私達が彼女たちに負けることは無いと確信していた。

 

 恐らく、そのことは彼女たちも気がついているはずだ。

 しかし、踊りきったμ’sの面々の表情に浮かぶのは『結果への不安』や『他チームに対する劣等感』ではなく単純な『ライブを出来たことに対する喜びと満足感』だけだった。

 

 紅潮した頬と、流れ出る汗。

 そして、九人全員が顔を見合わせて笑っている。

 

 ……なるほど。だからこそ彼女たちは魅力的なのだ。

 

 

 ライブ後、お互いの反省点を言い合って練習を始めるA-RISE。

 お互いの健闘を讃え合って笑うμ’s。

 

 

 きっと、そのどちらもが正解なのだろう。

 

 それぞれが、それぞれのやり方で結果を求める。

 

 

 少なくとも今回は、私たちに軍配があがるのだろうけど……。

 コレは本当に、次回がどうなるかは分からないな。

 

 

 μ’sのメンバーは楽しそうにステージから飛び降りると、元気よくスタッフの皆にお礼を言った後、古雪くんの元へと走っていった。星空さんが飛びつき、たたらを踏んだ所に矢澤さんの膝かっくんが入って転んでしまう彼の姿が目に入る。

 相変わらず仲良くやっているようだな。

 

 立ち上がった彼に頭をガシっと掴まれて悲鳴をあげる二人の姿を見た後、私達もそちらに歩き出す。

 

「むー。妬けるわ」

「ツバサも嫉妬なんてするんだな」

「ふんっ。……ちゃんと好きって暗に伝えてきたのに」

 

 えっと。

 ……今なんて言った?

 

「……!?」

「えぇ!?」

 

 ツバサのさらっと零した一言に、私とあんじゅは飛び上がって驚いた。

 

「ちょ、ちょっと待って、ツバサちゃん」

「も、もう告白したのか?」

「似たようなものかしら」

 

 何を当たり前なことを、とでも言いたげな涼しげな顔をしてみせる。

 

 き、聞いてないぞ。

 もっとこう、恋愛ってのはゆっくりじっくり進めるものでは無いのか?

 いや、私はそういうのに疎いから、もしかしたらイマドキの女子高生なら……。

 

「は、早すぎない?」

 

 どうやら早過ぎるらしい。

 

 あんじゅの一言に後押しされて、私も言葉を続けた。

 

「そ、そうだ。一言くらい相談してくれても、それに古雪君の都合もあるだろう」

「うーん。とはいっても、そもそも私の好意に気付かないようなバカなら好きにならないし、そのあたりもきちんと考えているわよ。彼の迷惑にはならないよう最大限配慮はしたつもり。言いたいことは言わせてもらったけどね」

「それで……どうだったの? 海菜くんの答えは」

「返事待ちよ」

 

 これまた、ファーストフード店で注文するかのように何食わぬ表情で言ってのける。

 

 私とあんじゅは絶句したまま顔を合わせて、同時に盛大な溜息を付いた。

 

「な、なに?」

「……い、いや。気にしないでくれ」

「ツ、ツバサちゃんがノーマルな恋愛するはず無いものね」

「どういう意味かしら……」

 

 ツバサは、じとーっと、いぶかしそうな視線を私達二人に送ってきたものの、別段一般的な恋愛という物に興味は無いのだろう。すぐに軽く首を振った後、古雪君達のいる方に歩みを進めた。

 

 コツンコツン。

 

 衣装の都合で少し低めではあるものの、ヒールを履いていたせいか固い足音が響く。

 

「あっ、A-RISEの皆さん!」

 

 高坂さんが私たちに気がついて声をあげる。

 わいわいと騒いでいた他のメンバー達も慌てて私達を迎えてくれた。

 

「いい加減離しなさいよー!」

「ヨミノトビラ」

「膝かっくん位で同級生殺すつもり!?」

「君の膝かっくんは背ちっちゃいせいでふくらはぎにダメージが入って痛いんだよ! ダンスかって勢いで膝を打ち下ろしてくるし」

「そんなにちっちゃくないわよっ」

「ちっちぇえよ! 仮に俺が君に膝かっくんしたら膝が君の脳天に……」

「だからそんなにちっちゃくないわよっ!!」

「にこ、海菜さん。静かにしてください」

『あ、……はい』

 

 僅かに遅れて、矢澤さんと古雪君も揃ってこちらに歩いてくる。

 

「まずはライブお疲れ様! 素敵だったわ!」

「あ、ありがとうございます! A-RISEの皆さんも凄かったです! 感動しました!」

「ふふっ。嬉しいわ」

 

