ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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 ◆ The Summer Festival.Ⅱ

――夏祭り当日。

 

 俺はカラカラと、誰でも履きやすいように工夫された少し低めの下駄を鳴らして歩いていた。手には扇子、服は甚平。残念ながら男用の着物を用意することは出来なかったが、夏祭りらしい格好は出来ただろう。

 基本的にカタチから入るタイプの俺は、この格好をしただけで既にテンションが上がっていた。

 あまり夏祭りに良い思い出は無いが、なんだかんだこの日を心待ちにしていた俺がいる。一緒に行く相手が行く相手だし……多少の緊張はあるけどね、二人きりな訳だから。

 

「あっつ……」

 

 そう呟きながら、俺は扇子で軽く首もとを扇いだ。

 流石に八月半ばの夕方となればかなり気温は高い。

 

 普段、この時間は塾の自習室に篭っているせいか、ここまで暑さを実感するのも久しぶりだ。中学は教室にクーラーとかついてなかったけど、高校にはだいたい常備されてるからな。勉強ばかりのもやしっこになってしまった俺が季節を実感するのは登下校と体育くらいしか機会がない。

 個人的には暑いのよりも、寒いほうがまだマシだと思うタイプなのであまり歓迎したい季節ではないのだが……だって、汗かくの嫌じゃないか? 自分としても気持ち悪いし、臭いとか気にしなきゃいけなくなるし。

 

 そんな取り留めもないことを考えながら待ち合わせ場所へと向かった。

 

 希の家に直接迎えに行こうと言ったのだが、何故か断られ、駅前集合となった次第で……夏祭りのせいか、いつもより人が多い。だからこそ、出来れば人の少ない分かり易い場所で集まりたかったんだけど。俺は一応示し合わせていた場所でキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 あれ、いない?

 

 一応定刻通りなんだけどな。

 彼女が遅れるとは考えづらい。

 

 どうしたのだろうか?

 

 もしかしたら、もう来ているとか? そういえば、彼女がどんな格好で来るのか知らないし、人混みに紛れてしまってるのかもしれない。俺は少し辺りを探してこようと、一度止めていた足を再び動かし始めた。――その瞬間。

 

「きゃっ!」

「つっ……」

 

 急に肩に衝撃が走る。

 どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。視界の端で確認した所、品の良い浴衣を着た女の子のようだ。きっと、俺と同じくこれから夏祭りに向かう予定なんだろう。俺はろくに相手の顔を見ないまま謝る。

 

「す、すみません」

「あっ、ウチの方こそごめんなさい。少し急いでて」

「ん?」

「えっ?」

 

 二人して頭を下げて誤り合っていると、どこか違和感を感じてしまった。

 妙に聞き覚えがあるのだ、その声に。少し鼻にかかる、愛嬌のある声質。

 

 お互い、顔を上げて向き合った。

 

 結論から言おうか。

 凄い美人がそこに居た。優しくたれた目尻に、よく整えられた長い睫毛。特徴的な少し厚めの唇がどこか妖艶な雰囲気を醸し出していて思わずドギマギしてしまう。暑さのせいか、上気した頬の紅さが逆に彼女の白く透き通った肌を際立たせ、強く人目を引いていた。

 身にまとった浴衣も、鮮やかでかつ上品な紫。

 豊満なバストも相まって蠱惑的な色香まで纏っている。

 

「古雪くん?」

 

 全く、こんな綺麗な人に名前を知って貰えているとは。

 俺は目の前の女の子に見とれてしまうのがどうしてだかシャクで、そっと視線を横にずらして返事を返す。

 

「希……いつからここに?」

「えっと、ついさっきだけど……古雪くんが甚平着て来るとは思わなくて、見つけるのに手間取っちゃった」

 

 えへへ、と気の抜けた笑顔を浮かべながら件の美人。もとい、希は首を傾げてみせた。

 まったく、それはこっちの台詞だっつの。俺も、まさか君が浴衣を着てくるとは思ってなかったからな。

 

 俺は若干平静を取り戻しつつ、彼女へと視線を送る。ふむ、やはりよく似合っている。上品な紫色の布地に、白の花紋のあしらわれた良くある、それでいて一番綺麗な浴衣。

 髪型も、いつもの低い位置でのツインテールではなく、アップで一つに纏めていた。何時もの髪型も好きだが、やはりこうガラッと変わると見とれてしまうのが女の子の卑怯な所だろうか。普段は見えない、真っ白なうなじに思わず目が行ってしまう。

 何より、彼女のスタイルの良さが際立っていた。女の子の中では少し高めの身長に、メリハリの付いた体つき。彼女特有の少し大人びた、落ち着いた雰囲気も相まって、神秘的とまで言えるような美しさを漂わせていた。

 

「そっか。その……君のその浴衣は?」

「あっ、これ? これはね、えっと……」

 

 何故か恥ずかしそうに肩を抱きながら、コチラを上目遣いに伺ってくる希。頬が染まっているのは暑さのせいだろうか?

