ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十三話 ごじたくほうもん

 トンッ……トンッ……

 

 台所にまな板の上へと包丁を落とす音が響く。決して規則的なものではなくその音を奏でている人間の手際の悪さ、不慣れさがよくわかる。

 『料理をする』という作業に慣れている人はあらゆる作業を同時進行でこなせるというのは常識らしい。例えば煮込みの途中に他のメニューの具材を切ったり、もしくは焼いたり。

もっとも、そのような芸当など一介の高校生に出来るはずはないが。

 

「古雪くん、たまねぎ少し大きく切りすぎやない?」

「……」

 

 笑みを含んだ外野からの指摘。

 俺は野菜を切る手を止めて叫んだ。

 

 

 

「そもそも、なんで俺が料理する羽目になってんだよーーー!!!!」

 

 

 

 こんな状況に陥った理由を説明するには約二時間前までさかのぼらなければいけない。

 

 

 

***

 

 

 穂乃果達のライブが終わった後、俺は特に誰とも言葉を交わすこともなく希と一緒に講堂を後にした。別に彼女たちにかける言葉を持ち合わせている訳でもないし、どうせこれからも会う機会あるだろうからその時労いの言葉をかけてやればいいと思う。

 今は3人でゆっくり達成感や少しばかりの悔しさを噛みしめるべきだろう。

 

 絵里はひとりでさっさとどこかへ行ってしまったしな。あのおバカはほんとに……

 それに他の一年生やにこはそもそも話す理由が全くない。

 

「それじゃ帰ろっか」

「ん」

 

 腕に付けていた入校許可と書かれた腕章を希に返す。いや、待てよ。これ持ってたらいつでもこの女子高に入れるのか!突然ひらめきを得て目を見開く。

 ……いや、やめとこう。別にすることないし、にこに絡まれたり真姫にタメ口聞かれて追い返される羽目になるのがオチだ。

 

 

 

「ねぇ、古雪くん。ライブ前にした約束ちゃんとおぼえてる?」

 

 渡された腕章を両手でそっと受け取りながら、少し不安そうに聞いてくる希。えーっと、約束……。あ、あれか、ごちそうしてくれってやつ。危ない危ない、いろいろあったせいで忘れる所だった。

 

「覚えてるよ。どこ行きたい?」

「えっとね、ウチの家かな~」

「おっけ、今日くらいごちそうして……」

 

 

 

 ……

 

 

 は?ウチの家……?

 あれ、聞き間違いかな。今なんて言ったこの子?疑問符を頭の中にとどめながら横を歩く希を見ると、相変わらずの何を考えてるのか分からないふわっとした笑顔。

 

「ごめん、どこって?」

「ん?ウチの家っていったんよ?」

「……」

 

 どうやら俺の耳はキチンと機能していたようだ。

 ……それにしても予想外過ぎる。焼肉とか奢らされると思っていたんだけど、家て!

 お菓子とか買ってあげればいいのかな。家に帰れば親がいるだろうし。

 

「あの、話が見えないんだけど。ごちそうするんじゃなかったっけ?」

「うん、良かったら晩ご飯作ってくれへんかな?ってこと」

「……」

 

 一体本日何度目の沈黙だろうか。

 今度こそ開いた口がふさがらなかった。晩ご飯を、作る?俺が?どーゆーこっちゃ!?

