ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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絵里誕生日記念
訳題は『彼女は...と共に育った』

少し長めではありますが、黒一点におけるとても大切な話になると思います。
ぜひ、楽しんでいってくださいね。

では、どうぞ。


 ◆ She was brought up with...

――誕生日。

 

 この誰にでも訪れる記念日にかける想いというのは人それぞれだと思うけれど、少なくともそれは、私にとっては何よりも幸せな日だったわ。

 毎年毎年、かけがえのない思い出と共に過ごしてた。

 

 どうしてだろう?

 少しだけ考えてみる。

 

 えっと、そうね……まずはやっぱり妹の存在かしら?

 亜里沙はなぜか、自分の誕生日でもないのに私よりも嬉しそうなの。離れていても電話を掛けてきてくれた。もちろん、日本に来てからも欠かさずお祝いの言葉と手作りのプレゼントをくれる。

 手編みのマフラーは解けてしまった。お手製のぬいぐるみはなんの動物か分からないような代物だった。けど素直に嬉しいものね。今でもそれは大切な宝物。

 あとは、両親も毎年祝ってくれるし、何より幼馴染の両親もまるで我が子のように祝福してくれた。

 

 これだけでも十分幸せすぎると、自分でも思う。

 

 だけどね……。

 

「絵里! 遊びにきたぞー!!」

 

 驚くくらい遠慮なく部屋の戸が開けられる。

 

 そう。私には、古雪海菜という幼馴染が居た。

 六歳の頃から、ほとんど家族同然に過ごしてきたかけがえのない存在。いつもはお互いに憎まれ口叩き合ったり、ケンカしたりする関係だけど私達の間には確かな絆がある。今はまだ内緒だけれど――初恋の男の子でもあるの。

 

 私は立ち上がって、海菜と向かい合う。

 ちょっとだけ照れくさいけれど我慢よ、我慢。

 

 コイツのおかげで私の誕生日は、

 

 

「今年は何すると思う?」

 

 

 何よりも幸せでキラキラした日へと変わる。

 

 私は、満面の笑みで部屋に入ってきた海菜を見つめた。

 無意識のうちに緩んでしまった頬を慌てて戻す。わざと少しだけ不機嫌そうな表情を作りながら口を開いた。

 

「どうせまたロクな事考えてないんでしょう? ばか海菜」

「はぁ? 年々成長しつつある俺のプレゼントなめんなよ」

「だからこそ、不安なのよ」

 

――今年は何をしてくれるのかな?

 

 去年みたいにどこかへ連れてってくれるのかな。それとも、一昨年みたいにゲームをやらされて、海菜に勝てなきゃプレゼントをくれないとか。――いろんな事が今までにあり過ぎて想像だけが膨らんでいく。

 この様子だと今年もなにやら企んでいるのは確かだろうし。

 

 はぁ。

 

 変わらない幼馴染の様子に、私は小さく溜息を吐いた。

 本当に、もう……。

 

 

 

 今年も楽しみね。

 

 

 

 残念ながら、無意識に浮かぶ微笑みだけは隠しきれなかった。

 

***

 

 

 

「第一回! チキチキ、絢瀬絵里のルーツを辿れ。古雪&絢瀬家内宝探しゲーム!!」

 

 

 

 海菜はバタン、といつにも増して元気よく私の部屋へと入ってきた。なんとも嬉しそうに胸を反らし、大好きなコメディアンを意識しているのか、特徴的な大声――ドナリで謎の計画の題名を叫んで見せる。

 

 私のルーツ? 宝探し?

 昼前から突然現れたと思ったらどうしてこんなにテンション高いのよ。

 

 私はかなり大きな不安を覚えつつ、取り敢えず立ち上がって海菜を招き入れた。

 

「絵里、今日は何の日か知ってる?」

「えぇ、まぁ。海菜が企画を持ってきたってことは私の誕生日……」

「そう、正解です! ちなみに蛭子能収の誕生日でもある」

「その情報は必要ないでしょ」

 

 はぁ、相変わらず一言多い。

 呆れた風を装ってツッコむけれど、内心は凄く嬉しかった。

 

 毎年の事だから確かに慣れては来るし、当然感動的なサプライズなどはない。私も海菜もお互いの誕生日は最早十回以上祝いあっているから新鮮味はないけれど、なぜだかほんのり温かい気持ちが溢れてくるの。不思議なものね。

 

「今言ったとおり、今年は宝探しゲームをしようと思う」

「宝探しゲーム? あの、ちっちゃい頃よくやった」

「そうそれ。俺が既に俺んちと君んちに色々隠してるから、それを探してもらおうと」

「相変わらず無駄に手の込んだ事をするのね」

 

 現在時刻は十時半。

 海菜の誕生日の企画はなんだかんだで手が込んでいることが多いので、きっと今回も色々準備を整えていたハズだ。自分の勉強だって忙しいくせに。

 

「当たり前じゃん、君の誕生日なんだから」

 

 さも当然のように頷かれてしまった。

 

 ……ホントに、もう。

 

 自分でも無意識のうちに熱を持つ頬を隠すように頭を振って、海菜を見る。いつも通りの部屋着を着て、何かの台本だろうか? 薄い冊子を丸めてポケットに入れていた。パーカーを腰に巻いている辺り、今回はプロデューサーでも意識しているのだろう。

 そう予想した理由は単純で。右手には型落ちしたビデオカメラ。

 一体何をするつもりなのだろう。

 

「海菜、それは?」

「ビデオカメラ」

「えぇ、それは分かってるけれど」

「おぉ。さすが一八歳、知識が違うな」

「……バカにしてる?」

「冗談冗談! 何って、君を撮る為に決まってるだろ」

 

 パカッと、慣れた手つきで画面をあげると右手に固定したビデオカメラを掲げて見せた。たしか去年あたりに親父が新しい機種を買ったから、お古のそれを貰ったとか言ってたわね。二週間ほどで飽きて放置されてたハズだけど、どうしてわざわざ。

 

「撮るって、私が宝探ししてる所を?」

「あぁ。面白そうじゃない?」

「なんだか恥ずかしい気も……」

「今更恥ずかしいも何もないだろ」

「うぅ、そうかもしれないけど。……はぁ」

 

 家族の集まりで回されるカメラとは少し違うし……海菜の事だから撮って面白くなる仕掛けを施してるに違いない。どうせ後からその映像でたくさんからかわれるのは分かってるけど。

 ちらり、と海菜の表情を伺う。

 腹が立つほどニコニコと笑っている。

 

――そして、その目尻にうっすらとクマが浮かんでいるのも見て取れた。

 

 どうせ、私を楽しませる仕掛けを忙しい中考えてたに違いない。それで寝不足になったら本末転倒じゃない。もう……。

 だけど、確かに海菜のプレゼントは毎年一番の思い出になってるから。

 

 ……仕方ないわね、ちょっとくらいのワガママは許してあげるわよ、ばか。

 

「それじゃ、海菜の家にいきましょうか」

「ん、流石絵里。止めても無駄だと判断したか」

「何回あなたに誕生日祝って貰ってると思ってるのよ」

「今年で一三回目かな」

 

 予想外に、即答されてしまった。

――そんなにも。

 

 少しだけ感傷的な雰囲気になってしまう。

 

「一三年も、一緒に居るのね。私たち」

「あぁ。そうなるな、ホント、長いもので」

「……」

「……」

「……」

「あの頃はあんなに可愛かったのに……って、痛い痛い!」

 

 ふん!

 今の方が可愛くなりたいって思ってるわよ!

 

 

 

***

 

 

「えっと、適当に探せばいいの?」

 

 海菜の家について、なにやらカメラを操作する彼に問う。

 探せと言われても適当で良いのだろうか?

