ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十五話 結果発表

 普段は在校生全員が満場一致で騒がしいと称する音ノ木坂学院のアイドル研究部。

 しかし、その日は少し違った様相を示していた。

 

――静寂。

 

 ゴクリ。と、誰のものか分からない喉の音が響く。

 

『……』

 

 時刻は午後四時五七分。

 予選の結果が発表されるまであと三分。授業が終わっていつもの様に終結した九人のμ’sメンバー達は各々緊張の面持ちで一つの画面を覗き込んでいた。

 

「あと、少しね」

 

 絵里が呟く。

 すぐに全員が頷いた。

 しかし、なかなか会話は弾まない。真姫も少し離れた場所で腕を組んで目を瞑り平静を装ってはいる。が、せわしなく動く人差し指と時折時計を確認しようと動く目が内心をよく表していた。

 

「夢みたいにならなかったら良いけど……。うぅ。こんな時に予選落ちちゃう夢を見ちゃうなんて」

「穂乃果ちゃん、大丈夫だよ。……多分」

「穂乃果。縁起でもない夢を見ないでください」

「そんなこと言われても、見ちゃったものは仕方ないよー」

 

 仲の良い幼馴染達が会話を繰り広げるものの、普段なら永遠と続くはずのお喋りが止まる。

 

 

 あと二分。

 

 

「かよちん、まだかにゃ?」

「う……うん。まだホームページは更新されてないみたい」

「凛。焦っても仕方ないわよ」

「凛よりも真姫ちゃんの方が焦ってる気がするにゃ。部室の時計、少し遅れてるからスマホで見た方が良いよ」

「なっ! それを先に教えなさいよ!」

 

 カチカチとマウス操作を行い、ページを更新する花陽。

 同級生も今日ばかりは彼女と同じくらい緊張した面持ちで画面を伺う。

 

 

 あと一分

 

 

「あー、もう、早く時間たちなさいよ!」

「まったく、にこ。無茶言わないの」

「古雪はちゃんと発表時間知ってるんでしょうね。……って、何よ希、固まっちゃって。らしくないわね」

「……えっ! そ、そんなことないよ。ウチだって緊張くらいするやん? あはは……」

 

 年長組は他のメンバーと比べると幾分か落ち着きが伺える。

 唯一、希だけがある青年の名前を聞いた瞬間、ピクリと肩を動かして固まった。

 

 

――あと十秒。

 

 秒針の音だけが空間を支配する。

 密着した彼女たちの鼓動は早鐘の様に打つ。拳や額に極度の緊張から汗を滲ませる彼女らに、この心拍音が誰のモノか判断する余裕もないだろう。

 

 何度も何度も、右クリックを押し【最新の情報に更新】を選択。

 一度消えて、再び立ち上がるサイトを見て繰り返しため息を吐く事十七回。

 

 

 ついにその時が来た。

 

 

「あっ……」

 

 

 花陽のか細い声が漏れた。

 全員が一斉に息を呑む。真姫もいつの間にか海未の背中に張り付き、身を乗り出していた。

 

 白いカーソルが持ち手の動揺を示しながら、蛇行し進む。

 

 

 そして。

 

 

――カチッ。

 

 

 幾度となく聞いたクリック音が残響する。

【東京ブロック一次予選結果】

 一般的な黒のゴシック調のフォントで書かれたタイトルが目に入る。

 花陽は逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと画面をスクロールしていった。

 

 一次予選を突破し、最終予選に出場できるグループは彼女たち【μ’s】の参加した東京ブロックにおいて、僅か四チーム。狭き枠を求めて戦った先日のライブから数日たった今日。ついに結果が発表される。

 

「い、一位……」

 

 黄金色の文字が輝き、踊った。

 

 

 

「A-RISEです」

 

 

 

 不思議と、ため息は聞こえなかった。

 誰もが納得したように、でも、どこか寂しそうに頷くだけにとどまった。幾人か、本気で悔しそうな顔をしているメンバーも伺える。

 しかし、現段階における一番の問題は四位以内に入っているかという事。

 

「に、二位はですね」

 

 銀色のフォント。僅かに小さくなったタイトルが下から上へと上がってくる。

 

「イ、イーストハート」

「うっ……」

 