 キラキラとした目で、私達三人の顔をまっすぐに見つめてそう言ってくれる高坂さん。凄いものは凄いと素直に言うことはなかなかどうして難しいものだ。それは敵に対してだと尚更。心のなかで敬意を評しても、言葉には出来ないのが人の性というもの。

 努力すればするほど、そうなっていくハズなのに……本当に面白い娘だ。

 

 私たちは各々色んな感想を抱きつつも、彼女たちとの会話に興じる。

 

 

 一〇分ほど話をしていただろうか。

 

 元々が明るい娘が多いのだろう、少し儀礼的な部分はあったもののお互いの健闘を讃え合い、軽く雑談などは行うことが出来た。しかし、少しだけ嫌な予感がする。

 確かな違和感が、ちくりと私の胸を突いた。

 理由は単純。

 

 ツバサが古雪君と未だに絡んでいないのだ。

 

 本来ならば真っ先に話しかけに行っても可笑しくないハズなのに、一向にその気配がない。

 逆に、古雪君の方もツバサと会話をするつもりはあまり無いらしく、μ’sの面々や私、そしてあんじゅと話をするに留まっていた。

 

「海菜さん、ことりのダンスもちゃんと見てくれました?」

「あぁ。もちろん、いい感じだったじゃん」

「ホントですか? 希ちゃんや絵里ちゃんばっかり見てたわけじゃないですよねっ?」

 

 イタズラっぽく、可愛らしい笑顔を浮かべながら南さんが古雪君に問いかける。

 そういえば、絢瀬さんは幼馴染。東條さんは高校一年生の頃からの付き合いだったかな。

 あんじゅが好きだと言うあたりそういう系統の女の子が好きなのだろうけど。

 

 ……そういえば、初めてあった時も『おっぱいが大きいから好き』とか話していたような。

 

「ばーか。ちゃんとことりのことも見てるよ」

「……っ! そ、そうですか」

「一瞬ステップ間違えかけたのも知ってる」

「も、もぅ! そんな所は見なくでいいんですよぉ~」

 

 若干頬を赤らめながら、南さんはぽかぽかと古雪君の背中を叩く。

 どうやらかなり彼に懐いているらしい。

 

 もしかしたら……。

 

 余計な推測に入ろうとしたその矢先、やっと彼女が動いた。

 

 

「カイナ。私達のライブはどうだった?」

 

 

 唐突に、真っ直ぐにかけられる問い。

 しかし、彼もツバサからのコンタクトを待っていたのだろう。今まで話していた南さんから身体を背けて、ツバサと真っ直ぐに向き合った。少しだけ、南さんが寂しそうな表情を見せるが、私も彼女に構う余裕は無く、静かに二人を見守る。

 

「凄かったよ。素直にそう思った」

「ファンになってくれた? ……なんて事は今日聞くつもりはないわ」

「別に聞いてくれてもいいのに」

「今日はもっと大事なことを聞かなきゃいけないと思っていたから」

 

 そう言って、彼女は不敵に笑った。

 古雪君は警戒心を露わにして目の前のツバサを見る。

 

 何故か緊迫した空気が流れ、いつの間にか全員彼らの会話に意識を集中させていた。

 

 

 

「カイナは、A-RISEとμ’s。今回、どちらが勝つと予想するのかしら?」

 

 

 

 これ以上ない、残酷な問いかけ。

 一瞬で古雪君の顔に苦悶の表情が浮かんだ。

 

 理解していないはずがないのだ。彼も、そしてツバサも。

 A-RISEが優っていることくらい誰にだって分かっている。

 

 それでも彼女は聞いた。

 それでも彼女は、答えさせる。

 

 それは、強者の権利。

 

 宣戦布告したのは彼の方だ。

 君たちよりも、μ’sの方が魅力的だと言い切ったのは彼。

 その言葉には責任を持たなくてはならないし、こうして攻められても仕方がないだろう。

 

 

 もちろん、ツバサに『揚げ足を取りたい』という下らない考えは無いはずだが。

 

 

 彼女がしようとしていること、それは単純に『μ’sを今以上に成長させるための理由づくり』なのだと、私は確信していた。ライブ前の様子を見る限り、古雪君の存在が大きく彼女達に影響していることは明らかで、きっと、彼女達は彼のためにもっと魅力的に成れるのだ。

 

 ツバサは古雪君という『外的要因』で魅力を増すμ’sに疑問を抱きながらも、その事実自体を疑ってはいない。

 

 勝ちたい、もっと魅力的になりたい。そんな内的要因によってここまで成長してきた私達。しかし、明らかにμ’sは古雪君のため、お互いのために努力して成長していた。だからこそ、ツバサは彼を挑発する。彼を守りたいと願うμ’sの闘争心を燃え上がらせる為にも。