 

「あ、そういえば言い忘れてた。俺がヒント言うから、その順番に探していって」

「えぇ」

「順番とか決まってるから、その辺気をつけてな!」

「ちなみに何を探せばいいの?」

「全部、写真だよ」

 

――写真?

 

 一体何を企んでいるのだろうか。さすがにまだ分からないので、とりあえず海菜の指令を待つ。

 

 ポチポチと手元の機械を操作する海菜。

 ピピッという電子音が鳴る。無事撮影モードに入ったらしい。

 するりと流れるようにレンズを私に向けてきた。

 

 い、いきなり向けられると恥ずかしいわよっ!

 

「ちょ、ちょっと海菜! 撮るなら撮るって言いなさい!」

「撮る」

「遅いの!」

「コホン。え~、賢い可愛いエリーチカは、一八歳になってツッコミを覚えました。わぁ、賢い」

「今すぐカメラ止めなさい!」

「わっ! バカ! レンズに触るな!」

 

 逃げ回る海菜と、追いかける私。

 休日だからかおじさんはソファーで爆睡しているし、おばさんはせんべいを齧りながら楽しそうにテレビを見ている。一つも騒ぐ私たちに関心を見せない辺り、見慣れた光景なのだろう。

 

「撮影するってさっき言っただろ!」

「うるさい! ばか海菜。そうやって変なナレーションばっかり入れる気でしょう」

「ナレーション位で終わると思うなよ!」

 

 なんとか海菜の手からカメラを奪い取ろうと右手にしがみつこうとするが、高く手を掲げられてしまう。そのまま私の身長では届かない位置に拳をあげて、背伸びをしながらニヤリと笑う海菜。

 私も負けじと背伸びして見るものの、いつの間にか大きく差のついた背の高さに追いつくことは出来なかった。

 昔は私の方が大きかったのに。

 

「ふふん」

「ズルいわよっ」

「中二以降、君に強引に止められる事はなくなったな。俺の悪行を」

「悪行って自覚があるのがまた性質が悪いの! どうせ今も撮ってるんでしょう?」

 

 高く掲げたまま、器用に私の方へカメラを向けて見せる海菜。

 

「うん。とりあえず、諦めて宝探ししようって」

「ばか、嫌い! いつもそうよ。この動画を見直してる私! いますぐ横に居るはずの海菜を叩きなさい」

「ちょっ、君! 余計な事言うなって」

 

 これだけ騒いでいても、本当におじさんおばさんはこちらを向かない。

 そんなに私たちいつもこんな感じでいるかしら? ちょっとだけ反省ね。

 

 すたこらと私から距離をとった幼馴染は、ビデオカメラの調子を確認して満足そうに頷き、私の方へと再び動かす。止めても聞かないだろうし、せめてもの抵抗に精一杯の渋面を作っておいた。余計なことされる前に早く終わらせてしまいましょう。

 

「一つ目のヒントは何?」

「よし! じゃあ、発表するわ! まず最初のヒントは《初めて俺と会った場所》で」

「初めて海菜と……」

 

 たしか、シンプルにお父さんに連れられてこの家に来たから。

――玄関かしら?

 まぁ、宝探しなんて難しくし過ぎてもテンポが悪くなるだけだから結構大きめのヒントをくれるみたい。私は早速、さっき通って来たばかりの玄関に向かって歩き出した。

 

「さて、ついにワガママ言ってばかりだった絵里が動き出しましたよ。全く、何年たっても変わりませんねぇ」

「かーいーなー」

 

 にやにやしながら後ろからついてくる幼馴染。

 趣味の悪いヤツ!

 

 とりあえず玄関に到着して、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「うーんと、どこにあるのかしら」

「別に難しくないよ」

「そう? じゃあ……」

 

 絨毯の裏や、昔使っていた縄跳びなどがまとめて入れてある容器などを探す。

 写真ならちっちゃくはないし、分かりやすくはあると思うんだけど。

 

「親父の靴の中には隠してないから安心してくれ」

「別に聞いてないわよ」

「あの中に写真入れようものならカラーがモノクロなるから」

「臭すぎて?」

「臭すぎて」

 

 大概失礼な事を言ってるような気もするけど、おじさん優しいから……。

 自分がバカにされたらすぐ倍にしてやり返そうとする海菜は、きっとおばさん似なのだろう。

 

 探す事一分ほど。

 小さな棚を開けたところに目的のものは入っていた。

 

「あった!」

「ん、どう、それ?」

 

 そっと私の隣に立って、同じように写真を覗き込む海菜。

 かぎ慣れた暖かい香りに一瞬ふわりとした気持ちになるものの、視線はその手元の紙にくぎ付けになっていた。

 

 

――出会ったばかりの私と海菜。玄関で撮った写真。

 

 

 六歳の頃だったと思う。

 まだあまり仲が良くないのか、二人の間には少し距離があって庭で控えめなピースをしていた。

 

「懐かしい……」

「だろ? うっすらとしか覚えてないけど、あんまり君が俺と仲良くしてくれなかったことは覚えてるわ」

 

 くっくっく、と喉を鳴らして笑いながら海菜は言う。

 

 そうね。

 当時は純粋に人見知りだったから。髪の毛の色とか、向けられる奇異な視線とかも相まって少し弱ってた時期でもあったし。それに、海菜もガンガン誰かと仲良くなろうと接するタイプの子ではなかったから。

 きっと、人間の性質なんてものはなかなか変わらないもので、ちっちゃいころの海菜は今ほど頭で考えはしないものの、他人との距離感を感覚で正しく調整することが出来ていた。だからこそ、無理なく仲良くなれたのかもしれない。

 けれど、どうしても、初めの頃は打ち解けるのに苦労した。

 

「どう、めっちゃ仲悪そうでしょ」

「仕方ないじゃない、初めは日本語もたどたどしかったし、初めてできた男の子の友達だったんだから」

「ま、俺も大概緊張してたけどな」

「そうよ、お互い様よ」

 

 顔を見合わせて笑い合う。

 今ではこんなに近くに至って平気なのにね? ……少しだけ鼓動の音が激しくなる以外は。

 

 海菜は相変わらずカメラを回しながら、満足そうに頷いた。

 

「よし、じゃあ次のヒントは《小学校の入学式》」

「この写真は貰って良いの?」

「あぁ。ウチのアルバムをコピーしたやつだから良いよ。汚さないようにリビングに置いとけば良いし」

「あ、ありがとう」

 

 どうして、こんな懐かしい写真を?

 少し疑問に思ったけれど、口には出さない。

 しばらく海菜の言う通り企画に従ってみましょうか。

 

――小学校の入学式。

 

 うーん、限定されてるようで意外と難しいわね。

 入学式かぁ。……ランドセルとか、小学校の時使ってたものがヒントじゃないかしら?

 

「海菜、部屋は入っていいの?」

「いいよ」

 

 一応許可を取って、階段に足をかける。

 そしてそのまま登ろうとして……後ろにカメラを構えた海菜がいることを思い出した。私は慌ててスカートの裾を抑えて彼を睨み付ける。

 すると、海菜は慌てて後ろに二三歩下がっていった。

 

「な、なに?」

「いくら幼馴染でも、私は許さないわよ」

「分かってるって! 俺も別に君にエロいいたずらするつもりないし……」

「……」

「なんだよ!」

 

 無いなら無いで腹は立つのよね。

 私はため息を吐いて階段を上がる。そっと後ろを伺うと、彼は律儀にもレンズを地面の方へと向けてなにやらごにょごにょと呟いていた。

 気を使ってくれてるのは良いんだけど、一体何を……。

 

「……賢い可愛いエリーチカは難しい年頃なんです。いやー、困った困っ……ちょっ! 絵里! 階段で暴れるな! 危ないから!」

 

 

 一悶着はあったものの、私たちは海菜の部屋の前についていた。

 数え切れないほど出入りを繰り返した扉を開ける。

 

 意外に整理整頓された部屋の端っこに、何故かいつもは無かったはずの道具たちが置かれていた。ランドセル、習字道具に絵の具セット。全く関係ないドラゴンの絵柄のプリントされた裁縫道具も置いてある。

 なるほど、あそこから探せって事ね。

 

「流石に簡単すぎないかしら?」

「あんまり部屋の中自由に漁られても困るし……」

「えっちな本でも隠してるんでしょう?」

「うっせ、まだ誰にも見つかってねーよ。俺、賢いからね」

「見つかって無いなら持ってないって言えばいいじゃない」

 

 もうちょっと恥じらいとかは無いのかしら?