 にこは悔しそうに呻き声をあげた。

 やはり、自分たちはまだまだなのだと実感する。何も、超えるべき敵はA-RISEだけではない。当然かつ単純ではあるが、彼女たちにとっては大きな事実。

 

「三位は、み……」

『み!?』

 

 パソコンの画面が小さいせいか、すぐに確認できない後列組が思わず声をあげてしまった事に関して責められるものは居ないだろう。一瞬だけ、部内の雰囲気が色めき立つ。

 

 が。

 

「Midnight Cats!」

『はぁ……』

 

 流石に今回ばかりは全員そろってため息を零した。

 もう、後はない。

 

 

 

「第四位……」

 

 

 

 マウスを持つ花陽の肩を持つ穂乃果。知らず知らずのうちに力の籠った掌が、几帳面に手入れされた制服に僅かに皺を刻む。しかし穂乃果も、そして花陽もそんなことに割ける意識など残していない。

 

 結果を待つ彼女たちの脳裏に駆ける思い出たち。

 

 練習風景。

 メンバーの顔。

 学校への想い。

 

 そして、一人の青年の笑顔。

 

 

――負けるわけにはいかない。

 

 

 確かな想いが迸り。

 そして、それは――結果を引き寄せる。

 

 

 

 

「μ’s……」

 

 

 

 

 呆けたように零れる声。

 

 止まる時間。

 

 彼女たちの顔からはまだ、何も窺い知ることは出来ない。

 全員が全員、揃って固まっていた。

 

 

 

「音ノ木坂学院アイドル研究部μ’s。……μ’sです!」

 

 

 

 時間が――動き出した。

 

「μ’sって、私たちの事だよね?」

 

 おそるおそる穂乃果が問いかける。

 誰にというわけでは無い、自分自身か、それとも。

 

 絵里が二、三歩後ずさりしながら、開いた口を塞ごうともせずに彼女の台詞を引き継いだ。

 

「私達……予選を突破した?」

 

 語尾が上がってしまうのは、未だに信じられないからだろう。目の前の事態に、事実に、彼女たちは対応できていないのだ。

 パソコンの画面を何度も確認する者、ただ固まって呆ける者、なにやら呟く者。

 九人集まればとるリアクションも多種多様。

 

 しかし、すぐに彼女たちは全てを理解した。

 

 

――そして、喜びは爆発する。

 

 

 

***

 

 

「よっしゃあああああ!!!!」

 

 

 俺は店内にもかかわらず、思わず飛び上がりながら歓声を上げてしまった。

 

 明らかな非難の視線が各方面から俺に集中する。

 普段から騒がしいファーストフード店とはいえ、流石に騒ぎすぎたかもしれない。俺はふわふわと踊り出しそうな気分のまま、一応辺りに頭を下げて席に座った。

 

 現在時刻は午後五時。

 

 俺はとある連中と待ち合わせをしてこの場所に足を運んでいた。

 時間になった直後、スマホでラブライブの公式サイトにアクセス。μ’sの順位を確認して、今のようなリアクションに至ったという訳だ。

 

 他人の幸福に対する肯定的な感情は、まるで自分の事のように嬉しかった、と頻繁に表現される。

 

 事実、俺は本当に嬉しい。こうして人目を気にせず喜びを爆発させるくらいには。

 けれど、仮に俺が日本語学者ならその比喩表現を良しとはしなかっただろう。

 

――他人だからこそ、ここまで嬉しいんだ。

 

 アイツらの努力と、覚悟を知っているから。

 そして、俺は彼女たちを見守ることしか出来なかったから。

 

 だからこそ、手放しに喜べる。

 よくやったと、笑顔が零れ出る。

 

 俺は一人無意味に頷きを繰り返し、拳を握りこんであふれ出てくる感情を消化した。

 

 

 そんな俺を見つめる『彼女』が面白そうに口を開く。

 

「カイナ。その様子だとμ’sの子達は無事予選を突破したようね」

「どーだ! ざまーみろ!! ヘイヘーイ! どやさ! どやさ!!」

「あはは、なんで私が煽られてるのかしら……」

 

 綺羅ツバサ。

 彼女は表情を一転。あきれた様子で俺を見る。

 

「とりあえずはおめでとうと言っておこう」

「良かったわね、海菜くん」

 

 英玲奈とあんじゅもにこりと微笑みながらそう声をかけてくれた。

 