 俺は彼女と目を合わせながら、あぁ、この子より身長高くてよかったなぁ。と、実に下らないことを頭のなかに浮かべていた。

 

「さっき、お店で着付けしてもらってきたんやけど」

「……」

「うぅ。どうして、何も言ってくれへんの?」

 

 じっと、彼女の様子を観察していると、一人妙なサイクルにハマってしまったのかわたわたと慌て始めてしまう希。先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこへ行ったのか。まぁ、可愛らしさに変化がないあたりがこの子のズルいところではあるけれど。

 んー。似合ってると一言言ってあげたいのは山々なんだけど……おそらくそういう言葉を素直に言えないのが俺の欠点だ。

 

「そんな事より、私の甚平はどう? 似合ってるかな? 希くんに会うからって新調したんだけど……」

 

 わざとらしく身体をくねらせながら問いかける。

 

「もう! なんで古雪くんが女の子ポジションなん? はぁ。一応、よく似あってるよ」

「そっか、嬉しいな」

「さすが、ウチの……俺の彼女だな」

「希くん!」

「なんなんコレ」

 

 呆れたように溜息をつく希。

 それでも、乗ってくれる辺り希はやさしいなぁ。

 

 お陰で俺は、やっと、自然な流れで言いたかった台詞を彼女に届けられる。

 

「あはは、冗談だって。希も浴衣、凄く似合ってるよ」

「ふぇっ? あ……、そ、そうかな」

「あぁ」

「だったら、嬉しいな」

 

 頬を染めながらも、えへへ、とふわりとした笑顔を浮かべる希に思わず見とれてしまう。んー、なんだか今日は事あるごとにペースを持って行かれてしまうな。どうしてだろう。彼女にそんな意図は無いのだろうけど。

 二人きりで出かけるのが久々なせいだろうか?

 でも、一応最近は彼女のバイトの帰りは送るようにしてるし、二人きりが珍しい訳ではない。

 

 俺は調子の戻らない理由を、彼女の浴衣のせいにして歩き出す。

 

 希は俺の後をぱたぱたと追いかけてきて、隣にやってくると、そっと俺の顔を見上げた。しかし、特に何も言ってこない。というより、こっそりと俺の様子を伺っているつもりなのだろうか? なんとなくそんな気がして横を向き、視線を合わせると、希は慌てて視線を逸らした。

 

「なに?」

「なっ、なんでもないよ?」

「……」

「そ、その。古雪くんの甚平姿って珍しいから……」

 

 あぁ。確かに。普段着る機会なんてないからなぁ。

 俺が彼女の浴衣姿に見とれてしまったのと似た原理に違いない。俺は彼女ほど魅力的ではないので、きっと、物珍しさから観察されてたんだろうけどね。

 

「身長高くて細身だから、よく似合うね?」

「そうか? それを言うなら君も、スタイル良いし肌も白いから浴衣が映えると思うけど」

「うっ、ウチの話は良いの!」

「えぇ~」

 

 なぜか慌てた様子でぱたぱたと手を振りながら頬を膨らませる希。

 褒めてるんだから大人しく受け取ればいいのに。ま、いいか。

 

「似合うって思ってくれてるなら喜んどくわ」

「うんっ。ウチ、男の子の甚平とか和服姿結構好きなんよ」

「へぇ。だとしたら馬子にも衣装みたいなもんかって、誰が馬子やねん!」

「きゃっ! もう! 扇子は人の頭叩くものと違うよ!」

 

 うん。やっと普段の調子に戻ってきた。

 会った瞬間は、どこの美人かと思って緊張してしまったが、やはり希は希。

 

 俺はこっそりと彼女に歩幅を合わせて、駅へと向かった。

 

 

***

 

「うわぁ、すごい人やな」

「……」

「古雪くん、早くも戦意喪失しとるよ」

 