 変に取り繕われるよりは良いけれど。

 

 私はとりあえず、手近にあった習字セットに手をかけた。懐かしい、使い込まれて少し汚れたカバンの中から一〇年近く前から入れっぱなしの硯や筆が顔を出す。

 

「もう、海菜。筆先はちゃんと洗っておかなきゃダメって何度も言ったでしょ?」

「あー、懐かしいな。何故か君が俺の代わりに筆洗ってくれてたこともあったっけ」

「そうよ。放って置くと墨べったりついたまま持って帰ろうとするんだもの」

「固まった方が書きやすいって。俺の小筆はもはや鉛筆みたいになってたしな。でかい方は人刺せるレベルで硬質化してる」

「ほんと、自分が興味ない事に関しては全力でテキトーね」

「二度書きの古雪って呼ばれてたし」

「カッコよくないわよ?」

 

 苦労してたわね、昔の私……。

 今の様にうまい具合に流せるようになるまでは、いつもいつもコイツのペースに振り回されていた気がする。……なんだか腹が立ってきたわね。

 ぺし。

 私はとりあえずカメラを構える海菜の頭を叩いておいた。

 

 次に、ランドセルに手をかける。

 黒い革の表面に、無数の傷が入っていた。どれだけ海菜が活動的な男の子だったのかが良く分かる。ぱかんと、マグネット部分が小気味いい音を立てて開く。その中には一枚の写真。――見つけた。

 そっと、指が直接印刷部表面に触れないようにそれを取り出す。

 

「わぁ」

 

 思わず声が漏れていた。

 

 そこには、小学校の校門の前で色違いのランドセルを背負って笑う私と海菜の姿が映っていた。

 既に二人の距離は縮まっていて、私の表情もまだ遠慮や内気さは残っているものの心からの微笑みを浮かべている。胸に造花が飾っている辺り、入学式の一枚のようだ。

 

「海菜、相変わらず生意気そうね」

「ふん。君は猫被ってるじゃんか」

「でも、二人とも可愛い」

「えへへ」

「キモチワルイ」

「真姫か」

 

 ぺし。

 先ほどの仕返しか、頭をはたき返されてしまった。

 

「なんとなく、海菜の企画が分かってきたような気がするわ」

「ん、だろうね」

 

 一枚目は六歳の頃の写真。

 二枚目は七歳の二人。

 

 きっと次は……。

 

「早く次に行きましょう?」

「おっ。やる気満々じゃん」

「二人で思い出を振り返るのって、あんまりしないから。ちょっと楽しいじゃない」

「年だな」

「お互いね」

 

 クスリ、と笑い合う。

 一体、あと何枚の写真を集めなきゃいけないんだろう?

 一瞬、逆算しようと思ったけれどやめておいた。

 

 流れに身を任せるのも悪くないわよね。

 

 

 

 

 三枚目。

 それは私の家にあった。

 

『次のヒントはバレエね』

 

 海菜の指令に従って自分の家の物置を探してみる。中学以来やっていなかったバレエ用具一式をまとめていた段ボールの中にその一枚は入っていた。少しホコリ被った靴を見ていると少しだけ胸が痛む。あまりいい思い出はないから。

 少しずつあふれ出てくる、他の誰かに負けてしまうイメージ。

 もちろん入賞することもあったけれど、人間というものは良い記憶よりも悪い思い出を優先して頭に残すらしい。ちょっとだけ落ち込みながら写真を見た。

 

――あっ、コレ。私が初めて賞を取った時の。

 

 現金なもので、いざ写真を見ると当時の幸せな記憶が蘇ってくる。

 

「ふふん。懐かしいだろ」

 

 わしわしと私の頭を撫でながら得意げに話しかけてきた。

 

 その写真に写っていたのはやっぱり八歳の頃の私と海菜の姿。何故か私が貰ったはずの賞状を、彼が掲げて飛び跳ねている。そして当時の私は心底疲れ切っているのか、気の抜けたような笑顔を浮かべていた。

 

「なんで海菜が賞状持ってるのよ」

「さぁ。欲しかったんじゃない?」

「普通私が持って記念写真撮るハズよね?」

「よそはよそ。ウチはウチ」

 

 はぁ。

 昔の私。もっと抵抗しても良いのよ?

 

「でも……」

 

 海菜が呟く。

 

「俺、この時ホントに嬉しかったんだよな」

「……うん。知ってるわ」

 

 私が頑張ってるとき、私が結果を出せた時。

 一番喜んでくれたのはいつもコイツだった。

 

「こういう日は、絢瀬家と古雪家合同で美味しい晩御飯食べれるからさ」

「えー、それが目的だったの?」

「あ~、流石に半々かな」

「かなりの割合よ、それ」

 

 

 

 

 四枚目は海菜の家の庭に隠されていた。

 九歳の頃のその写真は、今までのモノとは少し雰囲気が異なっている。

 

「絵里、コレ覚えてる?」

「……全然覚えてないわ」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 場所は隠されていたところと同じ。庭先のちょっとしたスペース。

 そこには私たち二人が揃って泣いている姿が映っていた。見る限り、何かが原因でケンカをしていたのだろう。九歳なんて、まだまだ子供だからしょうもない理由で言い争いにでもなったに違いない。ケンカの原因を思い出せないのはそのせいね。

 

「昔はよくケンカしてたわね」

「意外に絵里が譲らないからなぁ」

「海菜も大概頑固じゃない」

「あぁ? 頑固じゃねーよっ」

「頑固!」

「頑固じゃない!」

「頑固!」

「頑固じゃない!」

 

 一瞬だけ顔を見合わせて睨みあい、吹き出した。

 

「あははっ。こんな感じでケンカしてたのかしらね?」

「はは。だろうな。さすがに最近は頻度減ったし」

「穂乃果たちからはよく『ケンカしないで~』って止められるんだけど」

「あぁ。俺たちがケンカだって思ってなくても、周りから見たら言い争ってるように見える時があるらしいことは聞いた」

「不思議ね」

「迷宮入りだな」

「何それ」

 

 ふふん、と彼は鼻を鳴らす。

 

 やっぱり生意気。

 いつもいつも私をからかってくるし、言いたいことはずけずけ言ってくるし……もちろん私も負けじと言い返す。でも、本当にお互いの気持ちが分からなくてケンカしちゃうような事はもうなくなったわね。

 

 懐かしく思いながら手元を見た。

 

 心の中で、目元を真っ赤にして泣く昔の私に語り掛ける。

 

――大丈夫よ、泣かないで? キミ達は十年後も仲良くしてるから。

 

 きっと、これからも。

 

「それにしても、この状況で平気で写真撮れるウチの両親もどうかと思うけどな」

「絶対おじさんもおばさんも笑ってるわよね」

「本当に」

「あの親にしてこの子アリ、ね?」

「ん。どーゆー意味だよ、それ」

「その通りの意味よ」

「んだと、こら」

「なによ、ばか海菜」

 

 

 

 

 五枚目。一〇歳の時の写真は、玄関のマトリョーシカの中に隠されていた。

 一体なぜ? その疑問はすぐに解消されることになる。

 

「おばあさま!」

 