 

「いやいやいや、待て待て待て!そんな話は聞いてないぞ!」

「え~?ごちそうしてくれるってゆーたやん」

「確かに言ったけど!どっかお店で飯奢るのかと思ってたわ!」

 

 これは俺の解釈が悪かったのだろうか?……いや、誰が聞いても『ごちそうして欲しい→Let’s cooking!!』とはならないと思うけどな。唇を可愛く尖らせながら不満そうな視線を向けてくる希。

 

「ええやん、ダメ?」

「うぐ……。ダメじゃないけど……」

 

 だから、上目づかいで懇願されたら無理だって!ことりにせよこの子にせよ女の子は卑怯だと思う。珍しく強情な希の様子に事実上の敗北宣言。でも大事なことはきちんと言っておかないと。

 

「分かってると思うけど、俺全く料理出来んからな!家庭科の調理実習しか料理経験なし!」

 

 普通の男子高校生が料理なんて出来るか?出来ないだろ。人よりうまく作れる自信があるとすればチ○ンラーメン位だ。

 

「えっと……クックパ○ド使えば大丈夫!ウチもそれで出来るようになったし」

 

 理由は分からないがどうしても俺に料理して欲しいらしい。

 ……はぁ、びっくりするくらい何考えてるかわかんないけど、今日くらいわがままに付き合ってやるか。焼肉奢らされるよりは安く済むし、純粋に料理も面白そうっちゃ面白そうだ。

 

「分かったよ。じゃ、スーパー寄ってくぞ。君んち行くの初めてだし道案内よろしく」

「うん!」

 

 

 満面の笑みでうなずく希

 全く、何がそんなにうれしいのやら。

 

 

***

 

 

 都内の某食料品店。そろそろ夕飯時なためか店内は少し込み合っている。

 

「浮いてるな、俺ら……」

 

 無理もない。周りを見渡すと子連れの親子、腰のまがったおばあちゃん、白い調理服を着こなした人の良さそうなおっさんたちばかりが目に入る。制服の男女二人が野菜売り場で慣れない手つきで商品を物色する様子はかなり目立つ。

 

「せやね~」

 

 俺は居心地悪くて仕方がないのだが、この子は全くそんな様子はない。なんというか、場慣れしている感じだ。よくお使いとかで来たりするのかな?

 

「意外に若い夫婦、とかに見られてるかもしれへんね」

「あぁ、俺がタロットカードだったっけ?」

「違うよ!そういえばそのネタ、前やったことあったね……」

 

 

 スマホを操作してクック○ッドに接続する。簡単な検索ワード一つであらゆるレシピが出てくるなんて、本当に便利な世の中になったものだ。うーん、何作ろうかな?あんまり難しいのは無理だし、かといってそうめんとか言ったら多分怒るよなぁ……。

 

「……。希、何が食べたい?肉?」

「んー、リクエストは特にないんやけど……」

「出たよ。『なんでもいいです、どっちでもいいです』パターン!それが一番困るんよね。やっぱり肉とか?」

「そうはいってもすぐには思いつかへんよ」

「そっか、ちょっと候補あげてみるか。……肉とか大好きよね?」

「うん。何個かあげてくれたらそこから選ぶね」

 

 よしよし、検索検索っと……

 

 

「牛、豚、鳥どれがいい?」

「肉以外の選択肢は無いの!?」

 

 

 少しショックを受けた顔でツッコんでくる希。

 

「あれ、希肉好きよね?」

「好きだけど!ウチも女の子なんやからそんなにお肉お肉言われたら傷つくよ!」

 

 ほんと、デリカシー無いんやから!と少し涙目になりながら俺を睨み付けてくる。うーん、そんなに傷つく要素あるかな?変に女の子ぶって小食アピールしてくるバカ共よりよっぽど可愛いと思うんだけど。やっぱりご飯をおいしそうに食べる人と仲良くなりたい、よね?

 

「ごめんごめん。それじゃあ大豆料理かな」

「大豆?別にええけど……どうして?」

 

「ほら、大豆は畑のお肉って言うし」

 

「古雪くんのあほ!」

 

 あ、拗ねた。さすがにいじり過ぎたかなぁ……。

 

「でも魚料理とかは難しいから、初心者には挑戦しニクいよ。肉だけに」

「まさかの追い打ち!?」

 

 個人的に満足したので話を戻す。俺にでも作れるくらい簡単で、それでいて貧相じゃないメニューか。カレー、はなんか違うよね。えっと……そうだ。これなら俺にも出来そう!

