ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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いつも応援ありがとうございます。
今回は久しぶりの希回という事で……。

では、どうぞ。
訳題は『夏祭り』です。


 ◆ The Summer Festival.Ⅰ

〈古雪海菜の悩み〉

 

 

 突然だが、俺はあまり祭り、というものが好きではない。

 性格上、屋台や花火、騒がしい雰囲気というのはかなり俺の琴線に触れてくるため興味がない訳ではないのだが、いかんせん人ごみが苦手なのだ。何度か友達と行った事はあるが、現場ではぐれたり、喧騒の中会話を楽しむこともできなかったりと思うように楽しめず、なんとなく無駄に高いやきそばを食べてお終い。

 

 そんな苦い思い出ばかりが残っていた。

 

 だからこそ、絵里とも町内会の小さなお祭り以外には行ったことが無い。

 彼女もそれほどその類に興味を示すタイプでもないし、俺が若干苦手意識を持っていることを察してか誘ってくることも無かった。

 そのため、今年もそういった類の外出とは無縁かな、と思っていたのだがどうやらそうもいかないらしい。

 

 

「海菜。希と夏祭り、行ってきてあげたら?」

 

 

 俺は目の前に座る絵里の一言にただただ無言で驚きを表現していた。

 なんでまた急に……しかも希と。

 

「……」

「今日、練習終わりに皆で行こうって話になったんだけどね」

「うん」

 

 確かに、穂乃果あたりが言い出しそうな提案ではある。

 彼女や凛あたりはそういうイベントが好きそうだし、その幼馴染たちも彼女たちの影響で行きなれているだろう。

 それに、絵里のような例外はいるが、女子高生は基本的にお祭り好きだ。クラスでも何度か一緒に行かないかと誘ってくる子もいるし、統計上間違いないだろう。

 

「でも、私の予定が合わなくって……」

「何かあるの?」

「そうなの。実は亜里沙と一緒にお祭りを見て回る約束をしちゃってて」

「なるほど。そういえば何度も行きたいって言ってたもんな」

「えぇ。それに、九人もの大所帯でお祭りって少し大変でしょう?」

 

 困ったように笑う。

 全くもってその通りだ。ぞろぞろとあの人ごみの中入っていくなんて、想像しただけで嫌な汗が出てくる。二・三人でこじんまりと楽しむのが一番というものだ。

 絵里の方は子守の意味合いの方が強そうだけど。

 

「それで、結局どうなったの?」

「その場は解散になったんだけど、ちょっと希の様子が気になってね」

「ん。どんな感じだった?」

「珍しく興味ありそうな感じだったから。このままだと学年別で行くことになるだろうし、にこは妹たちの面倒を見るので大変でしょう? それにさほどお祭りには興味なさそうだったし」

「だから、俺に連れてって欲しいって?」

「そう。勉強の良い気分転換になるわよ? それに、二人きりなら動きやすいだろうから海菜の嫌いな面倒事も起こらないと思うのだけれど」

「んー……」

 

 俺は小さく唸って、腕を組む。

 絵里が言うのだ、希が夏祭りに興味を示したのは間違いないだろう。俺も、苦手ではあるとはいえ心の底から嫌っているわけではない。しかし、何というか、よし! 行こうぜ! という風にノリノリで提案出来るほどテンションの上がる話ではないのだ。

 

 それに……。

 

「俺から誘えって事だよな?」

「そうよ。その方が希も喜ぶだろうし、あの子、あんまりあなたの時間を奪うような事言ってこないでしょう?」

「確かに……、遠慮はいらないっていつも言ってるのに」

「それでもしちゃうのが希でしょう。だから、こっちから歩み寄ってあげなくちゃ」

「そうだな。考えとくよ」

 

 どうしよう。まぁ、善処しようか。

 俺は勉強道具をまとめて出ていった絵里の背中を見送って小さく溜息をついた。

 

 

***

 

 時刻は午後八時。

 喫茶店でしばらく勉強した後、俺はいつもの場所で彼女が来るのを待っていた。

 

 参拝時間が過ぎ、人の少なくなった石段の下でスマホをいじる。たまに虫が寄ってきて鬱陶しかったが、さすがにこの暗がりの中単語帳を開くわけにもいかないので時折手で払いながら流行りのスマホゲームに興じていた。