 俺は花火大会が行われる川沿いについて、辺りを見回し、言葉を失っていた。もう、人が多すぎるのだ。覚悟はしていたものの、人混みがあまり好きではない俺にとっては苦痛でしか無い。この中を移動すると思うと早くも憂鬱だ。

 希は俺の表情から心中を察したのか、呆れた表情でそう声をかける。

 

「いやー、やっぱり凄いな」

「うん。この様子だとμ’s九人できたら大変だったかも」

「間違いなくはぐれてただろ」

 

 そういえば、絵里の予定さえ合ったなら全員で来る予定だったんだっけ。

 さすがに大人数での祭り参加は現実的ではないよなぁ。俺達は雑談を続けながら早速屋台を回ることにした。

 

「暑いね」

「ホントに」

 

 若干日も落ちてきて、気温は下がったものの流石にまだ暑い。加えて人混みの中でもあるのでただ歩いているだけなのに額に汗が滲んでくる。希も薄紫色のハンカチを取り出して、首筋や額の汗を拭っていた。

 ふと、そんな彼女の仕草を見て、思わず目を奪われる。

 僅かに赤みを帯びた頬や、思わせぶりに濡れた瞳。額に僅かに張り付いた前髪や、首もとを拭う様子が妙に扇情的というか、蠱惑的というか……。若干着崩れた浴衣もなんとなく危なっかしい。

 

 加えて、希はかなりの美少女だ。

 もちろん、女の子の好みというのは人それぞれだが、少なくとも俺としてはかなりこの子の容姿はストライクな範疇に入るわけで。そして、通りすがる野郎共も、彼女の事が気にかかるようだ。彼女は知らず知らずのうちに他人の視線を集めていく。

 なんとなく、なんとなくではあるが、俺はそれが不愉快だった。

 

「どうしたの?」

「いや、何でも……とりあえず何か食べる?」

「うん、そうやね。ウチ、一度でいいから美味しい焼きそばが食べてみたかったんよ」

「おっけー。ちょっと、ペヤ○グ買ってくるから待ってて」

「わざわざ祭りに来てインスタントの焼きそば食べたくないよ!」

「えっ、もしかしてUF○派?」

「そういう問題ちゃうよ!」

 

 そうやって、仲の良さそうな会話をしていると、通りすがる男も諦めたように希から視線を外していく。なんとなく優越感。どうなんだろう、絵里と一緒に来ても同じ気持ちになったのだろうか? そういえば、あの子、亜里沙ちゃんと来てるんだっけ。大丈夫かな、少し心配だな。

 

 いつの間にか思考が他に逸れていたようだ。

 同じ場所に居ないのに、絵里の心配をしてしまうなんて……ただの父親じゃないか。

 まぁ、アイツはあれでしっかりしてるから大丈夫だろう。

 

 そんな事を考えていると、遠慮がちに希に肩を叩かれてしまった。

 視線を向けると、彼女は少し拗ねたように唇を尖らせている。

 

「古雪くん……」

「ん? どうかした?」

「もしかして、今、エリチの事考えてた?」

「なっ!」

 

 鋭い!

 まさかピンポイントで当てられるとは思っていなかった俺は、思わず声を上げてしまっていた。希はそんな俺を見て、呆れたように溜め息をつく。

 

「そうやと思ったんよ。なんだか急に心配そうな顔をし始めたから」

「それだけでよく分かったな」

「分かるよ。古雪くんがそういう顔をするときは絶対エリチ絡みの時やもん」

 

 なるほど、確かにそうかもしれない。別に俺はいい人間ではないので、自分に関わりのある人間以外を心配することなんて絶対ないからな。だからこそ、見ぬかれたのかもしれない。

 もちろん、俺の表情から全てを察する希の観察眼がそもそも凄いのだが。

 

 俺は妙に納得して、コクリと頷いて見せる。

 

「まぁ。そうだね。心配するとしたら君か絵里の事くらいだろうし」

「う、ウチの事も……?」

「え? あぁ……」

 

 別に聞き直すほどの事でも無いだろう。

 俺は逆に戸惑いながら返事を返した。

 

「……ふんっ」

 

 すると希は拗ねた表情から一変。何故か怒ったような表情で俺から顔を背けてしまう。

 んー、別に怒らせるような事は言ってないと思うんだけどなぁ。

 

 深入りする必要も無いため、俺は止めていた足を再び動かし始める。

 希も、気を取り直したのか慌てて俺の後を追いかけてきた。

 そうだ、はぐれないように気をつけておかないと。この人数だと、すぐに連れの姿を見失ってしまいそうだ。一度離れると、スマホの電波も繋がらなくなる危険もあるし、なにより希を一人にしたくない。