 映っていたのはいつもの二人に加えて、おばあさまの姿。そういえば、本当に久しぶりに日本に来てくれたんだっけ。お母さんや亜里沙は時々遊びに来てくれていたけれど、おばあさまはそう何度も来れる訳じゃないから。

 私はロシアに戻った時に会えるけど、海菜はあっちには行かないから確かこの時が初対面だったのよね。

 顔にありありと緊張が浮かんでる辺りが初々しい。

 今では多少なりとも表情を操れるから、なかなかポーカーフェイスを崩してくれないんだけど。

 

「俺、君のおばあさん苦手だからなぁ」

「おばあさま、なぜか海菜には厳しいわよね」

「そうなんだよ! どうなってるの!?」

 

 基本的におばあさまは温和で優しいんだけど、根は厳格で厳しい人なの。でも、私や亜里沙にはいつも甘くて……だから私たちにとっては大好きなおばあさまなんだけど。

 不思議と海菜は何度も説教されてるわ。

 

――だらしがない。頭の良さを隠すな。男としての魅力を見せる姿勢でいろ。

 

 会った回数自体は四回程度だけど毎度のことのように彼は怒られていた。この間なんか、おばあさまと電話していた時に呼び出されて、電話越しになにやら叱られていたのを覚えてる。受話器片手にぺこぺこする海菜は新鮮で面白かったけど、ちょっとだけ可哀想だったわね。

 

「俺と考え方が真逆なんだよな、あの人」

「みたいね」

「別に放って置いてくれればいいのに」

「ふふ。おばあさま、海菜の事大好きだから」

「嘘つけ。溺愛されてる君に言われても嫌味にしか聞こえないっつの」

 

 本当なのに。いつもおばあさまは『カイナは元気にしてるのかい?』って聞いてくるんだから。

 

 しかし、その事を知らない海菜は不服そうに頬を膨らます。

 ……ちょっとだけ可愛い。

 

 しかし、彼は慌てて気が付いたようにおばあさまのフォローを始めた。

 

「いやー、でも、俺絵里のおばあさん好きだなー! いやー、大好き!」

 

 当然、その理由は右手に抱えられたビデオカメラ。

 

「しらじらしいヤツ」

「え? 何の話!? いやー、十年早く生まれてたらおばあさんに恋してたなぁ」

 

 十歳早く生まれてても年の差四〇以上よっ!

 

 

 

 

 六枚目。そろそろ折り返し地点かしら?

 年齢で言えば十一歳の時の写真。

 以前海菜が私の部屋に置いて行ったままで、ずっと放置していたホラーDVDの中に写真は隠されていた。本当に怖い話や暗所は苦手だからパッケージすら見たくないんだけど……海菜は私のリアクションが面白いのか、無理やり見せることは絶対しないものの何度も冗談でみようと誘われる事は多々あった。

 

 そして、当然写真はそれに関連することで……。

 

 多分、ハロウィンの時かしら?

 白い布を被った海菜に追いかけまわされている私の姿が収められていた。

 

 今思えばちゃちな変装で別段怖くもなんともないけれど、確か急に出てきたのよねあのバカ。

 おそらく、そんな私たちの様子を面白がっておばさん辺りがカメラを構えていたに違いない。

 

「ホント、変わらないよな。絵里は」

「ちょっとはマシになってるわよバカ海……」

 

 写真に落としていた視線をあげて、振り返る。

 

「きゃあっ!!」

 

 無意識のうちに悲鳴を上げていた。

 

 すぐ後ろには、こわい顔のお面をいつの間にかつけていた海菜の姿。ご丁寧に顔をぐいっと私の方に近づけて待機していたようだ。勿論、ビデオカメラは回っている。

 頭では騙されたことと、別に驚くような事ではないって分かっていながらも情けない声をあげながらしりもちをついてしまった。

 

 うぅ……、またやられたわ。

 

「あっはっはっは。ほら、変わって無い」

「うー。卑怯よ! そんなの誰だって驚くわ!」

「ふふん。何年たっても驚かし甲斐があるな」

 

 海菜はお面を外して、手を差し出してくれる。

 私は精一杯の非難の意思を込めて彼を睨みながらも、その手を取って立ち上がる。互いの体温を感じながら、この関係はまだまだ変わりそうにないと一人小さく溜息をついた。

 

 いじわるばっかり!

 他の女の子には結構優しくするクセに。

 

「こーゆーときの絵里は可愛いよな」

「なっ……。全然嬉しくないわよぅ」

「よーしよしよし」

「それ、犬の撫で方でしょ!」

 

 冗談だって分かってるのに。

 からかわれてるって知ってるのに。

 

 撫でて貰えるだけで熱をもつ頬と、そんな顔を見られたくなくて力なく垂れてしまう頭。

 

 やっぱり、私の幼馴染は――ズルいわね。

 

 

 

 

 七枚目は小学六年生の修学旅行。

 京都で撮った写真が、海菜の机の引き出しに入っていた。

 

「こう見ると、ほんとに腐れ縁だよな」

「修学旅行まで同じ班だったのね」

 

 きっと、私たちの関係というのはかなり不思議なタイプで、年齢が上がるにつれて疎遠になる……といった事は一切なかった。むしろ、年を重ねるにつれて仲が良くなっていった気さえするわ。それはきっと、私が自分自身の恋心に最近になってやっと気が付いた事にも原因があると思う。

 コイツはコイツで、この時期はただのバカだったから全力で遊びつくしているだけだったし。

 

「この時点じゃ、まだ少し絵里の方が大きいな」

 

 清水寺での一枚。

 私はこの時期に一気に背が伸びたから、中学生で伸び始めた海菜よりも身長が高かった。

 

「そうね。というか、私この時背の順なら後ろから数えた方が早かったわよ」

「確かに。なんか、女の子のが大きかったイメージだわ……当時のムカつきを思い出してきた」

「きゃっ。そんなこと言われたって……」

「ちーじーめー」

「今縮む必要はないでしょっ。いい加減離しなさい!」

 

 私の頭を鷲掴みにしてグリグリと押し縮めようとする海菜の手を払う。

 たしか、当時はかなりうらやましそうな目で私を見ていたような気がする。バスケをやってたから身長が欲しかったんでしょうね。今では十センチくらい差がついてしまったけれど。

 

「今でもかなりスタイルは良いけどな」

「一応気を付けてはいるし……」

「やたらモテてたもんなぁ。君」

「うっ」

 

 なぜかじとーっとした目で見つめられる。

 別に、好かれたくてスタイル維持してた訳じゃないわよ。それに、誰とも付き合う気無かったし。

 

 ……思えば、この時から海菜の傍に居たかったのかもしれない。

 

「またムカついてきた」

「それも私は悪くないわよっ」

「ちーじーめー!」

 

 年甲斐もなく騒ぐ私と海菜。

 ……形はどうあれ、傍にいるのは確かなんだけどね。

 

 

 

 

 八枚目は中学校の入学式。

 小学校は私服だったせいか、お互いの制服姿に驚いた記憶が今でも鮮明に残っている。一三歳の私たちの写真は、海菜の部屋の押し入れの中に会った学生服のポケットに入っていた。

でも、私にはその昔の写真よりも気になる事が一つ。

 

「海菜」

「ん、何?」

「なんで学生服のボタンが無いの?」

「……えっ?」

 

 不思議な事に、金ボタンが制服にはつけられていなかった。

 海菜は何故か額に汗を浮かべて焦っている。

 

 はぁ。

 

 私は先ほどの海菜の声真似をしてずっと言ってやりたかった台詞を吐いて見せる。

 

「やたらモテてたわよねぇ。キミ」

「うぐ」

「特に下級生に」

「あれはモテてたとかじゃないって……」

 

 なんともバツが悪そうに視線を外す。

 あれを人気じゃないっていうならどう表現するのよ。

 