 

「古雪くん。ごめんね、お待たせ」

「ん。それじゃ、帰ろっか」

「うん。いつもありがとうね」

「いやいや、いつもじゃないから申し訳ないけど」

「んーん。それでも、感謝しとるんよ?」

 

 ほぼ、習慣のようになってきた挨拶を返す。

 結局希がバイトで遅くなる日と、俺の塾が無い日がかぶってる場合は迎えに来る事にしていた。

 やはり、一人で夜道を歩くのは危険だし、俺も多少遠回りするくらいでさほど負担もない。むしろ散歩がてら雑談もでき、気分転換にもなるので彼女と二人で帰るこの時間は俺の数少ない楽しみにもなっていた。

 

 しかし、今日はどうにも本調子が出ない。

 理由は俺の中でハッキリとしていた。

 

 

 希を夏祭りに誘う。

 

 

 一応頭では理解しているものの、なぜかモヤモヤとする。

 それは別に夏祭りが嫌いとか、そんな幼稚な理由からではなく……なんだろう。若干の抵抗があるのだ。希を夏祭りに誘うという行為に。

 

「……」

「……」

 

 二人とも、何故か無言で歩みを進める。

 希も何か言い出したそうにこちらをちらちらと見つめては、思い直したかのように軽く首を振ってしゅんと下を向いてしまう。

 かくいう俺も、そんな彼女の素振りに気を回す余裕もなく、ひたすら頭の中で自問自答を繰り返していた。

 

 一体なんだというのだろう。

 このモヤモヤは!

 

 どうしても、二人きり、という所で引っかかってしまうのだ。

 

 なんというか、高校生における夏祭りに二人で行こうという提案はつまり、ほとんど告白と同義な所がある。実際、気になっている女子にアタックしに行った友達もいるし、その逆も然りだ。あまり恋愛沙汰が得意じゃない俺はそういう印象から、男女複数人で行くイベントであろうと何かと理由をつけて断り続けていた。

 

 もちろん、仲が良いもの同士が遊びに行くというのは何一つおかしくないのだが、残念ながらすっぱりとそこらへんを割り切れるほど俺は小気味のいい性格をしていない。幼馴染である絵里なら何の躊躇いもなく一緒に、たとえ二人きりであろうと行けるんだろうけど……相手は希だ。

 

 

 大事な女の子であるからこそ、適当な真似は出来ない。

 

 

 最近でこそ積極的に絡んでくれるようになったが、知り合ったころはやはり警戒されていたのだ。彼女は人の感情や思いに誰より敏感で、やさしい。そして、俺もどちらかというと付き合うべき人間を見極めるタイプだ。

 そんな二人が、今のような心地の良い関係になれたのは、お互いに信頼し合えたという事実。それ故の結果である。

 

 

 だからこそ、心を許して近づいてきてくれた彼女を警戒させるような事を言いたくない。

 俺はそう考えていた。

 

 

 好意を持たれて嬉しくない人間など居ないと、何もわかっていない人間は言う。

 しかし、そうではないのだ。

 

 恋愛、という余計な要素が無いからこそ、生まれる信頼関係もある。

 ……そこまで考えて、少しだけ胸に痛みが走った。

 

「暑くなってきたね」

「そだな。最近、スクールバックを背負ってると背中に汗かいてさ。替えのシャツ持っていくのが面倒で面倒で……」

「せやね。ウチらも練習用に多めにシャツ持って行ってるんよ」

「ほんと、よくやるよ。運動部の宿命といえばそうだけど」

 

 いつの間にか世間話に逃げてしまっていた。

 

 警戒はされたくない。でも、彼女が夏祭りに興味を持っているというのなら、出来ればその想いを汲んであげたいと思う。きっと、希は遠慮しているだろうから。

 人見知りである彼女はあまり友達を作るのが得意ではない。今年はその事に加えて、希はずっと裏からμ’sの面々をサポートしてきたのだ。だから、おそらくわがままを言える相手は俺と、絵里くらいだろう。

 

 彼女を思えば誘うのも、そして誘わないのも正解であるような気がして俺は拳を人知れず握りこんだ。

 

 一体どうするべきか。

 何度目か分からないその問いかけ。

 