 

 そう考えて、少し慌てて一歩戻り、彼女を待つ。

 そんな俺の様子を意外に思ったのか、きょとんとした無垢な表情で首を傾げて俺の顔を見上げてきた。全く、人のことばかりに目が行って自分の魅力に自覚のない子だ。もちろん、人並み以上に警戒心は強い女の子だからその点安心ではあるけれど。

 

「どうしたの?」

「いや、はぐれたら大変そうだから……」

「確かにそうやね。あ、それなら古雪くん……」

「なに?」

「ちょ、ちょっと、前向いてくれる?」

 

 理由は分からないが、向かい合っていた状態から、半ば強引に前を向かされてしまった。一体何を? 疑問を頭に浮かべ、その答えを導き出す前に彼女が動き出していた。

 希は、おずおずといった様子で右手を僅かに上げ、俺の左腕の甚平の袖に手を伸ばす。

 そして、人差し指と親指で袖の端っこを遠慮がちにちょこんと掴んだ。

 

 戸惑いながら振り向くと、顔を真っ赤にしてうつむく希の姿。

 う……。そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなってしまうんだけど。

 

 頬が熱を帯びるのが分かってしまって、俺は慌てて前を向く。

 そして、くいっくいっと無言で左腕を動かした。すると意図は伝わったのか、希がそっと俺の横に歩いてくる。その様子が従順で素直な恋人のようで、余計悶々と頭を悩ませた。ち、違うだろ! 恋人なら手を繋ぐだろうし、恋人じゃないから袖なんだって!

 俺は出来る限り平静を装いながら言葉を紡ぐ。

 

「こ、これならはぐれはしないよな」

「う、うんっ。じゃ、なくて……せやろ?」

「とりあえず、やきそばを探しがてら屋台を見て回ろうか」

 

 ダメだ。オチを付けることも出来ない。

 未だペースを乱され続ける俺は、内心の動揺を隠し切れないまま歩き始めた。

 

 

***

 

「うわぁ。やっぱり、色んな屋台があるんやなぁ」

「うん。久々に来たけど、あり過ぎってくらいだな。からあげ、串焼き、焼きそば、イカ焼き、たこ焼き、フランクフルトにフライドポテト! さっき、鮎の塩焼きとかも売ってたぞ」

「流石に迷っちゃうね」

 

 最初こそ、お互い硬くなっていたものの、歩きまわるうちに最初の緊張は無くなっていた。まぁ、元々仲がいいわけだし、別段不思議なことではない。いつもの二人の雰囲気に戻っただけだ。……未だに希の右手は俺の袖を離さずに居る訳だけど。

 

 それにしても、いろんな屋台があるもんだなぁ。

 俺達は素直に感心してキョロキョロと辺りを見回していた。

 町内の小さな夏祭りとは段違いの屋台の数だし、その種類も様々だ。流石にテンションが上がってくる。人混みにも次第に慣れてきたので、この調子なら全力で祭りを楽しめそうだ。

 

「とりあえず、焼きそばは確定として。他に何食べる?」

「えーっと、そうやなぁ。りんご飴とかも食べたいから……」

「ん?」

「流石に食べきれないと思うから、とりあえず焼きそばだけでええよ」

 

 少し悩んで、そう答える希。

 しかし、俺は特に何も考えることなく言葉を返す。

 

「いや、二人で食べるんだから、もう何個かいけるんじゃない?」

「へ?」

「え? だから、折角なんだから色んな種類の屋台の味を試したほうがいいんじゃ無いかって思うんだけど……」

 

 何故か凍りつく希。

 急に止まらないでくれると助かるんだけど、袖がきゅってなるし。

 

「……そ、それも、そやね?」

「あ、あぁ」

 

 なぜかしどろもどろになりながら彼女はこくこくと頷いた。

 少し不思議に思いながらも俺は希を引っ張るようにして歩き出す。

 

「それじゃ、やきそばと……他に何か食べたいものはある?」

「ウチじゃなくて、古雪くんも選ばなきゃ。二人で食べるんやろ?」

「うーん。正直、どれも食べたいからなぁ」

「せやねー。じゃあ、ウチが決めてええの?」

「あぁ。よろしく頼むっ」

 