 

「ハンバーグとかでいいかな?意外に簡単そうだし」

「……うん、なんでもいいよ」

 

 なぜか呆れ顔の希。

 今日はなんというか、真面目な出来事が多かったからな。こういうのも挟まないとつまんない。やっぱ、こういうのも楽しいね。

 

 

 もちろん俺が!

 

 

 

***

 

 

「結構時間かかったな」

 

 二人分の食材を右手に持ち、店から出る。それほど量はないので荷物持ちは苦ではない。普段スーパーで買い物などほとんどしないので少し新鮮な気分だ。レジ袋って最近じゃ有料なんだね。

 

「そうやね。でもちゃんと目的のものは買えたし良かった!……いらないものもたくさん買ってたみたいやけど」

「いや、その。アンコウの刺身こないだ食べ損ねたし、つい……」

 

 何気に穂むらに置いてきたことを後悔していたので思わず買ってしまった。まさかこんなところに置いてあるとは。

 

 談笑しながら歩くこと十分ほど。かなり大きなマンションに着いた。見た感じ少し古そうだが、セキュリティはきちんとしているらしく、暗証番号を知っている住民以外は入口から中に入れない仕組みになっている。

 

 

 ガチャ

 

 

 親はまだ帰っていないのだろうか、持っていた鍵で自室のドアをあける希。

 

「おじゃまします……」

「何?ちょっと緊張してるん?」

「そりゃ、君んち来るの初めてだし」

 

 というか、女の子の家自体、絵里の家を除いておじゃまさせてもらうのは初めてだ。なんだろう、ちょっと落ち着かない気持ちになる。靴とか揃えた方がいいのかな?やっぱり。男友達の家ならガンガンあがれるんだけど、流石に緊張する。

 

「お母さんやお父さんは仕事?」

「んーん、ウチ一人暮らしなんよ」

「……は?」

「だから、一人暮らしだよ?二年生の後半位から」

 

 いや、なんだそれ。初耳なんだけど!?予想外の返答に思わず息を飲む。

 

「あれ?言ってなかったかな?」

「言われてねぇよ!聞いてもないけど……」

 

 普通家のこととか話題に出してしゃべること自体ほとんどないからな。話そんな膨らまなくて面白くないし。……それにしても希が一人暮らしをしていたとは。

 

「まあまあ、遠慮せずにあがってくれていいよ?」

「それじゃ……どうも失礼いたします」

 

 

 

 

 

 

 この後、冒頭のシーンに至るわけである。

 

 

***

 

 

「よし、あとは煮込むだけ!!」

 

 結局作ることになったのは煮込みハンバーグ。いかにも作るの難しそうだが実はそんなことはなく、鍋に色々全部ぶち込んでぐつぐつ煮るだけで出来る簡単な料理だ。ぶっちゃけ焼く方が怖い。焦がしかねないし……。

 なんにせよあとは上手くいっているよう祈るだけだ。

 

「お疲れさま~」

「ほんとに疲れたわ……」

 

 希は椅子に座って頬杖をつきながら労いの言葉をかけてくれた。この子一秒も手伝わなかったからね。後ろから野次飛ばしてくるだけだったからね!なんどひき肉を弾き飛ばしてやろうかと思ったことか。

 

 テーブルの上に吊り下げられた明かりが揺れる

希の正面に座り、改めて部屋の中を見渡してみた。まるでモデルルームみたいな部屋だ。清潔で統一感があって、必要なものは全て揃っているのにどこか無個性でよそよそしい印象を受けてしまう。奥にある部屋は……希の部屋かな?戸が閉められていた。

 

「それで、去年から一人暮らししてるんだって?」

「うん、色々大変なんよ。掃除とか、洗濯とかご飯とか……」

「まぁ、そうだろうな。親は転勤かなにか?」

 

 こくんとうなずき、肯定の意を示す希。

 道理で妙にスーパーで落ち着き払ってた訳だ。……ってか俺が料理するよりこの子にやらせた方が絶対うまくいったよな?