 そんな俺の姿を見て、希が口を開く。

 

「古雪くん?」

「ん、どうかした?」

「いや、今日は口数が少ないなって思って」

「俺、普段そんなに喋ってるっけ」

「帰り道、ずっと古雪くんが話し続けたこともあったやん」

「お茶目が過ぎるな」

「……悩み事なら、相談して欲しいなぁ」

 

 適当な返事をして流そうとしたが、残念ながらそれはかなわない。

 

 しまった。

 俺は思わず暗がりの中、彼女に気づかれないように顔をしかめる。

 

 気づかれてしまったようだ。一応、ボロが出ないよう気を使っていたのだが、相手は東條希。流石というべきか。その観察眼と、飾り気のない思いやりの言葉に舌を巻く。この状況では出来ることなら気づかずにいて欲しかったのだが……。

 

「別に悩みとかは……」

「古雪くん、よくウチにわがまま言ってくれって言うやんな? ウチは古雪くんに悩みの相談をして欲しい、ダメかな」

「ぐ」

 

 俺は観念して軽く両手を上げた。

 そうまでいわれたらどうしようもない。

 

「それじゃ、希はどうしても両立できない選択肢を前にしたとき、どうすれば良いと思う?」

「両立できない?」

「うん。相手の事を思えば、どちらも正解だって思うような問題って、あると思うんだ」

 

 希は真剣な顔で俯いた。きっと、真面目に考えてくれているのだろう。

 君の事、なんだけどね。俺は彼女の横顔を見て僅かに微笑む。

 

 月の光に照らされた希の姿は儚く……美しかった。

 

 

 おそらくμ’sのメンバーが彼女に対して抱く印象と、俺が彼女に持つ印象は百八十度違うだろう。メンバー全員を包み込むような優しさと包容力を持つ彼女に、穂乃果たちは姉のような、母のようなイメージを持っているはずだ。

 

 しかし、俺はむしろ、放っておけない妹のような感覚を持っている。

 ただひたすらに、誰かを支えようと頑張れる彼女が心配でならない。俺は自身の利益や、様々な影響を考慮に入れて行動に移す。だからこそ、誰に対してもやさしい訳ではなく、必ず人を選ぶ。しかし、彼女は違うのだ。

 

 希は、誰かのためだけに自分を犠牲にできる女の子。

 自分の為にしか自分を犠牲に出来ない俺とは違う。

 

 だからこそ、俺はこの子を、大切に想ってきた。この子の為なら頑張れると。決して、同じくかけがえのない幼馴染である絵里の親友であるから、という理由ではない。

 

「古雪くんは、どうしたいの?」

「……俺? 俺は関係なくない?」

 

 唐突に質問を返され、俺は戸惑いながら返事を返す。

 すると彼女は何とも可笑しそうに笑った。

 

「関係あるよっ。だって、今の話だと、いつものようにその相手の事だけを一生懸命考えてたんやろ? 古雪くんは。自分はどうしたいか、そんな誰もが考えることを忘れてたんちゃう?」

「俺が、したい事……」

 

 いや、だってさ。大事なのは希の事で……決して俺の想いではないから。

 でも、確かにどちらもが正解ならば別の要素で選択するのも悪くないのかもしれない。

 

 だとすれば俺はどうしたいのだろう。

 

 希と二人で夏祭りに行きたいのか、それとも、行きたくないのか。

 

 

「さんきゅ。希。なんとなく答えが出た気がする」

「そっか。良かった」

 

 全く、どうして君が喜ぶんだよ。

 俺は微笑みながら話を続ける。

 

「ところで、希」

「なに?」

 

 

 

「夏祭り……一緒に行かないか?」

 

 

 

 俺が想像していたよりもずっと。

 ずっと魅力的な笑顔を浮かべ、彼女は頷いた。

 

 

 

 

〈東條希の悩み〉

 

 

 私は、あまり夏祭りというものが好きではなかった。

 

 詳しく言うと、夏祭り自体はすごく好きだし、毎年行っても飽きない。そんな印象を持ってるの。でも、あまりいい思い出がない。というのも、やっぱりそういうイベントに行くのは仲のいいグループって相場は決まってて……残念だけど、奥手で友達作りの苦手な私が誘われることはほとんどなかった。