 そう言うと、希は目を輝かせて辺りを見回し始めた。なんとなく、こういう偶に見せる歳相応の幼い表情が可愛らしい。いつもは物分りの良いお姉さんポジションに居るせいか、こんな表情を見ることが出来る機会が少ないからな。

 そういえば、この子は夏祭りに凄く行きたがってたんだっけ。

 やっぱり、一緒に来て正解だったなと、からあげはー、たこ焼きはーと悩む希を見て素直に思った。

 

 結局、やきそば、たこ焼きという王道な組み合わせに、ふと目に入ってきたトンペイ焼きを加えた三品に決定。俺達は少し眺めの行列に並んで順番を待っていた。肉や野菜の焼ける小気味いい音と、良い香りが熱気に乗ってやってくる。

 暑いけど、こういうのはなんだか風情があっていいよなぁ。

 

「もうちょっとやね!」

「あぁ」

「いい匂い~。ウチ、あんまり屋台とか来たこと無いから楽しみや!」

 

 柄にもなくはしゃいだ様子の希を見ていると、思わず笑みが溢れてしまう。

 普段なら、そんな俺の表情に気がついて恥ずかしがるんだろうけど今日はよほどテンションが上ってるのだろう。なんとも嬉しそうな顔で何度も俺に話しかけてきてくれた。意外な一面を見たような気がするな。

 こうやって二人きりでがっつり遊ぶことは今まで無かったので、少し驚きだ。

 

 結局、終始楽しげな希と屋台を回ってお目当てのモノを買い終えた俺達は、少し喧騒とは外れた川べりに腰を下ろした。希はポーチの中から少し大きめのハンカチを取り出して、地面に敷いて、その上に腰を下ろす。うむ。さすがの女子力。

 まだ、花火が始まるには早い時間のせいか、人は屋台行列に集中しているようだ。

 希はぱかりと焼きそばの蓋をあけ、小さな声で歓声を漏らした。

 

 なんというか、ここまで素直に喜んで貰えると奢ったかいもある。

 同級生の横顔を見つめて、釣られて微笑んでしまった。

 

「ホントにご馳走してもらって良いの?」

「ん、いいよ」

「でも、ウチら同い年だし、悪いっていうか……」

 

 いや、同い年とはいえ男女でもあるからなぁ。

 お小遣い制の俺としてはあまりに高いものは容赦なく割り勘させてもらうが、屋台程度ならギリ大丈夫だ。普段お金を使わないからって言うのも大きいけど。それに、一応きちんとした理由もある。

 

「だって、君のその着付けにだってお金はかかってるでしょ? だから、俺から君への見物料だよ」

「もう。見物料って……。それじゃ、ありがたく受け取っておくね?」

 

 相変わらず素直な言い方しないんやから、と笑いながらも深く追求せずにお礼を言ってくれた。

 ここで、下手に遠慮し続けない辺りが彼女の優しさであり気遣いだろう。

 

『いただきます』

 

 二人一緒に手を合わせる。

 希は焼きそばを箸ですくうと、ゆっくりと口元へ運んでいった。そして、満足そうに笑う。

 

「美味しい」

「そりゃ良かった」

「古雪くん、たこ焼きはどう?」

 

 あ、旨い。いい感じに冷めて食べやすくなっていたたこ焼きを口に運んで咀嚼していると、そう問いかけられる。食べ物を口に入れながら喋るわけにもいかないので、爪楊枝をたこ焼きに刺して、希の前に差し出した。もちろん、俺が使っていたのとは別の爪楊枝を選んでいる。

 百聞は一見に如かず。若干意味合いは違うが、食えば分かるだろう。

 希はぱちくりと瞬きした後、少し恥ずかしそうに身を捩りながらもぱくりと食いついた。

 おぉ。なんだかペットに餌をやってるみたいで楽しいな。

 

 もぐもぐと、地面に視線を落としながら屋台の味を楽しんでいた希は、ごくりとそれを飲み込んで、なんとも幸せそうな表情を浮かべる。俺はそんな彼女を見て、ニヤリと笑った。そこでやっと希はあまりに自然体すぎる自分の姿に気がついたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「希、君、満喫してるな」

「べ、別にええやん! 楽しいんやから!」

 

 開き直って顔をあげると、キッとこちらを睨みつけて来た。

 別に、俺は本気で可愛いと思ってるだけなんだけどなぁ。怒らなくてもいいのに。

 

 希は諦めたように溜息をつくと、食べかけの焼きそばを俺に差し出す。

 