 私は何度も後輩の女の子からアタックされていた彼の姿を思い出していた。まあ、嫉妬の気持ちはほとんどなかったけれど。本人が一番参ってたのが良く分かったから。

 

「あのくらいの女の子って、恋に恋するでしょ。その条件に俺が合い易かったってだけで」

「バスケを本気でやってた時期だったから?」

「そう。告白されたりはするんだけど、やっぱり目の前に居るのに俺の事見てないんだよ。正直、不快でしかなかった」

 

 渋面を作って唸って見せる。

 なんとなく、言いたいことは分かるわ。人並み以上に人間の感情の動きに敏感な海菜だからこそ見える何かがあったのだろう。たしか、丁度この頃から『出来るだけ恋愛対象に見られない行動』をとり始めていたわね。

 彼が言うように、彼自身を見ようとしない娘達には意味がなかったみたいだけど。

 

「君は、生徒会長様だったしな?」

 

 これ以上思い出したくなかったのだろう、海菜は他の話題を振ってきた。

 

「そうね。本当はやるつもりなかったんだけど」

「なぜか君、無駄にカリスマ性あるからな。幼馴染に生徒会長とかされると俺の立つ瀬がないんだけど。おかんは『絵里ちゃんは~』とか言ってくるし、担任も俺が余計な事する度に『絢瀬は~』なんて説教してきてたんだぞ?」

 

 なぜか謂れのないバッシングを浴びせられる。

 まぁ、確かに私はどちらかというと優等生だったし、海菜はいわゆるお調子者ポジションだったから何かあるごとに叱られていた。

 

「そんなこと私に言われてもどうしようも出来ないわよ」

「君がもっとアホだったらなぁ」

「……」

「ポンコツエリーチカも需要あるって話も出てたし」

「何よそれ」

「絵里ファンクラブとかあったからな」

 

 えぇ!?

 初めて聞く情報にびっくりしてぴくんと跳ねてしまった。

 

「は、初耳なんだけど……」

「初めて言ったしな。ちなみに会長、俺」

「……」

「絵里にやってほしい事をアンケートで受け付けて実行してた」

「急に膝かっくんとかしてきて、周りが笑ってたのはそのせいね!!」

「君、結構お堅いキャラで怖かったから、みんな俺を介してしかイタズラ出来なかったんだって」

「海菜が新しい企画実行したかっただけでしょう」

 

 海菜は私のせいで苦労したなんて言うけれど。

 

――私の方がよほどバカ幼馴染のせいで苦労してるわよっ!

 

 

 

 

 一四歳の頃の写真は、海菜の部屋にあった。

 机の横にかけられたバスケットボールの入った袋の中。

 

――いつもは、彼の視界に入らないように奥の方に押しやられてるバスケの道具。

 

 私はあえてその事を指摘せずに呟く。

 

「わぁ。こんな写真いつの間に」

 

 今回は今までのように同じ場所で撮ったツーショットではなく、海菜の試合をキラキラした目をして見ながら応援している私の写真だった。

 多分海菜がシュートを決めた直後だったのだろう。

 カメラを持っていた自分の両親や私に向けて片手をあげる遠くの海菜の小さな姿と、キャラにもなく跳ねて喜ぶ私の姿が収められていた。我ながら少しだけ恥ずかしい。

 

「まぁ、ここまで喜んでくれると嬉しいとしか言えないけどな」

「うぅ……」

「あと、大体君が俺の試合見に来た後は『彼女来てたじゃん!』ってからかわれる」

「うぅ、ごめんなさい」

 

 頬が染まる。

 そういえばそうだった。

 少しずつ当時の思い出が蘇る。

 

 だって、仕方ないじゃない。

 幼馴染が試合出てて、頑張ってる姿見たら応援したくなるでしょう?

 その癖は結局、海菜がバスケを辞めちゃうまで治らなかったし……。

 

 彼は懐かしそうに宙を眺め、心底嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「ま、でも、今思えば力を貰えてたんだなって思うよ」

 

 

 曇りのない、私への思いやりとバスケへの愛情。

 きっと未だに大好きなボールの感覚とバッシュの奏でる甲高い音。

 

 純粋な笑顔の裏にある確かな想いを察して、私は思う。

 

――やっぱり、海菜はいつだって前を向いてる。

 

 今の海菜にとってバスケはトラウマでもあり初めての挫折でもあるの。勉強もバスケも人並み以上に出来た彼が『人並み』ではなく『人を圧倒するため』に捨てた自分の一部。自身の才能のなさを認め、一つの道に絞った辛い決断。

 

 でも、彼は過去の自分を思い出して笑った。

 

 それはきっと、自分の歩いてきた道のりをすべて受け入れる彼の強さなんだろう。

 私は同じく笑いながら腕を組んだ。

 

「ふふ。でしょう? 感謝しなさいよ」

「うっせ」

 

 こつん。手刀を落とされる。

 

 

 私たちの関係は何も変わっていない。

 

 

 でも、私たちの置かれている状況は。

 私たちが選び取った道は、確かに変化していた。

 

 それが良い方向へなのか、それともそうではないのか。

 まだ分からないけれど。

 

 

 

 

 中学校を卒業する年齢、一五歳の写真はシンプルにリビングの机の上に置いてあった。

 そろって覗き込むと炬燵に二人で入り、勉強道具を広げたままお互いに肩を預け合って眠る私と海菜の姿が目に入る。おそらく、海菜のお母さんがかけてくれたのだろう、馴染みの毛布がまとめて掛けられていた。

 

「これは、受験勉強?」

「あぁ、そうだな……絵里が炬燵でやろうって言うから」

「……そうだったかしら」

「覚えてないけどな。まぁ、言ったもん勝ちだし」

「それ口に出しちゃったら即負けでしょう」

 

 余計な事を言う海菜を軽く制止。写真を手に取って、じっくりと観察してみた。

――本当に無垢な顔で眠ってる。

 今にも寝息が聞こえてきそうなほど深く、心底安心した顔で眠る私と海菜。おばさんたちが写真を撮りたいと思ったのも頷ける。まるで赤ちゃんみたいな休み方。

 

「そういえば、よく一緒に勉強してたわよね」

「あぁ。最近じゃ流石に少なくなってきたな」

「海菜が飛びぬけて来ちゃったから。でも、この時は同じくらいだった気がするわ」

「え~。俺の方が賢かったって」

「……そうだったかしら、あんまり変わらなかったような」

「ま、覚えては無いんだけど。言ったもん勝……」

「はいはい」

「その流し方やめろ、ムカつく」

 

 こうでもしないと調子のるでしょ、海菜は。

 

 

 ……それにしても、我ながら仲良いなと思ってしまう。

 少しくらい男の子に警戒心を持っても良いと思うんだけど……私はちらりと海菜の顔を見上げてみた。表情豊かな、憎たらしい顔。うん。やっぱり、警戒しようって方が無理ね。

 まぁ、流石に今写真の体勢で寝れるかっていうと難しけど。

 

「でも俺、本当は当時の記憶結構残ってるぞ」

「冗談とかではなく?」

「あぁ。だって、初めて俺らの進路が別々になったタイミングだったからさ」

 

――あ。

 

 思わず声が漏れる。

 そうだった。そうだったわね。

 

「君は音ノ木坂学院一筋だったし、俺も今の学校を譲る気は無かったから。……もっとも、女子高には入れないしな」

「そうね……ちょっとだけ。ちょっとだけだけど寂しく思う事もあったわ」

「……俺もだよ。ま、君よりちょっとだけどな」

「何言ってるの。私の方がちょっとよ」

「出た。そういうの君の悪いところだよ」

「そっくりそのままお返しするわ」

 

 顔を見合わせて笑う。

 

 

 六歳の頃からずっと一緒に過ごしてきたの。

 