 現在、待ち合わせをして、発表のタイミングを共に迎えたのは天下のスクールアイドル。A-RISEの面々だった。

 いやぁ、俺も偉くなったもので……。全然嬉しくない。

 

「あ~、良かった」

「宣戦布告しておいて負けたんじゃお話にならないものね」

「ま、結果はついてくるって思ってたけどな!」

「そうだな。私もμ’sの面々ならと思っていたよ」

「うふふ」

 

 相も変わらずツバサはちくりと攻撃してくるし、英玲奈は良いヤツで、あんじゅは何が楽しいのかにこにこと残りの二人や俺を見て笑っている。

 ふぅ。でも、本当に良かった。

 自分でも良く分からない返答を何度か繰り返し、やっと平静さを取り戻す。

 自身の出来ることが祈るだけって、結構心に来るのだ。μ’sでこの始末だと、将来自分の子供が出来た時なんてどうなるんだろう。今から不安になってしまう。

 

 あ。

 そう言えば。

 

 ふと疑問が湧き上がってきた。

 

「君ら、なんで喜んでないの?」

 

 予選結果発表のページをスクロールして、すぐに目に入ってきた一位A-RISEの文字。

 俺の目的はただ一つ、四位以内にμ’sの名が入っている事だけだったため普通にスルーしてたのだが、冷静にそいつらは今丁度目の前に居る。そして、何故かこの三人は落ち着き払って俺を観察しているのだ。

 

 あれ?

 

 その事を疑問に思うと同時に、新たな疑念が生まれた。

 

「てか、君ら結果確認した?」

 

 神経質に十七時ジャストにスマホを構えたのは記憶に残っている限り俺だけだ。落ち着かない、浮ついた心地でいたとはいえ流石に一分前の情景を忘れるはずもない。

 目の前に平然と腰を下ろす女の子三人組は、数分前と何ら変わらない体勢でこちらを見つめていた。

 

「いや、まだ確認していないが……」

 

 英玲奈がおずおず、といった感じで答える。

 あんじゅは可愛らしく小首を傾げて俺の疑惑の眼差しを躱した。

 要領を得ない解答に戸惑いながら視線を滑らせる。その先に居るのはツバサ。

 

 ニヤリ。

 

 確かに彼女の瞳が怪しく光る。

 そして。

 

 

 

「確認する必要ないでしょう。私たちが一番よ」

 

 

 

 突き刺すように言い放った。

 他のメンバーも言葉にはしないものの彼女の意見におおむね賛成なのだろう、静かに頷いている。

 

「相変わらずだな、君」

「そろそろ慣れてこない? むしろ可愛く思えてきちゃったり」

「何度聞いてもドン引きだって」

 

 流石にここまではっきりと言われると、敵意すら沸いてこない。

 浮かんでくるのは純粋な敬意と、若干の嫉妬と……危機感だけだ。

 

 しかし、彼女の言葉がただの威圧や慢心から来るものではないことくらい理解している。圧倒的なまでの自信と、それを裏付けする実力。

 完膚なきまでに穂乃果たちが叩き潰されたのは事実だしな。

 

 今日、こんなにも大事な発表の日にUTXに居ない事がそもそもの彼女たちの立ち位置を示していた。学院側も今回の一次予選には殆ど興味が無かったのだろう。もしかしたら、次に控える最終予選まで眼中に無いのかもしれない。

 

「今日はむしろ、貴方たちの結果と、それに伴ったカイナのリアクションを見に来たのよ」

「ふん。……なんか上から目線でムカつくな」

「あはは。上だもの! 私達一位! カイナ達は四位! へいへい!」

「あぁ? なんだとデコっぱち」

「なによ? 妖怪スベリ男」

「はぁっ!? 誰がスベってるって!?」

「そっちこそ! 人の髪型にケチつけないでくれるかしら!」

 

 二人同時に立ち上がり、バチバチと火花を散らす。

 このアマ……一応年下だろ! 俺に対して敬意を払え敬意を!