 誘われるとしても、下心のある男の子や、同情から声をかけてくれる優しい友達ばかりで……。

 

 でも、今年こそは。

 そう期待していたの。

 

 去年やおととしは、古雪くんやエリチがそれほど夏祭りに興味を示すタイプではなかったからか、そういう話をした事がなかったのだ。

 それに、親友とはいえ夏休み中毎日会っていた訳ではないし。μ’sの練習という名目で集まるからこそ、今年のように夏祭りへ行くという話が出てきたのだと思う。

 

 しかし、結果はエリチが参加できないという事でお流れ。

 雰囲気を察するに、学年別で行くことになりそうだった。

 

 三年生の残りはにこっちで、妹たちの面倒を見なくてはならない彼女を夕方以降連れまわすことは出来ないし……。図らずも、そんな落胆を見せてしまっていたらしい。エリチにはその感情の起伏に気付かれてしまった。

 

「希、海菜を誘ってみたら?」

 

 帰り道、何気なくそんな提案をされてしまった。

 

「ふ、古雪くんを!?」

「そんなに焦らなくても良いじゃない。最近、海菜、根詰めて勉強してるみたいだし、気分転換にもなるだろうから誘ってあげて欲しいの」

「えっと……」

 

 あくまで古雪くんのため、と断るあたりがいじらしい。

 私の事を思いやってくれているくせにね?

 

 もちろん、古雪くんと夏祭りには……行きたい。

 

 でも……。

 

「私の事は気にしなくていいのよ?」

「でも、エリチ……」

「確かに、私はアイツの事が好きだけど、自分のものにしたいわけではないの。それに、希にだったら海菜を任せても良いって思ってるし」

 

 そう言って、エリチはいたずらっぽく笑った。おそらく彼女の冗談だろうが……少し心臓に悪い。

 私が彼の事を好きでいることに気が付いているのだろうか? まだ確信は持てないけれど、もしかしたら……。少しだけ罪悪感を感じる。自分の気持ちを未だに言い出せずにいる私が悪いのだけど、まだ言葉にして誰かに告げる勇気はなかった。

 

「それじゃ、あっちで会ったら声かけてね。亜里沙と回ってるだろうから」

「ちょ、ちょっと!」

 

 

 ど、どうしよう。

 言いたいことだけ言って、手を振って走り去るエリチの背中を見送って小さく溜息をついた。

 

 

***

 

 少しだけバイトが長引いて、申し訳なく思いながら石段を足早に降りる。

 ローファーが石畳を強くたたいて、人の少なくなった境内に固い音が響き渡った。今日も古雪くんは……。

 

 いた。

 

 辺りを見回すと、石段の裏でいつもの様にスマホを退屈そうに眺めている。バイト帰り、古雪くんに家まで送って貰うのはほとんど習慣になりつつあるけれど、未だに慣れない。

 彼の姿を見つけると、恥ずかしいほど素直に心臓がとくんと跳ねてしまう私がいた。

 

 

「古雪くん。ごめんね、お待たせ」

 

 私が降りてきたことに気が付いてそっと顔を上げる。

 伝えた時間と遅れてしまったにもかかわらず、彼は嫌な顔一つせず笑顔を見せた。

 

「ん。それじゃ、帰ろっか」

「うん。いつもありがとうね」

「いやいや、いつもじゃないから申し訳ないけど」

「んーん。それでも、感謝しとるんよ?」

 

 相変わらず素直に感謝の言葉を受け取ろうとしない彼に、半ば強引にお礼を言って並んで歩き始める。

 

「……」

「……」

 

 何故か二人とも無言で歩を進めた。

 私は純粋に言い出す勇気がなかったのだ。

 

 古雪くん。一緒に夏祭りに行こう?