 同じ幼稚園に通って、同じ小学校に進学して、同じ中学校で勉強した。

――しかし。

 同じ景色を共有しても、同じ未来を描くとは限らない。

 

 一五歳の私たちが下した決断は、別々の進路を選び取る事だった。

 

 私は、お母さんやおばあさまが通った音ノ木への憧れと共に育ったし、自身の将来を誰よりも厳しく見つめる海菜は都内でも有数の進学校を選択した。

 

「ま、結局こうしてダラダラつるんでるんだけどな」

「そうね。もっと疎遠になるんじゃないかって悩んでたこともあったんだけど」

「へぇ。悩んでたんだ」

「えぇ。……海菜と同じくらいには」

「……ふん」

 

 恥ずかしそうに視線を逸らす海菜。

 ふふっ。何でもお見通しなのよ? 貴方が私をちゃんと見てくれてるように。

 

 もちろん、寂しくもあったけど、だからこそ頑張ろうと思ったわ。

 この写真は、そんな決意を胸に秘めた二人の、ちょっとした休息の時間。

 少し道を変えたくらいでは切れない絆があるって事を、写真の中の二人が体現しているようで表情がほころぶ。私たちは本当に、いつまで一緒に居るんだろうね。

 

「これからは……×××」

 

 聞き取れ無い位小さな声で海菜が零す。

 振り返って首をかしげて見せたものの、返事はあいまいな微笑みだった。

 

 そんな彼の様子を少しだけ気がかりに思いつつも私は彼に誘導されるまま、次の写真を探し始める。

 

 

 

 

 一六歳の写真は簡単で、私のスクールバックの中にいつの間にか忍ばされていた。

 

「入学式ね。さすがにまだ鮮明に覚えてる」

「あぁ。俺も」

 

 もちろん、入った学校は違うので音ノ木などで撮っている写真ではない。

 お互いが新品の制服に身を包んで、私の家の前で記念撮影をしていた。彼の学校指定のスクールバックを私が抱え、音ノ木指定のカバンを海菜が背負ってポーズをとる。お互いにこれからの学園生活への期待溢れる明るい表情をしていた。

 

「この写真撮るとき、海菜が寝坊して大変だったのよね」

「あれ~? そうだったっけ?」

「たった今カッコつけながら『俺も覚えてる』って言ったばかりでしょう。そうよ、私、結構この場所で待たされたもの」

「いらんことだけはよく覚えてるな」

「妙に重いスクールバック投げつけてくるし」

「でも、お互いの持ち物交換して撮るの、結構いい思い出になるだろ?」

「まぁ、楽しかったけど」

 

 当時の私の気持ちは、写真の中の笑顔を見れば良く分かる。

 もう子供の、無垢な表情ではない。

 成長した私たちの見せる、本物の信頼。

 

「いい、笑顔じゃん」

 

 しみじみと海菜が呟いた。

 

「そうね」

 

 そっと、海菜の視線が私の顔へと移る。

 その意図が分からずに、私は小さく首を傾げた。

 

 そんな様子を見て、彼はくっくと笑う。

 

 

 

「でも、今の方がもっといい顔してるわ」

 

 

 

 ふわりと、表情を綻ばせる。

 彼のどうしようもなく優しい一面。

 

「そう、かしら?」

「あぁ。今年は色々あったけど……だからこそ今の君の顔はこの写真よりも輝いてる」

「うん。そうね」

 

――それはきっと、あなたのお陰よ海菜。

 

 視線を滑らせる。

 そんな台詞、口に出したりはしないけれど。

 

「あとは、海菜がこの写真を超えるだけね?」

「え~。もう超えてないか?」

「幼馴染の目が誤魔化せるとでも? 海菜が本当の意味で笑えるのは受験が終わってからね」

「うへぇ」

 

 舌を出して両手をあげる。

 冗談めかしてはいるけれど、彼の挑戦はまだ終わってはいない。

 

 もちろん私たちμ’sはもっと先の夢を見据えることが出来ているけれど、廃校阻止っていう一番の目標を達成することが出来たから。

……海菜にとっての最終目標は志望校に現役で合格すること。それだけは変わらない。

 

 それまで、私も今以上の笑顔は――作れない。

 

 

 

 

「次が最後だよ」

「去年の写真、よね?」

「正解」

 

 彼はそういうと、私を自分の部屋へと案内した。

 言われるがままついて行ってベットの縁に腰を下ろす。

 

「次のヒントは何?」

「あぁ、その事なんだけどさ……」

 

 なぜか口籠る。

 少し様子のおかしい海菜をじいっと見つめながら、どうしたのだろうと漠然と考えていた矢先。彼は手に持ったビデオカメラをそっと机の上に置いた。撮らないのかな? 率直な疑問が浮かぶ。

 彼は静かに自分のポケットから一枚の写真を取り出した。

 

 静かに差し出される。

 

「これは?」

 

 視線を落とすと、制服姿の私と海菜の姿が映っていた。

 彼の背中には愛用のボールとバッシュの入った袋がかけられている。

 こころなしか、二人の表情に影が落ちているような気がした。

 

 

――これは。

 

 

 すぐに思い出す。

 

 

――海菜の引退試合の後の写真。

 

 

 海菜を元気づけようとして精一杯の笑顔を作る私と、柄にもなく力ない表情を浮かべる幼馴染。

 紛れもない、古雪海菜という人間の大きな岐路。

 

「今ではもう、懐かしいわね」

 

 取ってつけたような相槌。

 

 この写真を差し出してきた彼の意図を探ろうと、まっすぐに視線を合わせる。

 珍しく。……本当に珍しく弱弱しく光る瞳がそこにあった。

 

「どうかしたの?」

「……あぁ。ずっと、言わなきゃいけないって思ってたことがあってな」

 

 沈黙。

 

 海菜は黙ったっきり、下を向いてしまった。

 私も言葉を発することなく彼を待ち続ける。

 

 きっと、何か大切な事を言いたいはずだ。しかも、言い辛い事を。

 

 普段じゃ言えない伝えなきゃいけない事。

 

「俺はさ。この時バスケをきっぱりやめて勉強に集中しようって思ったんだけど」

「えぇ。そうね」

「それを、君に何一つ相談せずに決めちゃったんだよな」

「……」

 

 静かに頷く。

 

「別に、俺はそれでもいいって思ってた。自分の事は自分で悩めばいいって」

「うん」

「でも、音ノ木の廃校の問題で君が俺に何も言ってくれなかった時、言葉では言い表せ無い位悔しかったんだよ。それが原因でケンカになって、俺も怒っちゃって。でも、よく考えたら俺も同じ事してたんじゃないかってさ」

「……」

「だから」

 

 

 

――ごめん。

 

 

 

 そう、海菜は呟くように零して、頭を下げた。

 

 一年越しの、謝罪の言葉。

 

 

 でも――。

 

 

「何言ってるの、海菜。私は怒ってなんかないわよ」

 

 笑いながら下げられた頭をぺしんと叩く。

 彼はきょとんとした表情を浮かべながら頭をあげた。

 

「海菜が勝手に何か決めちゃって突っ走るのは慣れてるし」

「う……」

「それにね」

 

 バカ海菜。

 十三年も私と一緒に居て、どうして気が付かないのよ?