 

「恥ずかしいから静かにしてくれないか……」

 

 心底あきれた様子で英玲奈が呟くが、俺たちには届かない。

 

「言っておくけど、今回の結果はまだ途中過程だからな! 負けた訳じゃないし」

「へぇ。まぁ、どっちでもいいわ。最後に勝つのも私達だから」

「で、出た~~~www自信満々にフラグ立て奴~~~~~wwwwwww結局負け奴~www」

「あぁ、もう! いちいちムカつくこの人! 負けてるくせに……負けてるくせに!! あんじゅ、英玲奈! 貴女からもなんとか言ってよ!」

「ツバサのこんな様子は珍しくて面白いな」

「うふふ。仲が良いのね」

「二人とも!」

 

 バカめ!

 確かに君の才能は俺だって認めてるし、ぶっちゃけ嫉妬とかいろんな感情が渦巻いて複雑ではある。でも、だからといって負けを認めるつもりも毛頭ない。他の男子がどうかは知らないけど、俺は全身全霊を込めて煽り尽くして見せる!

 

「ばーか! ばーか!」

「わぁーん! そっちの方がばかよばかー!」

 

 言い返すことは諦めたのか、ぽかぽかと可愛らしく俺を攻撃してきた。

 どうやら、自分の専門分野が絡まなくなるとからっきしダメなタイプらしい。

 ホント、典型的な天才肌だな。スイッチのオンオフの差が果てしない。

 

「古雪君、その位にしてやってくれないか……」

「まぁ、英玲奈が言うなら」

「ツバサちゃん、よしよし」

「あんじゅぅぅ……」

 

 よっしゃ、勝った。

 

 こんなしょうもない場面でしか鬱憤を晴らせない辺り自分でも情けなく思うが、それは嘆いても仕方ない。次の最終決戦で勝てばよいのだ。

 

 今は耐えながら、ちょくちょく煽ってやる。

 

 あんじゅに慰められて、なんとか落ち着いたのか、半眼で俺をじろりと睨み付けてくるツバサ。

 なんとなく、年相応な彼女の表情が見れて安心すした。

 

 ライブ中の彼女は、スイッチが入ってしまった彼女からは畏怖しか感じられないからな。

 

「……まぁ、良いわ。二人とも帰りましょう。結果も出たことだし、練習しなきゃ」

 

 しばらく俺の顔を見つめていたツバサはため息を一つ。

 すっくと立ち上がると他の二人を促した。

 あんじゅも英玲奈も頷いて席を立つ。

 

「あれ、もう帰るの?」

 

 会って時間で言えば二十分も経っていない。俺としては勉強時間に割けるので利点しかないのだが、他に話すべきことがあって来たのかと思ったんだけど。

 

「えぇ。今日はさっき言ったようにカイナの反応を見に来ただけだもの」

「そっか」

 

 俺は彼女の意図が未だつかめず、曖昧な返事を返す。

 そんな趣味に時間を割り振るほど暇な娘達じゃなくないか?

 

 しかし、その疑問の答えはすぐに明らかにされた。

 

 

 

「だって、仮にμ’sが予選落ちしてたら、貴方と会う事は二度となかっただろうから」

 

 

 

 淡々と彼女は言う。

 

「カイナがただのホラ吹きだったら、心底幻滅していたわ。そして、それは貴方の事を好きになった私の目が腐っていたという事と同義。……安心したわよ?」

 

 彼女が浮かべた微笑みは、数秒前のそれとは明らかに質が違う。

 底知れぬ瞳の深さと、冷徹とも取れる声色。

 スイッチを入れてしまった天才の顔。

 

 俺は自身の身体が委縮していくのを感じて、強く拳を握りこむ。

 

「ホラなんて吹く訳ないだろ。……俺の今までの言葉は全て、これから現実になるから」

「あはは! 少しだけ。少しだけだけど、前のライブを見て信じてあげたい気になってきたわ」

「おっ。じゃ、負けてくれるの?」

「嫌よ。負けるの嫌いだから」

「わぁ、シンプル……」

 

 冗談めかして呟く。

 けれど、その言葉は重く俺にのしかかってきた。

 

 

――それは、強者の理由。

 

 

 痛感する。――俺は、弱者だ。

 守りたいモノだとか、譲れない想いとか。時間や家族や友人や思い出。俺たちは色んな物を何かを目指す理由に変える。自身が逃げてしまわないように鎖のようにそれらを結び付けて、目的へとゆっくり歩いていく。

 

 でも、天才の紡ぐ理由はいつだって単純だ。

 

 目的地へと真っ直ぐに伸ばした一本の『理由』を辿って走り続けられる。

 