「はい、古雪くんも焼きそばをどうぞ。美味しかったよ?」

「もういいの?」

「うん。半分食べちゃうと他のが食べられなくなるから」

「そっか」

 

 俺は軽い気持ちでそれを受け取って、初歩的なミスをしていることに気がついた。

 がさごそと、焼きそば等を入れていたビニール袋をまさぐる。が、目当てのものが見つからない。希はそんな俺の様子を不思議に思ったのか、トンペイ焼きとにらめっこしながら首を傾げる。

 

「どうしたの、古雪くん。お手拭きならこっちにあるよ?」

「いや、お手拭きじゃなくて……」

 

 俺達が買ったのは、焼きそばとたこ焼きとトンペイ焼き。

 つまり、箸をつかう品物は焼きそばだけで、尚且つ焼きそばは一つしか頼んでない。一瞬、気の使えない屋台のおっさんに非難の念を抱いてしまったものの、冷静に思い直した。横に希が常に居たとはいえ、箸をもう一膳つけてくれと頼まなかった俺に非があるだろう。

 

 何が起きたか説明しようか。

 要は、俺が使う箸が無かったのだ。

 

「箸をもう一膳頼むの忘れててさ」

「あっ」

 

 希も俺に言われてやっと気がついたのか、自然に自分の使ったそれを渡してしまっていたことに気がついて、急に慌て始める。

 

「ど、どうしようか」

「そ、そうやね。えっと、でも、箸だけ貰いに戻るのは大変やんな?」

「うん。流石に面倒かな」

 

 あの行列に並び直すのは流石に避けたい。

 でも、流石に絵里のような幼馴染でもなし。同じ箸を使って食事をするというのはやっぱり抵抗がある。抵抗がある、というよりかは、希に申し訳ない。流石に嫌だろうしな……。この際、トンペイ焼きの串で何とかしようか、などと解決策を頭のなかで練っていると遠慮がちに希がちょんちょんと肩辺りをつついてきた。

 振り向くと、やはり躊躇っている様子で、上目遣いで俺の表情を伺っている。

 だから、その顔、ちょっとドキッとするからやめてくれ。

 

 再び、自分の中のペースが乱れていくのを感じながら、俺は首を傾げてみせた。

 

「どしたの?」

「あ、えっと……古雪くんが嫌じゃなければだけどね?」

「うん」

「ウチの箸、使っていいよ?」

「……」

「……」

「……」

「古雪くん、顔、赤……」

「うっさいわ!」

「えぇ!?」

 

 全く。何を言い出すかと思えば!

 不覚にも色々と具体的に想像してしまい、思わず照れてしまった。そ、それにしても、この子は自分で何を行ってるのか分かっているのだろうか。いや、分かってるなら良いとかそういう問題でも無いんだけどね! 無言で頭を抱える俺に律儀にも話し続けてくれる希。

 

「だって、ウチ、別に嫌じゃないし……。流石にそれ全部は食べられへんし……」

「う……」

「も、もしかして。古雪くんが嫌、なのかな」

 

 今度は逆に、物凄く傷ついた顔でこちらを見上げてくる。

 ち、違うぞ! そういう訳じゃ……。

 俺は完全に冷静さを失いながらも、この子を傷つけるわけにはいかないと、慌てて顔を上げて弁解した。むしろ、俺は全然嫌じゃないんだって。君が嫌がるといけないから遠慮してた訳であって。

 

「嫌じゃないって! むしろ君が嫌がると思ったから……」

「うん。ウチは大丈夫だから。遠慮せーへんくて良いよ? それに、折角だから食べてほしいな。その焼きそば、美味しいから」

「そっか、じゃあ、遠慮なく」

 

 彼女の言葉に乗せられて、割り箸を手にとった。

 んー、割り箸ってこんなに重かったっけ? こんなに意識してコレ使う日が来るとは。

 何故か上手く麺をすくえずに幾度か失敗した後、やっと口元へと箸先を運んだ。

 

「あの、希……」

「へっ!? 何!?」

「あんまり見ないで欲しいんだけど」

「ご、ごめんなさい。じゃあ、ウチ、あっち向いてるね」

「いや、出来れば自然にしといてくれないかな」

 

 結局、終始落ち着かない気持ちで食事を終えたせいか、せっかくの焼きそばの味は分からず仕舞いだった。

 

 

 

 

【通算UA35万突破記念】The Summer Festival.Ⅲ に続く。

 


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