 

 

 

「海菜が私に対して持つ想いと、私が海菜に対して持つ想いは一緒じゃないわよ? 海菜はきっと、私の事が心配で心配で、ついつい口を挟みたくなっちゃう。間違った方向に進んでると思ったら無理やりにでも止めようと思ってくれる。――でもね、私は違うの」

 

 

 

 幼馴染。

 確かに私と海菜はその一言で纏めることの出来る関係ではあるけれど、それはみんなが思っているほど単純明快で分かりやすい繋がりじゃない。

 もっと複雑で……それでいてシンプル。

 

 

 

「私は、いつだって海菜の決断を信じてる。海菜が一人で悩んで苦しんで出したその答えが、絶対正しいんだって信じてるの。だからね、私が海菜にしてあげられるのは貴方が歩いていく道に口を出す事でも、邪魔することでもない――ただ純粋に笑顔で背中を押す事なんだって、私は思っているわ」

 

 

 

――だからね。

 

 

「謝らなくてもいいの。ほら、顔をあげなさい」

 

 

 俯く海菜の頭を今までのお返しとばかりに優しく撫でる。

 私はいつまでたっても世話の焼ける幼馴染に向けて、精一杯の笑顔を向けた。

 

 

 

 

***

 

 

「これで全部見つけ終わったわよね」

「ん、そうだな! お疲れさん」

 

 私は一二枚の写真を机の上に広げて大きく伸びをした。

 結構枚数自体はあったし、大変だったけど楽しかったわね。

 

「ほら。全部見つけた君へのご褒美」

 

 海菜はそういうと、ごそごそと自分のカバンの中から小包を取り出してぽいとこちらにそれを投げてよこした。私は慌ててそれを受け取る。

 

「もぅ! プレゼントくらい優しく渡したっていいでしょ」

 

 文句を言いながらも、私は早速開けてみる。

 

――淡いブルーの表紙。

 

 可愛い手のひらサイズの写真アルバムが入っていた。

 中を開いてみると、写真を入れるためのスリットが一四枚。結構良いアルバムなのだろう。半透明のビニールではなく、写真を入れるとその周りに星が浮くような加工がされている。

 

「わぁ、可愛い!」

「だろ」

「海菜、こういうもの選ぶセンスはあるわよね」

「おかげさまでね」

 

 毎年君の誕生日プレゼント選んでたらこういうのに詳しくもなるわ。と、彼はぼやく。

 私は先ほど見つけた十二枚の写真を一枚一枚丁寧にアルバムへと入れていった。

 

 ほとんどそれで埋まってしまうが、二枚だけスペースが空いてしまう。

 

「うーん。折角だから埋めてしまいたいけど……」

「ふふん。そう言うと思って用意しておいた」

「……?」

 

 再び自分のカバンの中を漁っていた海菜は、得意そうに二十センチ四方の立方体を取り出した。見てくれはカメラのような……少しカラフルな配色が目立つ。なんだろう、少し見覚えがあるような。

 

「それは?」

「インスタントカメラ。クラスの友達に借りてきた」

 

 彼はニヤリ、と笑って撮影する振りをして見せる。

 

 

「わぁ! ね、ね、撮ってみましょう」

 

 私は思わず無邪気にそう提案してしまった。

 インスタントカメラといえば、数年前に一時期流行った記憶がある。本体自体はそれほど高価ではなかったものの、フィルムが高く、尚且つやはり画質自体は良くなかったため、ある種パーティーグッズのような扱いをされていた。

 かくいう私も、結構欲しくはあったもののお小遣いを削って買うほどではなくて。

 でも、いざ目の前にすると興奮してしまう。

 

「ん。それじゃ、撮ってみる?」

「うん!」

 

 ぱたぱたと海菜の傍に駆け寄って、左腕にしがみつく。

 少しテンションが上がっていたせいか、恥ずかしくは思ったものの自然に幼馴染に抱き着いてポーズをとる私がいた。

 すると、何故か海菜の方が慌てて顔を赤くした。

 

「ちょっ。いきなり抱き着いてくんな!」

「えっ? でも、寄らないと入らないでしょう」

「そうだけど……。ま、いいや。とりあえず」

 

 一瞬じとっと見つめられたものの、自撮りの要領で海菜はカメラを構えた。

 

「ハイチーズ」

 

 カシャリ。

 デジタルカメラの電子音に慣れてしまった私たちにとっては珍しいシャッター音が響く。

 

「お、出てきた出てきた」

「ホントね」

 

 じりじりと正方形のフィルムが吐き出されてくる。そこには心の底から楽しそうな表情で笑う幼馴染たちの姿が映っていた。見慣れた写真よりも色彩は荒く、くぐもった色をしていたけれど不思議なほど輝いて見える。

 

「へぇ。……俺も欲しいな」

 

 思わず、といった感じで海菜が呟いた。

 

「もう一枚撮る?」

「うーん。同じのってのも芸がないし」

 

 じゃあ、どうしようか。

 二人で頭を悩ませていると、唐突に海菜のお母さんの声が届いた。

 

「海菜ー! 今居る!?」

「あぁ、居るけど!?」

「駅前のケーキ屋に絵里ちゃんの誕生日ケーキ注文してるから取ってきなさい」

「あはは。私も居るんだけど」

「まぁ、隠す事でもないしなぁ……了解! 金だけ置いといて!」

 

 海菜は大声で返事を返すとすぐに立ち上がった。

 

「それじゃ、俺は出かけるけど、君はどうする?」

 

 うーん。どうしようかしら。

 私は決めきれずに彼が机の上に置いたインスタントカメラを指で撫でる。そうね、どうせなら海菜と一緒に居たい。

 ちょっとだけ考えて、私も同じく立ち上がった。

 右手にはカメラを携えている。

 

「私も付いていくわ。シャッターチャンスが見つかるかもしれないしね?」

「いやぁん。可愛く撮ってね!」

「……うーん、元がアレだから」

「このボケ!」

「きゃっ。ちょ、ちょっと、待ちなさい海菜ー!」

 

 

***

 

 

 結局、私は私の誕生日ケーキを海菜について買いに行っていた。

いつものようにくだらない話をしながら歩みを進める。残念ながらシャッターチャンスはまだないようね。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 店員さんの元気の良い声。

 行きつけのケーキ屋の店先で手悪さをしながら待っていると、五分ほどで海菜が戻ってくる。注文していたお陰か、受け取りはすんなり終わったようだ。行きがけは空だった彼の右手には少し大きめの箱が握られている。

 古雪家と絢瀬家が一堂に会するから、いつも大きなものを買ってくれるのよね。

 

「海菜、今年は何のケーキなの?」

「内緒」

「もぅ、ケチ」

「一つくらいサプライズがあっても良いだろ?」

「……ま、それもそうね」

 

 並んで歩く。

 辺りはいつの間にか夕焼け色に染まり、秋らしい肌寒い風が二人の間を静かに流れていった。

 

「……」

「……」

 

 不思議と、会話が弾まない。

 海菜は黙って俯きがちに歩いているし、私も手元のインスタントカメラを意味もなく眺めていた。

 

 そっと彼の表情を伺ってみる。

 どうしたんだろう。いつもなら静かにしなさいって怒るほど喋るハズなのに。

 なぜだか今日に限って、彼の顔に常に浮かぶ不敵な笑みはなりを潜めていた。

 

――そういえば。

 

 ふと、思い出す。

 今日は彼らしからぬ行動が多かった気がする。

 

 普通なら気が付かない彼の異変。

 

 いつもより、ネタに走ることが少なかった。いつもより、少しだけテンションが低かった。急にビデオ撮影するって言い出したのもどこかおかしいし、一年前の事を謝られたりもした。海菜らしいようで、そうではないような、確かな違和感。

 

「海菜」

「ん? どうかしたか?」

「……ちょっと、公園にでも寄っていかない?」

「なんで」

「もう。自分も欲しいって言ったのは海菜でしょ」

 

 私はそっと手に持ったカメラを掲げて見せた。

 海菜は一瞬戸惑いを浮かべたものの、うっすらと微笑みながら頷いた。

 

 私たちはちょっとだけ寄り道をしようと、帰り道とは異なるルートを辿る。

 

「久しぶりね、この公園に来るのは」

「……あぁ」

「……」

「くっくっく。絵里が学校を脱走して以来だな」

「もう。別に笑う所じゃないでしょう?」

 

 喉を鳴らして笑う海菜の背中を軽く押す。

 彼の言う通り、ここは私がμ’sに加入する直前にどうしようもなくなってやってきた公園。

 もっというと、幼い時よく二人で遊びに来ていた場所でもあるの。あのころとは少し遊具の配置は変わってしまっているけれど。

 

「……」

「……」

 

 二人して手近なベンチに座り、ぼうっと遊具や風で転がっていく落ち葉を眺める。

 いつもは一目散にジャングルジムやブランコに走ってたのに……ね?