 ……羨ましいよなぁ。

 

「どうしたの?」

 

 でも、だからこそ負けたくない。

 だからこそ、負けて欲しくない。

 

「いや、なんでもないよ」

「……そう」

 

 お互いに微笑みあう。

 彼女には、俺のそんな思いももしかしたら筒抜けなのかもしれないけれど。

 

 コツンコツンと騒がしい店内に彼女の靴音が混ざり、ツバサはそっと俺の方へと近づいてきた。俺も一緒に店を出ようと立ち上がる。

 

「次は十二月ね。それまでに貴方達が私たちに追いつけるのか、楽しみにしているわ」

「……どうせ、無理だって思ってんだろ」

「少なくとも先のライブ前まではそう思っていたけれど、今はそうじゃないわよ」

 

 俺の捨て台詞にも似た憎まれ口に対する返答は、おおよそ予想していたものとは違った。

 俺は怪訝に思い、彼女を見つめる。

 

 しかし、意外にもツバサは真面目な表情を崩していない。

 

「私は前回の合同ライブで見ていたわ」

「……」

「高坂穂乃果さん。彼女の言葉で立ち上がり、大きく羽ばたき始めた彼女たちの姿を」

 

 見透かすような、掴み取るようなその視線。

 

 

 

「そして、それだけじゃない。カイナの存在が、言葉が……μ’sの輝きを確かに増した」

 

 

 

 俺は静かに彼女の言葉を受け止める。

――俺が、彼女たちの輝きを?

 うまくイメージ出来ない。けれど、もしかしたら……。

 

「高坂さんの才能は理解したわ。そして、彼女について目覚め行く他の娘達の能力も。彼女は明らかに私と同じ天才。とびきり天然で、尚且つ無自覚のね」

 

 でも。と、ツバサは続ける。

 

「カイナ。やっぱり貴方の事がまだ分からないわ。ダンスや歌には無関係な貴方が、どうして彼女たちにとって大きな意味を持つのかが。……本当に不思議な人」

 

 呟くように彼女は零した。

 初めて見る、彼女の心底怪訝そうな表情。

 

 全てを見抜いてきた彼女の、理解できない。そして俺自身も分かって居ない俺の側面。

 

「……まぁ、俺、そーゆーミステリアスでカッコいい所あるから」

「顔は中の上でしょ」

「うっさいわ! 上の中!」

「ま、私は上の上。……計測不能?」

「デコ光り過ぎてカメラ映んないからな」

「あ~! またデコって言った!」

 

 いや、言い出したの君だろう。こいつもこいつで一言多い気がする。

 

「ツバサちゃーん」

「古雪君も忙しいのだから、早く行くぞ」

「うー。……はーい」

 

 じろりと俺を睨みつけてきたものの、案外大人しく彼女は返事をした。

 が。何故かその場を動こうとしない。

 

――嫌な予感がする。

 

 冗談とかではなく、額に冷や汗が滲んできた。

 刻まれつつあるトラウマ。

 

 一歩。彼女は俺に近づいてくる。もう一歩。

 

「ちょ、ちょっと待て。近づくな……」

「どうして?」

 

 蠱惑的な微笑みを浮かべながら彼女は首を傾げる。

 コイツ! 分かってるくせに!

 

「こ、こんなとこで変な事したら君のが困るだろ!」

「うーん。じゃあ、今日はキス出来そうにないわね」

「……っ!」

「カイナ、顔真っ赤よ? いや、真っ青に変わって来てる……」

「君と絡んだ後はいつも面倒な事になるんだよ!」

 

 絵里には呆れられるし、にこにはキレられるし。

 穂乃果たちはただの野次馬に成り下がる。

 

「アピールするって言ったじゃない」

「勘弁してくれ……。まだ、頭ん中ごちゃごちゃだから」

「そう。じゃあ、今日の所は大人しく帰るわね!」

 

 じぃっと、俺の様子をひとしきり観察した後。彼女はウインクを一つ華麗に残して踵を返した。そのまま特に名残惜しさを見せることも無く颯爽と立ち去っていく。

 

「では、私達も」

「ばいばい、海菜くん」

「あぁ。またな」

 

 比較的善良でまともなメンバーに手を振り返して、俺もカバンを背負う。

 

 ふむ。

 俺はトレーを返しながら思考の海に沈んで行った。

 