 

 その簡単なセリフが出なくて、もどかしい。

 そっと、何度も古雪くんの表情を伺うが、彼も何やら考え事をしているのかそんな私の仕草に気付いてくれない。いつもなら、どうした? って聞いてくれるのに。そうすれば、その勢いで言いたいことも……。

 私はそこまで考えて、どこまで人任せなのだと自分で落ち込んで、顔を伏せた。

 

 うぅ。でも、言えないよ。

 お得意の、飄々とした態度で、下手な関西弁で自分を誤魔化すこともできない。

 

「暑くなってきたね」

「そだな。最近、スクールバックを背負ってると背中に汗かいてさ。替えのシャツ持っていくのが面倒で面倒で……」

「せやね。ウチらも練習用に多めにシャツ持って行ってるんよ」

「ほんと、よくやるよ。運動部の宿命といえばそうだけど」

 

 気が付けば、私は世間話に逃げていた。

 

 これじゃ、ダメだよね。

 私の方から距離を縮めないと、彼はきっと遠慮して近づいて来てくれない。

 

 

 古雪海菜という男の子はそういう人だ。

 

 

 きっと、彼は私がまだ、自分に対して警戒してるって思ってる。いや、そうではないかな。むしろ、やっと築くことが出来た今の関係を壊したくない、守りたいって思っているのかも。

 勿論、知り合ったころはその通りで、距離感を適度な位置に保ってきたつもり。でも、今の私は、彼との心の間隔をもっと……もっと近づけたくて。

 

 だとすれば、彼にばかり頼ってはいけない。

 

 いつまでたっても、私を意図的に恋愛対象から外してしまう彼のその態度にやきもきはするけれど……そういう人だから私は好きになってしまったのかもしれないね。惚れた方が悪いって、よく言ったもので、その通りだと実感する。

 

 

 私はそっと、古雪くんの顔を見上げてみた。

 少し冷静になった私は、違和感に気が付く。

 

「古雪くん?」

「ん、どうかした?」

「いや、今日は口数が少ないなって思って」

 

 肝心なのは口数ではないけれど、少し元気がない感じだとか、それを隠しきれていない所とか。傍で見てきたからこそ伝わって来る。古雪くんも図星を突かれてしまったのか、少しだけ困った顔をした。

 

「俺、普段そんなに喋ってるっけ」

「帰り道、ずっと古雪くんが話し続けたこともあったやん」

「お茶目が過ぎるな」

 

 煙に巻こうとする彼を止める。

 彼は嫌がるだろうけど、でも、だからと言って見過ごすことは出来ないから。

 

 

「……悩み事なら、相談して欲しいなぁ」

 

 

 人の為に頑張るあなたの。

 そんなあなたの力になりたい。

 

「それじゃ、希はどうしても両立できない選択肢を前にしたとき、どうすれば良いと思う?」

 

 古雪くんは観念したように問いかけた。

 良かった。ここまで言って隠されたら……少しだけ傷ついてしまっただろうから。

 

「両立できない?」

「うん。相手の事を思えば、どちらも正解だって思うような問題って、あると思うんだ」

 

 真剣に考え込む。

 

 一体、彼はどんな問題に直面しているのだろう?

 想像もつかないけれど、古雪くんらしい悩みだなぁと思わず笑ってしまった。

 

 きっと、彼はその相手の事を心の底から大事に思い、その人の為を思って何かをしてあげようと思っているのだと思う。どうしようもなく優しくて、頭のよい彼だからこそ行き着いてしまった壁。普通の人間なら躊躇いなく、何一つ深く考えることなく進める段階で古雪くんは引っかかってしまう。

 そんな彼にかけられる答えは一つ。

 

「古雪くんは、どうしたいの?」

「……俺? 俺は関係なくない?」

 

 ほら。やっぱり。

 自分の事も、見てあげなきゃ。ダメなんだよ?

 

「関係あるよっ。だって、今の話だと、いつものようにその相手の事だけを一生懸命考えてたんやろ? 古雪くんは。自分はどうしたいか、そんな誰もが考えることを忘れてたんちゃう?」

「俺が、したい事……」

 

 そう呟いて、彼は俯いた。

 そして、顔を上げ、私の大好きな笑顔を浮かべた。

 

「さんきゅ。希。なんとなく答えが出た気がする」

「そっか。良かった」

 

 力になれたのならそれほど嬉しいことはない。

 助けて貰うだけじゃなくて、支えてあげられる存在になりたいから。

 

 

 

「ところで、希」

「なに?」

 

 急に話しかけられる。

 戸惑う私にかけられたのは……。

 

 

 

 

「夏祭り……一緒に行かないか?」

 

 

 

 

 

 何より嬉しい台詞だった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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