 

「海菜」

「ふぅ。どうしたの」

「今年の誕生日も、楽しかったわよ。ありがと」

「そりゃよかった。……まだパーティーが残されてるけどな」

「えぇ。でも、海菜の企画に付き合うのが毎年の恒例だから。今年もこうなっちゃったなーって」

「こうなったって?」

 

 首をかしげて問いかけられる。

 決まってるじゃない、バカ海菜。

 

「海菜の好きなように踊らされて、振り回されて」

「なっ! 酷い言われようだなぁ」

「事実じゃない」

「むぅ……」

 

 海菜は不服そうに唇を尖らせる。

 

 私はこつんと自分の頭を隣に座る海菜の肩へと乗せた。

 ぴくん、と僅かに動揺を見せる幼馴染。でも、彼はされるがまま。ただ純粋に、私を受け入れてくれる。

 

 暖かい彼の香りが鼻孔をくすぐった。

 うん。やっぱり居心地がいいな。

 

 

 

「でも、結局、素直に楽しんじゃうのよね」

 

 

 

 小さく零す。

 

「ま、俺エンターテイナーだから」

「何言ってるの。私の懐が深いだけよ?」

「うん。確かにそれもあるかも」

「でしょう?」

 

 くすくすと笑い合う。

 お互いが自然体でいられる時間。

 子供のまま、素直に笑顔だけを作れる瞬間。

 

 

 そして、海菜は静かに語り出した。

 

「今回は結構頑張って考えたからなぁ」

「うん。そんな気がする。……どうして? むしろ今年位手を抜いてくれたってよかったのに」

「……」

 

――沈黙。

 

 互いの吐息だけが夕焼け空に溶けてゆく。

 

 

 

「来年は、こういう事出来るのかなって思ってさ」

 

 

 

 不思議と明るい声。

 幼馴染が無理をして出す声色。

 

 私にはそれが分かったけれど、小さく頷くに留めておいた。

 

「今年は何しようって考えてて、ふと思ったんだよ。来年は……みたいな。出会って十三年だぞ? なげーなーとか、でもこれから何回も誕生日迎えることになるんだなーとか……十年後は君を祝ってあげられるのかな、とか」

「……えぇ」

「……」

「続きは?」

「……何か恥ずかしいから言いたくない」

 

 海菜はベンチの上に両足をあげて、体操座りをして見せる。

 もう。そこまで言っちゃったら全部わかるわよ。

 

「だから、今までの思い出を見返そうって思ったのね」

「……今年が最後になるかもしれないからな。去年のバスケの事、言わずに置く事は出来ないし」

 

 本当に、不器用なヤツ。

 

「映像を残そうなんてらしくないことをしたのも、そのせいね」

「あぁ。なんとなくさ、その……やっぱいいや」

 

 何かを言いだそうとして、海菜は口を噤む。

 でも、私には分かってしまった。今の彼の気持ちも、言いたい言葉も全部。

 

 

「今までの事が全部が無くなってしまいそうで、怖いわよね」

 

 

 静かに、海菜が顔をあげる。

 ぼうっとするほどに深く、澄んだ黒曜石のような瞳が揺れた。

 

「さすが、絵里さん。察しが良い事で」

「ふふ。でしょう」

 

 海菜は立ち上がる。

 

「いや、分かってるんだよ。これから先、何歳になっても君と仲良くしてることくらい。俺もがきんちょじゃないからさ」

「うん」

 

 

 

――だけど。

 

 

 

「この十三年間が楽しすぎたから」

 

 

 

 素直な言葉。

 真っ直ぐな気持ち。

 

 海菜は振り返って、心からの笑顔を見せてくれた。

 

「いつも気付いたら君がいて、同じ時間を過ごしてた。一人でアルバム捲ってた時の俺の気持ち分かるか? また絵里だ、こいついっつも一緒に居るなって。ほんと、ストーカーかよってレベルで!」

「逆よ、海菜が私について来てたんじゃない?」

「はぁ? んなわけないじゃん。君、バカだろ。バカ。バーカ」

「急に厳しいわね!?」

 

 いつもの調子に戻りつつも、海菜はちょっと真面目な表情を崩さない。

 彼は一瞬だけ私の顔をじっと見た後、軽くため息をついた。

 

「それでも、写真の中の俺らは笑ってたからなぁ。今日君にあげた写真なんてほんの一部だよ。そんな思い出も、もしかしたらこれから先お互いが自分の道を歩んで行かなきゃいけなくなった時に……消えちゃうんじゃないかって」

「……」

「俺は来年も再来年も、もっと先もこうやっていろんな企画作って、君を振り回したい。……ホントにね」

 

 言い終わると、海菜は軽くかぶりを振って空を見上げた。

 普段は絶対に見せない、弱った自分。

 こんな海菜を知ってるのはきっと、私だけ。

 

 それだけ真剣に私の事……いや、私たちの事を考えてくれてる。

 

――どうすべきなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 分からないけれど、ここから選び取る行動の選択肢が私たちの未来を大きく分ける。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

――ううん。でも、取るべき行動は決まってる。

 

 そっと立ち上がって、海菜の元へと歩いた。

 彼はただただ、ぼうっと立ち尽くしてる。

 

 

 

 そして私は――彼と背中合わせに、もたれ掛かるように寄り添った。

 

 

 

 慰めるように、支えるように。

 私は彼の後ろに立つ。

 

 

 私は、海菜の事が好きよ。

 

 この気持ちはホンモノで、どうにもならない感情に振り回される時もある。肌と肌が触れ合えば頬が熱くなるし、彼の笑顔を見ると心臓が跳ねる。抱きしめて貰いたくなる時もあるし、その先だって……。

 

 でもね。

 

 不思議と絢瀬絵里は、彼の隣に立とうとしなかった。

 儚く消え入りそうな海菜の腕に抱き着くでもなく、その手を握るでもなく……そっと背中合わせに空を見上げる。同じ視線、同じ目線。静かに寄り添うだけのカタチ。 

 私の身体は無意識のうちにそう動いてた。

 

 

――だって、今までだってずっとそうしてきたから。

 

 

 うっすらと微笑みながら語り掛ける。

 

「じゃあ、来年も待ってるわ」

「……そういう問題じゃないと思うんだけど」

「だって、分からないもの。来年のことなんて、この先のことなんて」

「……」

「だから、待ってる。ずっとずっと楽しみに待ってるから、ね?」

「……」

 

 私なんかじゃ、海菜の納得するような台詞なんて紡げない。

 でも、かけなきゃいけない言葉があるの。

 コイツよりバカで、コイツより幼くて……でも、誰より海菜の事を考えてるから。

 

 

 

「何があっても頑張って帰って来なさい。例えこの先、海菜の視界に私が入っていなくても――きっとこうやって……背中合わせに立ってるんだから」

 

 

 

 返事は、帰ってこない。

 でも彼の体温は伝わって来る。そして、私の体温も。

 

 私たちは……それで十分なんだ。

 

 

 ぱしゃり。

 

 響くシャッター音。

 じりじりと軋むような音を立ててカメラから吐き出されたその写真には、――寄り添い、支え合う二人の影が印刷されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
こういったオリ主との関係を掘り下げる話をかけるのは一年以上もこの作品を応援してくださっている皆様のお陰です。ここで改めて感謝を。

それではまた次回、お会いしましょう

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