 

 はぁ。まあ楽しい経験ではあったけどね。

 

 それにしても、いったいどうしてこの子は今日みたいなわがままを言ったのだろうか。俺にとって、それは本当に不思議なことだった。でも、なんとなくこの家に来てその理由が分かったような気がする。……なんとなくだけどね。

 試しにストレートに聞いてみよう。

 

「それで、どうして俺に晩ご飯作ってもらおうなんて思ったの?」

「えっとね、……やっぱり毎日晩ご飯作るのって大変やん?」

「なるほど。それで俺を使って楽しようとしたって訳か……」

 

 えへへ、といたずらっぽく微笑む希

 ……うん。ま、そういうことにしておこう。

 

 

 ピピピピピピ

 

 

 煮込み時間を計っていたタイマーが、一人暮らしをするには少し広すぎる部屋中に鳴り響いた。

 

 

 

 

#####

 

 

 

「それじゃ、そろそろ俺は帰るかな」

 

 椅子から立ち上がり、古雪くんは帰り支度を始める。

 

 時刻は十時を過ぎた位。二人で古雪くんお手製の煮込みハンバーグを食べた後は、今までずっと談笑していた。やっぱりこの人といるとすごく楽しい。話し上手というのかな?変な人ではあるけど、いつのまにか彼の世界に引き込まれてしまってる自分がいる。

 

 

 

 そっか、もうそんな時間なんだね……

 

 

 

 胸に飛来するのは糸のように細く引いた、かすかな淋しさ。

 

 両親に初めてわがままをいって、一人暮らしをさせてもらえるようになった時はとても嬉しかったし、そのことを後悔したことは一度もない。それでも、この部屋で毎日一人で過ごすのが辛くなる時がたまにあるのは確かだ。

 

「遅くまですまんね、それじゃまた」

 

 今日古雪くんに来てもらったのも別にさっき言ったような理由からではない。この部屋で一人でいるのが嫌だったからだ。でもそんなこといっちゃうと絶対この人は気にしてしまうから……本当のことは教えられない。

 

 内心を悟られないように笑顔をつくって見送る

 

「うん、……今度は鍋焦がさないでね?」

「うっさい!仕方ないじゃん」

「せやけど、ハンバーグはすごく美味しかったよ?今日はありがと」

 

 じろっと軽く睨み付けてくる古雪くんに一応フォローを入れた後、手を振って見送る。

 今日は結局ずっとつき合わせちゃったな。

 

 わがままも半ば強引に聞いてもらったし、ちょっと申し訳ない気持ち。

 そんなことを考えながら古雪くんの方を見てみると、何やら様子がおかしい。

 

 彼は一度はドアを開けて外に出かけたものの、少し考える素振りをみせた後何を思ったのかこちらに引き返してきた。

 

「何、どうしたん?忘れ物?」

 

 

 突然、ポンッと頭の上に軽く手が乗せられる

 とくん、と自分の心臓がわずかに跳ねるのを感じた。

 

 

 

「また、来るわ」

 

 

 

 かけられたのはたった一言。誰もがよく使うありふれた台詞。

 それでも、その言葉から、そして頭に乗せられた彼の右手から。飾り気のない暖かさがしみじみ伝わってきた。

 

 困ったな、やっぱり気づかれてたんだね。

 

 結構頑張って隠してたつもりなんだけどな。

 本当、察しがいいというか人の感情に敏感というか……

 

 そんなことを思いながら今度こそ去っていく背中を見送る。

 

 

 

 

「ふふっ、今度は何を作ってもらおうかな?」

 

 

 

 

 

 私のひとりごとが誰もいない部屋に響く

 でも不思議と、いつも感じていた寂しい気持ちはなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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