 

「……っ!」

 

 古雪君は心底悔しそうに唇をかんだ。

 同時に、その顔を見たメンバーも悲しげな表情を浮かべる。

 

 彼がこんな想いをしなくてはならないのは、一重に私達のせいだ。

 そんな心の声が確かに聞こえたような気がした。

 

「今回は……君たちの勝ちだと思う」

「……そう」

「でも、俺たちも最終予選に絶対行くからな」

 

 確かな信頼を帯びた言葉。

 彼は信じているのだ、彼女達がこのライブ中継による予選で、上位四位以内に入っていることを。そして、最終予選において私達と再び直接相見える時が来ることを。

 

 

 

「最後に勝つのは、μ’sだよ」

 

 

 

 再び聞く、勝利の宣言。

 

 なるほど。

 思わず頬が緩む。

 

 本当にこの男の子は面白い。

 

 圧倒的な差を見せつけられて尚、彼は高坂さん達を信じて疑わない。

 

 そして、彼女達も……彼を信じているのだろう。

 再び、何か大きな力が膨れ上がる、そんな感覚に襲われた。

 

「ふふっ。それでこそカイナね」

「ふん。さっきの質問も君らしいけどな」

「あら、怒らせちゃった? 事実じゃない」

「あぁ?」

「前座って言われたこと、忘れてないからね?」

 

 バチバチ。

 一瞬前までのシリアスな雰囲気はどこへやら。ライブ前同様、再び火花を散らし合う二人。

 

「もうツバサちゃん、仲良くしないとダメよ?」

「そうだ。ツバサ。過度な挑発は控えるべきだ」

 

 頭の良い二人だが、同時に子供っぽい所もあるのが玉に瑕。

 これ以上話がこじれないように私とあんじゅが気を使って仲裁に入った。

 

 だが、おかげで私たちの今日すべきことは全て終わったと言えるだろう。

 

 全力でライブを行い、中継した姿を全国に届ける。

 練習の成果は存分に出しきることが出来た。

 

 そして、μ’sのライブをこの目で見ることも出来た。

 彼女達が、いずれ私達と同じ土俵に立ち、対等に競い合えるライバルになる存在であると確信もした。加えて、これからより大きく成長するキッカケにもなれたと思う。

 

 後は挨拶を終わらせて、明日から再び始まる練習に備えるだけ。

 

 そんな気の抜けた考え。

 私は忘れていたのだ。

 

 綺羅ツバサという女の子が、私なんかの頭では到底測れない存在であったということを。

 

 出会ってから今まで。

 前代未聞のトラブルメーカーであり続けているということを。

 

 

 

「だって、好きな男の子とはいえ、挑発されたらムカつくわよ!」

 

 

 

――静寂。

 

 冗談抜きで時が止まったのでは無いかと錯覚するくらい、全員が一斉に動きを止めた。

 古雪君に至っては、顔を真っ青にして固まっている。

 

 ツバサは一瞬、やっちゃった、とでも言いたげな小憎らしい笑顔を浮かべた。

 もしかして、ワザと言ったのか……?

 

 しかし、当然彼女の内心など想像のしようが無い。

 

 ツバサはすっと古雪君の目の前まで歩みを進めて、辺りを見回す。こちらを見ているスタッフがいないことを確認して、ツバサはつま先で立った。

 その一挙手一投足を全員で見守る。

 

 そして。

 

 

 ちゅっ。

 

 

 可愛らしく背伸びをして、ついばむように自身の唇を彼の頬に触れさせた。

 固まる彼の顎に人差し指を添えて一言。

 

 

「次からは容赦なくアピールするって言ったでしょ?」

 

 

 言い終わるが早いか、何事もなかったように踵を返すツバサ。

 

「それじゃ、μ’sの皆さん、カイナ。また会いましょうね」

 

 特大の爆弾を落としていったまま、彼女は颯爽と去って行ってしまった。

 私は未だ動けないまま、恐る恐るμ’sのメンバーの様子を伺う。

 

 印象的だったのは四人の女の子。

 

 絢瀬さんは盛大に溜め息をつき、矢澤さんは……完全に怒っているようだ。

 東條さんは自分自身の感情についていけていないのか、呆けた顔でツバサが立ち去った方向を見つめている。

 

 

 そして、南さんは。

 一人、焦ったような表情で俯いていた。

 

 

 

 古雪君。

 色々大変だとは思うが、頑張ってくれ。

 

 

 

 

 ……あと、うちの後輩が迷惑をかけました。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。