 

 これからやるべきことはたくさんある。

 

 

 無事滑りこめたとはいえ、それはあくまで必要最低限の結果。一見無事に一次予選を突破したように見えるが、それは不必要な解釈だ。現段階におけるμ’sの立ち位置が最下位であると考えるのが正しい。

 

 より魅力的に彼女たちは自分たちを磨き上げ、次のステージへと羽ばたかなければならないだろう。

 だって、こうしている間にもツバサ達は歩き続けてるから。

 着々と、そして迅速に。彼女たちは頂点を目指してる。

 

――勝って兜の緒を締めろ。

 

 俺自身が模試で良い結果を出す度に思い描く諺。

 

 

 どうせアイツらは小躍りして喜んでいるだろうから、一発ガツンと言ってやらなければ!

 

 

 俺は何故かそんな気になって、絵里へと電話をかけた。

 現在時刻は午後五時二十分。そろそろいつも騒がしいアイツらも落ち着いてる頃だろう。

 

 ワンコール。

 

 いや、もしかしたらワンコールに満たなかったかっもしれない。それくらい早く、彼女――彼女たちは電話に出てくれた。

 

 

 

『海菜! 海菜ぁっ! やったわよ!「えっ!? 海菜さん!? 絵里ちゃんかわってー!」……ちょっ、穂乃果スマホ落ちちゃうから!』

「お、おい絵里」

『変わりました! 穂乃果です! 海菜さん、見てくれました? 私達、最終予選出られますよ! やったー!! あっ、凛ちゃんに変わりますね』

「あぁ。いや、だからその事で……」

『にゃー!! かいな先輩元気―!? 凛は元気だにゃっ。はい、かよちーん』

「はぁ!? ちょっと、お前らなぁ!」

『あ、変わりました。こ、小泉はな……古雪ーー!! アンタどこで油売ってんのよ! さっさと集合しなさい!』

 

 

 絶句。

 

 む、無茶苦茶だ。

 流石にツッコもうにもツッコめず。俺は呆気にとられたままスマホを握って棒立ちになる。

 

『海菜さん! ことりです。えっと、えっと……やっぱり海未ちゃんに変わりますね!』

「あぁ、うん……」

『わ、私は良いですよ! 真姫が……――かいなさーん! 星空凛だにゃ! 凛、ご褒美にラーメン連れて行って貰いた「あっ! 凛ちゃん二回目ズルいよ! 穂乃果も穂乃果も!」』

 

 はぁ。

 

 心の底からため息を吐く。

 まったく、真面目な話を一つくらいしてやろうと思ってたのにな。

 これじゃ出来ないじゃんか。

 

 俺が静かになったせいか、次第に電話越しの彼女たち落ち着いていく。

 きっと、アイツらは俺の台詞を待ってる。

 

 

 さて。なんて言ってやろう。

 ふん。予定通り説教でも垂れてやろうか。

 

 俺は一人口の端に笑みを浮かべた。

 

 

――いや、違う。俺がμ’sにかけるべき言葉の正解は一つ。

 

 

 

 俺は大きく息をすって……

 

 

 

 

「みんな、おめでとさん! ……イエーイ!! ウィアーザチャンピオーン!!」

 

 

 

 

 精一杯の想いを声へと乗せた。

 一瞬の静寂。

 そして。

 

 

 

『イエーーーーーーーーー!!!!!!!!!』

 

 

 

 何かが爆発した。

 喧しい位の歓声が右耳を襲う。

 

 

 A-RISEは、他のグループは……きっとこの瞬間も練習しているだろう。

 もしかしたら、それが正解なのかもしれない。

 

 

――でも、俺たちは。

 

 

『って、まだ予選突破しただけよ!?』

「ヤッフウウウウ!!! どやさどやさーー!! バンザーイ!!!!」

『そっち一人でしょ!? うるさいからもうやめ 「やったーーーーーぁ!!!!!」 あぁ、もう! こっちもうるさいわよー!!』

「やっざーわっ! やっざーわっ! やっざーわっ!」

『やっざーわ! やっざーわ! 「やめなさーい!!!」』

 

 

――きっと、これでいい。

 

 いや、きっとこんな俺達だからこそ。

 アイツらを超えられる。

 

 

 不思議と俺はそんな持論に確信を持って……頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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